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天辻家の今日のおやつ #11 「シュークリーム」

 

 
 

 

 なんとなく、甘いものが食べたくなって辰弥はおやつを作ることにした。
(って、しょっちゅう作ってる気がするけど)
 二日目昼日の、日が落ちるころと言えば夕飯には早いが少し小腹が空く時分、そのタイミングに合わせて何かしらのおやつを作るのは日常茶飯事であり、特別なことではない。しかし、かしこまった感じにおやつを作ろうと考えてしまったのは普段よく作るようなクッキーやマシュマロをベースにしたムースといった手軽なものではなく、少し手の込んだものを作りたくなったからだ。
 時間としては一日目朝日が終わり二日目昼日の中頃。昼食も食べ終わった頃ではあるが、ある程度のものなら今から作ればおやつ時には食べることができるだろう。
 何を作ろう、と今時珍しい紙本ペーパーバックのスイーツレシピ集を手に取り、辰弥はパラパラとページをめくった。
 きょうび、プリントフードや市販の菓子が主流となっているためにわざわざ自分でスイーツを作る人間は高級洋菓子店のパティシエ以外にそうそういない。レシピ自体はかつての料理文化の継承とやらでデータベースが作成されているが、辰弥はペーパーバックでレシピを集めていた。
 データなんて味気ない、という感情でもあるしペーパーバック自体がかなり古いものなので当時の味を再現することができる。辰弥は別に懐古主義者でもなんでもなかったが、料理だけはある程度伝統というものを大切にしたいと思っていた。
 いくつかのレシピを眺め、味に思いを馳せながらページを捲る。
 その手が、とあるページで止まる。
「シュークリーム……」
 パリッとした皮の中にクリームを詰めたスイーツ、辰弥も何度か作ったことがあるがあのキャベツのような見た目のおやつはクリームを詰めれば詰めるほど幸福度が増すのはよく分かっている。
「よし、シュークリームを作ろう」
 シュークリームを頬張る日翔の顔を想像し、辰弥がふふっと笑う。
 今日は特別な日でもなんでもないけれど。
 たまにはこういう幸せがあってもいいじゃないか、と辰弥はレシピ本を手にキッチンへと向かった。

 

