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世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第1章

 

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前回のあらすじ(クリックタップで展開)

 アメリカ、フィラデルフィアにあるとある施設に二人の男が侵入した。
 ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。

 

 
 

 

 橋の下に、そのコンテナは打ち捨てられたように置かれていた。
 スプレーで落書きされ、誰も気に留めないようなそれに一人の男が歩み寄る。
 ツンツンとした茶髪の男――ガウェインがコンテナの前で足を止め、扉にそっと手を触れる。
 ――と、ガウェインの視界に【Open】の文字が浮かび上がり、ロックが解除される音が聴覚に響いた。
 周りに誰もいないことを確認し、扉を開ける。
 中に入り、すぐに扉を閉める。
 入ると同時、樹に巻き付く蛇のエンブレムとその下に「Team Serpent Quantum Intra Network」と表示される。
「ガウェイン、遅かったな」
 先に到着していたのだろう、デスク前の椅子に腰を下ろしていたタイロンがガウェインにそう声を掛けた。
「おっさん、早かったな」
「まあな。この辺りは庭だ、最短ルートくらい把握している」
 探偵業本業であちこち回っているからな、と続けるタイロンにガウェインはさすが、と口笛を鳴らす。
 このコンテナはガウェインとタイロンがよく「仕事」で利用するハイドアウトだった。
《十人ちょっとくらいではお前らは止められないってか。お疲れさん》
 ガウェインとタイロンの会話にその量子独立ネットワークイントラネットの内部にいるルキウスも通信で会話に加わる。
「おう、ルキウスもお疲れさん」
 ガウェインも通話の向こうのルキウスに片手を挙げ、労うともう一人が会話に加わってきた。
《なんだ、俺のことは放置かよ》
 通話ステータスの顔写真アイコン、「ルキウス」と書かれた金髪の男の隣に、「アンソニー」と名前が表示され、さらに赤毛の少年の顔が映し出される。
「おう、AAA、お前も来たか」
 これがこのハイドアウトを利用する理由。アメリカ各地にこのハイドアウトは設置されており、そのハイドアウトの内部にいる人間だけがハイドアウトの内部にいる人間同士で会話するための量子イントラネットに接続出来るのだ。
 アメリカ全土のハイドアウトだけを量子イントラネットで繋ぐなどどういう仕組みなのかこの会話に加わっている天才ハッカー二人を持ってしても分からないが、彼らの出資者兼情報提供者により提供されている技術の一つだ。
「と、そうだそうだ」
 タイロンが椅子を使っているため、コンテナ内に設置された簡易ベッドに腰かけ、ガウェインがリュックサックから蜘蛛型ガジェットを取り出す。
 床に置かれた蜘蛛型ガジェットはカサカサと移動し、それぞれ割り当てられた充電ドックに入っていく。
「AAA、お前のガジェットなかなかやるな」
 充電ドックに入っていく蜘蛛型ガジェットを見ながら、ガウェインが「アンソニー」と名前が表示された少年を褒める。
《ふふん、SERPENTの資金提供のおかげで最新のアクチュエータとかたっぷり買えたからな。気に入ってもらえて嬉しいよ》
 そう言い、ガウェインに「AAA」と呼ばれた少年――アンソニーがはにかんだ。
少々大人びたところがあり、電子工作に関してはガウェインやルキウスですら知識の及ばないところを歩くアンソニーだが、こうやって笑った様子が窺えると高校生らしい年相応さが垣間見える。
「ああ、AAA、今データを送る」
 ガウェインがウィンドウを開き、アンソニーに先程施設から入手したデータを転送する。
《了解、ガウェイン。ところで――俺のことAAAって呼ぶの、親とか一部の友人だけだし教えた記憶もないんだが》
 データの転送時間に、アンソニーがふと、ガウェインに尋ねる。
「なーに言ってんだ、Anthonyアンソニー・A・Avaryエイヴァリー、イニシャル全部AなんだからAAAになるだろうが。それに俺はお前のこと信用してるからな、親愛の証だ」
 がはは、とガウェインが豪快に笑う。
 なるほど、とアンソニーが納得したように頷いた。
《信頼してもらえると俺も嬉しいよ》
「まぁ、こんなおっさんばっかりに囲まれちゃ色々気を使うだろうが、俺たちは気にしないから気楽にしてくれ」
 ガウェインとしては「仲間なんだから気負わずに頼ってくれ」というつもりだったのだろうが、その言葉を聞いたタイロンが渋い顔をする。
「なんだよタイロン、渋い顔して」
「……お前、自分がおっさんだという自覚あったんだな」
 タイロンの言葉にガウェインが「なんだよー」と反論する。
「AAAからすりゃ一回りくらい年齢違うだろうが。おっさん扱いされてもしゃーねーって」
