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光舞う地の聖夜に駆けて 第2章

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前回のあらすじ(クリックタップで展開)

 上司によって無理やり取らされたクリスマス休暇で匠海は妖精と共にアラスカ内陸部のフェアバンクスに訪れていた。
 妖精と共にオーロラを見ていた匠海はツアーの自由行動中に軍用トラックに雪を掛けられたことがきっかけで軍事施設にハッキング、そこで自分に雪を掛けたトラックが偽装のものであったということを知る。
 詳しく調べるうち、トラックが持ち出したものは核弾頭であることが判明、テロの匂いを感じた匠海はトラックを妨害しようとするが別の魔術師マジシャンと交戦することになる。
 敵の魔術師を追い詰めたものの自身のオーグギアのリソース不足で逆転負けを喫する匠海。
 だが、敵と思われた魔術師も実はテロを阻止するためにトラックを妨害しようとしていたことが分かり、二人はリアルで合流して情報交換することになった。

 

 
 

 

 十二月二十三日未明。
 フェアバンクス国際空港に降り立ち、その外気温の低さにぶるり、と身を震わせる。
「相変わらずさっむいなあ……」
 ロサンゼルス国際空港からシアトル国際空港を経由しての約九時間のフライト、ビジネスクラスに乗っていたとはいえ外の空気は吸えないわけで、こうやって空港に降り立つと気持ちが軽くなる。
 手荷物を受け取り、彼――ピーター・E・ジェイミーソンは出口に向かって歩き出した。
 空港内も、空港から出た街並みもクリスマス一色で街路樹は電飾が施されていたり光るサンタクロースのオブジェが道端に置かれたりしている。
 タクシーに乗り、フェアバンクス市内のとある家に向かう。
 その道中、クリスマスムードの街並みを楽しみ、玄関にひときわ大きな雪だるまが置かれた家の前で止めてもらう。
 ベルを鳴らすと、サンタクロースのような髭をたくわえたがっしりとした体格の家人が姿を現す。
「おお、ピーター! よく来たな!」
 家人に出迎えられ、ハグをする。
「兄さんも元気そうで」
 家の中に入り、ピーターがコートを脱ぐ。
 寒かっただろう、部屋は暖めてあるからゆっくり休めと言われ、ピーターは客間に入りベッドにもぐりこんだ。
 夜遅くではあるが不思議と眠気はない。
(せっかくアラスカに来たんだし地域深層ローカルディープでもちょっと覗いてみるか)
 スポーツハッカーからの引き抜きでイルミンスールに就職したピーターは基本的に違法なハッキングは行わない。
 ただし、ハッカーとしての情報収集は怠ると最終的にイルミンスール防衛に影響するため『第二層』やロサンゼルスのローカルディープには足しげく通っている。
 イルミンスール防衛のための情報収集ならアラスカのローカルディープに潜る必要はない。
 しかし、ローカルディープには表のネットワークにはないディープな話題も多く、また職場の仲間もそういった土産話を楽しみにしている。
 寝転がったまま空中に指を走らせ、深層侵入用のアプリを起動、ローカルディープにダイブする。
 違法薬物MDMAの取引掲示板や殺人ビデオスナッフムービーのスタッフ募集などキナ臭い話題は敢えてスルー、表の口コミ掲示板には乗っていないようなコアな食堂や秘密のロケーションなどを探す。
 そんなことをしているうちにフライトの疲れが漸く出てきて、ピーターはあくびを一つしてアプリを閉じる。
 その直前に「GLFNグリフィンの支配からの脱却」というタイトルを見た気がしたが、あまりの眠気に彼は再度アクセスを試みることもなく、眠りに落ちていった。

 

 毎年クリスマスには休暇をとってフェアバンクスに住む兄夫婦の家に滞在するのがピーターの恒例行事だった。
 兄夫婦には娘が一人、年に一回しか会えないにもかかわらずピーターに懐いており「おじちゃん、おじちゃん」と後ろを付いて回る。
 まだ二十四なんだけどなあ、叔父さんかあ、などと思いながらピーターは毎年この時期を楽しみに働いていた。
「あ、おじちゃん、来てたの!」
 朝食のためにダイニングに姿を現したピーターを見て姪が嬉しそうに声を上げ、飛びついてくる。
エリザベスベス、大きくなったなあ」
 ベス、と呼んだ姪を抱き上げ、ピーターが嬉しそうに笑う。
「ピーター、今日はベスと雪遊びでもしてやってくれ」
 朝食を乗せたプレートをピーターの席に置いた兄がそう声をかけてくる。
 ああ、いいぜ、と了承し、ピーターは朝食を口に運んだ。
 その後、昼食を挟んで夕食まで姪と雪遊びのフルコースを楽しみ、兄夫婦との団欒の後客間に戻る。
 それから、ピーターは改めてローカルディープに潜り込んだ。
 土産話は多い方がいい。
 そう思っての侵入だったが、ふと、昨夜寝落ちする前に見かけた「GLFNの支配からの脱却」という言葉を思い出す。
 何だったんだろう、と気になるものの普通に検索して出てくるようなローカルディープではない。
 昨夜の閲覧履歴順路を思い出しつつ、ピーターは目的のページを探し出す。
 ページの内容を読む。
 読んでいくうちに、ピーターの眉が寄る。

 

 今、この世界はGLFN四社の支配によって抑圧されている。
 この四社は『世界樹』と呼ばれるメガサーバを建造したがこれらはオーグギアネットワークを支配し、世論を自分たちの都合のいいように改変している。
 四本目の『世界樹』が完成し、稼働開始した暁にはその支配はさらに強まるだろう。
 それを阻止し、世界のネットワークを四社から開放するために、我々は『世界樹』を攻撃することを決定した。

 

