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光舞う地の聖夜に駆けて 第2章

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前回のあらすじ(クリックタップで展開)

 上司によって無理やり取らされたクリスマス休暇で匠海は妖精と共にアラスカ内陸部のフェアバンクスに訪れていた。
 妖精と共にオーロラを見ていた匠海はツアーの自由行動中に軍用トラックに雪を掛けられたことがきっかけで軍事施設にハッキング、そこで自分に雪を掛けたトラックが偽装のものであったということを知る。
 詳しく調べるうち、トラックが持ち出したものは核弾頭であることが判明、テロの匂いを感じた匠海はトラックを妨害しようとするが別の魔術師マジシャンと交戦することになる。
 敵の魔術師を追い詰めたものの自身のオーグギアのリソース不足で逆転負けを喫する匠海。
 だが、敵と思われた魔術師も実はテロを阻止するためにトラックを妨害しようとしていたことが分かり、二人はリアルで合流して情報交換することになった。

 

 車に乗り込み自動運転を開始、行先の制御はミシェルに移譲する。
制御を任せたYou have.
了解しましたI have.
 ミシェルが運転を開始したことを確認し、衛星からの追跡を再開、位置を確認してからアラスカの交通網のシステムに侵入する。
 ちょうどトラックはまだ信号の多いエリアを走っている。
 うまく信号を制御すれば違う場所に誘導、搭乗員に先制攻撃を仕掛けることができるだろう。
 とはいえ、手持ちの武器はスマートガン一丁とオーグギア内のハッキングツールのみ。
 下手をすれば相手の方が腕っぷしは強いはずなのに無茶するなあと自虐しつつも交通網のイメージマップに降り立ち、各信号に目を光らせる。
 交通網の一角に衛星監視で追跡しているトラックが光点で表示される。
 そこから各信号の表示タイミングを確認、最短で誘導でき、自分も駆けつけられそうなポイントを選定する。
「さぁて、ルキウスさん、やりますか」
 ぽきり、と指を鳴らし、ピーターはツールを展開、信号機に接触した。
 信号を制御、トラックが信号を回避して道を曲がる。
「オーケー、いい子だ」
 次の信号を捕捉、操作してトラックを誘導する。
 しかし。
 何度か信号を操作したときに「それ」は起こった。
 赤にしていた信号が突然青に変わる。
「は?」
 即座に赤に戻すものの、青になったことでトラックは信号を通過する。
「なんなんだよ!」
 慌てて次のルートを算出リルートを行い、次の信号にアクセスする。
 だがここでも同じく制御の奪い合いとなる。
「他に魔術師マジシャンがアクセスしている?!?!
 テロリストに気づかれたか。
 まずい、相手の魔術師を排除しなければこちらの場所も特定されて攻撃される。
 どこにいる、とピーターは周りを見回した。
 トラックの追跡を続けながら、周りに怪しいアバターがいないか索敵する。
 そのタイミングで、探査電子パルスがピーターのアバターに反射する。
「しまっ――!」
 それがデータ収集プログラムPINGであるとはすぐに気づいた。
 PINGは予め想定して幾重にも対策ツールを展開しておけば回避できないこともない、というくらいには探査性能の高いツール。
 しかし、「相手に悟られず先制攻撃する」ことが大きなアドバンテージとなる魔術師戦で使うには大きなデメリットがある。
 それは「自分から探査電子を飛ばすが故に自分の居場所も察知されやすい」というもの。
 それゆえ、好んで使う魔術師は多くないが逆によく使う魔術師は自分の居場所を察知されたとしてもそれを補う多彩な攻撃方法を持つ。
 相手はそれほど腕に自信があるのか、とピーターが発信源を探る。
 視界レーダーに浮かび上がる光点。
 そこか、とピーターは光点を睨みつけた。
 しかし今は相手にかまけている暇はない。
 なんとかしてトラックを誘導しなければ見失うロストする
 その焦りが、ピーターの判断を鈍らせる。
 次の信号、相手はまだ動いていない。
 信号を操作しようと、ピーターは手を伸ばした。
 しかし、信号に触れる直前、嫌な予感を覚え、咄嗟に一歩後退、愛用の剣を振るう。
 刃から放たれた斬撃波が信号自体を凍結するかのように見え――
 信号の表面で何かが凍結した。
 何もなければ信号自体が凍結するはずである。
 だが、凍結したのは信号ではない何か。
 トラップだ、とピーターはすぐに判断した。
 まずい、と即座に自分のオーグギアへのルートに防壁を展開する。
 しかし、それよりも相手の動きは疾い。
