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世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第5章

 

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 場所はアメリカのフィラデルフィア。
 とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
 ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
 ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
 そこに現れた1匹の蛇。
 その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
 SERPENTの指示を受けてLemon社の関連企業に侵入するたけし(ガウェイン)とタイロン。
 「EDEN」にいるという匠海たくみ和美かずみが気がかりで気もそぞろになる健だったが、無事データを回収する。
 解析の結果、そのデータは保管期限が切れて削除されたはずの「EDEN」ユーザーのデータ。
 そこから匠海と和美のことが気になった健は独断で「EDEN」への侵入を果たす。
 「EDEN」に侵入した健だが、直後、魔術師仲間内で「黒き狼」と呼ばれる魔術師に襲われる。
 辛うじて逃げ出した健であったが、「Team SERPENT」を危機に晒しかねない行為を行ったということで謹慎を命じられる。
 謹慎中、トレーニングをしているところで健は「Team SERPENT」に亡霊ゴースト魔術師マジシャンである「白き狩人ヴァイサー・イェーガー」が在籍していないことに疑問を持つ。
 「ヴァイサー・イェーガーはチームへの所属を希望しなかった」という事実に不信感を持つ健だったが、そんな折、Lemon社が新型AI「ADAM」と「EVE」を発表する。

 

 
 

 

