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光舞う地の聖夜に駆けて 第3章

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前回のあらすじ(クリックタップで展開)

 クリスマス休暇を利用しフェアバンクスにある兄夫婦の家に遊びに来ていたピーターは土産話のネタを探すためにアラスカの地域深層ローカルディープに潜り込んだところ、テロ計画のページを発見してしまう。
 そこでテロがアメリカ本土にある四本の「世界樹」を弾道ミサイルで攻撃するものであると知り、それを阻止するためにトラックの妨害を始めたところ同じくトラックを妨害しようとしていた匠海と遭遇、交戦することになる。
 匠海のリソース不足で辛勝したものの、トラックを見失った二人はリアルで合流、情報交換を行い、次の行動のためにテロリストの決起集会会場へ向かうことにする。
 決起集会会場はもぬけの殻だったものの匠海が残されたデータを復元、しかし謎の男の襲撃に交戦を余儀なくされる。
 一時は男の銃を撃ち落としたものの、相手は四丁拳銃の使い手で匠海とピーターは窮地に陥ってしまう。
 しかし、男はテロリストではなく、一人の逃亡犯を追うバウンティハンターだった。

 

 ホワイトホースを通過し、アラスカ・ハイウェイに車を乗り入れる。
 国境を越えてアメリカに再入国、デルタ・ジャンクションでリチャードソン・ハイウェイに乗り換える。
 カリフォルニア州クレイトン市からカナダを縦断してのアラスカ入りは冬の今、特に厳しい。
 雪とは縁遠いカリフォルニア州をスタートとした今回の旅は雪の世界、アラスカに到達したことで終わりを迎えようとしていた。
 バーチ湖ほとりのサービスエリアで給油と食事を済ませ、マップアプリを開く。
 ここからフェアバンクス市内まで約五十六マイル(九十キロメートル)、一時間もあれば到着するだろう。
「……しっかし、寒いな」
 この寒さにも関わらず自分の信念だけで被り続けている中折れ帽を被り直し、凍り付いた湖面に目を向けながら、男――タイロン・ダン・アームストロングは呟いた。
 呟いてから少しヨレたソフトパックから煙草を取り出し、咥える。
 オイルライターの蓋を開けるとキン、と小さいが澄んだ音が響き、その点火機構が露わになる。
 ライターに点火、煙草に火をつけて紫煙を燻らせる。
「何が楽しくてアラスカくんだりまで来なきゃいけないんだ」
 どうもこうも、全ては逃亡犯ベイルジャンパーのせい。
 一度は逮捕された人間が保釈保証業者から保釈金を立て替えてもらい保釈され、そのまま逃亡することはよくある話である。
 そんな人間を追跡、捕縛ししかるべき場所に引き渡して懸賞金を受け取る賞金稼ぎバウンティハンターを、タイロンは生業としていた。
 尤も、それだけでは生活が苦しいため私立探偵も兼業して生活しているが。
 そのため、危険な目には何度も遭ってきたし死線を潜り抜けたことも数えきれないほどある。
 今回も、カリフォルニア州ホームグラウンドの保釈保証業者からベイルジャンパーの捕縛を依頼され、聞き込みを繰り返して追跡した結果フェアバンクスに来ることとなってしまった。
 依頼を受けたのは二週間前。情報が入り追跡を始めたのが一週間前。そして今回の期限は一ケ月。
 まだまだ猶予はあるがベイルジャンパーは常に移動し、一度見失うと調査は振出しに戻ってしまう。
 依頼フォルダを開き、今回のターゲットを確認する。
「イーライ・ティンバーレイク、ねえ……」
 何の因果やら、とぼやく。
 先日逮捕されたイーライだが、その彼を逮捕したのは探偵としてのタイロンだった。
 違法な武器取引が行われているから調べてほしいという依頼を受けて調査した結果浮上したイーライ。写真をぱっと見ただけでは凶悪犯には見えない。どちらかというと善良な市民に見える。
 しかし、見た目に反してイーライは違法な武器取引を行い、自身も違法に武器を所持していた。
 以前よりは規制が緩和されたとはいえ、カリフォルニア州はアメリカ内で最も銃規制の厳しい州である。きちんとした手続きを踏み、許可を得て所持しなければすぐに逮捕される。
 とはいえ、武器の違法所持で逮捕されたとはいえ何故逃亡ベイルジャンプしたのか。
 しかも、カナダを通過して国境を越えてのアラスカ逃亡。
 何かあるな、とタイロンは探偵としての勘でそう思っていた。
 とはいえ、アラスカからどこへ逃亡しようというのだ。
 連邦フィディラーツィアか? と考えてみる。
 特にイーライは最後まで武器の仕入れ先を明かさなかった。取引武器は連邦フィディラーツィアの横流し品らしき武器が多かったことを考えると、連邦フィディラーツィアと――政府なのか非合法組織なのかは分からないが――何かしらの繋がりがある可能性は否定できない。
 それに追跡の最中に色々と情報が入ってきた。
 イーライは過激な反GLFNグリフィン信者で、SNS等で同志を集めている、と。
 そう考えるとアメリカ内でもGLFN四社から最も遠いアラスカに逃亡するのもあり得る話だ、とタイロンは判断した。
 短くなった煙草を携帯灰皿に入れ、タイロンは停めてある自分の車に向かった。
 車に乗り込み、エンジンをかける。
 行先はあらかじめセットしていたフェアバンクス市内のまま。
 車は滑るように走り出し、フェアバンクスに向けて進路をとった。

 

