世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第2章
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場所はアメリカのフィラデルフィア。
とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
そこに現れた1匹の蛇。
その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
アメリカに四本あるメガサーバ「世界樹」。
ガウェインこと健はふと、仲間と出会ったかつての旅を思い出す。
新たな依頼を受ける「Team SERPENT」。
今度の仕事はLemon社の子会社が受注したという何かを調査することらしい。
照明がほとんど落とされた廊下を、健とタイロンが並んで歩く。
侵入と言えば警備が比較的薄くなる夜間がお約束となっている。
館内を巡回する警備員が懐中電灯さえ使えば苦労なく巡回できるほどの光量に設定された廊下、アンソニーの蜘蛛型ガジェットに搭載された投光器で足元を照らしながら二人は奥へと進んでいく。
「
突然、タイロンが健を制止し、そう囁く。
「あいよ」
健が周囲に
周囲の索敵に特化したPINGは、逆に
元々、健はPINGを「自分の居場所も知られるからあまり使いたくない」と敬遠していたが、アーサーと出会い、彼がPINGを効率よく、的確に使う姿を見て影響され、愛用している。
飛ばしたPINGが少し先の角を曲がったところに一人いる、と伝えてくる。
よし、と健は
素早く相手のオーグギアと
角の先で「ぎゃあ」という叫び声が聞こえ、それを合図にタイロンが床を蹴って警備を視認できる位置に移動し、愛用のヴァリアブルハンドガンの
気絶した警備を棄て置き、二人はさらに奥へと進んでいく。
その間、健はふと、かつての友人のことを思い出していた。
「彼」と出会ったのはロサンゼルスの、スポーツハッキングチームの拠点で、だった。
チームのまとめ役――健が「マーリン」と呼んでいた女性、
それから数日して、彼は拠点に姿を現した。
と言っても拠点のある雑居ビルまでは来たものの日和ったのか、尻尾を巻いて逃げようとしていたところを健が拠点の中に引きずり込んだ。
初めて見た彼――
聞くと、祖父がアメリカの永住権を獲得してから生まれた日系三世だという。
同じ日本人の血を引いていながら普段の言語も文化も違う彼の第一印象は「ぱっとしない」だった。
こんな奴のどこがアーサー候補なんだ、とも思ったものだ。
そんな出会いではあったが、その後の彼の成長は目覚ましく、あっという間に健の実力を追い抜くほどの力を身に着けた。
健もそれを妬むことなく、自分にふさわしい
その「報せ」を聞いたのは九月も後半、「Nileチャンピオンズトーナメント」が終了して暫くしてのことだった。
「アーサーとマーリンが事故に遭った」という報せは当時所属していたチームだけでなくスポーツハッキング界全体を揺るがした。
何故、という声が多数上がる中、健はその事故に納得していないものの納得せざるを得なかった。
報復を受けたのだと。
健も同じ穴の狢だからよく分かっていた。アーサーもマーリンも「正義のハッカー」としてネットワークの奥深くで活動していたことを。
その活動がどこかで知られ、事故に見せかけて襲われたのだ、と。
助かってほしい、と健は祈った。
たとえ、ハッキングが二度とできなくなるような体になったとしても、生きてさえいてくれれば、と。
だが、その願いは叶わなかった。
事故から数日後、二人がほぼ同時に息を引き取ったという連絡を受け、健は大きなショックを受けた。
良き友で、ハッキング以外でもよくつるんで、これからも仲良くやっていくんだ、と思っていた、親友とも呼べる友人二人の死は健を絶望させるには十分だった。
同時に、彼は思った。
「この事故の真相を突き止める」と。
