Vanishing Point / ASTRAY #03
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「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
途中、河内池辺名物の餃子を食べる三人。その後、「カタストロフ」の襲撃を受けるものの撃退し、RVパーク池辺で一同は一泊することになる。
河内池辺を離れ、隣の馬返に赴いた三人は馬返東照宮を観光する。
その戻りに、辰弥は「カタストロフ」に襲われている一人の少女を保護するが、彼女はLEBだった。
「
「カタストロフ」から逃げ出したというツェンテ、保護するべきと主張する日翔と危険だから殺せと言う鏡介の間に立ち、リスクを避けるためにもツェンテを殺すことを決意する辰弥。
しかし、ナイフを手にした瞬間にPTSDを発症し、ツェンテの殺害に失敗する。
それを見た日翔が「主任に預けてはどうか」と提案、ツェンテは晃に回収してもらうこととなった。
移動中、ノインの指摘で輸血をすることになった辰弥は日翔に話し相手になるよう依頼する。
何がしたい、と訊かれた辰弥は色んな所に行きたいと呟く。
千体市に到着した三人は千体市名物のずんだシェイクを楽しむ。
次に、三人は牛タン定食を食べる。
千体市のアライアンスに立ち寄った三人は近隣の反グレチームの殲滅という依頼を受ける。
PCがない中、無理を押してハッキングを続ける鏡介にa.n.g.e.l.だけでなく辰弥と日翔ももう少し頼れ、と言う。
オートキャンプ場で晃と合流した三人はそれぞれメンテナンスを受ける。
メンテナンスが終了し、一同はバーベキューを楽しむ。
アライアンスの依頼で反グレチームの殲滅を始めた「グリム・リーパー」は途中で「カタストロフ」の乱入を受ける。
乱入してきた「カタストロフ」の構成員はLEBだった。そのショックで一瞬硬直した辰弥は吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。
気絶したはずなのに動いた辰弥。その動きから辰弥ではない、と日翔と鏡介は判断する。
最後の一人となった「カタストロフ」のLEBは戦場を離脱、辰弥たちも離脱する。
「辰弥、確認したいことがある」
アライアンスに依頼が完了した旨を伝え、報酬を受け取ってから当初の目的地――館県に向かう車の中で、鏡介が不意に口を開いた。
「――ん、」
助手席で、辰弥が言葉少なに頷く。
「お前、気絶してからのこと、覚えているか?」
「――なんとなくは」
嘘は言わない。ノインから、自分が気絶してからのことは説明を受けている。
『あの程度で気絶するとかエルステ弱すぎ。エルステが気絶してる時ならノインも動けるようだから代わりにぶっ飛ばしておいた』という説明に、ひとまず感謝と落ち着いた時にプリンを作る約束をして、辰弥は何食わぬ顔で行動していた。だが、鏡介はその時の状況をはっきりと把握しておかないと気が済まないのだろう。
「お前が気絶している時に出てきた人格――お前は把握しているのか」
「うん」
隠す必要性はどこにもない。訊かれたら正直に答えるだけ。
しかし、話したところで信じてもらえないという意識がある辰弥にはどこまで説明していいか全く分からないものだった。
「医者に行けって言うなら行く。
ノインと自分では戦闘スタイルが全く違う。普通の人間が見れば別の人格が表出したという認識になってもおかしくない。
そういう点では、辰弥は無意識のうちに鏡介と話を合わせようとしていた。
ノインの意識が生きていて、緊急時には辰弥の肉体を掌握できるという話は普通の人間には理解できる内容ではない。それなら多重人格として処理してしまった方が――。
「ノインなんだろ」
「え」
鏡介の口から出るとは思っていなかった言葉に、辰弥が絶句する。
「白ベース、猫耳に尻尾、猫のような身のこなし……猫の人格――ニャン格? が多重人格の一つにあったとしても、猫が生成やトランスをするはずがない。それにノインは猫っぽいところがあったし、実際のところ永江 晃が猫の特性を埋め込んでいたんだろう? それならあの時表に出たのがノインだ、と説明できる」
『なんだよニャン格って! スマした顔してふざけんじゃねえ!』
辰弥の膝の上でノインが憤慨しているが、それを見ることなく辰弥は窓の外に視線を向けた。
「言っても信じないでしょ」
