世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第1章
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その昔、遊び場でもあったメタバースSNS「ニヴルング」で「俺」はハッキングの被害に遭った。
それを助けてくれたのは
「ルキウス」の活躍を見て、「俺」は
「シルバークルツ」として活動する匠音は他にも義体の不具合時に現れるという
登校した匠音と幼馴染のメアリー。
しかし、廊下で泣いているメアリーの友人、ミカを見つけ、何やら不穏な空気を感じる。
昼休み、匠音はメアリーからミカが教師によって性的被害に遭ったらしいと聞かされる。
「トリスタン様がハッキングで助けてくれたらいいのに」と考えるメアリーに、匠音は「シルバークルツなら動くかもしれない」と提案する。
帰宅した匠音。
次に狙われるのはメアリーではないかと危惧した彼は教師のオーグギアへのハッキングを試みる。
教師のオーグギアに侵入した匠音はストレージにメアリーをはじめとしたさまざまな女子生徒の盗撮映像を見つける。
被害者が特定できないように加工し、匠音は匿名で通報する。
翌朝、オンライン授業のために登校した匠音は教師が逮捕されたと聞かされる。
「シルバークルツが動いたらしい」という話も広がっており、匠音はひとまず安心する。
行きと同じく、ぶらぶらと歩いていると。
突然、目の前を歩いていた男性がその場に崩れ落ちた。
「え!?!?」
突然のことに、周囲の人間も硬直して倒れた男性を見る。
匠音もそれに漏れなかったが、すぐに弾かれたように男性に駆け寄った。
「大丈夫ですか!?!?」
そう、声をかけるも男性は胸のあたりを押さえて苦しげに呻くだけ。
やばい、救急車を、と思いつつも匠音は学校で習った応急処置の、気道確保をと男性を仰向けにする。
……と、匠音の視界に一枚のタグが表示される。
――義体装着者!?!?
義体に何かトラブルがあった際、すぐに然るべき場所に連絡できるように義体装着者と触れられる程度まで接近した人間に、オーグギアが周囲の状況を把握するために周囲の機器と接続するのに用いる短波通信を受け取って情報を転送、タグを表示する機能を備えている。
そこには義体の装着部位と、有事の際の連絡先が記載されている。
匠音は指先でタグを操り、視界の隅から正面へと移動させた。
――心臓!?!?
義体は腕や脚といった外部の部位だけではない。
眼や心臓といった一部臓器も既に義体として開発され、損傷した場合には置き換えられるようになっている。
それも十年ほど前に義体の制御OS「Oberon」が発表されてから急激に進化を遂げ、一般流通するに至っている。
と、なると一般の救急車で病院に搬送しても助けられない。
このタグに記載されている調整センターに連絡しなければいけないが、果たして間に合うのか。
それでも匠音はとりあえずタグの連絡先をタップし、緊急コールで調整センターに通報、指示を仰ぐ。
「義体自体の不具合か、それともシステムエラーなのか」という質問をされ、匠音は震える指で視界に表示されている緊急チェックのボタンをタップ、不具合の個所を特定しようとする。
「……システムエラー、です……」
表示された結果に、匠音はかすれた声で返答した。
どうやら、
匠音の返答に、調整センターのコールスタッフがシリアルナンバーを確認してくる
それも応えると、コールスタッフは困ったような声で、
「心臓、ですか……システムエラーは大抵再起動すれば回復するのですが流石に心臓でそれを行うわけにはいきません。本来ならシステムコードの書き換えを行えば再起動せずとも修復が可能ですが、危険が伴います。人工心肺を搭載した緊急航空車両を派遣しますので、到着するまでお待ちください」
分かりました、と匠音が答える。
それから男性を見るが、あまりにも苦しそうなその様子に緊急航空車両が到着するまでもたないかもしれない、と考える。
――システムコードの書き換えを行えば、か。
ハッキングのスキルがある自分なら、できるかもしれない。
義体をはじめとして、特殊な処置が必要な商品を扱う
取り返しのつかないことになった場合に自社製品に対しての不評や不審が付かないための対策であり、比較的早急に現場に到着してくれるありがたいサポートだが、そんなものを待てるほど、この男性には時間がないように匠音には思える。
ええい、ままよと匠音は隠しストレージからハッキングツールを取り出した。
見ず知らずの男性、ではあったが短波通信からのタグの受信でひとまずの
量子ネットワークのアクセスポイントを探している時間はないので匠音は短波通信で男性のオーグギアに侵入した。
オーグギア経由で義体の制御システムにアクセス、制御コードを表示させる。
――やばい、複雑すぎる。
いくら各種操作が直感的に行えるようになったオーグギアでも、制御コードの部分となるとかなりの知識がないと操作することが難しい。
もう少し簡単にできると思っていた匠音はこれはまずい、と呟いた。
――こんなんじゃ、間に合わない。
しかも、間違え方によってはシステムが即座に停止する。
指示の通りに待つべきだったのか。
そう、思うがなるべく早くなんとかしたいという思いが先に立つ。
――焦ってはいけない、落ち着いて考えろ。
そう自分に言い聞かせるが、匠音の頭の中は真っ白になりつつあった。
――このままでは、見殺しにしてしまう。
誰か、と匠音の口から言葉が漏れる。
と、その時。
匠音の視界の隅で何かが動いた。
視線をその方に投げる。
男性の肩の上に、一人の
童話などでよく見かけるような、とんがり帽子の小人。
若くも、初老にも見えるその小人は手にトンカチを持ち、男性を見ている。
匠音が眺めていると、ブラウニーがちょこちょこと男性の胸に移動した。
「……ブラウニー……」
呆然と、匠音が呟く。
その匠音の呟きを意に介することなく、ブラウニーが男性の胸を手に持ったトンカチで数回叩く。
同時に、匠音が展開した制御コードのウィンドウに変化が起こった。
文字列がものすごい勢いでスクロールし、突然停止する。
停止した部分のコードが、勝手に書き換わっていく。
――ブラウニーが応急処置して暴走を止めてくれなきゃ伯父さん今頃死んでたかもって――。
これが、その、ブラウニーの応急処置なのか、と目の前の光景に匠音が絶句する。
コードが修正され、ウィンドウ中央に【complete】の文字が表示され、そしてウィンドウ自体が消える。
慌てて接続を解除し、匠音は男性を見た。
先ほどまで苦し気に呻いていた男性は容態が安定したのか、落ち着いた様子だった。
男性の胸の上にいたブラウニーが振り返り、ちら、と匠音を見る。
ブラウニーと目が合ったような気がして、匠音はどきり、とした。
だが、すぐにブラウニーは匠音から目を逸らし、それからくるりと一回転してその姿を掻き消してしまう。
「……なんだったんだ……」
――まさか、本当にブラウニーが……?
そう、考え始めた匠音だったが、その思考はすぐに男性の声で中断することになった。
「……今のは、ブラウニー……?」
「あんたも、見たのか!?!?」
今までの様子から見えていないだろうと思っていたが、男性の視界にもブラウニーの姿は映り込んでいたらしい。
「……ああ、見えた。噂は、本当だったんだな」
義体の不具合発生時に現れて応急処置するというブラウニー。
それを実際に目の当たりにし、匠音は「メアリーの話は本当だったんだ」と、乾いた声で呟いた。
to be continued……
「世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第1章」のあとがきを
以下で楽しむ(有料)ことができます。
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