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マーカー

世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第7章

 

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 場所はアメリカのフィラデルフィア。
 とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
 ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
 ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
 そこに現れた1匹の蛇。
 その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
 SERPENTの指示を受けてLemon社の関連企業に侵入するたけし(ガウェイン)とタイロン。
 「EDEN」にいるという匠海たくみ和美かずみが気がかりで気もそぞろになる健だったが、無事データを回収する。
 解析の結果、そのデータは保管期限が切れて削除されたはずの「EDEN」ユーザーのデータ。
 そこから匠海と和美のことが気になった健は独断で「EDEN」への侵入を果たす。
 「EDEN」に侵入した健だが、直後、魔術師仲間内で「黒き狼」と呼ばれる魔術師に襲われる。
 辛うじて逃げ出した健であったが、「Team SERPENT」を危機に晒しかねない行為を行ったということで謹慎を命じられる。
 謹慎中、トレーニングをしているところで健は「Team SERPENT」に亡霊ゴースト魔術師マジシャンである「白き狩人ヴァイサー・イェーガー」が在籍していないことに疑問を持つ。
 「ヴァイサー・イェーガーはチームへの所属を希望しなかった」という事実に不信感を持つ健だったが、そんな折、Lemon社が新型AI「ADAM」と「EVE」を発表する。
 この二つのAIは匠海と和美だ、と主張する健。
 二人は大丈夫なのか、と心配になった健はもう一度「EDEN」に侵入することを決意する。
 止めようとするアンソニーだったが、そこにピーターとタイロンも到着し、健と共に「EDEN」をダイレクトアタックすると宣言する。
 ToKのサーバルームに侵入し、ダイレクトアタックを敢行する健たち。
 「EDEN」に侵入し、匠海と会話をはじめた直後、予想通り黒き狼に襲われる健だったが、自分のアバターに一つのアプリケーションが添付されていることに気付く。
 「魔導士の種ソーサラーズシード」と名付けられたアプリケーションを起動する健。それはオーグギア上からでもオールドハックができるものだった。
 オールドハックを駆使し、黒き狼を撃退に成功するが、健たちの侵入もToKに知られており、健たちはToKから離脱する。

 

 
 

 

    第7章 「反撃の狼煙」

 

