世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第9章
分冊版インデックス
アメリカに建造された四本の「世界樹」がネットワークインフラを支える世界。
ロサンゼルスのハイスクールに上がったばかりの
通学途中で聞いた都市伝説、義体の不具合時に現れるという
その際に起動された爆弾から彼を救い、叱咤する謎のハッカー。
弟子入りしたいという匠音の要望を拒絶しつつもトレーニングアプリを送り付ける魔法使い。
それを起動した匠音はランキング一位にかつてスポーツハッカーだった
そんな折、メアリーが「キャメロット」の握手会に行くことになるがトラブルに巻き込まれてしまう。それを助けたもののハッキングが発覚して拘束され、メアリーの機転で厳重注意のみで済むものの、和美にはハッキングのことを知られ辞めるよう強く言われる。
それでも諦められず、逆に力を付けたくて匠音は匠海のオーグギアに接続し、父親のビデをメッセージを見る。
その際に手に入れた「エクスカリバー」の性能を知りたくて手近なサーバに侵入する匠音、しかし「エクスカリバー」を使いこなせず通報されかける。
それを謎の魔法使いこと
ハッキングを禁止する理由も、匠海のこともはっきりと教えてくれない和美に反抗し、匠音は家を飛び出し、祖父、
白狼からハッキングを教わりたいと懇願し、OKが出るが教えてもらえるのは
父親の事故の真相を聞きつつもそのハッキングに嫌気がさした匠音はブラウニーの姿を見つけ、追いかけてしまう。
ブラウニーが逃げ込んだ先で匠音は男に声を掛けられる。
ブラウニーについて調べてほしいという男は用意した義体にわざと不具合を起こさせ、ブラウニーを呼び出すことに成功する。
ブラウニーを追跡する匠音。しかしブラウニーが逃げ込んだ先は
イルミンスールに侵入するうちに自信の才能を開花させる匠音。
しかし、そんな彼の前にイルミンスール最強のカウンターハッカー、「ルキウス」が立ちふさがる。
匠音を追い詰める「ルキウス」。だが、その「ルキウス」のアカウントを停止させたのは匠音をイルミンスールへと誘った謎の男であった。
イルミンスールの管理AIである「
それに抵抗した匠音はとある城へと誘われる。
そこにいたのは
匠海は匠音にブラウニーと自分の真実を告げる。その上で、匠音に「自分のことを世界に公表してほしい」と依頼する。
Face Note社の思い通りにはさせないと「エクスカリバー」を振るう匠音。
しかし、窮地に陥った男はその権限で「ニヴルング」にいたメアリーを呼び出し、人質に取ってしまう。
メアリーを人質に取られた匠音だが、「エクスカリバー」の本来の機能に気づき、それを利用し男を攻撃する。
和美が現場に駆け付けたことで男はリアルでも拘束される。
同時に、匠音は和美が「モルガン」であったことを知る。
「どうしてこんな危ないことしたの。だからハッキングはやめてって何度も言ったでしょ」
「……ごめん」
和美の叱咤を素直に受け入れ、匠音が謝る。
「まあまあ和美さん、そう匠音を怒りなさんな」
白狼が止めに入るが和美は「おじいちゃんは黙ってて」と一喝して匠音の肩を掴む。
「リアルアタックがどういうものかよく分かったでしょ。今回はわたしたちが助けに来れたけど、実際は一人よ。まぁ――一人でもある程度はなんとかしたみたいだけどそんな幸運は何度も続かない」
「……うん」
それはそうだ。今回は運がよかっただけだ。
幸運が何度も続かないということは何となく分かっている。
やっぱり、ハッキングはやめた方がいいのか、そう、匠音は思った。
和美をここまで心配させてまで子供がするようなことではない。
せめて成人するまでは、自分一人の力で完全に切り抜けられるようになるまではやめた方がいいのかもしれない、そう思って匠音は和美を見る。
「母さん、俺――」
「そう匠音を責めるな」
