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Vanishing Point 第12

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 惑星「アカシア」桜花国おうかこく上町府うえまちふのとある街。
 そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の三人は暗殺連盟アライアンスから依頼を受けて各種仕事をこなしていた。
 ある日、辰弥たつやは自宅マンションのエントランスで白い少女を拾い、「雪啼せつな」と名付けて一時的に保護することになる。
 依頼を受けては完遂していく三人。しかし巨大複合企業メガコープの抗争に巻き込まれ、報復の危機を覚えることになる。
 警戒はしつつも、雪啼とエターナルスタジオ桜花ESO遊びに出かけたりはしていたが、日翔あきと筋萎縮性側索硬化症ALSだということを知ってしまい、辰弥は彼の今後の対応を考えることになる。
 その後に受けた依頼で辰弥が電脳狂人フェアリュクター後れを取り、直前に潜入先の企業を買収したカグラ・コントラクター特殊第四部隊の介入を利用して離脱するものの、御神楽みかぐら財閥の介入に驚きと疑念を隠せない三人。
 まずいところに喧嘩を売ったと思うもののそれでも依頼を断ることもできず、三人は「サイバボーン・テクノロジー」からの要人護衛の依頼を受けることになる。
 しかし、その要人とは鏡介きょうすけが幼いころに姿を消した彼の母親、真奈美まなみ
 最終日に襲撃に遭い鏡介が撃たれるものの護衛対象を守り切った三人は鏡介が内臓を義体化していたことから彼の過去を知ることになる。
 帰宅してから反省会を行い、辰弥が武器を持ち込んだことについて言及されたタイミングで、御神楽 久遠くおんが部屋に踏み込んでくる。
 「それは貴方がLEBレブだからでしょう――『ノイン』」、その言葉に反論できない辰弥。
生物兵器LEBだった。
 確保するという久遠に対し、逃走する辰弥。
 それでも圧倒的な彼女の戦闘能力を上回ることができず、辰弥は拘束されてしまう。
 拘束された辰弥を「ノイン」として調べる特殊第四部隊トクヨン。しかし、「ノイン」を確保したにもかかわらず発生する吸血殺人事件。
 連絡を受けた久遠は改めて辰弥を調べる。
 その結果、判明したのは辰弥は「ノイン」ではなく、四年前の襲撃で逃げ延びた「第1号エルステ」であるということだった。
 「一般人に戻る道もある」と提示する久遠。しかし、日翔たちの元に戻りたい辰弥にはその選択を選ぶことはできなかった。
 辰弥が造り出された生物兵器と知った日翔と鏡介。しかし二人は辰弥をトクヨンの手から取り戻すことを決意する。
 IoLイオルに密航、辰弥が捕らえられている施設に侵入するし、激しい戦闘の末奪還に成功する日翔と鏡介。
 鏡介はトクヨンの兵器「コマンドギア」を強奪し、追撃を迎撃するが久遠の攻撃とリミッター解除の負荷により右腕と左脚を失ってしまう。
 それでも追撃を振り切り、迎えの潜水艦に乗った三人は桜花へ帰国、そこで雪啼が「ワタナベ」はじめとする各メガコープに包囲されていることを知る。

 

12章 「Arrival Point -到達点-」

 