 ポーターによって安全地帯まで送ってもらった健ら三人は、タイロンの提案により追跡逃れのために敢えて電車やバスを乗り継ぎ、いつものハイドアウトに戻ってきた。
「あー……色んな意味でヤバかった」
 ほっとしたようにベッドに身を投げ出す健と疲れて椅子に座り込むピーター、そして体力は問題ないと立ったままのタイロンが視線を交わす。
「……しかし、どうするんだよ。結局『ADAM』と『EVE』のことも『Project REGION』のことも何一つ分かってないんだろ? まぁさっき『勝ち目が見えた』とか言ってたがなんか根拠があんのかよ」
 椅子に座った途端、緊張が解けたのか、ピーターが健に向かって一気に捲し立てた。
 あー……、と健が気のない声をあげる。
「確証はあまりないんだが、黒き狼は白き狩人ヴァイサー・イェーガーだ。だとしたら、勝ち目があるんだよ」
 黒き狼との戦闘、その後の脱出でよほど疲れていたのだろう、健は「少し休ませてくれないか?」と続けた。
「何言ってんだ、ToKをダイレクトアタックしたんだぞ? Lemon社がいつ、何をするかも分からんのに悠長なこと言ってられるか!」
 そう言いつつもピーターは椅子から立ち上がらない。
 二人とも疲れているな、と判断しつつ、タイロンは外の様子を窺いながら健とピーターの口論を眺めていた。
 タイロンはToKを攻撃していないので「EDEN」で何が起こったのかは全く分からない。ポーターが運転する車の中で耳にした会話でToK侵入は成功したが「EDEN」に侵入してすぐに黒き狼の妨害があったこと、そして「Team SERPENT」が脅威としている黒き狼が実はヴァイサー・イェーガーだったらしいという程度の認識しかない。ヴァイサー・イェーガーに関してはタイロンも名前だけは聞いたことがある。「ディープウェブ第二層」で活躍する凄腕の魔術師マジシャンという程度だったが、そんな魔術師が黒き狼としてToKにいると言うには証拠が少ない、とタイロンは考えていた。
 そこで、その確信を得るために健に質問することにする。
「おい健」
 低い声で名前を呼ばれ、健がなんだ、と体を起こす。
「黒き狼とヴァイサー・イェーガーが同一人物と思った根拠はなんなんだ。場合によっては俺が裏取りをする」
「あー……」
 なんだ、そういうことかと言わんばかりの顔で健がタイロンを見る。
「うーん、あまりしっかりした根拠はないんだが……まず、黒き狼は魔法使いウィザードだ。なんなら、俺がさっき使ったのと同じツールを使ったかもしれん」
「えーと、『オーグギアでオールドハックする』ってやつか?」
 健とタイロンの会話にピーターも割り込む。
 ああ、と健が頷いた。
「黒き狼は魔法使いで、魔法使いといえば匠海もそうなんだ。で、あいつがなんでオールドハック得意かといえば多分匠海のじいちゃんに教えてもらった、と考えられる。その時点で黒き狼イコール匠海のじいちゃんの可能性が浮上する」
「だが、それではヴァイサー・イェーガーとはつながらないぞ」
 健の言葉に、タイロンが鋭く指摘する。
 ああそれ、と健が頷く。
「で、黒き狼の実力は亡霊ゴースト級なんだよな。で、亡霊級の魔術師マジシャンなんてそうゴロゴロいるわけじゃねえ。挙句、亡霊級なんて本来ならそんな自分の存在をアピールするような奴じゃない。が、ヴァイサー・イェーガーだけはあんたも知ってるくらいに有名なんだ。流石に攻撃パターンは把握してなかったが、それでもあの存在アピールと実力を考えたらヴァイサー・イェーガーの可能性は限りなく高くなる」
「……なるほど、自分の知ってる魔術師マジシャンの可能性を組み合わせたってわけか。一応は、理にかなってんな」
 健の推測を聞いたピーターが納得したように呟く。
 しかし、健も分かっていたことだが、これはあくまでも推測の域を抜けない。確定させるための情報があまりにも少なすぎる。
 健の魔術師マジシャンとしてのネットワークから推測する範囲でならこの構図が成立するだけで、健が知らない亡霊ゴースト魔術師マジシャンが手を貸していた場合、健が見出した勝ち筋は瞬時に霧散する。
 だからこそ裏取りの必要性があったが、健にはそれだけの情報を収集する能力がない。魔術師マジシャン故に情報の取り扱いには慣れていたが、膨大な情報の中からピンポイントで特定するには時間が足りない。
 だが、健のその推測による発言に何か思うところがあったのか、タイロンはふむ、と一つ呟いて頷いた。
「俺には黒き狼、ヴァイサー・イェーガー、匠海の祖父が同一人物かはまだ判断できない。しかし、少なくともヴァイサー・イェーガーが匠海の祖父であるかは特定できるだろ」
「どうやって」
 タイロンの言葉に健が思わず食いつく。
 それができれば苦労しない。ヴァイサー・イェーガーが匠海の祖父であると確定したならその時点で勝ち筋は確定する。
 タイロンが簡単なことだ、と不敵な笑みを浮かべる。
「なあに、本人に直接聞けばいいだろ」
「え」「え」
 タイロンの言葉が俄かに信じられず、思わず健とピーターが同時に声をあげる。
「それができれば苦労しねえよ、確かに匠海のじいちゃんとは匠海の葬式の時に一度だけ会ったがどこに住んでるかなんて……」
「だが、名前くらいは知っているだろう」
 葬儀で会っているなら自己紹介くらいしているだろうに、とタイロンに言われ、健は「あー」と声を上げた。
「確かに」
「で、名前は」
 タイロンに訊かれ、健は記憶の糸を手繰り寄せた。
 もう十年近くも前に一度会っただけの人物、しかし、名前はかなり特殊なものだったはずだ。
