縦書き
行開け
マーカー

Vanishing Point / ASTRAY #02

分冊版インデックス

2-1 2-2 2-3 2-4 2-5 2-6 2-7 2-8 2-9 2-10 2-11

 


 

ここまでのあらすじ(クリックタップで展開)

 「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
 途中、河内池辺名物の餃子を食べる三人。その後、「カタストロフ」の襲撃を受けるものの撃退し、RVパーク池辺で一同は一泊することになる。

朝、辰弥は晃と話しながら朝食を作る。

全員で朝食を食べながら、辰弥は馬返東照宮へ行きたいと改めて口にする。

晃から生体銃を受け取り、三人は移動を開始する。

 

 馬返東照宮がある馬返市は観光客で賑わっていた。
 川内池辺市も餃子の街ということと馬返市と隣接していること、そして武陽都都心部へ向かうのに適した立地ということから住人の人口密度が非常に高かったが、馬返市はどちらかというと観光客によって人口密度が高い、という印象を受ける。
 自家用車で来訪した観光客で渋滞する道をゆるゆると移動しながら、三人は近辺で食べられるご当地グルメの検索をしていた。
「へえ、駅前から門前近くまで色んなものが食べ歩きできるみたいだよ」
 近辺のグルメ情報を見ていた辰弥がそう声を上げる。
「そりゃあいいな! 駅前の駐車場に車停めて食べ歩きしながら東照宮まで行ってみるか?」
 食べ歩きと聞いて俄然やる気を出したのはもちろん日翔。
 鏡介はどことなくうへぇ、と言いたそうな顔をしているが辰弥と日翔が食べ歩きしたいというのなら止めない、という風である。
「まあ、食べ歩きしたいというならそれでもいい。ったく、襲撃の可能性も考えておいた方がいいのに人気に構えやがって……」
 辰弥と日翔がここまで浮かれているのなら周辺の索敵は俺がやるしかない、と考えつつ鏡介はさっとプログラムを組んでa.n.g.e.l.に送る。
「a.n.g.e.l.、周辺の監視カメラに――」
「a.n.g.e.l.にサポート頼んだの?」
『周辺の監視カメラの制御、把握済みです』
 鏡介の耳と聴覚に辰弥とa.n.g.e.l.の言葉が重なる。
「ああ、どこで誰に目を付けられるか分からん。できれば街中を歩き回りたくないがきちんと警戒さえしておけば多少出歩いたところで問題ないのは分かっているからな。念のための保険みたいなものだ」
「鏡介の警戒心には助けられてるからね。ありがと」
 なんだかんだいって裏社会でのキャリアは鏡介が一番長い。暗殺者としての自覚が今一つ足りない日翔や一般的な倫理観が皆無と言っていい辰弥からすれば鏡介の心配しすぎるくらいの警戒心はむしろ心強い。かといって鏡介に全てを任せるわけではないが、鏡介の警戒を補助する形で自分たちが警戒すれば「カタストロフ」もそう簡単には攻めてこないだろう、と辰弥は考えていた。
「とりあえず、駅前の駐車場に移動しようか」
「そうだな。日翔もそれでいいか?」
「おいしいものが食えるならどこでもいいぜ!」
 日翔は完全に食べ歩きモードになっている。
 そんな日翔に苦笑しつつ、辰弥も窓の外に視線を投げた。
 観光客で賑わう馬返駅近隣の道路。
 そういえば今巡はどこで寝よう、と考えて近くのキャンプ場を検索する。
 駐車場は数多くあるが、そこで車中泊していいとは限らない。できれば道の駅や、RVパークと言った車中泊が可能な駐車場を備えた場所に移動したい。
 馬返東照宮は単純に観光するだけなので駅前の駐車場は一時的な駐車になるが、一晩泊まると、と辰弥が考えたところで幾つかのキャンプ場が検索の結果として浮かび上がる。
