光舞う地の聖夜に駆けて 第2章
分冊版インデックス
上司によって無理やり取らされたクリスマス休暇で匠海は妖精と共にアラスカ内陸部のフェアバンクスに訪れていた。
妖精と共にオーロラを見ていた匠海はツアーの自由行動中に軍用トラックに雪を掛けられたことがきっかけで軍事施設にハッキング、そこで自分に雪を掛けたトラックが偽装のものであったということを知る。
詳しく調べるうち、トラックが持ち出したものは核弾頭であることが判明、テロの匂いを感じた匠海はトラックを妨害しようとするが別の
敵の魔術師を追い詰めたものの自身のオーグギアのリソース不足で逆転負けを喫する匠海。
だが、敵と思われた魔術師も実はテロを阻止するためにトラックを妨害しようとしていたことが分かり、二人はリアルで合流して情報交換することになった。
十二月二十三日未明。
フェアバンクス国際空港に降り立ち、その外気温の低さにぶるり、と身を震わせる。
「相変わらずさっむいなあ……」
ロサンゼルス国際空港からシアトル国際空港を経由しての約九時間のフライト、ビジネスクラスに乗っていたとはいえ外の空気は吸えないわけで、こうやって空港に降り立つと気持ちが軽くなる。
手荷物を受け取り、彼――ピーター・E・ジェイミーソンは出口に向かって歩き出した。
空港内も、空港から出た街並みもクリスマス一色で街路樹は電飾が施されていたり光るサンタクロースのオブジェが道端に置かれたりしている。
タクシーに乗り、フェアバンクス市内のとある家に向かう。
その道中、クリスマスムードの街並みを楽しみ、玄関にひときわ大きな雪だるまが置かれた家の前で止めてもらう。
ベルを鳴らすと、サンタクロースのような髭をたくわえたがっしりとした体格の家人が姿を現す。
「おお、ピーター! よく来たな!」
家人に出迎えられ、ハグをする。
「兄さんも元気そうで」
家の中に入り、ピーターがコートを脱ぐ。
寒かっただろう、部屋は暖めてあるからゆっくり休めと言われ、ピーターは客間に入りベッドにもぐりこんだ。
夜遅くではあるが不思議と眠気はない。
(せっかくアラスカに来たんだし
スポーツハッカーからの引き抜きでイルミンスールに就職したピーターは基本的に違法なハッキングは行わない。
ただし、ハッカーとしての情報収集は怠ると最終的にイルミンスール防衛に影響するため『第二層』やロサンゼルスのローカルディープには足しげく通っている。
イルミンスール防衛のための情報収集ならアラスカのローカルディープに潜る必要はない。
しかし、ローカルディープには表のネットワークにはないディープな話題も多く、また職場の仲間もそういった土産話を楽しみにしている。
寝転がったまま空中に指を走らせ、深層侵入用のアプリを起動、ローカルディープにダイブする。
そんなことをしているうちにフライトの疲れが漸く出てきて、ピーターはあくびを一つしてアプリを閉じる。
その直前に「
毎年クリスマスには休暇をとってフェアバンクスに住む兄夫婦の家に滞在するのがピーターの恒例行事だった。
兄夫婦には娘が一人、年に一回しか会えないにもかかわらずピーターに懐いており「おじちゃん、おじちゃん」と後ろを付いて回る。
まだ二十四なんだけどなあ、叔父さんかあ、などと思いながらピーターは毎年この時期を楽しみに働いていた。
「あ、おじちゃん、来てたの!」
朝食のためにダイニングに姿を現したピーターを見て姪が嬉しそうに声を上げ、飛びついてくる。
「
ベス、と呼んだ姪を抱き上げ、ピーターが嬉しそうに笑う。
「ピーター、今日はベスと雪遊びでもしてやってくれ」
朝食を乗せたプレートをピーターの席に置いた兄がそう声をかけてくる。
ああ、いいぜ、と了承し、ピーターは朝食を口に運んだ。
その後、昼食を挟んで夕食まで姪と雪遊びのフルコースを楽しみ、兄夫婦との団欒の後客間に戻る。
それから、ピーターは改めてローカルディープに潜り込んだ。
土産話は多い方がいい。
そう思っての侵入だったが、ふと、昨夜寝落ちする前に見かけた「GLFNの支配からの脱却」という言葉を思い出す。
何だったんだろう、と気になるものの普通に検索して出てくるようなローカルディープではない。
昨夜の
ページの内容を読む。
読んでいくうちに、ピーターの眉が寄る。
今、この世界はGLFN四社の支配によって抑圧されている。
この四社は『世界樹』と呼ばれるメガサーバを建造したがこれらはオーグギアネットワークを支配し、世論を自分たちの都合のいいように改変している。
四本目の『世界樹』が完成し、稼働開始した暁にはその支配はさらに強まるだろう。
それを阻止し、世界のネットワークを四社から開放するために、我々は『世界樹』を攻撃することを決定した。
そんな序文から始まったページは世界樹攻撃テロを行うためのメンバー募集ページだった。
その世界樹に攻撃を仕掛けるとは。
詳しく読むと日程は十二月二十四日、
奇しくもその日は
いや、テロリストはそれを狙っているのか。
阻止しなければいけない。
通報するか、とピーターは考えた。
しかし警察に通報したところで本気にしてもらえるかどうか。
実際、ピーター自身もこのテロが本当に起こされるのかどうか判別がつかない。
ローカルディープは情報が玉石混交に入り混じっている。その真偽を判断するのもハッカーに必要なスキル。
このページもちょっと過激ないたずらではないだろうか。
そう自分に言い聞かせ、ピーターはページを閉じようとした。
しかし、それでも何かが引っ掛かる。
これがもし真実なら自分はとんでもないことに手を貸すことになってしまう。
「何もしない」ことを選択したが故に「テロを発生させてしまう」ことになるのだ。
仕方ない、とピーターは溜息を吐いた。
違法なハッキングはしたくない。
しかしそれにより多数の人間を危険にさらすことになるのであれば、動くしかないだろう。
まずは集合場所とされている施設のセキュリティにアクセスする。
施設自体は廃棄されていたが廃棄されて間もないのだろう、電源や各種システムはまだ稼働していた。
ピーターのアバターが豪奢な鎧を纏い、セキュリティエリアに降り立つ。
ネットワーク監視セキュリティの
次のパルスは三十分後、タイマーをセットし施設の監視カメラを掌握する。
三十分以内に凍結を解除し、離脱すればパルスは何事もなかったかのように通過し、侵入は察知されない。
監視カメラの映像を見るとそれなりの人数の人間が集まっていた。
カメラ内蔵のマイクの音声も拾う。
《では、『
ちょうど、決起集会が終わったところだった。
ざわざわと集まった人間が解散していく。
――テロは、真実か?
