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世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第7章

 

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 場所はアメリカのフィラデルフィア。
 とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
 ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
 ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
 そこに現れた1匹の蛇。
 その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
 SERPENTの指示を受けてLemon社の関連企業に侵入するたけし(ガウェイン)とタイロン。
 「EDEN」にいるという匠海たくみ和美かずみが気がかりで気もそぞろになる健だったが、無事データを回収する。
 解析の結果、そのデータは保管期限が切れて削除されたはずの「EDEN」ユーザーのデータ。
 そこから匠海と和美のことが気になった健は独断で「EDEN」への侵入を果たす。
 「EDEN」に侵入した健だが、直後、魔術師仲間内で「黒き狼」と呼ばれる魔術師に襲われる。
 辛うじて逃げ出した健であったが、「Team SERPENT」を危機に晒しかねない行為を行ったということで謹慎を命じられる。
 謹慎中、トレーニングをしているところで健は「Team SERPENT」に亡霊ゴースト魔術師マジシャンである「白き狩人ヴァイサー・イェーガー」が在籍していないことに疑問を持つ。
 「ヴァイサー・イェーガーはチームへの所属を希望しなかった」という事実に不信感を持つ健だったが、そんな折、Lemon社が新型AI「ADAM」と「EVE」を発表する。
 この二つのAIは匠海と和美だ、と主張する健。
 二人は大丈夫なのか、と心配になった健はもう一度「EDEN」に侵入することを決意する。
 止めようとするアンソニーだったが、そこにピーターとタイロンも到着し、健と共に「EDEN」をダイレクトアタックすると宣言する。
 ToKのサーバルームに侵入し、ダイレクトアタックを敢行する健たち。
 「EDEN」に侵入し、匠海と会話をはじめた直後、予想通り黒き狼に襲われる健だったが、自分のアバターに一つのアプリケーションが添付されていることに気付く。
 「魔導士の種ソーサラーズシード」と名付けられたアプリケーションを起動する健。それはオーグギア上からでもオールドハックができるものだった。
 オールドハックを駆使し、黒き狼を撃退に成功するが、健たちの侵入もToKに知られており、健たちはToKから離脱する。

 

 ToKから帰還した健らは黒き狼がヴァイサー・イェーガー、そして匠海の祖父白狼である可能性を話し合う。

 

 「全ての真実に気付いたか」と三人の前に現れたSERPENTは存在を察知したLemon社によって今にも崩壊しそうな状態となっていた。

 

 黒き狼が白狼であるなら健をガウェインと認識したうえで「Project REGION」を阻止してくれるかもしれないと考えている可能性に三人は気付く。

 

 
 

 

