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光舞う地の聖夜に駆けて 第5章

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前回のあらすじ(クリックタップで展開)

 匠海、ピーター、タイロンの三人はそれぞれきっかけは別だったものの同じテロ阻止のため、手を組むことにする。
 匠海とピーターのタッグでテロの首謀者、イーライを特定した三人は弾道ミサイル発射の現場に向かって移動を開始する。
 その途中で電波のローカルネットワーク構築による無人運転のトラックの群れに襲われたもののタイロンがそれを撃退。
 弾道ミサイルの発射現場に到着した三人はテロリストを無力化、イーライが連邦フィディラーツィアから供与を受けていた生産型の大型ニェジットに苦戦したもののこれを撃破、イーライも無力化する。
 しかし、弾道ミサイルはイーライによって発射シークエンスを終了され、カウントダウンが始まってしまう。
 それをハッキングで止めるべく動いた匠海とピーターだったが、目の前に巨大な防壁を築かれ、行く手を阻まれる。

 

 匠海とピーターが目の前の城壁防壁を見る。
 城壁はあまりにも巨大で、向こう側を見ることができない。
 表面を蠢く「何か」も繊毛のような触手を伸ばし、近づくものがあれば捕らえて侵食しようと身構えている。
「ははっ、チェルノボグ、よくやった!」
 匠海とピーターが動けないことでイーライも見えないながらに察したのだろう、勝ち誇ったように嗤う。
「今すぐカウントダウンを止めろ!」
 銃口をイーライの頭に向け、タイロンが怒鳴る。
「撃てるものなら撃てよ! 撃ったところでカウントダウンは止まらないし君が犯罪者になるだけだ!」
 どうせもう保釈どころか娑婆に出ることすら叶わない、それなら今死んでも同じだ、とイーライが続ける。
 ただ逃亡しただけならそのうち出られる懲役刑だけで済んだだろう。だが、ここまで話を大きくしてしまったのであれば終身刑、あるいは寿命を大幅に超えた刑期になるだけ。
 もう失うものは何もない、とイーライは己の運命を受け入れていた。
 命以外に失うものはないから、その命と引き換えに弾道ミサイルを発射するのだと。
 くそ、とタイロンが歯噛みする。
 自分にはもう何もできない、そう痛感する。
 イーライが止めないのであれば、カウントダウンを止められるのは魔術師マジシャンである匠海とピーターだけ。
 だがその二人もどうやら途轍もない難関に行き当たっているらしい。
 カウントダウンだけが刻一刻と時を刻んでいく。
 残り時間は二十分を切ったところ、元々のタイマーは三十分だった、というところか。
 頼む、とタイロンは呟いた。
 本来なら自分の目的は果たされた。弾道ミサイルが発射されようがされまいが関係ない。
 それでも。
 二人が世界樹を、世界を守るというのならその手助けをしたい。
 いざという時はレールガンでTELARを撃ち抜く覚悟も決め、タイロンは二人の成功を祈った。

 

「どうする、アーサー」
 城壁を前に、ピーターが尋ねる。
 そう言いながらもピーターはフロレントを抜き、城壁に叩き込む。
 斬撃波が城壁に叩き込まれ、その一部を凍結させる――が、凍結していない部分が即座に侵食し、凍結部分を消し去ってしまう。
「こっちの侵食を上回る侵食力かよ……」
 そうだな、と匠海が呟き、データを収集するだけの機能を持ったbotを展開、城壁に飛ばす。
 botが城壁に取り付く……と、表面で蠢く「何か」が即座にbotを絡めとり、城壁内に引きずり込む。
「……ふむ」
 botが引きずり込まれる様子を眺めていた匠海が小さく唸る。
「……大体分かった」
「解析できたのか?」
 あれ一つで? と尋ねるピーターに、匠海がああ、と頷く。
「思ってた通り、侵食・吸収型だ。奪取機能はない」
「つまり、こっちにデメリットはないと?」
 まぁ、概ねそうだなと頷き、匠海はさらに考えるそぶりを見せる。
 飛ばしたbotから送られてきたデータはほとんどない。送り切る前にbotごと侵食されている。
 だが、「データがほとんど送られない」ということが匠海にとって有用な情報となった。
 例えば「ほとんど」送られてこなかったことを考慮すると大体の侵食能力が推測できる。
 「ほとんど」送られてこなかっただけで、一部のデータは受信完了しており、匠海はそこからエクスカリバーでの改変内容を頭の中で構築した。
 攻略は可能なはず。
 目を閉じ、何度も頭の中でコードをシミュレートする。
 相手の侵食能力は把握した。構築パターンも頭に入っている。
 あとは相手が侵食しきる前にコード改変できれば。
 しかし。
 ――間に合わない。
 城壁に展開される「何か」の侵食能力は即座ではないもののかなり早い。
 対して、あらかじめ作成したプリセットをエクスカリバーで送り込んでの改変にかかる時間は推定で一秒。
 切り込んだ瞬間にコードを打ち込むのは、いくら匠海のタイピングコード入力が早くても到底間に合わない。
 そのため、プリセットを作成し、エクスカリバーで送り込む方法を考えたがコードが侵食して相手の侵食能力を無効化するにはまだ時間が足りない。
 実際にはコードの書き換えと侵食が互いを相殺するはずだが、それでも侵食スピードが速すぎる。
 せめて、時間を稼ぐ方法があれば。
 ――いや、待てよ。
 今この場で使えるツールに一つだけ、時間を稼げるものがある。
 相手のツールを瞬時に凍結させ、不活性化させるツール。
「ルキウス」
 匠海がピーターに声をかける。
「どうした?」
 ピーターも匠海が何か思いついたことに気が付いたが、それが何かは分からない。
 だが、自分に声をかけるということは何か手伝ってほしいことがあるに違いない、と確信する。
「どうせ何か思いついたんだろ? 聞かせろよ」
 ピーターの言葉に匠海がああ、と頷く。
「お前の独自ツールユニークを使う」
「……はぁ?」
 思わず声を上げたピーターだったが、すぐに気づく。
 ――なるほど、凍結させて何か小細工する気か。
