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世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第9章

 

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 場所はアメリカのフィラデルフィア。
 とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
 ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
 ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
 そこに現れた1匹の蛇。
 その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
 SERPENTの指示を受けてLemon社の関連企業に侵入するたけし(ガウェイン)とタイロン。
 「EDEN」にいるという匠海たくみ和美かずみが気がかりで気もそぞろになる健だったが、無事データを回収する。
 解析の結果、そのデータは保管期限が切れて削除されたはずの「EDEN」ユーザーのデータ。
 そこから匠海と和美のことが気になった健は独断で「EDEN」への侵入を果たす。
 「EDEN」に侵入した健だが、直後、魔術師仲間内で「黒き狼」と呼ばれる魔術師に襲われる。
 辛うじて逃げ出した健であったが、「Team SERPENT」を危機に晒しかねない行為を行ったということで謹慎を命じられる。
 謹慎中、トレーニングをしているところで健は「Team SERPENT」に亡霊ゴースト魔術師マジシャンである「白き狩人ヴァイサー・イェーガー」が在籍していないことに疑問を持つ。
 「ヴァイサー・イェーガーはチームへの所属を希望しなかった」という事実に不信感を持つ健だったが、そんな折、Lemon社が新型AI「ADAM」と「EVE」を発表する。
 この二つのAIは匠海と和美だ、と主張する健。
 二人は大丈夫なのか、と心配になった健はもう一度「EDEN」に侵入することを決意する。
 止めようとするアンソニーだったが、そこにピーターとタイロンも到着し、健と共に「EDEN」をダイレクトアタックすると宣言する。
 ToKのサーバルームに侵入し、ダイレクトアタックを敢行する健たち。
 「EDEN」に侵入し、匠海と会話をはじめた直後、予想通り黒き狼に襲われる健だったが、自分のアバターに一つのアプリケーションが添付されていることに気付く。
 「魔導士の種ソーサラーズシード」と名付けられたアプリケーションを起動する健。それはオーグギア上からでもオールドハックができるものだった。
 オールドハックを駆使し、黒き狼を撃退に成功するが、健たちの侵入もToKに知られており、健たちはToKから離脱する。
 黒き狼は白き狩人ヴァイサー・イェーガーであり、彼は匠海の祖父、白狼であると主張する健。
 だとすれば匠海と和美を守りたい一心で「Project REGION」に参画しているはずだ、という健にまずはその事実の確定をしなければいけないとタイロンが指摘する。
 しかし、健が匠海の祖父の名が「白狼」であることを告げた瞬間、タイロンとピーターは「確定だ」と判断する。
 それならDeityを抑え、黒き狼を説得すれば助けてもらえるかもしれない。
 そう判断した三人はタイロンのハイドアウトからまたもToKをハッキング、Deityと黒き狼の捕獲に向かう。
 SERPENTが作った綻びを利用し、再度「EDEN」に侵入する健とピーター。  黒き狼が現れるが激闘の末説得に成功、その協力を得て匠海と和美を「ニヴルング」へと転送、ピーターもDeiryを抑え、データの入手に成功する。
 任務完了と現実世界に戻る二人、しかしどこで突き止められたかLemon社の私兵がタイロンのハイドアウトに乗り込んできて、三人は拘束されてしまう。

 

 
 

 

    第9章 「打ち砕け、仲間のために」

 

 Lemon社が有する収容施設に連れてこられた三人はそれぞれ独房に収容されることになった。
「あー……畜生め」
 壁に備え付けられたベッドに腰かけた健が毒づく。
 隣の房にはピーターが、これまたやはりベッドに腰かけて頭を抱えている。
「やべえ……FaceNoteにバレたらクビだ……」
 多少の犯罪なら巨大複合企業メガコープの頂点に君臨するGLFNグリフィンが一社、FaceNote社が揉み消してくれるだろうが、流石に同じくGLFNの一社であるLemon社に捕まったとなれば揉み消してもらうことは不可能だろう。
 これは詰んだ、などとブツブツ呟いているピーターだったが、しかし後悔の念はほとんどなかった。
 Lemon社に喧嘩を売ったことに関して、「『Team SERPENT』に参加するんじゃなかった」という思いはない。ただ頭の中を回っているのは「どこで特定された」や「オレとしたことが」という言葉だった。
