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世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第1章

 

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    第1章 その名は「Team SERPENT」

 

《その通路の先に二人構えてる、やれるか?》
 髭を蓄えた男の聴覚に声が届き、男はああ、と頷いた。
「何言ってんだおっさん、流石のおっさんも見つからずにあいつらを排除するのは荷が重いだろ」
 男の隣に立つもう一人のツンツンとした茶髪の男が髭の男に指摘、髭の男もそうだな、と頷く。
「攪乱は任せた。SPAMスパムはハッカーの十八番だろ」
「それはもうその通り。っても、俺はSPAMよりオーグギアそのものをぶっ壊す方が性に合ってんだがなあ……」
 そんな軽口を叩きながら茶髪の男が自分の視界にAR表示のウィンドウを展開、数か所タップして通路の先の警備員をロックオンする。
パスは繋いだ、チョロいな」
 そんなことを言いながら茶髪の男はコンソールウェポンパレットを開き、ツールを選択した。
「パラメータは……っと、おっさんが伸してくれるからこんなもんでいいだろ」
「おいガウェイン、そうおっさんを連呼するな」
 髭の男が両手の二丁の銃のモードが非殺傷スタンになっているのを確認しながら茶髪の男をたしなめる。
「えー、タイロン、おっさんじゃねえか」
 ガウェインと呼ばれた茶髪の男も手を止めずに反論する。
「ほらよっと」
 ガウェインがウィンドウに表示されたボタンをタップ、するとガウェインの視界でロックオンしたターゲットに向けてラインが伸び、SPAMを送り込む。
 ぎゃあ、と二人の警備員が頭を抱え、悶絶する。
 視界に投影された光過敏性発作を誘発するフラッシュ映像に加えて聴覚に届く大音量の爆音。
 典型的なSPAM攻撃に警備員たちは成す術もなく無力化され、角から飛び出した髭の男侵入者に対応することができない。
 タイロン、と呼ばれた髭の男が引鉄を引く。
 銃からレーザーが伸び、導電性レーザー誘起プラズマチャンネルLIPCを通った高圧電流が二人に撃ち込まれる。
 電撃によって二人の体が硬直し、ばたりと倒れる。
「ガウェイン、終わったぞ」
 振り返り、タイロンが角に隠れていたガウェインに声をかけた。
「さすがおっさん」
 ガウェインがタイロンの横に立ち、倒れる警備員たちを見下ろす。
「何をしている、行くぞ」
 タイロンが銃を手にしたままさっさと歩き始める。
「待てよおっさん!」
「おたくさん、俺のことおっさん呼ばわりしてるが、おたくさんも十分おっさん予備軍だろうが」
 小走りで隣に並んだガウェインにタイロンがため息交じりに呟く。
 ガウェインと組んで一年ほどになるが、この調子のいい男がもうアラサーの域に入っていることは知っている。
 おたくさんももうすぐおっさんと呼ばれる歳だぞ、などと思いながらタイロンはもう一人のナビゲートを受けながら奥へと進んでいた。
 途中見かけた警備員はガウェインのSPAMを利用しつつ昏倒させ、やがて「サーバルーム」と記載された部屋の前に到達する。
「ガウェイン、できるか?」
「俺をなんだと思ってんだよ、一分で開けてやらぁ」
 ガウェインがウィンドウを展開、サーバルームのロックシステムに侵入する。
 トラップをかいくぐり、セキュリティを無効化して施錠状況を【Lock】から【Open】に変更する。
 宣言通り、一分弱でロックを解除したガウェインがドアの横に立ち壁を軽く叩く。
「おっさん、できたぞ」
「だからおっさんと呼ぶなと」
 そんな会話を交わしながら二人がサーバルーム内に侵入する。
 が、タイロンは入ってすぐのところで立ち止まり、室外の廊下を警戒する。
 ガウェインのみがサーバルームの奥へ進み、最奥の集中端末の前に立つ。
「さぁて、やりますか……」
 指をポキポキ鳴らし、ガウェインが気合を入れる。
 このご時世、ハッキングはネットワークにさえつながっていればどこからでも行うことはできる。
