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世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第6章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 アメリカに建造された四本の「世界樹」がネットワークインフラを支える世界。
 ロサンゼルスのハイスクールに上がったばかりの永瀬ながせ 匠音しおんは駆け出しのホワイトハッカーとして巨大仮想空間メタバースSNS「ニヴルング」で密かに活動していた。
 通学途中で聞いた都市伝説、義体の不具合時に現れるという小人妖精ブラウニーを目の当たりにしたり、ホワイトハッカーとして校内のトラブルを解決していた匠音はある日、幼馴染のメアリーの「ニヴルング」での買い物に付き合っていた際、怪しげな動きをするアバターを発見通報する。
 その際に起動された爆弾から彼を救い、叱咤する謎のハッカー。
 弟子入りしたいという匠音の要望を拒絶しつつもトレーニングアプリを送り付ける魔法使い。
 それを起動した匠音はランキング一位にかつてスポーツハッカーだった和美母親のスクリーンネームを見つけ、このランキングを塗り替えるとともに謎のハッカーと再会することを誓う。
 そんな折、メアリーが「キャメロット」の握手会に行くことになるがトラブルに巻き込まれてしまう。それを助けたもののハッキングが発覚して拘束され、メアリーの機転で厳重注意のみで済むものの、和美にはハッキングのことを知られ辞めるよう強く言われる。
 それでも諦められず、逆に力を付けたくて匠音は匠海のオーグギアに接続し、父親のビデをメッセージを見る。
 その際に手に入れた「エクスカリバー」の性能を知りたくて手近なサーバに侵入する匠音、しかし「エクスカリバー」を使いこなせず通報されかける。
 それを謎の魔法使いこと黒き魔女モルガンに再び助けられ、ログアウトした匠音は和美にハッキングのことを詰められる。
 ハッキングを禁止する理由も、匠海のこともはっきりと教えてくれない和美に反抗し、匠音は家を飛び出してしまう。
 家出をした匠音が頼ったのは祖父、白狼しろうだった。
 白狼からハッキングを教わりたいと懇願し、OKが出るが教えてもらえるのはPCハックオールドハック
 父親の事故の真相を聞きつつもそのハッキングに嫌気がさした匠音はブラウニーの姿を見つけ、追いかけてしまう。

 

 男は匠音に対し、義体に対して不具合を起こさせ、そこからブラウニーを呼び出せと強要する。
 それに抗うこともできず、匠音は指示に従って義体に不具合を起こすプログラムを送り込む。

 

 現れたブラウニーを指示に従い追跡する匠音。
 ブラウニーは義体制御システム「Oberonオベロン」の中に消え、匠音はブラウニーとオベロンの関係性について考えさせられる。

 

 「Oberon」の中へ侵入し、さらにその先へと追跡する匠音。
 だが、ブラウニーが消えた先は世界樹の1本、「イルミンスール」であった。

 

 
 

 

「え……」
 匠音の言葉に「何をバカな」という響きが混ざる。
 いくら男が匠音を通報したとしても、匠音も男をきちんと認識している。
 「この男に脅されてハッキングした」と反論することができるはず。
 それにオーグギアには当然ながら録画機能も付いている。
 男はここで起こったことを通報すると言っているが、匠音もまた男の言動は録画していた。不利なのは男の方である。
 しかし、男はニヤリと笑って匠音を見る。
「なに、私は通りがかりの善意の通報者だ。君のオーグギアに今までの記録は何一つ残っていない」
「何を」
「先程君に渡したファイルはそのまま君のオーグギアに感染、録画機能をオフにするウィルスも仕込んであってな。君は録画をしていたつもりだろうが、そんなものははじめからされていないのだよ」
 男の言葉に、匠音がまさか、とオーグギアをチェックする。
 男が言う通り、オーグギアのストレージにはこの数十分のやり取りは記録されていなかった。現時点で匠音の視界には【⚫︎REC】の表示が点灯しているにも関わらず、だ。
「くっ……」
 悔しそうに匠音が歯軋りする。
 録画ができていればまだ「ハッキングを強要された」として通報することもできたかもしれないが動画という決定的な証拠になり得るものが奪われては手も足も出ない。
 尤も、録画できていたとしてもリアルタイムで改竄する技術もあるため匠音の「強要された」という主張が認められるには相当な時間がかかるかもしれないが。
「さあ、どうする『シルバークルツ』。通報されたくなければ、イルミンスールをハッキングしろ」
「くそっ……」
 反撃の手段を奪われた以上、指示に従うしかない。
 イルミンスールをハッキングせずとも、既に「Oberon」の奥深くまで侵入している。この時点でかなり重い罪になっていてもおかしくない。
 どうする、と匠音は自問した。
 男の言う通りイルミンスールをハッキングするか。
 それともこれ以上は協力できないと男に反撃するか。
 男は「Oberon」がイルミンスールにデータを送っている、そしてブラウニーがイルミンスールと繋がっていると主張していることから「義体装着者のプライバシーを抜き取るFaceNote社は悪だ」と主張する陰謀論者だろう。
 そんな陰謀論者の指示に従ってイルミンスールを攻撃するのはただの悪意ある魔術師クラッカーだ。それならたとえ通報されたとしても反撃した方が匠音にとっての善意を持つ魔術師ホワイトハッカーの理想に近いのではないだろうか。
 ここまでは興味を持っていたとはいえ言われるがままハッキングした匠音だったが、ここから先は従うわけにはいかない。
 なんとかして、反撃の糸口を掴まなければ。
「私を出し抜こうとしているのか? 無駄なことを」
「無駄かどうかは分からないだろ」
 匠音の指が素早く動く。
 UI共有がされているので匠音が何をしているのかは男には筒抜けだったが、それでも匠音のコマンド入力は速く、男は完全に把握できない。
 それでも匠音が男のオーグギアにハッキングを仕掛けようとしたということは把握したのだろう、男が匠音を睨みつける。
 ファイル転送の際に構築されたパスを通じて匠音が男のオーグギアに侵入しようとする。
「ふん、無駄だと言っているだろう」
 男が素早く――匠音が侵入する前にその手を払い除け、コマンド入力を中断させる。
「――っ!」
「そんなにも通報されたいか?」
 男が手を伸ばし、匠音の胸倉を掴む。
「放せ!」
「無駄だと言っているのが分からないのか。君はブラウニーさえ捕まえてくれればいい。君ならできるはずだ」
 そう言って男が乱暴に匠音を突き飛ばす。
 明らかに苛立った男の様子に、匠音はそれでも負けじと男を睨む。
「陰謀論者の言いなりになってたまるかよ! 俺のハッキングを止めるくらいの腕があるならおっさんがやればいいだろ!」
「それができれば苦労はしない。だから、君にやれと言っている」
「くっ――」
 匠音が唸る。
 もう、男に一矢報いることはできないのか。
 イルミンスールをハッキングするしかないのか。
 このまま、自分の意に反してクラッカーになるしかないのか。
 ――やれ。
 不意に、「声」が聞こえたような気がした。
「――え?」
 匠音が頭を上げ、周りを見る。
 そこに男と義体の男以外誰かがいる気配はない。
 ――イルミンスールを攻めろ。
 どこかで聞いたことのあるような声が匠音にそう告げる。
 反射的に匠音は寝かされている男の義体を見た。
「父……さん……?」
 確信はない。
 それでもこの声は匠海の声だと、そう思ってしまう。
 理由も分からない。
 その言葉通りにイルミンスールを攻めて窮地を逃れられるとも限らない。
 それでも。
 ――俺を信じろ。お前には真実を知る権利がある。
「まさか……」
 匠音の口からそんな言葉が漏れる。
 嘘だ。そんなことがあるはずがない。
 いくらなんでもこんなに都合のいい幻聴が聞こえるはずがない。
 ――どうして父さんの声が。

