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Vanishing Point / ASTRAY #02

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ここまでのあらすじ(クリックタップで展開)

 「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
 途中、河内池辺名物の餃子を食べる三人。その後、「カタストロフ」の襲撃を受けるものの撃退し、RVパーク池辺で一同は一泊することになる。

 

  第2章 「A-Miable 愛想」

 

「おはよう」
 RVパーク池辺で一泊し、起きてキャンピングカーから出たところで辰弥は晃に声をかけられた。
「おはよう。ってか、ちゃんと寝た?」
 晃が睡眠を惜しむタイプなのは見ただけで分かる。目の下のくまに荒れ放題の肌、研究ジャンキーで寝食を忘れているのは日常茶飯事、典型的なマッドサイエンティストが惰眠を貪るタイプであるはずがない――辰弥の偏見だが。
 辰弥に言われて、晃が苦笑する。
「ちゃんと寝たぞ。ってか移動ラボにメンテ資材しか積んでないから研究なんて――いや、研究資材も積んでおけばLEBの研究もし放題か?」
「ちゃんと寝て。いくら自動運転でも緊急時はドライバーの判断に任されるんだから」
「えーでも私大型免許持ってるけどマニュアル運転なんて」
「よく大型取れたね!?!?
 一体どんな裏口受験をしたのやら、と思いつつも辰弥はキャンピングカーの隣に停められた移動ラボを見上げた。
 桜花国内でも三台しか導入されていない特殊救急車スーパーアンビュランスに使用されている車体を使った移動ラボ。晃本人はどうということはなさそうな顔をしているが、あの御神楽が三台しか導入していないだけあって車体の値段はかなりのものとなる。救急車ではないから車体自体はそこまで高価でなかったとしても三人のメンテナンス機材を折りたたみ可能な状態で導入するとなると総額はスーパーアンビュランス並み、下手をすればそれより費用がかかっているかもしれない。
 そんなものをポンと持ち出す、いや、三人のキャンピングカー移動拠点を金にものを言わせて用意した晃の資金力に、辰弥はただただ驚くしかできなかった。
 その晃は鏡介に「キャンピングカーの調達費用を払う」と言われて「いいよいいよ私も『グリム・リーパー』の一員だからね!」と答えていたらしいが。
 名声も富も得たい放題なのにそれを無にしかねない行動を繰り返す晃に、辰弥は羨望半分、呆れ半分の視線を投げる。
 LEBなんてものが作り出されなければここまで危険な橋を渡る必要はなかったはずだ。自分たちに手を貸していると特殊第四部隊トクヨンが知れば今度こそ晃は社会的に抹殺されるかもしれない。そもそもトクヨンによって廃棄されたはずのLEBの研究資料を復元して第二世代LEBを作り出してしまったことに疑問を覚えてしまう。
 自分は生まれてくるべきではなかった――辰弥のその思いは今も変わらない。自分エルステという成功例が出てしまったからツヴァイテ以降が作り出されたし晃も御神楽を敵に回すような研究に身を投じた。もしかすると御神楽が掲げる「世界平和」に利用できるLEBを生み出すことも可能かもしれないが、御神楽トクヨンがそれを否定しているのならその研究は悪だ。
 だからこそ晃がいた第二研究所は燃やされたし晃も「生体義体の研究」という首輪を付けられた。晃本人はその頭脳ゆえに首輪を外してこうやって支援してくれているが。
 一体LEBの何がいいのやら、と当事者である辰弥は思いつつ、朝食を作るためにキャンピングカーの収納からフライパンを取り出した。
 焚き火の薪が炭化して炭として利用できそうだったので火をつけ、フライパンを置く。
「朝ごはん、何作るんだ?」
「トーストとベーコンエッグ。出発は早いし手軽に作れるものがいいからね」
