世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第6章
分冊版インデックス
場所はアメリカのフィラデルフィア。
とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
そこに現れた1匹の蛇。
その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
SERPENTの指示を受けてLemon社の関連企業に侵入する
「EDEN」にいるという
解析の結果、そのデータは保管期限が切れて削除されたはずの「EDEN」ユーザーのデータ。
そこから匠海と和美のことが気になった健は独断で「EDEN」への侵入を果たす。
「EDEN」に侵入した健だが、直後、魔術師仲間内で「黒き狼」と呼ばれる魔術師に襲われる。
辛うじて逃げ出した健であったが、「Team SERPENT」を危機に晒しかねない行為を行ったということで謹慎を命じられる。
謹慎中、トレーニングをしているところで健は「Team SERPENT」に
「ヴァイサー・イェーガーはチームへの所属を希望しなかった」という事実に不信感を持つ健だったが、そんな折、Lemon社が新型AI「ADAM」と「EVE」を発表する。
この二つのAIは匠海と和美だ、と主張する健。
二人は大丈夫なのか、と心配になった健はもう一度「EDEN」に侵入することを決意する。
止めようとするアンソニーだったが、そこにピーターとタイロンも到着し、健と共に「EDEN」をダイレクトアタックすると宣言する。
ToKにダイレクトアタックした健とピーターは「EDEN」への侵入を果たす。
「クソッ、もう見つかったのか!?!?」
ピーターが対抗しようとウィンドウを操作する。
しかし、ピーターの抵抗は抵抗にすらなっていないのか二人の周りはどんどん闇に包まれていく。
「ジジイ、待ってくれ! ジジイも分かってんだろ――!」
匠海が健から手を離し、虚空に向かって叫ぶ。
ジジイ? アーサーは黒き狼のことも把握しているのか? と健もピーターも漠然とそう思った。
もしかして黒き狼は匠海に近しい人間なのか? だとすれば誰だ、と考える。
生前の匠海の人間関係を思い出す。家族は祖父以外いなかったはずだ。和美と結婚してからは佐倉 日和が義父として認知されている。交友関係は詳しく聞いていないが、スポーツハッカーになる以前の交友関係はほとんど聞いていないから友人自体は少なかったかもしれない。しかし、これらの人間がハッキングに携わっていたとは到底思えず、スポーツハッキングをするようになってからも「ジジイ」と呼ばれるような
――いや、可能性は一つだけある。
全ての線を否定した健だったが、その中の線の一本だけ、否定を否定する。
――匠海のじいちゃんの可能性!
考えられない話ではない。匠海は多くを語らなかっただけで、否定はしていない。匠海の祖父が
まさか、と健は呟く。
黒き狼は、匠海と和美を守るために「EDEN」を監視しているのではないか、と。
それゆえに「Project REGION」に与しているのではないか、と。
だったら。
「アーサー!」
闇の向こうに消える匠海に健が呼びかける。
「必ず『Project REGION』を止めるから! 黒き狼は任せろ!」
「なに無責任発言飛ばしてんだよ! 来るぞ!」
闇に包まれた中でピーターがアバターをルキウスのものに切り替える。
健もガウェインのアバターに切り替え、ガラティーンを抜く。
「性懲りもなく『EDEN』に踏み込んで――」
闇の中でゆらり、と黒き狼の影が揺れる。
「こいつが黒き狼……」
フロレントを抜き、ピーターも呟く。
「ああ、だが相手は一人だ。俺たち二人でかかればきっと――」
そう呟く健の声は震えていた。
黒き狼の実力は前回の戦いで嫌と言うほど思い知っている。自分一人では決して勝てない、都市伝説とも言われる
しかし、今ここには
苦しい戦いかもしれないが勝てない相手ではない、と健は自分を奮い立たせる。
いざという時は負担は大きくなるが裏コマンドを利用して
黒き狼を取り巻く影が鋭い爪を持つ触手に変化し、二人に襲いかかる。
「はっ!」
横に跳んで回避し、健とピーターは同時に剣を振った。
健のガラティーンは触手を切り裂き、ピーターのフロレントは斬撃波を飛ばし、触手を凍結させていく。
「凍結能力のある斬撃波――ルキウスも連れてきたのか」
凍結した触手を見て、黒き狼が呟く。
「流石にルキウスを連れて来られると儂でも荷が重いか――」
「なんだよ怖気ついてんのかじじい! アーサーがジジイって呼んでんだからどうせ老いぼれなんだろ、老いぼれは老いぼれらしく引退しやがれってんだ!」
「煽るな!」
やーいやーいと大人気なく黒き狼を煽り始めた健をピーターが止める。
いくら前回の戦いで相手がどの程度の実力か把握していたとしてもそれが本気だとは限らない。この煽りで相手が本気を出せば二人がかりでも勝てないかもしれない。
