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Vanishing Point 第10

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 惑星「アカシア」桜花国おうかこく上町府うえまちふのとある街。
 そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は暗殺連盟アライアンスから依頼を受けて各種仕事をこなしていた。
 ある日、辰弥たつやは自宅マンションのエントランスで白い少女を拾い、「雪啼せつな」と名付けて一時的に保護することになる。
 依頼を受けては完遂していく三人。しかし巨大複合企業メガコープの抗争に巻き込まれ、報復の危機を覚えることになる。
 警戒はしつつも、雪啼とエターナルスタジオ桜花ESO遊びに出かけたりはしていたが、日翔あきと筋萎縮性側索硬化症ALSだということを知ってしまい、辰弥は彼の今後の対応を考えることになる。
 その後に受けた依頼で辰弥が電脳狂人フェアリュクター後れを取り、直前に潜入先の企業を買収したカグラ・コントラクター特殊第四部隊の介入を利用して離脱するものの、御神楽みかぐら財閥の介入に驚きと疑念を隠せない三人。
 まずいところに喧嘩を売ったと思うもののそれでも依頼を断ることもできず、三人は「サイバボーン・テクノロジー」からの要人護衛の依頼を受けることになる。
 しかし、その要人とは鏡介きょうすけが幼いころに姿を消した彼の母親、真奈美まなみ
 最終日に襲撃に遭い鏡介が撃たれるものの護衛対象を守り切った三人は鏡介が内臓を義体化していたことから彼の過去を知ることになる。
 帰宅してから反省会を行い、辰弥が武器を持ち込んだことについて言及されたタイミングで、御神楽 久遠くおんが部屋に踏み込んでくる。
 「それは貴方がLEBレブだからでしょう――『ノイン』」、その言葉に反論できない辰弥。
生物兵器LEBだった。
 確保するという久遠に対し、逃走する辰弥。
 しかし、逃げ切れないと知り彼は抵抗することを選択する。
 それでも圧倒的な彼女の戦闘能力を上回ることができず、辰弥は拘束されてしまう。
 拘束された辰弥を「ノイン」として調べる特殊第四部隊トクヨン。しかし、「ノイン」を確保したにもかかわらず発生する吸血殺人事件。
 一方で、辰弥は「ノイン」ではなく雪啼こそが「ノイン」であると突き止める暗殺連盟アライアンス
 日翔たちはトクヨンがLEBを研究していた研究所を襲撃し、それによって「ノイン」が逃げ出したと知るが四年前にも同じく研究所が襲撃され、実験体が逃げたのではと推測する。
 その一方で、連絡を受けた久遠は改めて辰弥を調べる。
 その結果、判明したのは辰弥は「ノイン」ではなく、四年前の襲撃で逃げ延びた「第1号エルステ」であるということだった。
 「一般人に戻る道もある」と提示する久遠。しかし、日翔たちの元に戻りたい辰弥にはその選択を選ぶことはできなかった。
 辰弥が造り出された生物兵器と知った日翔と鏡介。しかし二人は辰弥をトクヨンの手から取り戻すことを決意する。

 

 
 

 

10章 「Point of No Return -帰還不能限界点-」

 

 夜の林を一台の車が走っている。
「あんたら、たった二人でカグラ・コントラクターカグコンに喧嘩売るとか命知らずだな」
 運転席で車を運転する男が呆れたように後部座席の二人に声をかける。
「ああ、ちょっと放っておけない奴が捕まってるからな」
 そう言い、後部座席の男の一人――鏡介きょうすけがGNSを操作し、作戦プランを練っていた。
「せめて施設の見取り図があればよかったが――まぁ、レジスタンスにそこまで頼むわけにはいかないからな」
「悪いな、いくら『カタストロフ』の頼みとはいえ渡せないものは渡せねえ。四年前に独断専行した同志が侵入したらしいが、うちのデータベースには見取り図のデータは残ってなかった」
 運転席の男がそう言うと後部座席のもう一人の男――日翔あきとが「しゃーねーよ」とぼやく。
「そもそも、『カタストロフ』が『報酬はたっぷりもらってる』と単分子ナイフまでくれたのが出血大サービスだっての。見取り図くらい鏡介こいつがなんとかするだろ」
日翔Gene、お前俺を何だと思ってる」
 あまりにも気楽な日翔の発言に鏡介がムッとしたように言う。
「えー、天才ハッカー。つまり軍師キャラだろ、作戦くらいもういくつもの予備案が」
「殺すぞ」
 そもそも見取り図もハッキングでちゃっちゃっと入手できるだろー、なんでぇー、と日翔が抗議する。
「それができたら苦労しない。その侵入した同志とやらも見取り図を手に入れられなかったんだろう」
「そういうものなのか?」
 ああ、と鏡介が頷く。
「第三研究所はグローバルネットワークには接続していないな。中央演算システムメインフレームがツリガネソウ以外につながっていない。侵入しないと見取り図は無理だな」
 そして、その侵入のために見取り図が欲しいところなんだがなと鏡介が独り言ちる。
 独り言ちてから、鏡介は視界のウィンドウをスワイプして閉じ、シートにもたれかかった。
「言っておくが、俺は足手まといだからな。ほとんどはお前に任せることになる」
「あいよ」
 視界の先に目的の建物が見えてきて、鏡介は緊張したように息を吐いた。
 今回の「仕事」の目的は先日「カグラ・コントラクター」の特殊第四部隊トクヨンに捕えられた辰弥たつやの救出。
 トクヨン隊長、御神楽みかぐら 久遠くおんは辰弥のことを「LEBレブの『ノイン』」だと言い、そして回収と称して彼を連れ去った。
 その際の辰弥と久遠の戦闘は鏡介が辛うじてハッキングすることにより取得した辰弥の視界情報から把握している。
 全身義体ゆえに圧倒的な戦闘能力を誇る久遠に対し、辰弥は「血肉から武器を作り出す」という能力で様々な武器を作り出し、彼女に対抗した。
 もし久遠が世界最高峰のPMC「カグラ・コントラクター」の一員でなければ、辰弥に勝ち目はあったかもしれない。
 辰弥が最後に作り出したナイフは確かに久遠の首に届こうとしていた。
 しかし、そのナイフが届く直前に彼の身に何かが起こり、直後、拘束された。
 その時の久遠は攻撃モーションが終わった後だったため、第三者の介入があったのでは、と鏡介は推測していた。
 そこにいささかの反則感を覚えないこともないが戦いというものは「勝ってナンボ」のものである、スポーツの試合ではないからあらゆる手を使ってでも勝たねばならない。
 その時点で日翔と鏡介が動きを封じられ、単独となった辰弥に勝ち目はなかった。
 そして、拘束された辰弥は桜花を遠く離れたIoLイオルに移送され、さらに特殊第四部隊の本拠地となる空中空母「ツリガネソウ」に移されようとしている。
 「ツリガネソウ」に辰弥が移送されれば日翔と鏡介、いや、いかなる組織であっても彼を救出することは不可能となる。
 だからそうなる前に辰弥を救出する必要があった。
 現在辰弥はIoL西海岸ゴールデンステートのラス・ストレリチア近郊にある特殊第四部隊第三研究所に収容されている。
 救出にはどうしてもIoLに渡る必要がある。
 鏡介は最初航空会社はじめとして各種機関にハッキングを仕掛けてチケットや電子査証ビザを不正取得しようとしていたが暗殺連盟アライアンスのまとめ役、山崎やまざき たけるの提案によりアライアンスとは違う、世界規模の裏社会集団「カタストロフ」の協力を仰ぐことになった。
 その結果、「カタストロフ」と協力関係にある、御神楽みかぐら財閥の方針を良しとしないレジスタンス経由で「エリアル・フロントライン」の一部部署に航空機を用意してもらい移動、その後はやはりレジスタンスの案内で第三研究所に向かっている、という次第である。
 さらに猛がどのように交渉したのか分からないが「カタストロフ」は「報酬は受け取っている」と日翔と鏡介にいくらかの武装支援を行った。
 それがあの久遠も標準装備で使用している単分子ナイフと幾ばくかの弾丸、そして各種グレネード。
 普段は「戦えないから」と丸腰の鏡介も「丸腰とは死ぬつもりか」と日翔と同じネリ39Rハンドガンと単分子ナイフを手渡され、現在は装備している。
 辰弥救出後のプランについても「カタストロフ」と既に打ち合わせ済み。
 地図で見る限り第三研究所は比較的海に近い場所にある。
 第三研究所の格納庫から車を拝借し、海に出てそこから別のレジスタンスに協力している巨大複合企業メガコープの一派が有する船で桜花に戻る。
 行きと帰りはいい。問題は最大の山場である第三研究所への侵入である。
 第三研究所の見取り図の存在は明らかではない。仮にあったとしてもいつ取得されたものか分からないしあの御神楽の施設である、セキュリティは常に最新になっているだろう。
 日翔はいつも通り鏡介が「外部から」ハッキングしてサーバに侵入し、見取り図を入手するついでに施設内のセキュリティを無効化すればいいと思っていた。
 しかし、IoLへ向かう飛行機の中で鏡介がトライした結果第三研究所の中央演算システムメインフレームはスタンドアロンではないもののツリガネソウのメインフレームを除くと外部から隔絶されたローカルネットワークしか構築していない。
 このサーバに侵入するには施設に侵入し、直に接続するしかない。
 そして、そこまでの侵入のために見取り図が欲しい、というのが現状だった。
 とはいえ、ないものを強請ねだっても仕方がない。
 見取り図なしの侵入に不安は大きいが、この手の施設なら恐らく通気用のダクトくらいは館内に張り巡らされているだろう。
 そのダクトを利用してサーバルームに移動する。
 とりあえずそう話し合い、二人は車が第三研究所近くの林のはずれに止まったのを感じた。
「まぁ、頑張れよ」
 そんな言葉を残し、レジスタンスの車が走り去っていく。
 それを見送り、日翔はくるりと振り返って目の前の第三研究所を見た。
「……さあて、行きますか」
 そう言ってパン、と両手を合わせる日翔。
 鏡介もああ、と頷いて第三研究所を見る。
 ――待ってろよ、辰弥。
 二人が思うことは同じだった。
 ――必ず、辰弥を助け出す。
 たとえどちらかが欠けようとも。
 二人は第三研究所に向かって歩き出した。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

