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世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第2章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 アメリカに建造された四本の「世界樹」がネットワークインフラを支える世界。
 ロサンゼルスのハイスクールに上がったばかりの永瀬ながせ 匠音しおんは駆け出しのホワイトハッカーとして巨大仮想空間メタバースSNS「ニヴルング」で密かに活動していた。
 そんなある登校日、幼馴染のメアリーと登校した匠音は教師から性的な嫌がらせをされた女子と遭遇、教師のオーグギアをハッキングすることで制裁を行う。
 その数日後、買い出しに出た匠音は目の前で義体装着者が倒れるというアクシデントに遭遇する。
 緊急車両が間に合うかどうかも分からない中、コード書き換えを試みようとする匠音。
 その時、何処からともなく現れた小人妖精ブラウニーがコードを書き換えてしまう。
 都市伝説と言われていたブラウニーの存在。その実在に、匠音は驚きを隠せないでいた。

 

 買い物から帰った匠音しおんは母親、和美かずみのおやつを強奪してSPAMスパムを喰らったりする。

 

 
 

 

 授業終了のベルと共に、教室内のクラスメイトが次々とログアウトしていく。
「匠音、今日はどうする? 『ニヴルング』来る?」
 隣の席にいたメアリーが匠音に声をかける。
「なんかあるのか?」
 そういえばアーカイブ解禁だっけ? と匠音が訊ねると、メアリーはううん、と首を振った。
「買い物付き合ってほしいだけ。あ、でも一昨日解禁されたアーカイブあるから見に行く?」
 メアリーの言葉に、あまり乗り気ではなかった匠音が態度を変える。
「それは見たい! 買い物、付き合うよ!」
 尻尾があれば振っているのではないかという雰囲気すらみせる匠音に、メアリーはくすり、と笑って「ありがと」と応えた。
「それじゃ、三十分後にリトル・トーキョーエリアのエントランスで合流しよ?」
「オッケー、じゃあ三十分後に」
 匠音がそう言って片手を上げると、メアリーも「また後でね」と言い残しログアウトする。
 エフェクトと共に消失するメアリーのアバターを見送り、匠音も教室からログアウトした。

 

