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世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第10

 

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 場所はアメリカのフィラデルフィア。
 とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
 ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
 ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
 そこに現れた1匹の蛇。
 その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
 SERPENTの指示を受けてLemon社の関連企業に侵入するたけし(ガウェイン)とタイロン。
 「EDEN」にいるという匠海たくみ和美かずみが気がかりで気もそぞろになる健だったが、無事データを回収する。
 解析の結果、そのデータは保管期限が切れて削除されたはずの「EDEN」ユーザーのデータ。
 そこから匠海と和美のことが気になった健は独断で「EDEN」への侵入を果たす。
 「EDEN」に侵入した健だが、直後、魔術師仲間内で「黒き狼」と呼ばれる魔術師に襲われる。
 辛うじて逃げ出した健であったが、「Team SERPENT」を危機に晒しかねない行為を行ったということで謹慎を命じられる。
 謹慎中、トレーニングをしているところで健は「Team SERPENT」に亡霊ゴースト魔術師マジシャンである「白き狩人ヴァイサー・イェーガー」が在籍していないことに疑問を持つ。
 「ヴァイサー・イェーガーはチームへの所属を希望しなかった」という事実に不信感を持つ健だったが、そんな折、Lemon社が新型AI「ADAM」と「EVE」を発表する。
 この二つのAIは匠海と和美だ、と主張する健。
 二人は大丈夫なのか、と心配になった健はもう一度「EDEN」に侵入することを決意する。
 止めようとするアンソニーだったが、そこにピーターとタイロンも到着し、健と共に「EDEN」をダイレクトアタックすると宣言する。
 ToKのサーバルームに侵入し、ダイレクトアタックを敢行する健たち。
 「EDEN」に侵入し、匠海と会話をはじめた直後、予想通り黒き狼に襲われる健だったが、自分のアバターに一つのアプリケーションが添付されていることに気付く。
 「魔導士の種ソーサラーズシード」と名付けられたアプリケーションを起動する健。それはオーグギア上からでもオールドハックができるものだった。
 オールドハックを駆使し、黒き狼を撃退に成功するが、健たちの侵入もToKに知られており、健たちはToKから離脱する。
 黒き狼は白き狩人ヴァイサー・イェーガーであり、彼は匠海の祖父、白狼であると主張する健。
 だとすれば匠海と和美を守りたい一心で「Project REGION」に参画しているはずだ、という健にまずはその事実の確定をしなければいけないとタイロンが指摘する。
 しかし、健が匠海の祖父の名が「白狼」であることを告げた瞬間、タイロンとピーターは「確定だ」と判断する。
 それならDeityを抑え、黒き狼を説得すれば助けてもらえるかもしれない。
 そう判断した三人はタイロンのハイドアウトからまたもToKをハッキング、Deityと黒き狼の捕獲に向かう。
 SERPENTが作った綻びを利用し、再度「EDEN」に侵入する健とピーター。  黒き狼が現れるが激闘の末説得に成功、その協力を得て匠海と和美を「ニヴルング」へと転送、ピーターもDeiryを抑え、データの入手に成功する。
 任務完了と現実世界に戻る二人、しかしどこで突き止められたかLemon社の私兵がタイロンのハイドアウトに乗り込んできて、三人は拘束されてしまう。
 Lemon社の収容施設に収容される三人。
 脱走もできない状況だったが、そこへ日和が現れ、白狼の手を借りて三人を脱獄させる。
 その脱走劇の最中、収容施設を十二機のロボットが襲撃する。
 それはアンソニーが「Team SERPENT」の面々に呼び掛けて集結した「蛇小隊サーペント・スクワッド」だった。

 

 
 

 

    10章 「致命の一撃」

 

