世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第10章
分冊版インデックス
場所はアメリカのフィラデルフィア。
とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
そこに現れた1匹の蛇。
その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
SERPENTの指示を受けてLemon社の関連企業に侵入する
「EDEN」にいるという
解析の結果、そのデータは保管期限が切れて削除されたはずの「EDEN」ユーザーのデータ。
そこから匠海と和美のことが気になった健は独断で「EDEN」への侵入を果たす。
「EDEN」に侵入した健だが、直後、魔術師仲間内で「黒き狼」と呼ばれる魔術師に襲われる。
辛うじて逃げ出した健であったが、「Team SERPENT」を危機に晒しかねない行為を行ったということで謹慎を命じられる。
謹慎中、トレーニングをしているところで健は「Team SERPENT」に
「ヴァイサー・イェーガーはチームへの所属を希望しなかった」という事実に不信感を持つ健だったが、そんな折、Lemon社が新型AI「ADAM」と「EVE」を発表する。
この二つのAIは匠海と和美だ、と主張する健。
二人は大丈夫なのか、と心配になった健はもう一度「EDEN」に侵入することを決意する。
止めようとするアンソニーだったが、そこにピーターとタイロンも到着し、健と共に「EDEN」をダイレクトアタックすると宣言する。
ToKのサーバルームに侵入し、ダイレクトアタックを敢行する健たち。
「EDEN」に侵入し、匠海と会話をはじめた直後、予想通り黒き狼に襲われる健だったが、自分のアバターに一つのアプリケーションが添付されていることに気付く。
「
オールドハックを駆使し、黒き狼を撃退に成功するが、健たちの侵入もToKに知られており、健たちはToKから離脱する。
黒き狼は
だとすれば匠海と和美を守りたい一心で「Project REGION」に参画しているはずだ、という健にまずはその事実の確定をしなければいけないとタイロンが指摘する。
しかし、健が匠海の祖父の名が「白狼」であることを告げた瞬間、タイロンとピーターは「確定だ」と判断する。
それならDeityを抑え、黒き狼を説得すれば助けてもらえるかもしれない。
そう判断した三人はタイロンのハイドアウトからまたもToKをハッキング、Deityと黒き狼の捕獲に向かう。
SERPENTが作った綻びを利用し、再度「EDEN」に侵入する健とピーター。
黒き狼が現れるが激闘の末説得に成功、その協力を得て匠海と和美を「ニヴルング」へと転送、ピーターもDeiryを抑え、データの入手に成功する。
任務完了と現実世界に戻る二人、しかしどこで突き止められたかLemon社の私兵がタイロンのハイドアウトに乗り込んできて、三人は拘束されてしまう。
Lemon社の収容施設に収容される三人。
脱走もできない状況だったが、そこへ日和が現れ、白狼の手を借りて三人を脱獄させる。
その脱走劇の最中、収容施設を十二機のロボットが襲撃する。
それはアンソニーが「Team SERPENT」の面々に呼び掛けて集結した「
脱獄した三人は白狼の指示を受け、FaceNote社の子会社ビルへと向かう。
「どーせ俺は感覚派だよ。だが、それでも自分の勘が間違ってたことはほぼないと思ってる」
やや拗ねた口調で健がぼやく。
それに対し、ピーターが意外にもうんうんと頷いた。
「……それはそうなんだよなあ……」
「えっ」
「そうだよお前は感覚派すぎるんだよ」といった言葉が飛ぶと思っていただけに、ピーターのその言葉は意外すぎた。
「えっ、何怖い」
「何言ってんだよ! お前は確かに超がつくほどの感覚派
心当たりはあるんだ、と続けるピーターに、健は「そこまで」と声を上げる。
今回、三人が拘束されたことに対する責任の所在はまだはっきりしていない。そう考えればピーターが健に責任をなすりつけることもできたはずだ。
それなのにそれをせず自分の責任だと言いかねない発言をしたのはにわかに信じがたい。
感覚派が判断を誤ったからだ、で済むはずのことをそれで済まさなかったピーターに、健は一瞬呆気に取られ、それから、
「お前、本当に真面目なやつだなぁ」
と呟いた。
「なにをう」
「いや普通に俺に責任なすり付けれる状況で『オレのせいです』とか言えねーだろ」
「むっ」
ズバリ、言い切られてピーターが言葉に詰まる。
「……ま、まぁそうだけどな。それはオレが許せねーの」
「真面目だなぁ」
そう言って笑った健はなんとなくだが居心地の良さを覚えていた。
ピーターとは「
単純にピーターが世界ランキング一位を獲得するほどの実力者だから、とかそういう話ではない。必要以上に突っ走った時に止めてくれるのもピーターだし、ここぞという時に何も言わずに健の意図を読み取って適切に動くほどの連携、その全てが心地よい。だからと言って健もただ闇雲に突っ走るのではなく、ピーターの動きに合わせて体が動く。
だからこそ「黒き狼」を二人で止めることができたとも言える。何も言わずとも通じるバディとして、健とピーターはこれ以上ないくらいの組み合わせだった。
《……なるほどな》
通話の向こうで、白狼が納得したように呟く。
《考えなしのバーサーカーではない、計算ずくでの動きということか》
白狼としても何か納得できるものがあったのだろう、それ以上健については言及せずに説明を始める。
