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Vanishing Point / ASTRAY #03

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ここまでのあらすじ(クリックタップで展開)

 「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
 途中、河内池辺名物の餃子を食べる三人。その後、「カタストロフ」の襲撃を受けるものの撃退し、RVパーク池辺で一同は一泊することになる。
 河内池辺を離れ、隣の馬返に赴いた三人は馬返東照宮を観光する。
 その戻りに、辰弥は「カタストロフ」に襲われている一人の少女を保護するが、彼女はLEBだった。
 「第十号ツェンテ」と名乗る彼女に、三人は辰弥の開発者である所沢 清史郎が生存し、新たな個体を生み出したことを知る。
 「カタストロフ」から逃げ出したというツェンテ、保護するべきと主張する日翔と危険だから殺せと言う鏡介の間に立ち、リスクを避けるためにもツェンテを殺すことを決意する辰弥。
 しかし、ナイフを手にした瞬間にPTSDを発症し、ツェンテの殺害に失敗する。
 それを見た日翔が「主任に預けてはどうか」と提案、ツェンテは晃に回収してもらうこととなった。

 

移動中、ノインの指摘で輸血をすることになった辰弥は日翔に話し相手になるよう依頼する。

 

「お前さ、これから何したい?」
「えっ」
 日翔に問われ、辰弥が言葉に詰まる。
 その質問は考えていなかった。訊かれるとしたら過去のことだろう、と思っていただけに未来を問われて戸惑ってしまう。
「これから――」
 やっとのことでそれだけ搾り出し、辰弥は口を閉ざした。
 これから、何をすればいいのだろうか。
 研究所にいた頃のように首輪をつけられた状態ではない。日翔を死の運命から掬い上げるべく動いていた時でもない。
 「カタストロフ」に狙われているとはいえ、完全な自由。どこへ行ってもいいし、何をしてもいい。
 その状態で「何をしたい?」と訊かれ、辰弥は分からなくなっていた。
 自分は何をしたいのか。何が許されているのか。
 自分の心に問いかける。自分が何を望んでいるのか覗き込んでみる。
「――色んなところに、行きたい」
 そう、呟き、ほんの少しだけ目を見開く。
 何がしたいのか、答えが出る前に辰弥は答えを口にしていた。
 色んなところに行きたい――この旅ですでに叶っていることだが、口にしてからすぐに気づく。
 この旅が終わることを恐れているのだ。
 行きたいところに行き、食べたいものを食べる。
 当たり前の欲求なのに、それが許されないような気がして、辰弥は天井に視線を泳がせる。
「俺がこんなこと言っていいのかな」
「いいに決まってるだろ」
 日翔の口から強い言葉が出て、辰弥は思わず視線を日翔に戻した。
「日翔……」
「誰に遠慮してんだよ、お前は行きたいところに行けばいいしやりたいことをやればいい。俺たちが邪魔だって言うなら身を引くし、お前がやっちゃいけないことなんてない」
 日翔の口調は強かったが、言葉の中身は優しかった。
「俺たちはお前に幸せになってほしいと思ってる」
「俺はもう十分に――」
「まだまだ足りねえよ」
 真っ直ぐに辰弥の目を見て、日翔が断言する。
「そりゃー、鏡介に言わせりゃ人の幸せなんて人それぞれかもしれんが、俺はお前にもっともっと幸せになってほしいし、満足なんてしてもらいたくない。もっと欲張ってもらいたいんだ」
 日翔の言葉に辰弥の目が揺らぐ。
 幸せになってほしい、そう願ってくれるのは嬉しい。自分はもう十分に幸せだと思っているが、もっと欲張ってもいいと言われて分からなくなる。
 そんな権利はない、幸せを望んでいい存在じゃない、そう否定したくなって辰弥はその考え自体を否定した。
 辰弥に求められているのは兵器としての性能ではない。生まれは兵器かもしれないが、少なくとも日翔と鏡介は人間としての生を望んでいる。
 それを否定するのは二人に対する裏切りだ。二人の期待に応える、というわけではないが、少なくとも自分を生み出した清史郎のために生きる必要はない。
「……いいのかな」
 それでも不安で、そう呟く。
「いいぞ。父さんが認める」
「父さんなんて、そんな――」
 いつまで引きずるの、と辰弥が苦笑する。
 一方の日翔は真顔で辰弥の顔を覗き込む。
「お前の父親は誰だよ」
「それは――」
 あまりにもストレートな日翔の質問に、辰弥が困ったような顔をした。
 コンピュータ上でゲノム情報を構築された辰弥に遺伝子上の両親は存在しない。生みの親、という点では清史郎かもしれないが、彼を親として認めたくない。それでももし親がいるとしたら――と考えると、その答えは明白だった。
「……日翔一択じゃん」
「おい、俺は!?!?
 話を聞いていたのか、鏡介から野次が飛んでくるが辰弥はそれに対して「うーん」と唸る。
「……母親?」
「はぁ!?!?
 どうしてそうなる、と運転席からぶつぶつ呟く声が聞こえてくる。
 その声を聞きながら、辰弥と日翔は顔を見合わせてぷっと笑った。
「結局、こうなるんだね」
「父さんって呼んでくれていいんだぞ?」
「それは嫌だ」
「即答かよ」
 そんな静かな会話が繰り広げられる。
『ノインのパパは――主任か、エルステか、どっちだろ』
(君のパパになるのは懲り懲りだよ)
 会話に混ざり込んだノインの言葉を一蹴し、辰弥が再び天井を見上げる。
「――なんかいいな」
 ぽつり、と呟く。
 逃避行のはずなのに、今までにはなかった穏やかでゆるい時間が過ぎていく。
「まだ何をしていいか、とか何がしたい、とかはよく分からないけど、日翔と鏡介と一緒に色んなところに行って、色んなものを見たい。三人での思い出をいっぱい作りたい」
「作ってこうぜ」
 親子としては歪な関係かもしれないが。
 それでも、三人で生きていくと決めたのだからと。
「……ま、日翔がいたらグルメ旅行になるだろ」
 運転席から皮肉たっぷりの鏡介の声が聞こえてくる。
「そうだね」
「おい、辰弥まで!」
 憤慨したような日翔の声が響く中、キャンピングカーは規則正しい音を立てながら目的地に向かって走り続けた。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

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