世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第1章
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その昔、遊び場でもあったメタバースSNS「ニヴルング」で「俺」はハッキングの被害に遭った。
それを助けてくれたのは
「ルキウス」の活躍を見て、「俺」は
「シルバークルツ」として活動する匠音は他にも義体の不具合時に現れるという
校内に入り、メアリーと隣同士のロッカーに荷物を入れる。
「ところでさ、あんた、シルバークルツなんかに憧れてるの?」
不意に、メアリーがもう終わったと思った話題を蒸し返してくる。
「シルバークルツ『なんか』って……」
「そんな小さい人助けしかしてないハッカーなんかよりスポーツハッキング見なさいよ。例えば『キャメロット』のトリスタン様とか!」
うっとりと、メアリーがそう言い、ロッカーの扉の裏に貼ってある一人のスポーツハッカーのブロマイドを撫でる。
「トリスタン様凄いのよ! また
「お前、ほんとトリスタン『様』ばっかりだよな。
匠音は幼い頃母親に連れられてとあるスポーツハッキングの大会決勝戦を見たきり表立ってスポーツハッキングの観戦をしたことがない。
あの決勝戦の迫力に、匠音はスポーツハッキングの魅力に憑りつかれた。
その時に母親に言ったのだ。「自分もやってみたい」と。
そう言ったときから、母親は変わった。
頑なに匠音がスポーツハッキングに手を出すことを禁止した。
ひどいときはニュースでスポーツハッキングの話題が出ただけでチャンネルを変えるまでに。
最近ではそこまで厳しくはなくなったが、それでもスポーツハッキングの観戦も実際に体験することも許してくれない。当然、独学でハッキングを勉強し現在シルバークルツとして活動していると知られたらもしかするとオーグギア没収もあり得る。
それでも、匠音は諦めたくなくて時折メアリーが購読しているスポーツハッキング専門誌「スポーツハック・マニアクス」は読ませてもらっているし大会映像のアーカイブを見ていたりする。
それも幼馴染であるメアリーがたまたま熱狂的なプロスポーツハッキングのファンだったからだが、彼女がそうでなかったとしても匠音はファンの友人を探して頼み込んでいただろう。
メアリーはメアリーで身近にスポーツハッキングの試合を語り合える同士が欲しかったのだろう、幼馴染ということもあり匠音の頼みを快諾している。
「そういう匠音は誰のファンなのよ。ま、トリスタン様に比べたらみんな大したことないけどね」
メアリーがガチ恋レベルでトリスタンの大ファンということだけが玉に瑕だったが。
俺か、と匠音が呟く。
俺が尊敬しているのは、と少しだけ考えるようなそぶりを見せ、
「俺は、ルキウスだな。『エンペラーズ』の」
「ルキウス……?」
一瞬、「誰だっけ?」と考えたメアリーだったがすぐに思い出したように声を上げる。
「何年前の人よそれ! もう十年も前に引退した人でしょ!?!?」
そう言って、メアリーがバタンとロッカーを閉める。
匠音も負けじとロッカーを閉め、「いいだろ?」と反論する。
「俺にとって後にも先にもあの人が目標なんだよ!」
引退した後もルキウスの剣さばきは鋭かった。
容赦なく
「言っとくが、ルキウスは今イルミンスールでカウンターハッカーやってんだぞ、下手すりゃお前のトリスタンよりずっと強い!」
「……分かるわよ、それくらい」
驚くほどあっさりと、メアリーは肯定した。
「匠音、分かってんの? ルキウスの
それは匠音も知っている。「
それだけではない。ガウェインの「ガラティーン」ですら退けるほどの強さを持ちながら、それに驕らない心の強さも。
あの事件以降、匠音はメアリーに協力してもらってルキウスの足取りを辿った。
初めて見た試合の直後にイルミンスールを保有する
当時はイルミンスールも建造直後でルキウスはその初期メンバーとも言えよう。
腕のいいスポーツハッカー、いや、才能に秀でた人間は周りの称賛で時に堕ちることもある。「自分は選ばれた人間だ」と勘違いし、高慢にふるまい評判を落とすことがある。
だがルキウスは決してそんなことにはならなかった。
今でもイルミンスール最強のカウンターハッカーとして、「正義の
あの人に近づきたい、と匠音は思った。
あの人のように、正義の魔術師になりたい、と。
そんなことを考えながら、匠音はメアリーと連れだって教室に向かう。
今日の授業はリアルでのディベートと体育だったよな、と時間割を思い出しながら歩いていると。
不意に、メアリーが走り出した。
「おいメアリー! どうしたんだ?」
慌てて匠音がメアリーを追いかける。
走り出したメアリーはすぐに、とある教室の前で立ち止まった。
「おい、どうしたんだよメアリー急に走り出して!」
そう繰り返しながら、メアリーに追いついた匠音が彼女の視線の先を見る。
「……あれ、ミカじゃねえかどうしたんだ?」
メアリーの目の前にいたのは彼女や匠音と同じく、今日の授業で社会科学を選択していたクラスメイトだった。
匠音にミカ、と呼ばれた女子生徒が怯えたように彼を見る。
その目は真っ赤に腫れており、明らかに泣いていた、いや、今現在も泣いている。
「え、ちょ、ミカ……」
うろたえる匠音をよそ目に、メアリーがミカの肩を抱く。
「どうしたのミカ、何があったの」
メアリーに訊かれたミカの目から大粒の涙がこぼれる。
何度もしゃくりあげながら、ミカは、メアリーに縋りついた。
「あの、あいつが……ジョンソン先生が……」
そう、声も途切れ途切れにメアリーに訴えかける。
「さっき、先生の部屋に来いって言うから行ったら……わたし、先生に……」
そう言って、ミカがさらに涙をこぼす。
メアリーはというと、「ジョンソン先生」という名前を聞いた瞬間に顔をこわばらせ、ミカを抱きかかえる腕にさらに力を込めていた。
「あの、エロジジイ……!」
「え、なにジョンソンがどうしたの」
部外者となっている匠音はただおろおろするしかできない。
メアリーが「男子は黙ってて!」と一喝し、さらに詳しく話を聞く。
なんなんだよ、女子は分からねえと思う匠音であったが、メアリーの反応と時々聞こえてくるミカの言葉からなんとなくの予想はついた。
――ジョンソンの奴、気に入った女子に声かけてるって噂あったもんな。
匠音の推測としてはこうだ。
ジョンソンは気に入った女子を自分の控室に呼びつけ、何やら良からぬこと、それも女子の心に深い傷を負わせるようなことをしている――。
今はたまたまミカが被害に遭った直後に出くわしたから気が付いたが、以前もきっとそのようなことを何度も行っていたに違いない。
知らず、匠音の拳が固く握りしめられる。
――こんな奴、誰も何もしないなら俺が――。
「匠音?」
メアリーの声にハッとする。
「な、なんだ」
「とりあえずミカを保健室に連れてく。あんたも来る?」
ああ、と匠音は頷いた。
授業まではまだ時間がある。メアリーが自分を頼ってくるならそれに付き合った方がいいだろう。
泣き続けるミカの肩を抱いて歩くメアリーのテキストを代わりに持って歩きながら、匠音は、
――どうすればジョンソンの鼻を明かせるだろう。
そう、考えていた。
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