「……はぁ」
《おい、無駄話している時間はないぞ》
 おっさん談義を始めた二人をルキウスが止める。
 あっ、と話をやめたガウェインとタイロンがアンソニーのアイコンを見た。
《データをSERPENTの解析ツールで確認した。やはり、『Projectプロジェクト REGIONレギオン』の実在性を証明するに値するものだった》
 そう言いながらアンソニーがウィンドウを操作、ガウェイン、タイロン、そしてルキウスにデータを転送する。
 三人の視界にいくつかのウィンドウが開き、裏金の動きなどがグラフとして可視化される。
「『Project REGION』なんてただの与太話だと思ってたんだがなあ……こうやって実在性を証明されるとマジかよ、って思えてくる」
 グラフに視線を投げたガウェインが唸る。
 「Project REGION」。今、ガウェインたちが追っているとある計画の名称ではあるが、ガウェインとしてはにわかには信じられないものであった。
 だが、こうやって実際に、しかも極秘裏に展開されていると証明されてしまうとその存在を疑うことができなくなる。
 ううむ、とガウェインが唸っていると、四人の目の前で空間が揺らぐようなエフェクトと共に一匹のサーペントが姿を現した。
『だから与太話ではないと言っているだろう。「Project REGION」は実際に計画され、極秘裏に進められている。尤も、今回のデータ解析でそれが完全に証明された、ということだがな』
 ネオンカラーのラインが光り、金属光沢を持ったデジタルデザインの蛇が舌をちろちろさせながら四人に言う。
 この蛇は四人にしか、いや、この量子イントラネットにアクセスすることを許された人間にしか見えていない。
 このハイドアウトをはじめとした量子イントラネットにアクセスすることが許された人間の前だけに姿を現すこの蛇には実体は存在しない。あくまでもオーグギアを経由して表示されるAR体に過ぎない。
 それでもこの蛇のテクスチャやシェーダーは精巧に作られており、現実に出現したのではないかと錯覚させるほどリアルであった。
「おいでなすった。……まぁ、これだけ証拠を突き付けられちゃ疑うことはもうできねーよ」
 蛇に向かってガウェインがぼやく。
「なんと言うか……SERPENT、お前が『Project REGION』を阻止したいからチームに入れとスカウトしてきてさ、今まで色々調査してきたけどここまではっきりとした証拠は掴めなかったんだ。完全にあり得ないと疑ってたわけじゃないが、それでも俺やタイロンが命賭けるに値するものかどうかなんて何回思ったか分からないぞ」
 まだ完全には信じることができていないようなガウェインの声に、「SERPENT」と呼ばれた蛇はため息を吐いた……ようだった。
 SERPENTの身体を構築するデータが揺らめき、まるでため息を吐いたかのように見せる。
『私も独自のネットワークで調査はしているのだがな……「Project REGION」は実際に遂行されている。しかし、Lemonレモン社は巧みに情報を隠蔽して、私の追跡を逃れている』
「ってか、それだよ。マジでLemon社が関わってんのか?」
 SERPENTの言葉にガウェインが半信半疑の声を上げる。
 Lemon社と言えばこの世界に君臨する四大巨大複合企業メガコープの一社である。
 一九八〇年代に独自のOSを搭載したコンピュータをリリースし、二〇〇〇年代には当時全く新しい携帯電話「lPhoneエルフォーン」を販売、一躍脚光を浴びて世界に君臨する企業の一つとして上り詰めた。
 そんなLemon社も現在ではオーグギア「lGearエルギア」をフラグシップ機として販売しており、全世界のオーグギアユーザーのかなりの数がlGearユーザーとも言われている。
 Lemon社は他にも様々なICT機器なども手がけており、二一二六年には世界で三本目の「世界樹」と呼ばれるネットワークインフラ基幹サーバ「Treeツリー ofオブ Knowledgeノーレッジ」、通称「ToK」を建造、オーグギアが普及し、より密度の増した量子ネットワークを強固なものとするべく稼働している。
 そのLemon社が極秘裏に「Project REGION」を進めているというのは穏やかな話ではない。
 少なくともSERPENTはそうガウェインたちに訴えかけていたが、ガウェインが半信半疑だというのも無理はない話なのである。
 何故なら――。
「Lemon社が『魂のデジタルコピーを企んでいます』と言われてハイそうですかと言えるか? そもそも魂って、俺たち人間に宿ってるものだろ? それをデジタルコピーするとか言われてもピンと来なくて」
 ガウェインが、いや、恐らくは他のメンバーも半信半疑であろう「Project REGION」の内容。
 それが、「魂のデジタルコピー」だった。それも、コピーした魂を兵器運用のためのAIにしようと言うのだ。
 SERPENT曰く、「Lemon社は人間の脳内データをデジタルデータとして収集している。それは魂のデジタルコピーに他ならない」ということ。
