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Vanishing Point / ASTRAY #02

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ここまでのあらすじ(クリックタップで展開)

 「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
 途中、河内池辺名物の餃子を食べる三人。その後、「カタストロフ」の襲撃を受けるものの撃退し、RVパーク池辺で一同は一泊することになる。

朝、辰弥は晃と話しながら朝食を作る。

全員で朝食を食べながら、辰弥は馬返東照宮へ行きたいと改めて口にする。

晃から生体銃を受け取り、三人は移動を開始する。

馬返に到着した三人は馬返東照宮までの道で食べ歩きを始める。

食べ歩きをしながら歩く三人だが、鏡介は日翔に辰弥が無理をしている、と告げる。

馬返東照宮に到着した三人は三猿を眺める。

お参りを済ませた三人はおみくじを引く。辰弥が引いたのは東照宮でしか引けないという上吉だった。

東照宮からキャンピングカーへ戻る途中、三人は「カタストロフ」に狙われていた少女を助ける。だが、その少女は「ツェンテ」と名乗るLEBだった。

保護したツェンテをどうするか話し合う三人。殺せと言う鏡介とそれは駄目だという日翔にはさまれつつ、辰弥も連れていけないから、とツェンテを殺そうとする。

 

「――っ!」
 辰弥の目が見開かれる。
「ち、とせ――」
 辰弥の手からナイフがこぼれ落ちる。
「あ――」
 脳裏に蘇ったのは胸に深々とナイフを突き立てられた千歳の姿。
 自分が刺した、助けることができなかった、殺してしまったという思いが辰弥の胸を埋め尽くす。
『おい、エルステ』
 遠巻きに見ていたノインが駆け寄り、辰弥の肩を掴む。
『エスルテ、しっかりしろ!』
 フラッシュバックによるPTSDの発症ということはノインにも分かった。浅くて速い辰弥の呼吸から、過呼吸を起こしていると判断する。放置すれば日翔に違和感を抱かれるかもしれない、とノインは素早く呼吸器系の制御を辰弥から奪い、平静を装う。
(ぅ……ぁ……)
 速い呼吸の合間に脳内に響く辰弥の呻き声に、ノインは症状の重さを思い知った。
『エルステ、落ち着け』
「っ、は……」
 ノインの声掛けと呼吸器系の制御による深呼吸で辰弥は呼吸の調子を取り戻し、徐々に落ち着きを見せてくる。ノインはそれを確認し、呼吸器系の制御を辰弥に返す。
「辰弥……」
 ナイフを取り落とした様子を見て、やっぱり辰弥もツェンテを殺すのには反対なのか、と日翔は一人合点した。
「辰弥、無理すんな」
 日翔が辰弥に歩み寄り、そっと肩に手を置く。
「……ごめん」
 地面に落ちたナイフに視線を落とし、辰弥が呟いた。
 殺意はあった。だが、殺せなかった。
 千歳の最期の姿が脳裏をかすめてナイフを握ることができない。今、ナイフを見ているだけでも再び過呼吸を起こしそうな錯覚すら覚える。
 それなら、と銃を生成しようとして、辰弥はそれを思いとどまった。
 日翔は完全に辰弥がツェンテを殺さない選択をした、と思い込んでいる。ここで気が変わったとばかりに殺せば日翔は確実に失望する。
 いや、日翔に失望されるのは構わない。日翔の期待に応えるために生きてきたわけではないのだから失望させても今更、である。
 それでもツェンテの殺害を諦めたのは単純に信じたい気持ちも残っていたからだ。
 ツェンテを連れていくことはできない。他人に迷惑をかけたくないから殺さなければいけない、その意識は強い。鏡介の言うようにツェンテの言葉が本当に正しいかどうかは判別できない。
 ツェンテは海の向こうから来たと言った。少なくとも桜花国外からであることは明白だが、どうして自分を追ってきた、と辰弥は考える。
 本当にツェンテは自分に保護してもらいたいと思ったのか。リスクを冒してまで海を渡る必要はあったのか。
 ノインと出会った時のことを思いだす。あの時のノインも辰弥を目指して歩いてきた。
 それを考えるとツェンテも本当に保護してもらいたいという意図で来たと断言できない。
 鏡介の言うように殺すべきだ、という気持ちは強い。だが同時にもう一度信じてみたい、と思ってしまう自分がいる。
 どうして、と考えて、辰弥は自分が「赦されたい」と思っていることに気が付いた。