「いやなんぼなんでもアレはやりすぎだろ」
 運び屋ポーターの車の中で、奪い返してきた服に着替えながらピーターがぼやく。
「でもあの時のAAAトリプルエーめっちゃカッコよかったじゃん! いやー、まさかロボットを遠隔操作して突撃してくるとはなぁ……」
 さっさといつものパーカーを羽織った健が大きく伸びをした。
「さーて、ここからどうしますかね……」
 そう言いながらもピーターのオーグギアにアクセスし、彼が取得した「Project REGION」のデータを確認する健。
 ざっくりと目を通しただけでもSERPENTが伝えてきたことは真実だったと思わせるもので、SERPENTはこれを止めるために自分たちを選んだのだと改めて実感する。
 SERPENTは消えてしまったが、後を託された健たちは次に何をするべきかちゃんと分っていた。
「まあ、これを世間にぶちかませばいい話だが、うまくやらないとただの陰謀論で揉み消されるしな……」
 Lemon社は世界最大手のメガコープ、GLFNグリフィンの一社。適当に情報を公開したところであっという間に揉み消されるのは火を見るより明らかである。
 全世界に一斉に知らしめるにはどうすればいいか、SNSなどのアカウントを作成してちまちま投稿するよりはストリートサイネージか報道局をジャックして派手にした方が効果的だとは思いつつも、今の健はなんとなくの無力感を覚えていた。
 確かに健はピーターと共に白き狩人ヴァイサー・イェーガーをDeityの束縛から解放した。同時に匠海と和美のデータをLemon社の目の届かない場所に転送した。
 しかし、それでもどこで自分たちの侵入が察知されたか、ということだけは未だに分からない。
 黒き狼が発見して通報したというのが一番濃厚な線だが、それでも位置情報まで筒抜けだったのはかつてスポーツハッキングの世界ランキング一桁にまで到達していた二人には屈辱の極みだった。
 だが。
《それは儂が協力しよう》
 突然、三人のオーグギアがグループ通話に接続され、その向こうに遠吠えする
白い狼をあしらったアイコンが表示される。
「あー! ジジイ!」
 突然のことに、健が思わず大声を上げた。
 それにうるさいなあという顔をするピーターとタイロンだが、健はそれに構わずわあわあと声を上げている。
「爺さん、大丈夫なのか? 安全なところにいるのか?」
 とりあえず安否確認を、と健が老人――白狼に尋ねる。
《ああ、儂は安全な場所におる。位置情報も亡霊ゴースト級でもなければ突き止められまいて》
 自信満々な白狼の発言に、健は純粋に「やっぱヴァイサー・イェーガーはすげえ」と感服してしまう。元から「第二層」でのヴァイサー・イェーガーの活躍は有名で、どれだけ複雑な問題であってもすっぱり解決してしまう、虚偽で助けを求めれば酷い目に遭う、と言うのは有名な話だった。そのため、「黒き狼」と「白き狩人ヴァイサー・イェーガー」が同じ存在だと裏付けされた今なら健も納得できる。「EDEN」に侵入したならず者の魔術師マジシャンが再起不能に陥ったのも無理はない、と。
「まあ、爺さんが安全な場所にいるならそれでいい……んだが、協力するって?」
 少し落ち着いたところで思い出し、健がそう尋ねると、白狼はああ、と頷いた。
《とりあえず今送った場所に来い。あと、お前さんたちの位置情報は一時的に消去したから追跡もされんだろ》
『はぁ!?!?
 健とピーターの声が重なる。
「んだとジジイ、てめぇオレのオーグギアを――」
《ああ、位置情報切っとかんとすぐに追跡されるだろうが》
 白狼の言葉に二人はあっと声を上げる。
 脱出のどさくさに紛れてすっかり忘れていたが、今ここにいる、日和も含めた四人のオーグギアの位置情報はLemon社に筒抜けになっていたはずだ。そもそも位置情報を知られて突入、拘束されたし、日和も「Project REGION」に関わっているのだから位置情報取得のトラッカーくらいは付けられているだろう。つまり、早急に対策しなければ追跡されて再度拘束されるのがオチである。
 それに真っ先に気付いて対策した白狼になんだかんだ言いつつも二人は頭が上がらなかった。
「爺さん、ありがとな。で、ここって――」
 転送されてきた地図に、健が首をかしげる。
 一見、どこかのオフィスビルのようだが、と呟いた健の横で、タイロンがほほう、と声を上げた。