 当然、ガウェインが発見の危険を冒してまでサーバルームに来る必要はない。
 しかし、どれほどの優秀なハッカーであっても現地に赴かなければ侵入できないコンピュータは存在する。
 それは――。
「まぁ、最重要機密事項ならネットワーク未接続スタンドアロンのPCに保存するわな……」
 グローバルネットワークに接続されていないコンピュータには直接接続しないとアクセスできない。
 近年は量子通信の普及によって電波暗室にコンピュータを置いておけばアクセスされないという安全神話も崩れ去っており、特に重要なデータ、外部に漏れてはいけないデータを保管しておく専用のコンピュータが設置されていることが多い。
 ガウェインが右耳に装着したデバイスにケーブルを挿し、もう片方の端を集中端末のポートに差し込む。
 視界に幾つものウィンドウが展開し、ガウェインは素早く指を動かしてセキュリティを回避、サーバに保管されたデータにアクセスする。
 データ閲覧のためにARモードからフルダイブVRモードに変更、視界が瞬時に巨大な書架へと切り替わり、ガウェインの姿も黄金の鎧をまとった騎士の姿へと変化する。
「さて、と……ルキウス、見えてるか?」
 ぐるりと書架を見回し、ガウェインが通信中のナビゲーター――ルキウスに声を掛けた。
《ああ、見えてる。俺も行くから少し待ってろ》
 ルキウスが返答、直後、ガウェインの隣に豪奢な鎧をまとった皇帝が出現した。
「いやー、最新のオーグギアは凄いな、ブースターがあればオーグギア経由で複数人同じエリアに出現できるんだもんな」
 隣に立つ豪奢な鎧のアバター――ルキウスにガウェインが感心したように呟く。
「なに感心してんだよ、さっさと探すぞ。確かアイツの話だと去年あたりから動きが活発化してる、だったよな」
 探すのも去年のアーカイブをメインエリアに絞ればいいか、とルキウスが検索ツールを展開する。
 必要データを入力、検索を開始すると、検索ツールは一羽のハクトウワシへとその姿を変化させ、書架を飛び回り始めた。
 ガウェインも自分が所持する検索ツールで検索を開始、二人で該当のデータを探す。
 時間にして数分もかかっただろうか。
 ハクトウワシが書架の一つに急降下し、その鋭い鉤爪で対象のデータを捕える。
「ビンゴ! ガウェイン、そっちに転送する」
 ルキウスが素早くハクトウワシを回収、その鉤爪に掴まれたデータをガウェインに転送する。
「やっぱお前の検索ツール狩人の眼はすげえな、セキュリティ回避しながらでそのスピードかよ」
 検索スピードだけで計算すると、ルキウスの「狩人の眼」による検索スピードはガウェインが使用したツールの数倍を誇る。
 ガウェインのARウェアラブルデバイスオーグギア外部演算デバイスブースターを経由して、処理能力は落ちているはずなのにそのスピードで、ガウェインはルキウスの魔術師マジシャンとしての能力の高さに称賛を送らずにはいられなかった。
 もちろん、ガウェインも魔術師としては界隈トップクラスの実力はある。
 かつては世界最強と言われたスポーツハッキングチーム「キャメロット」に所属していたナンバーツーなのだ。
 尤も、その「ナンバーツー」は自称ではあったが。
 そして、ルキウスもまた、かつてはスポーツハッキング界のランキング上位常連チーム「エンペラーズ」の一員として腕を振るっていたスポーツハッカーだった。二人はスポーツハッキング大会の決勝での対戦経験もあるほどには見知った相手であり、ライバルだった。
 そんな二人が今、スポーツハッキングとは真逆のハッキングで施設のサーバを攻め、データを盗み出そうとしている。
 二人とも、スポーツハッキング界から引退して久しい。大会優勝などの数々の栄光は捨て去り、今この場にいる。
 ガウェインがデータを受け取り、ルキウスに頷いてみせる。
「じゃあ、オレは引き続き館内のセキュリティ監視に戻る。お前は離脱前にデータの確認を頼む」
「了解。流石に俺経由のままじゃリソースがいくらあっても足りないからな」
 ガウェインの返事を聞き、ルキウスが小さく頷く。
 ガウェインを経由した遠隔フルダイブを解除、ルキウスのアバターが光の粒子となって掻き消える。
 残されたガウェインは受け取ったデータを展開、表示された各種データ――何かの取引帳簿に目を走らせた。