「日翔、鏡介、台屋だいや川の周辺にいくつかキャンプ場あるみたいだし今夜はその辺で泊まればいいかな」
「俺もそれを提案しようと思っていたところだ。公園があって、隣接してオートキャンプ場があるようだし今回はそこに泊まらせてもらおう」
 鏡介が地図データを共有すると、辰弥と日翔の視界にオートキャンプ場の詳細情報が表示される。
「良さそうなところじゃん」
「だが、予約なしで泊まれるのか?」
 楽しそうに声を上げる辰弥とは裏腹に珍しくも冷静なことを言う日翔に、鏡介はふっと笑った。
「もう予約した。平日だし、空いているから特別にシャワーとかも無料で使わせてもらえるぞ」
 鏡介は抜かりがなかった。泊まると決めた瞬間に予約システムに割り込んで予約をねじ込んだのだろう。確かに平日にキャンプ場を使うような客はそう多くないだろうし、キャンプ場としても当日とはいえ予約を入れてもらえるのはありがたい、というところか。
「さすもや」
 思わず日翔がそんな言葉を口にする。
「誰がもやしだ!」
「もやしって言ってねーだろ!」
「『もや』がもやし以外にどんな意味がある!」
 始まる口論に辰弥がくすっと口元をほころばせる。
 鏡介はもう生身の部分より義体の部分の方が多い。前にどれくらい義体化したのか尋ねればざっくりと六、七割は義体化しているんじゃないか、という答えが返ってきていた。
 そうなると何を持って人間と呼ぶのかがあやふやになるところだが全身を武装可能な生体義体に置き換えた日翔も人間と言えないかもしれないし、辰弥に至れば元から遺伝子構造をプログラミングされた生物兵器である。そう考えるとまだ人間としての生身が残っている鏡介が一番人間らしい、と言えるかもしれない。
 義体が当たり前になったこの時代でそんなことを考えるのは時代に逆行しているかもしれないが、それでも辰弥は自分たちは「人間」だと思いたかった。
「まぁ、もやしが太もやしになっただけでしょ。俺は殺せなかったわけだし」
「くっ」
 痛いところを突かれた鏡介が低く呻く。
 辰弥の言うとおりだ。鏡介は辰弥を殺せない。それは一度経験した。
 辰弥が千歳に絆され、鏡介の警告に耳を貸さず家を飛び出して「カタストロフ」に加入し、その後敵同士となる巨大複合企業メガコープの依頼を受けて敵対した。
 あの時は二人とも完全に互いを殺すつもりで銃を向けたが、互いに互いを追い詰めてもなおとどめを刺すことはできなかった。
 裏切ったとしても大切な仲間を殺すことはできない、その思いから最終的に和解したがそれにより「カタストロフ」を裏切った辰弥は最終的に千歳を殺すことになったし、今こうやって「カタストロフ」に追われることになった。
 辰弥が「カタストロフ」を裏切らなければ千歳は死なずに済んだかもしれないし、場合によっては日翔も「カタストロフ」のルートで生体義体を得られたかもしれない。もし、そのルートを選択していた場合、辰弥も日翔も今のような自由はなく、ただ使い捨てられるだけの駒になっていた可能性はあったが。
 千歳を喪ったのは辰弥にとって苦しいことではあったが、それでも「最悪の事態」にはなっていない。むしろ自由を手にしたまま日翔を救うことができたのだからほぼ最善の結果で今を迎えている。
 それに、結局のところ千歳の本心は辰弥には分からなかった。
 本当に自分のことが好きだったのか、それとも昴に言われるがままに恋人を演じたのか、その真相は闇の中。
 だから辰弥は「千歳は俺のことは好きじゃなかった」と自分に言い聞かせて自分を保っている。そうでもしないと罪の意識に押し潰される。
