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世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第2章

 

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 場所はアメリカのフィラデルフィア。
 とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
 ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
 ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
 そこに現れた1匹の蛇。
 その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。

 アメリカに四本あるメガサーバ「世界樹」。
 ガウェインこと健はふと、仲間と出会ったかつての旅を思い出す。
 新たな依頼を受ける「Team SERPENT」。
 今度の仕事はLemon社の子会社が受注したという何かを調査することらしい。
 いつものごとく仲間の手引きで侵入する健とタイロン。
 警備のザルさも相まって、二人は難なくデータの入手に成功する。

 

 
 

 

「ただいまー」
 誰もいないだろうと思いながら戻ってきたハイドアウトには珍しくアンソニーも来訪していた。
「ああ、ガウェインおかえり」
「仕事中じゃなければ健でもいいって」
 そんなことを言いながらリュックサックを放り出し、備え付けのベッドに身を投げ出す。
「じゃあ、タケシ……。今、データは解析中だ。転送はあんたが戻って来る少し前に終わったよ」
「ああ、それ、こっちも通知が来たからアダプタは破棄しておいた。物理的にショートさせたから復元も無理だろ」
 そう言いながら、健はアンソニーがリュックサックからガジェットを取り出し、充電ドックに送り込む様子を眺めていた。
「なんか、凄い情報密度のデータで、解析には時間がかかりそうだ。結果が出るまで休んでたら?」
 アンソニーの言葉に健が「そうさせてもらう」とブランケットを被り寝返りを打つ。
 今回のSERPENTの依頼は「Lemon社の子会社がLemon社から何かを受注したらしい」ということで、その詳細を突き止めることではあったがLemon社からの発注データは膨大なもの、かつ情報密度が高いもので、「とんでもないものを拾ってしまったのではないか」という不安がちくりと胸を刺す。
 SERPENT曰く、Lemon社が進めているという「Project REGION」は人間の魂をデジタルコピーし、それをAIとして兵器に搭載する、というものらしい。従来のAIと違い、人間の脳内データ、魂と呼べるものをデジタルコピーし、AIにすることでよりファジーな自律思考を持ち、人間と変わらぬ判断で敵を認識、殲滅するという。
 それが実現可能だとは健は信じていなかった。
 しかし、「魂のデジタルコピー」が既存技術で、この膨大な高密度データを目の当たりにすると「もしかして」という思いが浮かび上がってくる。
 もしかして、これがその「デジタルコピーされた魂」のデータなのか、と。
 解析結果を見なければ何も言うことはできないが、仮に、このデータが「デジタルコピーされた魂」であった場合、それがどうしてこんな子会社のサーバに格納されているのか。
 魂のデータは全て「EDENエデン」に格納されているのではないのか。
 「死に瀕した人間の脳内データを抽出してメタバース上にアバターを構築して再現、遺族が心の整理を付けるための時間を用意する」ために用意された巨大仮想空間メタバース「EDEN」。「Project EDEN」と称された計画に基づいて展開されたそれはLemon社有する世界樹メガサーバ「Tree of Knowledge」に構築されており、条件を満たした人間が登録しているという。
 この「EDEN」に再現された死者こそが「魂のデジタルコピー」が現実のものとなっている証左であるとSERPENTは説明していた。
 それに対しても健はまだ完全に信じていない。確かに脳内データを抽出し、アバターに人格を再現することは可能かもしれないが、それは既存のコミュニケーションAIに抽出した脳内データを学習用のアセットとして登録しているだけではないのか、と。
 「EDEN」に立ち入ることが許されているのは脳内データを抽出された死者とその遺族のみである。だから「EDEN」内の死者が遺族にどのような立ち居振る舞いを見せるのかは健には分からない。しかし「EDEN」の人気は高く、口コミやレビューを見る限りでは死者を再現したAIはよほどの精度があると言えよう。
(……アーサー、お前はどうなんだ)
 コンテナハウスの天井を見上げて健はかつての友人に思いをはせた。