「やっぱSERPENTサーペントの言葉通りだな。うまいこと隠されているが裏金の取引記録がばっちり収録されてるぜ」
 楽しそうにデータを確認するガウェイン。
「大丈夫だ、このデータで間違いないようだ」
《だったらさっさと戻ってこい。セキュリティ止めてるの、そろそろバレそうだ》
 施設のセキュリティにアクセスし、ガウェインたちの侵入を遅らせていたルキウスが大して焦った風でもなく報告する。
「多少は心配しろよ~」
《まぁ、お前らならそこを脱出することくらいわけないだろ》
 ガウェインの抗議にルキウスが全く心配したそぶりもなく一蹴する。
《捕まりたくなかったらさっさと脱出しろ。俺にできることはここまでだからな》
「はいはい――っと。おっさん、警備は任せたぞ」
「ああ、お客さんだ。思っていたより早かったな」
 扉の影に身を隠しながら、タイロンが毒づいた。
 マジか、とガウェインもその隣で身を隠し、扉の外を見る。
 そこには複数の警備員が集まっていた。
 銃を手に、サーバルームの出入り口を取り囲むように身構えている。
 最前列は防弾盾バリスティックシールドを持った警備員が構えており、撃ち合いになったとしても犠牲者が出ないように、と配慮されている。
 まぁ、こちらの犠牲は考慮してないんだろうがな、とタイロンが考えつつどうする、とガウェインに尋ねる。
「どうするもこうするもここを抜けなきゃ帰れんわけだが」
「SPAM送れるか?」
 ざっと確認したところ、相手は十数人。狭い通路に密集しているようにも見える。
 それならガウェインのSPAMで一網打尽にできる……と、タイロンは思ったのだが。
「流石に一度に十人超えはきっついなあ……しかもバレてんだろ? 枝付けるのと対策される、のいたちごっこだぞ」
 ルキウスから共有されたウィンドウを開き、警備の状況を確認しながらガウェインが唸る。
 オーグギアをハッキングする対人戦の場合、「相手に気付かれる前に暗殺ステルスアタックする」のがこの時代のハッカーこと魔術師マジシャンの常套手段である。
 もちろん、相手がハッキングの知識のない素人であれば知られていても侵入はたやすいが、流石に十人以上を相手にすれば必ず気付かれるし同時進行で対策もされる。データリンクでも構築されていようものならほぼ同じタイミングでハッキングしない限り、データリンク経由で解除されるだろう。
 まずいな、とタイロンが呟く。
 タイロンはハッキングに疎い反面、白兵戦に強い。しかし一人で十人超えを相手にするのは骨が折れる。ましてや白兵戦ができないガウェインを庇いながらとなると苦戦は必至だろう。
 しかし、ネガティブな発言ばかり口から飛び出しているにもかかわらず、二人の口元には余裕の笑みすら浮かんでいた。
 この程度なんとかなる、と言わんばかりの様子に、駆けつけた警備員が声を上げる。
「投降しろ! 抵抗しなければこちらも悪いようにはしない!」
「……ってさ、おっさん。どうする?」
 ニヤニヤとしながらガウェインがタイロンを見る。
 タイロンもニヤリ、と不敵な笑みを浮かべながらガウェインを見た。
「SPAMは使えずとも、おたくさんには手があるだろうが」
「それはそう。AAAトリプルエーから貰ったガジェットのお披露目でもするか?」
 そう言いながら、ガウェインは背負っていたリュックサックを下ろし、ジッパーを開く。
 中に手を突っ込み、取り出したのは――金属でできた蜘蛛のような数体のガジェット。
 その背に描かれ、樹に巻き付く蛇のエンブレムに「あいつ、こんなもの付けやがって」と呟きながらガウェインはガジェットを床に下ろし、起動した。
 ガウェインの視界に幾つものウィンドウが展開し、蜘蛛型ガジェットのカメラアイの映像を映し出す。
「……んじゃ、やりますかねえ……」
 制御用のウィンドウを開き、ガウェインは【Launch】と表示されたボタンをタップした。
 一斉に蜘蛛型ガジェットが起動し、カメラアイにセットされたLEDが紅く光る。
「ほいっと、いってらっしゃい」
 蜘蛛型ガジェットにガウェインが手を振る。
 カサカサと蜘蛛型ガジェットが走り出し、開かれた扉から廊下へと飛び出した。
!?!? なんだ!?!?