 日翔が助かったという事実、自分たちの自由が奪われなかった事実、それは嬉しい。だが、そこに「千歳も隣で笑っていてほしかった」と願うのは強欲だろうか。
「ん、辰弥どうした、難しそうな顔して」
 後部座席から前席に首を突っ込んで鏡介と口論していた日翔が突然辰弥に話しかける。
「あ、」
 考え込んでしまっていたことに気づき、辰弥が日翔を見る。
「なんでもない」
「あまり深く考えていても仕方ないぜ、気楽に行こう」
 日翔が辰弥の肩をポンと叩く。
「うん」
「お前ら、もうすぐ駐車場に着くぞ」
 投影されるマップに視線を投げた鏡介も周囲に人影がないか注意しながらそう声をかけてくる。
 降りる準備をしなければ、と日翔が後部座席に戻り、直後「ねこまるー」とねこまるを呼ぶ声が聞こえてくる。
『だからニャンコゲオルギウス16世ってんだろ!!!!
 後部座席に突撃したノインが日翔の足を蹴っているが、それに気づかない日翔は寄ってきたねこまるを抱きかかえて車が止まるのを待つ。
 キャンピングカーはゆっくりと駐車場に進入し、空いていた大型車両スペースに入っていく。
「よーし、行くかー」
 日翔がねこまるを抱えてさっさと車を降り、それに続いて辰弥と鏡介も地面に降り立った。
 駅前から馬返東照宮の門前まで続く幹線道路と、道路沿いに並ぶ様々な店。
 旧時代の面影を残すよう条例で景観を決められた通りはホロサイネージのけばけばしさもなく、昔ながらの行燈型看板で観光客を魅了していた。
「お、あれなんだ?」
 お前はグルメハンターか、と言いたくなるような嗅覚で日翔が駅前の店を指さす。
 辰弥と鏡介がその方向に視線を投げると、「揚げゆばまんじゅう」と書かれたのぼりが揺らめいていた。
「へえ、揚げゆばまんじゅう」
 辰弥も興味津々でのぼりと、その奥の店を見る。
 歩きながら食べられるよう店頭に備えられた屋台式のカウンターにはいくつもの饅頭が並べられている。
 カウンターの隅に置かれたチラシに視線を投げると「湯葉を使った皮で小豆餡を包み、衣を付けて揚げた饅頭です」と書かれている。
 さらに説明を読むと馬返の名物スイーツとして古くから愛されているとも書かれており、それだけで期待値が高まってくる。
「食べてみようか」
 辰弥が提案すると、日翔と鏡介、ノインもそうだな、と同意する。
「すみません、四つください」
「えっ」
 辰弥の注文に、日翔が思わず声を上げる。
「四つって、俺たち三人」
「――え」
 日翔に指摘されて辰弥が日翔と鏡介、視界に映り込むノインを見て首を傾げかけ、すぐにあっと声を上げた。
「ごめん、三つだね。三つで」
『ノインの分も買え! エルステが二個食えばいいだろ!』
 ノインの文句に辰弥が「んな無茶な、」と言いたそうな顔をする。
 一方の日翔と鏡介は辰弥の様子に顔を見合わせていた。
「……鏡介、四個目って……」
「……秋葉原の分か……?」
 辰弥にのみ見える幻影としてノインがいることを知らない日翔と鏡介は四個目は千歳に対して買おうとしたのだろう、と判断する。
 四人で旅をしているつもりなんだろうか、と考えると、河内池辺で買ったキーホルダーの件も含めてまだ立ち直れていないのか、と考えてしまう。
 だが、そこで辰弥に現実を突きつけても仕方ない、と二人は辰弥が注文し直すのを黙って見ていた。
 辰弥の注文に、看板娘らしき女性が慣れた手つきで饅頭を紋の入った包み紙に入れ、手渡してくる。
 受け取ると、揚げたてらしい熱に辰弥は顔をほころばせた。

 

第2章-5へ

Topへ戻る

 


 

「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。

 マシュマロで感想を送る この作品に投げ銭する