 ええと、と思い出し、健は「その名前」を口にした。
「確か……永瀬ながせ 白狼しろう。文字にしたら『白い狼』だ」
「確定じゃねえか!」
 健が口にした名前に、ピーターが思わず絶叫した。
「黒き狼の狼と白き狩人の白、どっちの要素もあるなら確定だろ! ってかお前がその名前もっと早く思い出してたらあんな戦いしなくて済んだだろー!」
 ピーターが椅子から飛び降り、ベッドに歩み寄って健の肩を掴みゆさゆさと揺さぶる。
「あうあうあうあう」
 ピーターに揺さぶられ、健が情けない声を上げる。
「……俺が出る幕もないか……? まあ、確実に確定させるならその白狼とやらに話を聞く必要があるが……」
 意外にもあっさりと解決してしまったような気がして、タイロンははぁ、と中折れ帽のつばを掴み被り直す。
「……一応、確定したと仮定して話を進めるぞ。健、お前は黒き狼がヴァイサー・イェーガーで、なおかつ白狼であるなら勝ち目があると言ったが、それは白狼が匠海の祖父だからからか?」
 ここでようやく話がスタートラインに到達する。
 ああ、とピーターから解放された健が頷く。
「これも推測の域だが、サービス開始時から匠海と和美が『EDEN』にいるならいつ保管期限が切れてもおかしくない。が、二人はまだ『EDEN』にいる。だが、『EDEN』の運営には和美の父親である佐倉 日和がいるし、融通を利かせてもらって無期限保管してもらうということも考えられるんだ」
「まぁ……管理者特権ってやつだよな、そういうの」
 ピーターも理解できるのか相槌を打ってくる。
「で、『Project REGION』は保管期限切れの脳内データを利用してAIを量産しようとしている、ってのが目的だろ? それを親が望むか?」
「あっ」
 健の説明に、ピーターが声を上げた。
 つまり……。
「ヒヨリ・サクラとシロウ・ナガセは繋がっている、そしてこの二人は匠海アーサー和美マーリンの実験転用を拒んでいる、ということか?」
 それなら納得できる。白狼と日和の二人が「Project REGIOIN」の詳細を知っているなら匠海と和美の脳内データを実験に使うことを望むとは到底思えない。せめてサーバの中で生きながらえさせる、と考えているなら「Project REGION」の内容はあまりにも惨すぎる。
 多分、と健が頷く。
「それなら話は簡単だ。匠海のじいちゃんはLemon社に匠海と和美を人質に取られているようなものだ。下手なことをすれば『EDEN』から削除する、どころか実験に使うとか言われて従わないわけにはいかないだろう。だが、そこが勝機だ」
 一気に捲し立て、健はそこで息を吐く。
黒き狼ヴァイサー・イェーガーに協力を仰ぐ。匠海のじいちゃんも一人だったから屈するしかなかったが、今は『Team SERPENT』がいる。俺たちでLemon社を抑え、黒き狼に匠海と和美の二人を解放してもらう」
「な――」
 健が提示した計画に、ピーターが再び声を上げる。
 確かに、一人で全てを行うには荷が重すぎるのが「Project REGION」だ。しかし、ヴァイサー・イェーガーも含めた三人なら。
「不可能ではない、ということか」
 タイロンも低く呟く。
 ああ、と健が頷く。
「黒き狼が妨害しないだけで俺たちも『Project REGION』を阻止しやすくなる。チャンスは今しかない」
『――気が付いたか、全ての真実に』
 健が拳を握った瞬間、聞き慣れた声がハイドアウト内に響いた。
「SETPENT!」
 「ADAM」と「EVE」の発表以来姿を見せなかったSERPENTの声に、健が声を上げる。
 三人の中央に、SERPENTの姿が浮かび上がる。
 だが、その姿はデータが破損しているのか無数のグリッチノイズが混ざっており、今にも崩壊してしまいそうになっている。
「どうしたんだSERPENT、何があった!?!?
 SETPENTの様子に、健が問い詰める。
 ノイズだらけのSERPENTが揺らめきながら言葉を紡ぐ。
『あの発表と同時に、全てのデータが精査された。私の存在も特定され、攻撃されたよ』
 特定された。そのSERPENTの言葉に、ハイドアウト内に緊張が走る。
 SERPENTの存在が特定されたということは、「Team SERPENT」の存在もLemon社に知られたということだろう。
 危険だ、という思いとアンソニーを非難させて良かった、という思いが三人の胸を過る。
 しかし、それよりも問題はSERPENTだ。データの破損がひどく、今にも無意味なデータ片として消失してしまいそうなSERPENTに、健は「大丈夫か」と尋ねた。
 それを、SERPENTが首を振って否定する。
『私から「Team SERPENT」に関してのデータのリンクは切断した。だからチームに関しての情報は漏れていないが、それも時間の問題だ。だから今のうちに伝えておく』
 まるで自分はここまでだと言わんばかりのSERPENTの言葉に、健が息を呑む。
 SERPENTの損傷は深いところにまで食い込んでいるのは見ただけで分かった。だが、それを修復するほどの知識は健にはない。腕利きのエンジニアか開発者マギウスなら修復できるかもしれないが、そんな器用なプロフェッショナルではなかった。
 このままSERPENTの消失を見届けるしかできないことに、歯がゆさを覚える。
 せめて、俺にもう少しプログラミングの知識があれば、と健は後悔した。