 防壁が閉まる直前にスライディングで突破される。
「――こいつっ!」
 相手の動きが疾すぎる。
 通常のオーグギアユーザーでは出せない反応速度で複数張った防壁を通過してくる。
「まさか、こいつ!」
 ――インプラントチップ導入者?!
 オーグギアとのトラッキング速度等を強化するために脳にインプラントチップを埋め込み、ナノマシンを注入する人間はいる。
 ただしこれは技術は開示されたものの一般人が易々と手を出せるものではない。
 費用もさることながら、悪用を防ぐためにかなりの与信機関が動く。
 そのため、基本的に導入するのは資金力のある企業GLFNのそれなりの立場にいる人間やサイバー犯罪取締りに携わる人間、あとは一部のスポーツハッカーランカーかヘビーにオーグギアを使う富裕層くらいである。
 それでも世の中、悪人はいくらでもいるもので金さえ積めば与信機関を欺いて導入手術を行う医者もいる。今立ちはだかる魔術師もその類で導入したのであろう。
 厄介なことになった、とピーターは歯軋りした。
 ダミーの防壁を展開してルートを欺瞞したいが相手の動きが疾すぎて間に合わない。
 結果的に自分の領域オーグギアに相手を導く形となってしまう。
 とはいえ、若干の違和感を覚える。
 反応速度は疾い。判断の正確さも考えると自分と同等か、上回るほど。
 それでも、リソースの配分がおかしい。
 ここまで追い詰めておきながら出し惜しみしている感がある。
 いや、これは出し惜しみではなく。
 ――外部デバイスブースターを使っていない?
 ブースターはオーグギアの処理能力リソースをブーストするためにヘビーユーザーが着用する。特に上位の魔術師はオーグギアを過稼働オーバークロックしても足りず、ブースターで演算を分散、拡張して初めて最高のパフォーマンスを発揮する。
 それなのに、この相手はどう考えてもブースターを使用していない。
 なんらかのトラブルがあって破損したのか、それとも別の要因があるのか。
 ――それなら、勝ち目はある。
 しかも戦場フィールドはこちら、地の利がある。
 フィールドに一人の騎士が降り立つ。
 イメージカラーはブルー、王の風格すら漂わせるその姿に一瞬、迷う。
 ――こいつ、本当にテロリストか?
 別にアバターを見ての素性推測プロファイリングが得意というわけでもない。
 ただ、ここまで堂々とした姿のアバターでテロが起こせるものなのか。
 それとも、後ろめたさは微塵もなく、自分の考えこそ正義だと思っているのか。
 ピーターの剣が冷気を帯びる。
 騎士に向けて、ピーターは剣を振り下ろした。
 斬撃波が騎士に向けて放たれ、そして回避される。
「ち、躱したか」
 当たれば無力化凍結できたのに、とピーターが呟く。
「だが!」
 ――相手のリソースがこちらより遥かに下ならいつかはこのフロレントが届く。
 『凍て付く皇帝の剣フロレント』、ピーターが自分で組み上げた独自ツール。
 剣自体はただの切断破壊系素体でできているがその最大の特徴は斬撃波にある。
 斬撃波が触れた瞬間、対象の処理は凍結してその機能を停止させる。発動もほぼ即時で相手は回避するかハッキングによって凍結解除するしかない。
 構築当時はまだ斬撃波を飛ばすことができず、破壊系ツールに有利を取られることがあった。
 しかし、ピーターは何度も改造アップデートを行い自分の位置から離れた箇所を対象に取れる斬撃を飛ばせるようになった。
 そのため、同じ剣系のツールを使う魔術師に対して有利が取りやすい。スポーツハッカー時代はその斬撃波ゆえに『騎士殺し』と呼ばれたこともある。
 当時、剣系ツールを使う魔術師の最強格と謳われていた『キャメロット』のガウェインと対戦した際、彼の独自ツール万物灼き尽くす太陽の牙ガラティーンさえ退けたことがある。当時は「ピータールキウスの凍てつきは太陽すら蝕む」などとネットニュースになった程である、が。
 目の前の騎士相手は騎士のアバター、手にしている武器も脅威は感じるが剣系。こちらが有利である。
 もう一度斬撃波を飛ばす。
 騎士が手持ちの剣で受けようとするが、直前に回避する。
 騎士のマントの一部が凍結する。
 ――った!
 フロレントの凍結はその瞬間のみのものではない。
 少しでも傷を与えればその部位から徐々に全体を凍結させる。
 それはアバターであっても同じで、凍結は少しずつ構築コードを蝕み、やがて全てを凍結させる。
 そうなれば相手は離脱することもできずただ通報されるのみとなる。
 が。

 

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