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Vanishing Point / ASTRAY #03

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ここまでのあらすじ(クリックタップで展開)

 「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
 途中、河内池辺名物の餃子を食べる三人。その後、「カタストロフ」の襲撃を受けるものの撃退し、RVパーク池辺で一同は一泊することになる。
 河内池辺を離れ、隣の馬返に赴いた三人は馬返東照宮を観光する。
 その戻りに、辰弥は「カタストロフ」に襲われている一人の少女を保護するが、彼女はLEBだった。
 「第十号ツェンテ」と名乗る彼女に、三人は辰弥の開発者である所沢 清史郎が生存し、新たな個体を生み出したことを知る。
 「カタストロフ」から逃げ出したというツェンテ、保護するべきと主張する日翔と危険だから殺せと言う鏡介の間に立ち、リスクを避けるためにもツェンテを殺すことを決意する辰弥。
 しかし、ナイフを手にした瞬間にPTSDを発症し、ツェンテの殺害に失敗する。
 それを見た日翔が「主任に預けてはどうか」と提案、ツェンテは晃に回収してもらうこととなった。

 

  第3章 「A-Rtificial 人工」

 

 海沿いの道をキャンピングカーが走っている。
「あーやっぱ海はいいな。海鮮がうめえ」
 途中の道の駅で海鮮の串焼きを堪能した日翔が幸せそうに呟く。
「ボタンエビ、美味しかった……。さすが東北……」
 助手席で辰弥も先ほど食べたボタンエビの串焼きを思い出しながら呟く。
 ボタンエビといえば元々は渡嶋道わたりのしまみち近海で獲れる大型のエビだったらしいが、バギーラ・レインとそれを除去する技術の都合で加速した環境汚染で天然物はほとんど流通しない。その分、産地近くでの養殖技術が発展し、現在では道の駅の定番料理として出せるくらいには流通するようになった。とろけるような甘味とねっとりとした口当たりに生でよし、焼いてよし、揚げてよしの高級食材である。
 本物の食材なので当然ながら値は張るが、この逃避行を大型休暇のノリで行なっている辰弥たちは少しでもご当地グルメを楽しみたい、と奮発していた。
「……約一名が遠慮なく食うから旅費が足りないんだが」
 運転席で鏡介がぼやく。
 実際のところは鏡介がハッキングで電子通貨をいじっているためにそこまで金欠ではないが、こうでも言わないと日翔約一名が際限なく食べる。金に汚い鏡介としては使うべきところでは使うが必要以上に使いたくない、という気持ちから苦言を呈さずにはいられなかった。
「うーん、さすがに食べ過ぎたかな……」
 辰弥もここ一週間の食事を思い返し、反省する。
 武陽都から始まった逃避行はすでに一週間が経過している。
 その間に第一首都圏を抜け、関東地方を通過し、東北地方に足を踏み入れていた。現在は東北地方でも最北のたて県を目指し、磐瀨いわせ県に差し掛かっている。
 幸い、「カタストロフ」の包囲網に引っ掛からなかったのか襲撃はなかった。そのため、三人は少し緊張感が薄れた状態となっていた。
 さすがに、ここまで緊張感が薄れてしまうと逃避行が終わった時に暗殺者としての勘が薄れる。そう思うとなんとなくの不安を覚え、辰弥は軽く手を握った。
 一瞬の逡巡の後、手を開く。
 手の中に収まったスローイングナイフに、勘は鈍っていないと判断し、辰弥はさらに手首用のシースを生成、そこにスローイングナイフを収めた。
『エルステ、勝手に生成すんな』
 辰弥の膝の上に座ったノインが文句を言う。
(準備は必要でしょ)
 辰弥としては鏡介が足りないと言うのなら旅費を稼ぐ気でいた。
 ただ、その方法が――。
「旅費が足りないなら日雇いバイトして稼ぐ?」
「日雇いバイト……」
 辰弥の隣で鏡介の眉が寄る。
 辰弥のことだから日雇いバイト括弧意味深括弧閉じる、というものだろうと判断した鏡介はため息まじりに言葉を続けた。
「もうすぐ千体せんだい市に入る。磐瀨の暗殺連盟アライアンス本部がそこにあるはずだから顔を出すか」