 手際よく朝食を作る辰弥を興味津々で眺めながら、晃は極力辰弥の邪魔にならないようにしつつも声をかけた。
「ノインは元気にしてるかい?」
「視界をウロチョロして邪魔。挙げ句の果てに◯◯◯消すとかふざけてんの」
「うわ、清純そうなエルステでもその単語口にするんだ」
 いささか引き気味の晃に辰弥が苦笑する。
「別に俺は清純じゃないよ」
「え、経験あるの!?!?
「――うん」
 一拍おいて答えた辰弥の声が寂しそうだったことに晃が気づく。
 鏡介から聞かされた辰弥に対する注意事項にこれはあったはず、晃としても好き好んで地雷を踏む趣味はないので気づいてしまったからには黙っておこうと判断する。
「ごめん、この話はここまでにしておこう」
 そう言い、晃は空中をスワイプして一枚のウィンドウを展開した。
「今回の調整でテロメアは10%回復、ここまで回復したら百回くらいトランスを連発しない限り命に関わるようなことは起きないと思うよ。まぁ、いくらテロメアが損傷しにくいという第二世代の特性を引き継いだとはいえノインほどダメージを受けない、ということはないだろうからこれからも定期的に調整は続けるけどね」
「俺の体を調べて他に分かったことは?」
 フライパンに卵を落としながら辰弥が尋ねる。
「ノインのせいで生殖機能実装についての調査ができなかったからなぁ」
「そこから外れて!?!?
 そこ、そんなに重要じゃないでしょ、と抗議する辰弥に晃がなんでぇ、と反論した。
「LEBが新人類として繁栄するかもしれないんだぞう? 人間と交配できるのかとか、もし交配できた場合、どこまでLEBの能力が引き継がれるとか――」
「やめて」
 冷たい声が辺りに響く。
 その声に熱く語り出した晃も思わず言葉を止めた。
「流石に不愉快だ。俺はLEBなんて全個体消えればいいと思ってるし新人類になりたいなんて思ってない。俺以外の個体がどう思ってるかは分からないけど、少なくとも俺はそう思ってるから俺の前でこれ以上その話しないで」
 辰弥の声は静かだったが、その奥に抑えきれないほどの怒りが含まれているのは他人の感情の機微に疎い晃にも分かった。
「そんなこと言うなよぉ〜。前の恋人の件は仕方ないと思うし、また今後生殖能力を活かす機会もあるかもしれないだろー」
『ノインが一緒のうちはないよ』
 悪びれた様子のない晃の言葉に辰弥がため息をつく。
 一度、鮮血の幻影ぶらみらしてやろうかと考えるがここで晃を殺せば後々面倒なことになる。悔しいが今は警告だけに留めておくほうがいい。
 一方で、晃は「もっと調べたいんだけどなあ」といった顔で辰弥の全身を眺め回していた。
 辰弥が第一世代であるにも関わらず「生殖能力がある」と気づけたのは最初の検査で融合したLEBにどのような影響が出たのか、復元した第一世代の仕様書と全ての項目を比較した結果である。結果としては辰弥には子を成す能力はある、と分かったもののそれがいつ、どのようにして得られたのかまでは分からない。それこそ仕様としては設定していたものの発生段階でのミスで最初からオミットされていなかった可能性もある。辰弥にのみ「血を摂取することで対象の特性をコピーすることができる」というコピー能力が与えられた、というパターンのように。
 これがノインとの融合の結果備わったものではないとは断言できる。ノインと融合して生殖能力が身についたとして、ノインは雌体なのだから精巣が機能するはずがないのだ。ノインとの融合の結果というのなら卵巣が生成されるはずだ。
 だからこそ晃はこの謎を解明して今後のLEB研究に反映させたかったが、辰弥が協力的でなければそれは叶わない。
 いつかはきちんと調査したいが、今は素直に引き下がったほうがいい、そう思い、晃は気を紛らわせようとフライパンを覗き込んだ。
 ベーコンがこんがりと焼け、卵の白身もカリカリとした様子を見せている。黄身は程よく半熟になっており、そろそろ焼き上がりだろうと晃の目にも分かった。

 

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