「すまん、俺の凍て付く皇帝の剣フロレントを使ってことか……だが、お前も見ただろ、凍結もすぐに侵食されるぞ」
「あれ、フロレントっていうのか」
 ピーターの独自ツールの名前を初めて聞き、匠海がなるほど、と頷く。
「ルキウスにフロレントか……確かに、合っているな」
「そういうお前はどうなんだ。まさかエクスカリバーか?」
 アーサーと言えばエクスカリバーだもんなあ、とピーターが呟くと、匠海がああ、と頷いた。
「しかし、エクスカリバーの能力何なんだよ。フロレントのコード凍結で凍ったアバターを斬っておいて、自壊しないとかどういう仕組みなんだ」
「言ってもお前には分からないと思うが……まぁ斬ったものを改変する能力だ」
「ナニソレ」
 そもそもピーターは匠海が魔法使いウィザードであることは知らないし、魔法使いの存在は魔術師間で認識されていても誰が、というところまでは基本的に明らかになっていない。
 旧世代コンピュータを扱ってハッキングを行う魔法使いはオーグギアを使ってハッキングする魔術師の上位に位置すると言われている。
 既存のツールを合成してのハッキングに対し、ツールそのものを自在に操るが故の魔法使いの優位性、というものである。
 そして匠海はオーグギア上で旧世代コンピュータをエミュレートし、一見魔術師としてハッキングを行っているようで魔法使い技能の使用オールドハックを行っている。
 とはいえ、魔術師は魔法使いの技術を異端としてみなしているため匠海がそのことを自分から開示することはない。
 そのため、「ユグドラシル最強の魔術師」とは呼ばれていてもその強さの秘密を知っている人間は、ほぼいない。
 そんなこともあり、匠海は出会ってまだ一日も経っていないピーターに魔法使い技能のことを開示することはできなかった。
 それもあり、ピーターはエクスカリバーの改変能力についてはあまり理解できていなかった。
 それでも、どうやらエクスカリバーの能力の発動には時間が必要で、その時間稼ぎのためにフロレントの凍結能力が必要なのだ、と理解する。
「オーケー、オレがあの壁にフロレントの斬撃波を当てて凍結、その間にエクスカリバーであの厄介な奴を改変……無力化できるってことか?」
 ああ、と匠海が頷く。
「だが、ただ闇雲に撃ってなんとかなる感じじゃない。あの城壁の侵食スピードが早すぎる」
 確かに、とピーターが頷く。
「それでも、フロレントの凍結でエクスカリバーが改変する時間は稼げる」
「……つまり、」
「同時にフロレントとエクスカリバーを起動する。あの壁がフロレントの斬撃波を侵食する前にエクスカリバーで改変、穴を開ける」
 ちなみに、フロレントで凍結させた部分の侵食が終わるのに一秒、その間に、凍結部分をエクスカリバーでぶち抜く、と続け、匠海は「いけるか?」とピーターに確認した。
「分かった。それでいこう」
 ピーターが頷き、フロレントを構え直す。
 それを見て、匠海がふと、何かを考える。
 ふむ、と、一人で何か納得し、ピーターを見る。
「ルキウス、一分待ってくれないか?」
「へ?」
 時間分かってんのか? とピーターが指摘するもののどうやら匠海は何かをする気満々らしく、これは言っても聞かない奴だな、と納得させられてしまう。
「分かったよ、本当に一分だけだからな?」
 助かる、と匠海は頷き、それからコンソールウェポンパレットを展開、何やら操作を始める。
「何やってるんだ?」
 どうしても気になり、ピーターが匠海に尋ねる。
「ああ、エクスカリバーをカスタムしようと思ってな」
「それ、今する必要あんのか?」
 まあな、と匠海が頷く。
「念のための保険だ」
 匠海の言葉に、何か思うところがあったのかと自分を納得させるピーター。
 そのまま匠海の手の動きを観察する。
 オーグギアの操作にしては指が細かく動いている気がするが余程細かい操作をしているのだろう、それにしても早いなと感心する。
 きっかり一分、匠海が「待たせた」とコンソールを閉じ、エクスカリバーを抜いた。
「テストしなくて大丈夫かよ」
「シミュレーションは終わっている」
 逆に、シミュレーションだけで本番行くのかよと驚いたピーターであったが、匠海の常人離れした技量を考えると当たり前のことなのかもしれない、とふと思う。
 それなら、とピータールキウスはフロレントを構えた。
 その隣に立ち、匠海アーサーもエクスカリバーを構える。
 ピーターのフロレントが冷気を纏う。
「ルキウス、俺が走り出したらフロレントを撃て。それに合わせる」
「了解。しくじるなよ、アーサー」
 チャンスは一回。チェルノボグが完全にログアウトしたとも考えられず、失敗した場合はこちらの独自ツールの性能が相手に割れて対策される可能性が出てくる。
 対策されればそれを上回る策が必要となるため、それが繰り返されるほどこちらの手が無くなり相手は時間を稼ぐことができる。
 そうならないためにも、一回で城壁を攻略する。
 行くぞ、と匠海が身構え、そして地面を蹴る。
 城壁に向かって突進する匠海とその場にとどまったピーター、二人が同時にそれぞれの剣を振りかぶる。
凍て付くフロ――」「勝利呼び覚ますエクス――」
 二人の声が重なる。
 剣を振り下ろしながら、二人は言葉を続けた。
皇帝の剣レント!!」「精霊の剣カリバー!!」
 振り下ろされたピーターのフロレントから斬撃波が飛び、匠海の横を掠め、追い越していく。
 匠海を追い越した斬撃波は城壁に直撃、その一部を凍結させる。
 そこへ、匠海のエクスカリバーが叩き込まれた。
 プリセット展開、エクスカリバーの刀身を伝い、凍結した城壁のコードを書き換えていく。
 凍結部分を城壁が侵食しようとする隙を縫い、エクスカリバーが城壁を改変、そのまま向こう側へと貫通する。
 匠海が手首を返し、エクスカリバーを横薙ぎに振るう。
 城壁の、データ改変が行われた部分が今度はエクスカリバーの破壊機能で打ち砕かれる。
 無数のデータ片を撒き散らし、城壁にぽっかりと大穴が開く。
 その向こうには――死神チェルノボグ
「チェルノボグ!」
 一言叫び、匠海はチェルノボグに向かって駆け出した。
 城壁に開いた穴を抜け、チェルノボグと対峙する。
「アーサー!」
