世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第4章
分冊版インデックス
場所はアメリカのフィラデルフィア。
とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
そこに現れた1匹の蛇。
その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
SERPENTの指示を受けてLemon社の関連企業に侵入する
「EDEN」にいるという
解析の結果、そのデータは保管期限が切れて削除されたはずの「EDEN」ユーザーのデータ。
そこから匠海と和美のことが気になった健は独断で「EDEN」への侵入を果たす。
「EDEN」に侵入した健だが、直後、魔術師仲間内で「黒き狼」と呼ばれる魔術師に襲われる。
辛うじて逃げ出した健であったが、「Team SERPENT」を危機に晒しかねない行為を行ったということで謹慎を命じられる。
第4章 「
SERPENTに謹慎を言い渡され、数日が過ぎる。
その間、健はハイドアウトとなっているコンテナハウスで鬱々と生活を――していなかった。
「98、99……100!」
普段着のパーカーと肌着を脱ぎ捨てた上半身裸の状態で、健は筋トレをしていた。
ARハッキングは身体の動きをトラッキングしての操作が大半、長時間のハッキングとなるとそれだけ体力を消耗する。
かつて、匠海に言った「
それでも自分より数歳年上のはずのタイロンに体力で負けているのだから「元軍人やべえ」という話である。
タイロンは探偵兼バウンティハンターになる前はとある
だからあのとんでもない強さがあるのか、と健は思ったが、だからといって劣等感を持っているわけではない。タイロンにはタイロンの強さが、自分には自分の強さがあるということくらいきちんと理解している。
タイロンは「Team SERPENT」に所属する人間の中では比較的珍しい武闘派である。オーグギア連動での銃口補正機能のついた銃が普及してきたこの社会で、それに頼らず自分の目と腕だけで正確に狙いを定め、敵を撃ち抜く。それは健には到底できない芸当で、純粋にすごい、と思う。
しかし、健にはタイロンにはないハッキングスキルがある。ハッキングスキルで言えばピーターも同じくハッカーではあるが、健は特に
それだけ、個性と特技が特化したメンバーが「Team SERPENT」には集められていた。
逆に言えば、「Team SERPENT」で生き残るには何かの分野に誰よりも秀でていなければいけない。
だからこそ、健はトレーニングを欠かさず、常に自分自身を磨いていた。
「……次は……プランク三分……」
腕立て伏せ一〇〇回一セットを終えた健が体を起こす。
ぽたり、と汗が床に落ち、染みを作る。
「まだだ……まだまだ足りない……」
この程度の体力で黒き狼に勝つなんて舐めプにもほどがある。
いつか来るだろう黒き狼との再戦に向けて、健はトレーニングに余念がなかった。
しかし、ただ体力をつけるだけでは駄目だ。ハッキングも実戦あるのみ、と健は行動を起こしていた。
側に置いていたスポーツドリンクを飲み、健がふう、と息を吐く。
そのタイミングでコンテナハウスのロックが開示され、扉が開き、アンソニーが顔を出した。
「ああ、タケシお取込み中だったか」
もしかして俺、もう少し席を外してた方がいい? と上半身裸、汗だくの健を見てアンソニーが確認する。
「……俺が何やってたと思った?」
「え、あの、その、人に言えないこと」
「筋トレだよ!」
ったく、なんで昼間っからそんなことしなくちゃいけないんだよ、と毒づきながらも、アンソニーが来たことで健はトレーニングを中断することにしたらしい。
椅子に掛けていた肌着を手に取り、腕を通そうとしたところでアンソニーが「あ、」と声を上げる。
「タケシ、それ……」
「あぁ?」
アンソニーの視線を追い、健が自分の左肩を見る。
「ああこれか?」
健の左肩から二の腕にかけて刻まれた騎士と剣モチーフのタトゥー。