 健やピーターが魔術師マジシャンだからというわけではないが、外部との通信を途絶するためにオーグギアは没収されている。タイロンも含め、三人のオーグギアは他者の侵入や干渉を受けないようにとセキュリティをかなりカスタムしているため、中のデータを精査してピーターが取得した「Project REGION」のデータを削除することは並みの魔術師マジシャンや技術者にはできない。白狼ヴァイサー・イェーガークラスの魔術師マジシャンであればセキュリティを突破することはできるだろうが、今のLemon社にそこまでできる魔術師マジシャンがいるとは到底思えない。
 何とかして脱獄しなければ、と考えつつ、ピーターは向かいの独房に収容されているタイロンを見た。
「おいおっさん、このドアぶち破れないのかよ」
 ピーターに声を掛けられたタイロンが面倒そうにピーターの独房を見る。
「ふざけるな、俺を何だと思っている」
「え、めっちゃ強いバウンティハンター」
 ドアをぶち破るのくらい楽勝だろ? と続けるピーターに、タイロンはため息をついた。
「……そんな、ハリウッド映画みたいなことを俺ができると思うか?」
木こりのクリスマスランバージャック・クリスマスの時にニェジットバケモンブッ飛ばしただろーが」
 三年前の実績を持ち出されればどうしようもない。
 あれはヴァリアブルハンドガンの電磁実弾レールガンモードを使ったからできたことであって、軍から退役する際に無効化されたはずのこのモードを違法に再設定していなければ今頃命があったかどうか。
 いずれにせよ、四丁所持していたヴァリアブルハンドガンは全て没収されている。健がたまに「五丁の間違いだろ」と茶化してくるがその五丁目が役に立つなら教えてもらいたいところだ。
 ロックされたドアを数か所叩き、その音から体当たり等で蹴破れそうな脆さがないか確認する。しかし、そのあたりはちゃんとメンテナンスされているらしく脆さはどこにもない。
「……無理だな。流石にこれを破るには道具がいる」
「探偵なら秘密道具くらいあるだろ。それでちゃちゃっと」
 健も会話に割り込んでくるが、そこで看守の「うるさいぞ!」という叱責が飛んでくる。
「静かにしてろ!」
「――あーはいはい」
 諦めたように、健がベッドに寝転んだ。
 オーグギアをはじめ全ての装備を奪われ、自分たちではどうすることもできない。他の「Team SERPENT」のメンバーが救出に来てくれないか、などと考えてみるが今の状況と健たちの独断専行を考えるとそれも望み薄。
 打てる手が何もなく、独房内ですることもなく、健ははぁ、とベッドの上でため息をついた。
「……どうなるんだろ、俺たち」
 きょうび、警察機能も巨大複合企業メガコープが請け負っている世の中、Lemon社もその例外ではない。「Project REGION」を知る健たちを捕らえたということはそれに勢いづいて「Team SERPENT」のメンバーの逮捕に注力するかもしれない。
 プロジェクトの阻止はやっぱり無理だったのか、と思っていると、廊下の方で複数の足音が近づいてきていることに気が付いた。
 取り調べか? と健が体を起こす。
 もしそうなら逃げ出すチャンスはあるか。少なくともタイロンなら独房を出された瞬間にその場の全員をぶちのめしてロックを解除することくらいできるだろう。
 タイロン、と通信いつもの癖で声を掛けようとするが、すぐにオーグギアが没収されていることを思い出し舌を打つ。
 ツイていない。タイロンなら言われずとも勝手に動くだろうが、それでもこっそり連絡を取りたい時に連絡ができないという状態はあまりにももどかしかった。
「――こちらです、ドクター・サクラ」
 三人の独房の前に、看守の一人が白衣を着た老人を案内する。
「……ドクター・サクラ……?」
 看守が老人をそう呼んだことに、健が首を傾げ、そしてあっと声を上げる。
「佐倉……日和……」
「おや、私のことを知っていたか」
 六十代には届いているだろうが背筋をピンと伸ばしまっすぐ立つ老人が、そう呟いた。
「しかし、ドクター・サクラがわざわざここに来る必要は――」
 看守の言葉を聞く限り、日和はToKをダイレクトアタックしてまで「EDEN」に侵入した魔術師マジシャンを見たい、と思ったようだ。
 そう判断した健が何をいまさらとばかりに日和を見る。
 日和は小声で看守と話しているようだった。
「お言葉ですが――」
 まるで日和の提案を拒絶するかのように看守が首を横に振る。
 何か交渉しているのか、と健が日和と看守たちのやり取りを見ていると、日和は懐から何かを取り出し看守に手渡した。
「――知りませんよ、どうなっても」
 賄賂でも渡されたのか、看守は意外にもあっさりと引き下がる。
「一応、監視カメラで追跡はしていますからね。会話だけは聞かない、というだけですよ?」
「ああ、それで十分だ」
 日和が頷くと、看守たちはブツブツ言いながらも独房のあるリアを出て扉を閉め、控室に戻っていく。
 それを見届けた日和はちら、と廊下に設置されている監視カメラに視線を投げ、それからドア越しに健たちを見た。