辰弥たつや、お前、本当にいいのか?」
 歩き出した辰弥を追いかけるように歩きながら日翔あきとが尋ねる。
「何を」
 そう言う辰弥の口調は「何を迷う必要がある?」と言わんばかりに迷いがなく、逆に日翔が狼狽えてしまう。
「いや、だから――お前はいいのかよ、さっきの言葉、お前、雪啼せつなを止められなかった場合自分で同類を殺すってことだろ、そんなの……」
「迷ってる時間はない。雪啼は吸血殺人を起こしているし雪啼を狙って『ワタナベ』も動いてる。『ワタナベ』に渡すわけには行かないし吸血殺人も止めなきゃならない。俺たちが雪啼を確保しない限り、被害は大きくなる」
「それはそうだが……」
 どうしてそんなに迷わずにいられる、と日翔は心の中で辰弥に問いかけた。
 雪啼は辰弥と同じLEBレブだ。
 桜花へ向かう潜水艦の中で聞いた話では別にLEB同士での嫌悪もなく、特殊第四部隊トクヨンにはLEBで編成された部隊もあるという。
 それに雪啼はこの数環辰弥と共に暮らしていた。
 その様子は明らかに親子の関係で、情がわいているのではないかと思わせるほどだった。
 それなのに辰弥はほとんど迷うこともなく「止められないなら俺が殺す」と宣言した。
 一体何が辰弥をここまで駆り立てるのか。
 そして、「雪啼が俺を探している」と言った根拠は何なのか。
 辰弥に問いただしたいが、すんなり答えてもらえそうになく日翔が口ごもる。
「流石に、無差別に吸血殺人を起こすLEBはもうそのままでは置いとけない。どこかの巨大複合企業メガコープが確保してももみ消すにはことが大きすぎる」
 日翔の方を見ることなく、辰弥はそう言った。
 その言葉に、日翔がはっとする。
 辰弥を救出したあの時、現場にいたLEBの女から輸血パックは奪った。
 しかし、辰弥はギリギリまでその血を飲まなかった。
 恐らく鏡介の件がなければ最後まで飲まなかっただろう。
 その理由が、多分。
「……雪啼が、血の味を覚えて無差別に人を襲うと?」
「いや、そんなことはないよ。確かに吸血衝動がないとは言わないけど血の味を覚えて無差別に人を襲うとなったらそれは兵器として欠陥品だ」
「それは――」
 「血の味を覚えて人を襲うようになるからか」と推測した日翔だったが、辰弥の答えは意外にもノーだった。
 「兵器として欠陥品」、その言葉の意味がよく分からずどういうことだ、と考える。
 血を吸収して弾薬にできるのなら、倒した敵から吸血してそのまま戦闘を続行すればいいだけである。それなのに欠陥品とは。
「……無差別、ってどういうことか分かってる? 敵味方関係なくだよ? しかも手近な人間から襲うだろうから味方の方が被害が大きくなる」
 そんな、味方がどんどん殺される兵器なんて欲しくないよね? と確認してくる辰弥に日翔は漸く理解した。
 敵だけを襲うなら吸血衝動も血の味を覚えるもあっていいだろう。
 それが制御できないから、血の味を覚えて人間を襲うようには設計されていない、ということか。
 流石に吸血衝動だけは血液が足りなくなった際の生存本能として必要だろうが血の味を覚えさせる必要はないのだろう。
「じゃあ、雪啼が今人を襲ってるのは」
 血の味を覚えたわけでもないのに吸血を続ける雪啼の動機が分からない。
 日翔はてっきり血の味を覚えたと思い込んでいたが、別の理由があるというのか。
「俺と雪啼は製造ロットが違う。俺には造血機能が残ってるけど雪啼のロットは遺伝子の調整段階で造血機能に欠陥を持って生まれてきた。自分で血を作れないから輸血に頼るしかないし輸血もできないなら吸血するしかない」
「つまり、雪啼は今ひどい貧血状態だってことか?」
 日翔の問いに、辰弥がうん、と頷く。
「吸血でも血は補充できるんだけど、そのスピードは輸血するより遅い。満足できるレベルまで回復するには相当数の人間の血が必要だと思う」
 一定量飲んで休憩すれば回復するんだけど、と続けてから辰弥はさらに言葉を続けた。
「正直、俺も血が足りなくなると衝動的に血が飲みたくなる。だけど制御できるから吸血はしないしある程度飲みさえすれば満足できる。だけど雪啼はまだ子供だからそんなの制御できるわけがない。満足するまで飲み続けてそれから食べすぎの状態になるんじゃないかな」
 人間の食事と同じだよ、と辰弥が説明する。
 満腹中枢が満足感を覚えるにはタイムラグがある。
 それと同じように雪啼も吸血しすぎているのにまだそれに気づけていないのだ、と。
「なるほど。もう、今は満足するためだけに吸血衝動に身を任せてるってことか」
「そういうこと。正直なところ、雪啼がLEBだと確信するまでは吸血殺人の犯人だとも思ってなかったけど」
 まぁ、一時期は俺が吸血殺人の犯人じゃないかって自分を疑ったこともあるけどねと続けつつ、そこで初めて振り返って日翔を見た。
「ここから先は俺と雪啼の問題だ。君には『介入しない』という選択肢もある」
 これ以上は巻き込みたくない、そんなことを言いつつ辰弥は日翔の目を見た。
 深紅の瞳が真っ直ぐ日翔を見据える。
「俺は……」
 迷いを隠せずに日翔が呟く。
 このまま辰弥を行かせていいのか。
 確かに辰弥は「原初」のLEBエルステであり、彼の言葉が本当なら雪啼は彼を探している。
 うまくいけば「ワタナベ」の包囲網すら出し抜けるかもしれない。
 ある意味、雪啼ノイン確保のための切り札を握っているのが「グリム・リーパー」である。
 しかし、その切り札であるエルステ辰弥を囮に使うことは日翔としては避けたかった。
 何か嫌な予感がする、その嫌な予感が何かは分からない。
 それでも辰弥を一人で行かせてはいけない、そう思う。
 それなら自分も同行すべきだ、と思うが「雪啼を殺す」という選択肢を辰弥が選択していることに抵抗を覚えてしまう。
 他に道はないのか、それこそ雪啼をカグラ・コントラクターカグコンに引き渡せば、と考えてから日翔は内心首を振った。
 辰弥雪啼を引き離すのか? そんな考えが脳裏を過ぎる。
 それに、雪啼をカグラ・コントラクターに引き渡したとしてそれは雪啼のためなのか? そう考えてしまう。
 できれば二人を引き離したくない。できれば辰弥の手で殺させたくない。
 そう考えてから、日翔はぶんぶんと首を振った。
「ああ、何考えてんだ俺は! 考えるのは苦手なはずだろ!」
 そう、声を荒らげて辰弥を見返す。
「俺も行くぜ。お前一人に背負わせたくない」
「日翔……」
 日翔の言葉に、辰弥が彼の名を呼ぶ。
 その眼に、ほんの少しだけ迷いが見える。
「雪啼がLEBだろうが知るかよ。俺は雪啼を連れ戻す。お前に殺させもしない」
「だけど、もう手遅れかもしれないんだよ?」
 仮に連れ戻せたとしても俺たちでは話をもみ消すことすらできない、そんな辰弥の不安に日翔はさらに「知るかよ」と答える。
「んなもん、暗殺連盟アライアンス山手組やまのてぐみに丸投げしろよ。少なくとも俺は、お前に雪啼を殺させない」
 だから俺も行く、と続ける日翔。
 辰弥が一瞬、呆気に取られたようだがすぐにふっと笑う。
「正直なところ、君が来てくれるなら心強いよ。最悪の結果にはならないかもしれない」
「なら決まりだな」
 そう言って日翔が辰弥の肩を叩く。
「じゃ、行こうか。だがお前はともかく俺は丸腰だ、武器くらい欲しい」
 とりあえず姉崎あねさきに手配してもらうか、と日翔が呟くと、その後ろから、
「そうなるだろうと思って姉崎には連絡済みだ。『白雪姫スノウホワイト』で受け取れるように頼んである」
 鏡介きょうすけが二人に声をかけた。
「早っ!」
 根回し早いなと日翔が声を上げる。
「お前とは何年の付き合いだと思ってるんだ。辰弥、お前には追加で輸血パックも手配した。飲みたくないだろうが必要に応じて飲んでくれ」
 そう言いながら鏡介は日翔からケースをもぎ取り、ちょうどいいタイミングで近づいてきたタクシーに向かい始めた。
「俺はこんな身体だ、ついて行っても足手纏いになるだけだ。義体メカニックサイ・ドックのところへ行ってくる。勿論、辰弥のGNS経由で後方支援はするから安心しろ」
 そんなことを言いながら鏡介はケースともう一つの包み――冷凍保存されていた自分の左脚を抱えてタクシーに乗り込む。
 その一連の流れがあまりにも自然すぎて何も言えず見送ってしまった辰弥と日翔が、タクシーが走り去ってから顔を見合わせる。
「……なんか、あっさり行ったな」
「……うん」
 ていうか、あいつ、左脚抱えてたよな。あのままタクシーに乗って大丈夫だったん? と日翔が不安そうに呟く。
「……まぁ、義体メカニックサイ・ドックなら義体に変えた時に元の生身部分は捨ててるだろうから……それに紛れ込ませるんじゃない?」
「だといいが……」
《おい、左脚は後で火葬場に持っていく。流石に義体メカニックサイ・ドックだって自分の住まいで火葬なんかしたくないだろうが》
 辰弥と日翔の会話が筒抜けだったのか、タクシーに乗っている鏡介から補足が入る。
「ていうか、なんで左脚持ってきてんだよ」
 ふと思った疑問。
 「シンギング・ドルフィン」の潜水艦で切断したわけだから向こうで処分してくれると思っていただけに「どうして」という思いが先に立つ。
 日翔のその考えは鏡介も同じだったようで、ため息交じりに説明してくる。
《自分の脚くらい自分でちゃんと処分しろと言われてな。昔なら船で死人が出たりしたら水葬していたらしいが今は艦内据付の遺体用冷凍庫保管で上陸の際に引き上げての葬儀が主流だとさ。俺の脚もめでたくその仲間入りだよ。ってか向こうも脚と一緒に船旅は嫌だろう》
「それは確かに」
 辰弥が納得したように頷く。
 流石にタクシーに切断した脚を持ち込むのはいかがしたものか、という思いがなくもないがこれはこの際仕方ないだろう。
 タクシーの運転手に向かって心の中で手を合わせ、辰弥は改めて日翔を見た。
「とりあえず、『白雪姫』に急ごう」
「ああ、そうだな」
 頷き合い、辰弥と日翔が走り出す――と、そこへ一台の車が滑り込むように割り込んでくる。
鎖神さがみくん、日翔くんおかえり! 迎えに来たわよ!」
 車に乗っていたのはなぎさだった。
「うぇ、『イヴ』!?!?
 どうしてここが、と声を上げる日翔。
 それに対して渚は「話は車の中で」と二人を急かす。
「とにかく乗って! 急いでるんでしょ?」
 渚の言葉に二人が慌てて車に乗り込む。
「飛ばすわよ! しっかり掴まってて!」
 二人が乗り込むのを確認し、渚がアクセルを踏み込む。
山崎やまざきさんからあなたたちが帰ってきたって連絡受けて、さらに水城みずきくんから二人が『ワタナベ』の包囲網に突っ込むから武器と輸血パックの準備を頼むってわたしとあかねちゃんに連絡が来てね。茜ちゃんには『白雪姫』に武器を持っていってもらって、わたしは輸血パックと一緒に迎えに来たわけよ」
 ハンドルを切りながら渚が説明する。
「あと鎖神くん、あなたには新兵器を用意したわ」
「新兵器?」
 思いもよらぬ渚の言葉を辰弥が繰り返す。
 ええ、新兵器と頷き、渚は助手席に置いていたバックパック型の保冷バッグを手に取り辰弥に渡した。
「一緒に入れてるから確認して。輸血パックはとりあえず十単位かき集めてきたわよ」
 手渡された保冷バッグの重さに辰弥が目を見張る。
「こんなに……」
「緊急事態でしょ、足りなくなるより余らせた方がいいじゃない」
 そう言われながらも辰弥が保冷バッグを開ける。
 その中に収納された十本の輸血パックと何やら機械が収められたらしいケース。
 これが新兵器か、と辰弥はケースを開けた。
 中には本体・カフ一体型の携帯血圧計のような、腕に巻くタイプの機械が収められていた。
「これは?」
 機械を見ながら辰弥が尋ねる。
「携帯型の急速輸血装置よ。急速輸血が必要な状況で、でも搬送が間に合わない時に使うもの。それを使えば三分で二〇〇ml一単位の輸血が可能よ」
 なるほど、と辰弥が中に入っていたマニュアルを手に取る。
 使い方としては輸血パックをセットして腕に装着すれば自動的に静脈を探し当て穿刺、輸血を自動で行ってくれるものらしい。
 「安静に」という指示はあるが脱着の時間も考慮して約五分あれば輸血ができる、そう考えると経口摂取よりはるかに効率がいい。
「まぁ、戦闘中に血が足りなくなったら飲むしかないのでしょうけどもし時間があるなら使って。高い機械なんだから、壊さないでよ」
「ありがとう、活用させてもらうよ」
 辰弥が保冷バッグを脇に置くと、彼のGNS経由で会話を聞いていた鏡介が何やらふむ、と呟く。
《そういえばあの施設でLEBの女と交戦したが、こんな感じの機械を腕に付けていたな……まさか同じとは思わんがあれか、特殊第四部隊トクヨンはLEBの継戦能力を上げるために常に輸血できるような装備を開発しているのかもしれないな》
「戦闘中も輸血が続けられる装備ってこと?」
 辰弥が、二人が救出に来た時倒れていたツヴァイテの姿を思い出した。
 確かに左腕にゴツめの腕輪のような機械を付けていたような気がする。
 なるほど、常に輸血ができて戦闘も可能な装備か、と辰弥は呟いた。
 確かに通常の点滴も多少の動きでも血管を傷つけないように柔らかい素材の針が使用されている。
 激しい動きをするならさらに柔軟性の高い素材でできた針を使用する必要はあるだろうが動きならも輸血ができるなら経口摂取よりも効率よく血液を補充することができる。
 それに――
八谷やたに、アライアンスのエンジニアと協力して装備開発できないかな」
 ふと思い立って、辰弥が渚に提案する。
 彼の発言に渚もなるほど、と頷き、通信先の鏡介もそうだな、と相槌を打つ。
《激しい動きにも耐えられる輸血用の針の開発と速度可変の輸血装置、ただそれだけでは一単位打ち切りになるから輸血パックの交換もできるといいな、というかあいつは予備の輸血パックを持っていたから多分カートリッジのように交換できるようになっているのだろう。確かにそれがあれば辰弥の貧血はかなり防げるし戦闘も有利に進められるはずだ》
「結局、辰弥も戦わせる前提なのかよ」
 辰弥が殺しの道を歩み続けることにまだ抵抗がある日翔が思わず口を挟む。
 日翔の言葉に辰弥がちら、と彼を見る。
「俺は今自分ができることをやりたいと思ってるしこれからもそうだと思ってる。日翔は気にしないで」
「それは――」
 戦い続ける辰弥が不幸であるはず、と考えてしまうのは自分のエゴだとは潜水艦にいた時にも鏡介にさんざん言われたから分かっている。
 それでも、足を洗ってもらいたい、そう思ってしまう。
 それを辰弥も分かっていたから「俺が選んだ道を否定しないで」とは言わなかった。
 その代わり、日翔のスカジャンの裾を掴む。
「日翔、」
 辰弥の声に迷いはない。
「君には悪いけど、俺は後悔してないから」
「辰弥……」
 「本当にそれでいいのか」すら言えない。
 日翔が何かを言おうと口を開きかけるがすぐに口を閉じる。
 ほんの少しの沈黙、それから日翔は思い切ったように口を開いた。
「それがお前の選択なら仕方ないな。可能な限りはサポートするから俺を頼れ」
 日翔の言葉に、辰弥が頷いた。
「ありがとう。こんな俺に付き合ってくれて」
 気にすんな、と日翔が応える。
《『イヴ』、とにかく装備の開発の件は頼んだ。プログラムが必要なら俺も協力する》
 辰弥と日翔の会話を遮るように鏡介が割り込む。
 了解、と渚が頷いた。
「任せて。それから日翔くん? ちょっと変わったんじゃない?」
 前なら鎖神君が何を言っても折れなかったんじゃないかしら、と続けながら渚が車を「白雪姫」の裏口に横づける。
「あ、鎖神君、天辻あまつじ君、待ってたわ!」
 「白雪姫」の裏口から渚がキャリングバッグを重そうに抱えながら出てくる。
「姉崎、助かった!」
 車から降りた辰弥と日翔が茜に駆け寄り、キャリングバッグを受け取る。
 中からそれぞれ装備を取り出し身に付ける。
 PBWTWE P87を肩に掛ける前に保冷バッグを背負い、辰弥は渚を見た。
「ん? どうしたの鎖神くん」
 不思議そうに渚が辰弥を見て、それから意味ありげに笑う。
「言いたいことがあるなら言っておきなさい。最後になるかもしれないでしょ」
「そうだね……。それなら、一つだけ」
 そう言って、辰弥がふぅ、と一息吐く。
 桜花に戻ってきて、「ワタナベ」の包囲網の話を聞かされてからもずっと感じていた疑問。
 渚はいい、はじめからすべてを知った上で付き合ってくれている。
 しかし日翔も鏡介も、アライアンスの誰もが今回のことで全てを知ったのだ。
 それでも全てが明らかになる前と変わらず接してくれている。
 それが辰弥には不思議だった。
 どうして。何故、誰も俺を拒絶しない、と辰弥はそれが不思議で、誰かに聞きたいと思っていた。
 実は誰もが気持ち悪いと思っている、今はただ緊急事態だから協力しているだけだ、そう言われるのが怖くて聞けなかった疑問。
 しかし「最後になるかもしれない」と思ったら逆に質問しないことが怖くなってきた。
「なんで暗殺連盟アライアンスが俺に好意的なの? 俺が人間じゃないってことはもうみんな知ってるはず。気持ち悪いんじゃないの?」
 思い切って、辰弥が質問する。
 あら、と渚が笑った。
「そんなこと気にしてたの? あなたが人間かそうでないかなんて誰も気にしてないわよ。どうせアライアンスは訳アリの集まりよ。義体だって当たり前だし人間じゃないってのもあまり変わらないわ。っても勿論『気持ち悪い』って思ってる人もいるとは思うけど、別にあなたも全員に受け入れられたいわけじゃないでしょ?」
 それはそうだ。
 別に、全員に受け入れてもらいたいと思っているわけではない。
 渚の答えを聞いて、辰弥はそうか、と呟いた。
 自分は周りの目を気にしすぎているだけなんだ、と。
 この社会、誰も他人のことなど深く考えない。
 自分は自分、他人は他人で割り切っている。
 その、隣にいる人物が人間かそうでないかは問題ではないのだ。
 少なくとも、危害を与えられない限りは。
 だからアライアンスの人間の多くも「自分に危害が加えられないなら別に気にしない」というスタンスなのだろう。
 もちろん、意識してしまって「人間でないなら何されるか分からない」と避けたくなる人物もいるだろう。
 だが、それをいちいち気にしていたら今後アライアンスで生きていけない。
 渚の返答を聞いて、辰弥はもう一度息を吐いた。
「ありがとう、俺が考えすぎてたよ。大丈夫。もう迷わない」
「そう? あなたが自分のことを受け入れていればそれでいいのよ」
 そう言って、渚は辰弥に微笑んでみせた。
「さっきは『最後になるかもしれない』とは言ったけど――生きて帰ってきなさい。少なくとも、わたしも茜ちゃんも、そして山崎さんもそれは望んでいる。まぁ……その能力をアライアンスで発揮してくれると助かるという本音もあるんでしょうけどね」
 現場はここの近く、「ワタナベ」が封鎖してるからすぐ分かるわ、と続けて渚は日翔にも視線を投げる。
「日翔くん、鎖神くんをよろしく。何かあった時止められるのはあなただけなんだから」
「わーってるよ、『イヴ』。辰弥は、死なせない」
 アサルトライフルKH M4を担ぎ直し、日翔は頷いた。
「行こう、辰弥。時間がない」
 日翔の言葉に辰弥も頷いて足を踏み出す。
 その背に、渚が声をかけた。
「日翔くん」
 呼び止められ、日翔が振り返る。
「あなたも無茶しないで。必ず、二人で帰ってくるのよ」
「……ああ、それはもちろん。雪啼も連れて帰るさ」
 頼もしい日翔の言葉に、渚が小さく頷く。
 茜も渚の車の横に立ち、二人に手を振る。
「みんな帰ってくるの、待ってるから!」
 応、と日翔が二人に背を向け、手を振る。
 辰弥もそれに続く。
「……みんな、生きて帰ってきなさいよ」
 辰弥と日翔の背を見送り、渚がぽつりと呟いた。