 魔法使いウィザードはオールドハックを行う都合上、プログラミングの知識もある程度はある。しかし、健はその中でも侵入やデータの破壊に特化していて、破損したデータの修復や整合性の確保といった技能はほとんどない。魔法使いウィザードであってもそのようなスキルを持っている人間は最近ではあまり見かけない。
 「Team SERPENT」に参加する前、世界中を旅していた健は何人かの魔法使いウィザードに出会ったし、情報共有をしたり師事を受けたりした。その中で修復スキルを持っていた人間は滅多にいなかったし、スキルを持っていたとしても健は話を理解することができなかった。それほど複雑なスキルが、今必要とされている。
 少しずつデータがほどけていくSERPENT。
 そのSERPENTが言葉を絞り出す。
『「ADAM」と「EVE」はお前が考える通り、永瀬 匠海と和美だ。そして、黒き狼はヴァイサー・イェーガーであり永瀬 白狼であることも事実だ』
「な――」
 知っていたのか、と健が呟く。
「知っているならどうして教えてくれなかった! お前が教えてくれたら話はここまでややこしくならなかっただろ!」
 思わず健がSERPENTに詰め寄る。
 健が伸ばした手がSERPENTの身体をすり抜ける。
『この事実に関しては条件付きでロックが掛けられていた。ロック解除の条件は――お前たちがこの真実に到達すること』
「それは――」
 どういうことだ、呟く健に、SERPENTが答える。
『お前たちがこの真実に自分の力で到達しなければ自分で考え、動く力を失う。それに、私がただ「Project REGION」の全てを明かしたところでお前たちは信用しないだろう。いや、私がお前たちを信用しない。一方の主張だけを鵜呑みにするような人間は「Team SERPENT」には必要ない』
 SERPENTの言葉に、誰も反論することができない。
 言いたいことは分かる。一方の主張を鵜呑みにしてそちらに付けばいくらその一方が悪であったとしてもそれは正義だと捻じ曲げられてしまう。双方の主張を聞いて、その上でどちらが正しいかを自分で判断することが人間として生きていくうえで必要な能力であることも、健たちにはよく分かった。
 健も時には企業を攻撃するハッカーであったが、ただむやみやたらに攻撃し、人々を恐怖に陥れるような悪意を持ったハッカークラッカーではない。困っている人々の声を聞き、それを手助けするために健はハッキングの技能を使っている。その際に、困っていると言っている人間の意見だけを一方的に聞き入れて相手を攻撃することの恐ろしさを健はよく知っていた。
 「困っている人間」が全て善人とは限らない。中には「困っている」と見せかけて嫌いな相手を陥れようとする悪人もいる。もし、その悪人の訴えを聞き入れてしまえば、いくら「正義のハッカー」であっても悪の道に足を踏み入れてしまう。だからこそ、正義のハッカーは困りごとの訴えを徹底的に裏取りする。対象のサーバやオーグギアに侵入し、場合によっては依頼人を特定し、その訴えが真実であることを突き止めてから行動に移す。
 SERPENTはそれが言いたいのだ。
 いくら「Project REGION」が悪しきものであるとしてもそれはあくまでもSERPENT単体の訴え。Lemon社側の主張は含まれていない。
 だからこそSERPENTは健たちが真実を突き止めるという解除条件を設定された状態で重要機密を封印されていた。SERPENTが健たちに様々な任務を与えたのも、全ては健たちが自力で真相に到達するため。
 そして今、健たちは真相にたどり着いた。
 Tree of KnowledgeToKの中にある「EDEN」、そこにいる「ADAM」と「EVE」の真実、ToKを守護する黒き狼の正体、そして何故ヴァイサー・イェーガーが「Team SERPENT」に参加していないかという理由。
 その全てが明らかになり、つながった今、SERPENTは健たちに全てを開示するようロックが解除された。しかし、直前にLemon社に存在を察知され、攻撃された。
 SERPENTは別に各サーバを転々と渡り歩く浮遊データではない。特定のサーバに本体を置いたデータである。だから、集中攻撃を受けることとなった。
「……しかし、Lemon社に特定された、って……お前、本体をどこに置いてたんだ? お前ほどの情報密度の高いデータ、世界樹クラスのサーバじゃないと扱いきれないだろう。だとしたら、まさか……」
 ほつれていくデータに顔をしかめながら、健が尋ねるが、その言葉の途中で気づいたのだろう、その顔がさらに渋くなる。
「……お前の本体が格納されてたのが、ToKってことか……」
 健の結論に、SERPENTがああ、と頷く。
『私は「Project REGION」の阻止のためにデータを集める必要があった。それならToKに本体を置くのが一番確実だ』
「それで攻撃されてりゃ意味ないぞ。ってことは、『Team SERPENT』の全データもToKに……」
 ああ、とSERPENTが再び頷く。
『だが、今はそんなことを話している暇はない。手短に伝える。ヴァイサー・イェーガー……永瀬 白狼は匠海と和美の二人のデータを人質に取られている。「協力しなければ、二人のデータを利用する」とな』
 健の推測通りだった。二人のデータを人質に取られているから、ヴァイサー・イェーガー白狼は黒き狼として「EDEN」を守護するしかなかった。恐らくはToKの中央管理システムである「Deity」が白狼を監視して離反した瞬間に匠海と和美のデータを「EDEN」から「Project REGION」用のデータ領域に移動させるのだろう。
