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Vanishing Point Re: Birth エピローグ

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EP-1 EP-2 EP-3 EP-4

 


 

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

筋萎縮性側索硬化症ALSが進行してしまった日翔。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
そんな折、ALS治療薬開発成功のニュースが飛び込み、治験が開始されるという話に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せ、さらに千歳に「人間ではない」と知られてしまう辰弥。
それでも千歳はそんな辰弥を受け入れ、「カタストロフ」ならより詳しく検査できるかもしれないと誘う。
同時期、ALSが進行した日翔も限界を迎え、これ以上戦わせるわけにはいかないとインナースケルトンの出力を強制的に落とす。
そんなある日、辰弥の前に死んだと思われていたもう一体のLEB、「ノイン」が姿を現す。
取引を持ち掛けるノインに、辰弥は答えを出すことができないでいたが、そんな邂逅から暫く、「グリム・リーパー」の拠点が何者かに襲撃される。
撃退するものの、報復の危険性を鑑み、千歳に泊まっていけと指示した鏡介だが、辰弥が買い出しに行っている間に襲撃者を調査していると「エルステ観察レポート」なるものを発見。こんなものを書けるのは千歳しかいないと彼女を詰める。
帰宅し、二人の口論を目撃し狼狽える辰弥に、鏡介は辰弥の逆鱗に触れる言葉を吐いてしまい、辰弥は千歳を連れて家を飛び出してしまう。
行く当てもない辰弥に、千歳は「カタストロフに行こう」と誘い、辰弥はそれに応じる。
「カタストロフ」に加入し、検査を受ける辰弥。
その結果、テロメアが異常消耗していることが判明、寿命の限界に来ていると言われる。
自分に残された時間は僅か、せめて日翔が快復した姿は見たいと辰弥は願う。
そのタイミングで、「カタストロフ」は第二世代LEBを開発した永江ながえ あきらの拉致を計画、辰弥がそれを実行するが、その後のノイン捕獲作戦を実行した結果、ノインに晃が拉致されてしまう。
失意の中、「カタストロフ」は「榎田製薬」の防衛任務を受ける。
「サイバボーン・テクノロジー」の攻撃から守るため現地に赴く辰弥だったが、そこで「サイバボーン・テクノロジー」から依頼を受けた鏡介と遭遇する。
鏡介とぶつかり合う辰弥。だが、互いに互いを殺せなかった二人はそれぞれの思いをぶつけ、最終的に和解する。
「グリム・リーパー」に戻る辰弥、しかし千歳はそこについてこなかった。
帰宅後、鏡介と情報共有を行う辰弥。
現在の日翔の容態や辰弥の不調の原因などを話し合った二人は、
・「サイバボーン・テクノロジー」が治療薬の専売権を得たことで日翔は治験を受けられる
・晃は失踪しているが、辰弥もフリーになった今、見つけられれば治療が可能である
という点に気付き、「カタストロフ」よりも前に晃を確保することを決意する。
晃の隠れ家を見つけた辰弥たちだったが、仲間を引き連れた昴とも鉢合わせ、交戦する。
しかし昴が「プレアデス」と呼ぶ何かの攻撃を受け、辰弥が重傷を負ってしまう。
それでもチャンスを見つけて昴を攻撃した辰弥だったが、千歳が昴を庇って刺され、命を落としてしまう。
呆然自失となる辰弥。それを鏡介が叱咤し、戦意を取り戻させる。
「カタストロフ」を蹴散らした辰弥に鏡介が「サイバボーン・テクノロジー」から治験の手続きについて連絡を受けたと告げる。
「サイバボーン・テクノロジー」に連れられ、治験の説明を受ける二人。
しかし、治験薬はあくまでも「初期状態にしか効かない」と告げられる。
薬が効かない、という事実に失意のまま帰宅しようとする辰弥と鏡介。
しかし、そこへノインが「カタストロフ」の面々を引き連れて現れる。
再度、昴及びプレアデスと戦うことになる辰弥たち。しかし、プレアデスの攻撃に辰弥もノインも追い込まれていく。
そんな辰弥たちのピンチを救ったのは如月 アンジェと名乗る少女。
それでも自分の手で昴を殺すことを願った辰弥はノインの「一つになろ」という言葉に身を委ねる。
ノインと融合し、昴を殺害することに成功する辰弥。
その後、日翔も生体義体への移植を行い、新たな三人の日常が始まる。

 

 
 

 

  エピローグ 「Journey of Astray -迷いの旅路-」

 