匠音が口を開いた瞬間、横から声が投げかけられる。
その場にいた全員が声のした方向を見るとそこにブラウニーが立っていた。
ブラウニーの姿がノイズ交じりにふっと揺らめき、そして本来の姿に戻る。
「匠海!」「父さん!」
和美と匠音が同時に声を上げる。
やあ、と匠海が片手を挙げる。
「その様子だとひとまず決着は付いたようだな」
拘束された男を見て匠海が呟いた。
「……匠海!」
和美のアバターが「モルガン」から普段「ニヴルング」を歩く時の物に切り替わり、匠海に駆け寄る。
二人が熱い抱擁を交わすのを見て、匠音は「よかった」と思った。
もし、男が言うままに匠海を諦めていた場合、和美の失意は大きかっただろう。
もしかすると、それが見たくなかったから道はないのかと模索したのかもしれない。自分が父親を諦めるという状態も嫌だったが、それ以上に匠海と和美が完全に離別することが耐えられなかったのか、と。
「匠海……本当に、無事でよかった」
和美の言葉に匠海が苦笑する。
「この状態で無事と言えるのかどうかは分からんが……匠音が道を切り開いてくれた」
「……匠音が、」
ああ、と匠海が頷く。
「和美、匠音を縛るな。俺がイルミンスールに縛られるのを拒んだように、匠音も自由に生きるべきだ」
でも、と和美が呟く。
確かに親の権限で匠音にあれこれ禁止するのはよくない、可能性を潰してしまっている、ということは理解している。
それでも、魔術師としての自分がリアルアタックを受け、それを庇った匠海が死んだように匠音もまた危険な目に遭わないとは言い切れない。
匠音に危険な目に遭ってもらいたくない、それは親として当然の思考である。
和美だって分かっているのだ。今回の件を経て匠音の可能性が広がっているということに。このままハッキングのノウハウを身に付ければ自分に負けず劣らずの魔術師になる可能性があるということくらい。
それでも和美は怖かった。成長しきる前に匠音が何かに巻き込まれて命を落とさないかと。
今回のように目を付けられて利用されたりしないかと。
だが、それを考えて、それを恐れてしまうのはいけないことなのか。
「分かっている。俺のせいでお前は匠音を喪うことを恐れているということくらい。自分の手の届くところに置いておきたいという気持ちも分かる。だが、匠音はもうそれが必要な子供じゃない。可能性を信じてやるべきだ」
「匠海……」
俯き、唇を噛む和美。
匠海の言うことは正しい。匠音はもう子供ではない。
親が干渉して可能性を摘むのが匠音のためになるはずがない。
それでも、匠音に自由にハッキングさせること自体が恐ろしい。
できるなら、匠音にはハッキングを諦めてもらいたい。
そう思いつつも、和美は自分が期待していることに気が付いた。
――匠音は匠海を解放してくれるかもしれない。
今回、匠音は魔術師として一つ成長した。それはイルミンスールの最深部に侵入するという実績を残し、匠海が遺した「エクスカリバー」を使いこなすことで証明した。
そこで
――匠海のデータは倫理委員会の規定により厳重にプロテクトが施され、別フォルダに移動することもコピーすることもできないマスタのみの保管となっている。
データのコピーに関しては日和に警告はされていた。
「魂のデジタルコピーに成功したとはいえ、それをさらに複製することには慎重にならなければいけない」と。
それは和美も理解している。
あの事故の時、医者には「もってあと三日」と宣告されたにも関わらず匠海は三日もたなかった。
全てのデータのコピーが完了した瞬間、匠海はこの時を待っていたかのように心停止した。
それを見届けたからこそ和美と日和は一つの過程に行き着いた。
「魂は同時に一つしか存在できないのではないのか」と。
デジタルコピーされたとはいえ、それを複製した瞬間全てのデータは無意味なものになってしまうのではないかという不安が二人にはあった。