「FaceNote社の子会社か。ここならLemon社も手を出しにくいな」
「はえ?」
「マジかよ」
 タイロンの言葉に健とピーターが同時に声を上げる。
 こいつら、本当に息が合うなと思いつつ、タイロンは運び屋ポーターに声をかける。
「おいポーター、今送った住所に向かってくれ」
「あいよ!」
 調子のいいポーターの返事に頷いたタイロンが、今度は日和を見た。
「一応はFaceNote社の子会社を通じて調査をしたこともあるからな。ところでドクター・サクラ、あんたはFaceNoteにもスカウトされていたんだろう?」
『……は?』
 再び重なる健とピーターの声。
「ちょっと待て、FaceNoteにもスカウトされてたって――」
 慌てたように視線を投げる健に、日和は苦笑で返す。
「私は元々脳科学が専門でね。確かに人間の脳内データを抽出するための研究はしていたし、はじめはユグドラシルNWSのストレージを借りていた。FaceNoteもイルミンスールを建造した際に膨大なストレージの提供を持ちかけてきたんだよ」
「なのに、ToKに行った……」
 複雑な面持ちでピーターが呟く。
 ピーターからすればFaceNote社は勤務先であり、そこのスカウトを蹴った日和には思うところがあったらしい。
 しかし、それは個人的な感情なので今はそこを責めずに日和の言葉の続きを待つ。
「Lemon社が『Project EDEN』を持ちかけてきたからね。死者と遺族のためのフルダイブSNS、『ニヴルング』はあくまでも生者のための巨大仮想空間メタバースSNSと考えれば私が『EDEN』を選ぶのは当然だろう」
 それに、二人のデータが「ニヴルング」に適用できるという確証もなかったと呟く日和に健は「そうか?」と声を上げた。
「別に問題ないだろ。あんたは脳内データを元にAIを作った。きょうびAIの基本システムなんて似たようなものだから『ニヴルング』でも問題ないだろ」
「タケシ、おま――」
 あまりの健の言いように、ピーターが思わず声を上げる。
 健の言いたいことは分かるが、それでもあくまでも仮説であり、実際に試されたものではない。
 確証も何もない状態で一発勝負を提案していたという事実に、流石の日和も、通信の向こうの白狼も呆れざるを得なかった。
《……ルキウス、儂、マジでこんなバーサーカーに負けたんか?》
 現実を見たくない、とばかりに白狼がピーターに声をかける。
「知るかよ、ガウェインはやる時はやる奴だし魔術師マジシャンとしての勘は人一倍いい、ってかこいつかなりの感覚派だからなんとなくでもいけると思ったんだろ? その勘を信じて突き進めるからオレも信用してんだよ」
《は!?!? ARハックと違ってオールドハックはかなり理詰めでコード構築しないとうまくいかんものだぞ!?!? それなのにこいつ感覚だけでオールドハックもやってんのか!?!?
「なんだよ二人して! 最終的にきちんと動けばいいんだよ!」
 二人の言葉に健が反応する。その言葉に二人が絶句する。
《……マジでなんなの、こいつ》
「知らん」
 完全に突き放された。少なくとも健はそう認識した。
 確かに自分が感覚派の魔術師マジシャンであることは理解している。自分にオールドハックを教えてくれた人物は「お前は魔法使いウィザード向きじゃない」とも言っていた。
 それでも健が魔法使いウィザードとして活動できているのは「向いていない」と言われつつも類稀なる才能を持っていたからである。
 考えるのは苦手だから理詰めで行動しない。ただ、勘が囁くままにハッキングを行う。それでもそこで下手を打たないのは健が「きちんと基本を押さえている」からだ。よくあるハッカーが「基本はこれくらいで大丈夫だろう」とすぐに応用に入るところを健は徹底的に基本を叩き込んだ。
 健がスポーツハッキング界に本格的に参入したのは高校生の頃だったが、スポーツハッキング自体は小学生の頃から始めている。最初は興味本位とビデオゲーム感覚で行っていたが、中学生の頃には「競技魔術師スポーツマンになる」と目標を立て、本格的に学び始めた。それが実を結んだのが高校生の頃で、そこから一気に駆け上って世界ランキング一桁にまで到達した。
 そんな経験があるから健は自分に飛び抜けた才能があるとは思っていないし、匠海のような生まれついての天才とも言うべき魔術師マジシャンに対して敬意を抱く。敬意を抱いた上で、それには負けないと努力を重ねる。