「でも、『EDEN』に侵入するっていっても前回の件があるから対策されてるんじゃないの?」
 「EDEN」侵入のために準備を始めた健に、アンソニーが尋ねる。
 前回、健が独断専行して「EDEN」に侵入した際は黒き狼が即座に反応して「EDEN」から弾きだされ、攻撃されたはず。様々な幸運が重なって健は身元を割られることもなく離脱することができたが、あの一件があったのだから「EDEN」への侵入は困難を極めるだろう。少なくとも、IDチェックは厳しくなっているだろうし、黒き狼も確実に襲ってくるだろう。
 少なくとも黒き狼に対する対策を講じておかなければ「Team SERPENT」に勝ち目はない。先程までの会話で白き狩人ヴァイサー・イェーガーの協力を得られていないと分かっているのだから心強い味方の援護も期待できない。
「まぁ――俺一人だったら確かに骨が折れるな。だが、Lemon社を暴くという『Team SERPENT』の目的を果たすためにもやるんだ、今回はお前らにも協力してもらうぞ」
「え」
 健の言葉に、アンソニーが思わず声を上げる。
「俺も参加するの?」
「当たり前だろ! お前だって『Team SERPENT』なんだから。そりゃあ、お前が来たところでできるのはガジェットの調整くらいだろうし、お前のことだからそれくらい遠隔でできるだろうが。バックアップがあればそれに越したことはない」
 そう言いながら、健はごそごそとベッドの下からラップトップパソコンを取り出しバックパックに詰め込む。
「ちょっと待って、ここからハッキングするんじゃないの?」
「ここからの接続は難しいだろうな。痕跡消してるからアク禁はないだろうが、それでも黒き狼に見つかれば俺だとすぐバレる。Tree of KnowredgeToKに侵入して、ダイレクトアタックする」
「はぁ!?!? まずいってそれ!」
 出かける準備を始める健を、アンソニーは慌てて止める。
 健はまだ謹慎が解けていない。ここでことを起こせば確実に「Team SERPENT」からも追放されるだろう。それとも、それを健は望んでいるというのか。
 確かに健はSERPENTを信じていないところがある。「Team SERPENT」に参加した理由もアンソニーからすれば若干納得できないものである。
 しかし、健のハッキングの技量は高く、アンソニーもガジェットのプログラム周りで時々世話になっていることを考えると健が今ここで離脱するのは望ましくない。
 そう考えると、健の独断専行はここで止めなければいけなかった。
「いくらADAMとEVEに話を聞くっていってもだよ。俺はその二人の元になった奴のことなんて何も知らない。タケシにとっては大切な人かもしれないけど、言っちゃ悪いけど俺は無関係だぞ? やっぱり、前回みたいに周りに迷惑をかけるだけかも――」
「お前は『Project REGION』を肯定するのかよ!」
 止めようとしたアンソニーに、健は声を荒らげてその胸倉を掴んだ。
 一瞬、やりすぎだ、と理性が健を止めようとするが、その理性は次の瞬間には吹き飛んでしまう。
 無関係? 周りに迷惑をかけるだけ? そんなこと知るかと健の心が叫ぶ。
 匠海と和美は健にとってかけがえのない仲間だった。「キャメロット」のチームメイトとして、ライバルとして、戦友として、彼らは一つの目標だったし乗り越えるべき壁だった。
 それなのに、二人は殺された。一般的な報道では不幸な事故だと言われているが、その実際は不正を暴くためのハッキングでその存在を特定され、殺された。
 健はその真実を突き止め、二人の無念を晴らして、そして全ては終わったと思っていたのに話はまだ終わっていなかった。匠海と和美の脳内データは取得され、保管され、「EDEN」のテストモデルとして利用された。
 まだ、「EDEN」が単なるメタバースであれば健は何も言わなかっただろう。確かに死者を弄ぶ行為ではあるかもしれないが、遺族が心の整理を付けるために二人を「EDEN」に収容したのであればそれを責める権利は健にはない。健だって、許されるのであればもう一度二人に会いたかったし、会えるのならまたハッキングで対戦したい、と思っていたから。
 健が焦っているのはLemon社が「Project REGION」を進めているからだ。脳内データを利用したAIを量産し、様々な場面で利用したい、と企んでいるからだ。
 脳内データの利用は危険だ。先日入手してしまった「EDEN」元住人のデータ、そのマスタデータが「Team SERPENT」のサーバに格納されている。なぜマスタデータなのかという問いに浮上している答えは「脳内データのコピーができず、移動しかできない」というもの。
 抽出した脳内データのAIとしての再現性はかなり正確だ。健はほんの少ししか匠海のAIと言葉を交わさなかったが、あの雰囲気や言葉は生前の匠海と何ら変わりはなかった。抽出されるデータには記憶や知識といったものだけではなく、人格といったものも含まれるのだろう。
 人格なんて概念的なものまで抽出されることを考えると、脳内データはただのデータとして存在するわけではない。所謂「魂」そのものがデジタルデータとして抽出されているとも考えらえる。
 そう考えると、脳内データがコピーできないということは「魂」を複製することは不可能ではないか、ということ。先日ダウンロードした脳内データも「移動」ではなく「コピー」で複製を取ったはずだ。だが、調査の結果、侵入した企業のサーバには元のデータは残っておらず、「Team SERPENT」のサーバにのみ、このデータが格納されている、という事実が明らかになった。
 そこで浮上するのが「Project REGION」の内容である。
 SERPENTは「Project REGION」のことを「魂を複製することで量産して様々な機械に搭載する」プロジェクトだと言っていた。その魂が現時点では複製できないものである、というのが「Team SERPENT」の見解である。
 それとも、Lemon社はもう魂の複製を実現しているというのだろうか。
 それは危険だ、と健は漠然と考える。
 魂とはその生命固有のものであるはず。複製できたとして、それは同じ存在が複数実在してしまうことにつながる。同一の存在が、同時に存在し得るものなのか、それは疑問だった。
 複製した瞬間、複製元が消失したということを考えると同一の存在が同時に存在することはできない。それを無理に存在させた場合――存在そのものの消失もあり得る。
 それが嫌なのだ、そうなるのが恐ろしいのだ、と健は漸く気づいた。
 匠海と和美が、その実験に巻き込まれてこの世界から完全に消え去ることを、恐れている。
 魂の複製は悪だ、とか、それを兵器転用されるのが嫌だ、とか、そんなものは建前だ。健の本音は「匠海と和美を弄ぶな」、それに尽きる。
 尤も、二人は「EDEN」の最高技術責任者、佐倉 日和の義子であり娘である。そんな二人をLemon社が実験に使うとは考えられないし、日和本人が反対するだろう。いや、二人を実験に使わないことを餌に日和が飼われている可能性もある。
 いずれにせよ、この状況は望ましいものではない。誰よりも自由を愛し、正義のために生きた二人がそれと真逆の状態に陥るのは許せない。
 この時点で、健は「Team SERPENT」や人類のため、という大義名分は存在しなかった。あるとすれば二人のためと称した自分のため、である。そう考えると「Team SERPENT」のメンバーを巻き込むことは褒められたものではない、ということも健は理解していた。それでも、「Team SERPENT」が目指していることも「Project REGION」の阻止なのだから利害は一致している。
 SERPENTならどう言うか、と考え、健はふと、気が付いた。
 SERPENTの介入がない。
 それは先程から気付いていたことだが、この期に及んでもSERPENTが現れないのはおかしい。
 何かあったのか、と考えるもののSERPENTもLemon社の発表で忙しくなっただけかもしれない、と考え直す。
 それでも、この胸を締め付けるような不安感は一体何なのだろうか。健はSERPENTのことを全面的に信用はしていない。利用できるなら利用しようと思っているだけだ。それなのに、今は自分を止めに来ないSERPENTのことが気になって仕方がない。
 SERPENTに何かあったのか。あるとすればきっと「Project REGION」に関してのことだ。
 アンソニーの胸倉を掴む手を離し、健は苦し気に口を開いた。
「確かに俺は匠海と和美さえ救えればあとはどうでもいいと思っている。だが、お前ら、いや――『Team SERPENT』の目的は『Project REGION』の阻止のはずだ。そして今、その『Project REGION』が大きく動き出そうとしている。SERPENTも出てこない今、きっとかなりまずい状況になっているはずだ」
「それは――」
 反論しようとして、アンソニーが言葉に詰まる。
 そうだ。Lemon社がADAMとEVEの発表を行い、話が大きく動き出しているというのにSERPENTは姿を見せない。一度に一か所にしか姿を見せないわけではなく、全体的な打ち合わせでは各ハイドアウトに姿を現すSERPENTだから今別のハイドアウトで話し込んでいるということもあり得ない。つまり、SERPENTには今出られない理由がある
 それが何かはアンソニーには分からない。だが、健の言葉が本当なら、状況がいいとはとても言えない。
「SERPENTがまずい状況にある……ってこと?」
 掠れた声でアンソニーが尋ねる。
 多分な、と健が頷いた。
「でなきゃ俺がまた『EDEN』を攻める、それも明確に匠海と和美のためって言ってるのに止めに入らないはずがない。SERPENTも今ヤバい状況にある、下手したら『Team SERPENT』にも関わって来るぞ」
「それは魔術師マジシャンとしての勘?」
 魔術師マジシャンにしろ魔法使いウィザードにしろ、些細な矛盾点を見つけそこから攻め込む能力は必要とされる。それは時に「勘」というオカルトな名称で呼ばれたりするが、脳波を測定しても解明されていない以上「勘」以外に呼ぶ名称は見つからない。
 ああ、と健が頷く。
「とりあえず今の俺と『Team SERPENT』の利害は一致している。『EDEN』を攻めればきっと真実が分かる。誰もついてこないなら、俺は一人で行くぞ」
「誰が誰もついてこないって?」
 不意に、低い男の声が響いた。
 その声に健とアンソニーがハイドアウトの出入り口を見る。

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