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Vanishing Point / ASTRAY #02

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ここまでのあらすじ(クリックタップで展開)

 「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
 途中、河内池辺名物の餃子を食べる三人。その後、「カタストロフ」の襲撃を受けるものの撃退し、RVパーク池辺で一同は一泊することになる。

朝、辰弥は晃と話しながら朝食を作る。

全員で朝食を食べながら、辰弥は馬返東照宮へ行きたいと改めて口にする。

晃から生体銃を受け取り、三人は移動を開始する。

馬返に到着した三人は馬返東照宮までの道で食べ歩きを始める。

食べ歩きをしながら歩く三人だが、鏡介は日翔に辰弥が無理をしている、と告げる。

 

「うわー」
 馬返東照宮に到着し、左右の仁王像を見上げて辰弥が声を上げた。
 重要文化財としても指定されている仁王像は厳しい表情で来訪者を睨みつけている。
 人の流れに沿って境内に入り、左側を見ると東照宮の神馬をつないでおくための厩、神厩舎しんきゅうしゃがある。
 馬返東照宮に行くなら必ず見ておけ、と言われるものの一つがそこにあるため、三人はぶらぶらとそちらの方に歩みを向けた。
「あ、あれだ!」
 神厩舎の一角を指さし、辰弥が二人に声をかける。
「ん、」
 辰弥の声に、日翔が指の先を見る。
「おー、あれが有名な……ええと、なんだっけ」
「三猿だ」
 長押なげしに施された彫刻は猿をモチーフとしたもの。
 そのうちの三匹がそれぞれ目、耳、口をふさいでおり、有名な「見ざる聞かざる言わざる」を表している。
 そう、それそれと頷き、日翔はGNSを視界撮影モードに切り替えて写真を撮った。
「いやー、生きてるうちに生で見れるとは思わなかったなー」
「これと祈祷殿の眠り猫が有名だからな。後でそれも見に行こう」
 うん、と辰弥と日翔が頷く。
 暫く神厩舎を眺め、それから御水舎おみずやで手と口を清めた三人は順路に沿って本殿へと向かった。
「馬返東照宮は何百年も前、P.B.R.ポスト・バギーラ・レインに紀年が変わるもっと前の時代に桜花を平定した将軍を祀った神社らしい」
 歩きながら、鏡介が東照宮の由来について語りだす。
「それ、観光ガイド情報?」
 辰弥が確認すると、鏡介は一瞬、悔しそうに顔を歪ませる。
「なんで俺の知識よりも観光ガイドを信じるんだ」
「鏡介なら調べるの早いし」
 ぐぬぬ、と鏡介が唸る。
 実際のところ、鏡介は視界の隅に観光ガイドを開き、a.n.g.e.l.に読み上げさせていたものを解説に使っていた。その時点で辰弥の推測は正しいのだが、博識と言われてみたいという下心は確かにあった。
 単純な学歴だけで言えば三人の中で一番高学歴なのは日翔である。中卒とはいえ他の二人が義務教育すら受けられる状況でなかったことや裏社会に生きているという立場を考えると十分高学歴なのだが、それを許さないのが世間である。
 スラム街の生まれ、さらに幼少期に母親である真奈美まなみと引き離されて天涯孤独の身となっていた鏡介やそもそも生物兵器として造り出された辰弥が義務教育すら受けられなかったのは当たり前と言えよう。
 ただ、辰弥だけは「局地消去型」という特性上、人間としての知識は必要であると学習装置を使って知識を埋め込まれていたため一般常識や大学卒業程度の知識は身に着けているが、それはあくまでも知識であり、経験したことではないので一般常識も「どうしてこれが常識なのか分からない」という状態である。
 そんな状態だから鏡介に対しても「博識」というより「調べ物がうまい」という認識の辰弥と日翔だが、鏡介はそれが不満らしい。
「お前ら、もう少し司令塔に対して敬意を持てよ」
「あ、すごい!」
 鏡介が文句を言ったタイミングで、辰弥が走り出した。
 日翔と鏡介も慌てて追いかけると、辰弥は本殿手前の唐門の前で立ち止まり、胡粉で白く塗られた門を見上げていた。
「すごい彫刻だね」
 細かい彫刻が施された豪奢な門に、日翔と鏡介も頷く。
 鏡介の記憶では、東照宮に祀られている将軍は質素を好んでいたし、没した後も簡素に祀れと遺言を残していたはずである。それなのに周囲がそれはメンツが立たないと逆に豪華な神社を建立し、馬返東照宮として栄えている、今では観光名所として莫大な利益をもたらしているはずだ。
 だが、その蘊蓄を語ったところで辰弥も日翔も「観光ガイド情報?」と言ってきそうな気がして鏡介は口を閉じた。
 少し調べれば分かることだ。こちらから言う必要もない。
 辰弥と同じように唐門を見上げながら、鏡介は一つの時代を築いた将軍に思いを馳せた。
 あの将軍も幼少期から大変な目に遭ったらしいが、それでも耐え続け、時を待ち、最終的には将軍の座に上り詰め、一つの時代を築き上げた。
 俺たちはどうだろうか、将軍とか人の上に立つつもりはないが、それでも今をちゃんと生きることができているだろうか、と考えて苦笑する。
 真っ当な生き方ではないかもしれないが、自分たちは生きている。今は逃亡生活かもしれないが、時が熟すのを待って反旗を翻したい気持ちはある。
 その時を熟させるのが俺の仕事だ、と鏡介は自分に言い聞かせた。
「辰弥、日翔、そろそろ行こう」
 ここまできたならお参りくらいしたほうがいい、そう言い、鏡介は門を潜り抜けた。

 

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