 バーサーカーだの感覚派だの言われるし、事実ではあるが、それを支えているのが努力を怠らない気持ち、それが健だった。
 だからピーターや白狼が「マジでなんなの」と思う気持ちは分からないでもない。人間の努力など、傍目には見えないものなのだ。
「どーせ俺は感覚派だよ。だが、それでも自分の勘が間違ってたことはほぼないと思ってる」
 やや拗ねた口調で健がぼやく。
 それに対し、ピーターが意外にもうんうんと頷いた。
「……それはそうなんだよなあ……」
「えっ」
 「そうだよお前は感覚派すぎるんだよ」といった言葉が飛ぶと思っていただけに、ピーターのその言葉は意外すぎた。
「えっ、何怖い」
「何言ってんだよ! お前は確かに超がつくほどの感覚派魔術師マジシャンだが最近やらかしたことといえば『黒き狼』と『白き狩人ヴァイサー・イェーガー』が同一人物と見破れなかったことくらいだろうが。ハッキングに限れば判断をミスったことは一度もない。今回オレたちの位置がバレたのは多分オレがミスったからだ」
 心当たりはあるんだ、と続けるピーターに、健は「そこまで」と声を上げる。
 今回、三人が拘束されたことに対する責任の所在はまだはっきりしていない。そう考えればピーターが健に責任をなすりつけることもできたはずだ。
 それなのにそれをせず自分の責任だと言いかねない発言をしたのはにわかに信じがたい。
 感覚派が判断を誤ったからだ、で済むはずのことをそれで済まさなかったピーターに、健は一瞬呆気に取られ、それから、
「お前、本当に真面目なやつだなぁ」
 と呟いた。
「なにをう」
「いや普通に俺に責任なすり付けれる状況で『オレのせいです』とか言えねーだろ」
「むっ」
 ズバリ、言い切られてピーターが言葉に詰まる。
「……ま、まぁそうだけどな。それはオレが許せねーの」
「真面目だなぁ」
 そう言って笑った健はなんとなくだが居心地の良さを覚えていた。
 ピーターとは「木こりのクリスマスランバージャック・クリスマス」以来の付き合いだが、なんだかんだ言って隣に彼がいるのは心強い。
 単純にピーターが世界ランキング一位を獲得するほどの実力者だから、とかそういう話ではない。必要以上に突っ走った時に止めてくれるのもピーターだし、ここぞという時に何も言わずに健の意図を読み取って適切に動くほどの連携、その全てが心地よい。だからと言って健もただ闇雲に突っ走るのではなく、ピーターの動きに合わせて体が動く。
 だからこそ「黒き狼」を二人で止めることができたとも言える。何も言わずとも通じるバディとして、健とピーターはこれ以上ないくらいの組み合わせだった。
《……なるほどな》
 通話の向こうで、白狼が納得したように呟く。
《考えなしのバーサーカーではない、計算ずくでの動きということか》
 白狼としても何か納得できるものがあったのだろう、それ以上健については言及せずに説明を始める。
《さっき送った場所はタイロンとかいう奴の言う通りFaceNoteの子会社のビルだ。儂の知り合いが勤めておるし、そいつは信頼できる奴だからな。儂もここにおるで詳しいことはそこで話そう》
「爺さん……」
 安全な場所とは聞いていたが、まさかFaceNote社に関係ある企業に身を寄せていたとは。しかも、フィラデルフィア市内からも出ていないレベルの近場で身を隠しているのだから大胆にも程がある。
 しかし、同時に納得できることもあるわけで、GLFN四社は表立った対立はしていない。もちろん、水面下でのあれこれはあるだろうが、少なくとも今回の件に関してはLemon社が健や白狼の引き渡しを水面下で求めてもFaceNote社が応じるとは考えにくい。それほどの手土産を健たちはFaceNote社に提供している。
 むしろ下手に逃げ回るよりは安全だなとピーターが納得していると、今まで黙っていたタイロンがしかし、と呟く。
「しかし、Lemon社の資金力を考えればFaceNote社の、それも子会社を買収くらい簡単にできるだろうが。そこは大丈夫なのか?」
 合衆国ステイツ経済圏で最大規模の資金力を有するGLFN四社ではあるが、その中でも時価総額による優劣の差は存在する。