 独房は静まり返っていた。
 捕まってからも脱出のチャンスはどこかにあるのではないかという一縷の望みを捨てず、体力を温存していた辰弥は熟睡はしていないもののうつらうつらと浅い眠りに入っていた。
 拘束された状態の休息は慣れている。
 かつて自分がいた研究所ではほんの少しの身動きすら許されず、実験の時以外は拘束具で拘束されていたし薬で強制的に眠らされていた。
 それを考えればGNSロックによる身体拘束はあれどもまだかなり楽な方である。
 久遠も辰弥が第一号エルステだと認識してからはGNSロックの身体拘束をかなり軽減させ、歩くことは勿論起き上がることは許されないものの寝返りを打ったりする程度のことはできるようにしてくれている。
 身体拘束を完全に解除しないのは辰弥がまだ日翔と鏡介の元に戻りたいと願っているから。
 拘束を完全に解除することでどのような抵抗がされるのか分からないということで、筋肉への力の伝達は最小限にまで抑えられていた。
 それでも完全にロックされているよりは遥かに楽で、常時同じ体勢でいることによる筋力の低下と、最悪の場合褥瘡じょくそうの発生は抑えられる。
 拘束直後ずっと辰弥を苛ませていた過去の記憶のフラッシュバックもこの施設の研究員や久遠が優しく接してくれることにより発生頻度は下がり、比較的落ち着いた状態で辰弥は眠っていた。
 そんなタイミングで、ロックが解除されるかすかな電子音が独房に響く。
 はっと目を覚まし、辰弥はドアの方を見た。
 そこに、一人の研究員が立っていた。
 こんな時間に? と辰弥が疑問に思う。
 アカシアの一巡のうち一日は基本的に多くの人間が眠りにつく夜日に設定されている。
 全員が全員そうとは限らず、別の日を夜日に設定している人間もいるがこの施設はほぼ全員が同じ時間を夜日として活動しており、今はその夜日に該当する時間である。
 拘束されてからずっと薄暗い独房にいたため時間の感覚はなくなっていたが、運ばれる食事と研究員の来訪時間を考えると今は誰も来ないはず。
 研究員が、独房内に入ってくる。
 廊下の明かりが逆光になって研究員の顔は見えない。
 研究員は辰弥の前に立ち、手にしていたケースから注射器を取り出した。
 採血する気だ、と辰弥が身構える。
 貧血自体はかなり軽減したとはいえ、研究目的なのかはたまた辰弥の武器製造を封じるためか定期的に採血され、体内の血液は常に少ない状態となっている。
 彼が久遠に対して何らかの――一般人として生きるか特殊第四部隊に参加するかの決断を下せば輸血くらいはしてくれるだろうがその答えを出さないためそれすらされない。
 それに、今日の分の採血は既に終わっている。それなのに追加で採血するのか。
「まさか『原初』のLEBが私の元に転がり込んでくるとはね……。もう少し調べたいことがある、血を分けてもらうよ」
 そう言い、研究員が辰弥に注射針を刺す。
 何本も採血するつもりか、注射器を直接刺すのではなくある程度の長さののチューブにつながったシリンダーが注射針につながっている。
 腕に這ったチューブを伝う生暖かい血液の感触に顔をしかめ、辰弥が研究員の顔を見ようとする。
「あんたは……」
 辰弥は研究員の声に聞き覚えがあった。
 しかし、拘束されてから彼に声をかけたどの研究員の声とも違う。
 ようやく目が慣れてきて徐々に研究員の顔が視認できるようになる。
「……永江ながえ あきら……」
 そこにいたのは以前、テロリストグループから保護されてそのまま御神楽財閥の客員研究員となったと報道された永江 晃だった。
 そして、晃は第二世代のLEBを生み出したと言われている。
「おや、私のことを知っていたのか」
 シリンダーを差し替えながら晃が口を開く。
「『原初』のLEBに名前を覚えてもらえるとは光栄だな、エルステ」
「その名を呼ぶな」
 苦々しく、辰弥がそう吐き捨てる。
 だが、晃はそれを意に介することなく採血を続ける。
「いやあ、君が来てくれて助かったよ。君の血があれば私の研究も加速する、というものだ」
「……どういうこと」
 まさか、こいつLEBの研究を諦めてないのか、と辰弥が内心呟く。
 特殊第四部隊トクヨンは晃の研究も潰したはずだ。それなのに、まだ諦めていないのか。
 雪啼ノインまでではなく、さらにその後も造ろうというのか。
 そんな辰弥の考えに気が付いたか、晃がにやりと笑う。
「まさか、私の最高傑作はノインだからね。それ以上を作るのは不可能だしそもそもあの御神楽の孫に睨まれているからね」
「じゃあ、どうして」
 俺の血が必要になる、と辰弥は問うた。
 LEBの研究を潰されたのならもう「原初エルステ」の血液など不要のはずだ。
 晃の意図が全く分からない。
 一体、どういう意図で。
 おや、と晃が意外そうな顔をする。
「君はもう聞かされてると思ったんだがな。私が開発した第二世代のLEBは造血機能が非常に弱い。『ノイン』に至ってはほとんどないと言ってもいい。しかし、第一世代のLEBは造血機能がきちんと機能している」
 第一世代のLEBの造血機能が失われていない理由を知りたいのだよ、と晃は呟いた。
「俺を何だと思ってる」
 答えを期待していたわけではない。
 だが、辰弥は思わずそう問いかけていた。
「もちろん、貴重なサンプルだと思ってるよ。『ノイン』を完全にするためのね」
「……どうかしてる」
 他のLEBはどうでもいいのかと辰弥は思った。
 そして、思い直す。
 永江 晃この人間そういうものなのだと。
 この人間は、同じだと思った。
 あの、かつて辰弥がいた研究所の研究員のような。
 LEBは「人間ではない」からと好き勝手扱うような人間だと、辰弥は感じた。
 しかし、それでも違和感は覚える。
 いくら辰弥が抵抗できるような状態でないとはいえ、乱暴に採血していない。
 以前の研究所の人間なら抵抗すれば殴るし抵抗しなければしないで乱暴に扱う。
 だが、晃はそのようなことはない。
 態度は「LEBなんて所詮研究の対象」としか見ていないものだが行動は優しい。
 もしかして、とふと辰弥は思った。
 雪啼が我儘いっぱいに育ったのも、ゼクスがフリーダムなのも、この男が「LEBはただの研究対象」と言いながらそれでも甘やかしていたのではないのかと。
 だとすれば自分やツヴァイテのような苦しみはあまり味わっていないのかと思い、ほんの少しだけほっとする。
 雪啼が自分と同じように扱われていたのなら、辰弥は動けないなりにも晃に対して攻撃しようとしていただろう。
 そうではないというのなら。
 「ノインを完全にする」がいささか気になるが自分が開発したLEBを改良しようというのであるなら好きにさせておいた方がいいだろう。第一、自分には止める義務も義理もない。
 注射針が抜かれ、晃が立ち上がったのを見て辰弥はほっと息を吐いた。
「ありがとう、あとはノインさえ戻ってきてくれれば」
 そう言って晃が独房を出る。
 それを見送り、辰弥は目を閉じた。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

 その久遠の発言は覚悟していたものの唐突だった。
「明日、貴方を『ツリガネソウ』に移送するわ」
 何度目かの久遠の来訪、辰弥の前に立つなり彼女はそう言った。
「……そう、」
 何の感情も読ませぬ顔で辰弥がたった一言だけ返す。
「私はこれから貴方の受け入れ準備のために一足先に『ツリガネソウ』に戻るけど心配しないで。ウォーラスとツヴァイテを護衛に残すから、誰も貴方に危害は加えない」
 貴方が何らかの返答をくれたならその拘束も外せたんだけど、と言いつつ久遠は辰弥に背中を向ける。
「答えを出さなければ、貴方はずっとそのままよ」
 そう言って久遠が独房を出ていく。
 それと入れ替わりかのようにツヴァイテと、屈強そうな男が独房の前に来た。
「別に副隊長がいなくても私一人で対応できますが」
 ツヴァイテの声が聞こえる。
「別にお前がエルステを逃がすとかそんな疑いがあるわけではない。久遠は用心しているのだろう」
 男の声に、あの時久遠の傍にいたあいつか、と辰弥がふと思う。
 久遠に付き従うように行動を共にする――ウォーラスと言ったか。
 以前にフェアリュクター戦に乱入された後多少調べたから知っている。特殊第四部隊のナンバーツーとされる男だ。
 「ツリガネソウ」輸送に際して何かしらの妨害や辰弥に対しての危害といったものを警戒しているのだろうがそれは永江 晃が既に済ませている。
 だが、それを告げることもなく辰弥はただぐったりとベッドに横になっていた。
 「もう、なるようになれ」という諦めが半分、それでもまだチャンスはあるかもしれないというわずかな希望が半分。もし逃げ出せるチャンスがあるのなら、逃げ出したい。
 逃げて、二人の元に戻って、それから――。
 それが許されるのだろうか、という思いは残っている。
 二人に拒絶されるかもしれないという可能性も残っている。
 それでも、それを確認するためにも帰りたい、と辰弥は思っていた。
「しかし、今更エルステを『ツリガネソウ』に連れて行ったところで懐柔できるとも思いませんが」
「久遠はエルステと行動を共にしていた二人も引き込んで懐柔するつもりだろう。そのためにはまずエルステを『ツリガネソウ』に移送する必要があると踏んだのだろうな」
 ツヴァイテとウォーラスの会話が聞こえてくる。
 二人の会話に日翔と鏡介を? と辰弥が耳を疑う。
 ――あの二人を、引き込む?
 辰弥が望めば。そして二人が同意すれば。
 しかし、そんなうまい話が何の問題もなく進むはずがない。
 あの二人が自分のことを受け入れるとも限らない。
 それでも、久遠はとりあえず二人を引き込むつもりだ、と思う。
 ――もし、あの二人も一般人になれるのなら。
 あの二人が自分を受け入れなくても、話を合わせて二人を一般人にしてから自分は姿を消してもいいかもしれない。
 鏡介はともかく、日翔は一般人に戻るべきだ。
 アライアンスに対する借金も御神楽ならきっと。
 そう考えると一般人として生きるのも悪くないかもしれない。
 一般人として、どう社会に溶け込むかは分からなかったが、それでも。
 まずは「ツリガネソウ」に移動してからか。
 そう思い、辰弥は頭を振って自分の考えを追い払った。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