 そんな序文から始まったページは世界樹攻撃テロを行うためのメンバー募集ページだった。
 GLFNグリフィンとは世界的な四大巨大複合企業メガコープ――オンラインプロダクトで有名なGougleゴーグル社、オーグギア『lGearエルギア』やPC『Villaヴィッラ』などを販売するLemonレモン社、メタバースやSNSなどのサービスを展開するFaceNoteフェイスノート社、そして通信販売とクラウドサービスに特化したNileナイル社の頭文字をとった言葉である。この四社が序文の説明通り、それぞれの世界樹を保有、または運用を開始しようとしている。
 その世界樹に攻撃を仕掛けるとは。
 詳しく読むと日程は十二月二十四日、アラスカ標準時AKST十六時に四基の弾道ミサイルを世界樹に向けて発射、破壊するとある。
 奇しくもその日は四本目の世界樹GWT完成式典の日。
 いや、テロリストはそれを狙っているのか。
 阻止しなければいけない。
 通報するか、とピーターは考えた。
 しかし警察に通報したところで本気にしてもらえるかどうか。
 実際、ピーター自身もこのテロが本当に起こされるのかどうか判別がつかない。
 ローカルディープは情報が玉石混交に入り混じっている。その真偽を判断するのもハッカーに必要なスキル。
 このページもちょっと過激ないたずらではないだろうか。
 そう自分に言い聞かせ、ピーターはページを閉じようとした。
 しかし、それでも何かが引っ掛かる。
 これがもし真実なら自分はとんでもないことに手を貸すことになってしまう。
 「何もしない」ことを選択したが故に「テロを発生させてしまう」ことになるのだ。
 仕方ない、とピーターは溜息を吐いた。
 違法なハッキングはしたくない。
 しかしそれにより多数の人間を危険にさらすことになるのであれば、動くしかないだろう。
 まずは集合場所とされている施設のセキュリティにアクセスする。
 施設自体は廃棄されていたが廃棄されて間もないのだろう、電源や各種システムはまだ稼働していた。
 ピーターのアバターが豪奢な鎧を纏い、セキュリティエリアに降り立つ。
 ネットワーク監視セキュリティのウォッチドッグタイマーWDTのタイミングを確認、確認信号サービスパルスが通り過ぎたのを見て自身の独自ツールを振るい、セキュリティを凍結させる。
 次のパルスは三十分後、タイマーをセットし施設の監視カメラを掌握する。
 三十分以内に凍結を解除し、離脱すればパルスは何事もなかったかのように通過し、侵入は察知されない。
 監視カメラの映像を見るとそれなりの人数の人間が集まっていた。
 カメラ内蔵のマイクの音声も拾う。
《では、『木こりのクリスマスランバージャック・クリスマス』を楽しもう。現地で会おう!》
 ちょうど、決起集会が終わったところだった。
 ざわざわと集まった人間が解散していく。
 ――テロは、真実か?
 まずい、あのページの信憑性が上がってきた。
 とはいえ、ただのお祭り騒ぎの準備という可能性もある。
 こんな監視カメラに映像が残るような場所でとんでもないことを計画するはずがない。
 だがそれも相手の計算内であれば?
 ここに集まった人間もネタだと思い込んで集まり、計画に加担させられていれば?
 ――もう一手、欲しい。
 そこで再び溜息を吐く。
 監視カメラの向きを操作すると、正面のスクリーンに映像が映されていることに気付いた。
 カメラをズーム、スクリーンが見えるようにする。
 この時代、映像の共有となるとオーグギアの画面共有で事足りるはずである。
 しかし、よくよく観察すると参加者にはいかにも「オーグギアを付けていません」といった風貌の人物も見受けられる。
 なるほど、金欲しさに参加した浮浪者ホームレスも巻き込んだか。
 どうやってローカルディープの情報を手に入れたか知らないが大方首謀者側の人間が「うまい話がある」と言って巻き込んだのだろう。
 そうなるとどうしても肉眼による映像確認になるか。
 スクリーンの映像を撮影、これ以上長居は無用と施設のセキュリティの凍結を解除して離脱する。
 撮影したスクリーンの映像を確認する。
 少し荒れている部分をノイズ軽減等で補正するとかなりはっきりしたものになる。
 映っていたのは『ランバージャック・クリスマステロ』の内容と日程。
 内容はアラスカのどこかに準備した発射設備より四発の弾道ミサイルを発射、サンフランシスコユグドラシルロサンゼルスイルミンスールフィラデルフィアToK、そしてニューヨークGWTを攻撃するというもの。
 その準備としてチェナ・リバーの施設に偽装した軍用トラックで乗り入れ、「何か」を受け取ったのち「どこか」へ輸送するらしい。
 なんという計画だ、とピーターは唸った。
 『武力衝突戦争』は無くなって久しいもののテロの類は大なり小なり各地で起こっている。
 その中でも最大級のものだ、と感じる。
 こんなことが実行されれば世界樹の倒壊によるネットワークインフラの崩壊は避けられないしそれ以上に世界は混乱に陥るだろう。
 もしかすると、『戦争』が復活するかもしれない。
 たとえこれがただの悪ふざけで実際はただのどんちゃん騒ぎであったとしても、悪質すぎる。
 とりあえず通報しておくか、とピーターは呟いた。
 だが、悪ふざけであった場合今度はピーターの違法なハッキングが明るみになり、逆に自分が逮捕されてしまう。
「通報は、できないよなあ……」
 溜息を吐いてピーターは椅子にもたれかかった。