 単純な時価総額での差を考えればLemon社は四社の中でも最高額だし、対するFaceNote社は最低額であることを考えればLemon社が子会社を買収することは十分に考えられる。
 そうなれば買収した瞬間に健たちの身柄の引き渡しは要求できるし、子会社もそれを拒否する理由はない。
 しかし、タイロンのその疑問に、白狼は大丈夫だと笑ってみせた。
《いくら時価総額が世界一位であっても即日動かせる現金キャッシュはない。仮に動かせたとしてもそこは儂がなんとかする》
「うわ、爺さん怖い」
 資金の動きを止めるとなるとブロックチェーンに干渉するレベルでのハッキングが必要になる。流石の健もそんなものに手を出したことはないし、そもそもブロックチェーンに干渉することなどただ骨が折れるだけの作業だと思っていたが、白狼はそれが可能だと言うのか。
《既存のブロックチェーンには既に枝を張っているよ。というか、ブロックチェーンのシステム自体ウィルス感染してるようなものだからな、規模が大きくなれば大きくなるほど感染は広がっていく》
「やべえ」
 ブロックチェーンを利用した金融取引の改竄の難しさは全てのブロックのハッシュ値を書き換えることにある。しかし、そのブロックチェーンそのものにそれを可能とするウィルスが仕込まれていれば一度に全てのハッシュ値を書き換えられる、ということか。
 ウィルスを感染させること自体困難そうだが、亡霊ゴースト魔術師マジシャンであり魔法使いウィザードであればそれが可能ということか、と考えて健とピーターは思わず身を震わせた。
 こんな化け物相手に勝てるはずがない。実はわざと負けたんじゃないのか、という疑問も浮かぶが、勝負とは時の運、たまたま幸運が重なったのだと思うことにする。
「な、なら大丈夫か。しかし、ブロックチェーンを改竄できるなら爺さんこの世界の経済を好きに動かして世界征服も狙えるだろうに」
 今や金融取引の全てにブロックチェーンが使われていると言っても過言ではない。それを実質的に掌握しているのだから世界は白狼の手の中にあるとも言える。
 それなのにそういったことを行わない白狼に、健はほんの少しだけ疑問を覚えた。
 そうしない理由はなんとなく分かる。だが、その意思を貫くのはとても困難だということも分かっている。
 健の疑問に、白狼が再度笑う。
《儂をなんだと思っている。世界を裏で支える正義のハッカーだぞ。儂が道を踏み外さないから、世界中の正義の魔術師ホワイトハッカーがそれぞれの正義を貫くことに誇りを持てる》
『……』
 白狼の言葉に、健とピーターが息を呑む。
 そうだ、自分たちが正義の魔術師になると決めた理由を思い出せ、と二人は考えた。
 元々は「自分困っている人を自分のハッキングスキルで救いたい」と考えたはずだ。スポーツハッキング界から追放されたとしても人のためにハッキングスキルを使う魔術師マジシャンに憧れてこの道に足を踏み入れたのではなかったのか。
 その源が白狼だと言うのなら、いや、白狼も誰かの背を見てそれを決めたのなら、正義の魔術師の道を踏み外すことは決してあってはならない。
 それくらいの覚悟を持って、白狼は世界を支配する力を持ちつつもそれを行使せず、抑止力として存在させている。
 自分たちとは比べ物にならない決意に、二人はただただ息を呑むしかなかった。
「……とか言いながら、一度は道を踏み外したがな、爺さん」
 ひとしきり驚いた後、健が言葉を絞り出す。
 どうやら「黒き狼」と対峙した時の恨みは残っているらしい。
 はは、と白狼が自嘲気味に笑う。
《それはそうだな。流石に匠海と和美さんの魂を人質に取られたら儂も屈服せざるを得なかったわ》
「とかなんとか言いながらどっかで牙剥きそうな気がするわこのジジイ」
 そんな軽口を叩き、ピーターは窓の外を見た。
「そう言ってる間にオレたちも着いたようだぜ。さて、ヴァイサー・イェーガーとのご対面か……」
 どんなジジイが出てくるのやら、と呟くピーターに、健はそうだな、と呟く。
匠海アーサーの葬式の時にちょっと言葉を交わしただけだったが、ごく普通の爺さんだったぞ」
「マジか」
 ピーターが唸ったところで車が停まり、ポーターが「着いたぜ!」と声を上げる。
 四人が車を降りると、ビルの前に立っていた男が即座に駆け寄ってくる。
「ドクター・サクラ、お待ちしておりました」
 こちらです、と案内する男に日和が頷き、他の三人はポーターに軽く手を振って感謝の意を表す。