 同時に、日和も「Project REGION」の研究スタッフとして登用されているはずだ。同じく「拒否すれば二人のデータを利用する」と脅されて。
 日和は脳科学博士だったが、脳内データのデジタル化技術を確立させてから技術最高責任者として「EDEN」に携わっているが、それは表向きの話で実際はデジタル化された魂の複製に関する研究を行っているのだろう。幸いなことに複製はまだ成功していないようだが、それも時間の問題だ。
 この二人、最低でも白狼の協力を仰がねば、「Project REGION」は阻止することはできない。しかし、阻止のための決定打となる攻撃方法が分からない。
『「Project REGION」を阻止するにはToKの中央管理システムであるDeityを抑えればいい。抑えたうえで「Project REGION」の全容を告発してしまえばLemon社も身動きできないはずだ』
 これは私が今までToK内部で調査してきての結論だ、とSERPENTが続ける。
『現在、「Project REGION」は秘密裏に行われている実験。人間の魂を複製し、兵器転用するという計画は倫理委員会にとっても重大な規定違反だ。「EDEN」開発に当たり、倫理委員会は「抽出した脳内データを許諾した内容以外で利用してはいけない」と規定している。許諾内容は「EDEN」への移植及び期限切れによる削除のみだ。だから、「Project REGION」を告発すればLemon社はプロジェクトを停止せざるを得ない』
 そこまで調べていたのか、と健が心の中で呟く。
 「Project REGION」の告発。SERPENTの言葉が真実なら、一撃でプロジェクトを停止させる必殺の一打。
 SERPENTの存在が発覚し、「Team SERPENT」が明るみに出るのも時間の問題となった今、健たちに打てる手は「Project REGION」の告発だけだった。
 どうする、とピーターが健を見る。
 当たり前だろ、と健は大きく頷いてみせた。
「『Project REGION』を告発する。そのためにはもう一度ToKに侵入して、今度はDeityを抑える」
「そう簡単に言うがガウェイン、もうToKのダイレクトアタックなんてできないぞ? 今度こそ、本来の魔術師マジシャンが使うルートでの侵入になる。お前にできるのか?」
 ここは一旦反対に回った方がいいだろう、と判断したのかピーターが反論する。
 議論は全員が賛同してしまっては議論にならない。誰か一人でも反論できる人間がいて、懸念点を浮き彫りにしなければいざという時に不測の事態が発生してしまう。
 ピーターの反論に、健が首を横に振る。
「できるか、じゃないんだ。やるんだ。とにかく、もう一度ToKを攻める。っても、問題はその侵入方法なんだよな……」
 ピーターの言う通り、ToKのダイレクトアタックは不可能。一度館内に侵入され、サーバを暴かれたToKが再び健たちの侵入を許せばLemon社は何をやっていたどころでは済まない。逆に、そうなってしまえば「Project REGION」どころではなくなるので危険を冒してでも再度ToKに侵入する価値はあるように見える。
 しかし、ToKもそれは対策しているだろうし、同じ手は二度通用しないのが常である。
 そう考えるとToKのハッキング手段を講じなければいけない。
 さて、どうする、と健が呟く。
「言っておくが、Deiryを抑えれば俺たちの勝ちだが、その前に黒き狼を止める必要があるぞ。『俺たちがプロジェクトを阻止するから協力してくれ』と言ってはいそうですかと受け入れるほど世の中甘くないぞ」
 ピーターが次の懸念点を口にする。
 その言葉に、健もううむ、と低く唸った。
 黒き狼ヴァイサー・イェーガーの実力は大体把握した。ピーターと、オールドハックを交えた健の二人がかりで漸く足止めできるという程度である。もう一人、腕利きの魔術師マジシャンがいればもう少し楽に立ち回れそうだが、そんな仲間は「Team SERPENT」にはいないし、実は黒き狼がまだ完全に本気を出していなくて、全力で対処することも考えられる。
 そう考え、健はふと違和感に気付いた。
 ――待てよ? あのじじい、二度も俺を見逃したよな……?
 それはほんの些細な違和感だったが、考えてみればヒビの入ったダムが決壊するかのように大きくなっていく。
 今まで、黒き狼と対峙した魔術師マジシャンは全員逮捕されたか魔術師生命を絶たれるほどのダメージを受けた。肉体的ダメージではなく、心的外傷トラウマとしてのダメージだが、二度とハッキングツールに触れられないほどの恐怖を受けつけられたという。
 だが、健は二度黒き狼と対峙したが、そのどちらも何の被害もなく離脱することができた。
 いくら健が腕利きの魔術師マジシャンであったとしても、はるかに実力が上の黒き狼が仕留め損ねるはずがない。つまり――健は、見逃された
 何故だ? と健は考える。この謎が解ければ、もしかすると黒き狼の攻略法が見えてくるかもしれない。
 黒き狼には俺を見逃さなければいけない理由があった? と考える。もし、理由があるとすればと考えて、健はあっと声を上げた。
「あんのじじいー!!!?
「どうした?」
 健の絶叫に、タイロンが怪訝そうな顔をする。
 すまん、と一言謝り、健は自分の考えを口にした。
「あのじじい、多分俺のこと初手から知ってるわ」
「……そりゃそうだろ」
 何を当たり前のことを、と言わんばかりにピーターが呟く。
「え、なんで分かるの」
 俺は全然気づいてなかった、と言う健に、ピーターがはぁ、と盛大にため息をついた。
