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Vanishing Point / ASTRAY #02

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ここまでのあらすじ(クリックタップで展開)

 「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
 途中、河内池辺名物の餃子を食べる三人。その後、「カタストロフ」の襲撃を受けるものの撃退し、RVパーク池辺で一同は一泊することになる。

朝、辰弥は晃と話しながら朝食を作る。

全員で朝食を食べながら、辰弥は馬返東照宮へ行きたいと改めて口にする。

晃から生体銃を受け取り、三人は移動を開始する。

馬返に到着した三人は馬返東照宮までの道で食べ歩きを始める。

食べ歩きをしながら歩く三人だが、鏡介は日翔に辰弥が無理をしている、と告げる。

馬返東照宮に到着した三人は三猿を眺める。

 

 拝殿でお参りを済ませた辰弥は興奮した面持ちではしゃいでいた。
「東照宮のお賽銭システムすごくない? 昔の時代のやり方を引き継いでるなんて!」
「そうだな」
 鏡介の声も興奮が隠せないでいた。
「いやー、まさか旧時代のコインにチャージして投げるとか誰が考えたんだ? 天才だろ!」
 そう言う日翔はコインを一枚手にして興味深そうに眺めている。
「百円玉だってよ。百円で何が買えるってんだよ」
「昔と今じゃ通貨の価値は全然違うからね」
 そう言いながら、辰弥も手の中の五百円玉を眺める。
 東照宮の賽銭は他の神社と同じように電子決済することで出現するARコインを投げるものであるが、少し上乗せすると旧時代に流通していた実物のコインを使うこともできる。これは希望すれば持ち帰ることも可能なのでお土産としても人気が高い。
 辰弥たちもせっかくだから、と実物のコインを二枚ずつ購入し、一枚は普通に投げ入れ、もう一枚は記念に持ち帰ることにしていた。
『むふー、ごっひゃくっえ、ん! いちばん高いやつ!』
 ノインの言葉と同時にずしりと重みを感じる金属製のコインに、昔はこれが、と辰弥が考える。
 今の時代、支払いは全て電子決済となっており、実体通貨というものは存在しない。「仕事」での報酬もうまくマネーロンダリングされた電子通貨で支払われていたくらいだ。電子通貨が使えない取引に関しては大昔に倣って物々交換が行われている。
 金属を通貨に使っていたなんて、と思いつつ辰弥は大切そうにコインをポケットに入れた。
「……俺が五円玉とかなんか冷遇されてる気がする……」
 五円玉を手に、鏡介がぼやく。
 このコインは上乗せ金額に関わらずランダムで手渡されるものだったが、鏡介としては少々不満があったらしい。
 普段から金に汚い鏡介ではあるが、今では使えない通貨であっても高価なものが欲しかったのか。
 いいじゃん、と辰弥が笑う。
「五円玉は『ご縁がある』って意味もあるらしいよ」
「俺はこれ以上の縁はいらん」
「じゃあ、交換する?」
『アホー! せっかくの五百円を手放すな!』
 仕方ないなあ、と言った顔で辰弥が提案すると、鏡介は食い気味に、
「交換する」
 と即答した。
「もう、鏡介ってほんとお金に汚い」
 そう言いながらも辰弥はポケットから五百円玉を出し、鏡介と交換する。
『あー! ノインの五百円ー!!!! 一番高いやつー!!!!
「いいな。高額というのはそれだけで心が躍る」
「……鏡介らしいね」
 そんなことを言いながら、辰弥は五円玉の穴から向こう側を覗き込んだ。
「硬貨に穴を開けるって昔の人は面白いことを考えたんだね」
「そうだな」
 辰弥に同意しながら、鏡介は五百円玉をポケットにしまう。
 そこでつい先ほど辰弥が言った「ご縁がある」という言葉を思い出した。
 ――お前こそ、いい縁を見つけるべきだ。
 辰弥と離れたいわけではない。だが、もうこれ以上傷つかなくていい縁があってもいいのでは、と思う。
 その点では辰弥が五円玉を手にするのは必然かもしれない。
 大切そうに五円玉をポケットに入れる辰弥を見ながら、鏡介は願わずにはいられなかった。
 辰弥にいい縁がありますように、と。
「あ、おみくじ!」
 鏡介が感傷に浸っているところで辰弥が突然声を上げる。
 東照宮に来てから辰弥ははしゃぎっぱなしだな、と思いつつも鏡介が見ると、いつの間にか境内を抜けて表門にまで戻ってきており、お守りなどが授与される表番所の前に来ていた。