 ピーターも匠海を追いかけるが、ピーターの目前で穴が完全に埋まっていく。
「クソッ、アーサー! しくじるなよ!」
 穴が完全に塞がる直前、ピーターは匠海の背に、そう叫んだ。

 

 ゆらり、とチェルノボグが揺らめきつつ匠海の前に立っている。
「まさか、赤の城塞クレムリンに穴を開けるとは」
 だが、戦力は分断できたようだ、とチェルノボグが嗤う。
「貴様とは特に一度一対一で相見えたいと思っていた。貴様の連れとは違う空気を感じるからな」
「ああ、俺もお前とはサシでやり合いたいと思っていた」
 匠海がエクスカリバーを構える。
 チェルノボグも片手を挙げると、まるで羽虫が集まるかのようにデータ片が収束し、一本の大鎌を構築する。
「それがお前の独自ツールユニークか? さっきの壁は最高傑作と言いながら全力ではなかったか……」
 一体、どのような能力を持った独自ツールなのか。
 形状を見ただけでは破壊系のツールのようにも見えるが、断定はできない。
 注意しろ、と匠海の本能が囁く。
 じり、と二人が睨みあったままにじり寄る。
 と、チェルノボグが大鎌を振った。
「злой дух」
 「ズロィドゥーフ」と辛うじて聞き取れたその言葉が辺りを支配する。
 ざわり、と空気が揺れ、凍結している地面から、無数の人影が浮かび上がった。
「な――」
 ニェジットか、と匠海が身構える。
 現在の匠海は現実と完全なデータ領域の狭間に立っているようなもの、メインの視界はデータ領域のものではあるがそこにニェジットが現れたということは。
 咄嗟にサブ視界にしている現実の視界を確認する。
 ここにニェジットが現れたということは、まさか現実にも現れたのか、と一瞬錯覚したからであるが、当然、現実の視界にニェジットは一体も存在しなかった。
 ――リアルには、いない、か。
 そうだろう、先ほど生産型のヤドカリは爆破したのだ、あんなものが複数いてたまるものか、と匠海が呟く。
 と、なると今視界に存在するのはニェジットの姿をとったbot集合体ボットネット
 この一瞬でこれだけの数を展開したのか、と匠海は驚愕した。
 あの城壁クレムリンを展開しただけでなくイーライのオーグギアに侵入するときに即席で張られた防壁の強度を考えるとチェルノボグの技量がとんでもないものだということが理解できる。
 もしかすると俺より上かもしれない、そんなことを考えながら匠海は地を蹴った。
 目の前のbotニェジットをエクスカリバーで両断する。
 botがデータ片となって飛び散り、次の瞬間、
「――っ」
 すぐ近くにその身体を再構築する。
 botがバールや鉄パイプのような形をしたデータ武器を手に、匠海に殴りかかってくる。
 それを弾きながら、匠海はチェルノボグに向かって走り出した。
 botの攻撃をエクスカリバーでいなし、botを斬り捨て、さらに前へ。
 botの波を突破、チェルノボグに到達する。
「うおぉぉぉっ!」
 エクスカリバーを最上段に振りかぶり、匠海がチェルノボグに切りかかる。
 袈裟懸けに斬り裂かれたチェルノボグが霧散する。
 しかし、
 ――手ごたえがない。
 エクスカリバーによる改変が発動しない。
 まるで雲を斬ったような、そんなぼんやりとした感触。
 ――ダミーか!
 エクスカリバーを横薙ぎに振りながら匠海が振り返った。
 匠海に掴みかかろうとしていたbotが薙ぎ払われ、砕け散り、別の場所で再構築される。
「……チェルノボグ! どこだ!」
 無数のbotに包囲されつつある状態で匠海は叫んだ。
 botだけを残してログアウトするとは思えない。
 そもそも、いくら独自ツールユニークでもログアウト後も稼働しつつけるとは考えにくい。
 それに、チェルノボグは「貴様とは特に一度一対一で相見えたいと思っていた」と匠海に言っていた。それを放棄して逃げるとは考えられない。
 botが匠海に向かって押し寄せる。
 匠海がエクスカリバーを振るい、botを斬り捨てる。
 しかし、何度倒してもbotは別の場所に身体を再構築し、匠海に向かってくる。
 当然、匠海はコード改変を行いながらbotを斬り捨てている。
 斬り捨てられたbotは無害な、意味のないデータ片として霧散している。
 だが、チェルノボグはその断片データですら新たなbotの素材として再利用している。
 まるでエクスカリバーの性能を知り尽くしているようなチェルノボグの独自ツールの機能に、匠海は舌を巻いた。
 ――このままでは、押し切られる。
 botをデータ片すら残さず消滅させることができれば数を減らすことはできるだろう。
 しかし、匠海のエクスカリバーは破壊・改変型である消去型ではない
 破壊型は文字通りデータを破壊、無意味なデータ片に砕くものである。対して消去型はデータそのものを消滅させ、なかったことにする。
 そしてチェルノボグの独自ツールは周りのデータを素材としてbotを生産する創造型といったところか。
 創造型のデメリットは素材となるデータがなければ生み出せないところにあるが、その素材は一体どこに。
 あの壁か、と匠海は城塞を見た。
 あれほどの規模の城塞を素材にすれば無数のbotを生み出すことは簡単だろう。
 だが、匠海の視界にはピーターと自分を阻む城壁がまだ残っていた。
 あれを残して、これだけのbotを展開? と匠海は自分の目を疑った。
 流石の匠海でもあの城壁と無数のbotを同時展開できるほどのデータ素材をオーグギアに入れていない。ブースターのサブストレージに格納していたとしても、限度がある。
 何かからくりがあるはず、それを特定すればもしかすると対処できるかもしれない、と考えるも、全く予想がつかない。
 それとも――。
 ――まさか、チェルノボグも魔法使いウィザード
 オーグギア、ブースターだけでなく旧世代PCも使用し、大量のデータを確保しているのか。
 そう考えている間にもbotはどんどん増殖し、匠海を包囲する壁を厚くしていく。
《アーサー、こいつらヤバい! どんどん増えてる!》
 突然、ピーターから通信が入る。
《こっちは片っ端から凍らせてるが砕いたらそれを使って再構築しやがる!》
「チェルノボグがそっちにいるのか!?!?