「あのな、お前が最初に『EDEN』で黒き狼と遭遇した時、自分の姿の生身アバターだったんだろ?」
「あっ」
 ピーターに指摘されて、健がようやく事態に気づく。
「お前と匠海のジジイが顔見知りなのはさっき分かったことなんだ。で、お前は『EEDEN』にガウェインではなく生身アバターで侵入してたんだからそりゃー顔バレするわ。二度目はガウェインだったんだからそれはそれでお前って確定だろうが」
 健がかつてスポーツハッカーのランカーであることが裏目に出た。
 ランカーであれば素顔もアバターもかなり周知されることになる。だから「正義のハッカー」として活動するときはアバターやユーザー名を変えるのが定石だったが、健は自分の自信からそのままのアバターを使用していた。曰く、「見つかることはない」と。
 だから、一度健と顔を合わせた頃のある白狼は一目見て健だと分かったし、万物灼き尽くす太陽の牙ガラティーンを抜いたことでガウェインだとも見抜いたのだろう。侵入者をガウェインと認識して、敢えて見逃した。
「でもなんで」
 しかし、それでも腑に落ちないのだろう、健が首を傾げる。
 あのな、とピーターが呆れたように説明する。
「孫の友人を殺す身内がどこにいる? しかも、それがToKの深部にまで侵入できる魔術士マジシャンなら余計に潰せない。少なくともオレだったら見逃す」
「まさか――」
 ピーターの言葉に、健の脳内に一つの可能性が浮上する。
「黒き狼は、俺が『Project REGION』を阻止できるかもしれないと思っている……?」
「多分な」
 ぶっきらぼうに答え、ピーターはSERPENTを見た。
「そういうことだろう、SERPENT。ヴァイサー・イェーガーは『Team SERPNET』に参加せずとも、俺たちに協力している」
『そうだ』
 今にも崩れそうな姿で、SERPENTが肯定する。
『ガウェイン、お前は「種」を受け取ったのだろう』
「? ――ああ、受け取った」
 SERPENTの質問に一瞬戸惑った健だが、すぐに意味を理解して頷く。
『あれはお前に道を作るはずだ。私はこれ以上お前たちを導くことはできないが、最後に綻びだけは作っておく。それを見つけ出して、先へ進め』
 そう言い、SERPENTはその体を大きくくねらせた。
 ただでさえ崩壊が始まっていた全身がどんどん崩れていく。
「おい、やめろSERPENT!」
 健がSERPENTを止める。いくら鈍感な健でも分かる。これは自殺行為だと。「綻びを作る」と言ったが、それはToK攻撃のための足掛かりのはずだ。本体がToKに存在するSERPENTにしかできない、捨て身の攻撃。
 同時に、ハイドアウトに設置されていた端末が警告を鳴らし、データの消去を始める。
「ヤバいぞガウェイン! この――いや、全土のハイドアウトがLemon社に割れた! SERPENTが動いたからか、それとも――」
 データ消去のインジケーターが浮かび上がるホログラムディスプレイに、各ハイドアウトの位置が記された地図が表示され、そのハイドアウトを示す光点が次々と消えていく。
「健、ピーター、今すぐここを出るぞ! ここにもいつLemon社の保有軍が来るか分からん!」
 ディスプレイの表示を見たタイロンが叫ぶ。
 健も慌ててバックパックを肩に掛け、立ち上がる。
「SERPENT!」
 健がSERPENTに声をかける。
 その声に、SERPENTはちら、と健を見た――ように見えた。
『行け!』
 SERPENTの声に背中を押されるように三人がハイドアウトを出る。
 ホログラムディスプレイに映された地図から消える光点を見ながら、SERPENTがまるで祈るかのように頭を動かす。
『……私は……導けただろうか』
 誰もいないハイドアウトで、SERPENTが呟く。
 そのハイドアウトのドアが破られ、アサルトライフルを構えた武装兵がなだれ込んでくる。
「SERPENT! くそ、ここはハズレか!」
 中にいるのがAR体のSERPENTだけと言うことに気づき、Lemon社の私兵が悔しそうに怒鳴る。
『ああ、ここは私だけだよ。そして、全てのデータは削除した。君たちに彼らを追跡させたりはしない』
たかがAIが何を偉そうに! 罪もない人間をテロに加担させた罪は重いぞ!」
 兵士の言葉に、SERPENTが「テロか」と低く呟く。
『それなら、テロついでにこういうことをしても構わないだろう?』
「――!?!?
 SERPENTの言葉に、ハイドアウト内の兵士が息を呑む。
 次の瞬間、コンテナ内の各所に仕掛けられていた爆薬が起動した。
 万一、ハイドアウトが知られた際に破棄するための爆薬。
 退避! と真っ先に爆薬に気づいた兵士が声を上げるが、遅かった。
 全ての爆薬が起爆し、コンテナを崩壊させる。
 周囲に被害を出さないようにするためか、コンテナハウス自体が吹き飛ぶような大規模な爆発ではない。ただ、発破をかけたような、建物のみを崩壊させる小規模な爆発の連鎖。
 しかし、中に人がいた場合、当然、崩れた瓦礫に巻き込まれる。
 ハイドアウトを取り囲んでいた兵士たちは慌てて仲間を救出するために駆け寄っていく。
 AR体ゆえに瓦礫の上に浮かび上がったSERPENTはその様子を見て満足そうに頷いた。
『あとは、任せたぞ――』
 わずかに残されていたSERPENTの身体が光のパーティクルと化し、消失する。
 後に残されたのは、崩れたコンテナハウスと、それに埋められた仲間を救出するために瓦礫を取り除くLemon社の私兵たちだけだった。

