世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第2章
分冊版インデックス
アメリカに建造された四本の「世界樹」がネットワークインフラを支える世界。
ロサンゼルスのハイスクールに上がったばかりの
そんなある登校日、幼馴染のメアリーと登校した匠音は教師から性的な嫌がらせをされた女子と遭遇、教師のオーグギアをハッキングすることで制裁を行う。
その数日後、買い出しに出た匠音は目の前で義体装着者が倒れるというアクシデントに遭遇する。
緊急車両が間に合うかどうかも分からない中、コード書き換えを試みようとする匠音。
その時、何処からともなく現れた
都市伝説と言われていたブラウニーの存在。その実在に、匠音は驚きを隠せないでいた。
買い物から帰った
ある日の放課後、メアリーに誘われて匠音は「ニヴルング」でウィンドウショッピングを楽しむ。
しかし、匠音はふと違和感を覚え、メアリーから離れて違和感を覚えた方向へと向かう。
通常は進入禁止のエリアで一人の男が「ニヴルング」を攻撃しようとしていた。
その男を奇襲で通報した匠音だったが、男が取り出したデータが起爆してしまう。
アバターの
匠音を初心者と呼び、魔法使いは匠音を軽くいなす。
「手加減してこれ、は流石に目も当てられないわね」
厳しい言葉を投げかけられ、匠音が反論することもできずに唇を噛み締め、うなだれる。
「手加減されていた」という事実が重くのしかかり、屈辱よりも自分のふがいなさに苛立ちを覚える。
――俺に、もっと力があれば。
だがどうすればいい、と自問する。
独学では限界がある気がする。いや、独学だからを言い訳に使うのはよくない。
独学であっても強い魔術師は本当に強いのだろう。
それでも、和美にスポーツハッキングを、いや、ハッキング自体を禁止されていて勉強も練習も隠れて行うしかできない今の状況は限界である。
実際、匠音がここまでできるようになったのはあの「ルキウス」に助けられて初めてハッキングの世界に踏み込んでからだから軽く見積もっても数年を要している。
匠音は今のままではいけない、と思っていた。
この程度ではより強い悪に立ち向かうことなどできない。
せめて、もっと効率よく――誰か、手ほどきしてくれる魔術師がいれば。
「だったら、俺を弟子にしてくれ! 俺は、もっと強くなりたいんだ!!!!」
思わず、匠音は魔法使いにそう頼み込んでいた。
この、目の前の魔法使いこそ、自分の師匠にふさわしいのではないのか、と。
「弱い者いじめ」と認識しているなら普通は運営に通報するだろう。
いくら匠音の行動が「正義」であったとしても、生半可な腕でのハッキングは下手をすれば他の魔術師に迷惑が掛かってしまう。
そうなる前に不安要素は消せ、と、匠音を特定、拘束し運営に突き出すべきである。
だがこの魔法使いはそれをしなかった。
匠音を拘束するという状況に至ってなお、通報することなく解放した。
それは、自分に対して何かしらの可能性を感じているのではないか、と匠音は思った。
単純に「通報する価値もない」と思われているのかもしれないが、それでも匠音は自分がそこまで腕の悪い魔術師だとは思っていなかった。
もしかすると、魔法使いが自分に接触したのも――と、僅かな期待を抱く。
――この魔法使いは、とんでもない実力を秘めている、だから。
しかし。
魔法使いはかぶりを振った。
「無理。わたし、師匠なんてキャラじゃないし」
「そこをなんとか!」
魔法使いに拒絶されても、匠音はなおも食い下がる。
「俺、強くなりたいんだよ! 困ってる奴がいたら悪い奴から助ける、そんな魔術師になりたいんだ!」
「だから嫌だって言ってるでしょ! わたしは師匠なんてキャラじゃないし誰かに教えてもらいたいなら別の魔術師を当たりなさいよ!」
「やだ、俺はあんたがいい!」
絶対に、あんたの弟子になる、と匠音はさらに食い下がろうとした。
しかし縋りつこうとする匠音を軽く手を振ることで放った緩い衝撃波で弾き飛ばし、魔法使いは踵を返す。
背を向けざまに、魔法使いは、