 ちら、と時計を見ると日付は十二月二十四日に差し掛かったところ。
 とりあえず該当のトラックを探してみるか、とピーターは近くの地上撮影用カメラを持つ気象衛星にアクセスした。
 違法なハッキングを繰り返しているな、と自分に嫌気がさすがここで引き下がれば世界樹が危ない。
 同時進行でさらなる映像の解析とローカルディープでの情報収集に当たるが何の収穫もない状態が続く。
 無駄かと思われる時間が経過するが、衛星映像に1台のトラックが映し出される。
「見つけた!」
 即座にトラッカーを付けようとするが自動制御用のネットワークに接続されていないのか付けられない。
 ああくそ、面倒なとピーターは自分のサポートAIに声をかけた。
「ミシェル、ちょっと出かける準備するから監視を続けてくれ」
 そう言いながら防寒具を身に纏い、ポケットに荷物から取り出したスマートガンを押し込む。
『了解しました、マスター』
 ミシェル、と呼ばれた女性型アンドロイドの姿をしたサポートAIがウィンドウを展開、ピーターからの映像監視を引き継ぐ。
 階段を降り、ピーターはTVを見ていた兄に声をかける。
「兄さん、車貸してくれ」
「どうした、こんな夜中に」
 そう言いながらも、兄はピーターが切羽詰まっている顔をしていることに気づきすぐに頷く。
 車のキーを取り出してピーターに向かって投げ、声をかける。
「相変わらず、お前は首を突っ込みたがるな」
「兄さん……」
「クリスマスパーティーは十八時からだ。それまでには帰ってこいよ。ベスが楽しみにしている。言っとくが、ベスを泣かせたらどうなるか分かってるだろうな?」
 ピーターの兄はベスのことになると目の色が変わる。
 これはかなり本気だ、万一時間に遅れでもしたら命がないかもしれない。
「わかってるよ、パーティーまでには帰る」
 そう言って兄に頷いて見せ、ピーターは家を飛び出した。
 車に乗り込み自動運転を開始、行先の制御はミシェルに移譲する。
制御を任せたYou have.
了解しましたI have.
 ミシェルが運転を開始したことを確認し、衛星からの追跡を再開、位置を確認してからアラスカの交通網のシステムに侵入する。
 ちょうどトラックはまだ信号の多いエリアを走っている。
 うまく信号を制御すれば違う場所に誘導、搭乗員に先制攻撃を仕掛けることができるだろう。
 とはいえ、手持ちの武器はスマートガン一丁とオーグギア内のハッキングツールのみ。
 下手をすれば相手の方が腕っぷしは強いはずなのに無茶するなあと自虐しつつも交通網のイメージマップに降り立ち、各信号に目を光らせる。
 交通網の一角に衛星監視で追跡しているトラックが光点で表示される。
 そこから各信号の表示タイミングを確認、最短で誘導でき、自分も駆けつけられそうなポイントを選定する。
「さぁて、ルキウスさん、やりますか」
 ぽきり、と指を鳴らし、ピーターはツールを展開、信号機に接触した。
 信号を制御、トラックが信号を回避して道を曲がる。
「オーケー、いい子だ」
 次の信号を捕捉、操作してトラックを誘導する。
 しかし。
 何度か信号を操作したときに「それ」は起こった。
 赤にしていた信号が突然青に変わる。
「は?」
 即座に赤に戻すものの、青になったことでトラックは信号を通過する。
「なんなんだよ!」
 慌てて次のルートを算出リルートを行い、次の信号にアクセスする。
 だがここでも同じく制御の奪い合いとなる。
「他に魔術師マジシャンがアクセスしている!?!?
 テロリストに気づかれたか。
 まずい、相手の魔術師を排除しなければこちらの場所も特定されて攻撃される。
 どこにいる、とピーターは周りを見回した。
 トラックの追跡を続けながら、周りに怪しいアバターがいないか索敵する。
 そのタイミングで、探査電子パルスがピーターのアバターに反射する。
「しまっ――!」
 それがデータ収集プログラムPINGであるとはすぐに気づいた。
 PINGは予め想定して幾重にも対策ツールを展開しておけば回避できないこともない、というくらいには探査性能の高いツール。
 しかし、「相手に悟られず先制攻撃する」ことが大きなアドバンテージとなる魔術師戦で使うには大きなデメリットがある。
 それは「自分から探査電子を飛ばすが故に自分の居場所も察知されやすい」というもの。
 それゆえ、好んで使う魔術師は多くないが逆によく使う魔術師は自分の居場所を察知されたとしてもそれを補う多彩な攻撃方法を持つ。
 相手はそれほど腕に自信があるのか、とピーターが発信源を探る。
 視界レーダーに浮かび上がる光点。
 そこか、とピーターは光点を睨みつけた。
 しかし今は相手にかまけている暇はない。
 なんとかしてトラックを誘導しなければ見失うロストする
 その焦りが、ピーターの判断を鈍らせる。
 次の信号、相手はまだ動いていない。
 信号を操作しようと、ピーターは手を伸ばした。
 しかし、信号に触れる直前、嫌な予感を覚え、咄嗟に一歩後退、愛用の剣を振るう。
 刃から放たれた斬撃波が信号自体を凍結するかのように見え――
 信号の表面で何かが凍結した。
 何もなければ信号自体が凍結するはずである。
 だが、凍結したのは信号ではない何か。
 トラップだ、とピーターはすぐに判断した。
 まずい、と即座に自分のオーグギアへのルートに防壁を展開する。
 しかし、それよりも相手の動きは疾い。
 防壁が閉まる直前にスライディングで突破される。
「――こいつっ!」
 相手の動きが疾すぎる。