《あー、だりぃ》
 日翔の声が辰弥の聴覚に届く。
奥石瀬おくいわせを根城にした半グレ集団の殲滅とかなんで暗殺連盟アライアンスが受けるんだよ。普通こういうのは「カグラ・コントラクター」カグコンの仕事だろ》
《知らんがな。あれだろう、カグコンに通報できない他の半グレ派閥とかやくざが鉄砲玉代わりに依頼したんだろ》
 日翔のぼやきに、鏡介もやや投げやりな口調で返している。
「二人とも、集中して」
 現場から数百メートル離れた廃ビルで、辰弥がT200のスコープ越しに二人を確認しながら叱咤する。
《へいへーい。こちとら久しぶりの仕事だし新しい身体だしで感覚がつかめないっつの》
 通信の向こうから銃声が聞こえるのは、潜入しての露払いが終わり戦闘が始まったからだろう。
 日翔と鏡介が敵地に乗り込み、辰弥はその後方から狙撃で援護する。今回その配置になったのは晃の申し出があったからだ。
 「日翔君の動きはテストしておきたい、エルステはもう少し調整を済ませてからの方がいい」という。
 辰弥の調整は連続して行えない、というのが晃の言い分だった。
 一度の調整で数時間を要し、その後最低一週間のインターバルを置いて修復したテロメアを染色体に馴染ませ、再度調整をしないと、いくらノインの「テロメアが損傷しにくい」という特性があっても一度のトランスでテロメアが崩壊しかねない。ある程度の修復が済んでいれば多少トランスしても馴染んだ部分のテロメアが休息中のテロメアをつなぎとめるが、それができない今回はトランスの必要がない後方支援に徹した方がいい。
 そのため、辰弥は今回のところは様子見で後方支援、という配置となった。
 それを指示した鏡介も、今ではGNSとFCS頼りではあるが人を撃つことができる、と日翔の隣に立って辰弥が使っていたP87を構えている。日翔が復帰したことで鏡介はM93RとM4を返したが自分の銃を調達していなかったため、辰弥のものを借りている次第である。
 日翔と鏡介が建物の中で遮蔽を取りながらターゲットである半グレ集団と戦闘をしているのがスコープ越しに見える。
 IoLイオル狙撃用監視衛星DHLのアシストも受け、辰弥は二人を狙う半グレ集団の一人に照準を合わせる――と。
『るーんるーん♪』
 辰弥の視界の先、敵の目の前で突然ノインの幻影が躍りだした。
「ちょ、ノイン!」
 今まで、ノインが視界に入り込むことは何度もあった。しかし、今、このタイミングで、しかも踊り出すとはTPOをわきまえてほしい。
 これでは撃てない、撃てなければ日翔と鏡介を援護できない、と辰弥が焦るが、視界のノインはそんなことお構いなしに踊っている――と思いきや、ぴら、とスカートをめくってみせたりする。
「ノイン!」
 辰弥がノインを叱咤する。DHEのアシストもあるのでこのまま撃てないこともないが、ノインに集中を乱され、撃つどころではない。
《何やってるんだ、BB、撃て!》
 辰弥からの援護がないことに焦りを覚えたか鏡介から通信が飛んでくる。
「ごめん、ノインが――」
《は?》
 思ってもいなかった返答に声を上げる鏡介。
 日翔もそれは同じだったようで、何をバカな、と声を荒らげる。
《何言ってんだ、ノインは死んだんだろ!?!? 幽霊なんてオカルト今どき誰も信じねーぞ!》
「いや、そうじゃなくて――」
 何とかして撃とうと辰弥が引鉄にかけた指に力を込める。
『撃たせないよー♪』
 調子に乗っているのか、ノインが踊りながら舌を出す。
 だめだ、埒が明かない。このままでは日翔も鏡介も危ない、と激しく頭を振り、辰弥はスコープを覗き直した。
「ノイン、邪魔しないで!」
《BB、まだか!》
 鏡介の声も届く。
「ノイン、邪魔しないで!」
 辰弥がもう一度叫ぶ。
 とにかく、援護したいのにノインが邪魔だ、と辰弥がT200を構え直す。
 ノインの動きが邪魔で撃てない。外してもいいから援護する、という戦闘スタイルを辰弥は好まない。撃つからには殺すワンショットワンキルの心構えでいる辰弥、ここで外せば今後一切狙撃から手を引く、ということはないが、それでも撃ち損じミスファイアはプライドに関わってくる。