 鏡介の義眼のサーモグラフィが巡回の人間もドローンも立ち入らない場所を特定する。
 鏡介が合図を出し、日翔が懐から抜いた単分子ナイフを塀に突き立てる。
 熱したナイフでバターを切るかのように単分子ナイフが塀を切り裂き、くり抜かれた部分がわずかな音を立てて向こう側に倒れた。
「流石単分子ナイフ。切れ味やべえ」
 感心したように日翔が呟くが、単分子ナイフの欠点はすぐに切れ味が落ちてしまい使い物にならなくなる、というものである。
 塀をくり抜くのに使った単分子ナイフはもう切れ味が落ちており、使い捨てることにする。
 塀にできた穴を潜り抜け、二人は建物の影へと小走りで移動した。
 今回、「カタストロフ」が協力してくれたおかげで侵入の第一段階はあっさりとクリアすることができた。
 単分子ナイフが支給されていなければ正面ゲートを突破するか塀を乗り越える、または日翔が持ち前インナースケルトンの怪力で塀をぶち抜くしかなかった。
 正面ゲートは例に漏れず認証システムがグローバルネットワークに接続していないためハッキングは不可能、正面突破するにも鏡介が足手まといになるため施設の警備兵を日翔一人で対応することになり現実的ではない。塀を乗り越える案も塀の上には有刺鉄線が張り巡らされており、見る感じではこれには高圧電流と接触センサーが備えられている。日翔が塀をぶち抜く案は単分子ナイフで塀をくり抜くという案に一番近いが壁を殴り壊すのである。大きな音が鳴らないわけがない。
 どの案にせよ発見は免れなかったがそれは「カタストロフ」の支援でクリアできてしまった。
 これは相当な報酬と引き換えに協力を得たな、生きてる間に支払いできるかななどと思いつつも日翔は暗闇の中建物の壁に背を付ける。
鏡介Rain、抜けそうなところあるか?」
 鏡介がX線透視で警備の薄そうな場所を探している。
 様子を聞くと、鏡介はすぐに小さく頷いた。
「そこの壁の向こうがトイレのようだ。しかも、以前に破られて補修したような跡がある」
 外壁の一角を指さし、鏡介が日翔に指示を出す。
 オッケー、と日翔が次の単分子ナイフを抜いて壁に突き立てた。
 ぬるり、と単分子ナイフが壁を切り裂き、トイレの個室に通路を作る。
 まず日翔が穴を通り抜けて個室のドアを閉め、それから鏡介を手招く。
 鏡介も穴を通り抜け、二人は天井を見上げた。
「……あの通気口使うか」
 この施設も例外なく、各部屋に通じる通気口が館内に張り巡らされている。
 鏡介が施設のセキュリティを掌握していない以上、下手に廊下を歩けば監視カメラ、もしくは巡回中の警備に遭遇するのは必至である。
 それを回避するためにも今回は通気口を使ってサーバルームに侵入、そこから館内のセキュリティを掌握する必要があった。
 分かった、と鏡介が日翔の手を借りて天井の通気口のふたを開けてダクトに潜り込む。
 日翔もすぐに追従しようとするが、肩にかけていたアサルトライフルKH M4が引っかかり、通気口に入ることができない。
「……戦力が減るが、仕方ないな」
 そう呟き、日翔はKH M4を肩から下ろし、個室内に立てかけた。それから通気口に潜り込みふたを閉める。
 「カタストロフ」の支援で数が増えた予備のマガジンは運が良ければ施設の警備から銃を奪った際に使えるだろうと考えて持っていく。実際、KH M4のマガジンはよくある規格のものである、余程特殊な銃でもない限り使えるだろう。
 ずりずりとダクトを這って通気口を除いても見られない位置に移動し、鏡介はサーモグラフィを起動させた。
 ぐるりと見まわし、サーバルーム特有の室温の低い部屋を探す。
「ふむ、サーバルームは北の方にあるようだな」
 視界がとらえた低温のエリアに向かって鏡介が匍匐前進を始める。
 日翔もそれに続き、二人はずりずりと移動を続けた。
 途中の通気口の金網から巡回らしき人間の姿も視認するがうまくやり過ごし、サーバルームに到達する。
 金網を外して冷房の効いたサーバルーム内に侵入する。
 鏡介が先に床に降り立ち、日翔が続いて床に降りる。
「寒っ」
 電子機器を冷却するための冷房にぶるりと身を震わせ、日翔はぐるりと周りを見た。
 室内に並ぶサーバラックにうへぇ、と呟きそれから鏡介を見る。
「できそうか?」
「ここまで来れば楽勝だ。まずは見取り図だな」
 鏡介が念のために周りを見て監視カメラの有無を確認する。
 廊下には監視カメラを設置しているようだがサーバルームには不用心にも設置されていない。
 あれか、まさか直接侵入してデータを抜かれることは想定していないのか、確かにここまでの侵入も本来ならもっと骨の折れるものだろうしなと思いつつ鏡介はサーバの制御を一手に引き受けるターミナル端末に歩み寄った。
 その瞬間。
 突然、サイレンとともに赤い回転灯が点灯した。
「おい!」
 日翔が鏡介に向かって非難の声を上げる。
 これは明らかに侵入検知の警報、鏡介がしくじったとしか思えない。
 その鏡介はというと舌打ちし、ターミナルに駆け寄る。
 ターミナルに添えつけられたモニターの一つが、サーバルーム内に二人の侵入者がいる事を訴えている。
「ふざけんな、こっちの位置が正確にバレてる! クソッ、未知のセキュリティか、どうりで監視カメラがここにないと思った!」
「Rain、どうするよ!」
 廊下に響く足音の数を数えながら日翔が叫ぶ。
「ダクトに戻るか?」
「いや、時間がないし逃走経路がバレる。ここで奴らを止めるしかない」
 ポーチから小型の無線端末を取り出し、鏡介が言う。
「だがどうやって!」
 ターミナルのポートに無線端末を差す鏡介に日翔が叫ぶ。
 未知のセキュリティ、とは言ったが普段の鏡介はそれでもあらゆる可能性を考慮して対策する。この施設のセキュリティはその可能性すら上回る対策を施していたというのか。
「予定通りこのターミナルを掌握する。そうすればここに接続している奴ら全員を一気に攻撃出来る」
 鏡介の視線がせわしなく動く。
「できるのか!?!?
 日翔がそう怒鳴りつつもサーバルームのドアまで走り、壁に背を付け遮蔽をとる。
 駆けつけてくる警備兵を視認し、一瞬だけ身を乗り出し、発砲。
 ここは敵地のど真ん中、なら来るのは全員敵だと日翔には躊躇いがない。
 三点バーストで発射された弾丸が入ってくる警備兵を打ち倒す。
「一分もたせろ! ルートを作る!」
「一分!?!? こちとらハンドガンだけだぞ、無茶言うな!」
 KH M4を持ってくることができれば一分くらいなんとかなったが、と日翔が毒づく。
 御神楽の、それも最強の部隊、特殊第四部隊のセキュリティである。それを一分で抜くと宣言する鏡介の腕はウィザード級を自負するだけあって相当なものだ。
 それでもなお、ハンドガン一つで戦うには一分は長すぎた。
「もたせなければ二人とも死ぬだけだ! いいからもたせろ!」
 そう言いながらも鏡介の手は止まっていない。
 絶対に諦めない、だからお前も諦めるな、というメッセージを受け取った気がして日翔も自分に気合を入れる。
「了解! これ以上しくじんなよ!」
「誰がしくじるか! 全員まとめてぶちのめしてやるよ!」
 鏡介の口調が荒い。
 これは本気だ、と日翔はさらに引鉄トリガーを引き、次々と迫ってくる警備兵を足止めする。
 多勢に無勢、このままでは一分もたない、とじりじりとせまる警備兵に日翔が歯噛みする。
 だが、違和感を覚える。
 こちらは被弾していないとはいえ相手もこちらに向けて発砲している。それなのにドアや壁が破損する気配がない。
 まさか、と日翔は呟いた。
 ――こいつら、もしかして、使ってるのゴム弾――?
「Rain、あいつら非殺傷だ! ゴム弾使ってる!」
 ゴム弾なら当たれば死ぬほど痛いが死ぬわけではない。
 それでもこちらが死ぬことはないと分かれば道は見えてくる。
 が。
「相手がゴム弾だからって突撃するなよ!」
 鏡介に釘を刺された。
「なんでぇ!」
 攻撃は最大の防御だろー! と反論しつつ日翔が怒鳴る。
「お前は! ただの人間!!!! 死にはしなくても当たりどころが悪ければ気絶する!!!!」
 こっちの集中を乱すな、と鏡介も怒鳴り返す。
 万一ハッキングが察知されて攻性プログラムウィルスを送られても回避できるようにうなじにセットしたダミー端末を介し、鏡介が無線端末経由でハッキングを行う。
 GNSの視界に表示されるホロキーボードに指を走らせ、鏡介はあっと言う間にターミナルのOSに侵入した。
 まずは防御システムファイアウォールを回避、それから複雑に入り組んだ攻性防壁I.C.E.への侵入を試みる。
 鏡介の視界に可視化ヴィジュアライズされた防壁の迷路が表示され、自分の位置が光点として表示される。
 ここから中枢への侵入は時間との闘い、もたもたしていれば攻性I.C.E.の攻撃で脳を焼かれてしまう。
 鏡介の指がホロキーボードを滑るように走り、コマンドを入力していく。
 光点が迷路を駆け抜け、そして防壁を突破する。
 さらにその奥に設置されたトラップ式の防壁も巧みなコマンド捌きで次々と無効化していく。
 急がなければ辰弥を「ツリガネソウ」に移送する輸送機が到着するかもしれない。
 その前に日翔が突破されて二人とも捕まるかもしれない。
 そんなことになればここまでの苦労が水の泡になってしまう。
 ――辰弥、
 もう少しだけ、待っていてくれと鏡介が呟く。
 ――必ず、助けるから。
「まだか!」
 相手がゴム弾装備ということで少し気が楽になったがそれでも捕まるわけにいかない。
 ネリ93Rの三点バーストで連射しながら日翔が叫ぶ。
 撃ちながらも腕時計をちら、と見るともうすぐ一分が経過しようとしている。 
 やはり御神楽のセキュリティを抜くのは無理だったか、と日翔がそう思ったタイミングで
鏡介も最後のコマンドを入力していた。
「抜けた!」
 エンターキーを叩き、鏡介が勝ち誇ったように宣言する。
「かなり硬い防壁だったがここまで来れば俺の勝ちだ!」
 そう言いながら館内全員のGNSを総括する部分を掌握。
 手持ちのツールパレットから一つのツールを選択する。
 手早くパラメータを設定、そしてターミナルに送り込む。
「俺たちを、なめんなよ!」
 鏡介の指がエンターキーを叩く。
 その瞬間。
 ターミナルから発信されたHASHハッシュが一斉に施設内の人間のGNSに襲い掛かった。
「が……っ!」
 突如遅いかかった大音量の音声、次々と切り替わるおぞましい映像に加えて光過敏性発作を誘発する激しい光の点滅が脳を刺激する。
 しかも今回、鏡介が行った設定は容赦のないものだった。
 普段なら相手は昏倒したとしても数分である程度回復する位に出力を調整していたが今回は全てを最大出力、いくら屈強な男であっても確実に数時間は聴覚も視覚も使い物にならないレベルのもの。光過敏性発作を起こさないとなると余程の超人である。
 当然、最大出力のHArdship Subliminal HangHASHに耐えられるわけがなく、押し寄せていた警備兵が次々と頭を抱えて倒れていく。
 その全員がぴくぴくと痙攣し、そのまま意識を失っていく。
「や、やべえ……」
 たった一人で殲滅に持ち込みやがった、と日翔が息を呑む。
 普通、五十パーセントの人員が戦闘不能になった時点で「壊滅」と扱われるのである。百パーセント戦闘不能になればどうなるか、それはもう殲滅なのである。
 鏡介は確かに「全員攻撃できる」と言った。
 それに対しては半信半疑ではあったがこうやって目の前の光景を目の当たりにすると本当だった、と信じざるを得ない。
 だが、これで館内で戦える人員はゼロのはず。
 ターミナルに背を向けた鏡介が「行こう」と日翔を促す。
「あ、ああ……」
 頷いて日翔は倒れている警備兵の一人に歩み寄った。
 その手が持つT4アサルトライフルを拾い上げる。
「やりい、規格同じだ」
 KH M4はトイレに置いてきたが予備のマガジンだけは持ってきている。
 運が良ければと思っての行動だったが、本当に運よくマガジンの互換性がある銃を手に入れることができて日翔がにやりと笑う。
 ゴム弾が装填されたマガジンを引き抜いて手持ちの実弾のマガジンを装着、コッキングハンドルを引いて薬室に残っていたゴム弾を排莢、実弾を装填する。
 念のために動作確認をしようとして引鉄に指をかけ、それからあぁ、とため息を吐く。
「そりゃそうか、IDロックされてるな」
 銃を奪われたとしても発砲できないように設定されたIDロックで引鉄は全く動かない。
 日翔の怪力なら引けないこともないがそれより先に引鉄が折れるだろう。
 鏡介がちら、と日翔を見る。
「任せろ、ロックを解除してやる」
 そう言って空中に指を走らせ、ホロキーボードを呼び出す。
 先ほど差した無線端末経由でターミナルにアクセス、そこから日翔が今手にしている銃の持ち主を特定、ロックを解除する。
「できたぞ」
 その間、僅か十秒ほど。
「さすがRain」
 引鉄を引いてちゃんと弾が発射されることを確認した日翔が、早く辰弥を助けに行こう、と鏡介を促す。
 分かった、と鏡介もサーバルームを出る。
「しかし、なんであいつら実弾じゃなかったんだ?」
 サーバルームを出ながら、日翔がふと呟く。
「分からん。いくら特殊第四部隊トクヨンでも敵対者を生かしておくほど思いやりのある集団だとは思えんがな……」
 そう呟きながら、鏡介はどうしても気になってしまったのかターミナル経由で手近な警備兵のGNSにアクセスした。
 もしかしたら何かしらの通達記録が残っているかもしれない、と思ってのこと。
 GNS内、連絡事項が保存されているクリップボードにアクセスすると、二人の合成モンタージュ写真と共に一つの通達事項が記されていた。
「……もし、以下の人相の人間を発見した場合は何があっても射殺せず、生け捕りにせよ――?」
 文面を読み上げた鏡介の眉が寄る。
 読み上げてから添付の写真を見る。
 それはどう見ても自分たち二人の写真だった。
「……トクヨンの奴ら、俺たちも確保するつもりだったのか……?」
「なんで」
 だったら辰弥を捕まえた時に俺たちも連れて行けばよかったじゃんかー、あの時捨て置いといて何都合のこと言ってるんだよと日翔が憤慨する。
「分からん。ただ、あの時とは状況が違う、と考えてもいいかもしれない」
「そういうものか?」
 日翔の問いに、鏡介は多分な、と頷いた。
 何はともあれ、少なくとも自分たちの命の心配はしなくてもよさそうである。
 トクヨンの気が変わらなければ、の話ではあるが。
「ま、死ななくて済みそうならそれでいいや。向こうさんは全員伸びてるしあとは楽勝か? まぁ、迎えが来てなければだが」
 日翔が倒れる警備兵をまたぎながら呟く。
「そうだな、今のところ辰弥に迎えが来た様子はない」
 鏡介がターミナルから受信した監視カメラの映像を確認する。
「なら急ごうぜ。骨のあるやつがいたら困る。いや――」
 そう言いながら、日翔は倒れている警備兵の頭にT4の銃口を向ける。
「起きてきたら後々面倒だし、今のうちに殺っとくか」
 日翔が引鉄に掛ける指に力を込めようとする。
「おい待て辞めろ」
 即座に鏡介が日翔を制止した。
「なんで」
 不服そうに日翔が声を上げる。
 確かに鏡介が出力全開のHASHを送り込んでいるからしばらく動けないのは理解している。
 それでもそれは永遠ではなく、とどめを刺しておかなければいずれ起き上がって敵対することになる。
 だからな、と、鏡介が日翔を説得する。
「弾が勿体ないし相手は非殺傷武器だった。それに免じて見逃すべきだ」
「甘いんだよ、それ」
 それに起きたら戦えるのか? と続ける日翔に鏡介は首を横に振る。
「確かに俺は戦えない。だが、相手もすぐに復帰できるほど手加減したHASHは送っていない」
「うーん……そう言うなら」
 不承不承ふしょうぶしょうではあったが日翔は納得したのか、T4の銃口を警備兵から外し走り出した。
 鏡介も足を踏み出すが、走るというよりは速足のスピードで、日翔がいったん足を止める。
「Rain! 時間が!」
 日翔がそう声をかけるが、鏡介は速足で歩きながらGNSを操作している。
「時間がないんだぞ、何やってるんだ!」
「焦るな。輸送機の状況も今調べている」
 そう言った鏡介の手は既にホロキーボードの上を走りだし、情報を収集し始めている。
「……輸送機はまだ大丈夫そうだな……。あの御神楽 久遠トクヨンの狂気も都合のいいことに『ツリガネソウ』に帰還しているようだ」
 多分、辰弥の受け入れ準備のためだろうなと言いつつ、ふと思い立った鏡介はさらに指を走らせる。
 途中でいくつかのウィンドウ位置を調整するかのように手を動かし、それからサーバ内に保管されているデータベースに侵入する。
「……『LEB』についての研究レポートは……」
「え、Rain何探してんの」
 鏡介の呟きに、日翔が驚いたように声を上げる。
 いくら辰弥が「Local Erasure BioweponLEB」と呼ばれる存在であったとしてももうそれはどうでもいい話ではなかったのか。
 今更LEBのことを調べたところで何になる、と日翔が抗議しようとすると。
「LEBだからこそだ。今まで普通の人間として扱ってきたが気を付けなければいけない点、特に能力に関してはそう気安く使わせていいものかどうか調べておきたい」
 能力の使い過ぎで暴走とかあった場合、お前には止められるのかと鏡介は日翔に問いかけた。
「そ、それは――」
「万が一の事態で殺さなければいけなくなった時、それができるのはお前だけなんだぞ。できるのか?」
 無理だ、と日翔は呟いた。
 辰弥は大切な友であり仲間だ。それを手に掛けるなどあってはならない。
 そして気付く。
 そうならないように鏡介は事前に調べているのだと。
 だろう? と鏡介が日翔を見ることなく視界に映るレポートをめくる。
 と、鏡介の手が一瞬止まる。
 思わずレポートのタイトルを読み上げる。
第一号エルステ開発日誌か……」
「エルステ?」
 聞きなれない単語に、日翔が首をかしげる。
UJFユジフ語で『第1』とか序数の一番目をあらわす単語だ。しかし『ノイン』はただの『9』で序数ではないが――四年前に潰された研究所は序数で管理していたのか」
 そんなことを呟きながら、目に留まったそのレポートのページを鏡介はめくった。
 レポートには培養層内で培養される第一号被検体エルステの生育過程と各種バイタル等が事細かに記されていた。
 その培養段階が終了し、培養層から出すと決められた日がP.B.R.三五二年七年前の秋のとある日付になっている。
「……あいつ、実年齢七歳以下かよ。四年前の襲撃で生き延びたのが何番か知らんが少なくとも七歳以下ということだけは確かそうだ」
 思わずぼやいた鏡介に日翔が「は?」と振り返る。
「ちょっと待てよ研究自体は十年ほど前って言ってたよな?」
 それよりも若いとか言ってたがそんなにも若いのかよと日翔が声を上げる。
「ああ、開発に約三年、培養層の中で漸くヒトの形をとるようになった、という記述がある」
「培養槽……」
 え、中学の生物で生物の増え方について習ったぞ? それとは違う増え方なのか? と日翔が訊ねる。
 そうだな、と鏡介が頷いた。
 だが、このあたりのレポートの記述は読むだけで吐き気がする。
 こんなおぞましい実験を行っていたのか、と鏡介はさらにページをめくった。
「……通常の有性生殖では生まれてない。本当に、PC上でシミュレートされたDNAの塩基配列を化学的に再現してそれを人間の細胞の遺伝子に組み込んで培養した、という感じだな」
 人間のやることじゃない、と憤りを覚える。
 さらに数ページめくり、それから鏡介はそれ以上直視することができずにレポートを閉じた。
「……あいつ、こんな実験に耐えてたのかよ……」