「……さて、これで君たちとじっくり話すことができるね」
「俺たちに何の用なんだよ」
 投げかけられる日和の視線をまっすぐ受け止め、健が尋ねる。
「『Project REGION』を阻止しようとする集団、智慧の樹の実をアダムとイヴに食べさせた張本人の名を冠した『Team SERPENT』、ねえ……」
 これは面白い、と日和がくつくつと笑う。
「実際、『ADAM』と『EVE』は『楽園EDEN』を離れた。まさか旧約聖書の『創世記』を君たちがなぞるとは思っていなかったよ」
「……何が言いたい」
 日和が「Team SERPENT」の存在を知っているのはこの際驚かない。どのタイミングで知ったとしても今回日和がここに来たのは「Team SERPENT」のメンバーを捕らえたとLemon社から連絡を受けたからだろう。
 日和もLemon社に強要され、「Project REGION」が抱える「魂の複製」に関わっていた、と健たちは思っていた。本当に日和が強要されているという証左はどこにもない。
 もしかすると日和は自分から「Project REGION」に関わることを選択しているかもしれない、もしそうだった場合、匠海と和美の二人をイルミンスールに向けて解き放ったことは日和にとって不都合な展開だったということも考えられる。
 実際はどちらだ。Lemon社が二人のデータを無期限保管することを提示したのは事実だろうが、そこで日和はどのような選択をしたのか。
 緊張の面持ちで、健は日和の顔を見る。
 感情も思惑も読ませぬ、無表情。
 ――と、その日和がふっと笑った。
「ありがとう、二人を解放してくれて」
『っ!』
 日和の言葉に健とピーターが息を呑む。
 ありがとう――つまり、日和も白狼と同じく「Project REGION」に賛同することを強制されたということか。
 いや待て、油断するな、と自分に言い聞かせつつも健は日和の言葉の続きを待つ。
「私は二人をあのまま死なせたくなかった。だから脳内データをサーバに取得したが、Lemon社に『Project EDEN』の構想を持ちかけられてそれに縋ってしまった。だが、その本意が『Project REGION』にあったのを見抜けなかったのは私の落ち度だ」
 悲痛な面持ちで、日和は言葉を続ける。
「和美と匠海君のデータを守るためだけに、私は多くの死者の冒涜に力を貸してしまった。『Team SERPENT』についてはついさっき知ったよ。『Project REGION』を妨害しようとする集団がいる、実際にToKがダイレクトアタックされたと聞いてこれは、と思ったよ」
 そう言い、日和は視線を上げて健を見る。
「君は確か――ガウェインだったか。元『キャメロット』の」
「俺のこと知ってるんか」
 健が意外そうな顔をする。
 確かに、健はスポーツハッキング界ではランカーだったこともあり、そこそこ有名どころの選手であった。しかし、目の前の日和がそこまでスポーツハッキングを観戦しているようには見えないので意外に思ってしまった――のだが。
「あ、そっか、マーリン……」
 すぐに思い出す。日和が誰の父親であったかを。
 スクリーンネーム「マーリン」、健の元チームメイトであり、当時は世界ランキング一位を我が物としていた和美。そんな娘が出場する試合は見ていただろうし、それならチームメンバーに誰がいるかもある程度は把握していたのだろう。
 それに、よくよく考えれば匠海と和美の葬儀の際には一度顔を合わせていたはず。その時に名乗った記憶はないが、健と日和は完全に初対面ではない。
「和美が世話になったな」
「……あ、あぁ……」
 日和の言葉一つ一つに注意を払いながら健が頷く。
 それはピーターも同じで、ベッドに腰かけたまま顔は日和の方に向けて一挙手一投足を見逃すまいと見つめている。
 日和が健の独房に一歩近寄る。
 そして、唇だけを動かす。
「――、」
「っ!」
 健が目を見開き、日和の顔を凝視する。
「マジで言ってんのか!?!?
「しぃっ、静かに」
 日和が人差し指を自分の唇に当てる。
「監視カメラを見ろ。首は動かすな」
「――え、」
 日和の囁き声に、健が恐る恐る視線だけを動かして天井に備え付けられた監視カメラを見た。
「!」
 監視カメラの正面、不具合時などにステータスを表示するためのホログラムスクリーンが起動している。正常時には起動せず、ただのカメラに見えるその正面が明滅し――。
「おい、あれ――」
 思わずピーターが声を上げかけ、口元を押さえた。
 ホログラムスクリーンに一つの紋章が表示される。
 遠吠えをする白い狼のエンブレム。
「……白き狩人ヴァイサー・イェーガー……」
 ごくごく小声で、健が呟いた。
 ああ、と日和も小さく頷く。
「……大丈夫だ、まだ気づかれていない。やるなら今だ」
 日和がそう言った瞬間、三人の独房のロックが解除された。
 健がえっと声を上げる間もなく扉が開き、日和が三人を手招きする。
「急げ!」
 迷っている暇はなかった。
 三人が同時に独房から飛び出し、タイロンを先頭に日和を取り囲んで守る態勢に入る。
!?!? どうやって出てきた!?!?