 通常のオーグギアユーザーでは出せない反応速度で複数張った防壁を通過してくる。
「まさか、こいつ!」
 ――インプラントチップ導入者!?!?
 オーグギアとのトラッキング速度等を強化するために脳にインプラントチップを埋め込み、ナノマシンを注入する人間はいる。
 ただしこれは技術は開示されたものの一般人が易々と手を出せるものではない。
 費用もさることながら、悪用を防ぐためにかなりの与信機関が動く。
 そのため、基本的に導入するのは資金力のある企業GLFNのそれなりの立場にいる人間やサイバー犯罪取締りに携わる人間、あとは一部のスポーツハッカーランカーかヘビーにオーグギアを使う富裕層くらいである。
 それでも世の中、悪人はいくらでもいるもので金さえ積めば与信機関を欺いて導入手術を行う医者もいる。今立ちはだかる魔術師もその類で導入したのであろう。
 厄介なことになった、とピーターは歯軋りした。
 ダミーの防壁を展開してルートを欺瞞したいが相手の動きが疾すぎて間に合わない。
 結果的に自分の領域オーグギアに相手を導く形となってしまう。
 とはいえ、若干の違和感を覚える。
 反応速度は疾い。判断の正確さも考えると自分と同等か、上回るほど。
 それでも、リソースの配分がおかしい。
 ここまで追い詰めておきながら出し惜しみしている感がある。
 いや、これは出し惜しみではなく。
 ――外部デバイスブースターを使っていない?
 ブースターはオーグギアの処理能力リソースをブーストするためにヘビーユーザーが着用する。特に上位の魔術師はオーグギアを過稼働オーバークロックしても足りず、ブースターで演算を分散、拡張して初めて最高のパフォーマンスを発揮する。
 それなのに、この相手はどう考えてもブースターを使用していない。
 なんらかのトラブルがあって破損したのか、それとも別の要因があるのか。
 ――それなら、勝ち目はある。
 しかも戦場フィールドはこちら、地の利がある。
 フィールドに一人の騎士が降り立つ。
 イメージカラーはブルー、王の風格すら漂わせるその姿に一瞬、迷う。
 ――こいつ、本当にテロリストか?
 別にアバターを見ての素性推測プロファイリングが得意というわけでもない。
 ただ、ここまで堂々とした姿のアバターでテロが起こせるものなのか。
 それとも、後ろめたさは微塵もなく、自分の考えこそ正義だと思っているのか。
 ピーターの剣が冷気を帯びる。
 騎士に向けて、ピーターは剣を振り下ろした。
 斬撃波が騎士に向けて放たれ、そして回避される。
「ち、躱したか」
 当たれば無力化凍結できたのに、とピーターが呟く。
「だが!」
 ――相手のリソースがこちらより遥かに下ならいつかはこのフロレントが届く。
 『凍て付く皇帝の剣フロレント』、ピーターが自分で組み上げた独自ツール。
 剣自体はただの切断破壊系素体でできているがその最大の特徴は斬撃波にある。
 斬撃波が触れた瞬間、対象の処理は凍結してその機能を停止させる。発動もほぼ即時で相手は回避するかハッキングによって凍結解除するしかない。
 構築当時はまだ斬撃波を飛ばすことができず、破壊系ツールに有利を取られることがあった。
 しかし、ピーターは何度も改造アップデートを行い自分の位置から離れた箇所を対象に取れる斬撃を飛ばせるようになった。
 そのため、同じ剣系のツールを使う魔術師に対して有利が取りやすい。スポーツハッカー時代はその斬撃波ゆえに『騎士殺し』と呼ばれたこともある。
 当時、剣系ツールを使う魔術師の最強格と謳われていた『キャメロット』のガウェインと対戦した際、彼の独自ツール万物灼き尽くす太陽の牙ガラティーンさえ退けたことがある。当時は「ピータールキウスの凍てつきは太陽すら蝕む」などとネットニュースになった程である、が。
 目の前の騎士相手は騎士のアバター、手にしている武器も脅威は感じるが剣系。こちらが有利である。
 もう一度斬撃波を飛ばす。
 騎士が手持ちの剣で受けようとするが、直前に回避する。
 騎士のマントの一部が凍結する。
 ――った!
 フロレントの凍結はその瞬間のみのものではない。
 少しでも傷を与えればその部位から徐々に全体を凍結させる。
 それはアバターであっても同じで、凍結は少しずつ構築コードを蝕み、やがて全てを凍結させる。
 そうなれば相手は離脱することもできずただ通報されるのみとなる。
 が。
「なんだと!?!?
 ピーターは信じられない光景を目の当たりにした。
 騎士が、手に持つ光り輝く剣でマントの凍結部分を切断したのだ。
 バカな、とピーターが呟く。
 ――破壊系ツールだろ、それで自分のアバターを破損させるのか!?!?
 魔術師同士のアバター戦で被弾することはままある。
 アバターの破損は程度が低ければ即座に消失ということはないがそれでもツールによっては致命傷となる。
 ましてや、相手が今持っている剣は見たことがなく、独自ツールに見える。
 そう考えると破壊系なら一撃必殺クラスの威力を持っていると考えるのが妥当。
 それなのに、相手はその独自ツールで自らのアバターを傷つけた。
 そんなことをすれば、アバターが整合性を失い自壊するはず。
 凍結したマントが光の粒子となって消失する。
 だが、アバター本体は消失しない。
 ――なんなんだ、あのツール。
 分からない。ただ一つ分かるのは、相手の独自ツールは破壊だけでなく何か予測できない機能を持った厄介な代物であるということのみ。