 吐き気を抑えるかのように口元に手を当て、鏡介が呻く。
 レポートに記されていた「実験」の数々。
 虐待どころか拷問だろうと言いたくなるようなその「実験」に耐えてきた辰弥の身を案じ、「早く助けなければ」とより強く思う。
 辰弥は特殊第四部隊トクヨンにとって貴重なサンプルのはずだ。確保した後に様々な実験が行われていてもおかしくはない。
 いくら「非人道的だから」と研究を潰したとしても既に造られたサンプルの扱いまでは分からない。
 それこそ、「今後の対策」として様々な実験を行った末に「処分」することも――。
 そう思ってから、鏡介は別のレポートに手を伸ばした。
 それは四年前のトクヨンによる研究所の粛清のレポートで、「第二号ツヴァイテ」から「第四号フィアテ」までのLEBの保護と研究員の粛清、そして研究資料の破棄が記されていた。
 そのレポートの最後に。
「――兵器開発第1研究所が非人道的に開発を行っていた局地消去型生体兵器「Local Erasure BioweponLEB第一号エルステは発見されず。その後目撃証言や暴走による事件などは発生せず。このまま普通の人間に溶け込むことを祈り、監視レベルを最低まで引き下げる――」
 その記述を、鏡介は読み上げた。
 それから、
「Gene、あいつの開発ナンバー……いや、本名が、エルステ、だ……」
 そう、かすれた声で呟いた。
 普通の人間に溶け込むことを願われてたのか、と低く呟く。
 実際、辰弥は「普通の人間」として社会に溶け込んでいた。
 それなのに、トクヨンは。
 ――わざわざ暴き立てて、社会に溶け込んでいた辰弥を連れ去った。
 そう、思ってしまう。
「……Gene」
 鏡介が日翔を呼ぶ。
「なんだ?」
 鏡介の発言に言葉を失っていた日翔が彼を見る。
「必ず、取り戻そう」
 そして、今まで通りの日常に戻ろう、と鏡介は言った。
 辰弥をこんなところに残すわけにはいかない。
 本人が望むならそれを優先すべきではあるが、きっとこんなことは望んでいない、と。
 ああ、と日翔も頷く。
 辰弥は自由であるべきだ。自由に生きる権利がある。
 だから。
 必ず取り戻す、と。
 二人は互いを見て頷き合った。
「早く辰弥を助けて脱出するぞ」
 そう言って鏡介はダウンロードした施設の見取り図を視界に表示させた。
 辰弥がいそうな場所を洗い出す。
「GNSが未だに不通だと考えるとまだ拘束されているはずだ。それなら……独房エリアか」
 鏡介の視界に投影された見取り図がサーバルームから独房エリアまでのルートを表示する。
 想定よりは近いそのエリアにほっとしつつ、鏡介も早歩きから小走りになった。
「独房エリアはこの先だ。どの房にいるかは分からんが片っ端から当たれば見つかるだろう」
 了解、と日翔が頷く。
 小走りで、時々鏡介のHASHに打ちのめされた警備兵が倒れる廊下を駆け抜けながら二人は独房エリアの扉を開けた。
 独房エリアに飛び込もうとした瞬間、日翔が咄嗟に鏡介を壁に向かって突き飛ばす。
「――っ!」
 不意のことに全身をしたたかに壁に打ち付けられた鏡介が息が詰まったような声を上げるが、日翔はそれに構わずドアの横の壁に背を付けて遮蔽をとっている。
 二人の間をゴム弾が通過していく。
「生き残りがいたのか!?!?
 T4を構え壁から通路の様子をうかがいながら日翔が叫ぶ。
 そこには二人の人間が立っていた。
 一人は屈強そうな男、もう一人は女。
 しかし、以前見た全身義体の女御神楽 久遠ではない。
 そもそも、久遠は現在ツリガネソウに帰還している。
 誰だ、と思いよく見た日翔と女の目が合った。
 深紅の瞳。辰弥と同じ色の瞳。
「やばい、向こうLEBまで動員してやがる!」
「た……Bloody BlueBBか?」
 女の姿をまだ視認していない鏡介が訊ねる。
「アホか! LEBの女だ!」
 そう怒鳴りながら日翔が身を乗り出し、発砲。
 相手も廊下に携行遮蔽物ポータブルカバーを設置、遮蔽をとる。
「あー! せっこー!」
 日翔が叫びつつも再度発砲、しかし弾丸はポータブルカバーに阻まれて相手に当たらない。
「なんでHASHが効いてない奴いるんだよ!」
 相手の反撃を壁に隠れることで防御、日翔が鏡介に怒鳴る。
「GNS導入してないからに決まってるだろ!」
「だったらCCTは! 最近のは視覚投影なんだろ!?!?
 日翔は旧式の外部ホログラムスクリーン式Compact Communication TerminalCCTを使用しているがここ最近のCCTのトレンドはGNSと同じように視覚に干渉したARスクリーンである。
 日翔が未だに旧式のCCTを使用しているのは両親から「GNSやARのような視覚投影は子供には危険だ」と散々聞かされていたからだが、もう一つ「HASHの影響を受けない」というメリットがあるからである。
 御神楽が「HASHの影響を受けない」というメリットよりも最新式よりも大型でかさばる、映像を見るのに端末を取り出す、場合によっては手に持たなければいけないといったデメリットの方が大きい旧式を支給するとは思えない。また、御神楽は最新のハイテク機器を導入してこその強さを誇っている。
 だから日翔は通路の奥にいる二人もGNSを導入していないのなら視覚投影のCCTを使用しているはず。
 それならCCTにHASHを送り込むことで聴覚は潰せずとも視覚から無力化できるのではと考えた。
 だが。
「だろうと思ってCCTを特定して――いや、こいつらCCTも持ってないぞ!」
 壁に背を付けたままホロキーボードを展開した鏡介がキーボードに指を走らせながら驚愕の声を上げる。
 普通、戦闘員はGNSもしくはCCTで各メンバーとやり取りしたり本部からの無線を受け取ったりする。
 そのどちらもを持たないということは命令を受信することすらできないのに、この二人は一体どうやって連絡をやり取りするのか。
 鏡介がほんの少し身を乗り出して通路奥の二人を視認する。
 義眼をズームモードに切り替え、二人の姿をくまなくスキャンする。
 攻撃を受ける前に壁に戻り、スキャンした二人の姿を画像解析に掛ける。
 CCTなどが普及する前に使われていたような無線機を持っているような気配もない。
 第一、最近は作戦中もデータリンクで映像共有も行われている。音声しか伝達できない無線機など不便極まりない。
 そう考えると旧型CCTを使っている日翔も基本的に音声でしか連絡を受け取ることができないがそこはGNSを導入している辰弥や鏡介のアシストで乗り切っている。
 いったい何を使っている、と鏡介は解析した画像を睨みつける。
 その二人の右耳に何かが引っ掛けられている。
(なんだ? 御神楽はイヤーフックアクセサリレベルのCCTを開発したのか……?)
 右耳のイヤーフックを拡大する。
 拡大でぼやける画像をさらに画像処理をかけて鮮明にする。
(……lGearエルギア……?)
 イヤーフックに刻印された文字。
 一口かじられたようなレモンのエンブレムにlGearと書かれたそれに鏡介が首をかしげる。
(……聞いたことがない。御神楽のエンブレムではないから御神楽製ではなさそうだが……。こんなエンブレムも通信機器も見たことがない)
 それでも通信機器なら侵入できるはず、とホロキーボードに指を走らせ、施設のターミナル経由での通信を特定しようとする。
「Rain! HASHは!」
 日翔が二人が近づいてこないようにT4を連射しながら叫ぶ。
「奴ら、見たことがない通信機器を使っている! なんだ、この通信規格――」
 鏡介の視界の通信ウィンドウに流れる見覚えのない通信規格の通信ログ。
 いや、そんなはずはない、と鏡介が首を振る。
 通信規格のパターンを分析する。
 電波通信なら特定の電波の周波数が見えるはず。ただ複雑に複合した暗号周波を使っているだけだ、と周波数を割り出そうとして気付く。
 そもそも、電波の周波数ではない
 ――まさか!
「量子通信だと!?!? あんな小型の通信機器で!?!?
 信じられない、と鏡介が声を上げた。
 あの二人が使っているのはどう考えても量子通信機器。
 アカシアこの世界で通信に利用されているのは電波通信が主流である。量子通信も既に実用化に至っているが通信機器が大型であるため一部の巨大複合企業メガコープが自社間の通信に利用している程度である。
 それなのに、あの二人が使っている通信規格はどう見ても量子通信。
 量子通信特有の量子もつれエンタングルメントが通信ログに表示されている。
 流石にGNSとの通信には電波が必要であるため先ほどのサーバルームに量子通信の中継設備が設置され、ターミナルを介して施設内の警備兵とデータリンクを構築しているようだった。
 なるほど、と、鏡介が呟く。
 この二人が倒れていないのは彼がHASHを送る際にターミナルから直接各GNSを指定したため。量子通信の中継設備を通していないからそもそもこの二人にはHASHは届いていない。
 また、通信によれば識別コードから彼らが本来はツリガネソウの要員であることも分かる。恐らく普段は、ツリガネソウのメインフレームを直結しているのだろう。今は基地内での作戦行動のためターミナルを咬ませているのが唯一の救いと言えた。
 そこまで考えたところで、鏡介の脳裏に閃くものがあった。
 以前に『ワタナベ』の依頼にそれと知らず、『サイバボーン・テクノロジー』傘下の開発サーバを破壊しに行った時のことだ。あの時、あのサーバは量子もつれを妨害する装置AEPに守られていた。あの時は少し厳重すぎる程度に思っていたが、今なら分かる。あれはライバル企業であるカグラ・コントラクターの、それも小型量子通信機でやりとりする特殊第四部隊を警戒していたのだ。
 どうする、と鏡介は呟いた。
 曲がりなりにも鏡介は最高位ウィザード級のハッカーを自負している。侵入できない通信機器などあってはいけない。
 やるしかない、と自分に気合を入れる。
 確かにトクヨン有する「ツリガネソウ」の中央演算システムメインフレームは鏡介のプライドから「荷が重い」とは言ったが実際は不可能である。あれほどの大規模な量子コンピュータに侵入するには相応の量子通信ができる量子コンピュータが必要である。
 そもそもの前提からして不可能な話ではあったが、今回は量子通信の中継設備が電波通信できるターミナルに接続されている。
 量子通信に使われるエンタングルメントに割り込みさえできれば電波通信を起点として侵入は可能。
 問題はそのエンタングルメントへの割り込みだが、そこはウィザード級ハッカーとしてのプライドをかけて挑むしかない。
 その判断を瞬時に行い、鏡介は日翔を見た。
「Gene!」
 鏡介が日翔を呼ぶ。
「なんだ!?!?
 「カタストロフ」から貰ったグレネードを投げ、日翔が鏡介を一瞬だけ見る。
 グレネードが爆発、爆風と破片が通路奥の二人を襲う。
 しかし、わずかに投擲距離が足りなかったのか爆風は携行遮蔽物ポータブルカバーに阻まれ、傷を負わせることができない。
 それでも相手が身を隠す時間は稼げたわけで、その隙に日翔はT4のマガジンを交換、即座に発砲して相手の動きを封じる。
 鏡介が一瞬迷ったのち口を開く。
「時間を稼いでくれ! できれば――三分!」
「三分!?!?
 さっきより長いじゃないか、なんでと日翔が怒鳴り返す。
「あいつらが使ってる通信機器は量子通信機だ! 量子もつれエンタングルメントに割り込むのにどうしても時間がかかる! その上向こうの機械は見たこともない奴だ。それを解析してHASHが成立するように調整する時間もいる」
 頼む、三分もたせてくれ、と鏡介は日翔に懇願した。
 日翔も予備のマガジンとグレネードの数を頭の中で計算し、「できるか?」と自分に問う。
 できるできないではないということは理解している。やるしかない。
 鏡介の頼み通り彼を三分守り切ればあの二人を無力化できるというのなら。
 辰弥はもうすぐそこにいるのである。ここで負けるわけにはいかない。
 分かった、と日翔が頷いた。
「三分だぞ! それ以上はもたねえ!」
 いくら相手が使っているのがゴム弾であっても当たれば痛いしそれで怯めば相手に対して隙を作ってしまう。
 それでも、鏡介が三分というのなら。
 そこは信じるしかない。
 必ず、守り切る。
「来いやぁ! ここは通さねえからな!」
 日翔が一声吠え、二人に向けて引鉄を引く。
 フルオートで弾幕は張らない。指切り撃ちでマガジンの残弾を計算しながら三発ずつ撃って牽制する。
 二人のうち、男の方が積極的に日翔の一瞬の隙を突いて反撃してくるがそれを壁に戻ることで回避しながら日翔も撃ち返す。
 このまま撃ち合えば三分は楽に稼げるな、と日翔はちら、と鏡介を見ながら考えた。
 そんなタイミングで、男の方が先にマガジンの弾が尽きたのかマガジン交換のモーションを取り始める。
 しかも、「撃ってください」と言わんばかりに携行遮蔽物ポータブルカバーから身体がはみ出している。
 チャンスだ、と日翔が身を乗り出して男を狙う。
 次の瞬間。
 飛来したゴム弾が日翔の右腕に直撃した。
「ぐ――!」
 硬質ゴムのゴム弾は日翔を傷つけることこそはなかったものの骨に、そして骨に沿うように埋め込まれた強化内骨格インナースケルトンに衝撃を伝える。
 あまりの激痛に一瞬怯み、T4を取り落としかける。
 ――まさか、リロードのタイミングを欺瞞した――!?!?
 銃のマガジンには基本的に同じ数の弾が入っている。
 それ故に同じようなタイミングでリロードを行うと思ったが日翔はそのタイミングを測り切れていなかった。
 それに気づいたのだろう、男は敢えてリロードのタイミングではない状況で一度身を引き、日翔の射撃を誘発し、発砲したのだ。
 日翔が怯んだその一瞬の隙を逃さず、携行遮蔽物ポータブルカバーから男が飛び出した。
 咄嗟に日翔が男に向けて発砲するが狙いを定めきれなかったその銃弾は男をかすめることすらせず外れていく。
 男が電磁警棒スタンロッドを抜いて日翔に突進する。
「くそ、舐めやがって!」
 右手のT4を棒状武器の代わりにして日翔がスタンロッドを弾き、左脚のシースから単分子ナイフを引き抜く。
「俺は、あいつを助けるんだ!」
 そう叫びながら、日翔は男に向けてナイフを突き出した。
「甘いな」
 男の低い声が日翔の耳に届く。
 直後、日翔の手から単分子ナイフが叩き落される。
「くっ!」
 咄嗟に後ろに跳び、日翔がT4を構え直す。
 そこへ携行遮蔽物ポータブルカバーの向こう側にいるLEBの女の援護射撃が日翔に襲い掛かる。
「っそ!」
 身をひねって辛うじてゴム弾を躱すがそれでも数発を受け、日翔がよろめく。
「実弾だったらお前、死んでいたぞ」
「っざけんな!」
 よろめきつつも日翔が男にT4を向ける。
 男も背中に回していた銃を構え直し、日翔に向ける。
 至近距離での撃ち合いになるが、二人は同時に引鉄を引いた。
 日翔も男もそのモーションで弾道を予測し、互いに身をひねって銃弾を回避する。
 引鉄が引かれたことを確認してから回避するのでは避けられない。
 確実に回避するのならそれ以前のモーションで判断するしかない。
 それは日翔も暗殺連盟アライアンスで仕事をする上で身に付けたスキルだった。
 男も当然数々の修羅場を潜り抜けているだろうから回避できる。
 日翔が撃った銃弾が壁を穿ち、男が撃ったゴム弾が壁を跳ねる。
 撃ち合いは不利だ、と日翔は思った。
 男の射撃は正確。そして回避も早い。
 それに対して日翔は実弾というアドバンテージがあったが当たらなければ意味がない。
 現時点で経過時間は二分。あと一分もたせなければいけない。
 自分が回避に徹すればあと一分は凌げるか、と日翔は考えたがどちらか言うと「攻撃は最大の防御」と思っている彼は回避よりも攻撃を優先した。
 接近すれば撃てまい、と日翔がT4を放り出して男に殴りかかる。
 強化内骨格インナースケルトンの出力にまかせた拳が男を捉える。
 と、思ったところで男はそれを軽くいなした。
「な――」
 こいつ、できる、と日翔が心の中で呻く。
 軍人だから体術に長けているのは当然である。対して日翔は「仕事」のために身に付けた基本的な格闘術のみ。
 しかもそれを力任せに打ち込むためどうしても隙が多い。
 どちらかと言えば一撃必殺の日翔に対し、卓越した技能を持つ男に日翔は勝ち目がない。
 それでも、日翔はもう一撃男に向けて拳を叩き込んだ。
「動きが単調すぎる。もっと考えて攻撃しろ」
 そう言いながら男が打ち込まれた日翔の腕を掴む。
「何を!」
 男の手を振りほどこうと日翔がインナースケルトンの出力にものを言わせて腕を振る。
 インナースケルトンが体組織内でわずかにずれ、激痛が彼を苛むがそれでも腕に込めた力は抜かない。
 しかしそれでも男の手は離れなかった。
 それどころか、逆に日翔の関節を極めにくる。
 男と日翔の体勢が入れ替わる。
 単純な腕力勝負ならインナースケルトンの出力で上回ることのできる日翔だったが、男はそれ以上に技量で圧倒してきた。
 あっと言う間に腕十字の姿勢に持ち込まれ、日翔は床に転がされた。
 男が両足を日翔に絡め、関節を極めようとする。
「ふむ、久遠の言う通り筋は悪くない。もう少し武術を身に付ければ勝負は分からなかったかもな」
 日翔が動けなくなったところで男は彼をうつ伏せに転がした。
「く、そ……」
 まずい、何もできない、と日翔が呻く。
 男が日翔を拘束しようと拘束用の結束バンドを取り出す。
 男が日翔の両腕を後ろに回したその時。
「喰らえ!」
 通路の向こうで鏡介の声が聞こえ、
「が――っ!」
「――っ!!!!
 鏡介が量子通信の中継設備を介して送り込んだHASHが男とLEBの女に襲い掛かった。
 圧倒的な量のでたらめな情報と視覚に送り込まれる激しい光の点滅、そして聴覚を奪わんとする大音量の音声に男と女が床に沈む。
「く、そ……!」
 それでも男はHASHに抵抗して体を起こそうとするが、そうはさせまいと日翔が先ほど男が取り出した結束バンドで男を後ろ手に拘束する。
 女は耐え切れなかったのか意識を失い、それを確認した日翔はほっとして鏡介を見た。
「遅ぇよ」
 そうは言ったものの腕時計を見ればぎりぎり三分は経過していない。
 本当に三分で抜きやがった、と日翔は改めて鏡介のハッキングの凄さを思い知った。
「見た事ないARウェアラブルデバイスだった。コードの中身からするとオーグギアと言う名前の機器のようだが、超小型の量子コンピュータだった」
 鏡介が男のイヤーフックを取り外して眺める。
「量子コンピュータ? それってあの昔のパソコン並みにデカくて小型化も無理って言われてる奴だよな? でもそんな小型のものが開発されたなんて聞いた事ないぜ?」
 量子コンピュータはこのアカシアにあってもまだ研究途上の分野。日翔でさえ、こんな小型のものは存在しないと知っていた。
「だが現にここにある。発表すればすぐにでも世界中の量子コンピュータのシェアを御神楽が奪えるだろうに……」
 そこでふと疑問に思い、オーグギア『lGear』に接続し、製造元を確認する。
Lemonレモン社……?」
 製造元は御神楽系列の会社ではなく、聞いたことの無い会社だった。
「じゃあいっそ、あれじゃねえの? 定期購読サブスクリプションの週刊誌で読んだぜ、御神楽は異世界に行く技術を持ってて、そこから有用な技術を自分達で独占してるって」
「そんな馬鹿な」
 異世界なんてあまりに荒唐無稽だし、百歩譲ってそれが事実だとしてもそれを自社製品として販売しない理由がない。鏡介はそう思った。
 ともかく、これで目の前の障害は排除された。
 行こう、と鏡介が日翔を促す。
 日翔が頷き、先ほど放り出したT4を拾い上げて二人は男とLEBの女が最初に立っていた場所の独房の前に立った。