「材料は……うん、揃ってる」
 レシピを確認しながら辰弥が必要な材料を取り出す。
 薄力粉、卵、バター、グラニュー糖にカスタードクリーム用の牛乳とバニラオイル。他にも細々した材料はあるが、全て常備している食材である。
 常備しているものであんな華やかなスイーツができるんだからシュークリームってすごいよね、と思いつつ、辰弥は材料を計量して容器に入れていく。
 まずは鍋に水とバター、グラニュー糖、そしてひとつまみの塩を入れコンロにかける。
 沸騰したところで薄力粉を投入してしっかりと練る。
 ここで練っておかないと粉が残ってしまったりして食感が悪くなってしまう。小麦粉に火を通し、しっかりとまとまったところで加熱をやめ、辰弥は溶き卵を流し込んだ。
 一度に全て入れない。生地のコンディションによって必要な卵の量は変わるし、少しずつ入れて混ぜることで卵に一気に火が通らないようにすることができる。少しずつ入れてしっかりと混ぜ合わせるうちに、生地は程よく柔らかい状態にと変わっていった。
「……よし」
 かなり硬めのパンケーキ生地というくらいになったところで、辰弥は満足そうに頷いて手を止める。
 用意しておいた絞り袋に生地を詰め、クッキングシートを敷いた天板に絞り出す。
 絞り出す大きさは仕上がりサイズよりもかなり小さい、直径五センチほど。仕上がりサイズで絞り出せば焼いている間に膨らんで巨大なシュー生地が出来上がってしまう。
 それはそれで日翔が喜びそうだけど、と思いつつ、辰弥は二百度に予熱していたオーブンに天板を入れた。
「……そういえば日翔、出てこないな」
 シュー生地を加熱し始めたところで、辰弥はふと呟いた。
 いつもなら辰弥がおやつを作っているとなんだかんだ言って顔を覗かせて見物しているのが日翔である。そんな日翔が、辰弥が料理をしているのにも関わらず部屋に引きこもって出てこない。
 確かに「仕事」明けではあるが、辰弥が八時間丸一日休息を取った後、ましてや朝食も昼食も済んでいる時間なので普段の日翔ならリビングで銃の手入れをしているかTVでサブスクリプションの映画コンテンツを見ている頃である。それなのに昼食が終わってすぐに日翔が部屋に閉じこもったことに、辰弥はほんの少し、胸が痛んだような気がした。
 疲れているのだろうか。
 別に最近「仕事」が立て込んでいることはない。「白雪姫スノウホワイト」の忙しさはいつも通りだ。それなのに引きこもっているのは体調が悪いのか、それとも単純に別のことに勤しんでいるのか。
 考えすぎで、ただ気分的に一人あそびしたいだけなのかもしれない、などと考え直し、辰弥はオーブンレンジから離れて調理台に戻った。
 シュー生地を焼いている間に中に入れるクリームも作ってしまいたい。
 シュークリームは中に入れるクリームでさまざまな味を楽しむことができる。
 今回はオーソドックスなカスタードシュークリームが食べたい気分なので、カスタードクリームを作ることにする。
 ここに生クリームも混ぜたダブルシュークリームも捨てがたく、冷蔵庫にも生クリームが常備されているのでどうしようか、と考えつつも辰弥は鍋に牛乳とグラニュー糖を入れて温め始めた。
 沸騰直前まで温まったところで加熱を止め、バニラオイルを垂らして軽く混ぜる。
 それから、別の鍋に卵と残りのグラニュー糖を入れ、しっかり混ぜる。
 薄力粉も入れてしっかり混ぜたところで準備は完了、温めた牛乳を少しずつ注ぎ込んで混ぜ始める。
 そういえば前にカヌレを作った時と同じような手順なんだよな、と思い出しつつ、辰弥はだまができないように丁寧に混ぜ合わせる。
 カヌレを作った時は日翔に「カスタードクリームを作るようなもの」と説明していたし、実際材料も作り方もかなり近い。
 それが材料の配合や手順が少し違うだけで全く違う顔を見せることに、辰弥は魅入られていた。
 料理は奥が深い。人を殺すのは単純だが、料理はただ作れば出来上がるものではない。フードプリンタならその手順を簡略化するが、それではなんだか味気ない。
 調理器具を使って簡略化することはあるが、それでも手間暇かけて作った料理はそれだけで心が温まる。
 俺が心なんて、と思うこともあったが、辰弥は料理をしている時こそ人として生きているという実感があった。
 しっかりと混ぜ合わせた液体をコンロにかける。
 熱を加えながら混ぜていくと、だんだんとろみがついてカスタードクリームらしい重さになっていく。
 とろみのついた液体がふつふつと沸騰してからも数分加熱すると、粘りのあったクリームが少しサラッとした状態に戻り、艶々とした見た目に変わる。
 そこで加熱をやめ、バターを混ぜ、漉し器で漉してなめらかにすると出来立てほやほや、熱々のカスタードクリームが出来上がった。
 ただ、シュークリームは元々が冷たいスイーツ。このままでは熱々のシュークリームを食べることになる。
 出来上がったカスタードクリームをバットに移し、乾燥防止のためにぴったりとラップフィルムを被せ、辰弥は冷凍庫から氷を取り出した。
 一回り大きなバットに氷水を作り、その上にカスタードクリームを入れたバットを置き、急冷する。
 そうしているうちにレンジもちん、と音を立て、シュー生地の焼き上がりを知らせてきた。
「……」
 辰弥が心配そうにオーブンレンジの中を覗き込む。
 中にはしっかり膨らみ、狐色に色づいた生地が並んでいた。
「よかった」
 ほっとして、辰弥がオーブンレンジから天板を取り出す。
「ちゃんと膨らんでる」
 初めてシュークリームに挑戦した時のことを思い出し、その時と比較して辰弥が満足そうに頷く。
 初めて作った時は膨らまなかったんだよなあ、と思いつつ、辰弥は焼き上がったシュー生地の頂点をつん、とつついた。
「……ちちんぷいぷい」
 美味しくなるように、のおまじない。
 日翔は喜んでくれるだろうか、そんなことを考えながら、辰弥はシュー生地を網の上に置き、クリームを入れても溶けてしまわないようにと冷まし始めた。

 