 看守がすぐに気付いて警報ボタンを押す――が、サイレンが鳴り響くこともなく、直後、タイロンによって殴り倒される。
「行くぞ!」
 タイロンが通路に飛び出し、現在位置を確認する。
 伊達に探偵をしていたわけではない、ここに来るまで目隠しをされていたわけでもないので出口までのルートは頭に叩き込んである。
 だが、最短ルートで外に出るにしても奪われた装備は取り戻したい。
 こういった場所では私物は全て私物保管箱に入れられて保管室に置かれているだろうが、流石にタイロンもこの収容施設のどこにそれがあるかまでは把握していない。警報が鳴らなかったことを考えるとこの施設全体を統括する中央演算システムメインフレームがヴァイサー・イェーガーによって掌握されたのだろう、と判断するが、それでもこういった事態に備えて手動の警報システムはあるはず。
 急げ、とタイロンが看守室を抜けようとするのをピーターが止め、看守室の端末に指を走らせる。
 目の前のホログラムディスプレイに収容施設の館内見取り図を呼び出し、目的の部屋を探し出す。
「おっさん、保管室はここだ。分かるか?」
 ピーターの言葉に、タイロンが見取り図に視線を投げ、すぐにああ、と頷く。
「大体分かった。急いで装備を取り戻すぞ」
 あいよ、と健も頷いた。
 廊下に出て、小走りで保管室へと向かう。
 その間に見かけた職員はタイロンが殴り倒して警報を鳴らさせない。
 あっという間に保管室に到着し、タイロンは鍵の掛けられたそのドアを一撃で蹴破った。
 中にはいくつものプラスチック製の保管箱が棚に置かれており、囚人番号で管理されている。
 保管箱が番号順に並べられていなかったため、少々手間取ったものの、三人はそれぞれの箱を手に取り、健とピーターはオーグギアを、タイロンはそれに追加して四丁のヴァリアブルハンドガンを格納したガンベルトを取り出した。
 収容される際に囚人番号がプリントされた囚人服に着替えさせられていたため、元の服も箱に入っていたが着替えている時間が惜しい。
 とりあえず着替えるのは出てから考えよう、とオーグギアとハンドガンだけ身に着けて三人は再び廊下に出た。
 廊下の天井に並ぶ監視カメラは全てヴァイサー・イェーガーのエンブレムが映し出されており、映像が欺瞞されていることを示している。
 それでも、タイロンが殴り倒した職員が発見されたのか、館内に囚人脱走のサイレンが鳴り響いた。
「もう見つかったか」
 早えよ、とピーターが毒づくも、こちらは装備を回収済み。
 健とピーターはオーグギアさえあれば無敵だし、タイロンもヴァリアブルハンドガンがあれば鬼に金棒である。
 廊下を駆けてくる、武装した職員を見据え、タイロンは両手にヴァリアブルハンドガンを構えた。
「モードチェンジ非殺傷スタンモードスタンバイ」
 音声認識でヴァリアブルハンドガンのモードが切り替わり、スタンモードに切り替わる。
 健とピーターも周囲のオーグギアにSPAMを送り込むべくツールを展開し、いつでもハッキングできるようスタンバイする。
「いけるか、ガウェイン」
「お前こそ遅れんなよ?」
 廊下はそこまで広くない。大勢に取り囲まれることはないが、それでも数人ずつの層が幾重にも重なっている状態。
 タイロンがスタンモードで無力化するには荷が重く、広域SPAMで無力化したほうが効率的ではある。その範囲に日和がいるのが難点だが、それは事前に防御プログラムを送り込んでおけばいいのでそこまでの障害ではない。
 そう、目くばせしあった健とピーターが日和に防御プログラムを送り込もうとしたその時。
 どん、という音と共に健たちの真横の壁が崩れ落ちた。
「はぁ!?!?
 何が起こった、と状況が飲み込めない健たち。
 壁には大穴が空き、隣の部屋が見えている。
 その隣の部屋にも大穴が開いており、そこから外の様子がうかがえた。
『みんな、無事!?!?
 そんな声が響き、壁の穴から銀色に光るボディが乗り込んでくる。
「……な……」
「なんだこりゃー!!」
 壁の穴から乗り込んできたのは一体のロボットだった。
 特に塗装が施されていない銀色のボディ、一応は人の形をしているが、全高は2メートルほどある上に明らかに人間のバランスでは作られておらず、見るものに恐怖心を植え付けてくる。
 まるで異星人が送り込んだ殺戮ロボットのようなそのロボットに、健たちは呆然とロボットを見上げるしかできなかった。
「何だこれは!?!?
 収容所の職員も、突如壁を突き破って現れたロボットに慌てふためいている。
 しかも、それだけではなく、
「後ろからも来たぞ!?!?
 健たちを拘束するために通ってきた後ろからも、同じロボットが姿を見せていた。
「え、なに、宇宙人が攻め込んできたのか!?!?
 このタイミングで、このような見たこともないものが現れれば誰だってそんなことを考えてしまう。
 健もその例に漏れず、宇宙人が侵略してきたのか、などと考えてしまった。
 遠くでは戦闘が始まっているのか銃声が響いている。
 となると、このロボットは二機だけではないのか、と判断し、健は意識を現実に引き戻した。
 宇宙人が攻め込んできたならこれは好機、このどさくさに紛れて逃げられる。
 がれきに巻き込まれないように頭を抱えた日和を引き寄せ、健がピーターとタイロンを見る。
「どさくさに紛れて逃げるぞ!」
『だから、助けに来たんだってば!』
 再び聞こえる声。
 その声はロボットに取り付けられたスピーカーから聞こえてきた。
 しかも、健たちにはなじみのある声。
「……AAAトリプルエー!?!? は!?!?