 

「……で、どうするよ」
 ハイドアウトからそれなりに離れた大衆食堂ダイナーに入った三人は、出てきたピザが冷めるのも構わずに話し合っていた。
「どうするもこうするも、ToKに侵入するしかないだろ」
 健の言葉に、もう後には引けないとばかりにピーターが返す。
「っても、どうやって侵入すればいい? その案が全くないまま俺たちはこうやって逃げてきたんだが」
 いつになく気弱な様子で健がぼやく。
 ああ、これは相当まいってんな、とピーターは判断した。
 健としてはSERPENTはなんだかんだ言ってよき理解者であり上司であったはずだ。それが、存在を特定され、あのようなことになった。
 あの姿を見た時点で、健もピーターもうっすらと理解してしまった。
 SERPENTは「中の人」がいるアバターではない。自我にも等しい意識を持ったAIであると。
 本体がToKにあったから、だけではない。AIでなければあそこまでの詳細な情報を仕入れるのは難しいことだ。
 初めはToK内部に内通者がいるのでは、と少なくともピーターは考えていた。しかし、内通者はどこで発覚するか分からないしリスクがあまりにも大きすぎる。その点、AIであればデータとしてサーバ内を調べることも不可能ではない、ということか。当然、そこに権限などは存在するが、SERPENTにハッキング技能があることは健もピーターも把握している。そのハッキング技能を利用して権限を書き換え、ToK内部を泳いでいたのだろう。
 そんなSERPENTもついに突き止められ、攻撃され、おそらくは消滅した。
 「Team SERPENT」は崩壊したも同然、これ以上は健たちも動くのは危険だ。
 にもかかわらず、三人はもう一度ToKに侵入するための算段を立てようとしていた。
 どうしてそこまでして「Project REGION」を阻止したいと思うのかは分からない。打つ手がないのだから「Project REGION」のことを忘れて元の生活に戻るべきである。それなのに、三人とも「これではいけない」と思っていた。
 匠海と和美の魂がLemon社に握られているからか? 確かにそれもある。
 だが、それ以上に「Project REGION」を阻止しなければ、と思っていた。
「……SERPENTが作った綻びを無駄にするわけにはいかない。必ず、阻止する」
 健がキッパリと二人に告げる。ピーターとタイロンもそれに大きく頷いて同意する。
 ここまできたら匠海が和美がなど言っている場合ではない。Lemon社が人の魂を踏み躙る行為に走っているのもどうでもいい。
 ただ、SERPENTが良しと思わなかったそのプロジェクトを止める、ただそれだけだった。
 全ての謎が解けた今、迷うことは何もない。ただ、SERPENTのためだけに、「Project REGION」を阻止する。
「ガウェイン、お前が本気ならオレも地獄まで付き合うぜ。っても、ToKに侵入するにしても今一番確実なのはやっぱりダイレクトアタック……いや、この際どこから侵入してもあまり変わりないか……」
 ピーターがウィンドウを開いて何かを確認しながらふむ、と唸る。
「前に付けた枝からToKの館内セキュリティを確認したが、かなり強化されているからサーバルームへの到達は多分不可能だ。だが、サーバ内部に関してはそこまでセキュリティが強化されている感じはしないな。カウンターハッカーの数は増やしているようだが、カウンターハッカー自体急に雇えるものじゃないから多分シフトを詰めたんだろう。となると、普通にハッキングするなら今がチャンスかもしれない」
 そう言いながら、ピーターが健にウィンドウを転送する。
「……確かに、巡回は多いが動きにキレがないな。疲れてんのか?」
「多分な。どうせ世界樹をハッキングする奴はごまんといる、あのダイレクトアタック騒ぎで魔術師マジシャンどもも狙い目と思ったんだろう。ならそこで火事場泥棒すればいい」
 健たちがダイレクトアタックをしたことは「第二層」もすぐに察知したのだろう。誰とは特定していないが、「ToKの施設に侵入してダイレクトアタックした」という噂が広がれば腕に覚えのある魔術師マジシャンはダイレクトアタックの騒ぎに乗じてToKをハッキングする。そのためにその魔術師マジシャンを逮捕するためにToKお抱えのカウンターハッカーも大量投入されたという次第だ。ところが、いくらカウンターハッカーとはいえごく普通の人間である。過酷な勤務に集中力がいつまでも続くはずがない。
 だからこそ、カウンターハッカーの集中力が分散しつつある今がToKへの侵入タイミングだとピーターは判断していた。その判断に、健もそうだなと同意する。
 どうする、とピーターが目配せする。
 やるしかないだろ、と健も頷く。
「お前ら、ここでやる気か?」
 タイロンがちょっと待てと二人を止める。
 二人の会話から、今がToKを攻めるタイミングであることは把握している。しかし場所が悪すぎる。いつ目を付けられるか分からないし長時間のハッキングとなると店にも迷惑をかける。
 とりあえずは落ち着ける場所に――と考え、タイロンは二人に場所を提案する。
「俺が普段使っているセーフハウスがある。そこでハッキングしろ」
「おっさん?」
 タイロンの申し出に健が思わず聞き返す。
 タイロンが冷めたピザを一切れ手に取り、口に運んだ。
「お前ら、とりあえずそれで腹ごしらえしろ。あとは落ち着いてハッキングできる場所でハッキングした方がいい。俺のセーフハウスは知ってるやつなんてほとんどいないし、そう簡単に見つかることもないだろう」