 出てきたのが侵入者ではなく、幾つもの蜘蛛型ガジェットで、警備員たちが驚きの声を上げる。
 このような状況、特殊部隊など場慣れした人間なら即座に蜘蛛型ガジェットを撃つ、といった反応ができただろう。
 しかしこの場にいた警備員たちはあくまでも施設内を巡回して見かけた、あるいはデータリンクで共有された侵入者を排除するという受け身の対応しかできなかった。見たこともない不気味なロボットがいくつも飛び出して来たらそれはそれで驚き、反応が遅れてしまう。
 それでもこの警備員たちは優秀だった。
 ほんの一瞬硬直したもののすぐに「あれは敵だ」と認識し、蜘蛛型ガジェットに銃を向ける。
 数発の銃声、直後、床に幾つもの弾痕が刻まれる。
 しかし、蜘蛛型ガジェットの反応速度は警備員たちの想像をはるかに上回るものだった。
 銃声と同時に、いや、発砲される直前にその八本の足で斜め前方に跳び、全ての蜘蛛型ガジェットが銃弾を回避する。
 何、と警備員たちがさらに発砲する。
 だが、蜘蛛型ガジェットは難なく銃弾を回避、あっという間に警備員たちとの距離を詰めた。
 壁や防弾盾の隙間を通り抜け、蜘蛛型ガジェットが警備員に取り付く。
 次の瞬間、蜘蛛型ガジェットがスタンガンのように放電、警備員の一部を昏倒させた。
「おっさん、今だ!」
 蜘蛛型ガジェットによる攻撃にかき乱された警備員たちを見てガウェインが合図を送る。
 ガウェインの合図を待つことなく、タイロンもサーバルームから飛び出した。
 タイロンの両手に握られた二丁の可変拳銃ヴァリアブルハンドガンの銃口が警備員を捉え、レーザーと共に電撃を放つ。
「二人!」
「残りは四! いけるよな?」
 タイロンのカウントと同時にガウェインも蜘蛛型ガジェットからの映像で残りの警備員の数を確認する。
 蜘蛛型ガジェットの被害に遭わなかった四人の警備員がタイロンに銃を向ける。
「遅い!」
 そのうちの一人に肉薄し、タイロンは鳩尾に拳を叩き込んだ。
「がはっ!」
 重い一撃に警備員がその場に頽れる。
「三人!」
 そう言いながら、タイロンはチャージの終わった銃をそれぞれ別の警備員に向け、発砲。
 電撃がさらに二人の警備員を昏倒させる。
「くそっ!」
 残りは一人、いくらタイロンの動きが素早くとも、複数人を相手にしていてはどうしても隙が生まれる。しかも、非殺傷スタンモードのヴァリアブルハンドガンはチャージ中。
 肉弾戦で沈めるにはほんの少し遠い位置にいる警備員。
 った、と警備員が確信したその瞬間。
 カサカサと警備員の肩で何かが動いた。
!?!?
 視線だけを動かすと、肩には一体の蜘蛛型ガジェットが取り付いている。
 蜘蛛型ガジェットは前脚を伸ばし、警備員の首へ当て――。
「ぎゃああああああ!!!!」
 全身を駆け巡る高圧電流に、警備員が絶叫、その場にばたりと倒れ込んだ。
「ほい、一丁上がり!」
 警備員たちが全員昏倒したことを確認し、ガウェインが声を上げる。
「さすがAAAのガジェットだな。やっぱオタクギークは違うや」
 ガウェインがサーバルームから出てきてタイロンの隣に立つ。
 蜘蛛型ガジェットがその彼に付き従うように足元に集合する。
「それじゃ、脱出しますかね」
 呻く警備員たちを尻目に、ガウェインとタイロンは走り出した。
 ルキウスによる施設内マップのナビゲートに従い、非常口に出る。
 非常口から外に逃れ、周りに誰もないことを確認し、ガウェインは自分の周りの蜘蛛型ガジェットを回収した。
 全てリュックサックに収納し、施設の敷地外へと出る。
「じゃあおっさん、後でいつもの場所に」
 ビルに挟まれた路地に出たところでガウェインはタイロンに手を振った。
「ああ、また後でな」
 ガウェインと反対方向に歩き出すタイロン。
 それを見送ることなくガウェインも表通りに出て、何事もなかったかのように歩き出した。
 往来の人々の中に、ガウェインが溶け込んでいく。
 アメリカは第三の世界樹「Treeツリー ofオブ Knowledgeノーレッジ」のお膝元、フィラデルフィアのとある街。
 先ほどまで、ついそこの施設に侵入者がいて、まんまと情報を盗み出したということを、誰も知らない。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

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