 あの事故から十年。事故に見せかけられていた事件は解決し、健も「自分にできることは終わった」と思っていたが。
 四年前の「EDEN」のサービス開始によってその思いは揺らいだ。
 ToKの完成と共にサービスが開始された「EDEN」。その住人モデルケースとして一つの公式発表が「EDEN」運営から行われていた。
 それが、「『EDEN』のサービス開始に当たって、先行して住人となったのは技術最高責任者の娘とその夫だ」というもの。
 「EDEN」の技術最高責任者こと佐倉さくら 日和ひよりの娘がスポーツハッキングチーム「キャメロット」のまとめ役であり、入籍後僅か数か月で事故に遭い夫婦共々死亡したニュースは当時の様々な界隈を騒がせた。
 しかし、ニュースというものは移ろうもので、人々はすぐに別のニュースに興味を持ち、この二人の死というニュースはあっという間に風化していった。
 それが再度話題になったのが二一二六年、ToKの量子ネットワーク開通と同時にサービス開始された「EDEN」に二人の住人が存在する、というリリースだった。
 本当に、「EDEN」にはアーサーがいるのか。
 どうなんだ、と健は再び呟いた。
 自分より後に「キャメロット」に加入したにもかかわらずあっという間に自分を追い抜いて行った天才魔術師マジシャン。チームの誰も打ち破ったことがないと言われるマーリンですら超え、変幻自在の能力を持つ固有ツールユニークを編み出した彼なら、この事態をどう思うだろうか。
 聞いてみたい、と、ふと思う。
 「お前が今いる『EDEN』の技術が兵器転用されようとしているぞ」と。
 実際はどうか分からない。
 「EDEN」は単に死者の記憶などを元に既存AIに学習させただけかもしれない。そう思いたいが、今までSERPENTの指示で調査を進めてきて、「そうではないかもしれない」と思い始めている自分がいることも確かだった。
 本当に、人間の脳内データを抽出してAIとして動かすことができるのか。
 人間の脳が微弱な電気信号で成り立っていることは分かっている。その信号が解析できたのなら不可能ではないだろう、ということも分かっている。
 それでも、信じたくなかった。
 大切な友人たちが、死してなおその脳内のデータをもとに生き永らえさせられていると考えるのはあまりにも悍ましい。
 悍ましいが、もう一度会って話をしたい、スポーツハッキングで対戦したい、と思ってしまう。
 アーサー、俺はあれから腕を磨いたんだぞ、もう一度対戦してくれよ、と。
「……タケシ、またあんたの友人のこと考えてんのか?」
 デスクで何やら新しいガジェットでも組み立てているのだろう、健の方を見ずにアンソニーが声をかける。
「……ん……? 俺、何か言ってたか?」
 思わず体を起こし、健がアンソニーを見る。
「ああ、『アーサー。俺はあれから腕を磨いたんだぞ』って。アーサーってあれだろ? あんたの友人で、今『EDEN』にいると言われる最初の住人だろ?」
 どうやら無意識のうちに言葉にしていたらしい。
 健がはは、と力なく笑って頭を掻いた。
「ルキウスもタイロンも言ってるぞ、『最近のガウェインは心ここにあらずな時が多い』って」
「そんなに?」
 流石にそれはまずい。もう少し気を引き締めないと、と自分を戒めつつ、健はそれでもアーサーのことを考えずにはいられなかった。
「……なあタケシ……」
 視線は手元に向けたまま、アンソニーが健に言う。
「そんなにも気になるなら『EDEN』に侵入して確認すればいいじゃないか」
 どうせあんたは世界一位のスポーツハッキングチームのナンバーツーだったんだろ? と続けるアンソニーに健は再び頭を掻く。
「うーん、ナンバーツー、あれは若気の至りというか、自称なもんで……」
「え、なに実際はポンコツだったの?」
「ポンコツ言うなし!」
 いやポンコツではなかったぞと反論する健に、アンソニーは手を止めてじとー、と視線を送った。
「信じないのかよ!」
「……『万物灼き尽くす太陽の牙ガラティーン』、対象の電子機器に高付加を掛けて、バッテリー搭載品ならそのバッテリーを爆破する破壊ツールだっけ? バーサーカーじゃん」
「うっ……」
 こいつ、言う時ははっきり言うなあと健が唸る。
「……とはいえ、『キャメロット』にそんな破壊ツール一本で在席できるほど甘くないのは知ってるよ。それに普段のあんたのハッキングは見た目によらず的確で繊細だ。でなきゃ『Team SERPENT』にもスカウトされない、だろ?」
「『見た目によらず』が余計なんだよぉ……」
 そうは言いつつも、健はアンソニーの言葉を脳内で繰り返していた。
 「EDEN」に侵入する。
 その考えに至らなかった。
 そうだよな、気になるなら「EDEN」に侵入して実際に話を聞くのが手っ取り早い。
 どうして気付かなかったのだろう、と考え、健は一つ大きな伸びをした。

 

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