 

 すぐ近くで響いた銃声に、辰弥が目を開けて扉を見る。
 襲撃? こんな場所で? と信じられずに扉の小窓を見上げるとこちらをのぞき込んだツヴァイテと目が合う。
「どうやら貴方目当てのならず者が来たみたいね。しかもご丁寧にHASHをばらまいてくれたみたいでここの戦力は私と副隊長だけよ」
 俺目当ての? と辰弥は首を傾げた。
 自分がLEBだということを知っているのはトクヨンくらいのものである。それにたとえLEBの情報を掴んだとしても生半可な組織が御神楽に喧嘩を売ってまで自分を奪いに来るとは考えにくい。
 いや――。
 まさか、と辰弥は呟いた。
 自分がLEBという事実を知っているのは他にいる。
 それはあの久遠が自ら説明した二人――日翔と鏡介。
 もしかしたらあの二人が他の人間に説明した可能性はあるが、そこから情報が漏れたとしてもやはり御神楽に喧嘩を売る可能性があるのは日翔と鏡介くらいしか考えられない。
 いや、そんなことがあるはずがない。
 人間ではない自分をあの二人が助けに来るなどあるはずがないしあってはいけない。
 久遠は二人も引き込むつもりではあるようだが、ここで戦えば二人に勝ち目はない。
 それは二人もよく理解しているはずだ。
 「御神楽には喧嘩を売るな」はアライアンスの中でも暗黙の了解、それなのに、二人が。
 違う、あの二人じゃない、と辰弥は自分の考えを否定した。
 あの二人がここに来るはずがない。
 アライアンスが知ったことで情報が洩れ、LEBさえ手に入れれば御神楽に一泡吹かせられると思った命知らずが来ただけだ。
 だったら、どうでもいい。
 ツヴァイテと、ウォーラスという男なら蹴散らすくらい簡単にできるだろう。
 ベッドに横になったまま、廊下に響く銃声を聞く。
 時間にしてほんの数分。
 案外、耐えるなと思っていた辰弥はそのタイミングで聞こえてきた声に目を見開いた。
「俺は、あいつを助けるんだ!」
 嘘だ。
 辰弥の心が嘘だと叫ぶ。
 こんなところに日翔が来るはずがない。そもそもどうやってIoLここまで来たのだ。
 密航してまで俺を助けに来る価値なんてない、本気でそう思う。
 それとも――二人も「利用価値がある」と考えたのか。
 暗殺していくうえで、この能力は「使える」と。
 そこまで考えてから、辰弥は「違う」と再び自分の考えを否定する。
 ただ利用価値があるだけならあんなどう聞いても本心に聞こえる叫びなどするはずがない。
 あの声はどう聞いても本気で辰弥を助けたい、という風に聞こえた。
 そんな、と辰弥が呻く。
 ――どうして、そこまで。
 銃声が止まり、日翔とウォーラスが殴り合っているのが気配で分かる。
 その決着はすぐについたのか、日翔の呻き声が聞こえる。
 だから無茶して、と思うが動けない今自分にはどうすることもできない。
 いや、日翔がここにいるということは鏡介もここにいるはず。
 鏡介はどうした、まさか、と一瞬最悪の事態を辰弥が考えた時、扉の向こうからツヴァイテの、そしてウォーラスの呻き声が聞こえた。
 同時にどさりと二人が倒れる音が響く。
 何が起こった? と辰弥は自体が呑み込めず一瞬混乱した。
 そしてすぐに思い直す。
 ――鏡介がやったのか。
 そういえばツヴァイテは言っていたではないか。「しかもご丁寧にHASHをばらまいてくれたみたいでここの戦力は私と副隊長だけ」と。
 施設内に一斉にHASHを送り付けるという芸当ができるのは鏡介くらいしか知らない。
 ツヴァイテとウォーラスは何かしらの事情があってHASHが送り込まれなかったが、それを乗り越えて鏡介が送り込んだのだ、と。
 バタバタと二人の足音が近づいてくる。
 足音は扉の前で止まり、ほんの少しの沈黙の後扉が開かれる。
「辰弥!」
 その叫び声と共に、辰弥に駆け寄ってきたのは彼が「来てくれるはずがない」と思いつつもそれでも最後まで諦めることができなかった日翔と鏡介の二人だった。