 トラブルが発生することもなく、昼過ぎにタイロンがフェアバンクス市内に足を踏み入れる。
 少しぶらぶらと市街地を歩き回り、軽く聞き込みを行う。
 写真を見せてイーライの足取りを追う。
 数人から「ここ数日で見たかもしれない」という情報が入り、やはりここに来ていたのかと確信する。
 そんなことを繰り返した情報収集で数時間が経過し、フェアバンクスに夜の帷が降りた頃。
 オーグギアにアラートが表示される。
 ――おいでなすった。
 アラートが表示される前からとうに気づいている。
 周囲の人間が装着しているオーグギア同士の短波通信を利用した衝突防止のための位置情報が先ほどからタイロンからつかず離れずの位置に人がいることを示している。
 オーグギアこんなものを使わずとも、尾行くらいすぐに分かる。
 そうでなかったとしてもオーグギアを装着していれば尾行がすぐにバレるというのに相手は素人だな、とタイロンは溜息を吐いた。
 善良な一般市民を巻き込みたくないため、人気のない裏路地に入る。
 表通りの喧騒が遠くに聞こえる位置まで移動し、タイロンはくるりと振り返った。
「おたくさん、尾行の何たるかが分かっていないのに人の後を付けるものじゃないぞ」
 低い声で警告する。
 その声を合図に、物陰から五人の男が姿を現す。
「リーダーを追いかけまわすのはやめてもらおうか」
 男の一人が銃を抜き、警告する。
 その銃を見て種類を特定、非殺傷スタン殺傷エリミネイトのみの選択式で自動照準オートエイムが搭載されたスマートガン、と判断する。
 どうせ非殺傷で撃つわけもないな、と考え、タイロンも腰に手を当てる。
「おっと、変な真似はよせ。死にたくないだろ?」
 銃口をタイロンに向け、男が笑う。
 周りの男たちも銃を抜き、タイロンに向ける。
 だが、それに怯えることもなくタイロンは不敵に笑った。
「その程度で俺がビビると思ってんのか?」
 全く動じないタイロンに、男たちが「ふざけるな!」と怒鳴る。
「てめぇ、痛い目に遭いたいらしいな!」
 やっちまえ、と誰かが叫ぶ。
 五つの銃口がタイロンを狙う。
 だが、その銃がタイロンを捉えることはなかった。
 五つの銃口の先からタイロンの姿が消える。
 オートエイムでタイロンを捉えていたはずの銃が虚空を穿つ。
 次の瞬間、銃声と共に二人の手から銃が弾け飛ぶ。
「な――」
「遅い!」
 続いて、他の二人の手から銃が弾け飛び、残された一人の銃も次の瞬間には弾き飛ばされる。
オートエイム機械に頼ってんじゃねえよ」
 男たちの後ろに立ち、タイロンがふっと手にした銃の煙を吹き消す。
そしてくるりと振り返り、
「モードチェンジ、非殺傷スタンモードスタンバイ」
 そう、宣言する。
 直後、タイロンの銃のキャパシタに電流がチャージされ、次いで放たれたレーザーによって作られた導電性レーザー誘起プラズマチャンネルLIPCを電撃が駆け抜け二人を昏倒させる。
「こいつ、化け物か?!」
 三人の男が怯んだように声を上げる。
 その三人にタイロンが突撃、一人は腹部に重い一撃を受け昏倒、次の一人も成すすべなく殴り倒され、残り一人となる。
「モードチェンジ、火薬実弾ガンパウダーモードスタンバイ」
 実弾モードに切り替え、タイロンはその銃口を健在の一人に向ける。
「さぁて、おたくさんの話を聞かせてもらうか」
 銃を向けられた一人は周りで倒れる四人を見る。
 四人とも苦し気に呻くだけで起き上がれそうにない。
「や、殺るなら殺れよ!」
 苦し紛れに男が吼える。
 だが、タイロンはそれを「バカか」と一蹴した。
「バウンティハンターが人を殺せるわけないだろうが。命だけは助けてやるよ」
 バウンティハンターとて一般市民である。殺害が許されているわけではない。
 逃亡犯と戦った末殺害してしまおうものなら自分が殺人犯として手配されてしまう。これは機械があまり得意ではないタイロンが非殺傷モードのあるヴァリアブルハンドガンを使っている理由でもある。
 タイロンが殺さない、と分かった瞬間、男はナイフを抜いた。
 殺されさえしなければこちらに勝ち目がある、と思ったのか。
「だったら俺が殺してやるよ!」
 ナイフを振りかぶり、突進。
 そのナイフを難なく撃ち落とし、タイロンは男の腕を掴んだ。
 そのまま地面に投げの要領で叩き付ける。
「がはっ!」
 背中から地面に叩きつけられ、男が声を上げる。
 その男にタイロンは銃を突き付けた。
「大人しく話してくれたらよかったんだがなあ」
 余程痛めつけられたいらしい、と、一発。
 男の耳元すぐ横の地面に銃弾が突き刺さる。
「俺としてはおたくさんから話が聞ければそれでいいんで、死にさえしなきゃ、な」
「ま、待て!」
 怯えた男がガタガタと震えながら声を上げる。
「さあ、まずはどこを潰そうか。腕か? 脚か?」
 好きなところを言え、とタイロンが凄む。
「分かった! 話す、話すから!」
 男の命乞いに、タイロンは満足そうに頷いた。
 だが、その彼の様子を見て男がニヤリと笑う。
 なんだ、と、タイロンは一瞬訝しみ、
「誰だ!」
 そう、振り返りざまに発砲した。
 どさり、と何かが倒れる。
 しまった、とタイロンは視線の先で倒れた何か――人影を見る。
 民間人の、いや、ターゲット含めて人間の殺害は固く禁じられている。
 まずった、これは確実に許可証ライセンス剥奪か、と覚悟する。
 しかし、倒れた人影は死んでいなかった。
 モゾモゾと動き、体を起こす。
「な――」
 その人影には顔がなかった
 ぐちゃりとした、肉塊を捏ねて作ったようなその人影に禍々しさを覚える。
 また、最初衣服に見えたのは特殊な素材でできた甲殻のようだ。
連邦フィディラーツィア生物兵器ニェジットか?!」
 実物を見たのは初めてだが、探偵としてさまざまな情報を見聞きしてきたため、存在は知っている。
 合衆国ステイツが機械技術に長けているのと同じように連邦フィディラーツィアは遺伝子工学に長けている。
 その一環でニェジットという「簡単には死なない」生物兵器が生み出されているとは聞いていたが。
 唸り声を上げながら人影ニェジットがタイロンに迫り来る。
 タイロンが数発発砲するが、銃弾は右手に持つ盾と甲殻によって阻まれる。
「……ち!」
 ニェジットがぶん、と腕をタイロンの頭に向けて振り下ろす。
 分厚い手甲ガントレットを横に転がることで回避、タイロンが銃を構え直す。
 再び、タイロンの両手の銃が火を噴くがニェジットは今度はそれを正確に盾で受け止める。
 ――こいつ、知能があるのか?
 一見、映画などでよく見る知能のないゾンビに見える。
 だが、このニェジットは闇雲にタイロンを狙うのではなく、確実にタイロンだけを狙って行動している。彼の銃弾を防いだのも、たまたまではなく、明らかに攻撃を見ての防御姿勢に見える。
 ――こいつぁ、まずいな。
 普通に撃っただけでは盾や甲殻に阻まれる。甲殻をも撃ち抜くのであればヴァリアブルハンドガンの電磁実弾レールガンモードなら可能だが、それだと貫通した弾丸がその向こうの建物まで破壊し大きな被害が出てしまう。
 できるなら火薬実弾ガンパウダーモードでなんとかしたいところ。
 幸い、ニェジットの甲殻は胴体と腕、脚の主要なところを覆っているだけで頭と関節は無防備である。それを補うための盾だろうが――。
 ニェジットが再びタイロンに向けて腕を振り上げる。
 ――そこだ!
 タイロンがニェジットに向かって突進する。
 振り下ろされる腕を横に跳ぶのではなく正面に突っ込む形でスライディング、ニェジットの股の下を潜り抜ける。
 直後に振り返りながら体を起こし、二丁の銃を頭と腕に向ける。
 そのまま発砲。
 タイロンに後ろに回られたニェジットが振り返る前に腕と頭を撃ち抜かれる。
 腕と頭を失ったニェジットがその場に倒れ、今度こそ動かなくなる。
 直後、まるで溶けるようにニェジットが消えていく。合衆国ステイツ経済圏の宗主国であるアメリカの国内で連邦フィディラーツィアが介入した証拠は残せない、と言ったところか。だとすると、イーライが繋がっている連邦フィディラーツィアの存在が政府の方である可能性は高まったと考えられる。
 ニェジットが消滅したことを確認して、タイロンは振り返った。
「で?」
 再び男に銃を向ける。
「えっ、あっ、あの」
「ちょーっと事情が変わった。おたくさん、今のが何か知ってるようだし、じっくりと話を聞かせてもらおうか」
 そう言い、タイロンは煙草を取り出し、口に運んだ。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