「鏡介、分かってるじゃん」
 辰弥がくすりと笑い、もう一本スローイングナイフを生成し、シースに収める。
「たまにはちゃんと働かないと鈍るからね」
「うわ、サイコパス」
 他人のことは言えないはずなのに、後部座席で日翔が声を上げる。
「ま、なんだかんだ言って俺たちは殺さなきゃ生きてけない人種だもんな」
「お前ら、せめて運搬系で留めておけ」
 アライアンスに声をかけるイコール暗殺の仕事をもらう、ではない。
 暗殺連盟と銘打ってはいるが、蓋を開ければ裏社会の何でも屋、それもフリーランスの集まりである。「カタストロフ」も同じようなものだが、アライアンスとの違いは構成員が「カタストロフ」と雇用契約を結んで福利厚生もしっかりした保護下にあるくらいである。
 とにかく、何でも屋であることから依頼が必ずしも暗殺だとは限らない。特に他県のアライアンス所属となるとよそ者扱いで難易度は高くないが面倒な依頼を押し付けられることもあるのでは、と鏡介は考えていた。
「とにかく、千体市に入ったらアライアンスに挨拶に行くぞ。俺たちにできそうな仕事があれば回してもらう」
「りょーかい」
 日翔が機嫌よく頷く。
 辰弥もうん、と頷き、身じろぎした。
『エルステ、血が減ってる。千体市に入る前に輸血した方がいい』
 辰弥が生成したことで体内の血液量の減少を察知したノインが声をかけてくる。
 そういえば旅を始めてから輸血していなかった、と辰弥も気づく。
 ノインと違って造血能力が失われていない辰弥は輸血に頼らずとも血液は補充できる。鉄分の多い料理さえ食べておけば回復量はそれなりに維持できるが、逃避行が始まってから意図的に鉄分を補充する機会が少なかったのにキャンプ用品を色々生成していたので回復量が消費量に追いつかなくなったのだろう。
 いつもなら貧血を覚えてから輸血を行なっていたが、今はノインが不本意ながらも辰弥の体調管理を行なっている。ノインとしては辰弥が倒れれば自分の死活問題に関わるから行なっているわけだが、普段自分自身に無頓着な辰弥にとっては、事前に警告してくれたりPTSDが発症した際の応急処置などを自動で行なってくれるためありがたい存在となっている。
 ツェンテを殺そうとしてPTSDが発症した時のことを思い出す。あの時はノインが呼吸器系の制御を奪って呼吸を整えてくれたおかげで日翔に悟られずに済んだ。PTSDを抱えていることは知られてもいいが、いざという時に動けなくなるのだけは知られたくないしそういう事態を起こしたくない。
(分かった、輸血しとく)
 鏡介に気づかれないよう小さく頷き、辰弥はシートベルトを外して後部座席に移動した。
「おい、危ないな」
 鏡介が文句を言うが、辰弥は「ごめん」とだけ言ってキッチンスペースに移動し、冷蔵庫から輸血パックを取り出す。
 もう二人に隠しておくこともないからと辰弥は輸血パックを他の食材と同じように冷蔵庫に入れていたが、それに対して日翔も鏡介も文句を言わない。
 鏡介に至っては「冷蔵庫を分ければ電力が余計にかかるから一緒でいい」と言う始末だ。
「ん、輸血か?」
 辰弥が輸血パックを取り出したことで日翔が声をかける。
「うん、ちょっと貧血気味だし、もし依頼を受けるなら万全の状態の方がいいから」
「手伝おうか?」
 カーテンレールにフックで輸血パックをぶら下げる辰弥に日翔が腰を浮かせながら尋ねると、辰弥は大丈夫、と返してくる。
「慣れてるからいいよ。ただ、二時間ほど暇だし話し相手になってくれると嬉しいな」
「お前が話し相手になってくれとか珍しいな。いいぜ、何話す?」
 日翔が嬉しそうに笑う。
 辰弥が輸血の準備を終え、ソファに横たわると、日翔が話しやすいようにか足元の邪魔にならない部分に移動してくる。
「特に話題なんてないんだけどさ……なんか日翔と話したい」
「そっか。じゃあ――」
 そう言いながら日翔が考えを巡らせる。
 話したいこと、と言うよりも聞きたいことはたくさんある。
 辰弥の過去のことや、自分が寝たきりになってしまった間に起こったこと、これからの夢――。
 少しだけ考えて、日翔は口を開いた。

 

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