「貴方、本当に目も当てられないくらいひどいんだけど――でもツール選択も粗削りだけど正解ルートに近いし反応速度は凄くいいわね」
意外な言葉を口にした。
「え?」
魔法使いの言葉に匠音が思わず聞き返す。
だが、次に魔法使いが口にした言葉は厳しい言葉。
「でもそれだけ。
「だったら! だったら俺を弟子にして叩き直してくれよ!」
「嫌だって言ってるでしょ! しつこい!」
くるりと振り返り、魔法使いも言い返す。
その雰囲気に、匠音は何故か既視感を覚えるがリアルにこんなすごい魔術師の知り合いなどいない。
いや、だったら今ここで知り合いになってやると匠音が意気込む。
一瞬、鬼のような形相の
今は、この魔法使いの弟子になることだけを考えていた。
「もう、ちょっと褒めて損した! 超初心者が一瞬でもわたしの攻撃を止めようと動いたから思わず褒めちゃったけど、貴方って本当に
ぷりぷりと怒る魔法使いに、
――こいつ、案外と大人げないな。
と思ってしまった匠音。
その考えが伝わったのか、魔法使いがさらにぷりぷりと怒り出す。
「子供は子供らしくちゃんと勉強しなさい! 社会のルールをきちんと学ぶ、それも魔術師としての心構えよ!」
魔法使いの言葉に、うわあ、母さんみたいなことを言う、と匠音が若干ドン引きする。
言いたいことを言い切ったのか、魔法使いが再び踵を返す。
「とりあえず、今はIDを戻してログアウトしなさい。これ以上ここにとどまっているのは危険よ」
ドン引きしている匠音を見ることなく魔法使いは数歩歩き、
「でも、どうしてもというのならわたしを探し出すことね。見つけられれば、だけど」
そう言い残してふっとその姿を掻き消した。
「ちょ……!」
魔法使いに向けて伸ばされた匠音の右手が虚空を掴む。
「探し出せ、って……」
名前も何も知らない。
ただ一つ、外見が「仮面を被ったローブ姿の魔法使い」という情報しかない。
汎用アバターというわけではないが、魔法使いモチーフのアバターはそれなりに好まれているし情報が少なすぎる。
その場に立ち尽くし、匠音は結局魔法使いを掴みそこなった自分の右手を見た。
握り締めた指を開き、手のひらを見る。
と、その手の上に一つの紋章が浮かび上がった。
禍々しくも、それでいて確固たる信念を秘めているかのように見える紋章。
「なんだこれ……」
そう呟きながら匠音は左手を伸ばし、紋章をタップする。
紋章が形を変え、一つのアプリを表示させる。
それは古い、スポーツハッキングのトレーニングアプリだった。
和美からスポーツハッキングを禁じられている匠音には分からないものであったがサポート終了のダイアログと最終更新日を見る限り、少なくとも十年くらいは前の物だろうと判断する。
和美から禁止されているためスポーツハッキングのことはよく知らなかったが、トレーニングアプリは常に最新のレギュレーションや時代に応じたルール改定、その他OSのアップデートによってアップデートではなく新バージョンが発行される。
目の前のトレーニングアプリも、その一環で推奨バージョンから外された古いものだった。
古いアプリとはいえ、アップデートやサポート、ランキングの新規登録が終了しているだけで利用自体ができないわけではない。
そんな、古いスポーツハッキングのトレーニングアプリを魔法使いは匠音に送り付けた。
一体どういう意図がと悩む匠音だったが、すぐに思い直す。
最新バージョンではなく、古いアプリを使うことで最適化されたわけではない、少し不便な状態、不利な状態からのハッキングの練習ができるということ。
これを使って、基本を一から叩き直せと。
基本を正しく身に着けたうえで、自分を探せと魔法使いは言っている。
それなら、と匠音は拳を握ってアプリを閉じた。
「やってやろうじゃん。俺、あんたの弟子になるから」
さっきまで魔法使いが立っていた場所にそう宣言し、匠音もアバターを本来の物に戻し、「ニヴルング」からログアウトした。
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