「……おっさん!」
「だから俺はおっさんではないと」
 とりあえず、自分のセーフハウスを、とは言ったがタイロンには意図があった。
 このダイナーのような人目につく場所ではどこで通報されるかなどわかったものではないし、万一Lemon社に見つかった場合、手持ちの装備で二人を守り切れる自信がない。しかし、自分のセーフハウスなら多少の武装は揃えているし、セーフハウス自体にもトラップを仕掛けているから多少は時間稼ぎができるはずだ。
 タイロンに場所を提供されたことで、ピーターも多少は作戦を練ることができたらしい。健を見て、頷いてみせる。
「ガウェイン、タイロンの家ならお前も心置きなくオールドハックできるだろ。タイロンの家に行こう」
「あー、それはそのつもりだが、PCは別になくても良くなったんだよなあこれが」
 苦笑しながら健が説明する。
「SERPENTが言ってた『種』、ルキウスなら分かるだろ?」
「? ……ああ、あのオールドハックできるアプリ」
 そう、それ、と健が頷く。
「あれな、やばいわ。オーグギアで旧世代ノイマン式PCを完っ璧に再現してやがる。オーグギアからノイマン式を攻撃できるって、あいつ、なんてもの作ってんだよ」
「え、作者知ってんの?」
 健の説明に、ピーターが驚いたように声を上げ、それからあっと呟いてピザを一切れ手に取る。
「あ、俺も!」
 ピーターに続いてピザを手に取り、健は豪快にそれを頬張った。
「うわー、冷めるとまずいなこれ」
「長々話し込んでたお前らが悪い」
 タイロンが次のピザを食べながらぼやく。
「で、健、お前はその『種』とやらの作者を知っているのか?」
 タイロンにも訊かれ、健はああ、と頷いた。
魔導士の種ソーサラーズシードの作者は匠海アーサーだ。あいつが魔法使いウィザードってことは知ってたが、まさか開発者マギウスでもあったなんてな」
開発者マギウス?」
 聞きなれない言葉に、タイロンが首を傾げる。
開発者マギウスはツールを一から作れるスキルを持つ奴のことだ。きょうび、ツールなんて既存ツールの合成から増やしていくもので、一から作るなんて並の魔術師マジシャンには無理な話なんだ。それを、アーサーは自力でやりやがった」
「マジかよ」
 ピーターも信じられない、と声を上げる。
 ハッキングの世界に長く身を置いているからピーターも開発者マギウスの存在は知っていたが、まさか今も実在するとは思っていなかった。いや、実は匠海が最後の開発者マギウスで、もう絶滅している可能性もあるが、それでも知っている人間にそういう人物がいるとなるのは驚きである。
 健が誇らしげにしているのを見て、ピーターは「親友がそういう存在だから嬉しいんだろうな」と解釈した。
「とにかく、アーサーはARハックとオールドハック両方を使いこなす。その点で――ツールの名が示す通り、アーサーは魔導士ソーサラーだったのかもな」
 ARハックとオールドハックを同時にできるとは健も信じられない話だが、実際にソーサラーズシードを使い、黒き狼と戦っているから信じるしかない。
 そして、このソーサラーズシードが一枚の切り札になる、ということも健は実感していた。
「あの時は初めてソーサラーズシードを使ったから勝手が分からず苦戦した。だが、やっぱなんでも実戦あるのみだな、大体分かったから次は負けねえ」
 そう言い、健はもう一枚ピザを手に取り、まずいとぼやきながら咀嚼する。
「おっさん、これ食ったらおっさんの家に行こう。そこで、思う存分暴れてやる」
「だからおっさんと言うなと」
 苦笑しながらタイロンが拳を健に向ける。
「いいか、場所を提供するんだからしくじるなよ」
「それはもちろん」
「オレがいるからヘマはさせねえよ」
 健とピーターも拳を上げ、タイロンの拳に当てる。
「それなら行くぞ。今度こそ、黒き狼を手懐けてDeityを暴く」
『応!』
 タイロンの言葉に、健とピーターが力強く頷いた。

 

To Be Continued…

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 AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
 もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
 ここではこの作品を読んだあなたにお勧めの作品を紹介しておきます。

 

   世界樹の妖精-Fairy of Yggdrasill-
 アメリカに4本建立されたメガサーバ「世界樹」の最初の1本、「ユグドラシル」サーバの物語。
 今作では事故死しているらしい匠海が主人公で、ユグドラシルサーバで働いています。
 謎のAI「妖精」と出会いますが、その妖精とは一体。

 

   光舞う地の聖夜に駆けて
 ガウェイン、ルキウス、タイロンが解決したという「ランバージャック・クリスマス」。
 三人が関わった始まりの事件……の、少し違う軸で描かれた物語です。

 

 そして、これ以外にもこの作品と繋がりを持つ作品はあります。
 是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。

 


 

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