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世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第2章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 アメリカに建造された四本の「世界樹」がネットワークインフラを支える世界。
 ロサンゼルスのハイスクールに上がったばかりの永瀬ながせ 匠音しおんは駆け出しのホワイトハッカーとして巨大仮想空間メタバースSNS「ニヴルング」で密かに活動していた。
 そんなある登校日、幼馴染のメアリーと登校した匠音は教師から性的な嫌がらせをされた女子と遭遇、教師のオーグギアをハッキングすることで制裁を行う。
 その数日後、買い出しに出た匠音は目の前で義体装着者が倒れるというアクシデントに遭遇する。
 緊急車両が間に合うかどうかも分からない中、コード書き換えを試みようとする匠音。
 その時、何処からともなく現れた小人妖精ブラウニーがコードを書き換えてしまう。
 都市伝説と言われていたブラウニーの存在。その実在に、匠音は驚きを隠せないでいた。

 

 買い物から帰った匠音しおんは母親、和美かずみのおやつを強奪してSPAMスパムを喰らったりする。

 

 ある日の放課後、メアリーに誘われて匠音は「ニヴルング」でウィンドウショッピングを楽しむ。
 しかし、匠音はふと違和感を覚え、メアリーから離れて違和感を覚えた方向へと向かう。

 

 通常は進入禁止のエリアで一人の男が「ニヴルング」を攻撃しようとしていた。
 その男を奇襲で通報した匠音だったが、男が取り出したデータが起爆してしまう。

 

 アバターの消失ロストを免れた匠音は自分を助けてくれた魔法使い風のアバターと対峙する。
 匠音を初心者と呼び、魔法使いは匠音を軽くいなす。

 

 魔法使いの技量に感服した匠音は「弟子にしてくれ」と懇願する。
 しかし魔法使いはそれを拒絶し、一つのアプリだけを残して姿を消してしまう。

 

 夕食の時間になり、匠音と和美がテーブルにつく。
 二人の目の前にはグリルチキンとサラダ、ピタパンなどが乗ったプレートが置かれている。
 ぼんやりと――先ほど「ニヴルング」で出会った魔法使いのことを考えながら――匠音はサラダに手を伸ばした。
「匠音、ドレッシング」
 余程ぼんやりしていたのだろう、好みのランチドレッシングドレッシングすら使わずにサラダを食べようとする匠音に和美が声をかける。
「え? あ、ごめん母さん」
 声をかけられて我に返った匠音が慌ててテーブルに置かれたランチドレッシングに手を伸ばす。
 そんな彼に、
「『ニヴルング』で何かあったの? さっきニュースで内部を攻撃したテロがあったって言ってたし、まさか匠音近くにいたりしたの?」
 和美はそう、声をかけた。
「え、べ、別に何もないよ。確かに昼間はメアリーと『ニヴルング』で遊んでたけどさ……。あ、聞いてよ母さん。リトル・トーキョーに『リトルパフェ』って店あるじゃん。あそこの期間限定『ネーブルスクリューパフェ』すっごくおいしかった! 今度メアリーと食べに行ってもいい?」
「え、匠音パフェなんて食べるの……?」
 信じられない、といった面持ちで和美が匠音を見る。
 嘘でしょ匠音って普段トゥエルグミとかバタークリームたっぷりのケーキとかばっかりじゃない、あれで太らないのも不思議だけどそもそも一体誰に似たの、と和美の思考がぐるぐる回る。
「……匠音、変なもの食べ過ぎて味覚変わった……?」
「なんで!」
 いや母さんでもさすがにそれはひどい、と匠音が抗議する。
 ごめんごめんと和美が笑う。
 だが、すぐに真顔になり、
「『リトル・トーキョー』エリア行ったの? テロがあったエリアじゃない。どうして何も言わなかったの」
 一番重要なことを指摘した。
 その指摘にやば、と匠音が呟く。
「え、だって俺その場にいなかったし
「まあ、いくらアバターがダメージを受けてもホームエリアに戻るだけだけど、色々と危険なのよ? もしこれが現実でのテロだったりしたら大変なことになるんだから『ニヴルング』だからといって油断しないでよ」
 和美の言葉にうん、と頷く匠音。
 和美母親が言っていることは正しい。万が一、自分に何かがあれば和美は確実に自分を責めるだろう。
 あの匠海父親に対しての普段の行動から簡単に予想ができる。
 匠音は父親が「事故で死んだ」ということしか知らない。
 それでも、和美が時折自分を責めていることを知っているだけに事故の原因がいかほどの物であれ何かあった場合は自分を責めるのだろう、そう思う。
「……母さん、ごめん。何かあったらちゃんと言うから」
 和美が自分を責めているところなど見たくない。その原因には決してなりたくない。
 だから、どうしても話せないことは言葉にできない。
 それが原因で何かあった場合事態が悪化するのは分かっているが、それでもそうならないように準備して、いつかはちゃんと話せるようになりたい。
 そのためにも、昼間会ったあの魔法使いの弟子になりたかった。
 和美が少しでも安心して、ハッキングすることを認めてくれるように。
 そんなことを考えながら食事を進める匠音だったが、ふと目の前の和美を見ると彼女も何かを考えているのか手の進みが遅い。
 プレートの上にくし切りにされたネーブルオレンジが残っているのを認めた匠音はさっと手を伸ばして一切れ、強奪した。
「あ! 匠音、わたしのオレンジ!」
「いただき!」
 和美が慌てて手を伸ばすものの匠音はそれよりも先にオレンジにかぶりつき、平らげてしまう。
「じゃ、俺は宿題してくる。あ、このクッキーもらってもいい?」
 夕方、メアリーが持ってきた手作りのクッキーを、許可をもらう前に一掴み、匠音が席を立つ。
「母さんも無茶するなよ。眉間に皺寄せてると老けるぞー」
 そんなことを言いながら匠音が自室に消えていく。
「もう、匠音ってば……」
 だから食べ物の恨みは怖いんだってばと呟きつつも和美は匠音にSPAMを送り付けることもなくグリルチキンを口に運ぶ。
 和美は和美で心配事はいくつもあった。
 仕事のこともそうだが、「ニヴルング」で起こったテロの事、そして――
「匠海……」
 ぽつり、と和美が呟く。
「わたしに、できるかな」
 和美のその呟きは、匠音には聞こえていない。