「……で、どうするよ」
 ハイドアウトからそれなりに離れた大衆食堂ダイナーに入った三人は、出てきたピザが冷めるのも構わずに話し合っていた。
「どうするもこうするも、ToKに侵入するしかないだろ」
 健の言葉に、もう後には引けないとばかりにピーターが返す。
「っても、どうやって侵入すればいい? その案が全くないまま俺たちはこうやって逃げてきたんだが」
 いつになく気弱な様子で健がぼやく。
 ああ、これは相当まいってんな、とピーターは判断した。
 健としてはSERPENTはなんだかんだ言ってよき理解者であり上司であったはずだ。それが、存在を特定され、あのようなことになった。
 あの姿を見た時点で、健もピーターもうっすらと理解してしまった。
 SERPENTは「中の人」がいるアバターではない。自我にも等しい意識を持ったAIであると。
 本体がToKにあったから、だけではない。AIでなければあそこまでの詳細な情報を仕入れるのは難しいことだ。
 初めはToK内部に内通者がいるのでは、と少なくともピーターは考えていた。しかし、内通者はどこで発覚するか分からないしリスクがあまりにも大きすぎる。その点、AIであればデータとしてサーバ内を調べることも不可能ではない、ということか。当然、そこに権限などは存在するが、SERPENTにハッキング技能があることは健もピーターも把握している。そのハッキング技能を利用して権限を書き換え、ToK内部を泳いでいたのだろう。
 そんなSERPENTもついに突き止められ、攻撃され、おそらくは消滅した。
 「Team SERPENT」は崩壊したも同然、これ以上は健たちも動くのは危険だ。
 にもかかわらず、三人はもう一度ToKに侵入するための算段を立てようとしていた。
 どうしてそこまでして「Project REGION」を阻止したいと思うのかは分からない。打つ手がないのだから「Project REGION」のことを忘れて元の生活に戻るべきである。それなのに、三人とも「これではいけない」と思っていた。
 匠海と和美の魂がLemon社に握られているからか? 確かにそれもある。
 だが、それ以上に「Project REGION」を阻止しなければ、と思っていた。
「……SERPENTが作った綻びを無駄にするわけにはいかない。必ず、阻止する」
 健がキッパリと二人に告げる。ピーターとタイロンもそれに大きく頷いて同意する。
 ここまできたら匠海が和美がなど言っている場合ではない。Lemon社が人の魂を踏み躙る行為に走っているのもどうでもいい。
 ただ、SERPENTが良しと思わなかったそのプロジェクトを止める、ただそれだけだった。
 全ての謎が解けた今、迷うことは何もない。ただ、SERPENTのためだけに、「Project REGION」を阻止する。
「ガウェイン、お前が本気ならオレも地獄まで付き合うぜ。っても、ToKに侵入するにしても今一番確実なのはやっぱりダイレクトアタック……いや、この際どこから侵入してもあまり変わりないか……」
 ピーターがウィンドウを開いて何かを確認しながらふむ、と唸る。
「前に付けた枝からToKの館内セキュリティを確認したが、かなり強化されているからサーバルームへの到達は多分不可能だ。だが、サーバ内部に関してはそこまでセキュリティが強化されている感じはしないな。カウンターハッカーの数は増やしているようだが、カウンターハッカー自体急に雇えるものじゃないから多分シフトを詰めたんだろう。となると、普通にハッキングするなら今がチャンスかもしれない」
 そう言いながら、ピーターが健にウィンドウを転送する。
「……確かに、巡回は多いが動きにキレがないな。疲れてんのか?」
「多分な。どうせ世界樹をハッキングする奴はごまんといる、あのダイレクトアタック騒ぎで魔術師マジシャンどもも狙い目と思ったんだろう。ならそこで火事場泥棒すればいい」
 健たちがダイレクトアタックをしたことは「第二層」もすぐに察知したのだろう。誰とは特定していないが、「ToKの施設に侵入してダイレクトアタックした」という噂が広がれば腕に覚えのある魔術師マジシャンはダイレクトアタックの騒ぎに乗じてToKをハッキングする。そのためにその魔術師マジシャンを逮捕するためにToKお抱えのカウンターハッカーも大量投入されたという次第だ。ところが、いくらカウンターハッカーとはいえごく普通の人間である。過酷な勤務に集中力がいつまでも続くはずがない。
 だからこそ、カウンターハッカーの集中力が分散しつつある今がToKへの侵入タイミングだとピーターは判断していた。その判断に、健もそうだなと同意する。
 どうする、とピーターが目配せする。
 やるしかないだろ、と健も頷く。
「お前ら、ここでやる気か?」
 タイロンがちょっと待てと二人を止める。