「じゃ、後は任せたぜ!」
 ポーターがそう言って颯爽と走り去り、改めて三人は日和と、彼と言葉を交わす男を見た。
「お話は伺っております。早くこちらへ」
 男に促され、四人がビルに足を踏み入れる。
 案内されるままに廊下を歩き、応接室らしき部屋に通されると、そこに一人の先客がいた。
「おう、来たか」
 そう言って片手を上げたのは派手なアロハシャツに短パンという出立ちの老人。
「……爺さん……」
 その老人に、健は確かに見覚えがあった。
 匠海と和美の葬儀の際に、喪主として動いていた老人。
 実際にはほんの少ししか言葉を交わしていなかったが、健の脳裏にしっかりと刻み込まれていた老人が目の前にいる。
「久しぶりだな、山上さん」
「……」
 老人――白狼の言葉に、健は言葉が出なくなる。
 葬儀の時に比べて老けた、とかそういった印象はなかったが、それでもあの事故から約十年である。今までどれほど苦しんだのか、印象は変わらないのにそれだけは痛いほど伝わってくる。
 そんな健に笑いかけた白狼が今度は日和を見る。
「日和さん、無事だったか」
「なあに、二人のためなら危ない橋くらい渡りますよ」
 ははは、と笑う日和に白狼もそうだなと笑う。
「まさか『Project REGION』に真っ向から立ち向かう人間がいるとは思っていませんでしたからね。匠海君と和美の魂を救ってくれるなら我々もそれに応えなければいけない」
「そうだな。幸い、ここには世界レベルの魔術師マジシャンが集まっている。『Project REGION』を世界中に知らしめて計画を止めることは今なら可能だ」
 自信たっぷりに言う白狼。頷く日和。
 日和はポケットに手を入れ、それから一つの記憶媒体を取り出した。
「『Project REGION』に関してはもうデータが集まっているだろうが、ToKにあるデータだけでは不十分だろう。ここにネットワーク未接続スタンドアロンのPCに保管していたデータを格納している。よければこれも使ってくれ」
「佐倉さん、あんた――」
 日和が差し出した記憶媒体を受け取り、健が唸る。
 このデータの持ち出しは危険だったはずだ。スタンドアロンのPCにあったデータということは絶対に外部に流出させてはいけないものだっただろうし、その管理も徹底されるもの。いくら計画の主要人物であっても入退室時に厳密なチェックは行われるはずで、どうやって持ち出したかはさておいても見つかった場合、厳重注意だけでは済まない。健はその程度の認識だったが、イルミンスールのカウンターハッカーであるピーターはそのチェックの厳しさを身をもって思い知らされている。
 大丈夫だったのか、と尋ねる健に、日和はニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「私がどうやって君たちを手引きしたか忘れたのか? 人間というものは簡単に買収されるものだよ」
「うわあ、大人汚ねえ」
 日和の手口に、ピーターが思わずぼやく。
 いくら鈍感でもこれは分かる。日和は情報システム部門情シスを買収したのだ。企業内のシステム周りやそのセキュリティを一手に引き受ける部門も買収してしまえばただの人間、いくらでもセキュリティに穴を開けられる、ということか。
 外部に対してとはいえセキュリティの保全を担うカウンターハッカーであるピーターにはよく分かる話だ。普通、セキュリティに関わる人間は買収防止のために高額の給与が支払われる。GLFN四社の社員となれば尚更だ。
 それでも買収してしまっているのだから日和は一体どれほどの賄賂を渡したのか、それとも買収に応じなければいけないほどのスキャンダルを握っていたのか。
 いずれにせよ、ブロックチェーンを握る白狼と掴んだ弱みを利用する日和、どちらの脅威度が高いかと言われればどっちもどっちである。それこそイルミンスールのカウンターハッカーであるピーターは「『Project REGION』に加担して犯罪行為していたことをバラすぞ」などと脅されれば屈しざるを得ない。
 やべえ、ジジーズを敵に回したら人生詰む、などと思いながらピーターは白狼と日和を交互に見た。
「で、どうするんだ? 情報公開ってもただバラしてはい終わりってわけにはいかんだろうが」
 ピーターがそう尋ねると、白狼は「あたぼうよ」と頷く。