 いや待てどういうことだ、と再び混乱し始めた頭に叱咤しつつも健はロボットを見た。
 銀色のボディを持つロボット、その左肩に見覚えのあるエンブレムが描かれている。
「……マジか」
 樹に巻き付く蛇のエンブレム、それはアンソニーが「Team SERPENT」で使用するガジェットにペイントしていたものだ。
 本当にアンソニーが、と健は考えたものの、このロボットは体格的に中に誰かが入れるような構造をしていない。つまり、大手各社の私有軍に配備されているようなパワードスーツコマンドギアではない。そもそもアンソニーの性格を考えればほぼ人型サイズで人間が装着するようなガジェットは作らないはず。作ってももっと大型の、それこそ日本のアニメジャパニメーションのロボットものに登場するような機動兵器を作るだろう。
 そう考えると、アンソニーは遠隔でこのロボットを操縦している。他にも動いているロボットがあるようなので、もしかするとAI制御による自律行動か。
『とりあえず、最短距離で穴を開けたから付いてきて!』
「あ……ああ!」
 こっちだ、と健が日和を抱えたまま穴に向かって走る。
 続いてピーター、しんがりをタイロンが務め、壁の穴を抜け、ロボットが作り出した穴を抜けていく。
「AAA、お前大丈夫か? 安全な場所にいるのか?」
 走りながら、健はロボットに声をかけた。
 遠隔操作ならこの収容施設の近くに来なければいけないということはない。子供だましのおもちゃのようなラジオコントロール機器ではあるまいし、ここまで精密に動かすなら量子通信による大容量データ通信操作が必要となる。量子通信の利点が複数のアクセスポイントを介さない超長距離・大容量データの高速通信なのでアンソニーが安全な場所にいるはず、と健は信じることにした。
 ああ見えてアンソニーは臆病なところがある。ここぞという時に男気を見せることはあってもこのような事態でわざわざ自分を危険にさらすような動きは見せない。通信に関しても健が複数アクセスポイントを介し、さらにはプロキシも差してどこからアクセスしているかの逆探知を困難にさせるツールを渡しているのでそれを使っているならよほどの下手を打たない限り居場所を察知されることはないだろう。
『安全な場所から援護してるから安心して。あ、サーペントファイブ、そっちでもう少し騒いでて!』
 健たちを誘導するロボットを通じてアンソニーが答え、それから別の機体に向けて指示を出す。
 施設内の離れたところで爆発音が響き、続いて悲鳴が聞こえてくる。
「5って……お前、どれだけ操作してるんだ!?!?
 アンソニーが出した指示に出てきた数字を聞き、健が声を上げる。
 何って、とアンソニーが何をあまり前のことを、と言わんばかりの口調で答えた。
『十二機だけど。名付けて「蛇小隊サーペント・スクワッド」』
「じゅっ……!」
 想像を大幅に上回る数に、健の声が裏返る。
「これを、一人で……!?!?
 アンソニーが電子ガジェットづくりの天才だとは分かっていたが、まさか十二機のロボットを並列操縦させるほどのスキルを持っているとは思わなかった。健が趣味で見ているヒロイック映画でもヒーローがガジェットを使うのは大抵一度に二、三機程度だ。
 どれだけとんでもないシステム組んでるんだよ、と健が改めてロボットを見ると、その通信の向こうでアンソニーが苦笑したようだった。
『流石の俺も一度に十二機なんて操れないよ。そこまでの自律プログラム組むにはタケシの力が必要だって』
「じゃあ、どうやって」
『各地の仲間の協力を募った。みんな、「Project REGION」を止める最後のチャンスだからって協力してくれたよ』
 スピーカーから聞こえてくるその言葉に、健の目じりが熱くなる。
 アメリカ全土にハイドアウトが設置され、量子イントラネットが整備され、仲間も数多くいると言われていてもその仲間と交流することはほとんどなかった。それに、健たちはかなり独断専行するメンバーだったし、今回も独断専行でToKを攻撃したのがきっかけで全ハイドアウトを手放すことになった。もしかするとメンバーの中で拘束された人間がいるかもしれない。その点では健たちは詰られても仕方ない立場なのに、それでも助けたいと動いてくれた仲間がいることが純粋に嬉しい。
 アンソニーにはそれぞれのメンバーからの報告が逐次入っているらしく、次々と指示を出し、施設をかき乱しながら健たちを施設の外へと誘導していく。
 四人が建物を抜け、破られたフェンスに向かっていると、建物の外でもロボットたちが派手に暴れている様子が嫌でも目に飛び込んできた。
 ――もしかして、こいつら普段の鬱憤晴らしに暴れてなくね……?
 勿論、健たちを助けたいという気持ちはあるだろう。あると思いたい。ただ暴れられるという欲望だけで来られても困惑するだけだ。
 ……とは思ったが、こうやって派手に暴れて揺動してくれるだけでかなり助かる。
 遠隔操作であるなら逆探知されない限り操縦手が逮捕されることもないだろうし、傷を負ったりすることもない。それならストレス発散に暴れてもらっていいだろう。
 そう思っているうちに、要請を受けたのだろう、収容所の上空にLemon社所有軍のティルトジェット機が到着し、パワードスーツに身を包んだ兵士たちがロープ降下してくる。
「まずい、コマンドギア部隊投入しやがった!」
 ロープ降下する兵士たちに、ピーターが周りのメンバーを見る。
「急げ! 流石にあいつらに目を付けられたら終わりだぞ!」
 自分たちは生身の人間、パワードスーツコマンドギアを装備したプロの兵士に勝てるわけがない。確かにハッキングによってコマンドギアに搭載されたコンピュータや兵士が装着しているオーグギアは無力化できるかもしれないが、軍もハッキングに対して対策はしているはずなのでそう簡単に無力化できるはずがない。
 三十六計逃げるに如かず、と健はピーターの言葉に頷き、それから庇うように抱えている日和を見た。
「爺さん、少し我慢してくれよ」
「え――!?!?
