世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第2章
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第2章 「かつて『
アメリカに建造された四本の「世界樹」がネットワークインフラを支える世界。
ロサンゼルスのハイスクールに上がったばかりの
そんなある登校日、幼馴染のメアリーと登校した匠音は教師から性的な嫌がらせをされた女子と遭遇、教師のオーグギアをハッキングすることで制裁を行う。
その数日後、買い出しに出た匠音は目の前で義体装着者が倒れるというアクシデントに遭遇する。
緊急車両が間に合うかどうかも分からない中、コード書き換えを試みようとする匠音。
その時、何処からともなく現れた
都市伝説と言われていたブラウニーの存在。その実在に、匠音は驚きを隠せないでいた。
目の前に現れ、男性の
周りで固唾をのんで見守っていた他の通行人にはブラウニーは見えていなかったらしく、
「凄いな坊主! どうやったんだ?」
「あなたは英雄よ!」
そんな声が次から次へと投げかけられる。
だが、匠音はそれどころではなく、買い出しの途中だったことも相まって慌てたように地面に投げ出したエコバッグを拾い上げた。
そのタイミングで頭上に影がよぎり、それから緊急アナウンスによって通行規制がかけられた道路に緊急航空車両が着陸する。
救急隊員がストレッチャーと共に駆け寄ってくるのを見て、匠音は、
「あ、もう大丈夫そうなので俺はこれで!」
そう言い残し、脱兎のように駆け出した。
後ろから歓声が追いかけてくるが全速力で、念のために遠回りして帰宅し、ほっと息を吐く。
「あら匠音、どうしたのそんなに慌てて」
匠音の帰宅に、部屋を出てきた
「い、いやなんでも。それより、牛乳買ってきた」
先ほどのブラウニーの一件での動揺が治っていなかった匠音はそう言って、そのままエコバッグを和美に手渡してしまう。
ありがとう、と和美は受け取ったエコバッグから商品を取り出し、
「だからトゥエルグミはダメって言ったでしょー!!!!」
そう、叫んだ。
次の瞬間、匠音の視界にサイケデリックなドットのキャラクターが表示される。
同時に激しいフラッシュが閃き、一瞬彼の意識が遠のきそうになる。
「母さん!」
キャラクターを振りほどこうとするかのように腕を振りながら匠音が声を上げる。
「息子に
「あら、こんなのSPAMって言うほどの物じゃないわよ。本場のはこんなものじゃないけど?」
あっけらかんとして和美がそう言い切る。
対象のオーグギアをハッキングし、でたらめなデータやフラッシュ、大音量ノイズなどを送り込む、そのツールが
しかも、昏倒するほど強烈なものではなく単純に一瞬眩暈を起こさせる程度に出力を調整したもの。
お仕置きにはちょうどいいのかもしれないが、そもそも息子とはいえ他者のオーグギアに侵入するのは違法である。
「ったく、『マーリン』だかなんだか分かんないけどいちいちハッキングするなよ」
スポーツハッキング観戦を禁じられている永瀬家だけに、匠音には選手やルールに関する知識はあまりない。
メアリーにこっそり大会のアーカイブを見せてもらったり雑誌「スポーツハック・マニアクス」を読ませてもらっているとはいえ最近の試合や話題ばかりで昔のことは分からなかった。
ただ、和美がかつてはスポーツハッキングチーム「キャメロット」に在籍していて、「マーリン」というスクリーンネームだった、ということだけは昔、彼女に見せてもらった写真で知っていた。
その、優勝杯を手にする和美の隣で嬉しそうに笑っていた
だが、
そんな和美は今、「キャメロット」から脱退、いや、スポーツハッキング界からも引退してとある会社のエンジニアとして勤務している。
それでも匠音がいたずらをした時などはこうやって彼のオーグギアをハッキングしてSPAMを送り付けるようなことは行っていた。
匠音も独学とはいえ一応は魔術師の端くれなのでSPAMに関する知識くらいは持ち合わせている。その気になれば
「ったく、容赦ないなあ……」
匠音がそう言ってもう一度キャラクターを振り払うように手を振ると、和美も気がすんだのか彼へのハッキングを解除する。
匠音の視界からキャラクターが消え失せ、彼はほっと一息ついた。
……のも束の間、匠音は、
「とにかく、トゥエルグミいただき!」
そう言い、和美の手からトゥエルグミを奪い取り、さらにテーブルの上に置いてあった開封済みの箱からキャンディチョコレートを一掴み強奪した。
「あ! 匠音それわたしの!」
和美が手を伸ばすが匠音の動きはもっと早い。
あっと言う間に自室の前に移動し、彼は、
「母さんのチョコもらうねー! じゃ、仕事頑張って!」
先ほどのSPAMの件はどこへやら、機嫌よく部屋に入っていった。
閉まる扉を見て、和美が小さくため息を吐く。
「……わたしの……ドミンゴの……チョコレート……」
仕事中や考え事をしているときなど、和美はよくドミンゴのキャンディチョコレートを頬張る。
確かに今匠音に新しい箱を買ってきてもらったばかりとは言え少しでも多く食べたい気持ちはあった。
箱を見ると、中には数えるほどしか残っていない。
「……匠音……」
恨みがましく和美が呟き、それから魔術師が魔法を使うかのように指を振る。
次の瞬間、
「ぎゃーーーー!!!!」
扉の向こうから、匠音の絶叫が聞こえてきた。
「匠音ー、これに懲りてわたしからおやつ盗らないでねー!」
和美が指をもう一振り、たった今匠音に送り付けた、先程よりもずっと強力なSPAMを解除する。
「母さん、虐待、反対……」
扉の向こうから聞こえる途切れ途切れの匠音の言葉をBGMに、和美は、
「食べ物の恨みは怖いのよ、覚えときなさい」
そう言って残ったチョコレートに手を伸ばし、包み紙を開いて口に入れた。
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