知るか、と健がガラティーンを振り回し、触手を切り裂きながらなおも煽る。
「どうせアーサーとマーリンを人質に取られて『Project REGION』に賛同してるんだろ? そんな腰抜けに俺が負けるわけねえんだよ!」
「く――」
黒き狼が歯軋りする。
「だとすればなんだ! 儂はあの二人を守ると誓った! そのためにはLemon社にも魂を売るわ!」
「本当は『Project REGION』には反対じゃないのか? だったら利害は一致してるだろ、手を貸せよ!」
負けじと健も叫ぶ。
猪突猛進だのバーサーカーだの言われる健であっても不要な戦いはしたくない。相手に揺らぎがあるのなら尚更だ。黒き狼にそんなものがあるかは分からなかったが、それでも健の推測が正しければ黒き狼は匠海の祖父であるはずだし、匠海と和美を守ると言うのであれば利害は一致している。
健とて匠海や和美に危害を加えるために「Team SERPENT」に参加したわけではない。その逆だ。二人の魂を弄びかねない「Project REGION」を阻止するために戦っている。
それとも、黒き狼は「Project REGION」こそ二人の魂を救済するものと認識しているのか。
「黒き狼、聞いてくれ! 『Project REGION』は人間の魂を複製する計画だ! それこそ、アーサー……匠海も和美も巻き込まれて複製されて平気転用されるかもしれない! それを止めるために俺たちは戦ってる!」
説得が通用するかどうかは分からない。それでも、もし可能性があるのなら、と健は声を張り上げる。
その後ろでピーターが迫り来る触手を次々に凍結させていく。
「キリないぞ!」
説得しても無駄だ、とピーターが叫ぶ。
「ルキウス、黒き狼は確かに脅威かもしれんが味方になればこれ以上心強い奴はいねえんだよ! それに利害は一致してるんだ、きっと――」
「『分かってくれる』か? そんな甘い考えは捨てろ!」
黒き狼が吠える。同時に触手の密度が一気に上がる。
「くっ――! どんだけリソース使ってんだよこいつ!」
斬撃波だけでは捌ききれず、ピーターもフロレントで迫り来る触手を切り裂く。
「っそ、なんで分かってくれないんだよこの耄碌ジジイ!」
触手を叩き落としながら健も叫ぶ。
その眼前に、漆黒の影が迫った。
振り下ろされる鋭い爪を健が受け止める。
「分かっとるわ、そんなこと!」
「え――」
爪を受け止めながら、健は黒き狼の言葉に絶句した。
分かっていて、Lemon社に与している、だと?
黒き狼ほどの実力ならLemon社など敵ではないはずだ。匠海と和美くらい普通に守れるだろう。
それなのに何故、と問いかけようとしたところでピーターが放った斬撃波が黒き狼に襲いかかり、黒き狼は後方に飛び退る。
「ガウェイン、裏コマンド使え!」
キリがない、とピーターが叫ぶ。
二人がかりでも黒き狼は倒せない、その言葉に健も納得する。
黒き狼はあくまでもLemon社の駒として戦うつもりだ。説得は無理かもしれない。それほど、匠海と和美を守りたいという気持ちは本物だ。
それなら、どちらの
黒き狼を止める。止めた上で匠海と和美から真実を聞き、「Project REGION」を阻止する。
――本当に、それでいいのか?
不意に、健の脳裏をそんな疑問がよぎる。
黒き狼の言葉に揺らいだのか、と自問する。
健の、匠海と和美を「Project REGION」の手から守りたいという気持ちに嘘偽りはない。しかし、黒き狼を前にして、二人を守りたいという言葉を聞いて揺らぐのは何故なのか。
健は「Project REGION」が正しいとは決して思わない。魂を複製する、そのリスクは計り知れないし現段階では複製が難しいこともわかっている。あの、「EDEN」の元住人をコピーしたらマスタデータとして手元に来たことを考えると、複製によるリスクは十分理解できた。
その上で、匠海と和美のことを考える。
――まさか。
ふと浮かんだ可能性。
――Lemon社に刃向かえば、二人のデータが消される――?
あくまでも可能性だ。
黒き狼がここまで頑なにLemon社に与すると言うのは二人のデータを人質に取られているからではないのか。そう考えたら色々納得できる。
二人を守るためにLemon社に魂を売る、それは二人のデータを複製実験に利用されないための
勝てねえ、と健は呟いた。
そんな思いで挑まれたら、罷り間違っても勝つわけにはいかない。
しかし、それでも。
「俺だって――負けられねえんだよ!」
健が吠えた。
負けられない、それは健も同じだ。
いつ反故にされるか分からない約束を守るより、計画を叩き潰して二人を守る方が遥かに確実性が高い。
健には健の信念がある、それを曲げてまで黒き狼に勝ちを譲る気はない。
それなら、と健はコンソールを開き、裏コマンドを入力した。
視界が分割され、現実の肉体とリンクする。
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