世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第11章
分冊版インデックス
場所はアメリカのフィラデルフィア。
とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
そこに現れた1匹の蛇。
その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
SERPENTの指示を受けてLemon社の関連企業に侵入する
「EDEN」にいるという
解析の結果、そのデータは保管期限が切れて削除されたはずの「EDEN」ユーザーのデータ。
そこから匠海と和美のことが気になった健は独断で「EDEN」への侵入を果たす。
「EDEN」に侵入した健だが、直後、魔術師仲間内で「黒き狼」と呼ばれる魔術師に襲われる。
辛うじて逃げ出した健であったが、「Team SERPENT」を危機に晒しかねない行為を行ったということで謹慎を命じられる。
謹慎中、トレーニングをしているところで健は「Team SERPENT」に
「ヴァイサー・イェーガーはチームへの所属を希望しなかった」という事実に不信感を持つ健だったが、そんな折、Lemon社が新型AI「ADAM」と「EVE」を発表する。
この二つのAIは匠海と和美だ、と主張する健。
二人は大丈夫なのか、と心配になった健はもう一度「EDEN」に侵入することを決意する。
止めようとするアンソニーだったが、そこにピーターとタイロンも到着し、健と共に「EDEN」をダイレクトアタックすると宣言する。
ToKのサーバルームに侵入し、ダイレクトアタックを敢行する健たち。
「EDEN」に侵入し、匠海と会話をはじめた直後、予想通り黒き狼に襲われる健だったが、自分のアバターに一つのアプリケーションが添付されていることに気付く。
「
オールドハックを駆使し、黒き狼を撃退に成功するが、健たちの侵入もToKに知られており、健たちはToKから離脱する。
黒き狼は
だとすれば匠海と和美を守りたい一心で「Project REGION」に参画しているはずだ、という健にまずはその事実の確定をしなければいけないとタイロンが指摘する。
しかし、健が匠海の祖父の名が「白狼」であることを告げた瞬間、タイロンとピーターは「確定だ」と判断する。
それならDeityを抑え、黒き狼を説得すれば助けてもらえるかもしれない。
そう判断した三人はタイロンのハイドアウトからまたもToKをハッキング、Deityと黒き狼の捕獲に向かう。
SERPENTが作った綻びを利用し、再度「EDEN」に侵入する健とピーター。
黒き狼が現れるが激闘の末説得に成功、その協力を得て匠海と和美を「ニヴルング」へと転送、ピーターもDeiryを抑え、データの入手に成功する。
任務完了と現実世界に戻る二人、しかしどこで突き止められたかLemon社の私兵がタイロンのハイドアウトに乗り込んできて、三人は拘束されてしまう。
Lemon社の収容施設に収容される三人。
脱走もできない状況だったが、そこへ日和が現れ、白狼の手を借りて三人を脱獄させる。
その脱走劇の最中、収容施設を十二機のロボットが襲撃する。
それはアンソニーが「Team SERPENT」の面々に呼び掛けて集結した「
FaceNote子会社で白狼と顔を合わせた健たち。
ここで「Project REGION」を完全に阻止すべく、一同は最後の攻撃を仕掛けることを決意する。
白狼が所持するイントラネットに招待された健とピーターはあらゆる回線を通じて「Project REGION」告発のための準備をする。
電波ジャックされたことにより、Lemon社CEOはGLFNの他三社の合同軍によって拘束される。
「はー……終わったー!」
電波ジャックによる告発から数時間後、Lemon社CEOクリフトン・アンダーソンの逮捕の報道が緊急速報として流され、そこで一同はようやく肩の力を抜いた。
「長かったぜ……」
健がだらりとしたことでピーターも脱力した声で呟き、椅子に身を預ける。
健はまだフリーだったが、ピーターはイルミンスールのカウンターハッカーを続けながら密かに「Team SERPENT」のメンバーとして活動していたので全て終わったことによる脱力は健の比ではない。
それでも「Team SERPENT」の一員としてライバル企業の野望を密かに打ち砕くことができたという事実に誇らしさを覚えていた。FaceNote本社には後から色々追求されそうな気がするし、下手をすれば懲戒解雇もあり得るが、なぜかそれに対する恐れはない。むしろ清々しい気持ちで全てを終わらせた余韻に浸っていた。
「皆、ありがとう」
健たちを前に日和が頭を下げる。
「君たちのおかげで私は道を踏み外し切らずに済んだ。死者の尊厳もこれで守られる」
「あー……俺はただ匠海と和美を助けたかっただけだし」
ソファでだらだらしながら健がだらけた声を上げる。
「しかし、匠海と和美の奴、ニヴルングのアカウントちゃんと取れたかな……」
「……まずはそこからだったな」
「まぁ、IDもデジタルデータだからな、偽造はいくらでも――」
『ジジイ、それはもう済んでるぞ』
不意に、その場にいた全員の聴覚に同じ声が届いた。
えっ、と全員が目を上げると、空間が揺れるエフェクトと共に匠海と和美が姿を現す。
「え、匠海……」
『ARアバターだ。お前らはもう何度も見てるだろうが』
『ジジイやらお前らに何もかも任せるのは申し訳ないからな、一旦NPCとしてニヴルングに潜り込んで、それからIDを偽造してアカウントを作った』
「おま、死んでもハッキングできるのかよ!」
匠海の言いように思わずツッコミを入れる健。
匠海は「できますが何か?」と言わんばかりのしたり顔で健を見ている。