 日和の同意を待たずに、健が日和を抱え上げる。
 それによって動きやすくなった健は全力で走り出した。
「お前、ほんっと、バーサーカーだな!」
 健に続いて全力疾走しながらピーターが叫ぶ。
 全力疾走しているが、日和を抱えて走る健とは少しずつ引き離されている気がする。
「ピーター、遅れているぞ!」
 しんがりを務めていたタイロンがこれではピーターが置いていかれると判断、銃をホルスターに収めて手を伸ばした。
 むんず、とピーターの腕を掴み、力の流れを利用して体を浮かせ、抱き抱える。
 横抱きお姫様抱っこの姿勢になり、タイロンも全力で走り出した。
「キャーーーー!!!!」
 絹を引き裂くようなピーターの絶叫が響き渡る。
「黙れ、舌を噛むぞ!」
 タイロンにはそう凄まれ、慌てて口を閉じるもこの体勢はあまりにも絵面が酷すぎる。
 嫌だ降ろせオレは一人で走れると心の中で悪態を突きつつも、ピーターは素直にタイロンに抱えられたまま敷地の外へ連れ出され、タイミングを合わせたように到着した運び屋ポーターの車に放り込まれた。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

 ――時間は少々遡り。
「――さて、とやりますかね」
 人気の特注コマンドギア装着アメコミヒーロー、「クロムマスター」のアバターを身に纏ったアンソニーが両の手のひらをぱん、と合わせた。
 「ニヴルング」の開発者向けホーム――通称「エンジンルーム」に構築した仮想コクピットにアンソニーはフルダイブしている。
 ロボットもの日本製アニメジャパニメーションで見かける全天球コクピットを模したそれは「蛇小隊サーペント・スクワッド」の各機体に搭載されたカメラ映像をサブモニターに表示、メインモニタはアンソニーが操縦する機体の視界が映し出されている。
 現在、蛇小隊を構成する十二機のロボットは大型トレーラーの荷台でスタンバイしている。見えている映像もトレーラーの中で待機するロボットたちのもの。別のウィンドウに表示させた地図は間もなく健たちが収容されている収容所に到着する、と現在地を示している。
 地図を拡大すると運び屋ポーターも近くまで来ており、作戦が問題なく遂行されれば健たちは収容所を脱出した瞬間に合流することができるはずだ。
 ふう、とアンソニーが大きく深呼吸する。
 いくら遠隔操作とはいえ、敵地に乗り込んで捕えられた仲間を助けるのは緊張を伴う。
 十一個の通信ウィンドウに表示された各機体の操縦者のアバターを見ながら、アンソニーは今回の作戦の指揮官として口を開く。
「みんな、力を貸してくれてありがとう。まぁ俺が参加してるチームの尻拭いだから断ってくれてもよかったのに、手を上げてくれたおかげで戦力を整えることができた」
 アンソニーがそう言うと、通信ウィンドウに映し出されたアバターが思い思いの動きをする。
《なに水臭いこと言ってんだ。チームのピンチに駆けつけるのがヒーローだろ》
《そうそう、それにお前のガジェットの操縦体験とかそうそうできるものじゃないからな!》
 そんな言葉にアンソニーの目尻が熱くなる。
 なんだかんだ言って、「Team SERPENT」は人間のつながりが強いんだな、と思いつつ、アンソニーは再びありがとう、と呟く。
「今回の作戦はフィラデルフィアにあるLemon社所有の収容所の襲撃だ。俺の予想だとあいつらなんだかんだ言って脱走してそうだから俺たちはその援護と揺動。みんなに操縦してもらう蛇小隊は使い捨てるつもりだから無茶してくれて構わないよ」
 その途端、湧き上がる歓声。
《よっしゃ! 派手に暴れてやるぜ!》
 頼もしい仲間の言葉に、アンソニーは苦笑した。
「でも、蛇小隊が暴れればLemon社もコマンドギア部隊くらいは投入すると思う。こっちの装備はパイルバンカーと電磁拳スタンナックルだけだからコマンドギアが出てきたら無理せず離脱して。あ、でも暴れたいなら止めはしないよ。多分勝てないけど」
《そう言われるとりたくなるなぁ! なぁ、喧嘩売っていいか?》
《そーだそーだ! リアルでコマンドギアと戦えるなんて普通できないからな! 俺は戦うぞ!》
 ――こいつら、全員バーサーカーだ。
 うわあ、人選ミスったかなあ、ってか蛇小隊は使い捨てのつもりで投入したけど全機ロストとか嫌だなぁ、などと思いながら細かい最終調整を進めるアンソニーに、仲間の一人が声をかける。
《アンソニー、あんま気張んな。こういうのはお祭り感覚で騒げばいいんだよ》
「……うん」
 そうだ、この作戦はあくまでも健たちが脱走するのをサポートするだけであって救出ではない。脱走自体は健たちが自力で何とかする。
 いや、当初の予定ではアンソニーたちで健たちを救出するつもりだった。いくら健やピーターが腕利きの魔術師マジシャンであったとしても拘束されればオーグギアは奪われるはずだし、武闘派のタイロンがいたとしても勝ち目はない。