「ちょうどFaceNoteの力も借りられるからな。Lemon社としてはFaceNoteに弱みを握られるのが一番嫌だろうて」
「そんなもんか?」
 俺には分からん、と考える健の頭をピーターが軽くはたく。
「もう少し考えろこの考えなし。お前はハッキング意外に使う脳みそがないのか」
「ってーなー」
「とにかく、『Project REGION』に関しては効率的に情報開示しないとLemon社に揉み消される。下手すればFaceNoteもヤバいぞ」
 そう言ったところで、ピーターは白狼を見た。
「ジジイは策ありって顔してるな。聞かせろよ」
 ピーターのその言葉に、白狼は待ってましたとばかりに口を開いた。
「一つは儂が掌握しているP2Pピアツーピアネットワークを使って情報開示、ネットワークに繋がっているPCにはほぼ仕込まれているだろうから放送局の配信ネットワークにも割り込めるぞ」
「マジで怖えなジジイ」
 このジジイが把握してないネットワークなんてないんじゃないか……などと考えつつ、ピーターが先を促す。
「ただ、それだけだとただの電波ジャックによる悪戯だと思われる可能性もあるから合衆国ステイツ経済圏に参加する全ての国の政府にデータを送る。そして、それだけでは結託して成果物を接収させる可能性もあるから、『成果物を1バイトでも回収するなら、データを他経済圏に加わるすべての政府にも送る』と伝える」
「うーわー……容赦ないな」
 健も流石に引いている。
 政府にタレコミとなると身バレの危険性がある。政府にテロなどの通報を行う窓口はあるが、悪戯で通報しようものなら即座にGLFN四社が受託している警察組織が飛んでくる。それがもしLemon社が担当する機関であれば詰みである。
 当然、そんなヘマをするような健たちではなかったが、それでも危険は危険である。しかし、その危険を冒す価値がある行為であるということも健たちは理解していた。
「ま、もちろんやりますけどね」
 危険な作戦ほど気分は上がる、と健が指を鳴らす。
「やろうぜ。『Project REGION』を完全にぶっ潰す最初で最後のチャンスだ。SERPENTのためにもやるべきだ」
「だな。オレたちにここで下がる理由はねえ」
 健の言葉にピーターも頷く。
「決まりだ。爺さん、あんたのネットワーク借りるぞ?」
「一応警告しておく。ここで儂に関わればお前らは儂の監視下に入ることになるぞ? それでもいいのか?」
 形だけの警告。
 あたぼうよ、と健とピーターが頷いた。
「そう言って、オレたちの位置情報を消した時点でもう枝はつけてるだろーが。もうオレたちはあんたから逃げられないし、パスが繋がってるならこっちからあんたを止めることもできるってもんだ」
 だから今更逃げる気はねえよ、とピーターが断言する。
 健も応、と頷き、さらに指を鳴らす。
「ってなわけでいっちょ派手にやってやろうぜ!」
「そういうことだ。ジジイも覚悟しとけよ」
 二人の言葉に、白狼も満足そうに頷く。
 正義のハッカーホワイトハッカーとして長年活動しているが、ここまで頼もしい魔術師マジシャンに出会ったことはなかった。いや、匠海と和美の二人もとても心強い魔術師マジシャンだったが、この二人のチームワークは誰にも負けていない。
 「Team SERPENT」はなかなかすごいチームを作り上げたものだな、と思いつつ、白狼はパン、と両手を合わせる。
「それじゃ、やりますかね。二人とも、儂にちゃんとついてこいよ」
ジジイ爺さんこそ、遅れんなよ』
 白狼の言葉に、健とピーターの声が重なって続いた。

 

To Be Continued…

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 AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
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 そして、これ以外にもこの作品と繋がりを持つ作品はあります。
 是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。

 


 

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