それが彼に対する健なりの弔いだったかどうかは今はどうでもいい。
元から正義のハッカーとしても密かに活動していた健は警察やトラック運航会社の自動運転ログなどを調査し、事故の真相を突き止めようとした。
しかし、そこで大きな壁が立ちふさがった。
今の時代、ハッカーには大きく分けて二つの種類がある。
一つはオーグギアを使用した、ARハッキングを主とする
もう一つは旧世代コンピュータを使用した、
調査の結果、この事故には魔法使いが関与している、と健は気付いたのだ。
基本的に、後発のハッカーである魔術師は古の技術の粋を集めた魔法使いに勝つことはできない。
魔術師である健に、この見知らぬ魔法使いを打ち破り、警察に真実を突き付けることは不可能だった。
そこで健は魔法使いの技能であるオールドハックの腕を磨くべく、スポーツハッキングを引退して旅に出た――のだが。
(
廊下をタイロンと共に駆け抜けながら健が考える。
長い旅を経て、健はオールドハック技能を習得し、事故を起こした張本人を見つけ、警察に突き出した。
それであの事故は終わったのだ、これであの二人も浮かばれる、と思っていたのに。
健に「やりつくした」と感慨に浸る時間はあまりなかった。
数年という時間は経過したが、事故の真相を突き止めた健はその後も世界中を旅していた。
――SERPENTが現れ、「EDEN」と「Project REGION」につながりがあると告げるまでは。
《おい、ガウェイン、集中しろ》
ピーターの声に、健が我に返る。
「あ、悪ぃ」
《またアーサーのことを考えていたのか?》
少々苛立ったようなピーターの声。
バレてたか、と健は小さく頷いた。
《考えるのは暇なときにしやがれってんだ。仕事中に考え事をして捕まりましたとなっても俺は知らんぞ》
「すまん」
謝罪しながらタイロンに追従し、同じように角に身を隠す。
「で、なんだ?」
《さっきお前がSPAM送った奴な、あれで侵入が発覚したようだぜ》
「え」
健が絶句する。
SPAMで侵入が発覚した? そんなことがあるのか?
いくら相手がデータリンクで情報共有していてもそれを回避する手段は当然取っている。
それなのに侵入が発覚したとは。
《軍用クラスの戦術データリンクで対策してやがったな。あれは単純に回線を切断しただけではリンクが切れない。量子通信と短波通信の二重の通信でリンクの切断を防いでいるからな》
「マジかよ……」
いくら相手が世界に名だたる
一企業が軍用クラスの戦術データリンクを使ってまで守りたい情報とはいったい何なのか。
ぎり、と健が奥歯を噛み締める。
侵入が発覚したということは館内全体に警戒網が敷かれているわけで、進むも戻るも困難になるだろう。
ピーターの口ぶりで彼のセキュリティ侵入の方は発覚していないと判断できるが、それもいつまで続くのか。
《まぁ、お前らの侵入がバレたなら俺の侵入も遅かれ早かれバレるわな。俺が抑えている間にとっとと要件を済ませてこい》
どうしてもヤバくなったら全館システムダウンくらいしてやる、という後押しに、健は応、と頷いた。
「悪ぃおっさん、急ごう」
ピーターとのやり取りに移動速度を落としていたタイロンに声をかける。
「ああ、考え事は終わったか?」
「大丈夫だ、もう余計なことは考えない」
そう言いながら、再び走り出したタイロンに追従する。
《館内での警戒レベルが上がっている。さっきのやつがいた場所を中心に警戒網が広がっているようだが――OK、お前らは探索範囲から抜けてるな。ただ、サーバルーム周りも警戒が集中しているようだから気を付けろ》
警備のデータリンクにも侵入したのだろう、ピーターの指示が飛んでくる。
了解、と二人が警備が薄くなっている場所の最短距離でサーバルームに向かう。
そのサーバルームの前に数人の警備が構えていることを確認し、健はリュックサックから蜘蛛型ガジェットを一つ、取り出した。
以前、警備を電撃で昏倒させた攻撃タイプとは違う。