 鏡介が授与所を覗き込むと様々なお守りや御朱印受付の案内に混ざり、「御遺訓おみくじ」と書かれた箱が置かれている。
 おみくじなんてオカルトな、と思いつつも、そもそもここに来てお参りした時点でもう十分オカルトに触れているなと考え直し、鏡介が辰弥を見る。
「引いてみるか?」
「いいの?」
「思い出作りにはちょうどいいだろう」
 そう言い、鏡介は授与書に向かって歩き出した。
「――それに、俺だってたまにはオカルトに頼りたくなる」
 ここから始まる旅の行く末を占いたい。いや、この旅が希望のあるものだと縋りたい。
 そう考えると辰弥よりも鏡介の方がおみくじを引きたいという欲に駆られていた。
「おー、おみくじ、いいな!」
 日翔も辰弥に並んでおみくじの箱の前に立つ。
「ふーん、決済したらここから一つ引けってことか」
 箱の中にはいくつものおみくじを模したタグが入っている。昔の時代なら手に取ったおみくじを開いて書かれたメッセージを読んだのだろうが、この時代は結んだ紙を模したタグを手に取ればタグに応じたメッセージが転送され、タグはすぐそばのおみくじ掛けに引っ掛けるようになっている。
 三人がそれぞれ決済を済ませ、タグを一つずつ手に取っていく。
『ノインの分も引け!』
(いや、俺が二つ引いたらダメでしょ)
『むぅー!』
 ノインが棚によじ登っておみくじを引こうとするが、幻影であるためその手はタグをすり抜けるのみ。
(ほら、諦めて)
『やだー!』
 駄々をこねるノインを心の中で宥めつつ、辰弥は日翔と鏡介を見る。
「せーの、で見てみようか」
「おう、そうしようぜ!」
「お前らは小学生か」
 そんなことを言いながら、三人が手に乗せたタグを見る。
『せーのっ』
 三人の声が重なり、おみくじが転送されてくる。
「おおっ、大吉だ!」
 日翔の嬉しそうな声が響く。
「ぐ……大凶、だと……」
 なんで、と言わんばかりの鏡介の声も響く。
「辰弥はどうだった?」
 日翔が尋ねると、辰弥は不思議そうな顔をして二人におみくじの結果を共有した。
「上吉だって。見たことない」
 不思議そうな辰弥の声に、鏡介が即座に検索する。
 おみくじといえば大吉、吉、中吉、小吉、末吉、凶、大凶の七つが定番である。鏡介は初めておみくじを引いたが、日翔は幼い頃に両親と初詣に行って引いたことがあるのでなんとなく分かる。辰弥も知識としてはこの七つの運を知っていたようで、見たことのない吉に困惑している。
「――ふむ、」
 検索を終えた鏡介が小さく声を上げた。
「辰弥、それは東照宮独自のレア吉だぞ」
「え」
 まさか、といった顔で辰弥が鏡介を見る。
「順位としては大吉の一つ下らしいが、東照宮でしか出ないし封入確率も低い幻のおみくじと言われているようだ」
「へえ」
 そんなレアなの、と言いながら辰弥がおみくじを読む。
 将軍が詠った和歌らしきものと、その下に書かれた各種運。
「勝負事:必ず勝つ、待ち人:来る、失物:すぐ見つかる、旅行:先々に良い事がある、事業:売買共によい、交際:今の心を保て……」
「すげえいいこと書いてあるな!?!?
 勝負に勝つとか旅行で良い事があるとか幸先よすぎだろ、と日翔が笑う。
「そうだね」
 たとえ「カタストロフ」に見つかったとしても負けることはないのだろう。いいことがあるとは、この先物であれ人であれ忘れられない出会いとかあるのだろうか。
 ポケットに入れた五円玉を思い出し、辰弥はそんな期待を持たずにはいられなかった。
 きっといい縁がある、そんな希望が辰弥を包む。
「いい旅にしよう」
 そう言い、辰弥は表番所の横に備え付けられたおみくじかけに歩み寄り、タグを引っ掛けた。
 いくつものタグが引っ掛けられたおみくじかけに視線を投げ、振り返って二人を見る。
「行こう。きっといいことある」
「そうだな」
 鏡介も頷き、おみくじかけにタグをかける。
 自分は大凶かもしれないが、辰弥に幸運が降りかかってくれるならそれでいい。上吉は幻のおみくじと言われているだけでなくご利益もすごいものがある、と実際に引いた人の記事に書かれていた。それも一つや二つではない。
 幻と言われているだけあって記事も古いものが多いが、それでも引いた人がそう言っているのなら期待してもいいかもしれない。
「辰弥の運、すげえな」
 鏡介の隣でタグをおみくじかけに掛けた日翔が呟く。
「ああ、今まで大変だった分、いい事があるといいな」
 そんなやりとりを交わし、三人は東照宮を後にした。
『良い話でまとめようとするな! ノインのぶんはー?』

 

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