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光舞う地の聖夜に駆けて 第6章

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前回のあらすじ(クリックタップで展開)

 匠海、ピーター、タイロンの3人はそれぞれきっかけは別だったものの同じテロ阻止のため、手を組むことにする。
 数々の妨害にあったものの、3人はテロの首謀者、イーライを無力化することに成功するが、弾道ミサイルの発射カウントダウンはスタートしてしまう。
 それを阻止するために発射システムをハッキングしようとするが連邦フィディラーツィア魔術師フォークスニク、チェルノボグの妨害により戦力が分断されてしまう。
 チェルノボグの固有ツールウニカーリヌイにより窮地に立たされるものの匠海が事前に改造していたエクスカリバーでそれを撃退、チェルノボグも撃破する。
 チェルノボグの撃退によってカウントダウンは停止できたもののイーライは次善の案としてGWT爆破を実行しようとする。
 GWTがネットワークに接続した瞬間に起爆すると言われ、アラスカにいる3人にはもはや打つ手なしと思われたが……

 

「坊主、階層式は全体構造の緻密な解析が必要だぞ。生半可な解析じゃトラップとセキュリティが混在して平面マップよりややこしくなるからな」
《とうふ……だっけか? おっさん、凄いな》
「おっ……」
 ルキウスピーターの言葉にとうふが言葉に詰まる。
 こいつ、大人に対する礼儀がなってないのかと憤るが今はそれにかまけている暇はない。
《すまんとうふ! ルキウスには俺から言っておく!》
 匠海が口をふさいだのか、通話の向こう側でモゴモゴというくぐもった声が聞こえてくる。
 気を取り直し、とうふはセキュリティ層第二階層の攻略に取り掛かった。
 展開されているセキュリティは既存のセキュリティツールを組み合わせたもの、難易度はそこまで高くなさそうだが下手に反応されると即起爆につながりかねない。また、難易度は高くないとはいえそれを回避するにはより細かい操作が必要となり、とうふが少しでもオーバーな動きをしてしまえば接触してしまう。
 どうする、ととうふが呟く。
 先ほどと同じように消去してしまえばいいかもしれないが、相手がもし警戒心の高い魔術師なら確実にデータの消去を判定して即起爆させる、自分ならそうするだろう。
 トラップは侵入者を絡めて、今回の場合は乗っ取ってセキュリティ層に引っ掛けるだけなのでこちらから消したとしてもそれに反応するプログラムを仕掛けるのは難しい。そのため、容赦なく消去したがセキュリティ層は。
 だが、とうふはあまり長く考え込まなかった。
 すぐに辣子鶏にハッキングツールの使用権限を移譲する。
「辣子鶏、細かい部分のハッキングはお前の判断に任せる。俺も多少は干渉するが移動系は全てお前に任せた」
『分かったアル! ワタシに任せるネ!』
 そう答えるなり、辣子鶏がセキュリティ層に突撃する。
 辣子鶏が近寄ると、侵入者がいないか探知するための触手がうねうねと不規則に蠢いているのが視認できる。
 その触手が蠢く谷間を、辣子鶏は全速力で駆け抜けた。
 触れれば即、絡め取られてセキュリティが発動する触手を辣子鶏は速度を落とすことなく、即座に回避する。
「辣子鶏、一時方向十ポイント先に触手セキュリティ。行動予測を送る」
 とうふが辣子鶏のナビゲーションを行いながらさらに次の触手の行動予測を行う。
 本来ならこういった状況は魔術師のアバターが駆け抜け、サポートAIが行動予測を行い、ナビゲーションする。
 だが、自由にアバターを動かせないとうふは敢えて辣子鶏サポートAIを現場に送り込み、ナビゲーションに徹するというポジションの反転を行なっている。
 よほどサポートAIの性能が高くないと、いや、サポートAIを信用していないとできない芸当。
 それでも、とうふは辣子鶏をハッキングサポート特化でカスタマイズしているため、万全の信頼を寄せることができていた。
 辣子鶏は市販のサポートAIをカスタマイズしたものではない。ネットワークに放流されたコアプログラム素体から作り上げた唯一無二ワンオフもの。
 それを信頼せずにどうする、ととうふは触手の行動予測を行った。
 不規則に動いているように見えるが、自由に行動するように見えるサポートAIですら規則性があるのにこんなセキュリティに完全ランダム行動が行えるはずがない。
 そのとうふの考え通り、触手には決まったパターンが存在した。
 パターンを瞬時に解析し、とうふが次々指示を送りナビゲーションする。
 辣子鶏が触手の谷を駆け抜ける。
 谷を抜けた直後、今度は規則的に動く赤外線レーザーの網のようなセキュリティが展開される。
 その網の向こう側には、さらにその先の攻性I.C.E.層第三階層への入口が見える。
「そのセキュリティは任せた!」
『アイヨー!』
 そう返事しつつも、辣子鶏のスピードは緩まない。
 そのまま、網に突撃する。
《そのまま突っ込んだぞ!》
 ピーターが叫ぶ。
 それに対し、とうふは何も言わない。
『花火の中に突っ込むアルねー!』
 辣子鶏がそう叫びながらツールを展開する。
 目の前に網が展開される。
 それに触れる、と思われた瞬間、辣子鶏の体が消失、次の瞬間、網の向こうに出現する。
《なっ……》
 何が起きたんだ、とピーターが声を上げる。
 今のサポートAIの動きは見たことがない。まるで、短距離をテレポーテーションしたような。
量子跳躍ビットジャンプさせた。量子テレポーテーションの要領で辣子鶏の状態を固定、少し離れた任意の場所に固定された状態を再現する仕組みだ」