《だからノインノインってなんだよ、なんでノインの名前が出てくるんだよ!》
 いいから早く撃てよと日翔がじれったそうに叫ぶ。
「く――」
 揺れるレティクルの先に日翔の姿が見える。
 このまま撃てば日翔に当たる、と辰弥が呻いたその時。
『今!』
 不意に、ノインが身を翻し、一点を指さして叫んだ。
 同時、辰弥の腕が意思に反してわずかに動き、引鉄を引く。
 スコープの先で、一直線に並んだターゲットが数人、頭を撃ち抜かれて倒れるのが見えた。
「……」
 ノイン、と辰弥がスコープから顔を離して横を見る。
 隣に移動した――ように見えるノインがどやぁ、とドヤ顔で辰弥を見た。
「……これは、君の感覚?」
『へへーん。エルステもこれくらいできるようにならないと』
 ま、ノインがついてるからエルステも朝飯前かー、などと嘯いたノインがその場でくるりと一回転する。
《BB、今のは一体何だったんだ》
 鏡介から通信が入る。
《一撃で三人仕留めたように見えたが》
「それは――」
 どう説明すればいい、と辰弥が隣のノインを見る。
 最終的に照準を合わせ引鉄を引いたのはノインだ。人格も肉体も主導権を握っているのは辰弥だが、ほんの少しの干渉は可能、ということだろう。
 しかし、「ノインが助けてくれた」と言っても信じてはもらえないだろう――特に日翔には。
 二人には晃の説明も含めてノインと融合した、ということは伝えている。そのメリットデメリットも開示した。それでも、日翔の認識では「ノインは辰弥と融合した結果、その意識が消失した、すなわち死んだ」というものらしく、時々辰弥が「ノインが視える」と言っても全く信じない。
 鏡介も融合に関しては理解したものの意識の共有までは理解できないのか、ノインの話題にはついてこれないところがある。やはり、人間の常識を外れた現象は人間には完全に理解できないということか。
 だから、「ノインが助けてくれた」と言っても信じてはもらえないだろうし理解もできない。最悪の場合、「秋葉原を喪ったショックと宇都宮に言われた言葉の数々で精神に異常をきたしている」と思われ、今後の仕事の参加にも支障が出てくるだろう。
 そう考えるとノインのことは口にしない方がいい。
 かといって「俺だってそれくらいできる」と言えばノインは拗ねるだろう。
 と、思っていたが、辰弥の視界の中でノインが「んー?」と首をかしげる。
『別にエルステがやったっていえばいいじゃん。どうせ二人ともノインのことは分かってないんでしょ』
「……いいの?」
 二人に聞かれないように、辰弥が尋ねる。
『いいよ。その代わり、今度プリン食べさせてよ』
 にこり、とノインが笑ってみせる。
 ノインの性格から、手柄を奪うような真似をすれば確実に怒るだろうと思っていただけに拍子抜けした辰弥がうん、と頷いた。
「……まあ、やろうと思えばできるよ」
 少々複雑な気持ちではあったが、辰弥は簡単に答える。
 どのようにして三人まとめて葬ったかは重要ではない。「そういうことができる」という事実があるだけでいい。
《そっか、お前意外とやるなー》
 感心したような日翔の言葉の向こうで銃声と叫び声が響き、辰弥も改めてT200のスコープを覗き込んで援護する。
《……しかし》
 戦闘中にもかかわらず聞こえてくる日翔の呑気そうな声。
《せっかく奥石瀬に来たんだからさー、温泉入りたい》
《Gene、ふざけるな真面目に仕事しろ!》
 日翔の言葉に、鏡介が即座に叱咤するがそんな物はどこ吹く風、と日翔は「温泉~」と繰り返している。
《だって久々に動けるようになったんだぞ? 思う存分温泉で泳ぎたい!》
《泳ぐな!》
 いや、日翔が「泳ぎたい」という気持ちはよく分かる。
 実は、鏡介も極度のカナヅチである。というよりも金属製の義体を身に着けている以上、浮力を使い自力で水面に浮上することは不可能。それは金属製のインナースケルトンを身体に入れていた日翔も同じで、「グリム・リーパー」は水場での仕事NGと言われていたくらいである。そうなると、生体義体への移植によってインナースケルトンの重みから解放された日翔、「泳ぎたい」と言い出すのは必然なのか。