 

「日、翔……? 鏡介、も……」
 GNSロックでろくに動かせない身体を起こそうとしながら辰弥が呟く。
 それを片手で制し、鏡介が空中に指を走らせGNSロック用の端末をハッキングしてロックを解除する。
 ぽろり、と辰弥のうなじからロック端末が外れ、ベッドに落ちる。
 視界に見慣れたGNSの各種UIが戻ってきて、辰弥は改めて二人を見た。
「辰弥、動けるか?」
 日翔が片手を差しだしてきて、辰弥は漸く動かせるようになった腕を上げてその手を取る。
「……どうして」
「話すのは後だ、脱出するぞ!」
 日翔が辰弥の手を引いて助け起こす。
 辰弥も体を起こすがGNSロックによる長期間の拘束で筋力が落ちたのか、それとも身体が固まったのか思うように動かせない。
 それでも日翔の肩を借りてよろめきながら廊下に出る。
「走れるか?」
 日翔の問いに、小さく頷く辰弥。
 単に体が固まっただけなら少しほぐせば動けるようになる。
 しかし、心配なのはろくに体を動かせない自分を庇って日翔が交戦できるのか、である。
 鏡介のハッキングの腕とツヴァイテの話から施設内の人間は全員無力化されているようだがそれでも早期に回復した人間がいた場合、戦闘になる可能性がある。
 それに気づいたか、日翔は鏡介に「代われるか?」と確認した。
「ああ、後は俺が引き継ぐ」
 鏡介が頷き、日翔から辰弥を受け取る。
 約三〇センチという身長差ではあったが鏡介の肩を借り、辰弥は足を前に出した。
 その感覚にどの程度自分が動けるのかを判断し、なるべく早く走れるように次の一歩を踏み出す。
 一歩、また一歩と踏み出してから、辰弥もよろめきつつではありながら走り出した。
 と、日翔が走り出そうとした足を止め、意識を失っているツヴァイテを見る。
「? どうしたの」
 辰弥の問いに何も答えず、日翔はツヴァイテに向かって屈み込み、彼女の腰から何かをもぎ取った。
「それは――」
 日翔がもぎ取ったのはツヴァイテが腰にぶら下げていた輸血パック。
 無言で鏡介にそれを投げ渡し、鏡介も頷いてポーチにしまう。
「格納庫に急ごう。そろそろ復帰する奴も出てくるかもしれない」
 鏡介の言葉に、三人が走り出す。
 気絶している、または苦しげに呻く警備兵がところどころに転がる廊下を走り抜け、格納庫に向かう。
「なんで格納庫?」
 鏡介に支えられながら走る辰弥が不思議そうに尋ねる。
 鏡介から説明されて格納庫に向かうのは分かっていたが、理由が分からない。
「ここに来るときはレジスタンスに送ってもらったが帰りは待ち合わせ場所まで自力で来い、って言われている。格納庫に行けば車くらいあるだろう」
 確かに、と辰弥も頷く。
 そこからは無言で走り、格納庫に飛び込むと鏡介の思惑通り数台の軍用車両や多脚戦車などが出撃可能な状態で格納されていた。
「とりあえず乗れ! 迎えには俺から連絡入れる!」
 先行した日翔が一台の車に飛び乗り、エンジンスイッチを押す。
 車がぶるりとその車体を震わせ、始動する。
 辰弥も後部座席に乗り、鏡介を見る。
 その鏡介はというと先ほど日翔から受け取った輸血パックを辰弥に手渡し、それから格納庫の中に視線を投げた。
「鏡介、」
「辰弥、それを飲め。日翔、万一の追跡に備えて俺はあいつを拝借する」
 怪訝そうな顔をした辰弥にはそう指示し、鏡介が身を翻して車から離れる。
「Rain、何を――」
 日翔が窓から身を乗り出し、鏡介を見ると、彼は格納庫に設置された、多数の武装が吊り下げられた工場のような一角にある一機の人型ロボットのような兵器に駆け寄っていた。
 多脚戦車もある中で、鏡介は何故かその一機が気になったらしい。
 見たこともない兵器だが、背部が開いており人が一人乗り込む、いや、装着できそうである。
強化外骨格パワードスケルトンにしてはゴツいな……それに、がっつりとコンピュータが搭載されてる……」
 鏡介の知るパワードスケルトンはどちらかというと制御部分がGNSと連動して演算を任せている。しかしこの兵器は単独でコンピュータを搭載し、装着者をアシストするようにできているように見える。
 いや、そんな分析はどうでもいい、と鏡介は兵器の背部に取り付いた。
 開いている部分に腕と足を入れるが顔の部分がうまく合わずに一度腕を抜く。
 先にゴーグルに顔を当てると一瞬の焦点調整の後に網膜投影で【Press Any Key】の文字が浮かび上がる。
 なるほど、と鏡介は兵器の腕部に腕を通し、指先のキーパッドにあるキーを押した。
 次の瞬間、網膜に起動シークエンスのセットアップログが流れ、次に赤と白のストライプがベースにはなっているが左上だけ星のマークが整然と並んだ青い四角のあるエンブレムとUnited States of Americaという文字が表示される。
 IoLの国旗に似ているが、見たこともないエンブレム。
 あの男が身に付けていたオーグギアのロゴといい、見たこともないエンブレムに立て続けに遭遇している気がする。
 鏡介がそんなことを思っていると、目の前に【Error:認証情報が一致しません】というメッセージが浮かび上がる。
 やはりな、と思いつつも鏡介はその認証エラーの突破を試みた。
 ふと思い出したのが先ほどの男が身に付けていたオーグギア。
 そこから抜き取った情報で認証を通すことはできないだろうか。
 他の隊員と違い、オーグギアという未知のデバイスを使っているくらいだ、この未知の兵器にも通用するはずだ、と鏡介はオーグギアから抜き取った認証データを自身のGNS経由で兵器に送り込んだ。
 【User Authentication! Welcome back Walrusウォーラス Brownブラウン 】という文字列が浮かび上がり、女性の合成音声がそれを読み上げる。
(……なるほど、あいつがトクヨンのナンバーツーだったか……非殺傷だったとはいえ日翔、よくもたせたな)
 鏡介がそんなことを思いながら合成音声を聞いていると、音声は次に、
『おはようございます。随行支援用AI「a.n.g.e.l.エンジェル」です。操作説明を確認しますか?』
 そう、鏡介に問いかけた。
「……いや、そんな時間はない。すぐに――」
『承知しました。第三世代コマンドギア「ヘカトンケイル」、戦闘機動モードで起動します』
「な――!」
 鏡介が最後まで言う前に「a.n.g.e.l.」と名乗ったAIが命令を認識し、「コマンドギア」と呼んだ兵器を起動させ、コマンドギアの背面装甲が鏡介の身体を包み込むように空気を排出する音をたてながら閉じていく。
『装備オプションを選択してください』
 そんなa.n.g.e.l.の音声に、「装備オプション?」となりながら鏡介が質問する。
「何があるか分からん。対装甲装備とかあるのか?」
 先ほどの「命令を最後まで聞かずに」コマンドを実行したa.n.g.e.l.の柔軟さにもしや、と思っての質問であったが、a.n.g.e.l.はそんな鏡介の質問にも的確に返答を返す。
『承知しました。両腕に二〇mm機関砲、ウエストラックに予備ガンベルトと単分子ブレードを装備、サブアームは空手にしますのでリロードにご活用ください。右肩に六連装ミサイルランチャーを装備、誘導方式は赤外線誘導方式を採用します。左肩に全方位反作用式疑似防御障壁ホログラフィックバリアを装備、警告、左肩に装着する都合上、頭が邪魔になり、右方向にはバリアの死角が出来ます。ご注意下さい』
 その言葉に合わせてコマンドギアの各部に何かが装着される音が響く。
『準備完了しました。それでは御武運を。ウォーラス・ブラウン――いえ、GNS登録名:黒騎士シュバルツ・リッター
「なっ――!」
 ――こいつ、GNSに逆接続して情報を抜いた!?!?
 なんだこのAIは、と鏡介が驚きの声を上げる。
 このような高性能のAIは聞いたことがない。量子コンピュータ上であれば、人間の人格を完全にコピーし、今の義体用OS「Fairyフェアリィ」の元になった「Fairy AI」の存在は有名だが、従来ノイマン型のコンピュータでそれに迫る……あまつさえ他人のコンピュータやGNSをハッキングする程のAIなど聞いたことがない。
 鏡介が驚いている間に網膜投影の映像が外のものに切り替わり、残弾数などの各種UIが表示される。
「……こいつは、すごいな」
 こんな兵器が量産されれば御神楽もそこまで本気を出さずとも世界征服できるんじゃないか、と思いつつ鏡介は一歩踏み出した。

