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世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第1章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 その昔、遊び場でもあったメタバースSNS「ニヴルング」で「俺」はハッキングの被害に遭った。
 それを助けてくれたのはメガサーバ世界樹「イルミンスール」のカウンターハッカー、「ルキウス」だった。
 「ルキウス」の活躍を見て、「俺」は正義の魔術師ホワイトハッカーになろうと誓った。

 

 永瀬ながせ 匠音しおんはスクールバスの中でホワイトハッカー「シルバークルツ」の噂を耳にする。
 「シルバークルツ」として活動する匠音は他にも義体の不具合時に現れるという小人の妖精ブラウニーの都市伝説も耳にする。

 

 登校した匠音と幼馴染のメアリー。
 しかし、廊下で泣いているメアリーの友人、ミカを見つけ、何やら不穏な空気を感じる。

 

 昼休み、匠音はメアリーからミカが教師によって性的被害に遭ったらしいと聞かされる。
 「トリスタン様がハッキングで助けてくれたらいいのに」と考えるメアリーに、匠音は「シルバークルツなら動くかもしれない」と提案する。

 

 帰宅した匠音。
 次に狙われるのはメアリーではないかと危惧した彼は教師のオーグギアへのハッキングを試みる。

 

 教師のオーグギアに侵入した匠音はストレージにメアリーをはじめとしたさまざまな女子生徒の盗撮映像を見つける。
 被害者が特定できないように加工し、匠音は匿名で通報する。

 

 
 

 