《えー、いいだろ、誰もいない温泉で泳ぐの夢だったんだよ》
《そんなくだらない夢を持つな!》
「君たち、真面目にやって!?!?
 スコープ越しに見る限り、ターゲットである半グレ集団はほとんど排除され、残すはほんの数人、といったところか。
 ここまで排除すると、日翔にとってはもう消化試合なのだろう、下手をすれば鼻歌でも歌いだすのではないか、という気軽さで引鉄を引いている。
《……辰弥……。やはり日翔は表の世界には戻れんな……》
 諦めきった口調の鏡介の声が個別通信で辰弥に届けられる。
「……全く持って。サイコパスとは違うんだけど、何て言うか……適応力高すぎたんだね……」
 生体義体への移植前は借金の返済が終われば日翔を表の世界に戻そう、残り少ない時間を自由に生きさせたい、と思っていた辰弥と鏡介。
 しかし、日翔が生体義体に移植し、健常者と何ら変わらない動きができるようになり、借金も完済してしまったのなら裏社会で生きる理由はどこにもないはずだ。それこそ、表の世界に戻って真っ当な一般人になる道もあったのに、日翔は当たり前のように暗殺者として生き続けることを選んだ。
本人は「今更表社会に戻れるか」とは言っていたが、実際のところ暗殺連盟アライアンスの人間でも足を洗って表社会に復帰する人間はそれなりにいる。その復帰の支援も、本人が望めばアライアンスは行ってくれる。それを考えると日翔も表社会に戻れる可能性は十分にあった。
 それなのに、日翔は裏社会で生きることを選んだ。日翔が表社会で生きるというのなら、それも三人で生きたいというのなら辰弥も鏡介も足を洗う覚悟があったというのに、だ。
 ここまで裏社会に馴染めたのだから表社会に戻ってもすぐに馴染めるだろうに、と辰弥も鏡介も思ったが、日翔にその気がないのであれば仕方がない。
 テンション高く銃を撃つ日翔にため息を吐きつつも、辰弥は狙撃で援護を続ける。
 ノインはこれ以上の援護は必要ないと考えているのか、辰弥の視界の邪魔にならないところで踊っている。
「……分かったよ、汗を流すくらいなら俺だってしたいし、軽く温泉に寄って帰ろう」
《やりぃ!》
 日翔の声が弾み、その直後に殴打音と悲鳴が聞こえてくる。近くに来た、もしくは近づけたから殴り倒した、ということだろうか。
 その音を最後に銃声が止み、辰弥の視界の先で日翔と鏡介が――日翔はノリノリで、鏡介はやれやれと言った面持ちでハイタッチしているのが見える。
 それに混ざりたい、という寂しさを覚えたものの、そんなことはもういつでもできる、と自分に言い聞かせ、辰弥はT200を下ろし立ち上がった。
「お疲れ様。後始末は特殊清掃班に任せてさっさと撤収しよう」
《温泉!》
《だから遠足じゃないんだぞ》
 そんなやり取りをしながら三人が合流し、それぞれの得物を片付けて車に乗り込む。
「あー、俺、温泉ってガキの時以来かも!」
 傷痕はあまり他人に見せるなって親に言われてたし、と言いながら着替えとタオルを探す日翔に、辰弥は苦笑した。
 インナースケルトンを埋め込む手術を受けた日翔は手術の規模が大きかったからか、それとも執刀医が下手だったからか全身に手術痕が残る状態となっていた。それを人に見せるなという日翔の両親の気持ちを、辰弥は理解できないわけではなかった。辰弥としても以前の姿では他人に見られたくない場所もあったわけで、それを考えると傷痕を「汚いもの」と認識してしまえば他人に見せるな、というのも当然の反応だろう。日翔の両親としては日翔が「その時」生きてさえいればよかったのだから。
 鏡介がナビに近くの温泉宿を登録し、車が走り出す。
 やっぱコーヒー牛乳はテッパンだよな、辰弥もそう思うだろ? と言う日翔に応じながら、辰弥も荷物の中から取り出したアヒル隊長を両手で包み、ふっと笑う。
「お前ら、なんで準備だけはちゃんとしてるんだよ」
 もうはじめから仕事が終わったら温泉に入るつもりだったな? などと文句を言う鏡介には構わず、辰弥と日翔は宿に着いたら何をしよう、と話し合っていた。