 おやつ時分目前になっても日翔は部屋から出てこなかった。
 いつもならなんだかんだとかまちょしてくる日翔が引きこもっているので、流石の辰弥も心配になってくる。
 それでも辰弥は日翔に声をかけることもなく、淡々と家の用事を済ませていた。
 もし何かあればGNSに連絡くらい入れるだろうし、それができないほど調子が悪いのなら気配で分かってしまう。日翔のコンディションくらい、扉越しでも察知できるくらいには辰弥は勘が良かったし、日翔のことを信頼していた。
 おやつの時間になれば出てくるだろう、そう思い、辰弥はシュークリームの仕上げに入る。
 やっぱりダブルシュークリームにしたい、と考え、グラニュー糖を入れた生クリームを立て、しっかり冷えたカスタードクリームと混ぜておく。
 冷めたシュー生地を上下半分に切り、カスタードクリームを絞り出して間に挟み込む。
 仕上げに溶けない粉砂糖を振りかければ、高級洋菓子店のものだと言っても信じてもらえそうなシュークリームが出来上がった。
「……よし」
 出来上がったシュークリームは三人分あるので、後で鏡介にも持っていこうと考えつつ、辰弥はちら、と日翔の部屋に視線を投げた。
 そのタイミングで扉が開き、日翔がひょっこりと顔を覗かせる。
「あ、日翔。おやつできたよ」
 日翔と目が合い、辰弥がそう声をかける。
 おう、と日翔が嬉しそうに笑った。
「今日のおやつは何だ?」
 なんか頭使ったから甘いもんが食べたいわーなどと言いつつソファに座った日翔の前に、辰弥がシュークリームの乗った皿を置く。
「シュークリーム、クリームはカスタードにした」
「おお!」
 カスタードクリームと聞いて、日翔が嬉しそうに声を上げる。
「お前のカスタードクリーム、絶品だからな!」
 そう言いながら日翔がシュークリームを手に取り、がぶりと頬張る。
 それを眺めながら、辰弥もシュークリームを頬張った。
 バニラの香りがほのかに鼻孔をくすぐり、濃厚な甘みが喉を通り過ぎていく。
 材料はありふれたものなのに、特別な気持ちになれるシュークリーム。
 ふと、辰弥が視線を上げると、日翔は鼻の先にクリームを付けたままうまいうまいとシュークリームを頬張っていた。
「日翔、」
 辰弥が苦笑して手を伸ばす。
「鼻に付いてる」
 そう言いながら日翔の鼻に付いたクリームを拭い、その指をぺろりと舐める。
「お、おお……」
 すまん、と言う日翔の顔がなんとなく赤くなっている。
「美味しい?」
 愚問だと思いつつも、辰弥は日翔にそう尋ねていた。
 美味しいか不味いかは日翔のリアクションを見ただけで分かる。嬉しそうにシュークリームを食べる日翔は、どこからどう見ても「美味しい」を体全体で表現していた。
「ああ、美味いぜ!」
 二個目のシュークリームを頬張りながら日翔が頷く。
「そういや、昔は椎茸を量産してたもんな、それに比べたら大した進歩だよ」
「もう、椎茸って言わないで」
 日翔の言葉に、辰弥が苦笑する。
 初めてシュークリームを作った頃はシュー生地が全く膨らまずに焦げ、どこからどう見ても椎茸にしか見えないものを作っていた。カスタードクリームは比較的失敗の少ないものだったので、辰弥は「ごめん」と言いつつぺたんこのシュー生地椎茸とカスタードクリームを出したものだ。
 それが今では市販品と遜色のないものができている。辰弥の料理の腕は確実に進歩していた。
 はは、と笑いつつ、日翔が二個目のシュークリームを完食し、手についたクリームを舐めとる。
「見た目は椎茸だったが美味かったんだからいいだろ」
「日翔ぉ……」
 恨めしそうに辰弥が呟き、最後の一口を口に入れる。
 それを飲み込んでから、辰弥はまっすぐ日翔を見た。
「そういえば日翔、お昼ご飯の後ずっと引きこもってたけど何かあったの?」
「え」
 日翔としてはその質問は想定していなかったのか。
 硬直した日翔に、辰弥は「してはいけない質問だったか」と少しだけ考える。
 人には言えないことをしていたのか、それとも調子が悪かったのか。
 そう考えつつも、辰弥は辰弥で「踏み込みすぎたか」となっていた。
 基本的に辰弥は他人の人生に不干渉である。誰がどこで何をしていようと気にしない。
 ただ、日翔に対してだけ、何故かどこで何をしているか把握しておきたい、と言う気持ちがあった。
 日翔は辰弥の保護者である、というのが周囲の認識。しかし、辰弥の認識としては日翔は確かに自分を保護したという意味では保護者だが、面倒を見る人間という意味では自分の方が保護者だという自覚があった。
 だからこそ日翔の動向は把握しておきたい、というものではあったが、日翔は日翔で知られたくないこともあるだろう。
 どう答えようかとまごつく日翔に、辰弥はじっと視線を投げ続ける。
「そういえば頭使ったとか言ってたけど、勉強でもしてたの?」
 一応は義務教育は修了しているはずなのに学がない日翔、本人は勉強嫌いだと言っていたが、「頭を使った」となると勉強以外考えられない。
 辰弥の言葉に、日翔がああそうだ、と慌てたように頷く。
「そう、勉強してた! 算数のおさらい!」
「じゃあ1足す1は」
「田んぼの田!」
 辰弥の質問に、ドヤ顔で答える日翔。
「……」
 あまりにも定番のネタ回答に、辰弥は一瞬沈黙し、それから大きなため息をついた。
「……心配して損した」
「なんだよその言い方」
 日翔がむう、と頬を膨らませるが、辰弥の意識はもう別のところに向いていた。
 日翔は元気だ。通常運行だ。
 それなら部屋で何をしていても構わない。
 これ以上踏み込むのはただの過干渉だ、と辰弥は空になった皿を手に取り、立ち上がった。
「日翔が元気ならいいよ。ごめん、変なこと訊いて」
「……お、おう……」
 皿をシンクに運ぶ辰弥の背を見ながら、日翔が頷く。
「……すまんな」
 思わず日翔がそう呟くと、その呟きは辰弥に聞こえていたらしく、辰弥はくるりと振り返って首を傾げた。
「何謝ってるの?」
「いーや、なんでも」
 日翔が苦笑しながら立ち上がる。
「じゃー俺は手入れでもするかな。あ、辰弥、ナイフ研ぎくらいなら手伝うぞ?」
「いい。日翔がナイフ研ぐと刃が潰れる」
 そっけなくそう言い、辰弥は皿を洗い始めた。

to be continued……

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