 

 渚の言葉通り、「ワタナベ」の私兵による封鎖は「白雪姫」からそれほど遠くないブロックで行われていた。
 バリケードが設置され、誰も通れないように警備が立っているその場所に辰弥と日翔が向かう。
 銃を装備した二人が近づいたことで、警備兵も警戒したように銃を構える。
「おい、それ以上近づくな!」
 警備兵がそう怒鳴ることで二人を牽制する。
 しかし、それで怯むような二人ではない。
 互いに顔を見合わせ、それからさらにバリケードに向かって歩く。
「近づくなと言っているだろう!」
「って言われても、俺たちその中に用事があるんだよね」
 「大丈夫か」と止めようとする日翔を片手で制し、辰弥がバリケードの警備に近づいていく。
 警備兵たちが一斉に銃を構え、銃口を辰弥に向ける。
「何も言わずに通してくれれば命は奪わないけど?」
 銃口を向けられてもなお、辰弥は歩みを止めない。
「止まれ! これ以上警告はしない! 今すぐ立ち去れ!」
 警備兵の一人が怒鳴る。
 それでも辰弥は歩みを止めない。
 これ以上の警告は無駄だ、と警備兵が判断する。
「撃て!」
 警告はしたぞ、とばかりにリーダーらしき腕章を巻いた警備兵が叫んだ。
 その瞬間、辰弥が舞うように腕を振った。
 瞬時に生成された無数のピアノ線が警備兵たちを襲う。
 飛び散る血飛沫。
 血に染まったピアノ線が周囲に張り巡らされ、直後、無数の肉片と化した警備兵が地面に肉の山を作る。
 もう一度腕を振って生成したピアノ線を切り離し、辰弥は振り返って日翔を見た。
「第一段階、突破したよ」
 涼しげな顔で言う辰弥に、日翔の喉が鳴る。
 今までから鮮血の幻影ブラッディ・ミラージュは何度も見ていたが原理を理解してから見ると辰弥の、LEBとしての能力の高さが窺い知れる。
 肉片の山を踏み分け辰弥の隣に立った日翔がポンポンと辰弥の頭を叩く。
「むぅ」
「お疲れさん。一応、輸血しとけ。ここからは多分連戦だ」
 二週間の、戦闘のない潜水艦生活で万全のコンディションになっているとはいえ初手で大量に血を消費する攻撃を行ったのだ。この後の連戦の可能性を考えると今のうちに輸血した方がいい。
 分かった、と辰弥がバックパックから急速輸血装置と輸血パックを取り出し、パックを装置にセットしてから自分の腕に巻く。
 装置を起動させるとチクリとした痛みの直後に輸血が開始される。
「行こう、マニュアルでは安静にってなってるけど歩きながらでも大丈夫だと思うし」
 そう言いながら辰弥が歩き出す。
「こうやってみると、鮮血の幻影ブラッディ・ミラージュもやばい攻撃だよな」
 今攻撃されれば輸血中の辰弥は戦えない。
 警戒を怠らず、日翔がKH M4を構えて歩きながらそうぼやいた。
 そうだね、と辰弥が頷く。
「でも実は四年前の研究所襲撃の時には使ってないんだよね。今考えるとあの時使ってたら俺も『手に負えない』で殺されてたかもしれない」
 歩きながら四年前の特殊第四部隊による研究所襲撃のことを思い出す。
 あの時は鎮静剤を打たれて眠らされていたところを無理やり起こされて、しかも首輪型爆弾セイフティが起動していないと気がついて咄嗟に目の前に見えた人影を攻撃した。
 その後遭遇した襲撃者も鮮血の幻影ブラッディ・ミラージュを使っていれば簡単に殲滅できたのだろうがその時は体力の温存を重視していたため最低限の攻撃だけで終わらせた。
 その結果、ナノテルミット弾の攻撃が届く前に脱出できたがもし鮮血の幻影を使っていれば。
 そんな偶然が重なって、今辰弥はここに立っている。
 通常を遥かに上回るスピードでの輸血に若干の気持ち悪さを覚えるが今はそんなことを気にかけている時間はない。
 電子音が響き、輸血が完了する。
 装置を取り外して使用済みの針を未使用のものに交換し、辰弥は装置をバックパックに戻した。
 軽く腕を回し、コンディションを確認する。
 ――いける。
「日翔、急ごう」
 早くノイン雪啼を確保しないと大変なことになる。
 走り出した二人の周囲から複数の足音が響く。
《辰弥、日翔、警戒しろ。周囲に複数の強化外骨格パワードスケルトンの反応――『サイバボーン・テクノロジー』の奴らだ。辰弥の鮮血の幻影ブラッディ・ミラージュで『ノインが動いた』と勘違いしたようだな》
 接触はまずい、連戦になるとしても戦闘はなるべく避けた方がいいだろう、と鏡介が忠告する。
「ありがとう。そっちの状況は?」
 とりあえず今「サイバボーン」と接触するのはまずい。
 鏡介の報告によるとパワードスケルトン装備ということで超硬合金ですら細断可能な亡霊の幻影ファントム・ミラージュを使用すれば一掃は可能。
 鮮血の幻影ブラッディ・ミラージュに比べて血液の消費量が少ない亡霊の幻影ファントム・ミラージュは単純な血液消費コストだけで見れば効果的な攻撃方法だがその最大のデメリットは発動までの時間である。
 十秒あれば鮮血の幻影ブラッディ・ミラージュを遥かに上回る破壊力で攻撃できるが、相手も十秒待つほど悠長ではない。
 前回は日翔に時間を稼いでもらったが何度もそれができるかといえば難しいところだろう。
 パワードスケルトンの集団に見つからないように一度車の影に隠れ、辰弥は鏡介の状況を確認した。
 サポート担当の鏡介がここに来たところで何かができるわけではない。
 むしろ後方で辰弥をセンサーとした索敵を行ってくれる方が助かる。
 それに、自分と日翔に何かあったとしても鏡介だけは生き残れる。
 仲間のために手足を犠牲にするほどの無鉄砲な性格だとは思っていなかったが、今の状況が状況だけに彼がこの場に乗り込んでくることはないだろう。
《今調整してもらっている》
 鏡介のその言葉にとりあえずあいつがここに来ることはないな、と考え、辰弥は空中をスワイプし鏡介が送ってきた衛星映像を確認する。
 自分たちが現在いる場所からさほど遠くない場所を数機のパワードスケルトンが移動している。
「なぁなぁ、鏡介といえば、あの鏡介が使ってたパワードスケルトンの強いロボットバージョンみたいなやつ、能力で作れないのか?」
 突然、日翔が辰弥に訊ねる。
「……鏡介が使ってた……コマンドギア……?」
 日翔の問いに、辰弥が思い出しながら呟く。
 それから、言葉の意味を理解して声を上げた。
「はぁ!?!? 俺を何だと思ってんの?」
「え、血で何でも作れるすごい奴」
 あっけらかんとした日翔の声に辰弥が肩を落とす。
「……LEBの扱いって……そんなものだよね……」
 人間じゃないから人権ないし……。と続ける辰弥。
 その様子に、察しの悪い日翔も地雷を踏んだと気づいたらしい。
「あ、あの、その、悪い。そんなつもりじゃ……」
 なんとなくいじけて見える辰弥の様子に、まずい、今このタイミングで落ち込まれると全滅する、と焦る日翔。
 どうする、どうすれば立ち直ってくれる? と焦る日翔を辰弥が見上げる。
 その眼にいじけた様子はない。
「冗談。ごめん、からかった」
 一言だけそう言い、それから辰弥は真顔で答えた。
「そもそも血が足りないし、俺はコマンドギアに関しての知識がないから作れたとしてもガワだけだよ」
「……そういうものなのか」
 うん、と辰弥が頷く。
「俺が作れるものはあくまでも俺の知識の範囲だけ。コマンドギアに関しては設計図とかシステム周りとかを完全に理解してたら作れるよ? まぁ血があればの話だけど」
 なるほど、と日翔が頷く。
 そうか、なんでも作れると言っても制限があるのか、と日翔が納得していると。
「こっちからサウンドインジケーターに反応! 声がしたぞ!! ワタナベの探している何かがいるかもしれん!」
 そんな声と共にバタバタと足音が近づいてくる。
「げ、」
 やばい、聞かれたと日翔がKH M4を構える。
 辰弥も立ち上がりTWE P87を構える。
 その二人の前に、数機のパワードスケルトンと「サイバボーン・テクノロジー」のエンブレムを付けた兵士が現れる。
「くっそ、見つかったか!」
 二人に向けられる複数の銃口。
 パワードスケルトンがいるため、辰弥に「鮮血の幻影ブラッディ・ミラージュを撃て」と言うわけにもいかない。
 亡霊の幻影ファントム・ミラージュなら一撃だがそんな大技を何発も連発していては輸血パックがどれだけあっても足りない。
 どうする、と考えた日翔の隣で辰弥がTWE P87のマガジンを交換する。
 え、まだ一発も撃ってないのにマガジン交換するの? とチャージングハンドルを引く辰弥を見ると、彼はちら、と日翔を見て、それから意味ありげに頷いた。
 ――何か算段があるってことか。
「日翔、パワードスケルトンは俺が引き受ける。日翔は取り巻きを頼む」
 辰弥の言葉に、日翔がまさかと呟く。
「お前、亡霊の幻影ファントム・ミラージュ撃つ気か!?!? そんな大技連発して大丈夫かよ」
「いや、亡霊の幻影ファントム・ミラージュは使わない。鮮血の幻影ブラッディ・ミラージュよりはコストが少なくて済むけどチャージに時間がかかりすぎる」
 それに、準備はもうできてる、と続ける辰弥に日翔は「それなら」と頷いた。
「無茶はすんなよ。いざという時は俺が」
「どうしてもヤバかったら援護頼むよ」
 その二人の会話が終わるよりも早く、「サイバボーン・テクノロジー」の私兵が放った銃弾が二人が遮蔽に使っている車に突き刺さる。
 その射撃の切れ目を利用し、辰弥と日翔も車の影から身を乗り出した。
