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世界樹の妖精-Serpent of ToK- エピローグ

 

    エピローグ 「新たなる旅立ち」

 

「じゃ、俺がいない間お前ら頑張れよ!」
 ロサンゼルス国際空港、その出発ゲートの前で健が見送りに来たタイロンとピーター、そしてアンソニーに声をかける。
「まぁ、今は切羽詰まった案件もないから大丈夫じゃない?」
 猫の形をしたロボットを抱えながら、アンソニーが笑う。
「そうだな、『SERPENT事変』以降各企業も目立った動きは見せていない。あの事件で『Team SERPENT』の存在は明らかになった。『よからぬことを企めば毒蛇に噛まれる』と言われれば企業も下手には動くまい」
 タイロンがそう言うと、健はそうだな、と頷いた。
 「Team SERPENT」が「Project REGION」を告発し、Lemon社がGLFNに属する他三社の制裁を受けてから数ヶ月。この一件は「SERPENT事変」と呼ばれ、企業間紛争の一つの形として記憶された。
 実際のところこれで企業間が武力衝突した、とか民衆が暴動を起こした、といった大きな騒ぎは起きていないので「事変」と呼ぶには少々大袈裟な気もするが、と「Team SERPENT」の面々は思っていたが実際のところ世界を揺るがす事件ではあったのでそう呼びたいならそれでいいんじゃないか、というのが世間の考えだった。
 「SERPENT事変」直後、合衆国ステイツ経済圏は「Project REGION」の全データを元に一つの声明を出した。
 曰く、「魂は人として尊重されるものであり、それを利用することは許さない」と。
 ただ、突然家族を喪って途方に暮れる遺族の気持ちも尊重するということで「EDEN」自体はサービス終了することなく存続する流れとなった。Lemon社が表向きに出していた規約はほぼそのままに、家族が心を整理させる場として「EDEN」は提供され続けている。しかし、その運営母体はLemon社からアメリカ政府へと移され、国営のサービスとして提供されることになった。
 それが良かったのか悪かったのかは分からない。
 人間の脳内データの抽出、そこからのAI作成に関してはもう技術が確立されていたので日和が関わる必要はなかったが、それでもアメリカ政府は彼を野放しにしておくのは危険、とエネルギー省が抱える研究所、ローレンス・バークレー国立研究所で生命科学とコンピュータサイエンスに関わる研究主任として任命することにした。
 元々はカリフォルニアを拠点としていた健とタイロン、そして白狼はそれを機にロサンゼルスに戻って来ていた。ロサンゼルスといえばFaceNote社のメガサーバ世界樹「イルミンスール」のお膝元なので今日はピーターも空港に駆けつけている。
「あーあー、お前がいない間バーサーカーのお守りをしなくて済むからせいせいするよ」
「なんだよルキウス、素直じゃねえなあ」
 なんだかんだ言いながらも見送りに来てくれたピーターに健が苦笑する。
「ってか、こっちはやんちゃ坊主も預かってんの。これ以上やんちゃなのが増えるとオレの身が保たねえ」
「ピーター、流石にそれは」
 むぅ、とアンソニーがピーターを睨む。
 SERPENTによる資金提供によって電子ガジェット制作スキルを上げたアンソニーはその腕を認められ、カリフォルニア工科大学へと飛び級で進学することが決定した。今は新年度を前にピーターの家に転がり込んでハッキングの基礎を学んでいる。ピーターとしてはアンソニーにハッキングなど、と思うところはあったのだが、本人が「このガジェットがハッキングを受けても対抗できるように知識だけは入れておきたい」と熱望したため、仕方なく折れた次第だ。
 本当はもうアパートメントも契約しているはずなのにピーターの家に転がり込んでいるのはひとえにピーターのお人柄、というものだろう。
「ま、でもAAAトリプルエーのガジェットのおかげで生活の質QOLが爆上がりしたからいいんだがな」
 ガウェイン、お前もアンソニーのガジェット使うといいぞ、と続けるピーターに、健は「考えとくよ」と返した。
『日本か……』
 不意に、匠海が健の隣に現れて呟く。
「なんだアーサー、お前密航する気か?」
 完全に健に付いていく気満々の匠海にピーターがそう声をかけると、匠海はいいだろ、と反論する。
『和美の故郷くらい見に行ってもいいだろ』
「匠海は生まれも育ちもアメリカだもんな。いいぜ、付いてこいよ。俺の実家案内してやる」
『そこは和美の実家にしてくれよ』
 健が軽口を叩きながら時計を確認すると、搭乗時間が差し迫っている。
 もうそろそろアナウンスが入るかな、と健が考えていると、不意に一同の前にSERPENTが姿を現した。
『仕事だ』
 相変わらず落ち着き払った様子のSERPENT、逆に慌てているのはその場にいた一同である。
「ちょっと待てよ! ガウェインは今から日本に――」
「おっ、仕事か!」
 ――ピーターとは真逆に、健は乗り気だった。
「よっしゃ、今度はどこが何をしたんだ?」
「おい待てガウェイン、搭乗時間!」
 搭乗のアナウンスが流れ始める空港で、健は他の三人が止めるのも聞かずに搭乗ゲートから離れ始める。
「何言ってんだ、俺のプライベートなんて事件が終わってからいつでも楽しめる! まずは不届ものにお仕置きだ!」
「だから、荷物預けてんのに乗らなかったら問題なんだよ!」
 健の後を追いかける三人。それを、残されたAR体の一人と一匹――匠海とSERPENTが顔を見合わせる。
『SERPENT、タイミング悪すぎ』
『悪いな、空気を読むという機能はわたしには搭載されていない』
『それはそうか。そんな設計は考えていなかったな』
 元々は「Project REGION」を阻止するためだけに生み出したAIだったSERPENTは今では健たちにとってなくてはならない相棒となっている。人々の預かりしれないところで繰り広げられるネットワークの戦争、それを阻止できるのは正義のために身を捧げた魔術師マジシャンのみ。だが、個々の力では限界があるとして「Team SERPENT」は正義の魔術師ホワイトハッカーをまとめ始めた。
 規模を拡大した量子イントラネット、正義に生きる魔術師マジシャンをスカウトし、手厚く保護する組織としてネットワークの奥底に毒蛇の巣は広がっている。
 場は与えた。それをどう利用するかはメンバー次第。
 それも、健たちがいるなら大丈夫だろう、と匠海は確信していた。
 いかなる悪も蔓延らせてはいけない。人々を絶望の淵に叩き落とす計画なら阻止sる。
 誓いも新たに、匠海は少し先を歩く健たちを追うように歩き始めた。
『行こう、SERPENT。もう少しあいつらの未来を見届けたい』
『承知した。我が父』
 歩く一人と一匹の姿が、人混みの中に溶けこみ、消えていった。

 

The End.

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 AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
 もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
 ここではこの作品を読んだあなたにお勧めの作品を紹介しておきます。

 

   世界樹の妖精-Fairy of Yggdrasill-
 アメリカに4本建立されたメガサーバ「世界樹」の最初の1本、「ユグドラシル」サーバの物語。
 今作では事故死しているらしい匠海が主人公で、ユグドラシルサーバで働いています。
 謎のAI「妖精」と出会いますが、その妖精とは一体。

 

   光舞う地の聖夜に駆けて
 ガウェイン、ルキウス、タイロンが解決したという「ランバージャック・クリスマス」。
 三人が関わった始まりの事件……の、少し違う軸で描かれた物語です。

 

 そして、これ以外にもこの作品と繋がりを持つ作品はあります。
 是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。

 


 

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