 ふっ、とエフェクトと共に狼頭の少年アバターが出現し、「ニヴルング」のホームエリアに降り立つ。
「やばいやばい、メアリーに怒られる」
 そう呟きながら足早に待ち合わせ場所へ移動する狼頭のアバターの持ち主は、匠音。
 今は授業時ではなく放課後なので手持ちのアバターで「ニヴルング」にログイン、待ち合わせ場所に向かっている。
 コミュニティサービスに強いFaceNoteフェイスノート社によって運営されている世界最大級の巨大仮想空間メタバースSNS「ニヴルング」、その特徴はオーグギアのフルダイブ機能を利用した、「感覚転送したアバターで仮想空間内を歩き回れる」というところにある。
 かれこれ百年くらい前の物語で語られていたフルダイブ技術は完成しており、現実のものとなっていた。
 尤も、五感をアバターに転送したとはいえ、痛覚に関しては現実生身がダメージを受けたと誤認して危険な状態になるという事例からオミット同然の扱いを受け、攻撃されたとしても痛みは感じない。
 そんな「ニヴルング」は広大なマップを有しており、いくつものエリアに分割されている。
 ユーザーはまずホームエリアに転送され、そこからポータルをくぐって希望のエリアへと移動する。
 今回、匠音はロサンゼルスにあるリトル・トーキョーを再現したエリアのエントランスを待ち合わせ場所に指定されていたため、現在ホームエリアからポータルを通って移動している次第である。
 匠音がリトル・トーキョーエリアのポータルに飛び込むと極彩色の橋が伸び、エントランスへと接続する。
 接続先のゲートをくぐると、そこは現実リアルと見まごう程精巧に再現されたリトル・トーキョーの待ち合わせスポットエントランス、二宮金次郎像の広場だった。
 やばい、おやつ食べてたら遅刻した、と匠音がきょろきょろと周りを見る。
 すると、
「もー、匠音遅いー!」
 灰色の毛並みロシアンブルーにブルーの瞳を持った、猫の頭をした少女のアバターが近づいてきた。
「うぉ、メアリー! ごめん、遅れた!」
 近づいてくるアバターに見覚えはなかったが頭上のネームプレートでメアリーだと認識する。
「ってか、メアリー、アバター変えたのかよ」
 「ニヴルング」にログインするためにはアバターが必要ではあるが、必ずしも固定アバターになるわけではない。好みやトレンドに応じてファッション感覚で着替えられるものである。
 普段のメアリーは別のアバターを使っていたが、どうやら新しいお気に入りを見つけたのだろう。
 勿論、アバターは市販されている物だけでなくゲームのキャラメイク感覚でプリセットを組み合わせて作ったり、デザインセンスがある人間は一から構築することもある。
 スポーツハッキングのチームによっては専属の仕立屋デザイナーがいて、メンバーのアバターを構築してくれることもあるらしい。
 匠音はアバターに特別のこだわりがあるわけではないので普段のアバターは市販品を使っていたが「シルバークルツ」として活動するときだけ、こっそり貯めた自分の小遣いで課金した自前のアバターを使っている。
 メアリーが、「いいでしょこれ」と匠音の目の前でくるりと回る。
「凄く可愛くて欲しかったの。お小遣いも貯まって、ちょうどセールしてたから買っちゃった」
 「どう、似合う?」と訊いてくるメアリーに、匠音が目を白黒させながら頷く。
「あ、う、うんかわいい。」
 メアリーの動作一つ一つに何故かドキリとする。
 隣の家で、幼馴染で、見慣れた彼女のはずなのに何故か新鮮でどぎまぎしてしまう。
 自分は決して擬人化動物愛好家ケモナーではないはずなのに、と考える。しかしこのどぎまぎはなんだろう。メアリーがかわいらしい猫のアバターを被っているからか、それとも単純に彼女の動作に反応してしまったのか、どっちなんだろう、と匠音は自問した。
 アバターを着替えるだけでここまで印象が変わるのかと思いつつ、匠音はとりあえず、とメアリーに声をかけた。
「買い物、行くんだろ」
「そうね、行きましょ」
 そう言ってメアリーが匠音の手を掴む。
「えっ」
 どきり、と匠音の心臓が一瞬高鳴り、思わず彼はメアリーを見た。
「どうしたの、行きましょ!」
 メアリーが匠音の手を引いて走りだす。
 それに追従しつつも、匠音は自分の思考が吹き飛ぶのを感じた。
 今、自分たちは一緒にいない
 メアリーも自分も自分の部屋からここ「ニヴルング」にアクセスしているだけ。
 だが、それでも確かに感じるメアリーの手の感触。
 フルダイブ型SNSという性質上、当たり前のことではあるがそれでも匠音は「メアリーの手、やわらかいな」とふと思っていた。
 それから、自分がハッキングして証拠を集め通報した結果逮捕されたジョンソンのことを思い出し、メアリーが彼の手に落ちなくてよかった、と心底思う。
 ――もし、俺に何の力もなければ。
 メアリーはジョンソンに深く傷つけられていたに違いない。
 それを阻止できたことは誇らしいし、誰かに打ち明けたい。
 しかし親からハッキングを禁止されている匠音がそれを口にすることはかなわず、ただ心の内にしまっておくしかできなかった。
 メアリーに手を引かれ、彼女が目的としていた店舗に入る。
 「ニヴルング」のショップは現実に存在する店舗と同じような構造で棚に様々な商品が並べられていて、手に取って雰囲気を確認することができる。