 ざり、と足元で砂利が鳴る。
 時間は十二月二十四日の午前六時。
 自分を襲った男たちを返り討ちにし、たっぷり話を聞いてから近くの宿泊施設モーテルで仮眠をとったタイロンはイーライが人を集めるのに使っていたという廃ビルに踏み込んでいた。
 死なない程度にかなり痛めつけたが、男は場所は口にしても時間は決して喋らなかった。
 知っているはずだ、と思っての尋問だったがどうやら本当に知らなかったらしい。
 本当はすぐに調査したかったが思いのほか長旅の疲労が蓄積していたため、やむなく仮眠をとって今に至る。
 ここに来たのは、何かしらの痕跡がないかの確認。
 イーライの足取りはここでぱったりと途絶えている。
「……逃亡しちまったかねえ……」
 男たちに襲われた際に遭遇したニェジットのことを思い出す。
 ニェジットは連邦フィディラーツィア経済圏で生み出された生物兵器。そしてここ、アラスカは連邦フィディラーツィア合衆国ステイツが睨み合う最前線の地でもある。
 何らかのきっかけを作りたくて送り込んだニェジットがアラスカの内陸部まで移動してきたという可能性もある。
 もし、そうであれば、面倒なことにはなるが、とはいえ、連邦フィディラーツィア合衆国ステイツのにらみ合いに関しては特に何かしらの依頼が来ているわけでもなく、自分には関係のない話である。
 ただ、気になるのは、本当にあのニェジットがただふらりと彷徨いこんできたものだったのか、だ。
 合衆国ステイツ経済圏の宗主国領内に連邦フィディラーツィアの主力兵器が存在した。それ自体はあり得ないことではないかもしれない。もう一つの三大経済圏である連合ユニオンもその主力兵器である自動人形をスリープモードで敵経済圏領内に忍ばせており、非常時にはリモートで起動できる、などと言う噂があるほどだ。連邦フィディラーツィアが同様のことをしていない可能性はあり得なくはない。だが、そうだとして、それをあの程度の小競り合いで使うのは合衆国ステイツ側に自身の弱みを見せるようなもので、連邦フィディラーツィアにメリットがない。武力衝突を起こす手段としてはあまりに雑だ。例のニェジットが倒された直後に未知の手段で証拠隠滅されたことからも明らかだ。つまり、あのニェジットの目的は「何らかのきっかけ」ではない可能性が高い。
 そして何より、男はタイロンの後ろに立ったニェジットの姿を認めてニヤリとした。
 イーライは本当に連邦フィディラーツィアと通じているのか? という疑問が浮かぶ。
 確かにイーライは熱狂的な反GLFN信者である。この四社はいずれも合衆国ステイツに存在し、反GLFN信者でなくてもこの四社が世界を牛耳っていると囁き合うことがある。
 連邦フィディラーツィア経済圏としては、合衆国ステイツ経済圏に世界経済を牛耳られているのは都合が悪い。つまり、連邦フィディラーツィア経済圏にはGLFNが消えれば嬉しい動機ホワイダニットがある。
 と言うことは、存在が知られれば戦争もあり得るような存在であるニェジットを投入して支援してでも、成し遂げさせたい、かつ、極めて確実性の高い、GLFN弱体化のプランをイーライは持っているというのか?
 男はそのあたりに関してはあまり情報を持っていなかったがイーライが自慢気に見せてきた、と言っていたことを思い出し確信する。
 厄介なことになったな、とタイロンは呟いた。
「……何を企んでる、イーライ」
 建物内に紛れ込んだ砂利を踏みしめ、タイロンがビル内を探索する。
 その中、とある一室に違和感を覚える。
 つい数時間前まで使われていたような、そんな雰囲気を漂わせる部屋。
 まさか、ニアミスだったかと思い部屋に踏み込もうとして、
「……」
 眉をひそめて足を止める。
 オーグギアの赤外線センサーが細いワイヤーを捉えている。
 姑息にもブービートラップをしかけやがって、とタイロンはしゃがみこんだ。
 ワイヤーの端を確認すると手榴弾がセットしてあり、足を引っかける等で強いテンションがかかるとピンが抜け、爆発する仕組みになっているらしい。
 ブービートラップとしてはよくあるもの、それで焦るタイロンではない。
 常に持ち歩いている万能ツールキットからワイヤーカッターを取り出し、ワイヤーを切断、それから手榴弾も手際よく処理して無効化する。
 室内にブービートラップが残されていないことを確認し、タイロンは部屋に踏み込んだ。
 室内をぐるりと周り、痕跡を探るが何も見つからない。
 溜息を吐き、タイロンが部屋から出る。
 他の部屋もぐるりと回り、他に痕跡がないか探すが何も見つからない。
 見失ったロストしたか、と独り言ちる。
 そのタイミングで、タイロンの耳が足音を捉える。
 何やら話し声が聞こえることから、複数人だと判断、一旦物陰に身をひそめる。
「やっぱり無駄足だったか?」
 先ほどタイロンがブービートラップを解除した部屋から声が聞こえる。
 侵入者は何かを探しているようだ。
 おい、俺の後でよかったな、そこブービートラップ仕掛けられてたぞと思いつつ耳を傾けていると、もう一人が始めの声の主を呼び止めたのが聞こえる。
「ブービートラップが仕掛けられている……が、解除された形跡がある」
 どうやら、一人はブービートラップに気付いたらしい。
 なかなかやるな、と感心しつつ、会話と足音から侵入者は二人組だと判断する。
 二人組は室内に踏み込み、中を調べ始める。
 二人組がどのような人間か気になり、タイロンは部屋の前に移動した。
 一人が奥で何かを調べ、もう一人は中央付近でオーグギアの操作をしている。
 暫く眺めていると中央付近にいた一人が奥にいる一人に歩み寄り、壁の方を向いたまま何かを話し始めた。
「その様子だと、信号いじったのが初めての犯罪か?」
 片方が少々ニヤつきながらもう片方を茶化す。
 「初めての犯罪か?」という台詞が、タイロンに引っかかる。
 ――まさか、こいつら。
 茶化した方が悪びれた風もないため、日常茶飯事で何かしら法に触れるようなことをしているのか、と考える。
 犯罪者なら、とタイロンは二丁の銃を抜いた。
 タイロンは警察官ではないため、犯罪者を逮捕する義務なんてものはない。
 だが、それでも犯罪を犯罪と思っていないような人間を野放しにするわけにはいかない。
 たとえ軽微なものであったとしても、繰り返すうちに重大な犯罪を犯す。
 茶化された方が何やら反論しているが、まさか、犯罪を唆しているのではなかろうか。
 茶化している方に銃を向ける。
