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光舞う地の聖夜に駆けて エピローグ

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EP-1 EP-2 EP-3

 


 

 ピーターの兄の家の前にボロボロになった車が止まる。
「おっさん、ありがとう」
 そう言いながら、ピーターが車を降り、続いて匠海とタイロンも車を降りる。
「お互い、大変だったな」
 そう言いながら匠海がタイロンに右手を差し出す。
 その手を握り、タイロンも、
「おたくさんらのおかげでイーライを捕まえることができた。感謝する」
 そう言って両手を広げる。
 匠海が「仕方ないな」というような顔でハグに応じ、互いに背中を叩き合う。
「……」
 タイロンに何かを囁かれた匠海が少し悲痛な面持ちになる。
 その後、ピーターともハグで健闘を称えたタイロンは「それじゃ、」と車に乗り込もうとした。
「……タイロン、」
 車に乗ろうとしたタイロンを、匠海が呼び止める。
「どうした?」
「……ありがとう」
 そう言って、匠海が笑んで見せる。
「おっさんも、元気でな」
「だから俺はおっさんと呼ばれる歳じゃないと」
 タイロンがそう反論するがそれに怯むピーターではない。
 少し、ニヤニヤしながらピーターも手を振り、車に乗り込むタイロンを見送る。
 走り去る車を見送り、それからピーターは緊張した面持ちで玄関を見た。
「……遅刻も遅刻、大遅刻だからな……」
「安心しろピーター、いざという時は俺も助太刀する」
 匠海に励まされ、ピーターは思い切ってドアを開けた。
「ピーター!!」
 ピーターがドアを開けた瞬間、奥からピーターの兄が飛び出してくる。
「何の連絡もなく帰ってこなくて、どうしたんだ!」
 そう、心底心配した口調でピーターに声をかけ、それから全身を見る。
「怪我してるのか? 大丈夫か?」
「……あ、ああ大丈夫だ兄さん」
 怒ってない? とピーターが恐る恐る兄の顔を見る。
 兄はというと、少しだけ泣きそうな顔でピーターを見ていた。
「どれだけ心配したと思ってるんだ。とにかく、無事でよかった」
 そう言ってから、ピーターの後ろに立つ匠海に視線を投げる。
「この人は?」
 ピーターと同じくボロボロの匠海に、少々不信感を持っているようだが、ピーターがああ、とすぐに答えを返す。
「この人はタクミ。オレを色々助けてくれた恩人で、友人だ」
「……」
 ピーターの言葉に、匠海が息を呑む。
 まさか、そんな返答をされるとは思っていなかった。
 朝、顔を合わせた時は露骨に嫌そうな顔をしていたピーターが、自分のことを「友人」として紹介するとは。
 だが、驚いていては怪しまれると思い、匠海はピーターの兄に軽く会釈した。
「こんなところでピーターの友達を紹介してもらえるとは思わなかったな。とりあえず寒かっただろう、二人とも中へ」
 そう言われ、匠海が家の中に招き入れられる。
「ピーターが客を連れてきたぞ。二人とも怪我してるみたいだからちょっと手当てしてやってくれ」
 二人を案内しながらピーターの兄が妻にそう声をかける。
「ジェシーはナースだからな、大した傷じゃなさそうだが放っておくのもよくない」
「……ありがとう、恩に着る」
 戸惑いながらも匠海が礼を言うと、ピーターの兄は匠海をじっと見て、
「もしかして、日本人?」
 そう、尋ねてくる。
 これはもしやピーターの二の舞か、などと思いつつ匠海が「生まれも育ちもアメリカで」と言うと。
 ピーターの兄は心底残念そうな顔をした。
「……もしかすると日本発のアニメジャパニメーションについて語り合えると思ったんだが……」
「……」
 まさかのオタクだった。
 この兄にして、この弟? と一瞬眩暈を覚える。
 いや、もしかして、ピーターが人種差別レイシズムに走ったのは兄がオタクになったからか? などと勘ぐってしまう。
 そんなことを考えているうちにジェシーと呼ばれた女性がピーターの治療を終え、救急箱を持って来る。匠海に服を脱ぐように指示、匠海が指示に従って服を脱ぐと彼女は手際よく傷の処置を始めた。
 細身ながらも引き締まった筋肉を持つ匠海の上半身、それを眺めながら、ピーターがぽつり、と、
「タクミ、お前マジで鍛えてんな……」
 そう、呟いた。
「だからカウンターハッカーは身体が資本だと」
 傷に染みる消毒液に顔をしかめながら匠海が答える。
 そんな匠海の許に、トコトコと近寄る影が一つ。
「……おじちゃん、だれ?」
 くりくりとした目をした少女が、匠海を見上げている。
「あ、ベス、もうちょっと待ってな」
 ピーターの兄が少女を抱き上げ、部屋を出ていく。
 それを視線だけで見送ったピーターが改めて匠海を見て、