 目の前のbotを斬り捨てながら匠海が怒鳴る。
 それに対しては、「いいや」とピーターから返事が返ってくる。
《姿は見えねえ! だが、わけわからんbotだけはどんどん湧いてくる!》
 マズいな、と匠海は呟いた。
 展開されたbotが自分に対してだけならまだなんとかなったかもしれない。
 だがピーターの側にも展開されていることを考えると二人が完全に押し切られるのは時間の問題かもしれない。
 それほどの規模のデータを、チェルノボグは遠慮なくこの戦場に投入してきている。
 早急に何かしらの手を打たないと、アバターがbotに押しつぶされる。
 しかし、妖精に調査を頼もうにもブースターなしというハンデ故にリソースが割けない。
 それでも、匠海はリソースの消耗を顧みず周囲にPINGを飛ばした。
 妖精のリソース消費に比べてはるかにマシではあるが、それでもアバターの一部処理に制限がかかる。
 アーサーのアバターから特に処理の複雑なマントが消失する。
 周囲の状況が返ってくる。
 ――これは……?
 PINGの反応に違和感を覚え、匠海が首をかしげる。
 このエリアに、チェルノボグとピーター以外に反応がある。それも複数。
 どういうことだ、と匠海は考えた。
 その間もbotは匠海に押し寄せてきている。
 考えている暇はない。
 咄嗟に、匠海は視界に映る反応を現実のマップにリンクさせた。
 ほとんど、勘による操作。
 まさか、あり得ないと思いつつも行った操作だったが。
 ――嘘だろ!?!?
 光点が、現実のマップと一致した。
 全ての光点オーグギアが、この発射現場に集約している。
 見えた、と匠海は呟いた。
 チェルノボグは、この膨大なボットネット構築のためのデータをここにいるテロリストのオーグギアに格納されているもので賄っている。
 と、いうことは――。
「ルキウス! さっきのSPAMスパムの枝は残してるか!?!?
 城壁の向こうのピーターに向かい、匠海は叫んだ。
《は? 一応、残してるが!?!?
 切羽詰まったピーターの声が匠海に届く。
「チェルノボグはここにいるテロリストのオーグギアを使ってこいつらを生産している! オーグギアを過負荷オーバーロード状態にさせれば少なくともこれ以上は増やせないはずだ!」
《でも、どうやって!》
 匠海が「枝は残しているか」と聞いた時点で再ハッキングすることは容易に想像がついた。
 しかし、オーバーロードさせるとなるとSPAMでは不可能である。
 別のツール、と考え、ピーターはまさか、と声を上げた。
AHOアホ使うのか!?!? 流石に持ってねーぞ!》
 そもそもSPAMだって極力使いたくないんだ、Auggear Heat OverloadAHOまで用意するかよ、とピーターが叫ぶ。
 AHOは文字通りオーグギアに過負荷を与えるツール。SPAMが視覚、聴覚に干渉するものに対してこれはオーグギア自体に干渉する。
 これを極限まで強化し、バッテリーを爆破するまでに至ったものがガウェインの万物灼き尽くす太陽の牙ガラティーンである。
 SPAMより強力な妨害ツールであるので、SPAMの使用でさえ渋っていたピーターが所持していないのも当然のことだろう。
 やはり、と思いつつも匠海はストレージを開き、ピーターにデータを転送する。
《マジで送ってきやがった!》
「四の五の言わずに使え! いつまでもスポーツハッカーいい子ちゃんの矜持を持ち続けるな!」
 命のやり取りがないスポーツハッキングでなら通用する矜持を、一歩間違えれば命を落としかねない実戦リアルハックで持ち続けるな、と。
 スポーツハッキングの常識が通用する世界ではない。
 かつて、ユグドラシルでとうふが負傷した時のことを匠海は思い出した。
 基本的に命を落とすことがないと言われていたハッキングで、とうふは生死の境をさまようことになった。
 それを目の当たりにした経験があるから、匠海はハッキングだからと言って油断することができなかった。
 今回は、押し切られれば一時的にアバターを失うだけではある。
 だが、再度この場に戻り、チェルノボグを倒さないカウントダウン止めない限り核弾道ミサイルは発射される。そして、この場に戻るための時間は、ほとんどない。
 綺麗事でどうこうできる状態ではないのである。
 勝つためには、手段を選ばない。
 匠海に叱咤され、ピーターはほんの少し、葛藤した。
 自分はイルミンスールを守るカウンターハッカーである。それも、イルミンスールを攻める犯罪を犯すことなく正規の手段で入社した。
 ピーターとしては認められていないハッキングを行うのは全て犯罪だという認識がある。
 それがたとえ苦しんでいる人間を助けるためのハッキングであったとしても、認められない。
 それゆえ、ピーターはホワイトハッカーであったとしても犯罪を犯す軽蔑の対象として見ていた。
 それなのに、今日一日でどれだけの「罪」を犯したか。
 そう考えてから、ピーターは首を振る。
 違う。「罪」には違いないかもしれないが、世界樹を「救おう」としている。
 罪であったとしても、自分一人が被ることで多くの人間を救うことができるのであれば。
 パン、とピーターが両手で頬を叩く。
 AHOを展開することで周囲のテロリストのオーグギアをオーバーロードさせ、それによって打開策が見えるのであれば。
 フロレントを一振り、周囲に凍結したbotの壁を作り出し、ピーターが叫ぶ。
「アーサー! タイミングは?」
 他のbotが壁を砕く前に、と枝を付けたオーグギアに再ハッキングを行いながら、確認する。
《合わせる必要はない! とにかく全員オーバーロードさせろ!》
 匠海の返答に、ピーターは「了解!」と叫んだ。