自分にはノインが見えているし会話もできる、と言っても信じてもらえるわけがない。
あまりにも人間の常識からかけ離れているし、人間の常識に当てはめるとしたらオカルトでしか説明できない。そのオカルトもほとんどが科学で解明されている今、それで説明できないノインの存在は多重人格として処理してしまった方が話は早い――と思ったのだが。
いや、と鏡介が首を振る。
「LEBという存在が現実にある以上、お前の身体に何があってもおかしくない――というか、今更何を言われても驚かない」
「んー? さっきの辰弥の話か? 俺も混ぜろ」
鏡介の声を聞き付け、後部座席の日翔が座席の隙間から首を突っ込んでくる。
「さっきの辰弥さ、見た目とか色々変わってたけどあれなんなん?」
「それを今から説明してもらうところだ」
気の早い日翔を鏡介がなだめる。
いつもと変わりない雰囲気に、辰弥は小さく息をついて日翔と鏡介を見た。
「俺、ノインと融合したじゃん。俺の人格が表に出ているから二人はノインの意識は消えた、と思ってるみたいだけどさ――残ってるんだよ」
「残ってる?」
辰弥の言葉に日翔が首をかしげる。
うん、と頷き、辰弥は言葉を続けた。
「実は、俺にはノインが視えてる。晃も無反応って考えると、俺にしか視えてないはず」
「え、雪啼生きてんの?」
日翔が素っ頓狂な声を上げる。
日翔にとってはノインはまだ雪啼なのか、と思いつつも辰弥は頷いてみせた。
「なんて言えばいいのかな……。俺とノインは融合したけど細胞そのものが融合したんじゃなくて、混ぜ合わせたみたいな感じなんだ。例えるならボールプールみたいな」
「ボールプール?」
辰弥の例えがいまいち理解できず、日翔がもう一度首をかしげる。
「なるほど、赤と青、二色のボールを同じ柵の中に入れた感じか」
鏡介はピンと来たのだろう、自分なりに解釈した内容を口にすると辰弥はうん、と頷いた。
「だから厳密にはノインは生きてる。ただ、肉体の割合的に俺の方が多かったとか色々あって主導権は俺にある。ノインの細胞が多い部分だとノインの特徴が出たりするんだけどね」
そう呟いた辰弥の視線が知らず、自分の股間に向かう。
そういえばそのせいでノインに……と内心で呟くが、日翔と鏡介の目には辰弥がただうつむいただけに見えたらしい。
そうか、と呟き、鏡介はちら、と窓の外に視線を投げた。
「ノインは生きている――か」
「俺が狂ったとは思わないの?」
常軌を逸した行動を取れば、まず精神の異常を疑うべきだ。少なくとも辰弥はそう思っていたし、実際に研究所にいた頃はそれが当たり前だった。
自分の後に造られた
そのときの経験があるから、意識を失ってノインが出た時のことははたから見れば精神異常者の動きだと思うのが普通である――そう、辰弥は思っていた。
それなのに鏡介は辰弥が精神に異常をきたしたのではなく、何かしら別の要素が絡んでいると判断した。それどころかノインの存在に気が付いた。
ノインが生きているという話をしても疑うことなく受け入れた。
辰弥にとっては話が早くて助かることではあったが、それでも何も言わず受け入れられたことに何故か心が痛む。
どうせ信じてもらえないだろう、と思っていたのに信じてもらえたことに嬉しい、よりも助かった、という感情が先に立つ。
それに気づき、辰弥は自分の思考の変化に気が付いた。
以前の自分なら信じてもらえたことが嬉しかったはずだ。仲間としての絆の強さに感謝したはずだ。
それなのに、素直に喜べていない自分がいる。
ノインと融合したことによる変化なのか、それとも素直に人を信じることができなくなってしまったのか。
千歳と昴のことを思い出す。
結局、千歳は本当に辰弥のことが好きだったのか、演技で恋人を演じたのかは分からない。そこに昴という悪意を固めたような人間が混ざりこんでくると余計に分からなくなる。
千歳が好きだという感情は今でも変わらない。それなのに、千歳の感情は永遠に分からない。
この二人の存在が、自分以外の人間を本当に信じていいのかと判断を鈍らせる。
あれだけ大切な仲間で、自分の命に代えてでも守りたいと思った二人にすら、信じてもらえないだろうという諦念を持ってしまう。
期待してはいけない、信じてはいけない、心に深く刺さった棘は日翔と鏡介に対する信頼までも揺るがしていた。
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