 千歳を死なせた、その事実から目を逸らしたくてツェンテを殺したくないのでは、と考える。
 ここでツェンテを殺せば自分を信じた相手を裏切ることになってしまう。別に千歳は自分のことを信じていたわけではない、と考えようとしても本当は信じていた、と思いたくなってしまう。
 ナイフから目を逸らし、辰弥はツェンテを見た。
 ツェンテも閉じていた眼を開けて辰弥を見る。
「……エルステ、さん……?」
「やっぱり俺には君を殺せない。殺しちゃいけない気がする」
 そう、辰弥が言ったところで周囲を警戒していた鏡介がこちらに向かってくる。
「――辰弥、」
 ツェンテが死んでいないことに鏡介が眉を顰める。
「何故殺さなかった」
 お前が殺せないなら俺が、と銃を抜こうとする鏡介を日翔が止める。
「やめろ、さっき殺そうとしたのは辰弥の本意じゃない」
「だが、ツェンテを連れていくことはリスクが高すぎる」
 鏡介は完全にツェンテを連れていくことに反対している。
 それは辰弥も同じだった。
 ただ、連れてはいけないが殺すこともできない、それだけだ。
「なあ……」
 厳しい目でツェンテを睨む鏡介に、日翔が恐る恐る声をかける。
「……主任に預けたらどうだ?」
「……永江 晃に?」
 鏡介が怪訝そうな目を日翔に向ける。
 辰弥もまさか、と言った面持ちで日翔を見た。
「ほら、主任ならLEBは扱い慣れてるしさ、それに一応御神楽に守られてる立場じゃん。そこならツェンテも変なことできないんじゃないか?」
「確かに……」
 LEBに対して異常なまでの執着を持っている晃なら、ツェンテを預けたとしてトラブルに巻き込まれる可能性は低い気がする。何かあった場合はカグラ・コントラクター、いや、特殊第四部隊トクヨンが事態を収拾することができる。
 問題は自分たち「グリム・リーパー」のことがトクヨンに察知されたら、というものではあるが、晃もいざという時は口が堅いしツェンテも、「何か知らないけど拾った」でごまかしてくれるかもしれない。それに晃のことだ、ツェンテという新たなLEBをこっそりと育てるくらいはしそうである。
「確かに晃に預けるのが一番安全かもしれない。俺たちの旅に同行しないし、一応は管理下に置かれるわけだし、殺さなくていいのかも」
「……」
 辰弥の言葉に、鏡介が黙り込む。
 この条件下でなら殺さない、という選択肢は確かに存在する。しかし何が起こるか分からないという不確定要素を残してしまうことになる。
 できれば殺してしまった方がリスクを抑えられるが、辰弥はそのリスクを冒すというのか。
「……無駄に、殺したくないのかも。確かに俺はLEBなんていなくなればいいって思ってる。でも、造られてしまったものは……仕方ないんだ」
 自分のエゴで殺したくない、と辰弥は続ける。
「だから、晃に預けようと思う。それでもし、ツェンテが裏切るようなら、その時は――」
「仕方ないな」
 辰弥の言葉に、鏡介が表情を緩めてため息をつく。
「お前は元からそういう奴だ。そこまで覚悟を決めているなら俺はそれに従うまでだ」
「鏡介……」
「だが、何かあったときは躊躇わずに引鉄を引け。それが原初のLEBとしての責任だ」
 うん、と辰弥が頷く。
「エルステさん……?」
 ツェンテが不安そうに辰弥の顔を覗き込む。
「君は殺さないよ。俺たちに危害を加えない限りは」
 その瞬間、ツェンテの顔が明るくなった。
「ありがとうございます!」
「でも、俺たちの旅に連れていけないから信用できる人間に預ける。それでいい?」
「はい、エルステさんたちの邪魔はしません」
 何度も頷き、ツェンテがそう宣言する。
「じゃ、決まりだね。晃に迎えに来てもらおう」
「もう少し武陽都に近いところで合流したいが、今俺たちが武陽都に近づくのは危険だ。ここまで来てもらうか」
 話が決まったのなら、と鏡介が晃との回線を開く。
「どうせこの後オートキャンプ場に行くわけだし、そこで合流でいいでしょ。落ち着いて受け渡しできる」
 辰弥がそう提案すると、鏡介もそうだな、と頷いて合流地点を指定した。
「――できれば早いうちに頼む。ああ、気を付けてきてくれ」
 その言葉で通信を切断し、鏡介は「行くぞ」と辰弥たちに声をかけた。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

第2章-11

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