アンソニーには刺激が強かったか? などと思いつつ健はアンソニーがよく見えるように左肩を見せる。
「『キャメロット』にいた時に入れた奴だな。今思えば若気の至りだったよ」
そう言いながらも、健の顔はまんざらでもない。
「これを入れた時は『スポーツハッキングで世界一になってやる!』って意気込んでたよ。まぁ――上には上がいたがな」
「……アーサーのこと?」
アンソニーは
健の言う「上には上」はアーサーのことだったんだろうな、と思いつつアンソニーは訊いたわけだが、健はそれに対しては「まー、それもあるがな」と呟いて頭を掻いた。
「いや、マジで上には上がいるぞ。ルキウスだって単純なランキングで言えば俺より上だし」
だから、ぶっちゃけ俺よりも「Team SERPENT」にふさわしい魔術師はそれなりにいると思うぜ、と健が続ける。
「……なんで、俺なんだろうな」
「まぁ、確かにタケシは『Team SERPENT』の中でもバーサーカーだと思うよ」
そう、アンソニーが率直な所感を告げると、健は「お前ぇ」と声を上げた。
「お前、もうちょっと年上に対する敬意ってもんをだな」
「ごめんごめん。タケシってなんかあんまりおじさんって感じしないからさ」
クラスメイトの方がもっと大人っぽい奴いるぞ、とアンソニーに言われ、タケシががっくりと肩を落とす。
そんなにも俺って大人げないのか……と思いつつも、これが自分のスタイルだから変える気はない。
いや、考えようによってはアンソニーは俺を友人として見てくれているのか、などとポジティブに考え、健はアンソニーを見た。
アンソニーはというと、デスクの横にバックパックを置き、中から作りかけのガジェットを取り出し始める。
「タケシ、確かにあんたはバーサーカーかもしれないけどさ、だからこそSERPENTに認められたんじゃないのか? ピーターは精密なハッキングと情報解析能力は高いけど、あんたは精密でありながらも大胆なハッキングが得意だろ? ピーターよりは体力あるからタイロンと組んで現場に入れば敵なしだし、そういうところを買われてんじゃないの?」
「そうかなぁ……」
いまいち実感ないわー、と言いつつ健が肌着とパーカーを身に着ける。
「で、お前がここに来たのは工作のためか?」
そうは尋ねたものの、アンソニーはアンソニーで拠点としているハイドアウトがある。そこの方が電子工作のための資材は揃っているだろうに、どうしてわざわざこのハイドアウトに。
「あー、あんたの監視だよ。いくら謹慎と言われててもまた『EDEN』に侵入されたらたまったもんじゃないから」
「うへぇ、信用ねえなあ」
謹慎と言われたら謹慎くらいしーまーすー、と健が抗議する。
「あれだけSERPENTやピーターにやめとけって言われたのにそれを無視して突っ走ったら信用くらいなくすって」
もうちょっと自覚しろよこのバーサーカー、と言われ、健は「へぇい」と頷いた。
「まぁ、監視ってのはあくまでも建前で、本音としては色々聞きたいことがあったからだけどね」
「具体的には」
改まったアンソニーに、健も改まった顔になり、ベッドに腰かける。
「『EDEN』のことか? あれはピーターにもデータは共有したが、何か分かったのか?」
健の言葉に、アンソニーがああ、と小さく頷く。
「まず、あんたが『EDEN』で見た二人組はタクミ・ナガセとカズミ・ナガセで間違いないようだな。オーグギアのログにあった映像で二一二〇年の二人の写真に検証して一〇〇%一致という判定が出た。『EDEN』の性質上、住人の
「やっぱり、あの二人は『EDEN』にいるのは確定か」
確かに、データの集合体である
それに、ほんの数言だったが言葉を交わして健は確信していた。
「この二人は本物だ」と。
だから、アンソニーが行った検証は意味のないものではあったが、それでも自分以外の人間からお墨付きをもらうほど心強いものはない。
「続いて、黒き狼との交戦記録を検証した」
そう言い、アンソニーがウィンドウを開き、健に共有する。
健の視界にアンソニーが検証した黒き狼のデータが表示される。