 日翔が連射した銃弾が正確に敵を穿ち、倒していく。
 辰弥もパワードスケルトンに向け、P87を連射する。
 パワードスケルトンのヘルメットを狙ったその射撃は、その場にいた誰もが「無駄なことを」と考える。
 パワードスケルトンは全身を防弾素材で覆った強化外骨格である。PDWの弾程度では軽く傷を付けるのが関の山だろう。
 しかし、誰もが無駄なことと考えた辰弥の射撃は無駄には終わらなかった。
 P87の弾がパワードスケルトンの頭部に当たった瞬間、弾は跳弾することなく頭部を貫通した。
 続いてわずかに逸れた弾がパワードスケルトンの装甲を吹き飛ばしていく。
「は!?!?
 そう、声を上げたのは誰だろうか。
 衝撃とわずかな傷を付けるだけのはずだった攻撃が、パワードスケルトンにとっての致命の一撃となったのだ。そんなことが起こるはずがない。
 辰弥はすぐにターゲットを切り替え、次のパワードスケルトンも同じく頭部を吹き飛ばしていく。
 あっと言う間にパワードスケルトンを殲滅した辰弥が日翔を援護するように一般兵も狙い始める。
 辰弥が放った銃弾が一般兵に突き刺さり――
 頭部のヘルメットをものともせず吹き飛ばした。
「な――」
 思わず日翔が手を止め、辰弥を見る。
 ――こいつ、まさか――。
成形炸薬HEAT弾を作ったのか!?!?
 そうでないとあり得ない。
 日翔が知る限り、P87の弾丸は通常弾、曳光弾、徹甲弾のバリエーションが生産されているが特に貫通力の高いHEAT弾が生産されているとは聞いたことがない。
 しかし、単分子ナイフの構造を応用して単分子ワイヤーモノワイヤーを生成するほどの応用力を持つ辰弥のことである。HEAT弾の構造を理解していればP87用のHEAT弾を生成することは可能だということなのか。
 そこで思い出す。
 以前、日翔がはじめてパワードスケルトンと戦った時、辰弥は後方支援に回っていたが炸裂弾を使ってパワードスケルトンを吹き飛ばしていた。
 あれは超長距離狙撃が可能なT200がある意味対物ライフルとして活用された結果でもあったがあの時も辰弥は炸裂弾を使用していた。
 あの時はT200の弾丸のラインナップに炸裂弾があったのか、辰弥も用意周到だなあ程度に思っていたが今思えばあの時も炸裂弾を生成して使用したのだろう。
 流石にT200ほどの威力は出せず、比較的装甲の薄そうな頭部をより確実に吹き飛ばすためにHEAT弾を作成して致命の一撃としていたのだろうがそれでも辰弥のその判断の素早さと瞬時に適切な弾丸を生成できる能力には舌を巻く。
 マガジン一つ分五〇発を撃ち切り、辰弥が車の影に身を落としてマガジンを交換する。
「HEAT弾くらいならすぐ作れるからね。下手に鮮血の幻影ブラッディ・ミラージュ使うよりはこっちの方が効率がいい」
「なるほど」
「日翔も要る?」
 必要なら作るけど、と言う辰弥に日翔は「必要になったら頼む」とだけ答えた。
 バタバタと追加の足音が響き、増援が到着する。
「やべぇ……」
 これ、キリがないんじゃ……と日翔が呟く。
 その呟きが終わらぬうちに、今度は「サイバボーン・テクノロジー」とは反対側、日翔の後方からも足音が響く。
「げぇ!」
 後ろから、ということは「ワタナベ」か? と日翔が振り返る。
 すると案の定、「ワタナベ」のエンブレムを付けた部隊がぞろぞろとやって来るのが見えた。
「辰弥、どうするよ」
 流石に二人で無限沸きする巨大複合企業メガコープの私兵と戦うのは無茶が過ぎる、なんとかしてこの場を離れないと、と日翔が辰弥を見る。
「いや、雪啼を呼び込むチャンスかもしれない。『ワタナベ』と『サイバボーン』は犬猿の仲だ。上手く削らせて漁夫れば――」
《辰弥、他の方向からも複数の反応だ。恐らくお前らの小競り合いを雪啼の接触と勘違いした漁夫の利狙いの他メガコープの連中だろう。囲まれるぞ》
 下手に移動しない方がいい、と判断した辰弥だったが、鏡介からの通信にどうする、と考える。
 この車の影に居続けるのは分が悪い。出来れば別の、もっと頑丈な遮蔽物で身を守りたい。
 辰弥が周りに視線を巡らせると、「ワタナベ」が設置して放棄したものか頑丈そうなバリケードが目に入る。
「日翔、作戦変更、あのバリケードを使おう」
 辰弥の言葉に、日翔も指し示されたバリケードに視線を投げ、小さく頷く。
 問題はどうやってそこまで移動するか、だったがその問題はすぐに解決された。
「てめえらか! うちの包囲網を崩したのは!」
 「サイバボーン・テクノロジー」の増援に対し、「ワタナベ」の私兵が怒鳴る。
「知るか! てめえらこそうちのパワードスケルトンをぶっ壊しやがって!」
 どうやら、互いに互いが相手の勢力を削ったと思い込んでいるらしい。
 辰弥の思惑通り、二つの勢力は辰弥と日翔を挟んだ状態で撃ち合いを始めた。
 「サイバボーン・テクノロジー」はパワードスケルトン部隊を動員し、「ワタナベ」の部隊を圧倒し始める。
 流石に前線のど真ん中で見物するわけにもいかず、この隙を利用して二人はバリケードに逃げ込んだ。
 そこから様子を窺うと、「サイバボーン・テクノロジー」のパワードスケルトン部隊に苦戦しているように見えた「ワタナベ」もただやられっぱなしではなかった。
 「ワタナベ」は生体兵器をメインウェポンとして使用している。
 その特性は通常の銃に比べてリロードの隙が少ないだけでなく、生物特有の性能を有しているらしい、とは鏡介が調査していたため知っている。
 今回、「ワタナベ」がパワードスケルトンに対して何の対策も用意していないとは思えない。
 「ワタナベ」が「サイバボーン・テクノロジー」のパワードスケルトン部隊に向けて生体兵器の銃を連射する。
 パワードスケルトンに無数の弾丸が突き刺さる。
 しかし、一見、その銃弾はパワードスケルトンに何のダメージも与えていないように見える。
 弾丸がパワードスケルトンに当たっては砕け、その体液を付着させていく。
「何やってんだ、全然効いてないじゃねえか!」
 バリケードから身を乗り出して戦況を眺めながら、日翔が声を上げる。
 辰弥も同じように身を乗り出して様子を窺う。
「……いや、見て、あの弾――あれはダメージを与えるものじゃない!」
 辰弥が何かに気づいたか、声を上げた。
 日翔もどういうことだ、とパワードスケルトンを凝視する。
 「ワタナベ」の部隊に対して突撃したパワードスケルトン部隊に浴びせられる生体兵器の弾。
 それが砕け、対液が付着し、そして、
「な、なんだ!?!?
 「サイバボーン・テクノロジー」のパワードスケルトン兵が声を上げる。
 その動きが徐々に重くなり、やがて停止する。
「どういうことだ……?」
 パワードスケルトンが停止し、直後、別の「ワタナベ」の兵士が放った徹甲弾によって打ち倒されたのを見て日翔が呆然と呟く。
「……よく分からないけど、多分、最初に当たった方の弾は砕けて出てきた粘液がすぐに硬化するものなんだと思う。それを受けたパワードスケルトンが粘液で動けなくなってるんじゃないかと」
「……やべえな」
 空気に触れるなど、様々な条件下で硬化する物質は存在する。
 それを作り出せる生物が開発されているのならその体液は相手を硬直させるのにうってつけなのかもしれない。
 それを見ただけで推測した辰弥も大したものだが、パワードスケルトン対策としてそんなものまで用意していた「ワタナベ」もかなり頭の切れる組織だということだろう。
 まして、その要望を受けて即座にそのような生体兵器を開発した永江ながえ博士は脅威と言っていいだろう。「ワタナベ」の元にノインが渡れば、「ワタナベ」は即座にその永江博士の援助を受け世界中に様々な生体兵器をばら撒くはず。そうなれば世界がどうなるか想像もつかない。
「ってことは、『サイバボーン』も虎の子のパワードスケルトンは使えないな」
「だね。これで生身同士の殴り合いに発展するんじゃない?」
 二人がそんな会話を繰り広げる間も「サイバボーン・テクノロジー」と「ワタナベ」、そしてあわよくばノインを横取りしようと企む他のメガコープの軍勢も入り交じり、かなりの規模の戦闘が展開されていく。
《まずいな、この規模の企業間紛争コンフリクト御神楽のお膝元桜花国内で起きると、カグラ・コントラクターも黙ってないぞ》
 辰弥の視界で状況を確認しながら鏡介が唸る。
 そもそも、特殊第四部隊もノインを回収したがっている。御神楽財閥の情報網にこの企業間紛争コンフリクトの情報が入っていないとは思えないにも関わらず、カグラ・コントラクターの通常部隊が音速輸送機で現れないあたり、今頃、この事態の平定を買って出た特殊第四部隊の「ツリガネソウ」が全速力で桜花に向かっているところなのだろう。と鏡介は想像する。
「そうはさせねぇ、御神楽なんかに雪啼は渡さねえからな!」
 日翔がKH M4を握りしめながら呟く。
 つまり、特殊第四部隊トクヨンの到着が自分たちの制限時間になる。それまでに自分達が雪啼を回収し、この場を離れなくては。
 複数の勢力が入り交じっての戦闘は激化の一途を辿っている。
 今ならこの場を離れ、たけるから聞いた包囲網の中心に雪啼を探しに行けるかもしれない。
 雪啼を探しに行こう、そう日翔が辰弥に提案しようとしたその時。
 ふわり、と紅く染まった白が揺れた。
 その場に全くそぐわない、白い少女の姿。
「雪啼!?!?
 思わず身を乗り出し、辰弥が声を上げる。
