Vanishing Point Re: Birth エピローグ
分冊版インデックス
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは
そんな折、ALS治療薬開発成功のニュースが飛び込み、治験が開始されるという話に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せ、さらに千歳に「人間ではない」と知られてしまう辰弥。
それでも千歳はそんな辰弥を受け入れ、「カタストロフ」ならより詳しく検査できるかもしれないと誘う。
同時期、ALSが進行した日翔も限界を迎え、これ以上戦わせるわけにはいかないとインナースケルトンの出力を強制的に落とす。
そんなある日、辰弥の前に死んだと思われていたもう一体のLEB、「ノイン」が姿を現す。
取引を持ち掛けるノインに、辰弥は答えを出すことができないでいたが、そんな邂逅から暫く、「グリム・リーパー」の拠点が何者かに襲撃される。
撃退するものの、報復の危険性を鑑み、千歳に泊まっていけと指示した鏡介だが、辰弥が買い出しに行っている間に襲撃者を調査していると「エルステ観察レポート」なるものを発見。こんなものを書けるのは千歳しかいないと彼女を詰める。
帰宅し、二人の口論を目撃し狼狽える辰弥に、鏡介は辰弥の逆鱗に触れる言葉を吐いてしまい、辰弥は千歳を連れて家を飛び出してしまう。
行く当てもない辰弥に、千歳は「カタストロフに行こう」と誘い、辰弥はそれに応じる。
「カタストロフ」に加入し、検査を受ける辰弥。
その結果、テロメアが異常消耗していることが判明、寿命の限界に来ていると言われる。
自分に残された時間は僅か、せめて日翔が快復した姿は見たいと辰弥は願う。
そのタイミングで、「カタストロフ」は第二世代LEBを開発した
失意の中、「カタストロフ」は「榎田製薬」の防衛任務を受ける。
「サイバボーン・テクノロジー」の攻撃から守るため現地に赴く辰弥だったが、そこで「サイバボーン・テクノロジー」から依頼を受けた鏡介と遭遇する。
鏡介とぶつかり合う辰弥。だが、互いに互いを殺せなかった二人はそれぞれの思いをぶつけ、最終的に和解する。
「グリム・リーパー」に戻る辰弥、しかし千歳はそこについてこなかった。
帰宅後、鏡介と情報共有を行う辰弥。
現在の日翔の容態や辰弥の不調の原因などを話し合った二人は、
・「サイバボーン・テクノロジー」が治療薬の専売権を得たことで日翔は治験を受けられる
・晃は失踪しているが、辰弥もフリーになった今、見つけられれば治療が可能である
という点に気付き、「カタストロフ」よりも前に晃を確保することを決意する。
晃の隠れ家を見つけた辰弥たちだったが、仲間を引き連れた昴とも鉢合わせ、交戦する。
しかし昴が「プレアデス」と呼ぶ何かの攻撃を受け、辰弥が重傷を負ってしまう。
それでもチャンスを見つけて昴を攻撃した辰弥だったが、千歳が昴を庇って刺され、命を落としてしまう。
呆然自失となる辰弥。それを鏡介が叱咤し、戦意を取り戻させる。
「カタストロフ」を蹴散らした辰弥に鏡介が「サイバボーン・テクノロジー」から治験の手続きについて連絡を受けたと告げる。
「サイバボーン・テクノロジー」に連れられ、治験の説明を受ける二人。
しかし、治験薬はあくまでも「初期状態にしか効かない」と告げられる。
薬が効かない、という事実に失意のまま帰宅しようとする辰弥と鏡介。
しかし、そこへノインが「カタストロフ」の面々を引き連れて現れる。
再度、昴及びプレアデスと戦うことになる辰弥たち。しかし、プレアデスの攻撃に辰弥もノインも追い込まれていく。
そんな辰弥たちのピンチを救ったのは如月 アンジェと名乗る少女。
それでも自分の手で昴を殺すことを願った辰弥はノインの「一つになろ」という言葉に身を委ねる。
ノインと融合し、昴を殺害することに成功する辰弥。