 それでも健たちを助けたいと思ったアンソニーは、かねてから組み上げていた蛇小隊を投入することを決意した。
 幸い、全国ネットで「Team SERPENT」の仲間に声をかけたらあっという間に全機体を動かせるほどのメンバーが集まり、それぞれに操縦用のデータを渡した、という次第である。
 運び屋ポーターに頼み込んで大型トレーラーを出してもらい、準備を進めていたアンソニー。
 魔術師マジシャンが使う秘匿通信で一つのデータが届けられたのはそんなタイミングだった。
 データを展開すると、白い狼のエンブレムを背景にしたウィンドウが展開する。
 そこにはたった一行だけ、文章が記されていた。
「脱走の手引きはする。成功率を上げるため、お前は陽動しろ」
 どこから送られたのか、誰が送ったのかも分からないファイル。ごくごく普通の人間ならそう思ってしまう、謎のファイル。
 しかし、アンソニーは気付いてしまった。
 このファイルの送り主は、以前から健が話題に上げていた亡霊ゴースト魔術師マジシャン白き狩人ヴァイサー・イェーガーだと。
 「Team SERPENT」に加入しなかったというヴァイサー・イェーガーが、協力を申し出ている。しかも、「脱走の手引きはする」ということは健たちが脱獄するチャンスを作ってくれる、ということだろう、と判断する。
 それなら話は早い。
 蛇小隊で施設を襲撃し、その混乱に乗じて健たちを独房から救出するだったプランはほぼ陽動だけで事足りる。強いて言うならアンソニーが混乱を利用して壁を破れば最短距離で施設を離脱できる、といったところか。
 即座に脳内でプランを練り直し、アンソニーはメンバー全員に修正した作戦を伝えた。
 「健たちの救出は考えなくていい、あんたたちはとにかく暴れて周りの気を引いてくれ」、と。
 大型トレーラーががたん、と揺れて止まり、目標地点に到着したというメッセージが眼前のウィンドウに展開する。
 よし、とアンソニーが声を上げた。
「全機出撃! なるべく引っ掻き回して!」
《うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!》
 アンソニーの言葉を皮切りに、十二機のロボットが一斉にトレーラーから飛び出し、施設に突撃していく。
《ヒャッハー! こいつはすげえな!》
 施設を取り囲むフェンスはアンソニーが別で起動したドローンに搭載したレーザーで焼き切り、そこからロボットたちが侵入する。
 巡回していた警備兵を電磁拳スタンナックルで殴り倒し、ロボットたちは思い思いに施設の設備を破壊し始めた。
「……うわぁ……」
 十一機のロボットたちの傍若無人ぶりにアンソニーがドン引きする。
 確かに「なるべく引っ掻き回して」と指示を出したのは自分である。だが、照明用の電柱を引っこ抜いて振り回せとは誰も言っていない。駐車場の車を破壊しろとはさらに言っていない。
《うひょー! ボーナスステージだぜ!》
「サーペントスリー、格ゲーのやりすぎ!」
 流石にアンソニーも一応の制止はするが、それを聞き入れるはずもなく、ロボットたちは破壊の限りを尽くしている。
 これはどっちが悪役なんだろう、などと思いながら、好き勝手暴れる十一機とは別行動でアンソニーは自機を真っすぐ建物に向かわせた。
 健のオーグギアは再起動されており、マップにはそのGPS情報が映し出されている。
 そこから最短距離になる角度に回り込み、アンソニーは左腕に搭載された杭打ち機パイルバンカーを壁に叩きこんだ。
 いくら鉄筋コンクリートでもパイルバンカーの一撃には耐えられない。
 壁に大きな穴が開き、それを両手でさらに広げ、アンソニーは建物の中へと侵入した。
 外の騒ぎで蜂の巣をつついたようになっていた建物内部にアンソニーの機体が侵入したことで、近くにいた警備兵が一斉に発砲する。しかし元々SERPENTから潤沢な資金提供を受けて作った蛇小隊ロボット、ボディの素材はそれなりに性能が高い。アサルトライフルの銃弾程度で破損するようなことはない。
 腕を振り回して警備兵を蹴散らし、壁をどんどん破壊して奥へと進んでいく。
 いくつ目かの壁を破壊したところで、アンソニーは脱獄して出口へと向かう健たちを発見した。
「みんな、無事?」
 そう、アンソニーは健たちに声をかけた。
 健たちを捕獲しようとした収容所の職員たちの姿も視界に入るが、その奥に仲間の機体が暴れているのも確認できたので任せることにする。
「とりあえず、最短距離で穴を開けたから付いてきて!」
 壁の穴は施設外への最短距離で開けてある。アンソニーが援護すれば大した障害もなく脱出できるはずだ。
 四人を誘導しながら他のメンバーの様子も確認していると、通信ウィンドウの一つでメンバーが大きく手を振った。
《上空にティルトジェット! くそ、もう来やがったか!》
 手を振ったメンバーが叫ぶ。
 レーダーウィンドウに、飛翔するティルトジェット機の反応が映り込む。
《やべえ、『アシュラ』部隊だ!》