 返り血で赤黒く染まりつつもそれでも白さを失わない少女。
 銃弾が飛び交う戦場に、雪啼はふらふらと迷い込んできた。
「雪啼、危ない!」
「待て、今出たら格好の的だ!」
 バリケードを飛び出して雪啼に駆け寄ろうとする辰弥を日翔が全力で止める。
「でも、雪啼が!」
「だから落ち着け! お前が死んだら元も子もないだろ!」
 辰弥を押さえつけ、日翔は戦場に紛れ込む雪啼を見る。
 このような状況で、雪啼の方から来てくれたのはありがたい。
 しかし同時に、どうしてこのタイミングで、と思う。
 雪啼が現れたことで戦場の様子はさらに混乱を極めていた。
 彼女を確保しようと何人もの兵士が手を伸ばし、別の勢力に撃たれる。
 それを掻い潜って接近しても、雪啼が腕を刃物に変化させて首を刎ね血を吸ってしまう。
 その様子を目の当たりにし、日翔は「これが本当に雪啼なのか」とわが目を疑った。
 雪啼はいつも自分のことを「あきと、じゃま」と言いつつもまとわりついていた。
 その様子はまるで遊んでとせがんでくる子猫のようで、とても人を殺すような人間には見えなかった。
 それなのに目の前の光景はどうだ。
 雪啼は何の躊躇いもなく目の前の人間を殺し、血を吸っている。
 その腕が人を殺す瞬間だけ刃物に変化し、「人間ではない」と主張している。
「……なんで……」
 地獄とはこんな状況を言うのか、と言わんばかりの光景に辰弥も日翔も声が出ない。
 それにしても、このままでは流石の「ワタナベ」も雪啼の確保を諦めて殺しにかかるんじゃ、と思いつつも日翔は辰弥を押さえつつ目の前の各勢力の動向を見守る。
 特に「ワタナベ」は雪啼に対して永江博士から何らかの懐柔策を受け取っているはず。
 そうでなければただいたずらに消耗して被害が大きくなるだけである。
 それとも、懐柔策などなく、ただ確保しろとだけ言われているのか――。
 そう考えながら二人が見ていると、「ワタナベ」の軍勢の一人が何かを取り出したのが見えた。
 一瞬、手榴弾かと考えて日翔が目を凝らすが、取り出されたのは手榴弾ではなく投影装置らしきもの。
 何をする気だ、と考えてから、日翔はすぐに気が付いた。
「辰弥、まずいぞ! 『ワタナベ』の奴、雪啼に何かを見せようとしてる!」
 あれ、多分立体映像ホログラム投影のやつだ、そう日翔が言い切る前に辰弥が彼の手を振りってP87を構え、投影装置を手にした「ワタナベ」の兵士に銃口を向ける。
 即座に狙いを定め、発砲。
 ほんの一瞬の照準合わせだったが、辰弥の弾は狙い違わず投影装置を手にした兵士の頭を吹き飛ばす。
 兵士の手から投影装置が零れ、音を立てて地面に落ちる。
 激しい銃撃戦の真っただ中であるにもかかわらず、何故かその音が聞こえたような気がする。
 兵士が既にセッティングを終えていたのだろう、地面に落ちた衝撃で投影装置が起動し、空中に立体映像が映し出される。
『ノイン、』
 永江 あきらの声が戦場に響き渡る。
 その声を聴いた瞬間、雪啼が頭を上げた。
 血を啜るために抱えていた「サイバボーン・テクノロジー」の兵士の死体から手を離し、全身をホログラム映像に向ける。
「主任!」
 雪啼が立ち上がり、ホログラム映像に向かって駆けだろうとする。
「雪啼!」
 まずい、と辰弥がバリケードから飛び出す。
「おい、辰弥待て!」
 今飛び出したらまずい、と日翔が慌てて辰弥の腕を掴もうとするがその手は空を切る。
 バリケードから飛び出した辰弥はそのまま戦線の真っただ中に飛び込むような形で雪啼に声が届く位置まで近づき、声を張り上げた。
「雪啼! 俺だ、パパだ! 戻ってきて!」
 辰弥の声が戦場に響き渡る。
 銃声が一瞬止み、何事かと無数の視線が辰弥に刺さる。
 それでも辰弥はさらに声を張り上げる。
「雪啼、戻ってきて!」
 その声に、雪啼が足を止めて辰弥の方を見る。
「パパ……!」
 嬉しそうな雪啼の声。
 しかし、雪啼はすぐに晃の方に向き直る。
「でも、主任が……」
 くそ、と辰弥が歯噛みする。
 そういえばトクヨンの施設に収容されていた時、ゼクスから「ノインは主任に懐いていた」と聞かされていた。
 その主任こと晃も雪啼ノインを大切に扱っていたらしい、ということを思い出し、雪啼の、自分への関心は晃に対するそれよりも下回るのかと考える。
 雪啼を確保するための切り札は自分だと思っていた。
 だが、「ワタナベ」が握っていたカードはそれよりも強力なものだったのか。
 雪啼がホログラム映像に向かって数歩、歩き出そうとする。
 しかし、すぐに思い直したように雪啼は辰弥に向き直った。
「主任、ちょっと待ってて。ノイン、完全になる。完全になってから、主任に会いに行く」
 晃のホログラム映像に一度振り返ってそう言い、雪啼は辰弥に向かって駆けだした。
「パパ!」
 そう、駆け寄る雪啼の両腕が鋭い刃に変化トランスする。
 ――来た!
 雪啼が自分を殺しに来るのは想定済み。
 辰弥は即座に盾を生成して雪啼が振り下ろした刃を受け止め、同時にロープを生成して雪啼を束縛する。
「むぅー!」
「ごめん、雪啼。今は君と戦ってる暇はない!」
 刃を使えないよう腕を縛り、辰弥は雪啼を担ぎ上げた。
「辰弥、戻れ!」
 辰弥が雪啼を確保したのを見届けた日翔が内心でガッツポーズをしながらも彼を呼ぶ。
「下がるぞ!」
 日翔の言葉に辰弥も頷きながらバリケードに向かって駆ける。
 雪啼を確実に確保するためとはいえ、辰弥が行った一連の行動は「ワタナベ」、「サイバボーン・テクノロジー」、そしてその他の巨大複合企業メガコープやPMCの注目を浴びた。
 「あいつら、どこの」や「暗殺連盟アライアンスもノインを?」という声が聞こえる。
 その一瞬の躊躇の間に辰弥は雪啼を抱えてバリケードに戻り、さらに後退しようとする――が。
「アライアンスなんかに渡してたまるか!」
「撃て! あいつらを生かしておくな!」
 そんな声と共に、「サイバボーン・テクノロジー」の兵士がバリケードに向けて対装甲用の徹甲榴弾を撃ち込む。
 いくら「ワタナベ」が築いていたバリケードとはいえ、徹甲榴弾を撃ち込まれてはひとたまりもない。
 バリケードが崩れ、三人の姿を丸裸にする。
 無数の銃口が三人に向けられる。
「まずい……」
 三人を守るバリケードは破られ、後退すれば、いや、後退せずとも撃たれるのは必至。
 絶体絶命の危機。
 ここまでか、と日翔が目を閉じる。
 辰弥も何か手を、と考えるが射程と敵の数に対応しきれない、と歯ぎしりする。
 三人に向けられた無数の銃の引鉄が引かれようとする。
 と、その三人の後ろから何かが飛び出した。
「――え!?!?
 思わず辰弥が声を上げる。
 辰弥の声に日翔も目を開け、飛び出してきた何かを見る。
 三人の後ろから飛び出した何か――人影が右腕を前方、無数の銃口に向けて突き出す。
 その腕の一部が展開する。
 同時に無数の銃弾が四人に向けて飛来し――
 青い六角形の光り輝くタイルが整列、そのタイルに触れた銃弾が全て静止、地面に落下した。
「ほ、反作用式擬似防御障壁ホログラフィックバリア!?!?
 日翔が声を上げる。
 目の前の青い光のタイルはどう見てもホログラフィックバリアのもの。
 自分たちの前に割り込んできた人影を凝視する。
 見覚えのある黒いロングコート、無造作に束ねられた長い銀髪、その姿はどう見ても――
「鏡介!?!?
 辰弥の声にバカな、という響きが乗る。
「待たせたな」
 ホログラフィックバリアを展開したまま、鏡介が振り返ることなくそう言った。
「鏡介、なんでここに――」
 鏡介はまだ義体メカニックサイ・ドックの元で新しく接続する義体の調整を行っていたはずだ。
 少なくとも、「カグラ・コントラクターが黙っていない」と言及しているときはまだそこにいると思い込んでいた。
 しかし、その頃には既に調整を終えてこちらに向かっていた、ということなのか。
「話は後だ。a.n.g.e.l.エンジェル、この近辺のアクセスポイントを全てリストアップ。可能ならポートを――」
『完了しました。いつでも全てに対しハッキングを開始可能。左手の先にホロキーボードを表示します』
「……エンジェル……?」
 聞き覚えのない単語に辰弥が鏡介を見る。
 鏡介は誰かと話しているようだが、その会話を聞けない辰弥と日翔は事態が全く飲み込めない。
 そうこうしている間にも鏡介の左手は素早く動いてその先のホロキーボードでコードを入力している。
「a.n.g.e.l.、周辺の消火設備を――」
『周辺の消火設備を強制作動、敵の攻撃を妨害します』
「よし、ポートを全て奪った。a.n.g.e.l.、俺のGNS経由であいつらに――」
『警告:広範囲HASHハッシュ黒騎士シュバルツ・リッター、貴方のGNS負担が大きすぎます』
「知るか、いいからやれ。あと作戦中はその名で呼ぶな」
『失礼しました。それではRain、広範囲HASHを実行します』
 鏡介とa.n.g.e.l.のやり取りが繰り広げられる。
 直後、戦場周辺の消火栓が弾け飛んだ。
 あたりに撒き散らされる消火液が辰弥たちに銃を向ける各勢力の視界を奪う。
 さらに、GNSハッキングガイストハック対策でグローバルネットワークに接続せず、味方同士の近接通信で戦術データリンクを構築していた各勢力のネットワークに割り込んで送られたHASHがその場にいた全ての兵士に襲い掛かる。
 GNSに送られた情報の嵐に耐えられず、兵士がバタバタと倒れていく。
