Vanishing Point / ASTRAY #03
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「カタストロフ」の襲撃を逃れ、キャンピングカーでの移動を始めた三人はまず河内池辺で晃と合流、それぞれのメンテナンスを行うことにする。
途中、河内池辺名物の餃子を食べる三人。その後、「カタストロフ」の襲撃を受けるものの撃退し、RVパーク池辺で一同は一泊することになる。
河内池辺を離れ、隣の馬返に赴いた三人は馬返東照宮を観光する。
その戻りに、辰弥は「カタストロフ」に襲われている一人の少女を保護するが、彼女はLEBだった。
「
「カタストロフ」から逃げ出したというツェンテ、保護するべきと主張する日翔と危険だから殺せと言う鏡介の間に立ち、リスクを避けるためにもツェンテを殺すことを決意する辰弥。
しかし、ナイフを手にした瞬間にPTSDを発症し、ツェンテの殺害に失敗する。
それを見た日翔が「主任に預けてはどうか」と提案、ツェンテは晃に回収してもらうこととなった。
移動中、ノインの指摘で輸血をすることになった辰弥は日翔に話し相手になるよう依頼する。
何がしたい、と訊かれた辰弥は色んな所に行きたいと呟く。
千体市に到着した三人は千体市名物のずんだシェイクを楽しむ。
次に、三人は牛タン定食を食べる。
千体市のアライアンスに立ち寄った三人は近隣の反グレチームの殲滅という依頼を受ける。
PCがない中、無理を押してハッキングを続ける鏡介にa.n.g.e.l.だけでなく辰弥と日翔ももう少し頼れ、と言う。
オートキャンプ場で晃と合流した三人はそれぞれメンテナンスを受ける。
辰弥と日翔のメンテナンスが終わって少ししたタイミングで義体のメンテナンスを終えた鏡介が戻ってくる。
炊事エリアに漂う香ばしい香りに、鏡介はバーベキューにしたのか、と思いながら辰弥を手伝い、鏡介が食器を配る。
「流石に毎食ご当地本物食材は財布が厳しいから今日の肉はプリント肉だよ」
「それでもお前が焼けばうまいから
辰弥が焼けた肉をトングで掴んで配ったしりから日翔が貪り、飯盒から白米をよそっていく。
「日翔、食いすぎるなよ」
鏡介がそう言い終わらぬうちに、鏡介の皿にあった肉が日翔にさらわれていく。
「日翔!」
「言うてお前そんなに食わないだろうが」
うめー! と次々肉を食べる日翔。
辰弥が苦笑しながら鏡介の皿に追加の肉を置いた。
「辰弥、日翔を怒る方が先だぞ」
「もう諦めた」
日翔のつまみ食いは逃避行が始まる前から日常茶飯事だった。台所を出禁にしても目を離した隙に進入しては何かしらを掻っ攫っていくし、三人で食べようと思って作ったおやつの内、鏡介の分だけがいつの間にか消失しているのも一度や二度でない。
辰弥もあの手この手を使って日翔のつまみ食いを阻止しようとしたが、ALSの件を知ってしまってからは何も言えなくなった。
同情してしまったんだな、とは今なら言えるが、残された時間が少ないのなら好きなものを好きなだけ食べさせるか、と思っていた――のだが。
今は話が違う。日翔は生体義体に置換して死の運命を克服した。そうなると生体義体の維持も鑑みて多少は栄養バランスを考え、健康的な食事をさせるべきである。
だが、元気になった日翔は以前に輪をかけてつまみ食いの量が増えた。普段から運動量も多いので食べすぎによる肥満、という事態には至らないが、それでも一日の許容カロリーをオーバーしている日の方が多い。
当然、辰弥も最初は日翔に注意したが、逃避行が始まってからは何も言わなくなった。
完全に諦めたのである。
日翔には食べ物に関して何を言っても無駄だ、と。
どうせ食事量を絞ったところで勝手に買い食いする。それなら三人で楽しく食べた方がいい、というのが辰弥の考えであった。
はぁ、と鏡介が特大のため息をつく。
「……育て方を間違った……」
「間違ったって、辰弥のか?」
「お前だよ!」
すっとぼける日翔に一言きつく言うものの、鏡介も半分諦めていた。
日翔とはもう六年近くになる付き合いだが、親からどういう教育を受けていたのかとにかくフリーダムだった。
つまみ食いはまだかわいい方だったかもしれない。つまみ食いしようとしてフードプリンタを起動し、爆破した回数は数えきれない。お気に入りのコーヒーメーカーを壊されたときは、当時自分の手で直接人を殺せないと言っていた鏡介も流石に殺意が湧いた。
それと同時に、天真爛漫な日翔を羨ましく思ったのも事実だ。
そんな鏡介だったから、辰弥が「諦めた」と言う気持ちも分かる。
日翔は手に負えない。特に食べ物に関しては。
いつか食あたりなり何なり痛い目に遭えば懲りるだろうが、それまでは好きにさせるしかない、というのが辰弥と鏡介の共通見解だった。
『んー、本物のお肉食べたい』
わいわい肉を食べる三人の横で、ノインがしょんぼりとしている。
(仕方ないでしょ。こっちの旅費だって有限なんだし)
『エルステ、主任に買いに行かせろ』
(パシらせるの!?!?