 気に入ればそのまま決済すれば後日商品が自宅に届く、という仕組みである。
 ただ買い物をするだけなら「ニヴルング」にログインせずとも通常のブラウザによるオンラインショップで事足りるが、実物の感触を確かめたいのであればフルダイブSNSの「ニヴルング」は五感に干渉して本物さながらの確認を行うことができる。
 メアリーが入ったショップはとあるスイーツの店だった。
 「リトルパフェ」と店名を記載した看板を出した店頭に大きく「期間限定」のホログラムPOPが浮かび見る人の目を引き付ける。
「あったあった! これ、気になってたのよ!」
 そう言いながらメアリーが指さしたのは「期間限定」のネーブルオレンジをふんだんに使用したパフェ。
 普段はトゥエルグミやミスターペッパーなどジャンキーな菓子やジュース類を好む匠音であったが、このパフェには少々興味が沸き上がる。
 そしてここはフルダイブSNS「ニヴルング」。
 流石に試食は無料というわけにもいかず課金は必要であるが実際に購入するよりもはるかに安く、味を体験することができる。
 ごくり、と匠音がのどを鳴らす。
「やっぱり匠音も気になるよね?」
 にやり、と猫頭のメアリーが笑い、「試食」ボタンをタップする。
 匠音もそれに続いてボタンをタップすると試食サイズのパフェが二人の手元に出現した。
 食べましょ、と付属のスプーンでパフェをすくい口に運ぶメアリー。
 それを真似るかのように匠音もパフェを口に運ぶ。
「うっま!」
 口の中に広がるオレンジの風味と生クリームの甘さが心地よい。
 実際に食べているわけではないのに、ついつい手が出てしまう。
 あっと言う間に試食分を完食し、匠音はメアリーを見た。
「凄いな、これ」
「友達の間でもすっごく話題になってて、試食だけでもしたかったのよね」
 実店舗だと連日売り切れらしいよ? とメアリーが言うと匠音も納得したように頷いた。
 ジャンキーな物が好きな匠音でもこれは本物を食べてみたい。
 メアリーと一緒に実店舗に行けたらいいんだけどな、と思いつつ匠音は名残惜しそうにパフェが入っていた試食用の皿をタップして消去する。
「で、買い物ってこれのこと?」
 いや、これだけでも十分な収穫である。
 それでももう少しメアリーと一緒にいたい、と匠音はふと思った。
 確かにこの後、一昨日解禁されたというアーカイブを見る、という話もある。
 それでもアーカイブ視聴とウィンドウショッピングは全然違う。
 そう、期待を込めつつ匠音が訊ねると。
「まさか。ミカのお見舞いもしたいし、いろいろ回るわよ」
 これの試食はこの間ジョンソンの件で相談に乗ってくれたお礼、こうでもしないと匠音変なのしか食べないし、とメアリーが余計な一言を付け加えてくる。
 そりゃそうだ、と納得しつつ、匠音はメアリーと並んで店を出た。
 その後も様々な店舗を回り、メアリーのウィンドウショッピングに付き合う。
 メアリーの服選びに付き合ったり、スポーツハッキングのアンテナショップで「キャメロット」のグッズを眺めたり、楽しい時間が過ぎていく。
 しかし、その途中で匠音は思ってしまった。
 ――これって、デートなのでは。
 気付いた瞬間、匠音の顔が赤くなる。
 実際は狼頭のアバターなので知られることはないが現実の彼を見た人間は間違いなく「赤面している」と認識するだろう。
 ちらり、とメアリーを見るものの彼女は実質デートという事態には気づいておらず、平然としている。
 あくまでも俺は「幼馴染」なのか、と匠音がちくりと胸の痛みを覚えたその時。
 違和感を覚え、匠音は振り返った。
「? どうしたの匠音」
 メアリーが不思議そうに匠音を見る。
 匠音はというと、振り返ったままとある地点を凝視している。
「ちょっと、匠音?」
 メアリーが匠音の肩をつつく。
 そこでようやく匠音は我に返り、メアリーを見た。
「あ、メアリーごめん」
 そう言いながらも、匠音は後方を気にしている。
「何かあったの?」
 不思議そうにメアリーも振り返りながら匠音に尋ねるがパッと見た限り、何か不審なものがあるとかそういった雰囲気はない。
 一体何を見たのだろう、とメアリーが改めて匠音を見るが、匠音はやはり後方が気になるようでちらちらと視線を投げている。
 どうしたの、とメアリーが口を開こうとしたその時。
「メアリー、ごめん! 急用できた!」
 突然、匠音がメアリーの前で両手を合わせた。
「ちょっとやばい感じだから、ここで抜ける! アーカイブは今度観よう!」
「え、ちょっと、匠音?」
 突然の匠音の言葉に戸惑うメアリー。しかしその時既に匠音は脱兎のごとく駆け出してメアリーの視界から消え去っていた。
「……もう、何なの匠音……」
 トイレにでも行きたくなったのかしら、とメアリーが首をかしげるも、匠音が必要な用事は全て終わっており、解散になっても特に文句はない。
 強いて言うなら一緒にアーカイブを見ることができなかったことが悔やまれるが、別に期間限定配信というわけでもないので後日改めて観ればいいだろう。
 仕方ないなあ、とメアリーは一つため息を吐き、後で母親マミーと一緒に焼いたクッキーでも差し入れようと呟いた。

 

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