 翌朝。
 通学日ではなく、オンライン授業の日のため匠音が「ニヴルング」内の学校にアクセスすると既にログインしていた多くの生徒のアバターがざわざわと落ち着かない様子で近くの友人と話し合っていた。
「あ、匠音!」
 先にログインしていたのだろう、リアルの姿と変わらないメアリーのアバターが匠音のアバターに駆けよってくる。
「う……」
 昨日のことを思い出し、匠音が思わずメアリーから視線を外す。
 流石にバレないとは思うが、知られてしまえば絶交どころでは済まないかもしれない。
 それは彼が「シルバークルツ」だと知られるよりも嫌なことだった。
 だが、それにはお構いなくメアリーは匠音の前に立ち、彼の両手を掴んだ。
 校内ではリアルと同じ姿のアバターを使用するよう規定づけられているため当然、匠音もリアルと変わらない姿をしている。
「お、おう……メアリーおはよ」
「何のんきにしてるのよ! 大変よ!」
 気まずそうな匠音ではあったが、早口で話すメアリーの口調は怒っていなかった。しかしかなり興奮している。
「どうしたんだよ落ち着けよ。何があったんだ?」
 周りが落ち着いていないことを考えると、生徒全体に周知された情報、ということだろう。
 少し遅めにログインして何も知らない生徒だけが他の生徒から話を聞いて騒ぎに参加し始める。
「落ち着いて聞いて匠音、ジョンソン先生が、逮捕されたって!」
「……はぁ!?!?
 匠音の声が、メアリーの言葉からワンテンポ遅れて校内に響く。
「この学校の情報通、ハッキングでもやってるのかしら。なんか、警察と学校に匿名で証拠映像付きの通報があったらしいって。警察と学校で同時に事実確認をしたら証拠映像の無修正版が出てきてクロ確定だったとか」
「情報早っや!」
 これには匠音も驚いた。
 まさかあの通報から、二十四時間も経過せずに逮捕劇が発生した挙句にその詳細が校内全体に広がるとは。
 ここまでのスピード逮捕であればジョンソンも被害者の映像を拡散する余裕すらなかったはずだ。
 ひとまずは一件落着か、と匠音はほっと胸を撫で下ろした。
 これならメアリーが被害に遭うことはないだろう。
 そう思っていると、メアリーがさらに口を開く。
「で、通報なんだけど学校には匿名の割に署名があったんだって」
「署名?」
 どきり、と匠音の心臓が跳ね上がる。
 それをメアリーに悟られないように抑えながら匠音が尋ねると、メアリーがうん、と頷いた。
「署名にはこう書かれていたって。『シルバークルツが裁きを下す』と」
「マジか」
 そこまでもう拡散しているのか。
 校内の情報網、侮りがたし。
 ――どうだ見ろよやってやったぞメアリー。
 表面ではただ驚いている体を装いつつ、匠音は心の中でガッツポーズをした。
 これでシルバークルツも大したことないとは言わせないぞ、と思いつつメアリーを見ると。
 メアリーは小さくため息を吐いて匠音を見た。
「……シルバークルツもやるときはやるじゃない。目立ちたがりなのは相変わらずっぽいけど」
「……お、おう」
 思わず、匠音が頷く。
「なんであんたが頷いてんのよ。でも、これでもうジョンソン先生に何かされるってことはないのね」
「そりゃそうだろ、逮捕されてんだぜ? 戻ってくることもねーだろ」
 これでジョンソンが「I'll be back!」などと言っていたなら匠音は確実に張り倒しに行ったであろう。
 もう安心だ、と匠音は心の中のガッツポーズを崩すことなくメアリーを見る。
 当のメアリーはというと、少々納得できないような顔で、
「でもやっぱりトリスタン様に通報してもらいたかったな……いやシルバークルツもちゃんと被害に遭った子に配慮して通報してくれたみたいだからいいんだけど、こう、やっぱりトリスタン様は王子様だし」
「……お前ってほんと、トリスタン『様』ばっかりだな……」
 一応、褒めてもらえて嬉しいは嬉しいのだが、複雑な気持ちになって匠音は呟いた。
 その後は何事もなかったかのようにいつもの授業が行われ、校内での時間が過ぎていく。
 ログイン時はざわついていた他の生徒たちもすぐに落ち着き、時折ジョンソンの話題が出るものの当たり前の日常が戻ってくる。
「じゃー匠音、また明日なー」
 最後の科目が終わると匠音の友人もすぐにログアウトし、宿題や校外用のアバターに着替えての「ニヴルング」再ログインなど、思い思いの放課後に飛び込んでいった。
 匠音もログアウトし、リビングを通ってキッチンに移動する。
 冷蔵庫を開けて牛乳を取り出し、それからすぐに残りがほとんどないことに気づく。
「母さん、牛乳ないよー」
 和美の部屋のドアをノックし、そう声をかける。
「あ、ごめん注文するの忘れてた」
 このご時世、買い物も大抵はオンラインで行い、自動配送トラックやドローンで配達される。
 しかし生鮮食品や壊れやすいものなどは実店舗も整備され、「注文を忘れていた」等で緊急に必要になった場合は買い出しに行くこともある。
 そのため、和美も、
「ごめん匠音、手が空いてたら買いに行ってくれる? ついでにドミンゴのチョコレートも」
「……母さん、いつもドミンゴのチョコレートだな」
 少々呆れたように呟いたものの、匠音は分かった、と頷いた。
「ついでにトゥエルグミ買ってきていい?」
「やめなさい、それは不味い」
 匠音の交渉を和美が即答で却下する。
 ちぇー、と舌打ちをして、それから代案を提示する。
「じゃあピタチップス」
「それならいいわ」
 交渉成立、と匠音はエコバッグを手に外に出た。
 近くのスーパーまでぶらぶらと歩く。
 スーパーで牛乳と、和美に頼まれたドミンゴのチョコレート、それから「不味い」と却下されたものの個人的には大好きなトゥエルグミをかごに入れる。
 好き嫌いがはっきり分かれるトゥエルグミではあるが、匠音はあの独特なケミカル臭の強いグミが好きなので隙あらば購入しては和美に怒られている。
 どうせ小遣いから出してるし、とレジを通過すると自動で合計金額が計算され、決済される。
 かごからエコバッグに商品を移す際、ちら、と購入した商品を見ると視界に映り込んだ商品のステータスが赤色の「未決済」から緑色の「決済済み」に変更されていく。
 視界に映る決済画面と口座の残高を確認し、匠音は帰路についた。

 

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