 

 露天風呂で湯を掛け合う辰弥と日翔を尻目に、鏡介が湯船の外に据えられた休憩用のビーチチェアに座ってため息を吐く。
 金属パーツを多く使う義体を装着している手前、鏡介は温度差に弱い。風呂に入ろうものなら熱された義体で生身部分に影響が出るし、そもそも温泉の成分が金属パーツに優しくない。そのため、温泉自体は最低限楽しむだけにとどめ、鏡介はビーチチェアで休憩がてらアライアンスに依頼の完了報告を行っていた。
 今回の仕事自体は相手の数が多かったものの、難易度が高いものではなかった。日翔を救うために「サイバボーン・テクノロジー」から受けた依頼の数々を考えれば遠足気分で達成できるものだっただろう。
 そう考えるとたまには羽を伸ばしてもいいか、などとふと浮かれた考えが浮かんでしまう。
 いっそのこと、今夜はここに泊まるか? 辰弥も根を詰めすぎていたし日翔の快気祝いに多少浮かれてもいい。鏡介も少しは日翔の快復を祝いたい、という気持ちはあった。
「なあ、辰弥、日翔――」
 露天風呂を楽しむ二人に、鏡介が声をかけようとする。
 その視界に、着信を報せるアラートが表示された。
「……っ、」
 鏡介が息を呑む。
 発信者は、永江 晃。
 確かに晃は「グリム・リーパー」の一員になると言っていた。元々は「御神楽財閥」の研究施設に客員研究員として囲われていたところを「カタストロフ」に拉致され、辰弥の生存やLEBの量産計画に携わったりした。その後、辰弥たちに保護された状態となったが、そのままではやがて御神楽の追跡の網に引っかかってしまう、と晃は研究施設に戻っていた。
 そんな晃から通信が入ってくるとは、一体何があったのか。
 辰弥の生存が御神楽に察知されたのか? いや、今の辰弥は完全に姿が変わっている、DNA鑑定でもされない限り本人だと知られることはないはず。それなら日翔の生体義体に問題があることが発覚したのか? いや、露天風呂で遊んでいる日翔を見る限り異常があるようには思えない。
 それならなぜ。
 不安で早鐘を打つ鼓動を抑えながら鏡介が通話ボタンをタップする。
《ああ、鏡介君! よかった、出てくれて!》
 焦ったような晃の声が鏡介の聴覚に届く。
「どうしたんだ?」
 何があった。晃のこの焦りようを考えると晃自身に何かあったのではなく、こちら側に何か問題があったのだろう、と想像できる。
《鏡介君、『グリム・リーパー』は今どこにいるんだ? まさかもう帰路に――》
「いや、日翔が温泉に入りたいって言うから奥石瀬の温泉宿に来ている」
 何かしらよからぬ状況が発生しているというのなら、そして晃が仲間であるのなら正確な情報は伝えておく必要がある。
 鏡介が現在地を説明すると、晃は焦っているものの明らかにほっとしているようだった。
《よかった、まだ帰っていないんだな? だったら私の言うことをよく聞いてくれ。家には帰るな》
「……は?」
 思わず、変な声が出た。
 「家には帰るな」? 自宅で、何かあったのか?
 そう鏡介が考えていると、晃から動画が送られてくる。
《『カタストロフ』だ。『カタストロフ』が君たちの家を突き止め、襲撃してる!》
 だから帰って来るな、と晃が繰り返す。
「……襲撃……」
 まさか、と鏡介が呟く。
 「カタストロフ」が家に押しかけて来たのは理解した。しかし、今更何が目的で。
 昴は死んだ。晃も御神楽に戻った以上、LEBの量産に携われるのは清史郎だけのはず。その清史郎も単独ではLEBの量産が難しい、だから量産計画は頓挫とまではいかずとも後退したはずだ。
 昴を殺された報復か? それならすぐ押しかけてきてもいいようなものだが、考えてみれば少し前に「カタストロフ」の上町支部が制圧されたというニュースを見た記憶がある。そう考えるとそのドタバタが一段落して漸く報復の準備が整った、ということか。
「……いや、違うな」
 「カタストロフ」が「グリム・リーパー」に報復する理由が思いつかない。いくら昴を殺されたとしてもあれだけの規模の組織なら自分たちのような弱小グループに報復するほどの大義名分など持たないはず。つまり、目的は他にある。
 それならその目的は何だ。
 鏡介の目が辰弥を捉える。
 外見は成人男性になったものの性格の幼さは残っているのか、日翔と楽しんでいる辰弥に納得する。
「目的は……辰弥か」
《多分ね。私が御神楽に戻ったとはいえ所沢博士はまだ『カタストロフ』にいる。エルステさえいれば私がいなくても量産のめどは立つんじゃないかな》
 とにかく、家に帰るのは危険だ、と晃が繰り返す。
「しかし、帰るなと言われてもここに留まり続けるわけにもいかないだろう」
《だから、仮の拠点を急いで用意した。座標を送るから、なるべく早くそこに向かってほしい》
 とりあえず、私もあまり長時間通話していられないから、と晃が周りを気にしながら言う。
「……分かった。元々ここには汗を流すつもりで来ただけだから急いで指定座標に向かう」
《頼んだよ。多分数時間もあれば合流できるだろう》
 その言葉を最後に、通信が途絶える。
 やれやれ、と鏡介は立ち上がり、露天風呂に歩み寄った。
「おい、辰弥、日翔、出るぞ」
「えー、折角の温泉だからもう少し楽しもうぜ」
 遊び足りない、といった面持ちの日翔。
 その日翔に、鏡介がバカか、と毒づく。
「遊びは終わりだ。急ぎ、行く場所ができた」
「……何かあったの?」
 鏡介の言葉に何かを察したか、辰弥が真顔に戻って尋ねる。
 ああ、と鏡介が頷いた。
「詳しくは車で話す。とりあえず急ぐぞ」
 鏡介がそう促すと、日翔が「ちぇー」と呟きながら露天風呂から出る。
 辰弥もそれに続き、不安そうに鏡介を見た。
「誰かからのタレコミ?」
「ああ、永江 晃からの指示だ。行くぞ」
 なるべく早く、で指定された住所は今辰弥たちがいる場所から車で一時間程度の場所だった。
 とりあえず急いだ方がいい。
 せっかくの休みが台無しになったな、と思いつつも、鏡介は二人を脱衣所に送り込み、ちら、と振り返って露天風呂を見た。
 ――また、落ち着けば来ればいい。
 今は状況の把握と安全の確保が先だ。
 そう低く呟き、鏡介も脱衣所へと向かった。