 凍結部位を切り離すことで騎士が体勢を整え、剣を一振りする。
 今の攻撃で、相手はピーターの独自ツールが凍結系と気づいたに違いない。
 さて、ここから相手はどう出るか、とピーターは思案する。
 凍結性能の斬撃波を飛ばしてくると判断した時点で普通なら近接戦闘に持ち込もうとするだろう。
 それには遠隔系の攻撃を囮にして接近を図るはず。
 ただし、遠隔系の攻撃はリソースの消費が激しいものが多い。
 これが普通の魔術師戦なら長期戦になっただろう。だが、相手はブースターを使用していないリソースの上限が低い
 短期決戦で終わる、とピーターは判断した。
 それならこちらのリソースはあまり考えなくていい。
 騎士が四基のbotドローンを射出する。
 見た目は騎士なのにハイテクなもの使うなと思いつつ、斬撃波を飛ばして四基とも撃墜する。
 同時に、視界に一本のゲージを表示させる。
 内容は、相手の推定リソース。
 これがレッドゾーンに入ればこちらの勝ちである。
 今のドローンでゲージがそれなりに削れる。
 ――この調子だ。
 相手はさらに四基射出、それも難なく撃墜。
 それを見越してだろう、さらに二基のドローンが射出され、シールドを張りつつビーム状の攻性プログラムをこちらに向ける。
 対策はしているが、とピーターはニヤリと笑った。
 ゲージの減りが早い。
 これならあと四基で打ち止め、向こうは突撃せざるを得なくなる。
 シールドと撃ち込んでくる攻性プログラムに少し苦戦するが、ドローンを撃ち落とす。
 だが、ピーターの予想より早く相手は四基のドローンを展開させていた。
 大量のデータがオーグギアに流し込まれ、回線が圧迫される。
 DDoS攻撃という古典的な手ではあったが、魔術師戦では初弾を防げなければかなり痛い攻撃となる。
「こいつ……っ!」
 回線が圧迫され、アバターの動きが重くなる。
 その隙をついて騎士が突撃してくる。
 辛うじて四基のドローンを撃墜して回線を回復、斬撃波で騎士を牽制する。
 しかし、騎士はそれを手にした剣を凍結させることで受け流し、そのまま突っ込んできた。
 ――独自ツールユニークを敢えて犠牲にするだと!?!?
 はじめに騎士が斬撃波を剣で受けず、回避、さらには凍結したマントを切断したにもかかわらずアバターの整合性が失われなかったことでその剣が独自ツールだとピーターは判断していた。
 ところが、今度は回避することなく犠牲にした。
 これは一般論であるが、独自ツールを使う魔術師はその誇りプライドから独自ツールを特に大切にする。
 リソースの消費が激しいこともあるが、独自ツールを攻略されるということは相手に負けを認めるも同然となる。
 それなのに、この騎士は。
 プライドがないのかとピーターは呟く。
 自分が勝てるなら、独自ツールですら踏み台なのか、と。
 目前に騎士が迫る。
 騎士が剣を抜く。
 その刃先がピーターの首筋に正確に突きつけられる。
「く――っ、」
「チェックメイト!」
 騎士が宣言する。
 ぞくりとした感覚がピーターの背筋を駆け抜ける。
 そこで、ピーターは気づいた。
 今、騎士が手にしている剣こそ本物。
 いつの間にすり替えられたのか先程凍結した剣は見た目こそ同じものの、ダミーだったのだと。
 それでも。
「はん、それはどうかな!」
 ――オレの、勝ちだ。
 騎士の周りで信号が舞う。
「な――」
 騎士が声を上げる。
 ピーターの視界に映るゲージは、残りわずかの状態で点滅していた。
 ここまでリソースを消費していては、独自ツールといえどもその真価を発揮することはできないだろう。
 もう少し早く止まると思っていたが、この程度は誤差の範囲内。
 恐らくは普段はブースターを使っていて、その癖でのリソースの大盤振る舞い。
 ピーターも騎士の首筋にフロレントを突きつける。
 フロレントが冷気を纏い、いつでも相手を凍結させられるようスタンバイする。
「魔術師でありながらブースター使ってないとかなめてんのか? 何か小細工しているようだが概ね想定通りだ」
 く、と悔しそうに騎士が唸る。
「やれよ。その剣は飾りか? メインの性能を出せずともアバターオレの首を落とすくらいはできるだろう」
 ま、やってもお前の首も落ちるがな、と挑発する。
 ピーターのフロレントはその機能を失っていない。
 相手はピーターのフィールドにいる。しかも、出口は全て封鎖済み。
 アバターを無力化すれば本来なら自分のフィールドに帰還リスポーンすることになるが出口を封鎖された状態では離脱すらできない。
 つまり、ここで相手を無力化すればたとえ自分が無力化されたとしても取り逃すことはない。
 ピーターにデメリットは存在しないのだ。
 軍配はピーターに上がった。
 さっさとこいつを通報してトラックの誘導を再開しよう、そう思ったが。
《マスター、察知されました。ターゲット、離脱します》
 しまった、とピーターは唸った。
 この騎士との戦いに集中しすぎてトラックのことを失念していた。
 勝ちはしたものの、それほどギリギリの戦いだったのだと今更ながら思い知らされる。
「ったく、『ランバージャック・クリスマス』だかなんだか分からんがお前らの思い通りにはさせない」
 せめてもの負け惜しみで、相手にそう言葉を叩き付ける。
 だが、相手の反応はピーターが予想してもいなかったものだった。
 曰く、「あいつらの仲間ではない」と。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