 辺りは嘘のように静まり返り、辰弥たち四人だけがその場に立っていた。
「……やべえ……」
 静まり返った戦場に視線を投げて日翔が呟く。
 辰弥救出の際に、施設内全体にHASHを送り付けて昏倒させたことも含めて相手がGNSを導入していれば鏡介に勝つことはできないのでは、と思う。
 そんな鏡介の援護で、辰弥は無事雪啼を回収することができた。
 とりあえずさっさとこの場を離れよう、これほどの規模の戦闘が展開されたのだ、そろそろカグラ・コントラクターの介入があってもおかしくない。
 そう思った矢先、一同全員に影が差した。
 思わず見上げるとツリガネソウの巨体が太陽光を遮っている。さらに頭上をジェットエンジンの轟音が響き、ツリガネソウから発艦してきたと思われる無数のカグラ・コントラクターの音速輸送機が飛来する。
 輸送機のうち四機から複数の兵士がロープ降下ラペリングで地面に降り、四人を取り囲んだ。
「鏡介! あいつらも――っ!」
 HASHを、と続けようとした日翔の言葉が止まる。
「鏡介!?!?
 鏡介が苦しげに息を吐きながら膝をついている。
「……すまん、負荷、が……」
 鏡介の言葉に、日翔が思い出す。
 GNSハッキングガイストハックはサーバ経由できない場合、GNS同士の近接通信を利用して行われる。
 ハッカーゲシュペンスト側のGNSでも様々な演算が行われるため、同時に複数のGNSにハッキングを仕掛けると、当然、自分のGNSにかかる負荷も高い。
 まだ数人程度なら少しの頭痛程度で済むだろうが今回広範囲にHASHを仕掛けた。
 下手をすれば廃人になりかねない負荷がかかるのでは、と日翔は思ったがそのあたりは鏡介も理解していてそうならない程度に調整しているだろう。
 それでも鏡介の限界に近い広範囲ハッキングを行った。
 これ以上HASHを送れと言うのは酷な話だ、と日翔がKH M4をカグラ・コントラクターの兵士に向ける。
「日翔、雪啼を頼む」
 そんな日翔に、もがく雪啼を押さえつけていた辰弥が声をかける。
「辰弥……?」
「俺はまだ余裕がある。この範囲なら輸送機含めて亡霊の幻影ファントム・ミラージュで一掃できる」
 雪啼を鏡介の隣に置き、辰弥が自分たちを包囲するカグラ・コントラクターに向かって足を踏み出す。
「日翔、時間稼げる?」
「行けるぜ」
 日翔も辰弥の隣に立ち、いつでも動ける、と合図する。
「ありがとう……。帰ろう、みんなで」
 辰弥の言葉に日翔と鏡介も頷く。
 日翔が辰弥を庇うように一歩前に出る。
 と、そこで一発の銃声が響き渡った。
 直後、崩れ落ちる辰弥。
「辰弥!?!?
 何が起こった、と日翔が辰弥に駆け寄る。
 辰弥に手を伸ばし、肩に手をかけようと触れた瞬間、日翔の手に電撃が走り思わず手を引っ込めた。
「なんだ!?!?
「く――っ!」
 辰弥が苦しげに呻く。
 全身の筋肉が強制的に収縮する感覚にまたかと唸る。
 貫通力どころか威力自体はほとんどない弾。
 受けたとしても筋肉に軽く食い込む程度で大した傷にもならないその銃弾だが、対象を非殺傷で無力化するには最大の効果を発揮する電撃弾。
 発射されてから着弾するまでの間の運動エネルギーで電流をチャージし、着弾と同時に放出、スタンガンと同等の効果を対象にもたらす。
 あの時、久遠に拘束されたときに撃ち込まれた弾を再び撃ち込まれ、辰弥は完全に動きを封じられていた。
 それでもここで倒れてはいけない、と筋肉が収縮し激痛が走る全身に鞭打ち辰弥が体を起こそうとするがほとんど動けない。いや、動けたとしても亡霊の幻影ファントム・ミラージュを発動できるほどの集中力が残されていない。
 再び銃声が響き、今度は辰弥の背後で雪啼が呻き声をあげて動きを止める。
「な――」
 ――雪啼まで撃つのかよ!
 日翔が辰弥を庇うようにKH M4を構える。
 しかし、そこで雪啼に視線を投げた日翔は驚愕した。雪啼の手がノコギリ状にトランスしており、彼女を縛っていたロープを切断寸前まで傷つけていたのだ。
 ――あ、あぶねぇ。
 じりじりとカグラ・コントラクターの包囲が狭まる。
 辰弥と雪啼が動きを封じられ、鏡介も広範囲HASHの反動で動けない。
 動けるのは日翔一人で、抵抗したとしても誰一人守れないのは明白だった。
「投降しろ、『グリム・リーパー』」
 輸送機の一機がスピーカーでそう呼び掛けてくる。
 日翔が見上げると輸送機の一機に一人の男が銃を構えて控えていた。
 その銃口はまっすぐ日翔に向けられている。
 日翔はその男に見覚えがあった。確か、IoLイオルの施設で殴り合いの末に自分を一度は拘束しようとした特殊第四部隊トクヨンのナンバーツー、ウォーラス・ブラウン。
「クソッ……」
 日翔が悔しそうに呻く。
 今ここで抵抗してもいいが、恐らくは抵抗というほどの抵抗ができずにウォーラスに撃たれるのがオチである。
 そして、日翔はこのような状況でなお無駄な抵抗をするほど考えなしでもなかった。
 諦めたように日翔がKH M4から手を離し、両手を挙げる。
 勝ち筋が少しでも見えるのならそれがどれほど分の悪い賭けでもベットしただろう。
 しかし、どう考えても今は勝ち筋が見えない。
 日翔が両手を挙げたことで四人を取り囲んでいたカグラ・コントラクターの兵士が四人に駆け寄り、結束バンドではなくより頑丈なエネルギーワイヤーの手錠で素早く拘束する。
 起重機ホイストで輸送機に収容された四人はそこで改めてウォーラスと対面した。
「二週間前は派手にやってくれたな。久遠が感心していたぞ」
 辰弥を前に、ウォーラスが低い声で言う。
「あれだけ久遠に『三人で一般人になる道もある』と言われていたのに、なぜ逃げた」
「……雪啼は、」
 ウォーラスの質問を無視し、辰弥が逆に質問する。
 辰弥、日翔、鏡介の三人は同じ輸送機に収容されたが雪啼だけ別の輸送機に収容されている。
 同じLEBである辰弥エルステ雪啼ノインを同じ輸送機に収容するよりは分散させた方が危険性は低い、という判断だろうがそれでも辰弥は雪啼が心配だった。
 雪啼が呼びかけに応じた時、彼女が自分を殺そうと駆け寄ってきたことは理解している。
 「完全になる」の意味が今一つ分かっていないが晃も「ノインを完全にする」と言っていた。また、第二世代LEBの造血機能が機能していないという言及も思い出せば恐らく雪啼の目的は第一世代LEBである自分の血。
 吸血したところで造血機能が移植されるとも思えないが、雪啼は雪啼なりに考えてのことだろう。
 そこまで考えてから辰弥は雪啼と出会ってからのことを思い出した。
 時々、雪啼は辰弥を殺しかねない行動をとっていた。
 そこに殺意があったかどうかまでは分からなかったが、今なら分かる。
 雪啼は、自分を殺そうとしていたのだ、と。
 まさか、と辰弥が呟く。
「俺と雪啼を分けて収容したのは――」
 雪啼が俺を殺そうとするのを阻止するため? と訊こうとして辰弥は口を閉ざした。
 こんな質問の答えを聞いたところで拘束されている今意味がない。
 それよりも、ウォーラスは辰弥によって縛られた雪啼までも電撃弾で撃った。
 いくら致死性の低い弾であったとしても見た目五歳児を撃つのはどうかしてる、と非難の眼差しでウォーラスを見る。
 辰弥は雪啼が間も無く逃げようとしていたことを知らなかった。
 だから「どうしてあんな子供まで撃った」と睨みつけたが、それを意に介さずウォーラスは辰弥に返答する。
「ノインか? あいつは久遠が監視している。あいつはあの見た目でもう数十人の人間を無差別に殺害している凶悪犯だ。最大限の用心をするに越したことはない」
 ウォーラスは銃口を辰弥に向けて向かいに座っていた。
 その両隣に座る日翔と鏡介がノーマークなのは二人はただの人間で、拘束さえしておけば抵抗できないと踏んでいるのだろう。
 尤も、鏡介に関しては右腕と左脚が義体化しているということでGNSロックこそはしなかったものの義体の動作を停止させるためのセイフティピンが刺され動かすことができないようになっている。
 辰弥は武器生成で手錠を破壊し、抵抗することは想定されていたが「一般人の道もある」と懐柔するためには過度の拘束は逆効果だと判断されたのだろう、GNSロックは行われず、ウォーラスが「変な真似をすれば撃つ」とだけ通知して銃口を向けるだけに留めている。
 辰弥としても無駄に抵抗する気はなかったため、現時点では大人しく指示に従っている。
「さっきのあんたの質問の答えだけど、正直、まだ迷ってる」
 二人と一緒にいたい。しかし御神楽の監視下に置かれるという条件に不安がある。
 そうか、とウォーラスが低く呟く。
「詳しくは『ツリガネソウ』で話そう。そこの二人からも話を聞きたい」
「けっ、誰が御神楽なんかに」
 日翔が毒づくがウォーラスはそれを無視し、鏡介を見る。
「お前はお前で色々やってくれたな。ハッカーである分聡明だと思っていたが」
 失わなくていい腕と脚まで失って満足か? というウォーラスの問いに鏡介がさあ、とごまかすように言う。
「俺は辰弥を取り戻したいと思った、それだけだ。しかし――」
 そこまで言った鏡介の目がすっ、と細まる。
「一応、御神楽が『世界平和』を謳っている、その前提で忠告しておく。『ワタナベ』、戦略級兵器を使うつもりだぞ」
 GNS内でa.n.g.e.l.を利用し、情報収集を行っていた鏡介が、そう宣言した。