 

「は? 襲撃?」
 車の中で、日翔が素っ頓狂な声を上げる。
「ああ、『カタストロフ』が家に突入したと永江 晃から動画付きで連絡が来た」
「マジかぁ……あの家、結構気に入ってたんだけどなあ……」
 ってことは、引っ越しか? と尋ねる日翔に、鏡介はさあな、と返した。
「とりあえず永江 晃に今から向かう場所に来いと言われた。新しいセーフハウスを確保してくれたのか……?」
 ナビに入力したルートでの自動運転のため、運転席に座った鏡介は腕を組んでモニターに映し出されたマップを見る。
 しかし、いくら新しいセーフハウスを見繕ったとしても「カタストロフ」の網の目は細かく、その目を掻い潜って生活を続けることはできるのだろうか。それこそ、特定の拠点を持つことなくホテルを転々と回った方が安全である可能性すらある。
 そうなるとハッキング支援も難しくなるな、と考えつつ鏡介はどうするか、と考えた。
 ハッキング自体は自前のGNSとその中に入れたa.n.g.e.l.があればできる。だが、強度の高い防壁や長時間のハッキングとなるとGNSでは負荷がかかりすぎる。脳負荷の対策として肉体を急冷するといったことも行われるが、安全に急冷する設備は大規模になるし、手っ取り早く行うとなると氷入りの水風呂に入る、ということもある。
 流石に氷風呂は冷えすぎるからやりたくないんだが、と思いつつも「贅沢は言っていられないか」と考え直す鏡介。
 晃がPCだけでも持ち出してくれていないか……などと淡い期待を抱きつつも鏡介が今後のことを考えているうちに、車は指定の場所――道の駅の駐車場に滑り込む。
「着いたみたいだな」
 シートベルトを外し、鏡介が後部座席の二人に声をかける。
 緊張した面持ちで辰弥と日翔もシートベルトを外し、車から降りる。
 道の駅は地元住民の憩いの場でもあり、旅行者の探求心をそそる場所でもある。休憩のための軽食スペースが設置されていたり、今では珍しくなった地元農家の野菜が店頭に並ぶ、そんな場所は本来辰弥にとってささやかな楽しみの場所だった。
 しかし、今は緊急事態。晃がここを指定したから来ただけだ。
 自宅が襲撃された、ということだけは理解した。恐らく自分が目的だということも辰弥は分かっていた。それでも、何故自分が目的なのか、といったことや何故今ごろ、といったことは把握しきれていない。鏡介辺りならもう分かっているのだろうが、自分は鏡介ほど頭がよくない、と理解している辰弥には不可解な襲撃だった。
 車から降りた三人ががらんとした駐車場を見回す。
 今は営業時間外なのだろう、駐車場の隅にちらほら車中泊でもしているらしき車は止まっているが、動いている人間の気配はない。
 もし、襲撃するなら恰好の場所と時間だと気付き、辰弥はほんの少し、身構えた。
 意識を集中させ、いつでも亡霊の幻影ファントム・ミラージュが撃てるように警戒する。
 鮮血の幻影ブラッディ・ミラージュなら深く考えずとも撃てるが、デメリットとして重装備で来られた場合ピアノ線では切り裂けない可能性がある。反面、亡霊の幻影ファントム・ミラージュ単分子ワイヤーモノワイヤー。よほど分子結合が強いものでない限り、ほぼ確実に切り裂ける。発動までに時間がかかるというデメリットは存在するが、相手が来ると分かっているのなら事前準備で対応することは可能。
 ――どこから来る。
 ノインの感覚も使い、辰弥が周囲の気配を探っていると。
 道の駅に一台の車が乗り込んできた。
「敵か?」
 日翔も警戒して身構える。
 だが、鏡介だけは落ち着いていつでも戦闘態勢に入れると身構えた辰弥と日翔を制止する。
「落ち着け、装甲車とかじゃない」
 入ってきた車は大型の――キャンピングカーだった。
 運転席に運転手がいる以外、人の気配は感じない。
 ということは、この車は敵でも何でもなく、ただの車中泊の客か? と三人が気を緩めかけたところで、キャンピングカーは三人の目の前で急停止した。
 え、と動揺する三人の前に、キャンピングカーを降りた運転手が駆け寄ってくる。
「あーあんたらが永江 晃さんが言ってた三人組? お届け物でーす」
 気の抜けた、やる気があまりなさそうな運転手の声。
 運転手が視界に映るウィンドウを操作すると、鏡介の目の前に受領書が転送されてくる。
「サインお願いしますー」
「あ、ああ」
 あまりにもやる気のない運転手に毒気を抜かれながらも鏡介が受領書にサインをして転送し返す。
「はい、毎度ありー」
 じゃ、俺は帰るっす、と運転手がいそいそとサイクルキャリアに搭載していた帰還用バイクにまたがり、さっさと道の駅を去っていく。
「な、なんだったの……」
 亡霊の幻影ファントム・ミラージュの必要がなくなり、集中を解いた辰弥が呆然と目の前のキャンピングカーを見上げた。
「俺も状況が分からん。え、これで逃げろってことか……?」
 天才の考えることは分からない。しかし、下手にホテル住まいするよりはキャンピングカーで移動した方がある意味固定の拠点を利用することになるので有利に立ち回れるかもしれない。
 なるほど、あいつはあいつで色々考えてくれてたんだな、と心の中で晃に感謝し、鏡介は呆然とキャンピングカーを眺めている辰弥と日翔に声をかけた。