 

 自室に戻った匠音は机に向かうこともせず、ベッドに身を投げ出していた。
 仰向けになり、オーグギアを操作し、隠しストレージを呼び出す。
 隠しストレージのファイル一覧から一つのファイルを選択し、展開。
 目の前に浮かび上がった紋章を見て、匠音はため息を吐いた。
「……なんだったんだろ、あの魔法使い」
 紋章をタップ、トレーニングアプリを起動する。
 十年以上も前のアプリだったが、オーグギアのOSのバージョンアップで動作しないということにはなっていなかった。
 アプリ内メニューから「アーカイブ」を呼び出す。
 「ランキング」の項目があるのを見て、匠音は興味本位でそれを呼び出した。
 オンラインランキングのメニューが視界に現れ、その中から「総合ランキング」をタップする。
「……え?」
 ランキングが表示された瞬間、匠音はがばり、と身を起こした。
「……母、さん……?」
 総合ランキング一位に表示された名前は「Merlinマーリン」。
 和美がかつて名乗っていたスクリーンネーム。
 二位には僅かなポイント差で「Arthurアーサー」の文字が表示されている。
 三位以降も見るが、二位からはそれなりにポイント差が広がっており、眺めていると途中にあのメアリーがガチ恋レベルで応援している「Tristanトリスタン」の名前もある。
 和美が「マーリン」のスクリーンネームでスポーツハッキングを行っていたのは知っていたが、まさかランカーだったとは思ってもいなかった。
 ランキングに登録された日は、十五年前の夏。
 そこからこのアプリが次のバージョンに変わった十年前までこのランキングは更新されなかったと考えるとマーリンの実力がいかに高かったかが窺い知れる。
「……これを目指せ、って言うのかよ」
 あの魔法使いは。
 これくらいできないと、届かないというのか。
 それでも。
「……やるよ、俺。絶対、あんたに届いてみせる」
 ランキングの「Merlin」の文字を眺めながら、匠音は拳を握り締めた。
 いつかマーリン母親のスコアを抜いてみせる、と。
 ――そうしたら、あんたは俺を見てくれるんだろう?
 今はまだ何もできないひよっこかもしれないが。
 必ず、超えてみせる。
 「マーリン」も、「ルキウス」も。
 それが、匠音にとっての、新たな一歩だった。
 本人がそれを自覚していたかどうかは、本人ですら、分かっていない。

 

to be continued……

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「世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第2章」のあとがきを
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