「攻撃パターンとか、データが残っているスポーツハッカーと比較したんだけど、該当する戦闘スタイルの魔術師は見つからなかった。もう、根っからの
「いや待て、曲がりなりにも
今回、ToKを攻めたのがこちら側だから、ToKからすればクラッカーは健の方、黒き狼はLemon社に雇われた
いや、重要なのはそこではない。
スポーツハッカーの出ではない。
それとも、パターンが一致しないと出るほどスタイルを変えた元スポーツハッカーなのか。
世界樹と呼ばれる四本のメガサーバをはじめとして、ある程度の資金力のある企業はハッカーによる情報漏洩や破壊工作を阻止するためにハッカーにハッキングで対抗するカウンターハッカーを雇っている。
その登用パターンは大きく分けて二つ。
一つはスポーツハッキングの大会で名声を上げ、スカウトされる一般枠。
もう一つはその企業のサーバをハッキングし、敢えて捕まり司法取引で登用される犯罪者枠。
この二つのパターンは魔術師が企業に認知されるための足掛かりである。
勿論、それ以外にも登用される方法はあるだろうが、アンソニーの話を聞く限り、黒き狼はこのどちらの方法でもLemon社に登用されていない。
一体どういった伝手でLemon社入りしたのかは分からないが、
そこで、ふと思い出す。
亡霊級魔術師と言えば存在するともしないとも、あるいはネットワークの澱が生み出したAIではないかとさえ囁かれる都市伝説のような存在だが、健は二人の亡霊級魔術師の存在を認識していた。とはいえ、一人は「確実に存在する」と認識しているだけでそのリアルを特定していないし、もう一人は死んでしまったが。
死んでしまった一人は健もよく知る人物、どころかあの和美だった。和美が亡霊級魔術師、それも魔術師間で存在が確定していなかった、通称「
健も「
何かしらのきっかけでリアルが割れ、
しかし、健が旅に出て腕を磨き、一つずつ真相に近づくにつれて和美が普段のスクリーンネーム、マーリンで活動していたのではなく、存在するともしないとも言われていたモルガンだと知り、彼女の技量の高さを思い知った。
同時に思ったものだ。「惜しい魔術師を亡くした」と。
真実を知るまでは噂で伝え聞いた程度だったが、健はいつかはモルガンに追いつきたいと思って日々トレーニングに明け暮れていた。そのモルガンが実は身近な人物で、そしてもういないと知った時は大きなショックを受けた。
そこで健が知ったもう一人の亡霊級魔術師が「
事故の真相を追う中、ちらほらその気配を匂わせた亡霊級魔術師。
こちらは誰かは知らないものの、その片鱗を残していたから存在すると健は確信していた。
モルガンの方が実力は上、とは決して言えない。その存在を明かすか明かさないだけで二人の実力は拮抗している、少なくとも健はそう感じていた。
世界を飛び回り、アメリカに戻ってきた健がSERPENTにスカウトされた際、期待したものだ。
「もしかしたらヴァイサー・イェーガーに会えるかもしれない」と。
だが、「Team SERPENT」にヴァイサー・イェーガーの存在はなく、代わりにピーターと再会して驚いたものだ。
ピーターなら仲間として、
それは勿論SERPENTに問いかけた。
その時のSERPENTの答えが、「ヴァイサー・イェーガーとコンタクトを取ることはできなかった」というものだった。
それが嘘なのは健にはすぐに分かった。
モルガンならまだしも、ヴァイサー・イェーガーは真に困った人間に自分から接触する。
そうでなかったとしても「Project REGION」ほどの計画なら察知して、それに対抗する「Team SERPENT」の存在ですら認識しているはずだ。
それなのにSERPENTがヴァイサー・イェーガーと接触できていない、というのは何故なのか。
ヴァイサー・イェーガーは「Project REGION」を良しと思っているのか。
人の魂と言えるものを踏みにじりかねないその計画を。
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