その後、日翔も生体義体への移植を行い、新たな三人の日常が始まる。
エピローグ 「Journey of Astray -迷いの旅路-」
《あー、だりぃ》
日翔の声が辰弥の聴覚に届く。
《
《知らんがな。あれだろう、カグコンに通報できない他の半グレ派閥とかやくざが鉄砲玉代わりに依頼したんだろ》
日翔のぼやきに、鏡介もやや投げやりな口調で返している。
「二人とも、集中して」
現場から数百メートル離れた廃ビルで、辰弥がT200のスコープ越しに二人を確認しながら叱咤する。
《へいへーい。こちとら久しぶりの仕事だし新しい身体だしで感覚がつかめないっつの》
通信の向こうから銃声が聞こえるのは、潜入しての露払いが終わり戦闘が始まったからだろう。
日翔と鏡介が敵地に乗り込み、辰弥はその後方から狙撃で援護する。今回その配置になったのは晃の申し出があったからだ。
「日翔君の動きはテストしておきたい、エルステはもう少し調整を済ませてからの方がいい」という。
辰弥の調整は連続して行えない、というのが晃の言い分だった。
一度の調整で数時間を要し、その後最低一週間のインターバルを置いて修復したテロメアを染色体に馴染ませ、再度調整をしないと、いくらノインの「テロメアが損傷しにくい」という特性があっても一度のトランスでテロメアが崩壊しかねない。ある程度の修復が済んでいれば多少トランスしても馴染んだ部分のテロメアが休息中のテロメアをつなぎとめるが、それができない今回はトランスの必要がない後方支援に徹した方がいい。
そのため、辰弥は今回のところは様子見で後方支援、という配置となった。
それを指示した鏡介も、今ではGNSとFCS頼りではあるが人を撃つことができる、と日翔の隣に立って辰弥が使っていたP87を構えている。日翔が復帰したことで鏡介はM93RとM4を返したが自分の銃を調達していなかったため、辰弥のものを借りている次第である。
日翔と鏡介が建物の中で遮蔽を取りながらターゲットである半グレ集団と戦闘をしているのがスコープ越しに見える。
『るーんるーん♪』
辰弥の視界の先、敵の目の前で突然ノインの幻影が躍りだした。
「ちょ、ノイン!」
今まで、ノインが視界に入り込むことは何度もあった。しかし、今、このタイミングで、しかも踊り出すとはTPOをわきまえてほしい。
これでは撃てない、撃てなければ日翔と鏡介を援護できない、と辰弥が焦るが、視界のノインはそんなことお構いなしに踊っている――と思いきや、ぴら、とスカートをめくってみせたりする。
「ノイン!」
辰弥がノインを叱咤する。DHEのアシストもあるのでこのまま撃てないこともないが、ノインに集中を乱され、撃つどころではない。
《何やってるんだ、BB、撃て!》
辰弥からの援護がないことに焦りを覚えたか鏡介から通信が飛んでくる。
「ごめん、ノインが――」
《は?》
思ってもいなかった返答に声を上げる鏡介。
日翔もそれは同じだったようで、何をバカな、と声を荒らげる。
《何言ってんだ、ノインは死んだんだろ!?!? 幽霊なんてオカルト今どき誰も信じねーぞ!》
「いや、そうじゃなくて――」
何とかして撃とうと辰弥が引鉄にかけた指に力を込める。
『撃たせないよー♪』
調子に乗っているのか、ノインが踊りながら舌を出す。
だめだ、埒が明かない。このままでは日翔も鏡介も危ない、と激しく頭を振り、辰弥はスコープを覗き直した。
「ノイン、邪魔しないで!」
《BB、まだか!》
鏡介の声も届く。
「ノイン、邪魔しないで!」
辰弥がもう一度叫ぶ。
とにかく、援護したいのにノインが邪魔だ、と辰弥がT200を構え直す。
ノインの動きが邪魔で撃てない。外してもいいから援護する、という戦闘スタイルを辰弥は好まない。
《だからノインノインってなんだよ、なんでノインの名前が出てくるんだよ!》
いいから早く撃てよと日翔がじれったそうに叫ぶ。
「く――」
