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世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第4章

 

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 場所はアメリカのフィラデルフィア。
 とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
 ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
 ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
 そこに現れた1匹の蛇。
 その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
 SERPENTの指示を受けてLemon社の関連企業に侵入するたけし(ガウェイン)とタイロン。
 「EDEN」にいるという匠海たくみ和美かずみが気がかりで気もそぞろになる健だったが、無事データを回収する。
 解析の結果、そのデータは保管期限が切れて削除されたはずの「EDEN」ユーザーのデータ。
 そこから匠海と和美のことが気になった健は独断で「EDEN」への侵入を果たす。
 「EDEN」に侵入した健だが、直後、魔術師仲間内で「黒き狼」と呼ばれる魔術師に襲われる。
 辛うじて逃げ出した健であったが、「Team SERPENT」を危機に晒しかねない行為を行ったということで謹慎を命じられる。

 

謹慎を言い渡された健は一人、トレーニングをしていた。
そこへアンソニーが顔を出す。

 

 
 

 

「……やっぱ、納得いかねえ」
「何が」
 思わず呟きを漏らした健に、アンソニーが尋ねる。
「あ、声に出してたか、すまん」
「いいって。で、何が納得いかないの」
 聞いてしまったからには詳細を聞かないと気になってしまうのだろう、アンソニーの問いかけに、健がああ、と頷く。
「お前、ヴァイサー・イェーガーって知ってるか?」
「いや、俺は魔術師じゃないから知らない。有名人なのか?」
 アンソニーの回答に、健がなるほど、と頷く。
 確かに、ヴァイサー・イェーガーは「第二層」を歩く魔術師の中では凄腕のハッカーとして有名だが、一般人が知っているかどうかは別問題だ。むしろ、「第二層」に踏み込んだこともないのにヴァイサー・イェーガーを知っていたらそれはよほどのゴシップ好きかヴァイサー・イェーガー本人に助けられたか、というところだろう。
「ヴァイサー・イェーガーは『第二層』を歩く魔術師なら知らない奴はほとんどいない、超有名な亡霊ゴースト級魔術師だ。普通、亡霊級ともなるとその存在を秘匿するもんだが、ヴァイサー・イェーガーは普通に魔術師の前に姿を見せる。それだけリアルアタックされないという自信があるんだろうが、その自信に偽りなし、でな」
「へえ、そんなすごい魔術師がいるんだ」
 アンソニーが興味深そうに声を上げる。
「そうだな――。少なくとも、俺やピーターよりずっと強いのは確かだぜ」
「へぇ」
 別に健やピーターが「並の」魔術師に比べて頭一つ飛び出ている程度の魔術師というわけではない。
 少なくともスポーツハッキングの世界ランクは二人とも一桁台に到達したことはあるし、ピーターに至ってはイルミンスールにスカウトされてカウンターハッカーとなったくらいにはエリートである。
 それでも、ヴァイサー・イェーガーは、少なくとも健の認識ではそれよりもはるかに上を行く魔術師だった。
「で、そのヴァイサー・イェーガーがどうしたんだ?」
 ヴァイサー・イェーガーに興味を持ったのか、アンソニーが身を乗り出して健を見る。
「『Team SERPENT』は何かしらの能力に優れた人間がスカウトされてる、だったよな」
「そうだね。現にピーターもタケシもそれぞれ個性のあるハッキングをするからスカウトされたわけだし」
「じゃあ、なんでヴァイサー・イェーガーはスカウトされてないんだ?」
「え」
 健に言われて、アンソニーも気が付いた。