「……オレが把握しているのは『ランバージャック・クリスマス』が二十四日に決行されること、あと内容としては四本の世界樹に弾道……核ミサイルを撃つということまでだ」
 匠海からデータの共有を受け、椅子に座り直したピーターが説明する。
 その説明を受けた匠海が、ふむ、と言いつつ自分のデータにその情報を追記する。
「なるほど。俺はチェナ・リバーの辺りにある軍事施設から核弾頭が持ち出されたこととそれにはかなりの腕の魔術師が関与しているということだけだ」
 情報量としては匠海の方が少ないが、脅威度としてはこちらの方が高い。
 弾道ミサイルの発射を阻止するには魔術師の排除は必須だろう。
「そういえばどこで撃つとかは分からないのか?」
 匠海の問いに、ピーターが首を振る。
「一応、募集要項には待ち合わせ場所は記載されていたがあくまでも待ち合わせ場所で詳細はそこで説明する、としか。一応、オーグギア持ってない奴向けにスクリーンに映していたが発射場所に関しては口頭説明だったのか資料には書いてなかった」
 そう言い、決起集会で表示されていたスクリーンの画像を転送する。
「……確かに、大まかなことは書かれているが詳しくは全て口頭説明だったようだな」
 ハッキングによる漏洩対策か、と匠海が呟く。
「どう思う?」
「どう思うとは」
 ピーターの問いに、匠海が問いで返す。
「核弾頭が持ち出されたということはテロ確定でいいよな? まだ本当にテロが起きるとは信じられなくて」
 やや気弱なピーターの言葉。
 ほんの少し、沈黙してから匠海はふっ、と笑った。
「それを、俺たちで止めるんだろう?」
「アーサー……」
「止めてしまえばローカルディープの話はただの与太話だ。誰も不幸にはならない」
 匠海の言葉に、ピーターは「これが大人の余裕ってやつか?」などと考える。
「ルキウス、」
 不意に、イルミンスールでの通称アーサーではなく本来のスクリーンネームルキウスと呼ばれ、ピーターが頭を上げる。
「お前には力がある、自分を信じろ。っても、これはジジイからの受け売りなんだがな」
 俺をあそこまで追い詰めるほどの腕なんだ、できないはずがない、そう匠海が続ける。
 ああ、とピーターが頷いた。
 タクミアーサーはオレを信用してくれている、それに応えなければ、と思う。
 イルミンスール内でアーサーと呼ばれ、憤ることはある。
 オレはあのアーサーの代わりなのかと。ルキウスとして見てくれないのかと。
 だが、本物のアーサーは自分の実力を認めてくれた。
 その上で、「俺が止める」ではなく「俺たちで止める」と言ってくれた。
 ここで弱気になってどうする、と自分を叱咤する。
 同時に思う。アーサーだのルキウスだのにこだわっていては超えられない
 自分は自分なのだ。周りが何と言おうとも、そこで揺らいではいけない。
 パン、と両手を合わせる。
「アーサー、やろう」
 そう言い、ピーターはまっすぐ匠海の目を見る。
「弱気になって悪かった。オレたちで止めよう」
 そう言ったピーターの目に。もう迷いは残っていなかった。
 それを見た匠海が小さく頷く。
「よし、それじゃ改めて情報をまとめよう。チェナ・リバーから出たトラックはノースポールを抜けて西に向かってロストした。単純に考えればアンダーソンを抜けたかもしれないが、追跡されていると気づいたんだ、方向を変えた可能性がある」
「もうあの辺になると街もないし衛星で探し出すのも難しいよな」
 ふむ、と、匠海が唸る。
 それからマップアプリを開くがすぐに閉じる。
「少なくともノースポールにはまっすぐ向かっていたわけだから方向を変えたことも考慮して発射地点を推測しようと思ったが無駄だな。どうせ移動式の発射台使っているだろうし『この施設』と特定することは難しいだろう」
「そうだな」
「それに仮に発射地点を先に見つけようとしてもその方が難易度が高い」
 固定式の発射施設であれ移動式の発射台であれ極秘裏に発射するためのものだから簡単に特定できないように厳重にカモフラージュされているからな、と匠海が続ける。
 そのタイミングで、
『タクミ、ただいまー……車返してきたよー……』
 何故かヘトヘトモードを演出した妖精が帰ってきた。
『もう、ブースターなしでオーグギア使い過ぎー……お腹すいた』
「悪かったな、妖精」
 匠海が手を伸ばして妖精をつまみ、左肩に乗せる。
 それを見たピーターが、目を丸くする。
「お、おいアーサー……?」
「どうした?」
 サポートAIなんてきょうび珍しくないだろっていうかお前も連れているだろ、と匠海が首をかしげる。
 いや、あのな、とピーターが声を震わせる。
「緊張感なさすぎだろ、サンタコスって」
 そう言われ、匠海があぁ? と妖精を見る。
 そして、
「……なんて格好してるんだ」
 呆れたように呟いた。
『なんて格好って、クリスマスじゃない、楽しまないと』
 いつの間に着替えていたのか、妖精がボンボンの付いた赤いとんがり帽子にファーの付いた赤いワンピースという出で立ちでいる。
「どこで無駄にリソース使ってんだよ、こっちはリソース不足で負けてんだぞ」
『え、タクミ負けたの!?!?
 タクミも負けるのかーなどと嘯き、妖精がピーターを見る。
『で、このヒトは?』
「ルキウスだ。今回、二人でテロを阻止する」
 ふーん、と妖精がピーターを舐めまわすように見る。
 見定められてるな、とピーターは少々警戒する。
『タクミに勝つとかやるじゃん。それとも、タクミはもう歳なのかな?』
「うるさい、まだ引退する歳じゃない」
 そんなやり取りを見ながら、ピーターは「サポートAIも所有者マスターによってここまで変わるものなのか」とふと思った。
「……どういう教育したらそんなになるんだよ」
 そう、思わずぼやく。
「あー……話せば長くなるから、こういう奴だと思ってくれ」
 若干歯切れの悪い匠海の言葉に、なんとなくだが「何かあったんだな」と察するピーター。
 実際は妖精の元データが匠海のかつての恋人の脳内データであり、さらには妖精のデータを一部改変したものがピーターも使っているサポートAIの基幹データであるからなのだがそんなことを話している暇はないし匠海もあまり話したい話題ではない。
 ピーターが深入りしてこなかったことに感謝しつつ、話を戻す。
「とにかく、トラックか発射台を見つけないと」
「そうだな」
 そうは言ったものの、発見する手立てが思いつかない。
 手詰まりか、と二人が考える。
 今は少しでも情報が欲しい。だが今まで侵入した場所はもう探しつくしているのではないだろうか。
 そこまで考えてから、いや、と匠海が心当たりに気づく。
「ルキウス、待ち合わせ場所で入手した情報は監視カメラからのこれだけか?」
「ああ、そうだな」
 頷き、ピーターが少し考える。
 確かにあの時監視カメラに侵入してあの画像を入手した。
 しかし、本当にあの待ち合わせ場所を調べ尽くしたと言えるのか?
 匠海も同じことを考えていたのか、ピーターを見る。
 そして、
「「待ち合わせ場所調べてみるか」」
 同時に同じことを提案した。