 二人の会話から、今がToKを攻めるタイミングであることは把握している。しかし場所が悪すぎる。いつ目を付けられるか分からないし長時間のハッキングとなると店にも迷惑をかける。
 とりあえずは落ち着ける場所に――と考え、タイロンは二人に場所を提案する。
「俺が普段使っているセーフハウスがある。そこでハッキングしろ」
「おっさん?」
 タイロンの申し出に健が思わず聞き返す。
 タイロンが冷めたピザを一切れ手に取り、口に運んだ。
「お前ら、とりあえずそれで腹ごしらえしろ。あとは落ち着いてハッキングできる場所でハッキングした方がいい。俺のセーフハウスは知ってるやつなんてほとんどいないし、そう簡単に見つかることもないだろう」
「……おっさん!」
「だから俺はおっさんではないと」
 とりあえず、自分のセーフハウスを、とは言ったがタイロンには意図があった。
 このダイナーのような人目につく場所ではどこで通報されるかなどわかったものではないし、万一Lemon社に見つかった場合、手持ちの装備で二人を守り切れる自信がない。しかし、自分のセーフハウスなら多少の武装は揃えているし、セーフハウス自体にもトラップを仕掛けているから多少は時間稼ぎができるはずだ。
 タイロンに場所を提供されたことで、ピーターも多少は作戦を練ることができたらしい。健を見て、頷いてみせる。
「ガウェイン、タイロンの家ならお前も心置きなくオールドハックできるだろ。タイロンの家に行こう」
「あー、それはそのつもりだが、PCは別になくても良くなったんだよなあこれが」
 苦笑しながら健が説明する。
「SERPENTが言ってた『種』、ルキウスなら分かるだろ?」
「? ……ああ、あのオールドハックできるアプリ」
 そう、それ、と健が頷く。
「あれな、やばいわ。オーグギアで旧世代ノイマン式PCを完っ璧に再現してやがる。オーグギアからノイマン式を攻撃できるって、あいつ、なんてもの作ってんだよ」
「え、作者知ってんの?」
 健の説明に、ピーターが驚いたように声を上げ、それからあっと呟いてピザを一切れ手に取る。
「あ、俺も!」
 ピーターに続いてピザを手に取り、健は豪快にそれを頬張った。
「うわー、冷めるとまずいなこれ」
「長々話し込んでたお前らが悪い」
 タイロンが次のピザを食べながらぼやく。
「で、健、お前はその『種』とやらの作者を知っているのか?」
 タイロンにも訊かれ、健はああ、と頷いた。
魔導士の種ソーサラーズシードの作者は匠海アーサーだ。あいつが魔法使いウィザードってことは知ってたが、まさか開発者マギウスでもあったなんてな」
開発者マギウス?」
 聞きなれない言葉に、タイロンが首を傾げる。
開発者マギウスはツールを一から作れるスキルを持つ奴のことだ。きょうび、ツールなんて既存ツールの合成から増やしていくもので、一から作るなんて並の魔術師マジシャンには無理な話なんだ。それを、アーサーは自力でやりやがった」
「マジかよ」
 ピーターも信じられない、と声を上げる。
 ハッキングの世界に長く身を置いているからピーターも開発者マギウスの存在は知っていたが、まさか今も実在するとは思っていなかった。いや、実は匠海が最後の開発者マギウスで、もう絶滅している可能性もあるが、それでも知っている人間にそういう人物がいるとなるのは驚きである。
 健が誇らしげにしているのを見て、ピーターは「親友がそういう存在だから嬉しいんだろうな」と解釈した。
「とにかく、アーサーはARハックとオールドハック両方を使いこなす。その点で――ツールの名が示す通り、アーサーは魔導士ソーサラーだったのかもな」
 ARハックとオールドハックを同時にできるとは健も信じられない話だが、実際にソーサラーズシードを使い、黒き狼と戦っているから信じるしかない。
 そして、このソーサラーズシードが一枚の切り札になる、ということも健は実感していた。
「あの時は初めてソーサラーズシードを使ったから勝手が分からず苦戦した。だが、やっぱなんでも実戦あるのみだな、大体分かったから次は負けねえ」
 そう言い、健はもう一枚ピザを手に取り、まずいとぼやきながら咀嚼する。
「おっさん、これ食ったらおっさんの家に行こう。そこで、思う存分暴れてやる」
「だからおっさんと言うなと」
 苦笑しながらタイロンが拳を健に向ける。
「いいか、場所を提供するんだからしくじるなよ」
「それはもちろん」
「オレがいるからヘマはさせねえよ」
 健とピーターも拳を上げ、タイロンの拳に当てる。
「それなら行くぞ。今度こそ、黒き狼を手懐けてDeityを暴く」
『応!』
 タイロンの言葉に、健とピーターが力強く頷いた。

 

To Be Continued…

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