 

「か、かっけえ……」
 鏡介がコマンドギアを装着し、動き出す様子を車の窓から身を乗り出して眺めていた日翔が思わずつぶやく。
『俺はこれで援護する、さっさと出発しろ!』
 コマンドギアのスピーカーから鏡介の声が響き、日翔は慌てて運転席に座り直し、アクセルを踏み込んだ。
 格納庫の扉は閉じていたが鏡介の二〇mm機関砲が火を噴き、扉を吹き飛ばす。

 

(……こいつ、すごいな)
 二〇mm機関砲など生身で撃とうものなら反動に腕どころか身体全体持っていかれるだろう。
 だが、コマンドギアの装甲はその反動すらものともせず、前進する。
 脚部のローラーによるダッシュ移動で車に追従しながら、鏡介も格納庫を飛び出した。
 車とコマンドギアが木が生い茂る林の中に飛び込んでいく。
 これなら上空からも爆撃することは難しいし車での追跡も困難を極めるだろう。
 うまくいけば待ち合わせ場所にはすんなりいけるか、と楽観的な予想をしたその時。
 アラート音と共にa.n.g.e.l.が警告した。
『五機の多脚戦車の出撃を確認。敵味方識別装置IFF上は味方です』
「なっ!」
 林の中に飛び込んでまだそれほど時間は経過していない。
 流石に施設は遥か後ろというところまでは来たが追手が来るのが早すぎる。
 鏡介の網膜に投影されたレーダーが背後に五機の光点を表示する。
 そのうちの一機から白く短いラインが射出、同時に、視界に【Warning!】の文字が赤く表示される。
 ミサイルアラート。
 奴ら、もう殺す気で来たなと鏡介がコマンドギアを制御する。
「ミサイルを迎撃する」
『承知しました。AEGIS Weapon SystemAWSを起動』
 ローラーの駆動を制御して鏡介が反転、視界に複数のコンテナが表示され飛んでくるミサイルを強調表示する。それに合わせて右腕のモーターが動いて自動的にミサイルに照準を合わせていく。それに合わせて二〇mm機関砲が火を噴き、多脚戦車が発射したミサイルを撃ち落とす。
 撃ち落とされたミサイルが爆発し、煙幕のように林に広がる。
 凄いな、と呟きつつも、鏡介はすぐにa.n.g.e.l.に宣言した。
「IFFを信じるな! あいつらは、敵だ!」
『お褒めいただき光栄です。承知しました。カグラ・コントラクター特殊第四部隊を敵勢力と設定。既に戦術データリンクは切断済みです』
 a.n.g.e.l.の音声と共に、レーダーに映されていた五機の光点が味方Allyの青からEnemyの赤に切り替わる。
 視界をズームすると、五機の多脚戦車がレーダーの表示通りに隊列を組みながらこちらに向かっている。
《さっきの爆発何だったんだ!?!?
 日翔から通信が入る。
「あいつら、本気を出したようだ。多脚戦車が五、迎撃する」
 二人が乗っているのは軍用車両であってもどちらかというと小型の兵員輸送車、装甲はそれなりにしっかりしているとしても兵装が充実しているわけではない。
 それに辰弥はまだ思うように身体が動かせない状態、迎撃は難しい。
《できるのかよ!》
 日翔の怒鳴り声がうるさいが、鏡介は「やるだけだ」と返した。
「とにかくお前らは全力で合流場所に向かえ!」
 ヘカトンケイルこいつの移動力なら追い付ける、とだけ言い、鏡介は多脚戦車に向かって滑るように移動を始めた。
 先頭の多脚戦車が近づいてきた鏡介に向かって機関砲を発砲、それを軽く躱したコマンドギアがそのまま跳躍、多脚戦車に取り付く。
 すぐさま多脚戦車の胴体部分、恐らくは操縦区画だろう部分に二〇mm機関砲を向けて発砲する。
 鏡介の視界の残弾表示が目まぐるしく回転し、その数を減らしていく。
 とはいえ全弾打ち切ることもなく、鏡介は再び跳躍して地面に降りた。
 操縦区画だけでなく動力部も撃ち抜いたか、多脚戦車が爆発する。
 小石や破片を撒き散らしながら爆風がコマンドギアに襲い掛かる。
 だが、その破片混じりの爆風はコマンドギアに到達する直前に周囲に展開された幾何学模様を描いた青い光の壁に阻まれる。実際には光の壁はホログラフィックで立体投影された見せかけで爆風や破片を止めたのは左肩から放出されている反作用エネルギーウェーブなのだが。
「ひとつ!」
 鏡介が叫び、散開して自分を取り囲もうとする四機の多脚戦車の一つに目を向ける。
(……辰弥が倒したターゲットを数える気持ちが分かった気がする……)
 a.n.g.e.l.のアシストがあったとはいえあっさりと多脚戦車の一機を撃破できたことに少し心の余裕ができたのか。
 悠長にもそんなことを考えながら、鏡介はa.n.g.e.l.に次の指示を出した。
「次はあいつだ。できるか?」
『お任せください』
 鏡介の視界で一機の多脚戦車が【ターゲットTGT】の文字と共に強調表示され、ロックオン。
 二〇mm機関砲が唸りを上げ、放たれた弾丸が多脚戦車に襲い掛かる。
 が、多脚戦車も多脚戦車ゆえのジャンプでそれを回避、一度着地してから鏡介に向かって再度跳躍する。
「なんの!」
 跳躍した多脚戦車に向け、ミサイルランチャーのミサイルを発射。
 跳躍中で方向転換できない多脚戦車にはミサイルは一発で充分だろうと踏んでの発射だったが、その判断は間違っていなかったようで、赤外線誘導のミサイルはそのまま多脚戦車に直撃、爆発した。
「ふたつ!」
 視界の【TGT】表示が【撃破KILL】に切り替わったことを確認し、鏡介が叫ぶ。
 残り三機の多脚戦車が同時にコマンドギアに向けて機関砲を発砲するがそれは回避運動とホログラフィックバリアで被弾を免れながら、鏡介は次の多脚戦車に狙いを定めた。

 

「や、やべえ……」
 後方から聞こえてくる爆発音に日翔がぼやく。
 それから一度後ろを振り返り、後部座席で蹲るように座る辰弥に声をかける。
「辰弥、大丈夫か?」
「……うん」
 少々ぐったりした様子は見せているが、辰弥は大丈夫だと頷いてみせた。
「なんならその血飲んどけ。気にすんな、俺は気にしない」
 輸血以外でも補充できるんだろ? だったらやっとけと言う日翔に辰弥が弱々しく首を振る。
「いや、俺は血を飲むの好きじゃない」
「そんなこと言ってる場合か、飲んどけって」
 後で何があるか分からないし、お前も早く万全の状態になった方がいい、と日翔が言うがそれでも辰弥は脇に置かれた輸血パックを手に取ろうとしない。
 これが運転中でなければ無理にでも飲ませたんだが、と思いつつ、日翔は小さくため息を吐いた。
 ――だから辰弥が吸血殺人を犯すわけがないってか。
 先ほど聞こえた大きな爆発音は二つ。
 鏡介の話によると多脚戦車は五機追跡にあたっているらしいので残りは三機かなどと思いつつ、日翔はハンドルを握り直した。
 目的地となる合流場所はこの林を抜けたところにある岬。
 先ほど施設を脱出した、という連絡は入れているため向こうももう動いているはず。
 合流地点に到着するまでに鏡介が全部ぶちのめしてくれればいいが、と考える。
 コマンドギアあの機械は下手をすれば一機で追いかけてきた多脚戦車を圧倒できる性能を持っている、そんな気がして、大丈夫だな、と日翔は呟いた。
 あとは追手を撒いて合流地点に向かうだけ。
 辰弥がまだ思うように動けない今、もしこの車に追いついてくるものがいたら迎撃できるのは日翔一人ではあるが今の状態なら鏡介一人で対応できるだろう。
 とにかく急ごう、と日翔はアクセルを踏む足に力を入れた。

 

 コマンドギアを取り囲む三機の多脚戦車のうち一機、それも鏡介からやや死角に位置取りしたものが主砲を発射する。
 表示されるアラートに即座にその方へ振り向こうとするがそれよりも砲弾の飛来スピードの方が速い。
 だが、ホログラフィックバリアのセンサーが砲弾の飛来を検知、鏡介が対応するよりも早く反作用エネルギーウェーブが砲弾を受け止め、その運動エネルギーを減衰させる。
 推力を失ってポトリと落ちる砲弾を受け止め、鏡介は主砲を発射した多脚戦車にそれを投げ返した。
「あれを撃て!」
 咄嗟に鏡介が叫ぶ。
 その、あまりにもあいまいな指示をもa.n.g.e.l.は的確に把握する。
『承知しました』
 同時に、AWSが起動し二〇mm機関砲が鏡介によって投げ返された砲弾を捕える。
 機関砲の弾を受けた砲弾は爆発し、煙が多脚戦車の視界を遮った。

 