 その瞬間、茶化している方が動いた。
「伏せろ!」
 もう一人を突き飛ばし、二人で机の裏に転がり込む。
 同時に、タイロンも発砲していた。
 勿論、これは牽制の一撃。
 それにしても、この二人組、特に茶化していた方の反応は早い。
 机の向こうに身を隠してから、いくつもの死線を潜り抜けてきたような雰囲気を漂わせている。
 何者だ、とタイロンは思った。
 その辺のごろつきでもない、かといって指名手配されるような凶悪犯でもない。
 ごく普通の一般市民のようで、それでもって犯罪を犯罪と思っていないような、サイコパスささえ感じる。
 ……と、机の影から様子を窺っていた一人が机を飛び出し、転がって隣の机に移動する。
 咄嗟にタイロンも発砲するが、それは当たらない。
 机越しに睨み合いの状態となる。
 互いの姿は見えないが、それでも向こうもこちらに対して敵意を向けている。
 じり、とタイロンが机に向かって一歩にじり寄る。
 同時に、二人が机から身体を乗り出す。
 二人が銃を握っているのが見える。
 どれだ、と判別する前にタイロンは両の銃の引鉄に力を籠める。
 しかし、引鉄を引く前に右手の銃が弾け飛ぶ。
「な――」
 相手の銃はスマートガンだと思い込んでいたが、違うのか。
 その驚きが一瞬の隙を生み、左手の銃ももう一人の射撃によって弾き飛ばされる。
 スマートガンは連動しているオーグギア所持者の視界から照準を合わせる。
 そのため、相手を目視してからロックオンするまでに僅かなタイムラグが生じる。
 そのタイムラグがほとんど発生せず、タイロンよりも先に二人は発砲していた。
 もしかすると通常の視線誘導によるロックオンではなく、オーグギアの短波通信拡張での予測ロックオンかもしれない、と思ってからタイロンは違うな、と考える。
 一人はそうかもしれない。だが、先に撃った方――もう一人を茶化していた方は明らかにロックオンを確認する前に発砲していた。
 余程自分のオーグギアとスマートガンを信用していないとできない芸当。
 そこへもって、タイロンの銃を正確に弾き飛ばす精密射撃。
 一見、素人の二人がここまで正確に銃のみを撃つとは恐らく追尾性能あり。
 先行モデルの最新型かとタイロンは唸った。
 最新型が出るという情報は既に仕入れている。それがGLFN四社に先行販売として優先的に卸されていることも。
 この二人は、GLFNの関係者なのか、と一連の思考を元にタイロンは判断した。
 彼の視界の先で、茶化していた方が右手の銃でこちらを狙ったまま左手を走らせている。
 ――ハッキングか!
 オーグギアをはじめとするコンピュータにあまり強くないタイロンでも分かる。
 何をするかまでは分からないが、相手はオーグギアをハッキングし、妨害する気だ。
 させるか、とタイロンは動いた。
 反対側でもう一人が銃を向けたままこちらに向かってくるがそれよりもハッキングしている方が脅威である。
 腰に手を回し、このような事態になった時のためのもう二丁の銃を抜く。
 抜きざまに、それぞれ一発ずつ発砲。
 二人の手からスマートガンが弾け飛ぶ。
 即座にタイロンは声を上げた。
「モードチェンジ、非殺傷スタンモードスタンバイ」
 自分から見て右側、ハッキングを行っている男の方が危険だ。
 ハッキングが完了するより早く、無力化しなくてはいけない。
 それには火薬実弾ガンパウダーモードは不適切、下手をすれば殺してしまう。
 タイロンの銃のモードが切り替わり、キャパシタに電流がチャージされる。
 チャージが完了すると同時に、タイロンは両手の引鉄を引いた。
 二人に向けてレーザーが伸びる。
 直後、導電性LIPCを電撃が駆け抜け、二人に直撃する。
 筋肉が無理やり収縮する激痛に声を上げることもままならず、二人はその場に倒れ伏した。
 視界に異常がないことを考えると、どうやらハッキングが完了する前に無力化できたらしい。
「モードチェンジ、ガンパウダーモードスタンバイ」
 二人が倒れたことを確認し、タイロンは銃を再び実弾のモードに切り替える。
 容赦はしない。
 電撃によって暫くは身動きできないだろうが、何かおかしな真似をすれば即座に撃つ、その意思表示が実弾へのモードチェンジだった。
 それでも、ハッキングしようとしていた方は体を起こそうと硬直した腕に力を入れようとしている。
 ――なかなか骨のある奴だ。
 だが、それまでだ。
 たとえGLFNの関係者であったとしても、犯罪に手を染めているなら容赦はしない。
 そう思いながら、タイロンは口を開いた。
「……で、おたくらの話を聞かせてもらおうか。GLFNの飼い犬さん」
「なんで、それを」
 タイロンの言葉に、ハッキングしようとしていた方が声を上げる。
「簡単なことだよ。おたくらが使ってるそのスマートガンは最新だが先行モデル。ほとんどノータイム、視線誘導なしでのロックオンに自動追尾までされたら分かる奴には分かるんだよ。ちなみに、そいつは現時点でGLFNにしか卸されていない。それを持っているんだから当然、GLFNの人間と判断できる」
 ここまでの推測は探偵であるなら誰でもできる。
 だが、何故行動したかホワイダニットは今回予想がつかない。
 そう思い、問い詰めてみるものの相手は口を閉ざし、何も言おうとしない。
 そのため、もう一人に話を聞くことにする。
 ハッキングしようとしていた方よりは幾分若く見えるもう一人に、声をかける。
「坊やとしてはどうなんだ?」
「誰が、テロリストなんかに」
 苦し気に呻きながら、回答を拒否してくる。
 しかし。
「テロリスト? どういうことだ?」
 相手のその言葉に、タイロンは首を傾げた。
 もしかして、と考える。
 もしかして、この二人は俺をテロリストだと思い込んでいるのか、と。
「お前……テロリストじゃないのか……?」
 先に口を閉ざした、タイロンに対してハッキングを試みていた方が「嘘だろ」と言わんばかりに声を上げる。
 これは誤解を解いた方がよさそうだ、とタイロンはもう一人に向けた銃を一旦ホルスターに収め、空中に指を走らせ身分証明書を提示した。
「いや、俺はしがない賞金稼ぎバウンティハンターだ。探偵も兼ねてるがな」
 その瞬間、二人の顔が面白いように変化した。
 「どうしてバウンティハンターがこんなところに」と。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