 

「くそ、ノインを御神楽に奪われただと?」
 報告を受け、「ワタナベ」傘下企業の社長が歯ぎしりする。
「ノインは永江博士との交渉に必要だ、誘導用のホログラム投影装置まで用意したというのに何故奪われた!」
 明らかに苛立ちを隠せない社長の様子に、傍らに立つ秘書がさらに報告する。
「アライアンスが動いたようです。メンバーに腕利きのハッカーがいたとのこと」
 そのハッカーに全勢力の全ての部隊が沈黙したようです、と聞いた社長はだん、と拳を机に叩き付けた。
「アライアンスの野良犬め……」
 苛立つ社長とは対照的に冷静さを欠かさない秘書。
 秘書はさらに現場から届いた報告を社長に告げる。
「なお、誘導用ホログラムを無視してノインがアライアンスの暗殺者キラーに駆け寄った、さらにそのキラーが盾を生成したという報告も届いています」
「なんだと……?」
 永江博士から聞いたノインの特徴に「身体を武器に変化させることができる」というものがあった。
 だが、今聞いた報告では身体を武器に変化させたわけではないが装備を作り出せる存在がいるということ。
 ノインは永江博士に渡さなければいけないが、もしこのキラーを確保することができれば。
「そのキラーはどうした、せめてそいつだけでも――」
「そのキラーもカグラ・コントラクターに拘束された模様です」
 カグラ・コントラクターの対応の早さに社長が再び拳を机に叩き付ける。
「くそ、御神楽か! あいつらはいつもいつも! 品行方正な顔をして市民の人気を集め、全てを掠め取っていく!!」
 どうしてこうもうまくいかない、と社長は唸った。
 あと少しでノインが、そしてそれを利用して永江博士の協力を独占的に得られるというところで御神楽が全てをひっくり返す。
 机に叩き付けられた社長の拳がわなわなと震えている。
「……止むを得ん、こうなったらノインもろとも御神楽を死者の軍隊にしてやる」
「それは、どういう――」
 一瞬、怪訝そうな顔をした秘書であったが、すぐに何かを察したかのように口を閉じる。
「しかし、いいのですか。桜花国内でアレを使えば御神楽が黙っていません。そもそも、取引相手からはあれにノインを巻き込まないように使うようにと言われているはずです」
「構うものか、現場上空にはあの特殊第四部隊トクヨンの『ツリガネソウ』も来ているのだろう? だったら猶更好機だ、トクヨンも焼き払ってしまえば御神楽の戦力は大幅に落ちる。さっさと準備しろ、全てを我々の尖兵にしてしまえ」
「……かしこまりました」
 一瞬沈黙した秘書であったが社長の命令は絶対、すぐに了承して攻撃チームに連絡を入れる。
「御神楽の孫め……目にものを言わせてくれる……」
 そう、呟き、社長は低く嗤った。

