Vanishing Point / ASTRAY #02
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「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
途中、河内池辺名物の餃子を食べる三人。その後、「カタストロフ」の襲撃を受けるものの撃退し、RVパーク池辺で一同は一泊することになる。
朝、辰弥は晃と話しながら朝食を作る。
「もうすぐできるよ。晃、皿出して」
「あいよ」
晃が頷いて皿を取り出す。
その頃には日翔と鏡介も起き出してきて、特に日翔は朝食の匂いに眠気が一気に吹き飛んだようだった。
「おー、ベーコンエッグ!」
やっぱ朝ごはんといえばこれだよな! と声を上げる日翔に鏡介もテーブルに並べられていく皿を見て笑みをこぼす。
「辰弥のベーコンエッグは格別だからな」
テーブルに並べられたベーコンエッグとトースト、今までの日常と変わらないメニューが青空の下にある。
「よっしゃ、食べようぜ!」
テンション高くベーコンエッグをトーストに乗せた日翔に、辰弥も同じようにしてトーストを手に取った。
「食べよう」
「いただきまーす!」
真っ先に日翔がトーストに齧り付く。
程よく半熟になった黄身がとろりとトーストに垂れていく。
「うんめー!」
聞き慣れた日翔の一口目の声。
鏡介はトーストとベーコンエッグを別に食べながらうんうんと頷いている。
「焚き火でのベーコンエッグ初めてなのに焼き加減は完璧だな」
「ふふん」
鏡介の声に得意げに辰弥が笑う。
「やっぱり、朝はベーコンエッグじゃないと調子が出なくて」
「……それ、俺の影響だろう」
カリカリに焼かれたベーコンを噛み締めながら鏡介が苦笑した。
まあね、と辰弥が指についた黄身をペロリと舐める。
「鏡介が出してくれたベーコンエッグは今でも憶えてるよ」
「……そうか」
今から思えばもう五年前になるのか。
日翔が辰弥を拾った翌巡の朝食に鏡介はベーコンエッグを作って辰弥に差し出した。
連れて帰ってきた直後は「こんな怪しい奴、殺したほうがいい」と言ったものの、日翔と昴の説得で一度は引いた鏡介。
それでも辰弥に対する不信感は拭えなかったので二人が手を出さないなら、とベーコンエッグに毒物を仕込もうとしていた。
それを未遂で終わらせた理由は今ではもう思い出せない。
一晩寝て考えが変わったのだろう、と今では思っているが、とにかくあの時出したベーコンエッグを不思議そうに眺め、それから美味しそうに貪った辰弥の顔は今でも憶えている。
今思えば初めて食べた本物の食材の料理だったからだろうが、顔中黄身だらけにしてベーコンエッグを食べていた辰弥に絆されたのは事実だ。
仕方ない、日翔の気が済むまでうちにおくか、そう思って早五年。
今ではなくてはならない仲間にまでなった辰弥はこうやって朝食にベーコンエッグを出すほどの成長を見せた。
初めは知識はあるのに何もできない、冷蔵庫にあるものを食べていいと言えば生肉を食べていたほど何もかもに無頓着だった辰弥がここまで人間らしく振る舞えるようになったのは鏡介としても嬉しいところだった。
あの時殺さなくてよかった、いや、全てを知った今ではあの時毒物を仕込んでいても殺すことはできなかったがここまでの信頼関係を築くこともできなかった、そう思うと人生何がどう動くかは分からない。
ふと、「運命は自分の手で掴み取れ」と言った昴の言葉を思い出す。
――俺は、掴み取れたんだろうか。
今となっては死んで当然だと思える昴ではあるが、鏡介を今の道へ進むきっかけを与えてくれたのも彼だった。師匠の「ハッカーは人のためにあるべき」という主張が受け入れられず飛び出し、昴と出会ったことで今の自分がある。
そう思うと、この運命は確かに自分の手で掴み取ったものだ。
自分の意思で辰弥も日翔も守ると決めたしそのためなら自分の肉体にも命にも執着はない。
自分は二人のために生きる、そんな思いが再確認できたような気がして鏡介はもう一口ベーコンエッグを口に運んだ。
「とりあえずこの後の予定を確認しよう。辰弥は馬返東照宮に行きたいんだな?」
「うん、なんていうか……今後の旅を占いたい」
「んな、オカルトな」
辰弥の言葉に日翔が苦笑する。
「だが、たまにはオカルトに頼るのもいいんじゃないか? あのプレアデスとかいうオカルトとやり合ったんだ、意外と面白いことになるかもな」
結局、昴が連れていたプレアデスという存在が何者かは最後まで分からなかった。あの戦いの後、鏡介は辰弥から軽く説明を受けたが「魔力供給を受ける」という言葉に「んなオカルトな」と思ったものだ。
地球という場所から来た昴、そして同じく地球から来たというアンジェという少女の存在がこの世界にもまだオカルトは存在すると信じる根拠となったが、それでも科学技術が発展したこの世界でオカルトとは色々と複雑な気持ちになる。
とはいえ、プログラムや統計に頼らない占いというものが意外と迷った時の道しるべになることも理解できた。
人間の心というものはプログラムで制御できるものではない。時にはオカルトだと笑われたとしても不確定要素に頼ることで最終的に最善の結末を迎えることができるかもしれない。同じくらい最悪の結末を迎える可能性もあるが、その時はその時で自分に運がなかったとか運命だと割り切ればいい。
「ま、オカルトっていうがオカルトも時には大切なんだぞ? 研究成果にオカルトを持ち込むのは御法度だが道に迷った時は私だって棒を倒すぞ」
「マジか」
「例えの話な!?!?」
そう言いながら晃が最後の一口を放り込んだ。
「馬返東照宮はいいな。世界遺産にもなっているし君たち今まで旅行したことがないんだから観光地くらい楽しんできなよ。あ、後日お土産くれると嬉しいな」
『もちろん、主任にいっぱいお土産買う!』
「うん、お土産買ってくるよ」
ノインの言葉を代弁し、辰弥も空になった皿を手に立ち上がる。
「みんな食べ終わった? そろそろ後片付けをしよう」
「ほーい」
日翔も勢いよく立ち上がり、辰弥に皿を渡して焚き火の前に立つ。
「俺はこいつの後始末しとくから他は任せた」
「火傷しないでよ」
「ほいほい」
日翔が金網を片付け始めたのを見て、辰弥も食器を洗うために洗い場へと向かう。
「辰弥、手伝おう」
鏡介が辰弥の隣に立ち、スポンジを手に取る。
「ありがと」
辰弥が小さく頷き、二人は無言で食器を洗い始めた。
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