「まさかとは思うが、イーライ・ティンバーレイクがテロを企んでるのか?」
 銃をホルスターに収め、二人を助け起こしながらタイロンが尋ねる。
 ああ、と匠海が漸くまともに動くようになった腕を回しながら頷いた。
「ひでえよ、なんで最初から言ってくれなかったんだよ」
 ピーターも文句を垂れながら床に胡坐をかく。
「こちとらフェアバンクスに来るなり襲われてんだよ、しかもおたくさん犯罪がどうのとか言ってるからてっきり犯罪者かと。それがGLFNの人間だもんなあ……」
 中折れ帽を被り直し、タイロンがぼやく。
「おたくさんら、何者?」
 タイロンがそう尋ねると、先にピーターが口を開く。
「オレはピーター。イルミンスールでカウンターハッカーやってる。で、こっちのおっさんがタクミ。ユグドラシルのカウンターハッカーやってる」
「おっ……」
 「おっさん」と言われ、匠海が言葉に詰まる。
 おい待て確かに俺は三十代だがおっさんと言われる筋合いはないぞ、と恨めしそうにピーターを睨み、それから溜息を吐く。
「カウンターハッカー……」
 タイロンが唸る。
 聞いたことがある。重要なデータを扱う企業は悪しきハッカーの手から情報を守るために対ハッカー特化のハッカーカウンターハッカーを雇用していると。
 この二人が、それもGLFNが抱えるネットワークインフラの要、世界樹のカウンターハッカーだというのか。
 それなら「初めての犯罪」にも納得がいく。
 カウンターハッカーは正規の雇用方法で入社する一般枠とハッキング犯罪の腕を買われて採用される犯罪者枠がある。
 先ほどの会話から考えて、ピーターが一般枠、匠海が犯罪者枠か、と納得するタイロン。犯罪者枠ならそれなりに修羅場も経験しているだろう、と考える。
 それにしてもイルミンスールとユグドラシル、別々の職場のカウンターハッカーが行動を共にするとは珍しい。
 GLFN四社は主に取り扱っているものが競合しないためそこまで激しい覇権争いを行っているわけではないが、手を取り合うほど慣れ合っているとも思えないためだ。
 ピーターがタイロンを見る。
「で、おっさんはなんでこんなところに。さっき言ってたイーライって奴を探してんのか?」
 タイロンに対しても「おっさん」発言をするピーター。
 おいおい、とタイロンが口を開く。
「坊主、俺はまだ三十二だ。おっさんと呼ばれるにはまだ早い」
「さっ……」
 タイロンの年齢を聞いた匠海が声を上げる。
「どうした? ええと……タクミだったか」
 大方、こいつも俺が老けてると言いたいんだろう、と思いながらもとりあえず尋ねる。
「あ、いや、ええと……まさか俺と同い年とは思わねえよ」
「……は?」
 火を点けようとしていた煙草がタイロンの口からポロリと落ちる。
「おたくさん、同い年?」
「……ああ」
 匠海が頷く。
 もっと若いと思ってたわーと思いつつタイロンは床に落ちた煙草を拾い上げた。
 軽く払って咥え直し、ポケットからライターを取り出す。
「それにしても、凄いな。お前のその銃、スマートガンじゃないだろ。あんな早撃ち、初めて見た」
 そんなタイロンを見ながら、匠海がぽろりとこぼす。
 匠海の称賛に「それはどうも」と答え、タイロンは改めて煙草に火を点けた。
「おっさん、今時電子じゃない煙草かよ」
 ピーターがそう言うが気にするタイロンではない。
「……で、イーライがテロを企んでいるからそれを阻止する、と」
 大体分かった。この二人は何らかの手段でイーライのテロ計画を入手し、通報することなく自分たちで阻止しようとしている。
「普通なら通報するだろうに……とは思ったが、おたくさんらハッカーだったな。ハッキングして知ったから通報できないってとこか」
「まぁ、厳密に言うと違うが大体そんな感じだ」
 匠海が頷き、それから少し考える。
 タイロンはイーライを追っている。そして、そのイーライはリストの一番上に名前が書かれていたことを考えると、恐らくはテロの首謀者。
 狙いは違えど、最終的な目標は同じではないだろうか。
「……なぁ、タイロン」
 匠海が口を開く。
「なんだ?」
「手を組まないか?」
 匠海の発言に、ピーターが思わず彼を見る。
「アーサー? どういうことだよ!」
 それはタイロンも同じだった。
 手を組むメリットがどこにあるのか、と、考え、
「なるほど、おたくさんはイーライの情報を教えるから俺にテロの阻止を手伝ってほしい、と」
 ああ、と匠海が頷く。
「弾頭輸送の段階で止められていたらよかったんだが。それができなかった今、テロの阻止にはどうしても戦力が必要となる。お前のその早撃ちと判断、無視するには惜しすぎる」
「なるほど……確かに俺はイーライの足取りを今見失っている状態だ。手を組まなければ奴を取り逃がすしテロも起こる、ということか……」
 そうなると、答えは一つしかない。
 だが、ここでこの二人を信用していいかどうか気になるところでもある。
 一人は一般枠でももう一人は犯罪者枠元犯罪者、その真意が知りたい。
 ふう、と一つ息を吐きタイロンは匠海に質問を投げた。
「おたくさん、何を考えている? おたくさんに余程のメリットがなければこんな話を持ち掛けないはずだ」
「単にテロを阻止したいだけじゃ足りないのかよ」
 そうだ、とタイロンが頷く。
 テロが起きたところで巨大複合企業メガコープの人間に影響があるとは到底思えない。
 被害を受けるのは大抵何の力もない一般市民で、そんな下々の人間など関係ない、と思っていたが。それとも、本当にメガコープが大ダメージを受けるほどの計画をイーライは持っていると言うのか。
 それを告げると、匠海とピーターは顔を見合わせた。
「GLFNで働いてるっても、割と底辺だぞ? 特に俺は元犯罪者だから違う部署の奴らからは結構見下されている」
