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Vanishing Point / ASTRAY #02

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ここまでのあらすじ(クリックタップで展開)

 「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
 途中、河内池辺名物の餃子を食べる三人。その後、「カタストロフ」の襲撃を受けるものの撃退し、RVパーク池辺で一同は一泊することになる。

朝、辰弥は晃と話しながら朝食を作る。

全員で朝食を食べながら、辰弥は馬返東照宮へ行きたいと改めて口にする。

晃から生体銃を受け取り、三人は移動を開始する。

馬返に到着した三人は馬返東照宮までの道で食べ歩きを始める。

食べ歩きをしながら歩く三人だが、鏡介は日翔に辰弥が無理をしている、と告げる。

馬返東照宮に到着した三人は三猿を眺める。

お参りを済ませた三人はおみくじを引く。辰弥が引いたのは東照宮でしか引けないという上吉だった。

東照宮からキャンピングカーへ戻る途中、三人は「カタストロフ」に狙われていた少女を助ける。だが、その少女は「ツェンテ」と名乗るLEBだった。

 

「落ち着け。もうお前には関係のない人間だ」
「でも、所沢がLEBを量産して――」
 量産されたLEBが戦力として投入されれば大変なことになる。第一世代であるならトランスは考慮しなくていいが、それでも血液がある限り武器弾薬の類が作り出せ、人間以上の身体能力を持つLEBが戦場に立てば生身の人間はひとたまりもない。義体であればある程度対処できるかもしれないが、物量で攻められれば時間の問題だ。
 元々は昴が「あの国」――故郷である地球の日本とかいう国に復讐するための尖兵として 量産計画が進められていたLEBだが、昴が死んだところで所沢がLEBの研究をやめるはずがない。それどころか邪魔者がいなくなったと量産体制を整えているかもしれない。
 そうなるとせっかく戦力がダウンした桜花の「カタストロフ」も力を取り戻してしまうことになる。今後、「カタストロフ」の襲撃に量産されたLEBが投入されるかもしれない。
 遭遇しないに越したことはないが、現状を推測するとそう楽観視もしていられない。実際に量産型のLEBが投入されたとして、三人で凌ぎ切れるかも分からない。とはいえ、辰弥というLEBを既に有している「グリム・リーパー」もまたLEBに対する対抗策を有していると言えた。
 辰弥は第一世代、第二世代の壁を超えたハイブリッドである。量産型に遅れをとるとは思えない。日翔も生体義体の武装オプションでフレキシブルに対応可能である。鏡介は元から義体、GNS特攻持ちのハッカーだ。ネットワーク次第では量産型のGNSに一括侵入して一掃も狙えるし反作用式擬似防御障壁ホログラフィックバリアを装備しているから防御にも長けている。LEBを制御下に置く以上、GNSは導入しているだろうし、「カタストロフ」の上町支部が壊滅した今、昴と戦った時のようなローカルネットワーク構築は難しいだろう。
 勝てない敵ではない、問題はどれくらいの物量で押しかけてくるかだ、と三人は考えていた。
 そうなると目下の問題は目の前にいるツェンテである。
 ツェンテは「カタストロフ」に追われていた。同時に、現時点でLEBを生み出せるのは清史郎と晃の二人だけのはずである。さらに生産ナンバーが序数であることと、清史郎が「カタストロフ」にいることを考えると清史郎が造ったのは明白。
 ふう、と心を落ち着け、辰弥はツェンテに声をかけた。
「『カタストロフ』に追われてるの?」
 辰弥の問いかけに、ツェンテがはい、と頷く。
「『カタストロフ』の研究所に居たくなくて、逃げてきました。エルステさんならきっと力になってくれると思って気配を辿ってきたんです」
「ということは、研究所は第一首都圏範囲内にあるのか」
 ふむ、と鏡介が低く唸る。
「違います。研究所から桜花に向かう船にこっそり忍び込んで密航してきました」
「……じゃあ、所沢は海の向こうか……」
「多分……」
 清史郎が桜花にいるなら先手を打って殺害、LEBの量産を阻止できるかと思っていただけに辰弥がわずかに肩を落とす。
「エルステさん、助けてください。あなただけが頼りなんです」
『エルステ、こいつうさんくさい』