「タクミ、どうした?」
 不思議そうにそう尋ねた。
「……あ、いや……」
 我に返ったように、匠海がピーターを見る。
「……ベスはやらんぞ」
「いらんわ」
 匠海が即答すると、ピーターが頬を膨らませる。
「なんだよあんな天使そうそういないのにいらないって即答はないだろー」
「……すまない」
 そう、謝罪する匠海が寂しそうな眼をしていることに気づき、ピーターは首をかしげた。
「どうかしたか?」
 気になって尋ねてしまう。
 すると匠海は絞り出すように、
「……もし、俺に子供がいたらあれくらいの年齢だったのかな、って」
「……」
 ピーターが思わず口を閉じる。
 「もし」ということは、匠海は実は既婚者だったのか、と勘ぐってしまう。
 だが、その直後に、傷の処置で上半身裸にされているのに指輪を通したチェーンだけは首にかけ直していることに気づく。
「……それ、ずっと付けてるな」
「……ああ」
「大切なものなのか?」
 あまりプライベートに踏み込んではいけないと思いつつも、ピーターは思わずそう尋ねていた。
 匠海が小さく頷き、指輪を握り締める。
「たった一つの、形見だからな」
 その一言に、ピーターが察する。
 匠海には将来を誓った相手がいた、だがもういない、と。
「……カズミって人か?」
 とうふが爆弾解体を終えた直後、匠海が呟いた名を思い出し、ピーターが尋ねる。
 どうしてその名前を、と言いかけた匠海がそうか、と一人で納得し、そうだ、と答える。
「……もう七年になる」
「……そっか」
 いたたまれなくなり、ピーターは匠海から目を逸らした。
 自分が思っていた以上に重い彼の素性に踏み込みすぎた、と反省する。
「ま、まぁオレにはそこまで大切に想える人がまだいないから、なんか羨ましい」
 それはそれで大切なことじゃねーの? と続け、ピーターは匠海の治療を終えた兄の妻ジェシーを見た。
「羨ましいわね、そこまで想えるのって」
 大切にしなさいよ、その想い、とジェシーが匠海に言う。
「でも、想いは大切だけど、それに潰されちゃダメよ」
 ――過去を大切にするのはいいが、引きずりすぎるな。
 先ほどタイロンに囁かれた言葉を思い出す。
 そうかな、と呟きつつ、匠海が服を着る。
「ま、湿っぽい話はここまでにしようぜ。ジェシーの作る七面鳥の丸焼きローストターキーは絶品なんだ。お前にもぜひ食ってもらいたくて」
 これが毎年の楽しみでさ、とピーターが言うと、匠海もそうか、と笑った。
 今にも崩れそうなその笑顔に一言物申したくなったピーターだったが、それをこらえ、立ち上がる。
「ほら行くぞ、ベスが待ってる」
 そう言って、ピーターは匠海を急かした。
 二人がダイニングに行くと、テーブルの上には既に料理がそろっており、美味しそうな香りを漂わせている。
「これは……すごいな」
 これがクリスマスの食卓か、と驚いたように匠海が呟く。
「だろ?」
 嬉しそうにピーターが匠海に自慢する。
「せっかくのクリスマスだからな、楽しまなきゃ!」
「おじちゃん、メリークリスマス!」
 ダイニングに入ってきたピーターの姿を認め、ベスが飛びついてくる。
 彼女を抱き上げ、ピーターは嬉しそうに笑う。
「クリスマスプレゼントちゃんと買ってきてあるからな。明日開けろよ」
「うん! ありがと!」
「それと、遅くなってごめんよ」
 ピーターが謝ると、ベスがううん、と首を振る。
「パパから、おじちゃんがなんか大変そうだって言ってたから。でもお友達連れてきて、おじちゃん、えらい」
 ベスにそう言われたピーターの顔はにやけっぱなしである。
 それを眺めながら、匠海は初めて経験するホームパーティーにふと、笑みを浮かべる。
 今は、自分の過去のことも和美のことも忘れよう、そう自分に言い聞かせる。
 ピーターの兄に案内され、テーブルに着くとジェシーが匠海の前に前菜オードブルの皿を置く。
 ピーターの兄からはシャンパンの入ったグラスを手渡される。
 ピーターの兄がシャンパンの入ったグラスを掲げる。
「それじゃ――メリークリスマス!」
「「「「メリークリスマス!」」」」
 ピーターの兄の言葉を音頭に、全員が声を上げる。
 それから、匠海は隣に座るピーターのグラスにそっと自分のグラスを合わせた。
「どんどん食べてね。七面鳥もあるから」
 乾杯をして一旦席を立ったジェシーが巨大な七面鳥が乗った皿を持ってきてテーブルに置く。
「相変わらず、すげえ……」
 ピーターが目をキラキラさせる。
 その様子を見て、匠海は彼が幸せに育てられたんだな、と思い、ふっと笑みをこぼした。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

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