「やってやろうじゃねーか!」
 匠海からもらったAHOを展開、先ほどピーターがハッキングした七人のオーグギアに送り込む。
 チェルノボグは自身がボットネットを展開するためにテロリストのオーグギアに干渉していたためか、防壁は追加されていない。
 オーバーロードした七つの光点が×の表示に代わる。
「アーサー! こっちはOKだ!」
 ピーターが匠海に向かって叫ぶ。
 その声を受け取った匠海も、一旦エクスカリバーを収納、ウェポンパレットから防壁ツールを展開して自分の周囲に壁を作る。
 botが壁に取り付き、破壊しようとする。
 だが、いくら壁に殴りかかろうとも壁の表面で【KEEP OUT!】や【DANGER DO NOT ENTER】の文字が記載されたダイアログが表示、botの攻撃を弾いていく。
 防壁によってbotの攻撃が止まり、匠海がほっと息を吐く。
 だが、すぐに指を動かし、先ほど侵入した七人のテロリストのオーグギアにアクセスする。
 防壁を展開したとはいえ、リソースと展開スピードを考慮してのものなのでそこまで堅牢なものではない、時間が経てば突破される。
 チェルノボグもピーターが半数のデータ元倉庫を無力化したことに気づき、大鎌を構えて上空から匠海に向かって急降下する。
 その大鎌が、匠海の頭上で【DANGER HIGH VOLTAGE】のダイアログに阻まれる。
 と、同時に電撃状のデータ攻撃を受け、後方に跳び退る。
「かかったな!」
 匠海がチェルノボグに向かって叫ぶ。
 その間も、彼の手はテロリストのオーグギア侵入のための操作を止めない。
 一度侵入したオーグギアは防壁が更新されない限り簡単に再侵入できる。
 だが、いくら簡単に侵入できると言ってもその間にチェルノボグが妨害しようと攻撃してくることは容易に想像がついた。
 そのため、一見無防備に見える頭上を用意し、そこに罠を張った。
「……卑怯な」
 攻撃を受け、アバターが麻痺したのだろう、チェルノボグが呻く。
「卑怯なのはどっちだ! 一対一とか言いながら他人のオーグギア使ってる時点でそっちが卑怯なんだよ!」
 そう叫びながら匠海が「送信」ボタンをタップする。
 再び形成されたルートを辿り、残りの七人にAHOが展開、オーバーロードを起こす。
「もうこれ以上は生産できないぞ!」
 匠海がチェルノボグに宣言する。
「だが、既に生産した分で貴様らは十分『詰み』だ! 貴様らがいくら破壊しようとも、再構築できる以上戦力は減ることがない!」
 もう、貴様らは潰されるしかないのだよ、とチェルノボグが勝ち誇ったように言う。
 だが、匠海はそれに対し、
「……ふっ」
 その口元に、笑みを浮かべた。
 それと同時に、ピーターにデータを一つ転送。
《アーサー? なんか送られてきたんだが》
「ルキウス、そいつをフロレントに組み込め。一時的にブーストバフをかける」
 一瞬、「どういうことだ?」と首を傾げたピーターだが、すぐに頷いてフロレントに受け取ったデータを貼り付けたらしい。
 準備は整った、と匠海は再びエクスカリバーを展開、チェルノボグに向けて構える。
「何がおかしい」
 麻痺を解除し、チェルノボグが再び空中に浮かび上がる。
「私の悪霊ズロィドゥーフは何度でも蘇る、貴様らに攻略することができるわけが」
できるんだな、これが」
 そう言い、匠海が不敵に笑う。
 その匠海の言葉に、チェルノボグは背筋が総毛立つような錯覚を覚える。
「確かに、お前の展開したbotは破壊されればその残骸を元に再構築する。だが残骸がなければ?」
「な――」
 チェルノボグが驚愕の声を上げる。
「まさか、貴様――」
「こっちが無策かと思ったか? 対策くらい、いくらでもある」
「そんなはずがあるか! 破壊しかできない、いや、無害な残骸に改変するだけではいくらでも再構築できる!」
 少なくとも、貴様だけ潰せば私の目的は達成できる、とチェルノボグが続ける。
「……どうかな?」
 匠海がエクスカリバーを握り直す。
「俺はお前を倒して弾道ミサイルを止める! お前なんかに邪魔はさせない!」
 そう宣言すると同時に、匠海は周囲の防壁を解除、押し寄せるbotを空中にジャンプすることで回避、さらに複数の足場を展開して包囲網の外に出る。
「見せてやるよ、俺のエクスカリバーの真の力を!」
 botたちが匠海の方に向き直る。
 匠海がエクスカリバーを担ぎ上げるかのように持ち上げ後方に大きく振りかぶる。
 その、エクスカリバーに光が収束していく。
万物貫き砕くエクス――」
 チェルノボグの目に、匠海が振り下ろすエクスカリバーがスローモーションに見える。
祈りの剣カリバー!!」
 botたちに向け、万物貫き砕く祈りの剣エクスカリバーが振り下ろされる。
 その瞬間、光が爆発した。
 爆発した光は一直線に収束、巨大な光の濁流となって匠海に向かうbotたちを吹き飛ばす。
「これは――」
 上空で巨大な光の筋を見下ろしながらチェルノボグが茫然として呟く。
 ――曰く、かの聖剣は千の松明を集めたような輝きを放ち、九百六十人もの敵兵を倒したという――
 かつて聞いた聖剣エクスカリバーの伝承を思い出す。
 だが、すぐに我に返り、匠海に向かって叫ぶ。
「手があると思えば、結局まとめて吹き飛ばすだけか! そんなもの、再構築すれば――」
できればな
 匠海の言葉に、チェルノボグがはっとして地上を見下ろす。
 そこに、botは一体も存在しなかった。
 ただ、存在するのは匠海とその視線の先に無数に立つ光の墓標。
 まさか、とチェルノボグが掠れた声で呟く。
「あれだけで、全てのbotのデータを別のオブジェクトに改変したというのか!?!?