『俺を誰だと思ってんだ。
「……ってか、AIの倫理コード的にハッキングは許されるのか……」
ピーターも思わずぼやいてしまう。
かつてアイザック・アシモフが提唱したロボットが従うべきとして示された三つの原則――「ロボット三原則」というものがあったようにAIにも「人間への安全性、命令への服従、自己防衛」を目的とした倫理コードはあったはずである。AIが人間に反旗を翻さないよう、そして自分で自分を破壊しないよう、命令されても絶対に実行できないコードがあるはずだが。
実際に、AI倫理に関する原則はいくつかある。
元々は人間であったとしても、今は電子制御で生きるAI――本当にそれは、「人間が作り出した
匠海という元人間のAIが行ったハッキングはそれほどの疑問を健たちにもたらした。
AIの倫理として、それは本当に許されるのか――。
だが、ここにいるのは。
「ま、いいんじゃね? AIかもしれないが匠海は普通に人間だろ」
健の気楽な声が室内に響き渡った。
途端に、張りつめかけていた部屋の空気が緩んでいく。
「そうだった、こいつそういう奴だった……」
ピーターが頭を抱えて呟く。
「実際のところ、人間の
日和の発言に、健が一瞬「そんなモノみたいに」と反論しかけるが口を閉ざす。
日和は匠海と和美をAIとして蘇らせている。その手法に関してドライに説明したからと言って彼が二人をただのAIと思っているはずがない。少なくともただのAIとして認識しているのなら「Project REGION」に反発しなかったはずだ。むしろAIの新たな可能性として積極的に参加したはずである。
「匠海……」
白狼がそっと手を伸ばし、匠海の肩辺りで止めて呟く。
「もう、大丈夫なんだな?」
『ああ、拠点をニヴルングに設定したが、マスタデータは誰にも到達できない場所に保管している。もう誰にも俺たちを消すことはできない』
「そうか……」
よかった、と白狼がほっと息をついた。
『おじいちゃん、』
和美も白狼に声をかける。
『ごめんなさい、おじいちゃん。わたしたちのせいで辛い思いさせちゃって』
「いや、いいんだよ、和美さん」
そう言い、白狼はすまない、と謝罪した。
「儂がもっと明確に正義を貫けていれば『Project REGION』は止められたかもしれん。だが、儂はそれよりも和美さんたちが大切だった。和美さんたちを守るためなら、儂は……」
「ま、結果として誰も消えずに阻止できたんだからいいんじゃねーの?」
不意に、健が会話に割り込んできた。
「ジジイ、ああだこうだ悔やんでも仕方ないんじゃね?
「ガウェイン……」
健の口調は軽いものだったが、白狼の胸に確かに響いた。
健は白狼を全く責めていない。白狼があれだけ黒き狼として健を痛めつけたにもかかわらず、それを仕方のないものとして終わりにしてしまっている。自分も同じ立場だったら同じことをしていたと言う。
それだけで、白狼は正義の味方としては道を踏み外したかもしれないが人間として間違ったことをしたわけではないと感じることができた。もし「Team SERPENT」が「Project REGION」を阻止しなければ白狼は人間としては間違わなかったかもしれないが一生後悔したかもしれない。
「ありがとう、匠海たちだけでなく儂らも救ってくれて」
白狼が感謝の言葉を口にする。と、健は途端に慌てたように手を振った。
「いや俺はマジで匠海たちを助けたかっただけだって! まぁ、その結果『Project REGION』も阻止できたが――そういえば、SERPENTはもういないんだったな」
健が瞬時に真顔になって呟くと、ピーターもタイロンもそうだな、と小さく頷いた。
「SERPENTがいてくれたおかげで俺たちは正義を成すことができた。が、そのSERPENTがいないとなんか締まらないな」
「ああ、結局ハイドアウト爆破してそのままシグナルロストしてるからな……もう復元もできないんじゃないか?」
タイロンとピーターも呟く。
SERPENTは「Team SERPENT」にはなくてならない存在だった。結局正体も何も分からず、ただToKに潜んでいたAIだったことだけは分かったが、AIであるなら開発者がいるはずなのにそれが誰かも分からない。それとも、SERPENTはToKに宿った電子の
SERPENTの真相は闇の中。その場にいた誰もがそう思った時。
『なんだ、SERPENTに会いたいのか?』
不意に、匠海がそう声を上げた。
「え――」
匠海の言葉に健が硬直する。
「え、
ピーターも信じられない、と声を上げる。
二人の声に、匠海はああ、と力強く頷いた。
『知ってるも何も――』
『わたしと匠海で作り出したのがSERPENTだから』
そう言いながら匠海と和美が手を重ね合わせる。
二人の周りをプログラムコードを模した薄緑色のエフェクトが渦巻き、巨大な卵を形作っていく。
二人が合わせた手を前に突き出す。巨大な卵が床に落ちる。
卵は二度、三度震え、派手なエフェクトと共に孵化した。
「あ――」「な――」
健とピーターの声が重なる。
金属質の鱗。電子回路を思わせるライン。
鋭く光る瞳を持つそれは、SERPENTだった。
ちろちろと舌を動かし健たちを見るSERPENTはどこからどう見ても「Team SERPENT」のシンボルであり導き手であったあの蛇。
データは全て失われたはず、復元することも叶わないはずなのに、ここにいるということは――。
『皆、よくやったな』
聞きなれた合成音声が健たちの聴覚に届く。
「SERPENT、お前――」
本当に復元されたのか、と健がかすれた声で尋ねる。
それと同時に健たちに着信が入り、アンソニーが会話に割り込んできた。
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