 

 二人が合流したウエストマーク フェアバンクス ホテルから数ブロック離れたエリアにそのビルは打ち捨てられていた。
 打ち捨てられていたとはいえ電気設備は生きており、割と最近までは使用されていたことが伺える。
 窓ガラスも割れておらず、プロジェクタやその他の設備もそのまま残っており、一部ではホームレスが根城として利用しているらしい。
 少々治安が悪そうではあるが、逆に悪だくみをするにはうってつけである。
 じゃり、と砂利を踏む音が響く。
 ビルに紛れ込んだ砂利を踏んで匠海とピーターがビルに踏み込む。
 ピーターがローカルディープで見た部屋に、そろりと身を滑らせる。
 人の気配はなく、スイッチを探し出して明かりをつけるもののやはり誰もいない。
「あー……やっぱり何も残っていないか……」
 部屋の奥のスクリーンも兼ねた白壁を見て、ピーターが部屋に踏み込もうとする。
「やっぱり無駄足だったか?」
「待て」
 不用心に部屋に踏み込もうとしたピーターを匠海が止める。
「なんだよ」
 不満そうに声を上げるピーターに、匠海がオーグギアを操作し、視界の一部を共有する。
「ブービートラップが仕掛けられている……が、解除された形跡がある」
 ピーターの視界に、赤外線センサーでスキャンした部屋の様子が映しだされる。
 切れたワイヤー、解体された手榴弾。
「アーサー、どういうことだ」
「分からん。が、追跡を考慮してブービートラップが仕掛けられたことは確かだな」
 注意深く室内を見回し、それから匠海は大丈夫だ、とピーターに合図した。
「だが、俺たちのほかに侵入者がいるかいたかだ、警戒は怠るなよ」
 了解、とピーターがそろり、と部屋に入る。
 白壁の前に立ち、周りを見る。
 部屋の中にはいくつかの机と椅子、そして天井にプロジェクタが残されていた。
 せめて何か端末の落とし物でもあればよかったのに、とピーターが溜息を吐いて匠海を見る。
「……アーサー?」
 驚いたようにピーターが声を上げる。
 匠海はというと、部屋の中央で空中に指を走らせていた。
 何かを操作している、それは分かるが何かを見つけたというのか。
 妖精サポートAIと何か話しながらオーグギアを操作する匠海に、ピーターは格の違いを見せつけられたような気がした。
 魔術師としての勘、そして洞察力は並の魔術師の比ではない。
 よく勝てたな、ブースターなしというハンデがなければ負けてたのは自分の方だったのでは、とふと思う。
 暫く様子を見ていると、匠海は何かを見つけたのかウィンドウを閉じるモーションをとり、ピーターを見る。
「大した情報は残っていなかったが、面白そうなデータは見つけた」
「何やってたんだ?」
 この部屋でハッキングするようなものは何もないはずだが、とピーターが訝し気に匠海を見る。
「お前、プロジェクタを忘れてただろ。オーグギアからのデータ転送なら履歴が残るから、そこからデータを復元した」
 そう言いながら匠海がピーターの隣に移動し、データを共有する。
 最初はピーターが撮影したスクリーンの画像の元データ、次に主要な実行メンバーリスト。一番上に記載されたイーライ・ティンバーレイクが今回のテロの首謀者だろうか。
「見たことある名前もちらほらあるな。大抵SNSで反GLFNをわめいている過激なインフルエンサーだ」
「よく知ってるな」
 ピーターが見ても知っている名前はなかった。
 それだけに匠海の情報収集能力の高さに驚かされる。
善意の魔術師ホワイトハッカーの基本スキルだ。特にSNSの炎上案件はチェックしておくに限る」
 大抵炎上している奴らが行き過ぎて厄介なことをやらかすからな、場合によっては先手を打つこともある、と匠海。
「それとも、お前はSNSを見ないのか?」
「くだらん奴のくだらんつぶやきを見るくらいならハッキングの腕を磨いた方がイルミンスールのためになる」
 そうか、と匠海が一言呟く。
「その様子だと、信号いじったのが初めての犯罪か?」
 少しニヤニヤしたような顔で匠海が尋ねる。
 う、と言葉に詰まり、ピーターが顔を真っ赤にする。
「うるせーな、オレは違法なハッキングはしたくないんだよ!」
 世界樹攻めて犯罪者枠でカウンターハッカーになった奴とは違うんだよ、と匠海を睨みつける。
 そんなピーターを生暖かい目で見る匠海。
 「青いな」と思っていたのは事実だが同時に自分が擦れていたことに気付かされる。
 そう言えば俺が初めて違法にハッキングしたのは腕試しでモルガンが叩き潰したサーバだったか、などと思い出し、それから、
「ルキウス、伏せろ!」
 咄嗟にピーターを手近な机の裏に突き飛ばし、自分も潜り込む。
「なんだよアーサー!」
 そう抗議するも、頭上を奔る銃弾に思わず身を竦める。
 匠海を見ると、いつの間に抜いたかスマートガンを片手に机の向こう側の様子を窺っている。
「万が一に備えて残してやがったか?」
 お前も抜け、と匠海に言われてピーターも慌ててスマートガンを取り出す。
「撃てるな?」
「バカ言うな、自動照準オートエイム脅威排除エクスクルージョンで撃てないわけが」
「なら、殺傷エリミネイトに切り替えろ」
 え、とピーターが声を上げる。
「何を」
「冗談だ」
 真顔で向こう側を警戒したまま、匠海が言う。
「とりあえず、撃てるならいい。奴の銃を落とせ」
 匠海が机の裏から覗き込み、侵入者を確認、すぐに床を転がって隣の机に移動する。
 わずかなタイムラグの後、先ほど匠海がいた位置に正確に銃弾が叩き込まれる。
「ちっ、向こうは殺る気か」
 ほんの一瞬しか見ていないが、侵入者は両手にそれぞれ銃を握っていた。
《アーサー、どうする》
 なるべく侵入者に聞かれないように、とピーターが回線を開いて聞いてくる。
「ルキウス、お前は右側左手の銃を狙え。それ、イルミンスールから支給された奴だろ、だったらオートエイムがある分奴より早く撃てるはずだし自動追尾する」
 俺も同じ奴だから分かる、と続け、匠海は机から身を乗り出した。
 スマートガンのオーグギア連動によるオートエイムに照準を委ねると視界に表示されたロックオン用のレティクルが即座に相手の銃に重なる。が、それを確認するより早く匠海は引鉄を引く。
 相手が匠海の動きに合わせて引鉄を引くより早く、匠海の放った弾丸が自動追尾を行い右手の銃を撃ち落とす。
 同時にピーターも立ち上がり、発砲。
 同じく左手の銃が撃ち落とされる。
 その隙を突き、匠海はコンソールを展開した。
 右手にスマートガンを握ったまま、左手でコンソールを操作、侵入者のオーグギアのアクセスポイントを特定しようとする。