 

 確かに、今一番望んでいるのは自分を助けてくれる「誰か」の力である。
 あの「モルガン」が助けに来てくれれば、と思いさえしている。
 そのタイミングで聞こえた匠海父親の声。
 十五年も前に死んだ匠海の声が、今、どうしてこのタイミングで聞こえるのか。
 ただの都合のいい幻聴だ、そう、匠音は自分に言い聞かせる。
 いや、それともこの声は男が匠音を惑わせるために聴かせているものかもしれない。
 匠海たくみの声だと思ったのはただの勘違いだ。
 都合のいい言葉を、都合のいい人間に置き換えて認識しているだけだ。
 ――時間がない、ここで詰みたくなければ、イルミンスールを攻撃しろ――。
 どうする、と匠音は自問した。
 この言葉を信じるべきか、信じずに抗うべきか。
 匠音の指がおずおずと動く。
 イルミンスールにアクセスしようとして、その手前で止められる。
「俺、は――」
「何をしている、さっさと侵入しろ」
 苛立った男の声が匠音を追い立てる。
 ――信じろ。
 聞こえてくる「声」に、匠音は目を閉じた。
 ――本当に、信じていい?
 声は一方的に聞こえてくるだけ、問いかけても答えは来るはずがない。
 それでも匠音は自分の心を決めるためにもそう問いかけた。
 ――俺は、父さんを信じる。
 一つ息を吐き、匠音が目を開けて義体を、それからその先のイルミンスールを見る。
 ――必ず、父さんに追い付く。
「分かった、侵入するよ」
 男に視線を戻し、匠音ははっきりとそう言った。
「だったらさっさと――」
「だけど、おっさんのためじゃない。俺は、自分の意思でイルミンスールを、それからブラウニーのことを突き止める」
 男の言葉を遮り、匠音がそう宣言する。
「おっさんのことは信用できない。場合によっては通報する」
「バカな、証拠など何も――」
「証拠なんてなくてもいい。俺のすることは無駄かもしれないけど、おっさんの信用を少し傷つけるくらいはできるだろ」
 世間は「被害者」には同情する。
 先に「被害者」だと名乗りあげればたとえ加害者であっても当面は優しくされる。
 だから、匠音は証拠が提出できずとも先に「被害者」だと名乗ると宣言した。
 勿論、証拠がなければ有利に立ち回ることはできない。むしろ男が「実際の被害者は私だ」と証拠を提出すれば立場は逆転するだろう。
 しかし、匠音が声を上げることで男の信用はわずかに揺らぐ。
 「こんな子供のそう言わしめた」という事実は残る。
 その影響がどこまで広がるかは分からない。それでも、何もしないよりは物事は動く。
「くっ……」
 男が低く呻く。
 その反応に、匠音は「よほど自分の立場を危なくしたくない」と判断する。
 つまり、ほんのわずかでも信用を失うわけにはいかない立場だということか。
「くそっ、勝手にしろ。しかし、ブラウニーのデータは私がもらうからな!」
 吐き捨てるようにそう言い、男は室内の椅子の一つに歩み寄り、どっかりと腰を下ろした。

 

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