「いや、それ、アーサーが日系人だから」
 ピーターが横槍を刺すが、二人の発言にタイロンは納得する。
 この時代でも白人が他の人種を差別する、といった状態は根強く残っている。
 元犯罪者で日系人の匠海がGLFNのエリート層から疎まれるのは当然の結果、だろう。
 だが、それが理由とは思えない。
 もう少し、決め手になる情報が欲しい。
 暫く、沈黙がその場を満たす。
 匠海が一つ溜息を吐いた。
「……手を組んでくれると言われたら開示するつもりだったが、今回のテロの目標ターゲットは四本の世界樹だ」
 そう言ってから、匠海は自分の手を見て、ぽつりとこぼす。
「あと、個人的な感情だが、世界樹、特にユグドラシルのクラウドサービスにとても重要なデータを保管している。それだけは、消したくない」
「何だよそのデータって」
 初めて聞いたぞそんなこと、とピーターが尋ねる。
 だが、匠海は首を振って回答を拒否する。
「……今は、言えない」
 開示できるのはここまでだ、と匠海は呟いた。
 ここまできて秘密はないだろう、と思ったピーターとタイロンであったが、匠海の苦しそうな、まるで涙をこらえているかのような面持ちに口を閉ざす。
 余程、失いたくないデータらしいと思いつつ、ピーターが「オレは」と口を開く。
「オレは単純に職場が無くなるのが嫌なだけだ。そりゃネットワークインフラの喪失は痛いが大事な収入源が絶たれるのはちょっとな」
 そうか、とタイロンは呟いた。
 二人の考えは分かった。匠海の発言が少々気になるがピーターは他意がなさそうに見える。
 分かった、とタイロンは頷いた。
「分かった、手を貸そう。で、おたくさんらイーライの居場所は分かってんのか」
「それは今から探す」
 匠海の言葉に、ピーターとタイロンが顔を見合わせた。
「おたくさん、居場所も分からずして俺に協力を頼んだのか?」
「アーサー、探すって、手がかりもないのにどうやって」
 匠海が二人を見る。
 その眼は、先ほどの哀し気な物とは打って変わり勝利を確信したものに変わっていた。
 ピーターの背に、ぞくりと冷たいものが走る。
 この眼だ、とピーターは思った。
 あの、匠海アーサーに剣を突きつけられた時感じた感覚はこれだったのかと。
 勝利に対して貪欲な、相手の喉笛に食らいつかんとするその眼に「これが世界樹を攻めた奴の覚悟か」と考える。
 それとは対照的に、タイロンはほう、と感心したような声を上げた。
「おたくさん、なかなかいい眼をするじゃねえか」
 それはどうも、と答え、匠海は口を開いた。
「テロの首謀者がイーライだと特定できた今、奴の居場所を特定できるのは俺たちしかいない」
「俺『たち』?」
 え、オレも含めんの? とピーターが首をかしげる。
 ああ、と匠海が頷く。
「奴のオーグギアの位置情報所在地を特定する。地域深層ローカルディープに情報を上げている以上、オーグギア未所持とは思えない」
「だがそれは他の奴に上げてもらっているとかID偽造とか」
 タイロンが反論するが、匠海は「甘いな」と一蹴する。
魔術師マジシャンなめんな。お前のオーグギア特定したのは俺だろう」
 あれはお前がどこの誰だか分からないから時間がかかったが、本名さえ分かれば特定のしようはある、と匠海が続ける。
「タイロン、イーライの顔写真持ってるか? キャリブレーションデータで確認する。ルキウス、検索するの面倒だから例のページのアドレス寄越せ。あと俺のコンディションを考えるとデータセンターに侵入するだけで精一杯になるからその後の位置情報特定はお前に任せる」
「キャリブレーションデータ使うのか?! 自殺行為だろそれ!」
 ことの危険さを理解しているピーターが声を上げる。
 だが、匠海は「これしか方法がない」とだけ答え、アドレス転送を促す。
「あ、ああ」
 匠海の指示に従い、ピーターがローカルディープで見たあの募集要項のページアドレスを転送する。
 タイロンも「どういうことなんだ?」をいう顔をしながら手配書のコピーを匠海に転送する。
「俺はちょっとローカルディープに潜ってから奴のオーグギアの特定に入る。ルキウス、お前はタイロンと作戦でも練っててくれ」
「おい、さっきから『ローカルディープ』とかなんなんだ。それにおたくさんらなんで偽名で呼び合ってる?」
 話についていけないタイロン。
 匠海とピーターが顔を見合わせる。
「お前、探偵なのにネットには弱いのかよ」
 普通、情報収集はネットが基本だろ? と呆れる匠海にいいや、とタイロンが否定する。
「ネットなんてガセネタの宝庫だからな、地道に足で稼いだ方が味方も増えるし確実だ」
現地主義アナログがここに」
 タイロンの主張にピーターが呆れているが、気にせず匠海は解説した。
「ってことは『第二層』も分かるわけないよな。ネットにはハッカーご用達の裏情報のたまり場がある。それが『ディープウェブ第二層』だ。ローカルディープは『ご当地第二層』とでも思っててくれ。あと、俺とルキウス……ピーターはスクリーンネームネット上での呼び名で呼び合ってるからな」
「なるほど」
 ネットの世界はよく分からん、と呟きながらタイロンは匠海から視線を外し、ピーターを見た。
「で、坊主、どうすればいい?」
「どうするって」
 ピーターが首を傾げる。
「そりゃ、作戦を考えるに決まってるだろうが」
 そう言いながらタイロンが匠海を見ると、彼はすでにローカルディープに侵入しており、真剣な目でデータを閲覧している。
 それを見たピーターははぁ、と溜息を吐き、両手をパン、と合わせた。
「いいぜ、どうする?」
 細かいことはアーサーが色々掴んでからだろうが、と前置きしつつ、二人は話を始めた。

