光舞う地の聖夜に駆けて 第6章
分冊版インデックス
匠海、ピーター、タイロンの3人はそれぞれきっかけは別だったものの同じテロ阻止のため、手を組むことにする。
数々の妨害にあったものの、3人はテロの首謀者、イーライを無力化することに成功するが、弾道ミサイルの発射カウントダウンはスタートしてしまう。
それを阻止するために発射システムをハッキングしようとするが
チェルノボグの
チェルノボグの撃退によってカウントダウンは停止できたもののイーライは次善の案としてGWT爆破を実行しようとする。
GWTがネットワークに接続した瞬間に起爆すると言われ、アラスカにいる3人にはもはや打つ手なしと思われたが……
突然の着信に、とうふが首を傾げる。
今はGWT完成式典の真っ最中、よほどの緊急事態でもなければ誰も電話をかけてくるはずはないと思っていたが。
発信者の名前を見る。
匠海は今アラスカにいるはずだ。電話をかけてくる理由など全く思いつかない。
時差を考えると向こうは現在十五時ごろだが、それを忘れたか?
完成式典とはいえ、今は立食パーティー中、障害のこともあり、とうふは座って食べたい来賓向けのテーブルに座っていた。
一瞬、拒否するかととうふは考えた。
匠海もスケジュールは分かっているはずである。それなのに電話してくるとは。
まさか、
だとしたらある意味緊急事態である。出なければ出ないで後々面倒なことになるだろう。
仕方ないな、ととうふは通話ボタンをタップした。
《――じゃ、俺は話つけてくるから――ああ、とうふ、完成式典はどうだ?》
数日ぶりに聞く匠海の声。
実際のところは聴覚にも影響が出るほどの後遺症のため、とうふの視界には通話相手との会話内容がテキストログとしてリアルタイムに表示されるようになっている。
通話の向こうから「本当にいたぁーーーー!?!?」という絶叫がログに表示され、旅先で友達でもできたのかと考える。
あいつ、仲間とも割と距離取ってるしなあ、友達できたかあ、などと少し感慨に耽りながらとうふはああ、まぁな、と返答した。
「結構めんどくさいな。今、やっと食事だがあと一時間くらいで開通だ」
ところで、誰かといるようだが? 友達できたか、俺は嬉しいぞ、ととうふが続けようとする。
すると匠海はそれを遮り切羽詰まったような声で「それどころじゃないんだ」と返してきた。
《とうふ、緊急事態だ》
「なんだ?」
匠海の声音に、とうふも真顔になる。
まさか、本当に逮捕されたのか? という不安がよぎる。
《GWTの開通は遅らせられないか?》
「……は?」
何を言っているんだお前は、と、とうふが首を傾げる。
《GWTに爆弾が仕掛けられている。
「……は?」
再び、とうふが声をあげ、それから声のトーンを落として匠海に尋ねる。
「どういうことだ、爆弾って」
《詳しくは話している暇はない。ただ、GWTに爆弾が仕掛けられていて、どうやら起爆システムが特殊なものらしい》
匠海は逮捕どころかとんでもないことに巻き込まれているようだ、と認識するとうふ。
《起爆のトリガーはGWTがネットワークに接続した瞬間。よくあるタイマー式でないと考えるとケーブルを切るだけではダメかもしれない》
「それは、厄介だな」
だが、それは本当なのか? と、とうふは素直に疑問を口にした。
匠海が冗談を言っているとも思えないが、GWTに爆弾など、到底考えられない。
たまたま、『第二層』あたりでガセネタでも掴んだんじゃないのか、ととうふが思っていると。
《こちとら核ミサイル発射阻止で死ぬ思いしてんだよ! 嘘だったらお前が骨折り損のくたびれもうけなだけで誰も不幸にはならないだろ! とにかく動け!》
――話のスケールが、やばい。
GWTに爆弾を仕掛けられているというだけでも眉唾物だったが、そこへもっての核ミサイル発射阻止、それも死ぬ思いをしたということは。
「……本当、なのか?」
《だから嘘だったら被害はお前だけで済むんだよ!》
電話の向こうで匠海が怒鳴る。
これは信じるしかない。いくら
分かった、ととうふは頷いた。