 だが、botを封じられたのは匠海がいる側のみ。ピーターもう一人には対策することができないはず。
「……さすが、世界樹の護り手カウンターハッカーと言ったところか……。だが、貴様は対策できたとしても、もう一人はどうかな?」
 あの程度の固有ツールウニカーリヌイで全てのbotを対処することなどできるはずがない。
 せめて、一人くらいは脱落させておきたいが。
 そのチェルノボグの言葉に、匠海がふん、と鼻で笑う。
「残念だが、それも対策済みだ。見てみろよ」
 匠海の言葉に、チェルノボグが「なんだと」と唸る。
 そんな、二人は赤の城塞クレムリンによって分断されているのである。
 対策ができるはずがない。
 半信半疑で、チェルノボグはコンソールを操作し、城壁の透過処理を行う。
 壁は存在するものの、匠海とピーターは互いの状況が確認できるようになり、
「なん……だと……」
 チェルノボグが信じられない、といった風に声を上げる。
 ピーターの側も、ニェジットbotは残っていなかった。
 匠海の側と同じく、無数の光の墓標が並んでいる。
「どういうことだ……」
 チェルノボグがピーターを見る。
 ピーターの手にはフロレントが握られたまま。
 だが、その刀身に纏っているのは冷気ではなく、光。
 ピーター本人も、光を纏うフロレントに驚きを隠せずにいた。
 匠海が簡単なことだ、と解説する。
「ルキウスのフロレントがエクスカリバーのもう一つの発射地点になるようにコードを送った」
 まぁ、バフをかけると言って組み込ませたがな、と続け匠海はエクスカリバーを一振り、それからチェルノボグに切っ先を向ける。
 匠海の言葉に、ピーターは納得したものの、それでも驚きの連続だった。
(さっきの光、エクスカリバーの……? まさか、フロレントの斬撃波を模倣コピーしたっていうのか? あの短時間で? まさか)
 ほんの数回しか見ていない攻撃を短時間で解析し、模倣してエクスカリバー自分のツールに組み込んだのか、とピーターが唸る。
 そんな芸当ができる魔術師など、見たことがない。
 しかも、そのツールを一時的に適用できるツールにして共有するなどピーターには決して真似のできないことだった。
 何者なんだ、とピーターは透明になった壁越しに匠海を見る。
 匠海はちら、とピーターに視線を送り、それからチェルノボグを見据える。
「あれだけ暴れたんだ、お前ももう手はないと思うが?」
「くっ……」
 チェルノボグが歯ぎしりする。
赤の城塞クレムリン悪霊ズロィドゥーフも攻略された今、チェルノボグには匠海に対抗する手段がない。
 それでも。
「貴様だけは、私が斃す!」
 チェルノボグが吼えた。
 それと同時に、周囲に無数の燃え盛る弾頭を展開、弾幕として匠海に放つ。
「あいつ、まだやる気か!?!?
 匠海が驚愕の声を上げる。
 声を上げると同時にエクスカリバーを構え直し、飛来する弾頭を斬り捨てる。
 だが、その動きは鈍く、数発がアバターを掠めていく。
「――っ!」
 視界中央に大きく表示される【WARNING】の文字。
 ――エクスカリバーの反動が大きすぎる!
 ブースターなしで、改造したエクスカリバーの最大出力を放った反動は匠海の想定を大きく上回っていた。
 アバターの動作に遅延が生じ、チェルノボグが放つ弾頭を捌ききれない。
 しかも、相手が放つ弾頭にはAHOが組み込まれており、アバターのダメージ部分からオーグギアに侵入、さらに負荷をかけていく。
 匠海の顔から余裕が消える。
 ――まずい、もたない。
 咄嗟にエクスカリバーで被弾部分を改変処理すると同時に侵入してくるAHOを除去するが、間に合わない。
「さっきまでの威勢はどうした!」
 そう言いながらチェルノボグが一際大きく収束させたAHOを展開、火球に加工し匠海に向けて解き放つ。
 ――避けられない。
 迫りくるAHO火球に、匠海はただそれを見るしかできなかった。
アーサーアバターもオーグギアも限界で、これ以上動けない。
「アーサー!」
 壁越しにピーターが叫ぶ。
「どうした、アーサー! 避けろよ!」
 ピーターが、壁を砕こうとフロレントを叩き込むがびくともしない。
「アーサー!」
 そう、叫んでからはたと気付く。
 ――まさか。
 ピーターが初めて匠海と戦った時、何が決め手で勝てていたのか。
 あの時は――。
 ――さっきのエクスカリバーでリソース使いきったのか!?!?