 

 ――まずは、イーライを特定する。
 ローカルディープに侵入ダイブした匠海がピーターから受け取ったアドレスにアクセスする。
 募集要項に目を通し、それからページの作成主の情報を洗い出す。
 ページが置かれているサーバの所有者は信用しない。
 有志が置いたサーバに裏口バックドアを使って侵入、設置されるのが当たり前なローカルディープであるし、相手に魔術師マジシャンがいるのならそれくらいは朝飯前だろう。
 それを考えると魔術師のオーグギア特定でも良さそうだが、とりあえずイーライのオーグギアの痕跡を洗い出す。
 木の根というよりも網の目となっているローカルディープの初心者向け防壁トラップを掻い潜り、ページの更新ログを抽出する。
 ――見えた!
 このページへと続く、アクセスポイントへのパス。
 アクセスポイントのログから、このページへと繋がっているオーグギアを特定する。
 案外、イーライはネットワークに強くないかもしれない。
 『第二層』やローカルディープは半端な知識ではトラップに引っかかり、まともに歩くことはできない。それなりにハッキングの知識があって初めて歩き回ることができるネットワーク層ではあるが、特定のページにアクセスするだけなら特定のルートさえ確保してしまえば誰でも歩ける。
 イーライもその一人のようで、味方に引き込んでいる魔術師を技術顧問としてルートを確保してから自分でアクセスしている形跡がある。
 別のメンバーに依頼していることも考慮してのオーグギアの所有者情報の洗い出しを開始する。
 一旦ローカルディープから離脱、通常ネットワーク層に戻る。
 オーグギアは購入の際に使用者とのキャリブレーションが必要であり、この情報は全てサーバに保管されている。そして、このサーバの防壁は非常に硬い世界樹を上回る。よほどの腕がなければ改ざんどころか進入すらできないだろう。
 流石の匠海もこのサーバへの侵入経験はない。そもそも、ユグドラシル世界樹を攻めたのも和美の死の真相を突き止めるための手がかりを得るためであってただの楽しみで攻撃したわけではない。
 対象のオーグギアに侵入するだけなら別にキャリブレーションデータを洗う必要はない。衝突回避用の短波通信から相手を特定し、アクセスポイントを絞るだけでいい。
 だが、今回はこのオーグギアの持ち主がイーライであるという裏付けが欲しかった。そうなると改ざんできないキャリブレーションデータを暴く必要がある。
 サーバの表層に取り付く。その時点で無数の監視用botが徘徊しているのが分かる。
 迷彩外装スケルトンシェルを展開、アーサーの姿が周囲に溶け込み、掻き消える。
 大半のbotはこれで回避できる。だが、一部のbotは特定の地点のみを監視し、姿は見えずとも変動はするその地点のデータ変動で侵入者を察知する地雷型マインセルとなっている。
 全てのbotをマインセルにしてしまえば侵入者が入り込む余地はないように見えるが、実際のところマインセルはリソースの消費が高い、探査範囲が狭いゆえに密集しての配置となる、つまり余計にリソースを圧迫するというデメリットがある。
 また、データ変動の探知にはノイズも多く必ずしも侵入者が引っかかるとも限らない。
 PINGに似ているがbot抽出に特化したbot探知波形魚群探知機を展開、レーダー視界に展開されたbotが光点で視覚化される。
(流石に、これを抜けるのは骨が折れるな)
 さらに別の波形を展開、botの中からさらにマインセルを洗い出し別の光点で表示させる。
 スケルトンシェルの性能を信じれば通常のbotは気にしなくていい。気にするのはマインセルのみ。それも、予想よりは少ない配置で突破口は見えそうである。
 bot探知のついでに取得したマップを表示、深層のデータ格納領域ライブラリまでのルートを算出する。
 やるか、と匠海は意を決し、サーバ内部に侵入した。
 botの探知を掻い潜り、深層に向かう。
 途中に展開されているトラップもエクスカリバーの一撃で黙らせ、さらに奥へ。
 botをエクスカリバーで黙らせないのはbotの状態変更を察知するプログラムが走っているためで、一つ二つなら問題ないが片端から黙らせると逆に侵入が察知されるため。あとはハイエンドPCで演算を分散させているとはいえブースターなしの現状、リソースが限られていることもあった。
 それでも必要最小限のリソース消費で深層に到達する。
 入り口は一つ、それも強固な防壁で守られ、愛用している情報糸状虫データフィラリアを潜り込ませる隙がない。
 裏口バックドアは、と匠海は周りを見た。
 あまりにも強固な防壁であったとしても緊急時にデータにアクセスするために非常用のバックドアくらい残しているはずだ。
 特にあの暗闇の悪夢ブラックアウト・ナイトメアが発生した際に電力供給が途絶え、予備電源と予備ネットワークで重要データのバックアップを取得しようとしたが防壁が強固過ぎてアクセスできず損壊したデータも多かったと聞く。
 そのため、重要な施設ほど非常時用のバックドアを作成、秘匿して緊急時に使用できるようにしている。
 今回はそのバックドアを使わせてもらう、匠海はそう考えていた。
 もし、正面がもう少し脆弱で隙間があれば情報糸状虫で攻略、手間ももっと少なかっただろう。
 だが、想定通りの防壁で逆に安心する。
 やりますか、と匠海は両手を組み、指を鳴らした。
「アーサー?」
 匠海の様子に、ピーターが声をかける。
「とりあえず深層には取り付いた。今から防壁を破る」
「早ぇよ!」
 想像よりも遥かに早く匠海のハッキングが進んでいることにピーターが声を上げる。
 「本当はこいつ一人でなんとかなるんじゃ……」などと思いつつ、ピーターはピーターでタイロンとの作戦会議を続ける。
 それをちら、と横目で見てから匠海もライブラリへの侵入を再開した。
 流石に外部の人間が見てすぐに分かるようなバックドアの設置はしない。
 巧妙に隠されたそれをデータの矛盾から探し出す。
 わずかな引っかかりだけを頼りに、バックドアの開放コードを導き出す。
 一瞬、リソースの残量が気になったがかなり余裕を残した状態で匠海アーサーの目の前に扉が表示される。
 扉に接触、秘匿されているが故に正面よりははるかに脆弱なセキュリティを欺瞞してライブラリに侵入する。
「入った」
 匠海の言葉に、ピーターが目を丸くする。
「マジかよ!」
 先ほどのやり取りからここまでわずか数分。
 それでも、時間に余裕があるというわけではない。
 ちら、と時計を見る。
 システムの巡回時間WDTは五分。
 侵入する直前にチェックが入っているため焦ることはないが早急に検索しないとライブラリからの離脱、痕跡隠しに手間取った場合侵入が察知される。
 膨大なオーグギアユーザーのキャリブレーションデータからイーライを探し出す。
 表示されたイーライの情報を確認、タイロンから受け取った顔写真と照らし合わせる。
 一見、差異がないようだが念のため顔認証をかける。
 その結果が「一致」で、匠海は漸くイーライのオーグギア特定が完了したと判断する。
「特定できた。今から離脱する」
 そう、二人に報告。
 ピーターがオーケー、と頷き、匠海の離脱を待つ。
 痕跡が残らないように離脱するには侵入する時よりかなりの気を使う。
 それでも集中力を切らさず、匠海はサーバを離脱、ピーターとイーライのオーグギア情報を共有する。
 データを受け取ったピーターが「今度はオレの番だ」と宣言、匠海から作業を引き継ぐ。
「ルキウス、任せた」
 リソース管理は行なっていたもののそれなりに負荷がかかったオーグギアを一旦冷却するためにエコモードに切り替え、ふう、と息を吐く。と、同時に処理が重くなる原因の一つである妖精が一旦非表示となり、視界から消える。
 ピーターに位置情報取得を託したのは非常に厳重な防壁を持つデータセンターのハッキングで相当な集中力とリソースを消費するから。
 流石に世界樹クラス、いや、それ以上のセキュリティを攻略するには歳か、などと思いつつも匠海は一息吐いた。
「おたくさん、やるねえ」
 タイロンがそう言いながら煙草を勧めてくる。
 一瞬、それを受け取ろうかと考えた匠海だったが見えない妖精の視線を感じ、ダメだダメだと心の中で首を振った。処理が停止し、表示もされず、ほとんどの機能を停止している妖精だが、起動時に速やかに機能停止後からの状況が分かるよう、視界記録だけは続けるようにしている。感じた視線はきっと気のせいではない。
「いや、俺は吸わないから」
 そう言って断り、匠海がピーターのハッキングを見守る。
 不安はない。
 ピーターがイルミンスールのカウンターハッカーを務めているからではない。
 ブースターを使用していなかった匠海のリソースを彼以上に把握し、冷静に対処したピータールキウスの腕を認めているからである。
 とりあえず完了するまでは休憩だ、と匠海は目を閉じた。