 あまりにも突飛すぎる内容に、ガウェインは「Project REGION」自体は実在すると今回の調査で信じることとなったが、それでも魂のデジタルコピーに関しては信じられない。
 だが、SERPENTはガウェインたちの不信をよそに一つの例を提示する。
『何度でも言うが、魂のデジタルコピーに関しては実例がある。ToKが運営している巨大仮想空間メタバースEDENエデン」、それが魂のデジタルコピーの証明となる』
「あんな一部の人間にしか入れない巨大仮想空間メタバースを根拠に出されてもなぁ……」
 SERPENTの言葉にガウェインがため息交じりに呟く。
 ToKが運営している巨大仮想空間メタバース「EDEN」。それはガウェインだけでなくここにいる全員が知っているサービス名だ。かのLemon社のサービスなのだから当然だろう。だが、同時にここにいる全員がその明確な詳細を知らなかった。
 なぜならば、「EDEN」は「特定の条件」を満たした人間しか入れない、特殊な巨大仮想空間メタバースだからである。
 「特定の条件」は知っている。「死を間近にした人間、そしてその家族」だ。
 「EDEN」は「End of Death Eeternity Network」の略であり、死が間近に迫った人物の脳内データをサーバに抽出し、「EDEN」内にアバターとして再現、遺された家族がそのアバターと交流するために用意された巨大仮想空間メタバースである。
 遺族が死んだ家族と会うことができる、と人気を博しており、申込者は多いと聞く、が。
「あんなの入った事ない人間からしたら都市伝説みたいなもんだしなぁ」
『なぜ疑う? 「EDEN」の第一号被験者はお前の友人だろう』
「それはそうなんだが……」
 SERPENTの言うところの「お前の友人」。
 あれはもう十年ほど前になる。ガウェインは友人であり仲間だった二人の人間を一つの事故で喪っていた。
 そして、その二人のうちの片割れにしてガウェインが所属していたチームのまとめ役でさえあった永瀬ながせ 和美かずみの父である佐倉さくら 日和ひよりはEDENの技術最高責任者として知られており、その一号被験者が彼の実の娘とその夫である、と言う話は娘とその夫の名前こそ公表されていないが有名だ。
 事故で死んだ実の娘とその夫を第一号被験者にするあたり恣意的なものを感じる上にそんなよくできた話があるか、とガウェインは考えていたが、時期や状況を考えるとあり得ない話でもない。
 人間の脳内データの抽出にはどうしても人体実験が必要となる。当然、倫理委員会の反対もあったはずだ。
 それでも日和が「自分の娘の記憶データを霧散させたくない」と独断専行して既成事実を作り、倫理委員会を説き伏せたと考えるのは美談として世に広まっている。
 とはいえ、やはりEDENに入り、二人に会った事があるわけでもない。ガウェインには結局、実感のない話であった。
「おたくさん、よくその話を何度も繰り返せるねえ……」
 ガウェインとSERPENTの会話に、タイロンが呆れたように呟く。
 だってよ、とガウェインが口をとがらせる。
「何回言われても納得できねえよ。和美さんマーリン匠海アーサーが親のコネでEDEN入りした、しかもそのEDEN絡みでキナ臭いことやってるってさ……」
 何度も繰り返した話をガウェインが再度口にしようとし、それを遮るかのようにルキウスが咳払いした。
《とにかく、だ》
 口を挟んだルキウスが言葉を続ける。
《確かに、SERPENTは謎が多い。俺やガウェインのような魔術師マジシャンが全力を出しても、その中身が未だ不明な程度にはな》
 だが、とルキウスが続ける。
《少なくともSERPENTのこれまでの情報に嘘はない。その内容はともかく、『Project REGION』と言う秘密計画の実在も明らかになった。なら、SERPENTに集められた『Team SERPENT』として、やることはこれまで通り続けるだけだろ?》
「だな」
 ガウェインがその言葉に頷く。
「俺達なら出来る。三年前の『木こりのクリスマスランバージャック・クリスマス』を三人で阻止した時みたいにな」 
 ガウェインの言葉に、タイロンと、画面越しのルキウスが頷く。
《あの、この場には俺もいるんだけど》
 置いてけぼりを喰らっていたアンソニーが強引に割り込み、ガウェインは「そりゃ勿論」と頷いた。
「おう、勿論AAAも、他の会ったことないSERPENTのメンバーも、みんなでな!」
 SERPENTには謎が多い。それでも、これまで何度か交流したTeam SERPENTのメンバーは全員頼りになる人間揃いだった。
 このメンバーなら必ず、「Project REGION」の証拠を固め、Lemon社を告発出来る。ガウェインこと山上やまがみ たけしには不思議と確信があった。

 

To Be Continued…

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