揺れるレティクルの先に日翔の姿が見える。
このまま撃てば日翔に当たる、と辰弥が呻いたその時。
『今!』
不意に、ノインが身を翻し、一点を指さして叫んだ。
同時、辰弥の腕が意思に反してわずかに動き、引鉄を引く。
スコープの先で、一直線に並んだターゲットが数人、頭を撃ち抜かれて倒れるのが見えた。
「……」
ノイン、と辰弥がスコープから顔を離して横を見る。
隣に移動した――ように見えるノインがどやぁ、とドヤ顔で辰弥を見た。
「……これは、君の感覚?」
『へへーん。エルステもこれくらいできるようにならないと』
ま、ノインがついてるからエルステも朝飯前かー、などと嘯いたノインがその場でくるりと一回転する。
《BB、今のは一体何だったんだ》
鏡介から通信が入る。
《一撃で三人仕留めたように見えたが》
「それは――」
どう説明すればいい、と辰弥が隣のノインを見る。
最終的に照準を合わせ引鉄を引いたのはノインだ。人格も肉体も主導権を握っているのは辰弥だが、ほんの少しの干渉は可能、ということだろう。
しかし、「ノインが助けてくれた」と言っても信じてはもらえないだろう――特に日翔には。
二人には晃の説明も含めてノインと融合した、ということは伝えている。そのメリットデメリットも開示した。それでも、日翔の認識では「ノインは辰弥と融合した結果、その意識が消失した、すなわち死んだ」というものらしく、時々辰弥が「ノインが視える」と言っても全く信じない。
鏡介も融合に関しては理解したものの意識の共有までは理解できないのか、ノインの話題にはついてこれないところがある。やはり、人間の常識を外れた現象は人間には完全に理解できないということか。
だから、「ノインが助けてくれた」と言っても信じてはもらえないだろうし理解もできない。最悪の場合、「秋葉原を喪ったショックと宇都宮に言われた言葉の数々で精神に異常をきたしている」と思われ、今後の仕事の参加にも支障が出てくるだろう。
そう考えるとノインのことは口にしない方がいい。
かといって「俺だってそれくらいできる」と言えばノインは拗ねるだろう。
と、思っていたが、辰弥の視界の中でノインが「んー?」と首をかしげる。
『別にエルステがやったっていえばいいじゃん。どうせ二人ともノインのことは分かってないんでしょ』
「……いいの?」
二人に聞かれないように、辰弥が尋ねる。
『いいよ。その代わり、今度プリン食べさせてよ』
にこり、とノインが笑ってみせる。
ノインの性格から、手柄を奪うような真似をすれば確実に怒るだろうと思っていただけに拍子抜けした辰弥がうん、と頷いた。
「……まあ、やろうと思えばできるよ」
少々複雑な気持ちではあったが、辰弥は簡単に答える。
どのようにして三人まとめて葬ったかは重要ではない。「そういうことができる」という事実があるだけでいい。
《そっか、お前意外とやるなー》
感心したような日翔の言葉の向こうで銃声と叫び声が響き、辰弥も改めてT200のスコープを覗き込んで援護する。
《……しかし》
戦闘中にもかかわらず聞こえてくる日翔の呑気そうな声。
《せっかく奥石瀬に来たんだからさー、温泉入りたい》
《Gene、ふざけるな真面目に仕事しろ!》
日翔の言葉に、鏡介が即座に叱咤するがそんな物はどこ吹く風、と日翔は「温泉~」と繰り返している。
《だって久々に動けるようになったんだぞ? 思う存分温泉で泳ぎたい!》
《泳ぐな!》
いや、日翔が「泳ぎたい」という気持ちはよく分かる。
実は、鏡介も極度のカナヅチである。というよりも金属製の義体を身に着けている以上、浮力を使い自力で水面に浮上することは不可能。それは金属製のインナースケルトンを身体に入れていた日翔も同じで、「グリム・リーパー」は水場での仕事NGと言われていたくらいである。そうなると、生体義体への移植によってインナースケルトンの重みから解放された日翔、「泳ぎたい」と言い出すのは必然なのか。