「二人とも乗れ。もしかしたら永江 晃から何か連絡があるかもしれない」
 その言葉に我に返った辰弥がうん、と日翔のジャケットの袖を引っ張る。
 ああ、と日翔も辰弥に続き、車体横のドアからキャンピングカーに乗り込んだ。
「おお、すげえ」
 キャンピングカーに乗り込んだ日翔が歓声を上げる。
 車内ゆえに多少の狭さはあったが、それでも中は三人が十分にくつろげるリビングの様相をしていた。
 奥には簡易的なキッチン、さらにその奥にはベッドルームも見え、トイレも完備されているようだ。
 テーブルにはカタログらしき端末が置かれていたため、鏡介が手に取ると、このキャンピングカーのスペック等が記載されたデータが三人の視界に表示される。
「……一応はこれでも安いタイプなのか……」
 車周りで有名どころの巨大複合企業メガコープと言えば「ワタナベ」が最大手だが、このキャンピングカーはそれよりはやや小規模のメガコープが作成したマイクロバスをベース車体に作られたものらしい。最高級のものとなれば流石に晃の年収や貯金では払えても、とてもこちらでは返済できないだろうが、この機種なら日翔の借金の返済に使った「サイバボーン・テクノロジー」からの報酬をやりくりすればすぐに晃に返せるだろう。
 辰弥がカタログ端末の横に置かれていた別の端末を手に取る。
 端末のボタンを押すと、三人の目の前にスクリーンが表示された。
『皆、これを見ているということは受け取ってくれたんだな。よかった』
 スクリーンに表示された晃の顔。
『いいか、よく聞いてくれ。「カタストロフ」が「グリム・リーパー」を狙っている――多分、目的はエルステ。ノインと融合した、とかコピー能力のこととか、その辺を詳しく調べたいのかもしれない』
 晃がせわしなく周りの様子を窺っているのは誰かに気付かれないように収録しているからだろう。
 やっぱり、と鏡介の隣で辰弥が呟くのが聞こえる。
『とりあえず仮の拠点としてキャンピングカーを用意した。流石に家の中のものを持ち出すことはできなかったが、必要最低限だと思うものは用意しておいたから活用してくれ。あ、ねこまるは上手く逃げ出せたようだから乗せておいた』
 晃のその言葉と同時に、ベッドルームから黒猫ねこまるがにゃあ、と言いながら歩み寄ってきて辰弥の脚をよじ登る。
「よかった、ねこまるは無事だったか」
 ねこまるを抱き上げ、辰弥が「怖かった?」と優しくなでる。
『ニャンコゲオルギウス1616世だって言ってるだろー!!!!
 ノインが辰弥を蹴るが、辰弥はそれどころではない。
『とにかく、どこに逃げるかは君たちに任せる。御神楽に君たちの所在を知られないためにも移動ルートを把握するわけにはいかないからね。ただ、メンテに関しては休みの時に移動ラボでそちらに駆け付ける。前日くらいにどこに行くかだけ教えてくれればあとは当日打ち合わせて合流しよう』
 それじゃ、君たちの健闘を祈る、と言い残し、映像が途切れる。
「……なんか、大変なことになったな」
 ここにきてようやく事態の重さを認識したのか、日翔がぽつりと呟く。
「このキャンピングカーが新しい拠点になるってわけか……」
 とにかく、まずは設備とかをちゃんと確認しなくちゃ、と辰弥が二人から離れ、奥へと移動する。
「へー、キッチンもちゃんとしてるんだ、すごいな。あ、最低限のキッチン用品も揃ってる」
 一番の当事者であるはずの辰弥が一番浮かれているように見える。
 ウキウキと設備を確認する辰弥を見ながら、鏡介は日翔に視線を投げた。
「暫くは逃避行だな。まぁ、逃げるというよりも桜花全国を旅するという気持ちでいた方が気が楽かもしれない。日翔、お前の快気祝いだと思って全国を回るか」
「鏡介……」
 鏡介の言葉に日翔が言葉に詰まるが、すぐにああ、と頷いてにっこりと笑う。
「そういえば武陽都に来た時に辰弥も『旅行したかった』って言ってたしな。三人で楽しもうぜ!」
「ああ、深く考えずに気楽に行こう」
 じゃあとりあえず行き先を決めよう、と鏡介が運転席に移動する。
「辰弥、行きたい場所はあるか?」
「行きたい場所?」
 突然、鏡介に話題を振られた辰弥が運転席を見ながら首をかしげる。
「そうだな――。おいしいものをたくさん食べたい。ご当地グルメとか」
「ご当地グルメか……」
 辰弥らしい返答に、鏡介が苦笑する。
「それなら、まず近場で河内池辺かわちいけのべ辺りか……あそこは池辺いけのべ餃子が有名だし、近くに観光名所の馬返ウマガヘシもあるから数日滞在してもいいだろう。何なら遠出する前にメンテナンスを受けてもいいかもしれない」
「そうだね。それじゃ、そのルートで行くか」
 辰弥も鏡介の提案に同意すると、日翔が「よっしゃー!」とガッツポーズをとる。
「全国ご当地グルメ巡り!」
「一応は逃避行だからそこんところ忘れないでね」
 そんな日翔と辰弥のやり取りを背に、鏡介がキャンピングカーを発進させる。
「お前ら、座ってろよ」
 キャンピングカーが滑るように走り出し、道の駅を出る。
「俺たちの新しい生活の始まりだ。悔いのないようにな」
 言葉こそは厳しいものだったが、鏡介の口元には笑みが浮かんでいた。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

