光輪雨に願いを乗せて
※本作品は『Vanishing Point』の「本編前」の時間でお送りしております。
『Vanishing Point』本編を読まずともこの作品単体で楽しむこともできます(前提条件は簡単に説明しています)が、読了後であるとさらに楽しむことができる……かもしれません。
『本巡は現カグラ・スペースの前身、
そんなアナウンスが流星群のイメージ映像と共に街中のホロサイネージに表示されている。
もうそんな時期か、と買い出しに出ていた
毎年秋の特定の日に人工的に起こされる天体ショー。
まるで俺の「誕生」を祝ってるようだと皮肉気に考える。
辰弥に明確な「誕生日」は存在しない。しかし、秋のある日は「誕生日」として設定され、その日だけは少し扱いが違ったような記憶がうっすらとある。
この二つの日が同じ日というわけではなかったが、同じ秋のイベントとして辰弥はまとめて記憶していた。
ふと、スーパーのシーズンコーナーに目をやると「バギーラ・レインお楽しみセット」として団子やススキの飾りが並べられている。
全人類共通の脅威、この惑星アカシアを取り巻く微惑星帯バギーラ・リングから降り注ぐ隕石群、バギーラ・レインが制御されるようになって既に四百年近く。
それ以前から人々は秋に豊作を感謝し、
人間って案外ロマンチストなんだね、と思いつつ辰弥は団子を手に取ろうとし――
「いや、今日のおやつはみたらし団子にするか」
そう呟いて団子の横に置かれていた団子粉を手に取った。
辰弥のささやかな趣味の一つ、スイーツ作り。
今日は桜花っぽいものにするかと呟き、辰弥は団子粉を籠に入れた。
「
辰弥が同居人兼保護者の日翔の部屋のドアをノック、声をかける。
『えー、ベランダでってなんかあったっけ』
ドアの向こうから日翔の声が返ってくる。
「うん、今日はバギーラ・レインの流星群見られるっていうから」
『えー、御神楽のお祭りだろー?』
少々めんどくさそうな日翔の声。
反御神楽の陰謀論に毒されている彼にとっては御神楽絡みのイベントとなると少々抵抗があるらしい。
「俺は流星群見たいの。見たくないならおやつは俺一人で食べる」
『あ、ずるいぞ辰弥! 分かった、一緒に見るから俺にも食わせろ!』
直後、ドタバタと物音が響いて日翔がドアを開ける。
「……何やってたの。むしろナニかやってた?」
何やら慌てた様子の日翔に、辰弥が怪訝そうな顔をする。
「い、いやなんでも。とりあえずベランダ行こうぜ」
何やら取り繕ったような様子で日翔が辰弥を見た。
「で、今日のおやつはなんだ」
「みたらし団子」
辰弥の答えに日翔がおお、と声を上げる。
それから、
「どうせ流星群見ながらおやつ食べるんならさ……
そう、辰弥に提案した。
「そうだね、みたらし団子くらいなら鏡介も食べられると思うし」
小さく頷き、辰弥がGNSで鏡介を呼ぶ。
数分後、部屋に来た鏡介も交え、三人はベランダに出た。
このマンションのベランダは広めに作られているため、アウトドア用の簡易的なチェアやテーブルは広げることができる。
それらを広げ、三人は思い思いに空を見上げた。
いくら都心部から離れているとは言っても三人が住むマンションは
そのため、周囲も高層建築物が多く、
ホロサイネージや航空障害灯、他の建造物の窓の光もあいまって星は殆ど見えないがそれでも辰弥はこの街のこの空が好きだった。
一日が八時間しかない
そんな、バギーラ・リングが燦然と輝く空を、すっと一筋の光が通り過ぎた。
「始まったな」
空を過る光に、鏡介が呟く。
その一筋を皮切りに、いくつもの光が空を横切り始めた。
「うわぁ……」
ベランダの欄干に手をかけて空を見上げた辰弥が感嘆の声を上げる。
一巡の三日間限りの天体ショー。
バギーラ・リングから離れてアカシアに落ちる微惑星をカグラ・スペースが徹底的に取り除くため今では滅多に見られないバギーラ・レイン。
それが地上に降り注ぐこともなく、安全に見られる特別な一巡。
カグラ・スペースの前身、御神楽宇宙開発が手がける前はバギーラ・レインは時に地上に甚大な被害をもたらしたという。
それが今では人々の目を楽しませるエンターテイメントとして成立している。
身を乗り出して流星群を眺める辰弥を見て、日翔はふっと笑って鏡介を見た。
鏡介も口元に笑みを浮かべて小さく頷く。
――辰弥は、今幸せだろうか。
日翔も鏡介も思うことは同じだった。
日翔が
その過去に何があったかは知らない。
保護した当時の怯えた様子を思い出すと、保護する以前はかなり辛い思いをしていたのだろうと想像がつく。
当時に比べて伸び伸びと生きている辰弥は今、幸せなのだろうか。
「辰弥……」
辰弥の背に、日翔がそっと声をかける。
「お前は……幸せなのか?」
「? なんか言った?」
夢中で流星群を眺めていた辰弥が振り返って日翔を見る。
「いーや、何でもない」
そう言って日翔は目の前のみたらし団子を口に運んだ。