 両手の得物は落とした、とピーターが侵入者に一歩近づく。
 だが、次の瞬間、二発の銃声が響き、匠海とピーターのスマートガンが手から離れて床に落ちる。
「ルキウス!」
 まずい、と匠海が叫び、さらにコンソールに指を走らせる。
 いつ間に抜いたか、侵入者はさらに二丁の銃を両手に握っていた。
 その両方の銃口から煙が上がっている。
 二人に照準を合わせる時間はなかったはずだ。
 ――まさか、この一瞬で、しかも目視だけで正確に自分たち二人の銃を撃ち落としたのか?
 自分はまだ伏せれば遮蔽が取れる。だが、ピーターは完全に机から離れてしまっている。
 そのタイミングで漸く、相手のアクセスポイントが特定される。
「モードチェンジ、非殺傷スタンモードスタンバイ」
 侵入者の低い声が部屋に響く。
 モードチェンジした銃のキャパシタに電流がチャージされる。
 匠海が漸くアクセスポイントから侵入者のオーグギアを特定、情報酔いで無力化するためのSynapse PAin MomentSPAMを送り込もうとする。
 だが、匠海が最後のキーを押すよりも相手が引鉄を引く方が早かった。
 細い光レーザーが二人に照射、次の瞬間、レーザーが引き起こしたブルーミング現象により空気が導電イオン化され、それによって作り出された導電性レーザー誘起プラズマチャンネルLIPCを通った電撃が二人に撃ち込まれる。
 電撃によって筋肉が強制的に収縮させられ、全身に激痛が走る。
 それに耐えられるわけもなく、二人はその場に倒れ伏した。
 気絶できればどれほど楽だったか、と思いたくなるような激痛に脂汗が出る。
 それでも、匠海は体を起こそうと腕に力を入れた。
 普段から鍛えている身、こんな電撃に負けるわけにはいかない。
 しかし鍛えているからと言って強制的に収縮した筋肉が言うことを聞くわけもなく、匠海は苦し気に呻いた。
「こんな事態を想定して常に四丁の銃を持ち歩くのが俺の流儀でね」
 侵入者が再び音声認識で銃のモードを切り替える。
「モードチェンジ、ガンパウダーモードスタンバイ」
 火薬実弾ガンパウダーの単語に、相手の本気を感じる。
 少しでもバカな真似をすれば撃つ、その意思表示がたった一つの単語で伺える。
「……で、おたくらの話を聞かせてもらおうか。GLFNの飼い犬さん」
「なんで、それを」
 匠海が呻きながらそう言葉を絞り出す。
「簡単なことだよ。おたくらが使ってるそのスマートガンは最新だが先行モデル。ほとんどノータイム、視線誘導なしでのロックオンに自動追尾までされたら分かる奴には分かるんだよ。ちなみに、そいつは現時点でGLFNにしか卸されていない。それを持っているんだから当然、GLFNの人間と判断できる」
「……」
 言い当てられ、匠海は口を閉ざした。
 視線だけ、ピーターに投げるが彼は彼で苦し気に呻いている。
 完敗だ、と匠海は思った。
 視界には侵入者のオーグギアにSPAMを送り込む画面が表示されているがそのOKボタンをタップすることすらできない。
 さらに相手はガンパウダーモードでスタンバイした銃を二人に向けている。
 二人が何かしら行動しようとすれば撃つだろう――何の躊躇いもなく。
 ――ここまでか。
 テロは阻止できないのか。
 このまま、世界樹の崩壊を見届けるしか、いや、見届けることなく死ぬしかないのか。
「……で、どうしてGLFNの人間がこんなところに来た? 別におたくらに必要なものがあるわけないだろうに」
「……誰が、お前なんかに」
 せめてもの抵抗とばかりに匠海が回答を拒否する。
「ああ、そうかい。じゃあこっちの坊やに話を聞くよ」
 匠海から銃口は外さず視線は外し、侵入者はピーターを見る。
「坊やとしてはどうなんだ?」
「誰が、テロリストなんかに」
 ピーターも苦し気だが回答を拒否、だがその一言で侵入者は首をかしげることとなった。
「テロリスト? どういうことだ?」
「お前……テロリストじゃないのか……?」
 思わず、匠海が声を上げる。
 訳が分からないといった顔で侵入者は再び匠海を見た。
「いや、俺はしがない賞金稼ぎバウンティハンターだ。探偵も兼ねてるがな」
 そう言い、侵入者はピーターに向けた銃を一旦ホルスターに収め、空中に指を走らせて身分証IDカードを表示させる。
 カードは確かにバウンティハンターと私立探偵の許可証で、偽造不可能と言われる暗号証明印デジタルスタンプが捺されている。
 カードに表示された名前はタイロン・ダン・アームストロング。
「バウンティハンター、だと」
 逮捕された人間が保釈保証業者に保釈金を立て替えてもらって釈放されたのち逃亡することがままある。
 それを追跡、捕縛して引き渡して成功報酬を受け取るのがバウンティハンターである。
 現在では全ての州で免許制となっており、「必ず生け捕りにしなければいけない」等制約も多い。
 偽造不可の許可証を提示されたことで、匠海は相手の言葉を信じざるを得なかった。
「バウンティハンターがなんでここに」
「仕事だからに決まってるだろうが。逃亡犯ベイルジャンパーがここにいるという情報を掴んだから来たらもぬけの殻だわブービートラップは仕掛けてあるわなんか踏み込んでくる奴はいるわで散々だよ」
 で、おたくらはなんでここに、とバウンティハンター――タイロンが再び尋ねる。
「……テロを阻止するための情報が欲しくて」
 相手がテロリストの一人ではなく、バウンティハンターなら信用してもいいか、と匠海が答える。
 そういえば俺をテロリスト呼ばわりしてたよな、と呟きつつタイロンはそれでも匠海から銃口は外さない。
「おたくさ、俺に対してハッキングしようとしてるというかしてるだろ? それ解除してくれないか。解除してくれないとこっちもこいつは下せない」
 タイロンは匠海の動きからハッキングを察知していた。
 そのため、ピーターからは銃口を外せても匠海に対しては警戒を外せなかった。
 その頃には漸くわずかだが身体を動かせるようになっており、匠海は震える手でコンソールを操作、ハッキングを停止する。
 助かった、とタイロンが匠海からも銃口を外し、ホルスターに収める。
「とにかく、話を聞こうか。まさかとは思うが、イーライ・ティンバーレイクがテロを企んでるのか?」
 どうやらテロのことが気になったらしい。
 そういえば、さっき見たリストの一番上にイーライという名前があったなと思い出し、匠海は小さく頷いた。

 

to be continued……

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