)
いくらなんでも武陽都から駆け付けた晃を、ここからそれなりに距離のある千体市中心部まで走らせて肉を買わせるのは酷である。せめて俺が、と反論しようとして、辰弥もすぐに気づいた。
この場での焼肉奉行は辰弥である。鏡介も鍋奉行、焼肉奉行の類は得意だが、辰弥が席を外すことによって日翔と鏡介の仁義なき戦いが始まる可能性がある。ツェンテもいるし、こんなところでリアルファイトされて周囲の宿泊客にも迷惑をかけるわけにはいかず、辰弥は反対せざるを得なかった。
『なんで! 主任金持ってる!』
(それは分かるけど!)
ノインの言い分はよく分かる。晃が金持ちなのは移動ラボを購入したり、自分たちの逃走用にとキャンピングカーをポンと買うなど、金回りの良さで分かる。これで実は借金してました、となると後々面倒なことになる――と考えたものの、そこは鏡介のハッキングの腕を信じている可能性もあり、借金していないと断言できないことに気が付く。
(まあ、とにかく今日のところはプリント肉で我慢してよ)
『やだやだー! 本物のお肉たーべーたーいー!!!!』
「晃、ナガエシラチャーソース頂戴」
ノインがわがままを言って喚き散らかすのを無視し、辰弥はすました顔で晃に手を差し出した。
「お、エルステもナガエシラチャーソースの良さが分かったか」
辰弥から要求されると思っていなかった晃がウキウキでナガエシラチャーソースのボトルを手渡す。
『ぎゃー、エルステ、やめろー!』
(わがまま言うならこれかけて食べる)
そう反応しながらも、辰弥は皿に乗っていた肉にナガエシラチャーソースをたっぷりかける。
『分かった、我慢するから!』
流石のノインもナガエシラチャーソースは味わいたくないらしい。
辰弥の脅しに素直になるが、その一方で辰弥はナガエシラチャーソースたっぷりの肉を口に入れた。
『ぎゃーーーー!!!!』
ゴロゴロと地面を転がり、悶絶するノイン。
「……やっぱ、これ痛いわ……」
辰弥とて、ナガエシラチャーソースを口に入れて無傷であるはずがない。
辛みを通り越した痛みに眉間にしわを寄せながら、辰弥は静かに自分の分の肉を食べ続けた。
「じゃ、私は帰るよ。また何かあったら連絡よろしく」
「エルステさん、お肉おいしかったです」
移動ラボに乗り込む直前、晃とツェンテが辰弥に声をかける。
「プリント肉でごめんね。次来た時はご当地食材が出せるといいな」
「焼きしいたけ、あれは本物ですよね? 私、本物の食材は初めてなのでびっくりしました」
ツェンテが嬉しそうにそう言うと、辰弥は苦笑してツェンテの頭を撫でた。
『エルステ!?!?
』
「ますます、次合流した時にはおいしいもの出さないとね。頑張って稼いでくるよ」
「あー、アライアンスの依頼やるんだったね? 無茶するなよ」
そう言い残し、移動ラボがオートキャンプ場を出ていく。
流石に桜花本土最北端近くまで来ると数巡のまとまった休みを取らないと一泊することはできない、と晃は三人のメンテナンスのためだけに来てトンボ帰りした。
幸い、運転自体は自動なのでそこまで疲労することはないが、それでも緊急時にはマニュアル操作も必要とされるので運転席から完全に離れることはできない。とはいえ、今の乗用車は運転席もリラックスして休息が取れるように設計されているため、晃も運転席でのんびりしながら帰宅することだろう。
移動ラボを見送り、辰弥がうーん、と伸びをする。
「じゃあ、俺たちは連絡を待とうか」
「そうだな、連絡が来るまでは釣り堀で釣りでもしようぜ」
「釣り? いいね、夜食に魚焼けるかな」
「お前ら、食いすぎるのもほどほどにな」
三人がそんな会話を繰り広げながらキャンピングカーに乗り込んでいく。
メンテナンスは済んだ。あとは依頼を遂行するのみ。
相手に
キャンピングカーに乗り込む直前、辰弥は一瞬立ち止まり、振り返ってキャンプ場を見回した。
周囲は同じようなキャンピングカーが何台も並び、家族やカップルが楽しそうに焚き火をしている。
――うん、大丈夫。
ほんの一瞬、不安を覚えたのだが気のせいだ、と自分に言い聞かせ、辰哉もキャンピングカーに乗り込んだ。
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