 

 ――アーサーにばかりいいところは持って行かせねぇ。
 空中に指を走らせ、ピーターが世界のアクセスポイント一覧を展開する。
 その中からアラスカに配置されているものだけを絞り込み、表示。
 どの情報にアクセスするにしてもオーグギアは最も近いアクセスポイントにデータを送り、そこから世界中のデータにアクセスする。
 そのため、どこにいるか分からないハッカーに対してはまずアクセスポイントの特定から始まる。
 だが、現時点でイーライがアラスカにいるのは確定しているため探し出すのはアラスカのみでいいだろう。
 複雑な手順を踏めばアクセスポイントを欺瞞することも可能ではあるが、アクセスポイントさえ特定してしまえばあとはそこからの洗い出しとなる。
 アクセスポイントへのアクセス数もかなりの数にはなるが、それでも欺瞞されたオーグギアはすぐに分かる。
 匠海から受け取ったイーライのデータを使い、アクセスポイントを特定する。
 流れるデータの一点が違う色で光っている。
 手を伸ばし、ピーターはそのデータを掴んだ。
 ――まずは、アクセスポイント。
 アクセスポイントの特定は比較的簡単にできる。特に今回はアラスカで絞っていたため候補となるアクセスポイントの数自体が少ない。
 アクセスポイントのデータベースを展開、アクセスしている全てのオーグギアを呼び出す。
 ピーターを中心として、アクセス中のオーグギアの所有者と基本番号、及び緯度経度現在地の一覧が展開される。
 一つ息を吐き、ピーターがぐるりと周りを見回した。
 ――どこだ。
 匠海から受け取った基本番号を自前の検索ツールで視覚化して宙に放り投げる。
 視覚化されたデータは猛禽類ハクトウワシの姿を取り、獲物を探すようにピーターの周りを飛翔する。
 やがて、ハクトウワシは獲物イーライを見つけ、飛翔コースを変更した。
 ピーターの視界がハクトウワシのものとリンクする。
 ハクトウワシは一度高度を上げ、目的のデータに向けて急降下する。
 鋭い鉤爪がデータを捕らえる。
 ――捕らえた!
 ハクトウワシが急旋回してピーターの元に戻り、データの形に戻る。
 ピーターの手元で、受け取った位置情報が地図上に光点で表示される。
 地図を拡大してより具体的な位置を特定、さらにもうひと手間かけてアラスカ上空を飛ぶ軍事衛星のカメラにアクセスして現地を確認する。
「アーサー、捕まえた! ノースポール南西、凍結したタナナ川を超えた先だ!」
 ピーターが叫びつつ、タイロンと匠海に位置情報を転送する。
 匠海が目を開け、ピーターを見る。
「よくやった、ルキウス」
 受け取った位置情報を地図に表示させ、匠海がピーターを褒める。
 それに少し頬が緩むがすぐに気を引き締め、ピーターは衛星写真も共有する。
「イーライは仲間に準備を押し付けて逃げたわけでもなさそうだ、移動型の発射台TELARが四台、すぐそばにある。弾頭は……もう接続済みか」
 衛星写真をズーム、発射台を拡大表示させる。
「確か発射はアラスカ標準時AKST十六時だったよな?」
 そう言いながら匠海が時計を見る。
 現在時刻は九時に差し掛かるところ、発射まであと七時間しかない。
「イーライの居場所はここから直線距離で約六十マイル(九十六キロメートル)、道がないから車でも普通のスピードでは行けないぞ」
 まぁ、それでも行くしかないけど、とピーターが続ける。
「時間がない、今すぐ行こう」
 そう言って匠海が立ち上がる。
「そうだな。お二人さん、俺の車に乗れ。道なき道オフロードは慣れてる」
 タイロンも立ち上がり、服についた埃を払う。
「さぁて、行きますかね……」
 タイロンの言葉に、三人は顔を見合わせ、頷いた。
 誰からということもなくそれぞれ右の拳を突き出す。
 中央で三つの拳がコツンと合わさり、それぞれの思いで気合を入れる。
「止めよう、何があっても」
 匠海の言葉に、ピーターとタイロンがああ、と力強く頷いた。

 

to be continued……

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