 無茶をする、とピーターは思った。
 匠海は今回ブースターを所持していない。
 ここに来る前にショップに寄ることができればよかったが、時間が時間でショップ自体が開いていなかった。
 そのため、ブースターなしというハンデを背負ったまま現場に乗り込み、チェルノボグの妨害にあった。
 そこから改造エクスカリバーの最大出力である。リソースが残るわけがない。
 逆に、よくここまでもたせたな、と思い、ふう、と息を吐く。
 今、この状況で自分ができることは何か。
 チェルノボグを止め、カウントダウンを止められるのは誰か。
 この壁を破壊できないピーターはチェルノボグに一矢報いることはできない。
 チェルノボグを倒せる可能性を持つ匠海はブースターなしのリソース不足で動けない。
 それなら――。
「ええい!」
 咄嗟にオーグギアとのペアリングを解除し、ピーターは自分のブースターを左耳からむしり取った。
 隣でなんとか火球を回避できるようアバターとツールの最適化を試みる匠海の左耳に押し付ける。
「アーサー、使え!」
 そう叫びながら、ピーターは強引に匠海のオーグギアに侵入、彼の処理に割り込んでオーグギアとブースターをペアリングする。
 匠海の視界にあった【WARNING】の文字が消え、【BOOSTER CONNECTED】の文字が表示される。
 同時に全ての処理がブースターに移譲、高速演算により全ての負荷が解消される。
 直後、火球が匠海に着弾、爆発。
「はっ、威勢のいいことを言っておいて、その程度か!」
 チェルノボグが高らかに勝利宣言する。
 だが。
「それは、どうかな!」
 爆発の煙の中から匠海の声が響き、次いで煙を切り裂き光の斬撃がチェルノボグに向かって飛んでいく。
「な――」
 辛うじて斬撃を回避したものの、チェルノボグのローブがざっくりと切り裂かれる。
 爆発のエフェクトが消えていく。
 そこに、
「ルキウス、助かった」
修復ツールヒーラーエンジェルで被弾したダメージを修復した匠海アーサーが立っていた。
 その全身が光り輝き、見るものすべてを圧倒させる。
 ――まさか、これが。
 ――万全のコンディション。
 チェルノボグとピーターが同じことを考える。
 チェルノボグは「今まで本気を出していなかったのか」と思い、
 ピーターは「これが本来のアーサーなのか」と思い知らされる。
 ――こんな奴に。
 ――勝てるわけがない。
 光を纏ったエクスカリバーをくるくると回し、匠海がチェルノボグを見る。
「悪かったな、ブースターを持ってきていなかったから本気を出せなかった」
「ブースターを、持ってきていなかった、だと?」
 ふざけるな、とチェルノボグが吼える。
「貴様は! どれだけ私をコケにすれば気が済む!」
「コケにする気はない。だが――」
 匠海がエクスカリバーを構え直し、切っ先をチェルノボグに向ける。
「この俺を怒らせたこと、後悔させてやる!」
 匠海を中心として、不可視の波動が広がる。
「な――」
 全てを圧倒するようなその波動に、ピーターの声が詰まる。
 ぞっとするような、もうそれだけで魂を刈り取られるかのような錯覚すら覚える、殺意。
「お、おいアーサー……」
 あまりの殺意に怯んだピーターが思わず匠海に声をかける。
 チェルノボグも背筋が総毛立つような殺意に一瞬怯むものの、こちらも相手を射殺すかのような視線を匠海に向ける。
「次の一撃で」
「決める!」
 匠海が地を蹴り、チェルノボグが大鎌を振りかぶり突進する。
 ぶつかる、と思われた二人はそのまますれ違い、少し離れたところで背中合わせのまま立ち止まる。
 と、チェルノボグが手にしていた大鎌が砕け散った。
「勝負あったな」
 剣に付いた血を払うかのようにエクスカリバーを一振り、匠海が振り返る。
 どさり、とチェルノボグがその場に膝をつく。
 匠海によって斬られた部位からデータ片が粒子のようにほどけていく。
「……くそ……GLFNグリフィンの狗、め……」
 心底悔しそうに呟き、チェルノボグの姿がまるで風に飛ばされる灰のように、崩れて消えていった。
連邦フィディラーツィアから遠隔でここにアクセスしている彼を通報する術はない。それを考慮し、匠海は、彼が合衆国ステイツに密かにアクセスするのに使っていたアクセスポイントへのアクセス権を剥奪した。
 またいつか新たな踏み台アクセスポイントを得て戻ってくるだろうが、それは一日や二日で出来ることではない。このテロに、チェルノボグはもう関われない。
 同時に、匠海とピーターを隔てていた壁も消失、ピーターが転がるように匠海に駆け寄る。
「アーサー!」
 やったな、とピーターが嬉しそうにそう言うと、匠海はああ、と小さく頷き、後ろを見る。
 そこには弾道ミサイルの発射システムの集約端末が一つのデータスフィアの形として浮かんでいた。
 カウントダウンは残り五分。だが、匠海とピーターの手にかかれば造作もない。
 チェルノボグを撃退した今、二人を妨害する魔術師は存在しない。
「ルキウス、防壁とセキュリティは全て破壊する。お前は、」
「分かってる、システム落とせばいいんだろ?」
 データスフィアの前に立ち、二人がそれぞれのコンソールを開く。
 侵入者を排除しようと、発射システムのセキュリティが発動する。
 だが、それを匠海の『巨人の右腕ヴァーミリオン・パンチ』がまとめて吹き飛ばす。
「ルキウス!」
 セキュリティを打ち砕かれ、コアへの通路が露わになったところで匠海が声をかけた。
 ピーターが頷き、丸裸となったコアに縋りつく。
 コアをつついてコンソールを展開、自分のコンソールと接続し、制御を掌握する。
 流石に弾道ミサイルの発射シークエンスを理解しているわけではないが、とりあえず全ての項目を片端からオフにしていく。
 最後の項目をオフにし、ピーターが停止確認のダイアログでOKをタップする。
 直後、小さな電子音と共にカウントダウンが停止した。
 停止を確認した匠海がそこへさらに巨人の右腕を叩き込み、発射システム自体を破壊、再度発射シークエンスを展開できないようにする。
「ここまでやっておけばもう大丈夫だろう」
 崩れゆくデータスフィアを眺めながら、匠海が呟く。
 カウントダウンが止まってから巨人の右腕を叩き込んだのは、停止前に使用して万一カウントダウンの停止が行われなかった、または緊急措置として即時発射が行われた場合を想定して。先に叩き込んでもよかったかもしれないが、今はもう分からない。
「終わったぁ~……」
 ピーターがへなへなとその場に座り込む。
 匠海も漸く息を吐き、ピーターの横に座る。
「……どうなるかと思った」
 ブースターを外し、ピーターに返しながら匠海が呟く。
「お前、もうブースター外すなよ」
 受け取ったブースターを再度ペアリングしながらピーターがぼやいた。
 それから、イーライを見張っているタイロンの方を見る。
「おっさん、こっちは終わったぞ」
「お疲れさん」
 タイロンがかなり疲れた顔をしている二人を見てねぎらう。
「なあイーライ」
 地面に転がしたままのイーライに、タイロンが声をかける。
「おたくさんの計画はこれで終わりだな。さっさとカリフォルニアに戻るか」
 イーライを車に乗せるため、タイロンが身をかがめる。
「ふ……ふはは……」
 イーライはまだ嗤っていた。
 ニェジットも殲滅、テロに加担した魔術師チェルノボグも撃退した。弾道ミサイルの管制システムも完全に潰した今、イーライにはもう打つ手がないはず。
 狂ったのか? とタイロンは一瞬思ったが、それでも違和感を覚える。
 イーライの嗤いは明らかに正気を失ったもののそれではなかった。
 まだ、奥の手を隠し持っていて、それが誰にも気づかれていない時に出る笑みのような。
 ――まさか。
 タイロンがイーライの胸倉を掴んで持ち上げた。
「イーライ! まだ何か隠してんのか! もう何をしても無駄だぞ!」
「……ははは、何をしても無駄、か」
 そう言い、イーライは言葉を続けた。
「何をしても無駄、それは君たちの方だよ」
「……なんだと?」
 タイロンの眉が寄る。
 その様子を見て、イーライはニヤリと笑う。
「なあタイロン、一流のテロリストというものはな、常に次善の策を用意しておくというものなんだよ」
「……なんだと?」
 イーライは何を言っているのだ? と思ったタイロンであったが、すぐに思い直す。
 奴は元々こういう奴だ。常に何かしらの手を隠し持っている。
 イーライが続ける。
「四本の世界樹が駄目だったとしても、新しい時代を築くシンボルに打撃を与えればそれだけで世界は混乱する」
「……新しい時代を築くシンボル……?」
 イーライの言葉に匠海が首をかしげる。
 新しい時代……新しく何かが始まると言えば。
 ――まさか。
 匠海とピーターの頭に一つのランドマークが浮かび上がる。
「「GWT!」」
 二人が、同時に声を上げる。
「まさか、GWTだけでも!?!?