《さっき送った場所はタイロンとかいう奴の言う通りFaceNoteの子会社のビルだ。儂の知り合いが勤めておるし、そいつは信頼できる奴だからな。儂もここにおるで詳しいことはそこで話そう》
「爺さん……」
安全な場所とは聞いていたが、まさかFaceNote社に関係ある企業に身を寄せていたとは。しかも、フィラデルフィア市内からも出ていないレベルの近場で身を隠しているのだから大胆にも程がある。
しかし、同時に納得できることもあるわけで、GLFN四社は表立った対立はしていない。もちろん、水面下でのあれこれはあるだろうが、少なくとも今回の件に関してはLemon社が健や白狼の引き渡しを水面下で求めてもFaceNote社が応じるとは考えにくい。それほどの手土産を健たちはFaceNote社に提供している。
むしろ下手に逃げ回るよりは安全だなとピーターが納得していると、今まで黙っていたタイロンがしかし、と呟く。
「しかし、Lemon社の資金力を考えればFaceNote社の、それも子会社を買収くらい簡単にできるだろうが。そこは大丈夫なのか?」
単純な時価総額での差を考えればLemon社は四社の中でも最高額だし、対するFaceNote社は最低額であることを考えればLemon社が子会社を買収することは十分に考えられる。
そうなれば買収した瞬間に健たちの身柄の引き渡しは要求できるし、子会社もそれを拒否する理由はない。
しかし、タイロンのその疑問に、白狼は大丈夫だと笑ってみせた。
《いくら時価総額が世界一位であっても即日動かせる
「うわ、爺さん怖い」
資金の動きを止めるとなるとブロックチェーンに干渉するレベルでのハッキングが必要になる。流石の健もそんなものに手を出したことはないし、そもそもブロックチェーンに干渉することなどただ骨が折れるだけの作業だと思っていたが、白狼はそれが可能だと言うのか。
《既存のブロックチェーンには既に枝を張っているよ。というか、ブロックチェーンのシステム自体ウィルス感染してるようなものだからな、規模が大きくなれば大きくなるほど感染は広がっていく》
「やべえ」
ブロックチェーンを利用した金融取引の改竄の難しさは全てのブロックのハッシュ値を書き換えることにある。しかし、そのブロックチェーンそのものにそれを可能とするウィルスが仕込まれていれば一度に全てのハッシュ値を書き換えられる、ということか。
ウィルスを感染させること自体困難そうだが、
こんな化け物相手に勝てるはずがない。実はわざと負けたんじゃないのか、という疑問も浮かぶが、勝負とは時の運、たまたま幸運が重なったのだと思うことにする。
「な、なら大丈夫か。しかし、ブロックチェーンを改竄できるなら爺さんこの世界の経済を好きに動かして世界征服も狙えるだろうに」
今や金融取引の全てにブロックチェーンが使われていると言っても過言ではない。それを実質的に掌握しているのだから世界は白狼の手の中にあるとも言える。
それなのにそういったことを行わない白狼に、健はほんの少しだけ疑問を覚えた。
そうしない理由はなんとなく分かる。だが、その意思を貫くのはとても困難だということも分かっている。
健の疑問に、白狼が再度笑う。
《儂をなんだと思っている。世界を裏で支える正義のハッカーだぞ。儂が道を踏み外さないから、世界中の
『……』
白狼の言葉に、健とピーターが息を呑む。
そうだ、自分たちが正義の魔術師になると決めた理由を思い出せ、と二人は考えた。
元々は「自分も困っている人を自分のハッキングスキルで救いたい」と考えたはずだ。スポーツハッキング界から追放されたとしても人のためにハッキングスキルを使う
その源が白狼だと言うのなら、いや、白狼も誰かの背を見てそれを決めたのなら、正義の魔術師の道を踏み外すことは決してあってはならない。
それくらいの覚悟を持って、白狼は世界を支配する力を持ちつつもそれを行使せず、抑止力として存在させている。
自分たちとは比べ物にならない決意に、二人はただただ息を呑むしかなかった。
「……とか言いながら、一度は道を踏み外したがな、爺さん」
ひとしきり驚いた後、健が言葉を絞り出す。
どうやら「黒き狼」と対峙した時の恨みは残っているらしい。
はは、と白狼が自嘲気味に笑う。
《それはそうだな。流石に匠海と和美さんの魂を人質に取られたら儂も屈服せざるを得なかったわ》
「とかなんとか言いながらどっかで牙剥きそうな気がするわこのジジイ」
そんな軽口を叩き、ピーターは窓の外を見た。
「そう言ってる間にオレたちも着いたようだぜ。さて、ヴァイサー・イェーガーとのご対面か……」
どんなジジイが出てくるのやら、と呟くピーターに、健はそうだな、と呟く。
「
「マジか」
ピーターが唸ったところで車が停まり、ポーターが「着いたぜ!」と声を上げる。
四人が車を降りると、ビルの前に立っていた男が即座に駆け寄ってくる。
「ドクター・サクラ、お待ちしておりました」
こちらです、と案内する男に日和が頷き、他の三人はポーターに軽く手を振って感謝の意を表す。
「じゃ、後は任せたぜ!」
ポーターがそう言って颯爽と走り去り、改めて三人は日和と、彼と言葉を交わす男を見た。
「お話は伺っております。早くこちらへ」
男に促され、四人がビルに足を踏み入れる。
案内されるままに廊下を歩き、応接室らしき部屋に通されると、そこに一人の先客がいた。
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