 ピーターの声に、とうふが再現のための情報転送はあれくらいの網なら引っかかることなくできる、と解説する。
《ビットジャンプ、開発できてたのか! もうそれお前の固有ツールユニークだろ!》
 興奮したように匠海が叫ぶ。
 とうふが負傷する前から開発していたツール。元々はハッキング用のbotをテレポートさせるための物であったが、セキュリティの網を突破することができずに開発が進まず、とうふが負傷して開発も止まってしまったと思っていたが。
 その幻のツールが目の前で展開されたことで、匠海はとうふの復活を確信していた。
 今後は課長としてだけでなく、何かあった場合の援護としても期待できるかもしれない。元々とうふは現場畑の人間だった。負傷が理由で課長に収まったが、本来は現場でハッキングを続けたかったはず。
 少なくとも匠海はそう思っていたが、その思いはどうやら正しかったかもしれない。
 そうでなければ辣子鶏をハッキングサポート特化にするはずがなく、また、ビットジャンプの開発も再開しなかったはずだ。
 そんな思いが、匠海をさらに興奮させる。
 ここまで興奮するアーサーは初めて見た、と呟くピーターの声がとうふの通話ログに表示される。
「いや、まだ情報転送が引っかかる状態では跳躍できないからな。目指すは完全に隔壁の向こうへジャンプさせることだ」
 すごいなお前、と画面の向こうで匠海がとうふを賞賛する。
 そんな会話が展開される中、辣子鶏がビットジャンプを繰り返し網のエリアを突破、攻性I.C.E.層へと突入する。
 しかし、突入した瞬間辣子鶏が動きを止める。
『アイヤー、これは思ってたより危険アルね』
 本来、Intrusion Countermeasure ElectronicsI.C.E.は重要データを守るための防壁であり、さまざまな見た目をしていても基本的には突破に時間のかかる壁である。
 しかし、攻性I.C.E.となると話は違う。
 突破を少しでも察知されると積極的に侵入者を排除しようと動き、パターンによってはセキュリティより面倒なことになる。
 例えば、脱出不可能な迷路を作り出して侵入者を閉じ込め、押し潰してしまうような。
 しかもパターンは多岐に渡り、識別を間違えると対処に手間取り排除される。
 パターンさえ識別できれば適切な対処方法で突破できるが、「これは危険」と言った辣子鶏は一体何を見たというのか。
 とうふが空中に指を走らせ、攻性I.C.E.の特定に当たる。
「……確かに、まずいな」
 設置されていた攻性I.C.E.は最初の見立て通り追跡、捕食型ではあったが、精度が高すぎる。
 セキュリティ層第二階層の触手は規則的に蠢いて索敵していただけで触れさえしなければ回避できた。
 しかし、第三階層ここに設置されているものはそれより高性能。
 壁に穴を開ける時点で気づかれれば即座に追尾され、捕食される。
 触れたのがアバターであれば即座にユーザーのオーグギアまで逆ハッキングを仕掛けてオーグギアを破壊するほどの脅威は例えるならAIのカウンターハッカーだ。
 今アクセスしているのはサポートAIの辣子鶏。即座にオーグギアが破壊される可能性は低いが、捕食されれば恐らく消失ロスト。とうふ単独でハッキング出来ない以上、どのみちゲームオーバーだ。
 壁に穴を開けず、正規の出入り口の認証をハッキングでクリアしてしまえば問題なく突破できるが、今辣子鶏の目の前に展開されている攻性I.C.E.は初めから認証を前提としていないのだろう、扉が存在しない。
 それはそうだろう、GWTを爆破するためだけに作られた起爆システムだ。止めることなど想定していない。
 第一階層、第二階層はあくまでも前座、本命はここだったのかととうふは確信した。
 あの二階層はそれなりに腕の立つ魔術師なら突破できる。NYPDのようなハッキングに特化していない爆弾解体班では解体できないレベルに設定されているので第三階層は本当に超が付くほどの一流魔術師が来た場合を想定しての防壁なのだろう。
 この起爆システムを作った人間は相当な腕の持ち主だな、と思いつつ、どうする、ととうふは自問した。
 ここで諦めることができないのは決まりきったことである。残り時間五分を考えると、脱出できないことは明白。
 いや、匠海たちが見ている前で逃げるわけにはいかない。
 たとえ辣子鶏をロストすることになったとしても、この起爆装置だけは停止させなければいけない。
《とうふ……》
 匠海の声が聞こえる。
 一度目を閉じて一つ大きく息を吐き、それからとうふは攻性I.C.E.の前の辣子鶏に指示を出す。
「今からその防壁を破る。お前は回避に専念しろ」
『ご主人、無茶するアルか?!』
 辣子鶏を回避に専念させるということは、回避以外の制御は全て所有者とうふが行うことになる。当然、回避に専念するといっても掘削ポイントは絞る必要があるため回避にも限度がある。
 ご主人は自分をロストする覚悟だ、と辣子鶏も認識した。
 だがそれに対してとうふを恨む気は全くない。
 GWTの命運がかかっているのなら、自分がロストするのは別に問題ない。
 それに必ずロストするとは限らないし、ロストしてもとうふのことだからまた新しい辣子鶏自分を作り出すに決まっている。
 了解アル、と辣子鶏はとうふの言い訳返事を待たずに答えた。
『それがご主人の選択なら、ついていくアル』
「……悪いな、辣子鶏。俺の我儘に付き合わせて」
《おい待てとうふ、お前辣子鶏を……》
 とうふの決断に、匠海がそれを止めようとしてか声を出す。
 だがそれには構わず、とうふは辣子鶏に指示を出した。

 

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