嘘であったとしても、自分一人が怒られるだけだ。そうなれば後で匠海をいじればいい。
「で、どこに仕掛けてあるとか分かってるのか?」
《基礎部分だ。システムを止めるには、おそらくお前の力が必要になる》
「……つまり、ハッキングしろということか」
ああ、と匠海が頷く。
「バカ言うな、俺は前とは違うんだぞ? ハッキングなんて」
あの時の負傷で体も思うように動かせない、あれからもうハッキング自体していない、と、とうふは思わず弱音を吐いた。
数年のブランクで腕が落ちた、ということもある。だが、それだけではなく純粋に精密な操作を必要とするハッキングができるのかという疑問が生じる。
《自分を信じろ。お前には力があるだろ》
匠海の言葉に、ハッとする。
彼がNYPDではなくわざわざ自分に連絡してきたということは、今ここで事態に対処できるのは自分しかいないと信じてのこと。
その思いを無碍にするのか、ととうふは考えた。
そもそも、匠海が来る前は誰が
分かった、ととうふは頷いた。
「仕方ないな、久々のハッキング、させてもらう」
《不安だったらGWTの運営につなげ。なんとかして開通を遅らせる》
匠海の配慮が心に染みる。
だが、とうふは、
「いや、いい。この状況で下手に話を大ごとにすれば余計めんどくさいことになる」
《……分かった。お前を、信じる》
GWTを、いや、世界をお前に託す、そう言い匠海は通話を切った。
「……やれやれ」
相変わらずの巻き込まれ体質だ、と呟いたとうふの言葉は匠海に向けたものなのか、はたまた自分に向けたものなのか。
時計を見ると、十九時二十分を指したところ。
机に立てかけていた杖を手に取り、とうふはよいしょ、と立ち上がった。
通話を切り、匠海がふう、と息を吐く。
「なんとかなりそうか?」
タイロンの問いに、匠海がああ、と頷く。
「少なくとも、ユグドラシルでは俺の次に腕の確かな奴だ、やってくれるはず」
匠海のその言葉に、ピーターは
あの匠海が自分の次に、と言うのである。そこに超えられない壁があったとしても相当な技量だろう。
そう考えると彼が「上司」と言っていたのも本当に実力があってのことなのか。
単に実力主義で役職が決まるなら匠海がその立場にいてもおかしくないはず。だがそうでないことを考えるとやはり犯罪者枠には一定の枷があるということだろう。
「まぁ、ブランクはあるが俺はとうふを信じる」
ブランクがある、ということにいささかの不安を覚えないこともないが、匠海がそこまで信じているのなら大丈夫だろう、とピーターも信じることにする。
しかし、スクリーンネームが「とうふ」とは。
「
思わず、ピーターが尋ねる。
それに対し「知らんがな」と言いたげな顔で匠海は口を開いた。
「ピーター、
「アーサー……」
今、匠海は初めてピーターのことをスクリーンネームではなく本名で呼んだ。
同時に思う。
匠海のことも初対面時はいけ好かない日系人のおっさんだと思っていたが、今はどうかと。
あのアーサーのハッキングを目の当たりにし、人種など関係なく純粋に凄いと思ったのではないのか。
日系人だから、白人じゃないからと嫌悪するのは愚の骨頂である。
そう考えると、とうふの生まれを勘繰ったのは間違いだった。
どのような人間であれ、実力があるなら認める、それが世界である。
「……オレが悪かった、タクミ。あ、でも親がそうだったから、とかじゃないからな!」
思わず余計な一言をつけてしまったが、ピーターは素直に謝った。
同じ人間を、安易に分けてはいけない、と。
「……謝れて、偉いな」
匠海が手を伸ばし、ピーターの頭をわしゃわしゃとする。
「アーサー、やめろよ」
まさか褒められると思っていなかったのか、ピーターが照れくさそうにする。
「ま、とにかくこちらで打てる手は打った。あとはとうふの報告を待とう」
俺は疲れた、暫く休む、と匠海は悔しそうに顔を歪めるイーライを一瞥し、それから地面に座り込んだ。
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