まずい、あのページの信憑性が上がってきた。
とはいえ、ただのお祭り騒ぎの準備という可能性もある。
こんな監視カメラに映像が残るような場所でとんでもないことを計画するはずがない。
だがそれも相手の計算内であれば?
ここに集まった人間もネタだと思い込んで集まり、計画に加担させられていれば?
――もう一手、欲しい。
そこで再び溜息を吐く。
監視カメラの向きを操作すると、正面のスクリーンに映像が映されていることに気付いた。
カメラをズーム、スクリーンが見えるようにする。
この時代、映像の共有となるとオーグギアの画面共有で事足りるはずである。
しかし、よくよく観察すると参加者にはいかにも「オーグギアを付けていません」といった風貌の人物も見受けられる。
なるほど、金欲しさに参加した
どうやってローカルディープの情報を手に入れたか知らないが大方首謀者側の人間が「うまい話がある」と言って巻き込んだのだろう。
そうなるとどうしても肉眼による映像確認になるか。
スクリーンの映像を撮影、これ以上長居は無用と施設のセキュリティの凍結を解除して離脱する。
撮影したスクリーンの映像を確認する。
少し荒れている部分をノイズ軽減等で補正するとかなりはっきりしたものになる。
映っていたのは『
内容はアラスカのどこかに準備した発射設備より四発の弾道ミサイルを発射、
その準備としてチェナ・リバーの施設に偽装した軍用トラックで乗り入れ、「何か」を受け取ったのち「どこか」へ輸送するらしい。
なんという計画だ、とピーターは唸った。
『
その中でも最大級のものだ、と感じる。
こんなことが実行されれば世界樹の倒壊によるネットワークインフラの崩壊は避けられないしそれ以上に世界は混乱に陥るだろう。
もしかすると、『戦争』が復活するかもしれない。
たとえこれがただの悪ふざけで実際はただのどんちゃん騒ぎであったとしても、悪質すぎる。
とりあえず通報しておくか、とピーターは呟いた。
だが、悪ふざけであった場合今度はピーターの違法なハッキングが明るみになり、逆に自分が逮捕されてしまう。
「通報は、できないよなあ……」
溜息を吐いてピーターは椅子にもたれかかった。
ちら、と時計を見ると日付は十二月二十四日に差し掛かったところ。
とりあえず該当のトラックを探してみるか、とピーターは近くの地上撮影用カメラを持つ気象衛星にアクセスした。
違法なハッキングを繰り返しているな、と自分に嫌気がさすがここで引き下がれば世界樹が危ない。
同時進行でさらなる映像の解析とローカルディープでの情報収集に当たるが何の収穫もない状態が続く。
無駄かと思われる時間が経過するが、衛星映像に1台のトラックが映し出される。
「見つけた!」
即座に
ああくそ、面倒なとピーターは自分のサポートAIに声をかけた。
「ミシェル、ちょっと出かける準備するから監視を続けてくれ」
そう言いながら防寒具を身に纏い、ポケットに荷物から取り出したスマートガンを押し込む。
『了解しました、マスター』
ミシェル、と呼ばれた女性型アンドロイドの姿をしたサポートAIがウィンドウを展開、ピーターからの映像監視を引き継ぐ。
階段を降り、ピーターはTVを見ていた兄に声をかける。
「兄さん、車貸してくれ」
「どうした、こんな夜中に」
そう言いながらも、兄はピーターが切羽詰まっている顔をしていることに気づきすぐに頷く。
車のキーを取り出してピーターに向かって投げ、声をかける。
「相変わらず、お前は首を突っ込みたがるな」
「兄さん……」
「クリスマスパーティーは十八時からだ。それまでには帰ってこいよ。ベスが楽しみにしている。言っとくが、ベスを泣かせたらどうなるか分かってるだろうな?」
ピーターの兄は
これはかなり本気だ、万一時間に遅れでもしたら命がないかもしれない。
「わかってるよ、パーティーまでには帰る」
そう言って兄に頷いて見せ、ピーターは家を飛び出した。
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