 ツェンテの懇願に対し、ノインが異議を申し立ててくる。
 確かに、と思いつつ、辰弥は日翔と鏡介を見た。
「どう思う?」
「どう、って――」
 困惑したように日翔が鏡介を見る。
 鏡介はというと険しい面持ちでツェンテを睨みつけていた。
「――俺は、殺すべきだと思う」
『そうだ、殺せ殺せ!』
「鏡介!」
 鏡介の言葉に日翔が慌てたように声を上げる。
「いや待てよいきなり殺すって、お前――」
「ツェンテが真実を言っている保証はどこにもない。『カタストロフ』に襲われたのも辰弥を釣る餌ということも考えられる」
 鏡介はどこまでも冷静だった。ツェンテが逃げてきたことすら疑い、排除することを提案する。
「いや俺は反対だぞ! いくらなんでもこんな子供を殺すなんて――」
「ノインのことを忘れたのか? ノインを保護したから辰弥は何度も殺されたかけたし御神楽にも追われることになった」
『むぐぐ』
「それは、」
 あまりの正論に、日翔が言葉に詰まる。
 辰弥がノインを拾ったことで「グリム・リーパー」は巨大複合企業メガコープの陰謀に巻き込まれたし辰弥がLEBであることが明らかになった。もっと突き詰めて言えば今自分たちが逃避行する羽目にあった理由の一端にもなっている、と鏡介は考えていた。
 その経験から、明らかにLEBと分かっている個体を保護するのはあまりにも危険すぎた。千歳が身分を偽って「カタストロフ」から派遣されてきたようにツェンテも辰弥に助けを乞う体で接触しているのかもしれない。
 鏡介に言われて日翔もそれは理解できたが、だからと言って殺すという決断には至れなかった。確かに自分たちの旅に連れて行くのも今後「カタストロフ」と接触したときのことを考えれば危険であることを考えれば連れて行くわけにはいかない。
 そうなるとツェンテをどこかで保護してもらうしか手はないが、もし保護した先が「カタストロフ」に襲われた場合、辰弥たちに責任を取る能力はない。
 鏡介の言う通り殺してしまった方が誰にとっても安全なのは分かりきったことだった。
「辰弥、どうする」
 鏡介が辰弥に問いかける。
「……」
 ツェンテを見たまま、辰弥が唇を震わせる。
「俺は……」
「エルステさん!」
 ツェンテが辰弥のパーカーの裾を掴む。
『騙されるなエルステ、これははにーとらっぷだぞ!』
 ノインも警告する。
 辰弥も分かっている。LEBを保護することの危険性は身をもって知っている。鏡介の言う通り殺すべきだと心は傾いている。
 それでもどこかでツェンテを信じたい、という気持ちがあるのも事実だった。
 ツェンテは本当に清史郎の元から逃げてきて、自分に助けを求めているのだと、信じたかった。
 それでも、この旅に不安要素を乗せたくない。
 心を決め、辰弥はツェンテを抱き上げた。
「おい、辰弥――」
「車を汚したくない。殺すなら外だ」
 キャンピングカーを降り、辰弥が人気のない路地裏に入る。
 日翔と鏡介もキャンピングカーを降りるが、鏡介はちら、と周囲を見て日翔に声をかけた。
「日翔、ついて行ってやれ。俺は周囲を警戒する」
 鏡介の言葉に日翔が頷き、辰弥に続く。
 ツェンテは不安そうな顔をしたまま辰弥に抱きつき、何度も「助けて」と呟いている。
「……ごめん、君を助けられない」
 苦しげに呟き、辰弥はツェンテを地面に下ろした。
 本当は殺したくない。その気持ちと同時にLEBは排除しなければいけない、という思いが重なる。ツェンテがただの少女であるなら児童保護施設にでも連れて行っただろう。だが、LEBをそういった場所に連れて行くことはできない。
「エルステさん……」
 ここまで言われるとツェンテも覚悟を決めたのだろう、抵抗することもなく辰弥の前に立つ。
 ふう、と息を一つつき、辰弥はナイフを生成した。
 トランスで刃を作り出さなかったのは単純にツェンテの血を受ける面積を最低限にしたかっただけだ。経口接種しなければ対象の特性をコピーすることはあり得ないが、それでもツェンテの血を浴びてしまえば自分の心が崩れてしまいそうな気がする。
 生成したナイフなら記憶と共に捨ててしまえばいい、そう考え、辰弥はナイフを握りしめた。
「――ごめん」
 ぎゅっと目を閉じたツェンテの心臓を狙い、辰弥がナイフの切先を向ける。
 ――と、その瞬間、辰弥の脳裏を一枚の映像が閃いた。

 

第2章-10

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