 

「a.n.g.e.l.、情報班と連携し裏取りを」
 鏡介の言葉に、ウォーラスは直ちにオーグギアの中のa.n.g.e.l.に対して呼びかける。
「嘘だと思うなら放置すればいい。ちなみに、使おうとしているのは核かと思ったが生体兵器を使っている『ワタナベ』がそんな物を使うはずがないな、大量にウィルス生物剤を撒いて何らかの健康被害を及ぼすもののようだ。散布されれば範囲次第では『ツリガネソウ』も無傷では済まないが?」
 半ば脅しのようにも聞こえる鏡介の言葉。
 む、とウォーラスが唸る。
「まさかとは思うがお前が『ワタナベ』に連絡したのではないだろうな」
 ノインを我々に渡すくらいなら、と、と続けるウォーラスに鏡介がふっと笑う。
「そんな、俺が仲間まで巻き込んで『死なばもろとも』作戦を展開すると思うか? 完全に『ワタナベ』の独断だよ。俺はただ念のために今回騒ぎに関わった全ての巨大複合企業メガコープの情報を集めていただけだ」
 もし対処する気があるなら時間はあまりないが? と挑発する鏡介。
 分かった、とウォーラスが頷いた。
「お前の話は本当のようだな。それを踏まえて既にa.n.g.e.l.が『ソメイキンプ』に連絡を入れている。あれなら戦略級兵器を処理することくらい可能だからな」
 「ソメイキンプ」、普段は静止軌道を周回している宇宙戦艦か、と鏡介は考える。
 カグラ・コントラクターの持つ最大の戦略兵器たるタングステン運動エネルギー弾オービット・ボマーを装備していることがよく語られるが、戦略級レーザーをはじめとした実に様々な装備を搭載している。戦略級レーザーは弾道ミサイルの迎撃にも使えるはずだが、今鏡介が得ている情報からすると、敵の戦略級兵器は低高度を飛翔する、極超音速滑空体に搭載されている可能性が高い。そう考えると、単純にレーザーで迎撃するのは難しく、また、仮に撃墜できたとしても弾頭の中身が地表にばらまかれてしまう可能性が高い。
 さらに、
「射点が分からない以上、発射直後に撃墜は無理だろう。市街の上空で撃墜する気か? 弾頭の中身が市街地に拡散するぞ」
 鏡介の言葉に、ウォーラスがふん、と鼻で笑う。
「こちらの装備を甘く見ないでもらおう。たとえ発射されたとしてもこちらにはそれを対処するくらいの装備は十分にある」
 そう、自信ありげに言ったウォーラスは辰弥を見た。
「……何、」
 ウォーラスの視線に臆することなく辰弥が訊ねる。
「いや……いい仲間を持ったな、エルステ」
 ふとこぼしたウォーラスの言葉に、辰弥は思わず表情を緩める。
「俺の自慢の仲間だよ。あんたたちには殺させたりしない」
 少しだけ嬉しそうにそう言い、辰弥はすぐに険しい目つきに戻った。
「でも、その名前で呼ばないで。今の俺の名前は鎖神 辰弥だ」
 第一号エルステじゃない、そう、辰弥は宣言した。
「で、話は戻すけどそっちには戦略級兵器をどうこうできる装備がある、という認識でいいの。まぁ、俺ではどうすることもできないから見守るしかできないけど」
 流石に戦略級兵器に突撃してそれを排除する術は今の自分の知識では足りなく、仮に手段があったとしてもほぼ確実に自分を犠牲にすることになるからやりたくない、と辰弥がぼやく。
 それなら手段を持っている方が対処すべきだし恐らくはカグラ・コントラクターも同じ考えだろう。
 まあな、とウォーラスが頷く。
「そのための『ソメイキンプ』だ」
「『ソメイキンプ』、ねえ……」
 辰弥の知識には詳しい項目はないがあれなら確かになんとかなる、と納得する。
 そんなことを話しているうちに、ウォーラスがちら、と鏡介に視線を投げた。
 鏡介も同じタイミングでウォーラスに視線を投げる。
「発射されたようだな」
 落ち着き払った声で鏡介が呟く。
 鏡介の視界にa.n.g.e.l.がハッキングした偵察衛星の映像が表示される。
「IoLにある工場の一つを偽装してサイロにしていたようだな」
 この二週間で出来る工事じゃないな。「ワタナベ」は随分前から軍需産業に参画する準備を進めていたらしい、と言う鏡介。
「IoLか、単に撃墜するだけなら可能だろうが、周辺の市街に汚染が広がる可能性があるな、落下軌道に入っているところを精密照準で撃墜する方が確実だろう」
「それなら、カグラ・コントラクターのお手並み拝見と行こうか」
 半ば挑発するように鏡介が言う。
 すると、ウォーラスはニヤリと笑い、鏡介を見た。
「なに、私たちも撃墜の輪に加わるからな、特等席で見せてやろう」
 そう、意味ありげに言い、ウォーラスは全隊に通達する。
「『ツリガネソウ』で待機中の輸送機及び現在帰投中の全機に告ぐ。全機、データリンク指定座標にてフォーメーションオスカー
「……は?」
 ウォーラスの通達を聞いた鏡介が驚きを隠せず声を上げる。
「まさか、輸送機で極超音速滑空体を?」
「言っただろう、『特等席で見せてやる』と」
 そう言い、ウォーラスは指定座標に向けて飛行を始めた輸送機の進路に目を向けた。

 

 戦術データリンクで共有された指定座標に「ツリガネソウ」の全ての輸送機が集結する。
 集結した輸送機は円陣を描くように隊列を組み、極超音速滑空体の飛来に備える。
 鏡介がa.n.g.e.l.から届く報告を辰弥と日翔に伝える。
 飛来する極超音速滑空体。
 次の瞬間、窓の外が青く染まった。
 複雑な幾何学模様を描く青い光の壁ホログラフィックバリア
 円陣を組んだ全ての輸送機に搭載された反作用式擬似防御障壁ホログラフィックバリアが同期し、事実上超出力の壁を展開、極超音速滑空体の落下を食い止める。
「極超音速滑空体を受け止めた、だと?」
 「ソメイキンプ」を使って極超音速滑空体を撃墜するとは聞いていたが、まさかこのような手で極超音速滑空体を受け止めるとは。
 しかし、それはそれで納得ができる。
 極超音速で接近してくる極超音速滑空体を迎撃するのはいくらカグラ・コントラクターの技術が優れているといっても事前の用意なしでは難しいはず。それをこうして静止させることで対処するというのか。
 つまり――
 そう鏡介が思った瞬間、空が光った。
 反作用式擬似防御障壁ホログラフィックバリアの光の壁ですら燐光と思えるほどにまばゆい光。
 その光はまっすぐ極超音速滑空体に突き刺さり、弾頭部分を蒸発させる。
 直後、二射目の光が極超音速滑空体の本体に突き刺さり、灼き尽くす。
「……」
 鏡介は息を呑んだ。
 これが、カグラ・コントラクター。世界最高位のPMC。
 いくら辰弥を救出したい一心だったとはいえ、とんでもない相手に喧嘩を売ったものだと鏡介は痛感した。
「全機帰投。よくやったな」
 呆然とする鏡介にはお構いなしにウォーラスはそう指示を出した。
 全ての輸送機が転回し、「ツリガネソウ」へと移動を始める。
「……なんとかなった、のかな」
 辰弥がぼんやりと呟く。
 第一射が弾頭部分を蒸発させたから恐らくウィルス兵器か生物兵器であろう何かは確実に無効化されただろう。
 自分たちはともかく、何の罪もない一般市民に被害が及ばなくてよかった、と辰弥は安堵の息を吐いた。
「それにしても、時間がなかったとはいえ避難も何もなしでよくやったよ……」
「避難させれば市民の日常生活に影響が出る。確実に防御できるもので避難させていたら話が大きくなるだけだからな」
 ウォーラスの回答に辰弥がなるほど、と頷く。
 そこまで考えてのカグラ・コントラクターの対応。
 同時に思う。
 カグラ・コントラクターは「ワタナベ」が極超音速滑空体を発射したことを把握している。
 当然、その母体である御神楽財閥もそれを知るところであり、「ワタナベ」の弾劾は避けられないだろう、と。
 世界最大規模の巨大複合企業メガコープに目を付けられては「ワタナベ」も無傷ではいられまい。
《既に各地の「ワタナベ」系列の工場にはカグラ・コントラクターの通常部隊が突入したようだな。この件の首謀者が発覚し、襲撃されるのも時間の問題だろう》
 鏡介がGNS経由でそう伝えてくる。
 雪啼に手を出そうとしたのが運の尽きだったね、と思いつつ辰弥は窓の外に視線を投げた。
 特殊第四部隊旗艦「ツリガネソウ」が目前に迫ってくる。
 さてどうする、と考え、それから辰弥は目を閉じた。

 

to be continued……

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おまけ
ばにしんぐ☆ぽいんと 第12章 「ばりあ☆ぽいんと」

 


 

「Vanishing Point 第12章」のあとがきを
以下で楽しむ(有料)ことができます。
OFUSE  クロスフォリオ

 


 

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