 ティルトジェット機から降下したコマンドギアを確認した仲間の声に、アンソニーが他の機体からの映像を確認する。
 一部のメンバーの前に降り立ったのは背に三対のサブアームを備えたコマンドギア――「アシュラ」。
 ミリタリーにそこまで興味を持っていないアンソニーだったため詳細は知らないが、アシュラといえばここ数年で配備され始めた最新鋭の機体のはずだ。
 かれこれ何十年も前に開発された「ヘカトンケイル」の拡張性が非常に高いということで、それをベースに改修、世代交代を行い登場したアシュラの脅威はその三対のサブアームにある。
 サブアームにそれぞれ場の制圧に最適な装備を持たせたアシュラ部隊は蛇小隊に向けて一斉に発砲した。
 敵に応じて装備を変えることで状況に適応するコマンドギア、今回は「謎のロボット」が相手ということでメインウェポンはアサルトライフルではなく二〇mm機関砲。
 こんなものを喰らえばひとたまりもないことは現場を見ていた誰もが思った。だが、思ったところで自分たちは遠く離れた場所からロボットを遠隔操作しているだけなので喰らったところで痛くも痒くもない。このコクピットは「ニヴルング」に作られた仮想のもの、痛覚緩和システムアブゾーバーはあるしそもそもロボットに感覚センサーが搭載されていないので痛みを感じることもない。
 瞬く間に二機のロボットが蜂の巣にされ、ガラクタとなって地面に落ちる。
《すまん! サーペントフォーがやられた!》
《サーペントエイトもやられた!》
 撃破された二人の報告がアンソニーに届き、カメラウィンドウにも【No Signal】のアラートが表示される。
「ありがとう! 二人は回線切って! 切り方分かる?」
 指示を出しながら、アンソニーは健たちのGPS信号を確認する。
 幸いにも四人はアシュラ部隊に捕捉されることもなく、運び屋ポーターの車に乗り込んで離脱できたようだった。
 離れていく光点にホッとすると同時に、これで自分たちの仕事も終わった、と判断する。
「みんな、お疲れ様! タケシたちは無事離脱できたようだ、あとは好き勝手暴れていいよ! でも、切断するときは指定した手順でね?」
 蛇小隊を遠隔操作するために使われている回線は特殊な秘匿回線ではない。辿られてしまえば操縦者の特定は可能である。
 そのため、回線の切断は特定の手順を踏んで逆探知を防ぐ必要があった。
 その手順は全員に周知しているし、そもそも複雑な手順は全て自動実行されるように設定してある。ただ、そのプログラムが発火するための手順だけは忘れないでね、と釘を刺しつつ、アンソニーももうひと暴れするか、と正面モニターを見た。
 二機のアシュラがアンソニーの機体に立ちはだかる。
 向けられた二〇mm機関砲に恐怖を覚えるものの、それは死に対する恐怖ではない。
 だったら、とアンソニーはアシュラに向けて機体を走らせた。
「俺だって!」
 二門の二〇mm機関砲が火を吹く。
 砲弾に機体の各部が砕かれていく。
 それでもパイルバンカーを構え、アンソニーの機体はアシュラに向けて突進する。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
 アンソニーが吠え、アシュラの一機に向けてパイルバンカーを突き出す。
 だが、そこが限界だった。
 砲弾によってパイルバンカーを搭載した左腕そのものが打ち砕かれ、限界を迎えた機体もその場に崩れ落ちる。
「――っ!」
 そのタイミングでアンソニーが回線を切断、正面モニターに【No Signal】のアラートが表示される。
「……ふぅ」
 静かになったコクピットで、アンソニーは深い息をついた。
 どうやら他の機体も撃破されたのだろう、全てのサブモニターが【No Signal】になっている。
「みんな、ありがとう。おかげで反撃の目処が立ったよ」
 アンソニーがそう言うと、通信ウィンドウの十一人も歓声を上げる。
《いやー、楽しかったぜ!》
《AAA、お疲れ様!》
 口々に労ってくる仲間に、アンソニーの口角がわずかに上がる。
 俺だってやる時はやるんだよ、足手纏いにはなったりしない、そう考え、アンソニーはもう一度「ありがとう」と言う。
 仲間たちが次々とログアウトし、コクピット内が静寂に包まれた時、アンソニーはポツリと呟いた。
「さて、あとはタケシたちの反撃の時間だ」
 「Team SERPENT」はただでば転ばないんだよ、と続け、アンソニーもコクピットからログアウトした。

 

To Be Continued…

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「世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第9章」のあとがきを
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