「なっ!」
 多脚戦車の操縦手は驚きの声を上げた。
 いくら相手があのトクヨンのナンバーツー、ウォーラスのコマンドギアを奪取したとはいえ使いこなせるはずがない、そう思っていた。
 あのHASHによるGNSへのダメージは大きく、動けるようになったものの音声を聞き取れるほどの聴覚は戻っておらず、専らGNSによる通信のみで味方機と連携をとっている。
 そのハンデがあるものの、相手は予想以上にコマンドギアを使いこなしていた。
 気が付けば友軍機は二機撃破され、相手は今こちらを狙っている。
 つい先ほどまでは死角に入ったと思い主砲を撃ったがそれをホログラフィックバリアで無効化し、あまつさえ砲弾を投げ返すという行動に出た。
 その直後の砲弾の爆発である。
 視界が遮られ、咄嗟にレーダーに視線を投げる。
 まだチカチカする目でレーダーを見ると至近距離での砲弾の爆発により一瞬の電波妨害状態となったのかレーダー画面の映像が乱れている。
《前だ! 回避しろ!》
 車長の声がGNSで届く。
 その声があまりにも怯えたもので、操縦手は思わずレーダーから視線を上げた。
 目の前の煙幕を突き破り、コマンドギアが突進してくる。
 その腕に装着された二〇mm機関砲の砲口がまっすぐこちらに向いている。
「クソッ、こんなところでただでやられるか!」
 車長が叫ぶ。
「ミサイル発射! ロックオンせずに強制リリース!」
 砲手がミサイルランチャーを操作するレバーの引き金を引き続けることでミサイルを強制的にリリース、ランチャー内の全てのミサイルが発射される。
 無誘導ではあったがミサイルは目の前のコマンドギアに向かって飛翔、直撃するかと思われた直前でホログラフィックバリアによって阻まれる。
 そこから先の周囲の動きはスローモーションのようにクルー達の視界に映る。
 ホログラフィックバリアに防がれたミサイルはそれでもなお推進力を発揮し続け、空中で震えるように振動し続け、やがて推進力を生み出す炎が消え、ミサイルが落下を始める。
 それと並行して、二〇mm機関砲の砲口が操縦区画に向けられ、発射炎をあげて弾丸を吐き出し始める。
 直後、多脚戦車の装甲をいともたやすく撃ち抜いた弾丸は各種計器を打ち砕き、そしてクルー達をも吹き飛ばした。
「だが……あとはあと二機がやってくれる……」
 しかし、それでも車長は満足げだった。ミサイルは当たらなかったのではない。当てなかったのだ。あとは残った味方がその意図を汲んでくれるはずだった。

 

「みっつ!」
 爆発する多脚戦車からジャンプで離れ、鏡介が叫ぶ。
『警告、ホログラフィックバリアのエネルギープールが急速に減少。ツリガネソウからの電磁波給電を有効アクティブにするか、以降の攻撃は可能な限り回避して下さい』
 ホログラフィックバリアは反作用エネルギーウェーブを対象にぶつけて運動エネルギーを奪う事で攻撃を防ぐ装備。そのため、推進力を自ら生み出し続ける攻撃を防ぐには多くのエネルギーを消費する。
 ホログラフィックバリアを生み出すジェネレータにも瞬間的に供給できるエネルギー量には限りがあるため、ミサイルを防ぐために多くのエネルギーを消費してしまい、ホログラフィックバリアを維持するためのエネルギーが不足しつつある状態になりかけていた。
「急いで決着をつけるぞ」
 着地と同時に旋回し、四機目の多脚戦車に狙いを定める。
 が、ここで残された二機の多脚戦車はこのままではいけないと判断したのか。
 ようやく連携の取れた動きでコマンドギアを挟撃しようとする。
(あいつら、やっと調子が戻ってきたってところか)
 そもそも施設内の全員をHASHで黙らせたのである。
 この五機の多脚戦車の乗員も例に漏れていないはず。
 辛うじて動けるようになった体に鞭打って出撃し、追撃しているのであれば理解できる。
 今までは本調子でなかった、と。
 あの三機の撃破はビギナーズラックと呼ぶべきか。
 二機の多脚戦車はコマンドギアを前後に挟むように位置取りし、同時に主砲ではなく機関砲を撃ち始める。
 全方位ホログラフィックバリアのおかげで弾は全て推進力を奪われ、地面に落ちる。
 しかし、ホログラフィックバリアのジェネレータに残されたエネルギーは残りわずか。
「あいつら、こっちのエネルギープールが少ないことを見越して消耗させる気か!」
 先ほどの多脚戦車のミサイルを、こちらの攻撃優先で受けたため既にかなりのエネルギーを消耗している。
 これ以上攻撃を受けてはいけない。
『警告、ホログラフィックバリアのエネルギープールが尽きます。ツリガネソウからの電磁波給電を有効アクティブにするか、攻撃を回避して下さい』
 a.n.g.e.l.の言葉と共に、鏡介の視界にも警告が表示される。
「チィ!」
 舌打ちをして、鏡介は咄嗟に右に跳んだ。
「あと一秒保たせろ。右腕の火器管制システム及び動力支援をカットしてバリアの――」
『承知しました。右腕への電力供給をホログラフィックバリアエネルギープールにバイパス』
 素早い鏡介の判断とa.n.g.e.l.の実行力により、ホログラフィックバリアが辛うじて持ちこたえ、コマンドギア本体には一発も当たることなく射線から外れる。
『警告、ホログラフィックバリアのエネルギープールが尽きました。ジェネレータをエネルギープール回復モードに移行。エネルギープールが充分に回復するまで、ホログラフィックバリアは使用できません。エネルギープールの最低限回復まであと六十秒』
 ジェネレータがチャージモードに入り、ゲージが少しずつ回復していくのが見える。
「緊急ブースター起動!」
『緊急ブースター起動』
 上空に跳んだ鏡介はそのままコマンドギアの背面に装着されたブースターを起動し、強引に空中に滞空したまま、即座に自分の前面に立ちふさがっていた多脚戦車に狙いを付けた。
「リロード頼む!」
『承知しました』
 a.n.g.e.l.の返答と共に、コマンドギアの肩甲骨のあたりから生えるサブアームがウエストラックに装着された、ガンベルトを収納した予備弾倉を取り外し、二〇mm機関砲のリロードを行う。
 弾倉が取り付けられ、装填が完了したところで鏡介は目の前にいた多脚戦車に右肩を向け、腕を開くように身体をひねって左腕を、そこに取り付けられた機関砲をコマンドギアの背面を取ろうとしていたもう一機の多脚戦車に向けた。
 身体をひねる直前に、右手側の多脚戦車はロックオン済み。
 右肩のミサイルランチャーからミサイルが、左腕の二〇mm機関砲からは砲弾が、それぞれ飛び出して左右の多脚戦車に向かって飛翔する。
 左側の多脚戦車がコマンドギアの動きに対応できず、また、装甲の弱い上方向からの攻撃の前に装甲も耐えられず、二〇mm機関砲の餌食となる。
「よっつ!」
 鏡介が叫ぶが、右側の多脚戦車はミサイルに即座に反応できたようで、機関砲で弾幕を張り、コマンドギアが放ったミサイルを撃ち落とす。
 だが、それを見越していた鏡介は既に右腕の二〇mm機関砲も多脚戦車に向けていた。
 レーダーで多脚戦車の位置は確認済み、二〇mm機関砲から放たれた砲弾がミサイルの爆炎を突き破り、急降下しながら多脚戦車の装甲を穿つ。
 砲弾はさらに動力部も撃ち抜き、先ほどの多脚戦車に遅れること十秒、最後の多脚戦車も爆発した。
「ラスト!」
 鏡介が高らかに叫ぶ。
 追手はこれで最後か。
 しかし、まだ油断してはならない。
 相手はトクヨン、たった一機のコマンドギアが五機の多脚戦車を撃破したということでさらに増援を送り込むかもしれない。
「引き続き警戒を頼む」
『承知しました。巡航モードに切り替えます』
 a.n.g.e.l.がそう返答し、鏡介は少し先に行った日翔たちを追いかけ移動を始めた。
『上空に大型建造物の反応あり。画像認識によるデータベース照合一致。カグラ・コントラクター特殊第四部隊旗艦「ツリガネソウ」です』
 咄嗟に鏡介が視線を上空に向ける。
 鬱蒼と茂った木々に邪魔されはっきりとは見えないが、はるか上空にカグラ・コントラクターの空中空母らしき大型建造物の影が見える。
「クソ、追い付いてきたか!」
 忌々しそうに鏡介が声を上げる。
 まさか「ツリガネソウ」直々に攻撃してくるとは思えないが何らかの戦力を投下してくるはず。
 二〇mm機関砲の残弾数とホログラフィックバリアのエネルギープールの残量を確認し、鏡介は前方に見える日翔たちの車を追った。

 

「なんですって!?!?
 施設襲撃及び施設内職員全員の無力化、さらに万一に備え辰弥エルステの元に残してきたウォーラスとツヴァイテが無力化された上にコマンドギアまで奪取され、追撃に当たった五機の多脚戦車も撃破されたという立て続けの報告に久遠が思わず声を上げる。
 ここは高度数千メートルを巡航中の特殊第四部隊旗艦「ツリガネソウ」。
 先にエルステの受け入れ準備のために「ツリガネソウ」に帰還していた久遠は自分不在のタイミングで発生したその事態に思わず額に手を当てた。
「……舐めてたわ……あのハッカーの子、なかなかやるじゃない」
 そう、悔しそうに呟いた久遠は頭を上げて「ツリガネソウ」のオペレータに声をかける。
「向こうがヘカトンケイルを使ってるなら中途半端な戦力では押し切られるわ。対コマンドギアCG装備のヘカトンケイル部隊を出撃させなさい。a.n.g.e.l.のサポートがあると言っても所詮素人、三機もあれば無力化くらいできるでしょう。私も出るわ。何としても確保するのよ」
 そう言って、久遠も身を翻しカタパルトに向かった。
 一度は額に手を当て唸ったものの、それでもどこか楽しそうな久遠の様子に、オペレータは「了解しました」とだけ返答し、ヘカトンケイル部隊に出撃の命令を下す。
 出撃の命令を受けた装着者が格納庫ハンガーに駆けつけ、鏡介が奪取したと同じコマンドギア「ヘカトンケイル」を装着する。
 装備オプションは対コマンドギア装備。
 鏡介の対装甲装備と違い、コマンドギアを相手するのに特化した取り回しのいい武装。
「なるべく生かして確保したいけど貴方達に死ねとは言えない。抵抗次第では殺害も許可するわ」
 久遠のその言葉に隊員が「了解コピー」と返答し、カタパルトに駐機してある音速輸送機に向かう。
 ヘカトンケイルを音速輸送機が懸下し、カタパルトから出撃していく。
「まぁ、死ななければ何とでもなるから手足の一本や二本は諦めてもらうわよ……」
 出撃したヘカトンケイル部隊を見届け、久遠も義体兵降下ポッドに入った。

 

to be continued……

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ばにしんぐ☆ぽいんと 第10章 「もしも☆ぽいんと」

 


 

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この作品を読んだみなさんにお勧めの作品

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 本作と同じく惑星「アカシア」を舞台とする作品です。
地球からアカシアに迷い込んだ特殊な能力を持つ女性の物語です。

 

  世界樹の妖精
 本作と同じ作者、蒼井刹那による作品です。
 オーグギアと呼ばれるARデバイスが普及した世界で、世界樹と呼ばれるメガサーバを守るカウンターハッカーである主人公の匠海が、「妖精」と呼ばれるAIを巡る戦いに巻き込まれる物語です。

 

  常に死亡フラグ~Desperately Harbinger~
 本作はガンアクションが何度か出てきます。
 そんなミリタリーな要素が気に入ったあなたにはこの作品がお勧め。
 研究所から逃げ出したらしい少女を助けた空軍パイロットの物語です。

 

 そして、これ以外にもこの作品と繋がりを持つ作品はあります。
 是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。

 


 

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