 ピーターがどうしよう、と匠海を見る。
 続きを言え、と匠海がイーライに促す。
「ああ、言ってやるさ。俺は仲間に依頼してGWTに爆弾を仕掛けた。起爆は――GWTがネットワークに接続した瞬間」
「な――」
 匠海が言葉に詰まる。
 今日はGWT完成式典である。そのクライマックスが、Gougleゴーグル社CEOによるGWTの量子ネットワーク接続ボタンの押下だったはずだ。
 休暇直前に課長とうふが言っていたから憶えている。
 つまり、現時点ではGWTはネットワークに接続していない。
 それが接続された瞬間――
「ああ、それと、爆弾自体はGWT以外に接続していない。ハッキングで止めるにはGWTに接続しなければいけないぞ」
「つまり……」
 ――ハッキングのためにGWTへ接続、した瞬間にGWTがネットワークに接続したと認識される。
「……どこまでも卑怯な奴だな」
 ぎり、と歯軋りしながら匠海が呟く。
「どうすんだよ、今からGWTに行くか?」
 式典のネットワーク接続いつだよ、とピーターがGWT完成式典の案内ページを見る。
「……二十時か……いずれにしても間に合わねえ……」
 今は十五時、五時間じゃアラスカからニューヨークまで行けるわけがねえ、と頭を抱えるピーター。
 そんなピーターに、
「五時間じゃない、一時間だ」
 低く、匠海が呟いた。
「え? 一時間って……」
 どういうことだよ、とピーターが疑問を口にする。
 それに小さく溜息を吐き、匠海はピーターの視界にアメリカの地図タイムゾーンを表示した。
「ここはアラスカ標準時AKST、GWTはニューヨークだから東部標準時ESTだ。時差は四時間、向こうはもう十九時だ」
「あっ……」
 思わずピーターが声を上げる。
 完全に失念していた。
 残り一時間を切っている、爆弾がネットワークに接続されていない、接続することができない以上こちらから打てる手は残っていない。
「今からGWTに連絡を!」
 ピーターが声を上げるが、タイロンが無理だと首を振る。
「俺たちが連絡したところで信じてもらえるものか、いや、間に合うものか」
 ニューヨーク市警NYPDに連絡しても間に合わないかもしれないし確実にパニックが起きる。
「爆弾の位置は!」
 間に合わない、誰もがそう思っているのに匠海がイーライにそう問い詰める。
「地下の基礎部分にたっぷり仕掛けてあるよ。GWTが量子ネットワークにつながった瞬間を監視できるようにした特別製の起爆装置と共にな」
 だが、それを知ったところでどうなる? 連絡してもNYPDの解体班ではどうすることもできない、とイーライが勝ち誇った笑みを浮かべる。
 だが、それに対し、匠海は、
「ああ、よく分かった、協力感謝する」
 ピーターもタイロンも諦めの色を浮かべる中、ただ一人不敵な笑みを浮かべてそう返事した。
 匠海のその笑みに、イーライも困惑する。
 まだこの男は手を隠し持っているのか、と。
「どういうことだ。もう君たちには何もできないはずだ」
俺たちはな」
 そう言いながら、匠海がオーグギアを操作し連絡先電話帳を開く。
「言ったよな、イーライ。『常に次善の策を用意しておく』と。だが、案外簡単なことで覆されるものだぜ?」
「どこに連絡する気だ?」
 イーライが言葉を発する前にタイロンがそれを代弁する。
「ああ、上司にな」
 そう言いながら、匠海が発信ボタンをタップする。
 上司? と怪訝そうな顔をする匠海を除く三人。
「なんでユグドラシルの上司に連絡すんだよ! サンフランシスコからでもニューヨークには間に合わないだろ! 気でも狂ったか!?!?
 ピーターが抗議するが、彼のその言葉に匠海がふふっと笑う。
「なんだよきめえな」
「間に合うんだな、それが」
「「な――」」
  ピーターとイーライが同時に声を上げる。
「間に合うだと? そんな、馬鹿なことが!」
 信じられない。それは他の二人も同じだった。
 その上司とやらがその場にいるのなら話は別だが、そんなうまい話があるわけない。
 その一同の思いを察したのだろう、匠海がニヤリと笑う。
いるんだな、それが」
 匠海がそう言ったタイミングで、電話の相手が応答する。
「きたきた。じゃ、俺は話つけてくるから――ああ、とうふ、完成式典はどうだ?」
「本当にいたぁーーーー!?!?
 ピーターの絶叫を尻目に、匠海は通話相手――とうふと会話を始めた。

 

to be continued……

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第5章の登場人物

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