今回取り出したものは陽動用の使い捨てガジェット。
その証拠に、ガジェットには
オールドハックをする都合で
以前使った攻撃タイプはそれなりに値段の張るパーツが使われていたが、今回はそうでもないことが見ただけで分かる。
侵入者の身元を極限まで隠蔽できるように工夫されたその蜘蛛型ガジェットから手を離し、健は操作パネルを展開し、ガジェットを起動した。
カメラアイに仕込まれたLEDが一瞬光り、蜘蛛型ガジェットがカサカサと移動を開始する。
だが、その方向はサーバールームと反対側で、暗がりに紛れてあっという間に姿が見えなくなる。
「ガウェイン、いいのか?」
不良品か? と尋ねるタイロンに、健が「大丈夫」と答える。
「ちょっと遠回りだが俺たちから連中を引き離すのに最適な場所へ移動したんだよ。ちょっと待ってな、すぐに分かる」
ニヤリ、と健が通路の角からサーバールーム前に立つ警備を見る。
数分も経過しただろうか。
突然、警備から少し離れた場所、健とタイロンが立っている場所とは全く関係のない場所で物音が響いた。
同時に、「ってえな、何すんだよ!」「うるさい黙れ」という声が響く。
「そこか!?!?」
警備たちが口々に声が響いた方へと走っていく。
「……え」
そんな初歩的な手に引っかかるの、と若干、いや、かなり引きつつ健はタイロンに合図した。
「今のうちだぜ」
「いくら軍用のデータリンクを使っていると言っても使っている人間が無能だとこうなるんだな」
ため息交じりにタイロンが床を蹴る。
それに続いて健も床を蹴り、サーバルームへと向かった。
あろうことか警備は全て健が放ったガジェットを追いかけてしまい、サーバルームはもぬけの殻となっている。
流石にドアはロックが掛けられていたが魔術師である健にそんなものは関係ない。
あっと言う間にロックを解除、健とタイロンがサーバルームに侵入する。
普段ならタイロンは出入り口で警戒に当たっていたが、警備を攪乱したことを考えるとサーバルームに姿を隠してやり過ごした方が賢明だと判断したらしい。
最奥の集中端末にアクセスした健を近くのサーバラックから見守りながら、タイロンは小声で、
「急げ、連中が戻って来るまでにやれるか?」
そう確認した。
それに対して健は集中端末に指を走らせ、そうだな、と頷く。
「俺のストレージに抜く時間を考えると
そう呟きリュックサックから小さなケースを取り出し、中に入っていた小指の先ほどの通信子機を集中端末の中でも目立たない場所にあるポートに差す。
通信子機に格納されたウィルスが即座に発火、全体のシステムを掌握し、
しかし、ウィルスによって欺瞞されているため、データの流出は検出されない。
元のサーバがスタンドアロンであるために一度は物理的に接触しなければいけないという制約は存在するが、この通信子機は
ある意味スパイ御用達の道具ではあるが、今健たちが行っているのもSERPENTによるスパイ活動だろう。
通信子機を接続し、動作を確認した健はタイロンに頷いて見せた。
「行こう、あいつらもいつまでも騙されてはくれないだろ」
タイロンも頷き、サーバルームを出る。
最初にサーバルームにいた警備は仲間にもデータリンクで「侵入者を発見した」と共有したのだろう、ピーターも「軍用クラスの戦術データリンク使ってんのに警備ザルすぎだろ……」とぼやきつつ人気のないルートを確認してナビゲートを行ってくれる。
意外なほどあっさりと、二人は施設外へと離脱した。
「……よかったのか、これ……」
視界に投影される、サーバルームからのデータ転送を確認しながら健は呟いた。
サーバルームに保管されていたデータの密度は高く、転送にもうしばらくかかりそうだった。
とりあえず警戒したまま帰るか、気付かれたら通知は来るし即座に通信子機を破棄すればいい。
タイロンと別れ、健は人ごみの中へと紛れて行った。
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