「うまっ。たれもお前が作ったのか?」
「うん、簡単だったよ」
再び流星群に視線を投げながら辰弥が頷く。
「腕を上げたな」
鏡介もみたらし団子を口に運び、その味に辰弥を褒める。
「褒めても何も出ないよ?」
「うまいもの食わせてもらってんのにこれ以上は何も求めねえよ」
あっと言う間にみたらし団子を平らげ、日翔が立ち上がり、辰弥の隣に立つ。
「……今日は光輪がきれいだな」
ふと、日翔が呟く。
その瞬間、二人の後ろで鏡介がぶっと吹き出した。
「ちょ、日翔、おま……」
「なんだよ」
突然の鏡介の奇行に日翔が怪訝そうな顔をする。
「おま、それ、告白の言葉」
笑い転げながら鏡介が日翔に指摘する。
「……は?」
意味が分からない、と日翔が首をかしげる。
「……え、お前、まさか意味も分からず言ったのか?」
笑いが止まらないのだろう、珍しく笑い上戸になっている鏡介が日翔に確認する。
「え、綺麗じゃん、光輪」
「だから、それ、告白の言葉!」
笑い転げる鏡介と、きょとんとしている辰弥と日翔。
ひとしきり笑ってから、鏡介は日翔に説明した。
「『光輪がきれいだな』はかつての文豪がアルビオン語の『愛しています』を桜花訳する際に『そんな率直に言うな、「光輪がきれいだな」とでも訳しておけ』と言ったのが始まりだ。お前、そんなことも知らなかったのか?」
「……マジかよ……」
鏡介に説明された日翔の顔が赤くなったのが何故か薄暗がりの中でも分かる。
「……日翔?」
怪訝そうな辰弥の顔。
「……日翔って、俺のこと、好きなの?」
そう、日翔に訊ねる辰弥の声がぎこちない。
「え、いや、ちょっと待てそういうつもりじゃない!」
慌てたような日翔の声。
「……俺にそういう趣味はないんだけど」
「だから誤解だ!」
日翔に刺さる辰弥の視線が冷たい。
「マジで、『光輪がきれいだな』が告白の言葉だとは知らなかった……」
「というよりも、お前はバギーラ・リングのことを光輪呼びするんだな」
学がないくせにそう言うところだけは風流な奴だな、と鏡介が再び笑いだす。
「笑うなよ」
むくれたように日翔が鏡介に抗議する。
「……ふふっ」
日翔と鏡介のやり取りを見ていた辰弥もたまらず声を上げて笑い出す。
「辰弥~、お前まで!」
「いや、だって日翔が風流とか、真逆のキャラしてるのに」
楽しそうに笑う辰弥。
それを見て、日翔も釣られて笑みをこぼした。
――今のお前は、幸せなんだな。
幸せなら、それでいい。
今が楽しいなら、それでいい。
それなら、幸せついでに、と日翔はジャケットの内ポケットから一つの包みを取り出した。
「辰弥、」
「ん?」
日翔に呼ばれ、辰弥が笑いながら彼を見る。
「ほら、やるよ」
日翔に包みを差し出され、辰弥はそれを受け取った。
丁寧にラッピングされた小さな包み。
「何これ」
「誕生日プレゼント。お前、日は言ってないが今環に誕生日があるって言ってただろ」
日翔に言われて辰弥がああ、そうだったと呟いた。
――覚えてて、くれたんだ。
「……ありがとう」
「なんだ? 辰弥、開けてみろ」
日翔が辰弥にプレゼントを渡したのか、と鏡介が興味津々で辰弥の手の中の包みを見る。
うん、と辰弥が包みを開ける。
「……」
中から出てきたのは一本のペティナイフ。
刻まれた銘は刃物で有名な地域の名匠のもの。
「……日翔……?」
「あ、いや、お前にプレゼントするなら調理器具の方がいいかなと思ってな」
ペティナイフなら細かいものを切ったりするのにいいらしいと聞いたから、と日翔が言い訳をするかのように呟く。
「……ありがとう」
ケースをしっかりと握りしめ、辰弥が日翔を見る。
「……こんなことされてもいい存在だと、思ってなかったから」
「何言ってんだよ、大したものプレゼントできないが、折角の誕生日間近ってなら祝ってやりたいってのが保護者なんだよ」
「……今日はバギーラ・リングが眩しいな」
辰弥と日翔のやり取りに、鏡介は微笑まし気に呟いた。
三人の向こうで無数の流星が煌めき、消えていく。
刹那的に燃えあがり、消えていく無数の流星群。
俺たちみたいだな、と鏡介は思う。
今というこの一瞬を刹那的に駆け抜け、俺たちはどのように消えていくのだろうか。
せめて、燃え上っている間は輝けているといいな、そう思って鏡介も二人の横に立ち、空を見上げる。
「……このまま、こんな時間が続けばいいな」
空を翔ける
血に塗れていたとしても、穏やかに生きていけるように。
光輪雨がその願いを叶えてくれるかどうかは分からない。
それでも、昔の人々は流星に願ったという。
それぞれの思いを。
だから、鏡介も願った。
いつまでも、こんな時間が続くように、と。
End.
「光輪雨に願いを乗せて」のあとがきを
以下で楽しむ(有料)ことができます。
FANBOX
OFUSE
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