《えー、いいだろ、誰もいない温泉で泳ぐの夢だったんだよ》
《そんなくだらない夢を持つな!》
「君たち、真面目にやって!?!?」
スコープ越しに見る限り、ターゲットである半グレ集団はほとんど排除され、残すはほんの数人、といったところか。
ここまで排除すると、日翔にとってはもう消化試合なのだろう、下手をすれば鼻歌でも歌いだすのではないか、という気軽さで引鉄を引いている。
《……辰弥……。やはり日翔は表の世界には戻れんな……》
諦めきった口調の鏡介の声が個別通信で辰弥に届けられる。
「……全く持って。サイコパスとは違うんだけど、何て言うか……適応力高すぎたんだね……」
生体義体への移植前は借金の返済が終われば日翔を表の世界に戻そう、残り少ない時間を自由に生きさせたい、と思っていた辰弥と鏡介。
しかし、日翔が生体義体に移植し、健常者と何ら変わらない動きができるようになり、借金も完済してしまったのなら裏社会で生きる理由はどこにもないはずだ。それこそ、表の世界に戻って真っ当な一般人になる道もあったのに、日翔は当たり前のように暗殺者として生き続けることを選んだ。
本人は「今更表社会に戻れるか」とは言っていたが、実際のところ
それなのに、日翔は裏社会で生きることを選んだ。日翔が表社会で生きるというのなら、それも三人で生きたいというのなら辰弥も鏡介も足を洗う覚悟があったというのに、だ。
ここまで裏社会に馴染めたのだから表社会に戻ってもすぐに馴染めるだろうに、と辰弥も鏡介も思ったが、日翔にその気がないのであれば仕方がない。
テンション高く銃を撃つ日翔にため息を吐きつつも、辰弥は狙撃で援護を続ける。
ノインはこれ以上の援護は必要ないと考えているのか、辰弥の視界の邪魔にならないところで踊っている。
「……分かったよ、汗を流すくらいなら俺だってしたいし、軽く温泉に寄って帰ろう」
《やりぃ!》
日翔の声が弾み、その直後に殴打音と悲鳴が聞こえてくる。近くに来た、もしくは近づけたから殴り倒した、ということだろうか。
その音を最後に銃声が止み、辰弥の視界の先で日翔と鏡介が――日翔はノリノリで、鏡介はやれやれと言った面持ちでハイタッチしているのが見える。
それに混ざりたい、という寂しさを覚えたものの、そんなことはもういつでもできる、と自分に言い聞かせ、辰弥はT200を下ろし立ち上がった。
「お疲れ様。後始末は特殊清掃班に任せてさっさと撤収しよう」
《温泉!》
《だから遠足じゃないんだぞ》
そんなやり取りをしながら三人が合流し、それぞれの得物を片付けて車に乗り込む。
「あー、俺、温泉ってガキの時以来かも!」
傷痕はあまり他人に見せるなって親に言われてたし、と言いながら着替えとタオルを探す日翔に、辰弥は苦笑した。
インナースケルトンを埋め込む手術を受けた日翔は手術の規模が大きかったからか、それとも執刀医が下手だったからか全身に手術痕が残る状態となっていた。それを人に見せるなという日翔の両親の気持ちを、辰弥は理解できないわけではなかった。辰弥としても以前の姿では他人に見られたくない場所もあったわけで、それを考えると傷痕を「汚いもの」と認識してしまえば他人に見せるな、というのも当然の反応だろう。日翔の両親としては日翔が「その時」生きてさえいればよかったのだから。
鏡介がナビに近くの温泉宿を登録し、車が走り出す。
やっぱコーヒー牛乳はテッパンだよな、辰弥もそう思うだろ? と言う日翔に応じながら、辰弥も荷物の中から取り出したアヒル隊長を両手で包み、ふっと笑う。
「お前ら、なんで準備だけはちゃんとしてるんだよ」
もうはじめから仕事が終わったら温泉に入るつもりだったな? などと文句を言う鏡介には構わず、辰弥と日翔は宿に着いたら何をしよう、と話し合っていた。
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