とはいえ記憶のアーカイブ程度は多少コピーしても問題ないことは確認している。倫理委員会に規制される直前に日和は試験的に一部のデータをコピーしていた。
しかし、本体とも言えるコアデータのコピーは危険だとこれだけは規制前から強固なプロテクトを施していた。心停止の直前まで抽出していたデータがこのコアデータだったのだ、当然、慎重になる。
とはいえそのプロテクトのせいで匠海の人格データを「Oberon」から分離することができなくなった。プロテクトの解除は
そうなると匠海のデータを分離するのにできる手段は倫理委員会を説得するかハッキングで解除するかの二つ。
前者は「個人が個人のデータを私物化すること」を良しとせず、説得には応じないだろう。それなら取れる手段はハッキングしかない。
実際、和美はハッキングによるプロテクト解除を既に始めていた。ただ、そのデータが膨大でどれほどの時間になるか分からないだけだ。そこへもっての今回の件。悠長なことは言っていられない。
匠音がイルミンスールを攻めるほどの実力を備えた魔術師として覚醒した今、彼の手も借りたい。
和美と白狼、そして匠音の三人でかかれば時間はかなり短縮される。
そう考えるともう匠音に「ハッキングをしないで」とは言えなかった。
ただ、匠音にどうなってもらいたいかの迷いがあるだけだ。
和美が少し考え、拳を握りしめる。
匠音、白狼、匠海の三人がそれを見守る。
しばしの沈黙の後、和美は頭を上げた。
「匠音、」
「な、何」
改まった様子の和美に匠音がたじたじとする。
「もし、魔術師になりたいと言うなら、いつまでもわたしたちが助けに来てくれるとは思わないで」
「え――」
それは、と匠音が尋ねようとするところを遮り、和美が続ける。
「『エクスカリバー』を受け継いで使いこなした匠音を今更制限できないわよ。ハッキングは認める。だけど一つだけ条件を呑んで」
条件? と白狼が興味深そうに呟く。
「和美さん、認めるのか、匠音のハッキングを」
ええ、と和美は頷いた。
匠音もごくりと唾を飲み込み小さく頷く。
「で、条件って」
「イルミンスールの中枢まで攻めるほどの実力があるのは分かった。だけどまだ荒削りで危なっかしいからまずはスポーツハッキングで腕を磨きなさい。『キャメロット』なら口利きしてあげるわよ」
思いもよらなかった和美の言葉。
その言葉を聞いた瞬間、匠音の顔が明るくなる。
「いいの!?!?」
「でも、『
そもそも、バレたらスポーツハッキング界から追放よ? 分かってるの? と和美が凄む。
和美を見ていた匠海が一瞬驚いたような顔をするがすぐに納得したように頷く。
「Nileチャンピオンズトーナメント」といえば自分が最後に参加してチームを優勝に導いた大会だ。しかもこの大会にエントリーできるのは数あるスポーツハッキングチームでも上位十六チームのみ。スポーツハッキングの大会でも最高峰とも言えるこの大会を優勝に導くほどの腕を求めるのは酷なことではない、むしろただの通過点だ。
確かにそこまでの道のりは険しいものだろう。しかし、イルミンスールを踏破し、「エクスカリバー」を使いこなした匠音に到達できない
それを理解しているのかしていないのか。匠音は顔を輝かせて頷いた。
「分かった、俺、活動は控える! そして父さんが見た景色を俺も見る!」
「匠音……」
目を輝かせてそう頷く匠音を眩しそうに眺め、匠海が頷く。
こいつも俺と同じ、根っからの魔術師気質の人間だったんだな、と。
匠海がスポーツハッキングの世界に足を踏み入れたのはこの世界の人間の中ではかなり遅い方だった。それでも早い段階で才能を開花させ「キャメロット」を盛り上げていった。匠音もまた同じなのだろう。きっと、「キャメロット」をより高みへと持ち上げるのだという確信があった。
そんな匠海に気づいたか、白狼が匠海に視線を投げる。
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