 健は言っていた。「少なくとも、俺やピーターよりもずっと強い」と。
 そこまでの魔術師であるなら、SERPENTならスカウトするはずである。
 だが、「Team SERPENT」にヴァイサー・イェーガーというスクリーンネームの魔術師は在籍していない。
 何か意図があるのか、と思い、アンソニーが健に話の続きを促す。
「実は、前にSERPENTに訊いたんだよ。ヴァイサー・イェーガーがいないのはなんでだって」
「うん」
「SERPENTはヴァイサー・イェーガーとコンタクトが取れなかった、と答えたんだ」
 その説明に、アンソニーもちくり、と何かが胸を刺したのを感じ取った。
 ほんのわずかだが、確かに感じ取った違和感。
 何かがおかしい、と本能に囁かれた気がして、アンソニーは健の顔を見た。
「ちょっと待って、SERPENTが特定の人物とコンタクトが取れない、ってことあり得るか? 実際のところ、根無し草だったあんただって見つけ出したんだろ? それともヴァイサー・イェーガーは絶対に姿を見せない魔術師なのか?」
「いや、俺は会ったことがないがそれでも亡霊級魔術師にしては人前に出る方だと思う。実際に困ってるやつが噂でヴァイサー・イェーガーの存在を知って連絡すれば姿を現すとか言われてるぞ」
 あくまでもこれは噂で伝え聞いた話ではあるが、「第二層」でヴァイサー・イェーガーの活躍を知らないと言うとモグリ扱いされるレベルである。そこまで有名人なのに「Team SERPENT」にいないということ自体が既に異常事態なのである。
「うーん、実はコンタクトを取ったけど参加を断られたとかは?」
「SERPENTがそんな間抜けなことするかよ。俺なんて『木こりのクリスマスランバージャック・クリスマス』の時にやむなくやった犯罪行為の数々を公表するぞとか脅されたんだぞ。流石にオーグギアのキャリブレーションデータを格納していたサーバにアクセスしたのがバレたら俺、生きていけねえ」
「……確かに、俺も趣味で作ったガジェットで逃走中の泥棒の車吹っ飛ばした件を警察にバラすって言われたわ……」
 実際のところ、大きな善を成すための小さな悪ではあるが、その小さな悪を徹底的に嫌う層も存在する。そして、そういった層を敵に回したときの面倒さは「親切な隣人」として活動している際に身をもって経験している。
 つまり、SERPENTはかなり嫌らしい奴なのだ。スカウトする人間の全てを丸裸にした上で弱みに付け込んでくる。
 まるでエデンの園でアダムとイヴを言葉巧みに唆して智慧の実を食べさせた蛇だよ、と思いつつ、健とアンソニーは同時にため息を吐いた。
「まぁ、それだけ用意周到なSERPENTが断られるようなへまをするかって話だ。少なくとも俺はSERPENTにヴァイサー・イェーガーをスカウトできない理由がある、と思っている」
『なんだ、暇に任せて探偵ごっこか? やめておけ、探偵ポジションはタイロンだけで十分だ』
 健が自分の考えをぶちまけていると、不意にSERPENTの声が響き、二人の前に見慣れたSERPENTの姿が出現する。
「げ、噂をすれば」
 SERPENTの姿を認め、健が露骨に嫌そうな顔をする。
『何を言うか。各ハイドアウトを直結した量子独立ネットワークイントラネットは私の巣だ。巣の中での会話は全て筒抜けだ』
「マジかよ」
 こいつ、マジでやべえ奴だな、何者なんだよと思いつつも健がSERPENTに問いかける。
「じゃあ、さっきのAAAトリプルエーと喋ってたことはどうなんだよ」
 健の目が、す、とSERPENTを見据える。
 獲物を前にした狩人の目だ、とアンソニーがふと思った。
 健は本気だ。本気で、ヴァイサー・イェーガーのことを突き止めようとしている。
 SERPENTがはぁ、とため息交じりに返答する。
『前にも言っただろう、コンタクトが取れなかった、と』
「それが嘘だって言ってんだよ。困ってるやつを前にしたヴァイサー・イェーガーが姿を現さないはずがない。ましてやヴァイサー・イェーガーほどの魔術師なら『Project REGION』のことも把握してるだろ。お前の呼びかけに応えないはずがない」
 健が自分の中でまとめた考えを、SERPENTに叩きつける。
 だが、SERPENTは平然として健を見返す。
