Vanishing Point / ASTRAY #03
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「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
途中、河内池辺名物の餃子を食べる三人。その後、「カタストロフ」の襲撃を受けるものの撃退し、RVパーク池辺で一同は一泊することになる。
河内池辺を離れ、隣の馬返に赴いた三人は馬返東照宮を観光する。
その戻りに、辰弥は「カタストロフ」に襲われている一人の少女を保護するが、彼女はLEBだった。
「
「カタストロフ」から逃げ出したというツェンテ、保護するべきと主張する日翔と危険だから殺せと言う鏡介の間に立ち、リスクを避けるためにもツェンテを殺すことを決意する辰弥。
しかし、ナイフを手にした瞬間にPTSDを発症し、ツェンテの殺害に失敗する。
それを見た日翔が「主任に預けてはどうか」と提案、ツェンテは晃に回収してもらうこととなった。
移動中、ノインの指摘で輸血をすることになった辰弥は日翔に話し相手になるよう依頼する。
何がしたい、と訊かれた辰弥は色んな所に行きたいと呟く。
千体市に到着し、駐車場にキャンピングカーを停めた三人はぶらぶらと駅周辺の通りを歩いていた。
「磐瀨のアライアンスは……」
鏡介が各地のアライアンスのネットワークから本部の所在地を確認している。
辰弥と日翔はというと、鏡介に調べ物を任せて通りに軒を並べる店を眺めていた。
「へー、ずんだシェイク」
日翔が興味津々で店の一軒を眺める。
「ずんだってなんだ?」
「枝豆をすりつぶしたペーストらしいよ」
日翔の疑問は辰弥も感じていたようで、先に調べていた辰弥が説明する。
「枝豆って、ビールのおつまみに合うやつだろ? あれのペーストか?」
「そうみたい。ってか、枝豆って大豆の未成熟な状態なんだ」
視界に映る説明文を読みながら辰弥が感心したように呟く。
『パパー、ノインこれ飲みたーい』
(こういう時だけパパ呼ばわりしないで!?!?
)
あれだけ酷い目に遭ってきたのに今更パパと呼ばれたくない。
そう反発するものの、辰弥もずんだシェイクには興味があった。
(まあ、買うけど)
『やったー』
「鏡介も飲むよね? 糖分補給にもちょうどいいと思うし」
眉間に皺を寄せてぶつぶつと呟いている鏡介に辰弥が声をかける。
「ん? ああ、俺ももらおう」
心ここに在らずといった感じで鏡介が頷くと、辰弥はそれなら、と店員に声をかけた。
「ずんだシェイク三つお願いします」
『四つ!』
(二つで十分だよ!)
『一個足りなくない!?!?
』
そんな茶番をノインと繰り広げながらも辰弥はずんだシェイクを受け取り、日翔と鏡介にも渡す。
プラスチックのコップに差されたストローに口を付け、どろりとした液体を口に運ぶ。
ゆるくなったソフトクリーム――そんなシェイクに潰された枝豆の細かい粒が混ざり、独特の食感が喉を通り過ぎていく。
「あー、あめぇ」
ずんだシェイクを一口飲んだ日翔が幸せそうに呟いた。
「ずんだいいな」
「うん、これなら俺でも作れそうだ」
辰弥もずんだのつぶつぶとした食感を確認しながら呟く。
「ずんだって、ずんだ餅が有名らしいけどこういう食べ方もいいね。今度ずんだ餅作ってみようかな」
「お、辰弥のずんだ餅が食えるのか? 楽しみだな!」
嬉しそうに笑う日翔の笑顔が相変わらず眩しい。
もう何度も感じた幸福感に、こんな毎日が続けばいいのに、と思ってしまう。
元気になった日翔の一挙手一投足が見ているだけで嬉しい。
同じ戦場に立てる、同じものが食べられる、同じ場所に行ける、たったそれだけのことがほんの数か月失われたことが自分にとって大きな絶望だったのだと思い知る。
「あ、辰弥あれ見ろよ! 牛タン定食だぞ!」
幸せを噛み締める辰弥の横で、日翔がはしゃいでいる。
辰弥も日翔の視線の先を見ると、そこに一軒の定食屋が居を構えていた。
看板やホロサイネージの宣伝を見ると「千体名物牛タン定食」と書かれている。
「へえ、牛タン」
興味の対象が一気に牛タンへと引き寄せられ、辰弥がホロサイネージに表示された牛タン定食の写真に視線を投げる。
千体市と言えば牛タンが有名だったな、と思い返しながら辰弥がホロサイネージから視線を外し、無言でずんだシェイクをすする鏡介をちら、と見た。
「鏡介、」
「依頼を受ける前に腹ごしらえは必要だろう、行くぞ」
ずずっと一気にずんだシェイクを飲み干し、鏡介が定食屋に足を向ける。
「分かってるじゃん」
鏡介の動きがあまりにも慣れたもので、辰弥が思わず笑う。
「どうせ『ここで食べて行こう』とか言うのは分かっているからな。確認するまでもない」
それに、a.n.g.e.l.によるとこの店は「当たり」だと続ける鏡介に、辰弥と日翔は顔を見合わせた。
「日翔、鏡介ってさ……」
「絶対むっつり楽しんでるよな」
何事にも興味がない、といった佇まいでいる鏡介だが、実はこの逃避行を鏡介なりに楽しんでいるのだろうか、と考え、辰弥と日翔は内心ほっとする。
楽しんでいるのが自分たちだけだったら鏡介に申し訳ないところだったが、そうでないなら気兼ねする必要はない。
もっと鏡介も表に出せばいいのに、と思いつつ、辰弥と日翔は鏡介に続いて店の暖簾をくぐった。
レトロな雰囲気の店内が、何故か「当たりだ」という安心感をもたらしてくる。
三人が四人掛けのテーブル席に腰掛けると、店員がお冷を三人の前において下がっていく。
「全員牛タン定食でいいよな? この店のおすすめだし」
日翔が壁に表示された「当店のおすすめ 牛タン定食」のポスターを見ながら確認する。
「うん、いいよ」
「ああ、俺も貰おう」
『お肉! ノインも食べる!』
辰弥と鏡介も迷うことなく同意し、日翔が「牛タン定食三つ!」と厨房に向かって声を上げる。
『だから四つだろ!!!!』
(知らんがな)
「あいよ!」
店主らしき男が頷き、フライパンを手に取る。
「楽しみだね」
水を飲みながら辰弥が呟くと、鏡介はすっと指を動かして辰弥と日翔にデータを転送した。
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