「所沢博士、ここにおられましたか」
 声をかけられ、白髪の老人――所沢 清史郎は目の前の水槽から視線を外し、ゆっくりと振り返った。
 痩せぎすで、猫背なのか背中を丸めた清史郎は声をかけてきた男を見て、ふん、と鼻を鳴らす。
「入り口の封鎖が解かれたらすぐに逃げろとは言われていたが、まさか本当に逃げることになるとはな」
 そう言い、清史郎はさらに質問する。
「宇都宮はどうした。逃げる時から姿を見ていないが、一人残って抵抗するような男ではないだろう」
「ええ、その件ですが――。宇都宮さんは亡くなりました。エルステに、殺されて」
 男の言葉に、清史郎の目が見開かれる。
「エルステが……! やはり、私の目に狂いはなかった。あいつは、第一号でありながら兵器として最も完成されていた。しかし、まさか宇都宮を殺すとはな……」
 くく、と清史郎が低く嗤う。
「エルステはどうやって宇都宮を殺したんだ? 宇都宮には無敵の護りがあったんだろう? 戦略兵器でも生成したのか? それともトランスでもしたのか? いや、確かトランスはもう限界だと聞いていたが――」
 エルステが宇都宮を殺した方法が純粋に気になる。
 エルステに元から備わっていた生成能力で武器を生成したのか、それともノインから奪ったトランス能力を利用したのか、いずれにせよ昴のプレアデスを攻略したことには違いがない。
 それは、と男が返答する。
「エルステはノインと融合し、新たな個体になりました。それでトランスの制限がなくなったのかと」
「なるほど」
 男の返答を聞いた清史郎の口元が釣り上がる。
 融合した、ということはエルステはノインから奪ったトランス能力を利用したのか。なるほど、トランスにはこんな使い方があったのか、これは興味深い、と清史郎は低く呟いた。
「しかし、よくその情報がこちらに残っていたな」
「それは、作戦に従事する人間は基本的にGNSの視界共有でデータを収集するようにしていますから」
 通信が途絶するまでの映像は残っています、確認しますか? と男が尋ねると、清史郎は「いや、いい」と首を振って拒絶する。
「これであの若造に従う理由はなくなった。永江 晃とかいう小癪なガキももうここにはいない。LEBの開発など、私一人いれば十分だ」
「しかし、それだと当初のスケジュールが……」
 その瞬間、清史郎はぎろり、と男を睨みつけた。
 その鋭い視線に射抜かれ、男が委縮する。
「何を言うか、LEBは私がいないと生産できないんだぞ?」
「それは――」
「いいからお前たちは黙って資金を提供しろ。『カタストロフ』に最高の軍勢を用意する、と言っているのだ」
 清史郎の気迫に圧され、男が分かりました、と返答する。
「それで、アレの処置はどうした。指示通りにできたのか?」
「……それは指示通りに。蘇生措置が成功したので培養槽に移しておきました」
 男の報告に、清史郎が再び嗤う。
「流石だな――。そこまでして、生きたいか」
 そう言いながら、清史郎は男への興味を失ったとばかりに水槽へと向き直る。
「確かにアレも研究材料として面白いが――やはり、こちらの方が私にとってのライフワークだからな」
「……」
 清史郎の後ろで男が唇を震わせるが、その言葉は清史郎には届かない。
 清史郎が水槽の中に視線を投げる。
 そこに浮かぶ、白い髪の少女。
「それに、もう新しい個体は完成した。エルステは初期の段階で育てすぎていたから、もう少し幼体にして色々埋め込んでいけばいい」
 清史郎の手が水槽前のパネルのボタンを押す。
 排出されていく水槽の薬液。
 薬液が全て抜かれ、水槽の底にうずくまった少女に、清史郎が声をかける。
「お前に意味を与えてやる。我々のためにしっかり働け、第十号ツェンテ!」

 

To the next stage "Vanishing Point / ASTRAY".

 

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おまけ
Vanishing Point Re: Birth完結記念イラスト

 


 

「Vanishing Point Re: Birth エピローグ」のあとがきを
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