『ヴァイサー・イェーガーがいないことに何か問題があるか? 確かに、「コンタクトが取れなかった」は正確な話ではないな。だが――ヴァイサー・イェーガーが「Team SERPENT」に参加することを望まなかったのは事実だ』
「な――」
 ヴァイサー・イェーガーが「Team SERPENT」に参加することを望まなかった。
 「コンタクトが取れなかった」と嘘をついていたのはこの際詰める必要はないだろう。「協力を得られなかった」のが事実で、その理由付けとして当時信用が築けていなかった健にそこまで言う必要性はない。
 とはいえ、ヴァイサー・イェーガーが「Team SERPENT」に参加することを望まなかった、というのは何故だろうか。
 ヴァイサー・イェーガーは「Project REGION」を把握している、という確信めいたものが健にはあった。あれほどの亡霊級魔術師がこのプロジェクトを認識していないはずがない、そんな気がする。
 それほど、ヴァイサー・イェーガーが社会の情勢に通じた魔術師であるということではあるが、人の魂を弄ぶようなプロジェクトを立ち上げるLemon社に対して反感は抱かなかった、ということだろうか。
 それとも、「Project REGION」自体をヴァイサー・イェーガーは良しと考えているのだろうか。
 実際のところ、健たちも「Project REGION」の正確な情報は全て把握しているわけではない。人間の脳内データをAIにして、それを利用した様々な機械の開発とは聞いているし、その機械に「兵器」が含まれるだろう、とはSERPENTに言われている。
 だが、それがもし虚偽であれば?
 人間の脳内データをAIにするのは事実であったとしてもそれを悪用することをLemon社は本当に考えているのか。
 実はヴァイサー・イェーガーは自分たちが知るよりも正確に「Project REGION」を把握していて、その内容が全く問題のない、今後の世界の発展に必要なものだと思ったのか。
「なあSERPENT、『Project REGION』は本当にお前が言うような悪しきものなのか?」
『何が言いたい』
 健の中で一つの疑念が浮かぶ。
「『Project REGION』は実は社会の発展のために必要な技術の開発で、お前、そして俺達はそれを阻止しようというテロリストなんじゃないのか?」
 正義を貫く魔術師であるヴァイサー・イェーガーが力を貸さないというなら、そう言うことだ。
 知らず、自分はテロに加担していたのか、とその思いが浮上して一気にSERPENTに対する不信感が浮き上がる。
「ん? 俺は別に構わないぜ。だってLemon社嫌いだし」
 デスクに置いたガジェットの調整を行いながらアンソニーが横槍を刺してくる。
「お前がそのつもりなら別に止めないが、俺は『Project REGION』の真実次第では降りるぞ。テロには加担したくねえ」
『はぁ……お前、本当に単純だな』
 SERPENTが目に見えてため息を吐いたようなモーションを見せる。
 なんだよ悪いかと息巻く健に、SERPENTはそれなら、と「可能性」を提示する。
『ヴァイサー・イェーガーが闇堕ちした可能性は考慮しないのか』
「な――」
 健にとっては青天の霹靂となる発言だった。
 ヴァイサー・イェーガーが闇堕ちする――つまり、「Project REGION」はSERPENTの言う通りの計画であるにもかかわらず、それに賛同していると言う可能性。
 そんなことがあるわけ、と反論しようとして、健はふと、とあることに気が付いた。
 ――最近、ヴァイサー・イェーガーの噂は聞かないよな。
 健が旅をしていたころは比較的よく「第二層」の話題に上っていたヴァイサー・イェーガー。
 よくよく考えれば、健が「Team SERPENT」入りする少し前からその話題を耳にしなくなり、一部では「リアルアタックを受けて死んだか?」という死亡説まで浮上していたことを思い出す。
 それを考慮すると、ヴァイサー・イェーガーが闇堕ちした――SERPENTが言った通りの「Project REGION」に賛同したと言う可能性は辻褄が合う。

 

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